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2019-01-15 閑話小題 〜73歳ですか… 

[]  07:08   - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

f:id:horii888888:20190115070832j:image

* 40歳の私と対話ですか…

・ 毎日、同月同日のテーマ日記を読返すが、誕生日モノが心に響く。

それも去年モノが何とも。完全忘却をしているため、何か不思議な感じ。

実感は、老化が確実に進んでいて、面白さ、楽しさが増している反面、心身

とも重苦しさが増している。私たちは、過去の延長に捉われ生きていることが、

読返して気づかされる。そして、来年の誕生日も、現在の私と大して変わりない

延長上を生きている? そうあって欲しいが、消滅している可能性も大かも。

目先は、9月の卒業50周年記念の会の参加。次は、来年の東京オリンピック

健康体であること。ライフワークの一環としての「秘・異郷ツアーの参加」。

・ 去年は、20歳の私との対談だったが、今年は、40歳、それとも10歳?

今日・明日は40歳にして、明後日が、10歳ですか。まあ、面白くなりそう…

 ――

第三者:いいの、危なくないの! 去年にしろ、よく思いつくね!

 73歳の私: 面白そうだが、やはり気が思い。厄年の前年だからね。

40歳の私:それより、今まで生きてたね。全くの予想外さ。40歳まで生きて

 いる自分が不思議なのに、何でまた33年の後自分と対話するのかね。

 今の時代は、1990年さ。バブル崩壊辺り。毎日が楽しくて、面白くてね。

 

〜長く続きそうなので、あとは、次回に… 〜

 ―

   * いくら何でも稀勢の里よ、引退しろよ!

 強引に日本人横綱をつくり上げた協会の責任を一身に背負った二年間。

あまりに厳しい事態。横綱に適任でないのは、昇進時に誰の眼にも明らか。

モンゴル、東欧から出稼ぎにくるのとハングリーと、肉食系と草食系とでは

根本がらして違う。徒党を組んだ狼の連携プレーにボーッとした日本力士が、

敵うわけがなく、横綱、大関の大部分を占拠されてしまったのが現状。

横綱が6連敗をしても、その座に存在していること自体、大問題。

まず、横綱引退の規約、『三連敗をしたら引退!』を、つくるべき。

子供の頃に活躍した栃錦が、全勝優勝をした翌場所に、二連敗した直後、

引退をした。これぞ横綱の理想と絶賛されたが、その真逆が、これ!

現理事長と、全横審が連帯責任をとって、自認すべし! 理事長、力士と

してはファンだったが、理事長職としては最低。千代の富士を理事長に、

本人は副理事長が適任の筈。 「雉も鳴かずば撃たれまい」。

一昨日は、一横綱、三大関が、昨日は、二横綱に二大関が敗れた。

それも打ち止めの一番で、白鵬も際どい薄氷の勝利。その上に、

大関、横綱の12番の取組で4勝8敗とは…、これ如何に!

公益法人の認可の取消し、再出発しかない? 自浄効果など土台、無理。

 

・・・・・・

6151,閑話小題 〜誕生日の早朝、20歳の私との対話!

2018年01月15日(月)

   * 20歳の私とですか!

 今日は「72歳の誕生日」。「目出度くもあり目出度くもなし」である。

「自分が、この年齢になるとは!72歳の私って誰のこと?」が実感。

面白いので即興で、20歳の私を呼び出し、現在の私と対話させてみる。

20歳の私: 72歳の自分と出会うなんて何か奇妙な心持がする。

 私: 私でも、そう思うよ。自分で自分じゃないみたいな… 老いるとは、

  こんなことかと、毎日、新しい老いの発見の連続だよ。

20歳の私: 精神年齢は正直のところ幾つぐらいに思えますか。

 私: そうね〜 20歳から60歳の間を、彷徨っている感じかな〜

  とにかく、ネットと、TVの御蔭で、キーワード探しをして、面白い

  情報と知識に次々と出あえるからね。それは、アンタには解らないよ。

  想像しろと言っても無理だろうがね。

20歳の私: 1966年と、2018年じゃ、想像も出来ないよ。でも、ソ連が崩壊。

  中国が自由経済社会に変身。日本もアメリカによって骨抜きが進み、属国

  状態。それと現実社会をネット社会が覆ったというが、どうだった、

  この半世紀の実感は?

 私: あの頃はバブル経済の二段階辺りで、何もかもが夢のようだった。

  あなたは、翌年に一ヶ月間の欧州旅行をすることになるよ。

20歳の私: 本当ですか。

 私: そうだよ翌年のゴールデンウィーク時に、ヘルパーとして手伝いに

  行っていた軽井沢の『友愛山荘』で、他のヘルパーに感化されて… 

  欧州一周旅行。それで小さい、固い殻が木っ端微塵に叩きこわれ、新たな

  真我が顔を出すことになるんだ。

20歳の私: そこで、人生が変わりそうだね。

 私: 今考えると、あれが良かったか、悪かったか? それでも、以来、

  51回も、地球を広く深く見て歩けるんだよ。そりゃ面白いことは確約する。

  大変だとしても、これは絶対に良いよ。デズニィのキャラクターのように、

  今は頭でっかちで良いんだ。とにかく、毎日をフル回転すべきだよ。

  私は、当時のアナタに感謝しているんだよ。

  「キリスト教倫理」の教授が、夏休みの宿題に、「生涯展望の見取り図」

  を、一夏かけて必死に書いたよね。

  それに対し、教授が丁寧な返事がきたよね。 あれが良かった。

20歳の私: 軽井沢の山荘で、早朝、近くの「離れ山」を散策しながら、

  必死に考えたさ。毎日が若い女性の旅人たちと歌い踊ってね。

  今が人生の春ど思っていたが、もっともっと面白いことが連なり待って

  いるなんて。 ところで、激変の中で、生きてきた実感は?

 私: 当時、『全機』という禅語に出会ったね。あの言葉を貫いてきたのが

  ポイントだったようだ。 正法限蔵全機の巻に、「それそのものが何もの

  とも相対せずに存在していることを全機という。」と。「人が持つ全ての

  機能を現し、発揮する」事をよしとする意。 これだったんだよ。

20歳の私: かなりズッシときたが、成るほど。

 私: でも、こうして話せるのは、この年齢まで生きているからさ。

  「純真な心の芯が魂」ということさ。 最後の最後は、そこだよ。

20歳の私: 行蔵を覗くと、そうでもないようですが… 何か偽悪と、

  露悪を楽しんでいたような。こんな筈ではなかったんじゃないですか。

  何か、勝手に自分を卑小化していませんか。 

 私: いや、こんなものさ。

20歳の私: 面白いから、また呼び戻して下さい。

▼ あたかも、別の存在に憑依され支配されている自動書記のような感覚の時間

 が過ぎていたような。対話は、あたかも「己の人生の使用前と、使用後の内面

の自己対話のような。インナーチルドの青年期の私との対話とも。

 煉獄内の独り言?

・・・・・・

1月15日  1969年

 今日は学生時代最後の誕生日だ。

毎年この日にNHK「青年の主張」を必ず見ることにしている。

このよう見るのは最後だろう。

 内容と評価を、メモをしながらみた。

・北海道代表の武田(女)さんの主張 

 あまりハッキリした意志が感じられないー65点

・東北代表の清水さん

 働きながら夜間にいっている。自分をしっかり把握して真正面から

 自分を見つめられる人間になりたい −70点

・四国代表の中西さん(女)ー実習教官

 自分を温かく包んでくれる深い何かに感謝−80点

・東海代表の須田さん(女)

 女である自分の農業の立場 75点

・東京代表の守屋さん

 青春の喜びー無限と思われる未来の夢に対する生き方

  若さの代名詞は可能性  75点

・沖縄代表の宮城さん(女)

 沖縄県民の心情ー85点

・近畿 林さん 精薄施設の女指導員

 園児の美しい心の素晴らしさについてー75点

・関東代表の関谷さん

 自分1人で生きていく心構え 70点

・九州 河嶋(女)

 生活の為働かなくてはならない姉妹について

 老人対策など       90点

・中国代表の吉原さん

 非行少年の観察員の主張

 心が病んでいる少年達ー80点

  〜以上が私のつけた評価の点数である。

現実にドップリ使っているのだから、仕方がないがもっと

広い視野で自分を見下ろす目が必要ではないか。

可能性の追求をもっと見つめることが大事ではなかろうか。

 この目で自分を見つめ直すと、どうであろうか。

流通で生きると決めたのだ。そこで何を可能性として求めるべきだろうか。

そこで自分の基盤を深いものにしなくてはなるまい。

そこで自己建設をしていくことになる。

 ここで忘れてはならないのは、他人もそれをおこなっているということだ。

何故、そんなことをしなくてはならないか?

人間として生まれ、最後は死ぬ中で自分の生きた証を残す為である。

それが義務といってよいからだ。

その立場によって、それぞれが違って当然である。

私は今、そのスタートラインに立っている。

誕生日に毎年この番組を見るのが私にとってベストになった。

・・・・・・

5784,閑話小題 〜今度は71歳ですか

2017年01月15日(日)

  * 今度は71回目ですか

 昨日は誕生日の前日だったが、地元ステーキチェーン店で、細やかな誕生日

祝いをしてきた。 昼間の千円ランチでの誕生祝いの品は、皿にアイスとか、

ケーキがついた、飾りには小さな閃光花火がチリチリと光っていた。

隔年ぐらいは、その線香花火に癒されている。

 この年齢になると、祝いというより、あの世への一里塚の感が強くなる。

還暦か、その一年後の70歳代になったら、自分への贈物をと考えた挙句、

アンドロイドTVの買替えを思いついた。家内に察知されれば、即、潰される。

 とはいえ、年金生活者には重負担。家内の罵声覚悟の上だったが… それが

何とも、老いの身に堪える。で、何とか乗り越えた。一番喜ぶのは家内

この5年半はタブレットPCに夢中だったが、今度は、これに気持ちが移行する。

で、結果として、思い通りに大正解。 これが思いのほか極上の機能。

白黒からカラーTVへのアップスケールした以上の画期的代物。一時、3Dテレビ

が話題になったが、この立体的に見える画面であれば、その必要性は薄れる。

例とえば、大相撲の力士が土俵下で映し出されるが、同時に観客席の観客の

姿かたちと表情が力士と同じ位に鮮明に見える。 相撲も面白いが、様々な

コーデネイトや、長年かけて出来上がった、様々な仕草を見ているだけで、

現場の臨場感がある。何か異次元世界に足を踏みこんだ感がする。17時〜20時

までは居間で晩酌をしながらTVを見ていたのが、今では1時間もしないうちに、

奥の院の寝室に行く。居間のTVでは頭が痛くなるため。 

 明日は、このアンドロイドTVをテーマにする。

・・・・・・

5419,閑話小題 ー今日で満70歳ですか

2016年01月15日(金

  * 世界的不況が更に深刻のようだ

☆ 庭の木々の積雪は15センチほどか。これでは冬物衣料は、大打撃だろう。 

世界的不景気もあり、原油が一時的にしろ30ドルを割った。一年ほど前は、

120ドルだったから、4分の1。これは世界的デフレと産油量の供給過剰が

背景にある。世界の広がりあるテロと地球温暖化による、作物の不作もあり、

株式からも目が離せない。現役の立場だったら、かなり厳しいはず。

☆ 去年の暮れに、大学時代の同級会で隣席の有名な夏はゴルフ場、

冬はスキー場で某リゾートホテルを経営している人に、

『万一の備えを、たとえば、夫婦して厚生年金に入っているとか、

奥さんの通帳を別立てにしているとかの万一の対策をしている?』

と聞くと、『妻は長い間入院して働いておらず、二人とも国民年金。備え

などしている余裕などない。それより目先のスキー場の積雪が心配だ! 

まだ、中国、オーストラリアなどの外国人の来客があるからよいが・・』

と、弱気な顔。それぞれ事情があり、無神経な質問をしたと反省。

地方経済は、いずこも厳しい経済環境。 

☆ 最近、太平洋側のゴルフ場が次々と閉鎖され、芝生の上には、太陽光

発電のパネルが立ち始めているとか。こんな話をきくと、バブルの時代

知っているため、隔世の感が強い。ここで、阿部首相が、リーマンショック

規模の経済変動が無い限り、10%の消費税を実行すると述べたが、その

クラスの経済事変の可能性がないとはいえない事態である。 年初来、

株価が連日、下げて、昨日は何とか反発。 不況の影響は、まず年金生活者

など弱者を直撃するから、たまったものじゃない。

  * 今日で満70歳 

 今日から70歳の大だいに入る。50,60歳の大だいという点で、

一番、心理的にショック。この数年、いやに気持ちが老け込んできた。

そう遠くない、ある日、末期ガンと宣告され、七転八倒のうえ死んでいく。

そして、3日もすれば、忘却の彼方に消えていく。元気なうち、一日一日を

噛み締めていくしかない。いや、かみ締めてきたから今さらか。

 70代は、還暦時の感慨より、年齢の重みを実感する。

60歳代の10年間で、気持ちも、身体も、日々衰えが身に沁みていたが、

これから10年、いや5年は、更に衰えを実感する日々になるのか。

 とはいえ、老いへの不安とか、死に対する恐れは、何故か少ない。

<楽しむだけ楽しみ、やりたい事をやった> 実感があるためだ。

 なるほど、日々の気持ちを書残し、改めて読返すと、昨日、確信した

<「永遠の命」が実相で、「わたし」と思っている、「これ」は妄想で

 しかない>と思い知らされる。過去も、いま、ここの、わたしも夢幻!

これを、その時点時点で、見ているのが、「永遠の命」の片割れの実相。

まあ、我ながら、本当に真面目、いや馬鹿真面目なことだ。

喩えでいうと、「精神的な腰痛もちが、日々を生きていくための杖代わり

に、書き続けている」が、よくも15年も毎日、飽きもせず。

・・・・・・

5054,閑話小題 ー古希ですか! ー2

2015年01月15日(木)

   * 古稀ですか ー2

 過去分の、1月15日分を読み返すと、それぞれの年ごとに、現在と同じ

気持ちになって感想を書いている。どの年齢の感慨も、少し文章を変換するば、

同じような内容になる。自分が老人など、どうしても信じ難いが現実は現実。

 年末年始の三週間以内に、クリスマス、晦日も、元旦、誕生日と、収まる。

当日ごとに、同じような共同幻想を何とも不思議がらず、受け止め、こんな

文章を書いている。果たして、古希まで生きたのが目出度いのか? いや逆?

どうだろう。同期の大よそ4分の1が亡くなった。あと10年で、更に4分の1が

亡くなる。私の想定余命を、あと6年、と数年前にした。 私の父親が71歳で、

母親は88歳で亡くなった。その平均が79歳。このところ幸福論などの本が

面白くて、ここで書評を書いている。人生の先が、決定的、絶対的挫折?

の『私の死』がやってくる。そこで、ささやかな、幸せがほしくなる。

 目先、『一対三の法則』(ネガティブ・1対ポジティブ・3)で、

己をコントロールするしかない。何か、今日を区切りとして、

「一年一区切り」と想定して、生きることが出来そうだが・・

 この程度としても、恵まれていたし、面白かった!

現在も続けている、この早朝の学習習慣のお陰である。

それにしても、過去の、自分の誕生日の感慨がメルクマールとして、

面白いが、ひと様からみたら、これほどツマラナイものは無い? 

・・・・・・

4689, 閑話小題 ー68歳に、つれづれに〜

2014年01月15日(水)

   * 68歳に、つれづれに〜

 今日は68歳の誕生日、毎年同じような感慨を書いている。早生れなので、

同期生は古希になる。スポーツジムに通っているためか何とか肉体は元気だが、

それでも日々、老いていくのが自覚できる。ただ知的好奇心と、頭の方は

マスマス冴え渡っている。情報機器の進化もあって、何もかもが新鮮に思える。

日々、固定観念が壊れていくこともある。それにしても、もっと早く、隠居

になっておくべきと後悔が残る。としても、まだまだ分厚いバイアスに囲まれて

いる自分が、ここにいる。地方の良さは、のんびり出来ることだが、反面、

情報が薄れていること。これも人生だが・・ 以前なら、飲みに出るが、

もう面倒の方が先に立つ。過去分の誕生日の感想を読み返すと、面白い。

他人にとって些細なことでも本人にとって一年で一番、感慨深いことが、

この日を振返ると見てとれる。その時どきの誕生日の感慨を真剣に考えている

自分の心(文)を振返ると、真剣に向き合っている、この人は何だろう? 

誰だろう? と不思議な感覚になる。来年の、この日には読み返す自分が

いないかもしれない。しかし誰かが読んでいるかもしれない。その人が、

自分の一部を蘇らせてくれるかもしれない。もし、2020年まで生きていて、

「75歳に、つれづれに〜」を書いていたら、どんな文章になるのだろう?

そのイメージで書くと・・

〈まさか、この年まで生きていようとは思ってなかった。

今年の東京オリンピックを見ることが出来ようとは、感謝である。

そして、あの日から10年になる。良きに悪きに、この7〜8年で激変した

・・ それにしても、ここまで生きてきたもの!万歳である。〉 

こんなふうか・・ なるほど、「今日は、残されて人生の最初の日」

であるのが分る。「余命半年!」と宣言され、覚悟が固まれば、

この言葉の通り一日一日を過ごすことになる。何か年寄りくさい話

になったが、とにもかくにも自分が滑稽で面白かった!

・・・・・・

4322, 閑話小題 ―住宅ローン破綻と、立ち退き

2013年01月15日(火)

 * ネットカフェ難民から、マック難民

 * 住宅ローンの破綻と立ち退き

 * 命を投げ打ち憲法改正をやる覚悟があるのか? (略)

    * 67歳か〜

 65歳過ぎてから特に、誕生日が冥土の一里塚という感が強まっている。

最近になって「長く生きてきた」と思うようになった。先が見えてきたため。

父の死の歳まであと4年少し。これだけ大きな時代の裂け目にいることに、

自分でも驚いている。 それと、タブレットPCと、スマートフォンの存在。

これだけの機能が手の平に収まってしまったのだから。この金融恐慌と、

欧米と日本の経済惨状。世の中変わった!

・・・・・

3947, つれづれに ー66歳か

2012年01月15日(日)

  * 66歳の誕生日に

 還暦を過ぎてから年々、老いを感じるようになっている。 特に昨年春先の

大きな区切りから緊張から解き放され、成る程、リタイアとは、こういうものか

と思い知った。しかし人間とは不思議なもので、直ぐに次の生活に慣れてしまう。 

それと、これまでより腰を据えて本を読めるようになった。 また日常の平凡

を味わえる余裕が出てきたようだ。 私の場合、40年近い事業人生、丁度、

去年が引き時だった。 挫折感とか後悔は、自分で驚くほど少ない。

 振り返ると、事業を始めた頃は日本が高度成長の真っ只中で右上がりの

風の中で最も恵まれた環境であった。そして20年前にバブルの崩壊

10年前の9・11、3年前のリーマンショック、去年の3・11震災の三連打

で終了。丁度よい区切りでもある。そして今年からはリーマン・ショックを

大地震とすると、大津波(世界恐慌)の襲来である。本来、去年の後半のはず

だったが、何とか今年に延命させたが、所詮は時間稼ぎ。 そのキッカケは

欧州発になりそうな雲行きである。そうこう考えると、去年が店しまいの時期。

66歳というと、精神的にも肉体的にも70歳に一歩近づた感がする。

仏間に祖父の写真があるが、私より10歳近く若い時写真だが、80歳以上に

思えるほど年老いている。「この人より私が10歳も上か」と見るたびに感じるが、

若い人から見たら、66歳は66歳である。 最近、TVなどで15,20歳ぐらい

の人を見ると、私の年齢まで40〜50年もあり、私が死後も生き続けるのかと、

考えるようになった。その年齢のとき、両親も同じような気持ちで私のことを

見ていたのだろう。「私にとって、年寄りは15歳、年上の人である」という。 

とすると50歳以下の人から見たら立派な年寄り。「まさか、自分が年寄りに

なってしまうとは、思いもよらなった」と家内の言葉。一年一年、来年は存在

しないと仮定して、年内に出来ること、やりたいことは、可能な限りやって

しまう気構えで淡々と実行していくしかない。実際に去年は、そうしてきたが・・

もともと独立独歩の人生、これからは、それが生きてくる。それぞれに年齢の

経験は、初めてになる。 それを味わうことだ。例年、それぞれの実感が書き

連ねているが書き残すのも悪くはない。今年は会社のケーキのプレゼントはない!

  ・・・・・・・

3582, 65歳か〜!

2011年01月15日(土)

 今日で、目出度く?65歳である。法的にも立派な前期高齢者である。

二年前に厚生年金の支給を受けているし、今更だが、今日から60歳後半に入る

ことになる。死んでも「お早いのに、残念ですね!」とは、言われなくなる。

60歳までは、10年スパンを大きな目安にしていたが、還暦を過ぎてからは5年

を目途に切かえた。で、この5年は何をテーマにしてきたかというと、50歳代

に目指した「10年間で、人生の余白分を全て埋める」のフォローをすること

にしてきた。それと、一年一年を確実に埋めること、哲学を深めることである。

リーマンショックの不意打ちで、5年間の後半の2年半は混乱をしたが、それでも

深まる波の中で、数百年、数十万年の人類にとっての断層の現象化を日々、

見届けている幸運を経験もしている。 45歳から誰もが訪れる肉体的老化が、

還暦を過ぎる頃から角度が一段下がってきている。また同年代の知人が、定年で

一線から身を引き始め、大病になったり、生老病死の問題に直面しつつある。

とはいえ、死ぬまでは生きていかなければならないのが人生である。

父は38年前に71歳で亡くなった。それからすると、やはり「とりあえず5年」

として、一年一年を生きていくしかない。これは前半5年と同じである。

 私の伯母が、90歳過ぎに「歳をとることは無念なこと」と、話していた

というが・・ まさか、自分が65歳になるとは、自分でも驚き。 

それぞれの峠を通るのは、その都度、初めての経験。面白いといえば面白い。

特に、この断層の時代である。「魂に更に何を満たしたらよいか?」

この問いが答えの手がかり? 「で、何だろう?」      

それにしても、毎年、ほぼ似たようなことを書いている自分が滑稽である。

2019-01-13 読書日記 〜「なぜ夫は何もしないのか …

[] 06:57 読書日記 〜「なぜ夫は何もしないのか … - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

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       <「なぜ夫は何もしないのか なぜ妻は理由もなく怒るのか」

                         高草木陽光 (著)

 リタイア後、家庭内の力関係が明確に変わってしまった。最後のシェルター

の自宅が、家内名義と相成り、居候の身分。その愚痴を繰返し、ここで書いて

きたが、我慢をするしかない。 チョッとでも反論でもすれば、

「家事を何もしないで、何よ!」と怒り出す。それそのままの題名の本が、

図書館の返却コーナーにあった。ある東京の友人と、リタイア後に、数年ぶりに

地元で酒を飲んだ時、「そろそろ引退をした方が良いよ。手ぶらも良いものだよ」

と話を向けると、「実は、数年前に1年半、リタイアをしたが、次男と同居を

していて、4畳半の一室で座敷牢のような生活。連れも、息が詰まるのか、

直ぐにパート先を見つけて…」という、何処も同じかと実感。 知人の愚痴を

間接で聞いた内容とは… 「連れに、一度、外の出て行って!居るだけで息が

詰まるのよ!と言われても、そうそう行くところも無いし…」と、生々しい。

 私の場合、仏間の半分の3畳ほどの書斎コーナーと、寝室の大型TVの前で。

大半を過ごす。あとは、スポーツジムと、電動のクロスチャリの散策。

 …ただし、この生活を気に入っている。 

 家内は週の大部分(4日以上)の半日は出歩く。人生の消耗は、ほぼゼロ?

のような、宇宙人のような! 68歳で顔に皺一つないのが自慢? で、雨雪が

続くと、腹いせに…『何にも家事をしないで、何よ!』と、気分転換で解消。 

 堪ったものじゃない。そこでソクラテスが愚民に対して吐いた言葉、

「犬に吠えられて怒る人はいない、それと同じさ!」と、聞き流す。…私は? 

「居ないより、遥かに良いさ…」と、

「私と40回も秘・異郷ツアーに… 同行してくれただけでも有難いと思わなくては」

天然ボケにも、良いところ3に、悪いところが1。私も同じようなもの?…」

一が諦め、二に感謝、三、四が無くて、五に微笑み、ですか? 

 少し無理が、ありますか! いや、かなり? 今では微笑みから、苦笑い!

――

    ー内容紹介ー

  なぜ夫婦はこうも相容れないのか! ?

「夫婦なのに夫婦じゃないような気がする」

「夫(妻)の気持ちがわからない」

「些細なことでケンカになってしまう」

「もっとお互いを理解し合いたい」

 そんな悩みをもつ夫と妻のために、夫婦問題カウンセリング7000件の

実績をもつ著者が、これまでの相談内容から導き出した解決方法を紹介!

具体的な事例をあげ、「夫と妻の考え方の違い」

「夫と妻の受け取り方の違い」「問題になりやすい事柄」

「改善策につながるヒント」「考え方のポイント」を、

家事、育児、会話など38のテーマ別にアドバイス

 このままでいいのか悩んだらこの本を開いてください。

いま何かを決断をしようとしているなら、その前に読んでみてください。

きっとこの本の中にあなたの答えが見つかるはずです。

何らかの問題を抱えている夫婦にも、ひとり頭を抱えて悩んでいる夫・妻にも、

「うちは問題ない」と思っている人にも役立つ!

夫婦関係はちょっとしたコツさえつかめばうまくいく。

いま以上に生きやすく、潤いのある人生を構築するために、ぜひお読みください。

――

▼ 腰痛の持病で… 私が出来るのは、御得意の『聞き役』で、一通りの、

 その日の出来事と、面白かったニュースの感想を返すことと、最近では、

外出の際のファッションチェック。二者択一の判断で、私の選んだ方に、

『私も、そう思っていたの!』と、必ず宣う。『だったら聞くな』と言えず。 

基本は、聞き役に徹して、カウンセラー役と割切ること。

 姉4人の我ままの実情を独身時代に見聞きした情報があればこそ!

・・・・・・

4687, エッセイ力は人生力 ー2

2014年01月13日(月)

              「60代からのエッセイ教室」木村治美

  * エッセイを書く目的と、日記との違い

    ーまずは、その辺りの抜粋より

《 あるエッセイ教室の作品集を読んでいたら、はからずも、エッセイを書く

 目的を端的にいい当てた文章に巡りあった。その文章は創刊号であるためか、

おのおの、自分の作品のあとに、小さなコラムで、なぜこの教室に入って

エッセイを書くようになったかの動機を綴っている。ひざ思わず膝を打ちたく

なったのは、つぎの一文であった。「エッセイを書こうと思うようになったのは

十年前のこと。それまでは、日記に思いを記していた。心の重荷をおろすように

書いていたが、後日、読み返すと、もっと心が重くなった。物事の見方、人の心

の動きを観察することで、誰が読んでも傷つかない文章を書きたくなった。

きれいごとのとらえ方ではない。考えることで、自分を成長させたい」

 ここにはエッセイが日記と異なる点が、自分自身の体験から、明確に意識

されている。感動的ともいいたい鋭い「気づき」である。エッセイには自分自身

がどこかに登場していなくてはならない。しかし難しいのは、書いている自分と、

書かれている自分との間に、距離をおくことである。自分を他人のように

客観視すること、といい直してもよいだろう。日記ではこの客観化がなされ

にくい。恨みも痛みもドロドロのまま流しこむ。恥も外聞もなく。どうせ自分

以外に読むひとなんていないのだから……。しかし、「後日、読み返すと、

もっと心が重くな」るのはなぜだろうか。日時がたったことで、やや他人に

なった自分が読むからである。おそらく、書いたのが自分であるだけに、

ヘドが出そうになったであろう。自己嫌悪である。そこで、「だれが読んでも

(つまりあとから自分が読んでも)傷つかない文章を書きたくなった」のである。

それには、教室という読者のいる環境で、「物事の見方、人の心の勤きを観察」

しようと思い立った。それが自分を成長させる。そう、日記は記録とはなり

えても、以上に述べたような効能は期待できない。・・・ 》

▼ この随想日記の「閑話小題」は、エッセイそのもの。だから読書日記

 メモ的のものより面白い。これを書くときは、ネタ切れのケースが比較的多い

ため、苦し紛れで日常の身近なことを書くしかない。それが面白みを出すようだ。

だから、何気ない日常の現象と気持ちを書いている「バードウォッチ」の内容

こそエッセイになっている。そのため、時どき、切り取って、「閑話小題」

に転用する。何気なく思っていることを書き出すと、ハッとすることがある。

人はそれぞれの心の中で様ざまな思いを数限りなく繰り返しているが、

そこにこそ砂金が混ざっている。それを取り出し、書き出すのがエッセイの目的

であり、日記との違いになる。日記は他の砂も含まれるし、それも必要とする。

・・・・・・

5417,人生で最も大切な技術 ー?

2016年01月13日(水)

       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著

   * 幸福の探求

 図書館でみつけた非常に面白い本。当分、細部の知識化のため、

24の各章をテーマとして取上げる予定だが、それだけの響きがある。

 フランスの知的環境の整った家庭で育ったエリートが、チベット仏教

ひかれ、それまでの業績をすべて捨て、ネパールの僧院で30年以上の修行を

行なった後、現在はダライラマ法王のフランス語通訳やインタビュアーの役を

任せられ法王の協力で行なわれている「心と生命会議」なども参加している。

 この経歴で、「世俗的な精神性」の幸福について書いているため、いずれの

言葉も心に響く。 新年早々、現在の私には得難い指導書になる予感がする。

  〜まずは、アマゾンの内容紹介〜

≪ リカール,マチウ: 1946年フランス生まれ。チベット仏教僧。

 パストゥール研究所のノーベル医学賞受賞者フランソワ・ジャコブ教授の

指導の下、分子生物学の国家博士号を取得後、チベット語を学び、仏教修行の

道に入る。チベット仏教の文献を欧米に翻訳・紹介、ダライ・ラマ14世

フランス語通訳も務める。フランスにおいて細胞遺伝子の分野で将来を嘱望

された研究者の経歴を放棄し、ヒマラヤ山間で仏教僧として35年間修行に専心。

現在は著述家、翻訳家、写真家としても活躍するほか、瞑想の脳に及ぼす効果

に関して展開中の科学研究にも参加。チベットネパールを生活の拠点として

人道的プロジェクトに従事する。 ≫  

  〜リチャード ギアの内容紹介より〜

≪ マチウ・リカールは、深い思いやりとシャープな論理性と、思わず笑い

 出してしまうユーモアも交えて、人間の可能性に関する偽りを暴き出し、

これまでの仮定に反駁してくれた。‘本物かつ永続的な幸福が可能であるのみ

ならず、幸福は人間の生得権である’ことを明確に示した。我々の中で最も

叡智に富み、最も信頼に値する友人による類い稀なる書である。≫   

▼「はじめに」で、《 本書がフランスで出版されるやいなや、喧々轟々の

 議論が全国で沸き起こった。インテリ層は幸福には関心がない、という意見

を明らかにして、技術として習得することが可能である、という私の議論に

一切耳を傾けようとしなかった。ある作家は、「幸福を逆手に取って人心を

惑わせるのもいい加減にしてほしい」と詰問するような記事を書いている。

挙句の果てに、「幸福の妖術師」と題する雑誌の特集記事まで出る騒ぎに。

パリでの議論やマスコミとの応酬で散々な目にあい、ばらばらに崩された

ジグソーパズルのひとかけらのような自分を見る思いがした。ネパールの山に

戻り、元の生活を始めたことが無常の喜びとなった。以前よりは確かに多忙に

なったとはいえネパールのシェチェン僧院を本拠地として、ヒマラヤ

見上げる隠遁生活を年2ヵ月程度することにしている。》と、あった。

 一冊の世俗的な『幸福本』に、フランスインテリ層が、ごうごうたる

議論を起きたのは、35年のチベット仏教修行の裏づけのある内容なら、

インテリ総掛りでも論破できないはず。「幸福の妖術師」良いじゃないか!

 素晴らしい魂との出会った思いである。 〜で、以下につながっていく。

・・・・・・

2018年01月13日(土)

閑話小題 〜コンニャク長屋ですか

   * 書きネタが無いと、御呼びですか!

大家さん: 書きネタが無くなると、御呼びですか。仕方がないがね。

熊さん: 北朝鮮が、オリンピックに参加だってさ。有得ないと思ってたがね。

寅さん: 精一杯の虚勢さ。まあ、物資不足は明らかだこそ、ここが土壇場。

    国そのものが張りぼて。よくぞ、やってるよ。そろそろボロが出るさ。

大家* 中国が、本気になってきたからね。そこに、韓国が抜け駆けをして、

   オリンピック参加の勧めの尻尾振りをしたから、アメリカと中国は動転?

   韓国も開戦ともなれば、百万、二百万の死者も出るから、解るがね。

八っあん: この時節に冬季オリンピックとは、何でまた?の疑問が残るね。

   ここまでは、手を出せまいという思惑のためですか。

熊さん: これほど辛辣な挑発を繰返したのだから済やしないよ。

寅さん: 何かマンジリしなかったが、数ヶ月の猶予期間を稼げただけでも

   良しじゃないかい。ただ間延びをしただけだと思うけどね。

八つぁん: どうも私たちの心の底には、最悪の事態を期待する悪魔が存在

   しているところがあるね。アメリカ人なら、まさか大陸間核ミサイル

   が飛んでくるとは思わないから、今のうちにヤッチマエと。

熊さん: どうも朝鮮半島問題は暗くなるから、大相撲の話題にしましょうや。

   といっても、これはモンゴル人問題になるか。 …でも気が晴れるね。

大家さん: 朝青龍と白鵬が長年かけてつくり上げた「横綱アドバンティジ・

   システム」が、露わになり、使えなくなったから、今までとは違うよ。

   これは八つぁんが創った造語だけど、ズバリ言当てているね。

八つぁん: それでもやってくる可能性があるね。貴乃花の母親に手紙でも

   出して、バラエティで10回、このキーワードを繰返せば、ポチとはいえ

   立合いの張り手を禁止条項にせざるを得なくなるね。

熊さん: 「横綱アドバンティジ」の実情を聞いて、白鵬と遠藤の立合いを

   見てから、白鵬への見方が全く変わったよ。 大陸と島国の考え方、

   体質の問題になるよ。開放したのだから…云々か、日本の国技だから、

   島国用に合わせなければならないとか…。確かに難しいのは解るけど。

大家さん: 白鵬への大横綱とかいう特別視が無くなったのは大きいね。

   新弟子からして誰も偉大な力士と思わなくなってしまったのは、本人に

   とって衝撃さ。でも、その孤独こそ、最も大事なことだが、その自覚は、

   逆上せガエルになった当人には、土台、無理だろうね。

八つぁん: 今場所は、色いろな面で面白いだろうね。大鵬の孫もデビュー

   するしね。ところで、先日、元・琴欧州が開いた小部屋のブルガリア人

   の新弟子のドキュメントを見たけど、一人の新弟子の稽古の激しさが

   直接、伝わってきたね。土俵の中でのド突きあい、殴りあいだね。

   あれじゃあ、強くなるわけだ。

大家さん: 私も見ていたが… 他の部屋の幕下力士が「御前は気が弱い!」と

   注意していたのが、本人には堪えたようだね。「自分は東欧から遠来して

   いるだけでも気が強いはず。何で気が弱いと言わなければならないのか!」

   と…。 幕下力士は、「気が弱い」と、「気が優しい」の言い違いを 

   していただけ。気が優しいのは、気が弱いとは、違うのさ。

熊さん: こういう問題があるからこそ、面白いんだよ。白人、赤、茶色の

   人種が肌の色を超えて戦うからさ。俺も、哲学的になってきたね。

・・・・・・

5052,生と死をめぐる断想  ー5

2015年01月13日(火)

            『生と死をめぐる断想 』岸本葉子(著)

  *「いのち」に「わたし」がいっとき宿る 〜玄侑宗久

「而今」とは、今のつらなり。あるのは「今」「今」「今」だけである。

 禅とは、この「而今」を繰返づことで、「わたし」の輪郭を薄くする行。

成るほどである。今、この瞬間が永遠のときの一端がある。

瞑想は「わたし」という「閉じた系」から「いのち」を開放するものだと。

  ーその辺りから抜粋ー  〜P90

≪ 暗唱をしているとき意識は「而今」にあると、玄侑氏は言う。

「而今」とは目的論も因果律も届かないような、三昧にある時だそうだ。

たしかに、すでに口から出て過ぎ去った音を意識が追いかけたり、

次に出す音を頭の中で先取りしたりすると、とたんにつかえる。あるのは

常に「今」「今」「今」。音の連なりは、すなわち「今」の連なりである。

暗唱をするとき、その間だけでも「而今」を体験している。(略)・・ 

 玄侑氏も認めている。人間である限り「わたし」を完全に「なくす」こと

などあり得ない。であるからこそ禅は「而今」を繰り返すことで「わたし」

の輪郭を少しでも薄くしたいと願うのだという。

 玄侑氏が再三書いているのが、「わたし」と「いのち」の関係だ。

「いのち」は「わたし」の生れる前からある。

「いのち」に「わたし」がいっとき宿るのだと。

「いのち」が存在の実相で、「わたし」は頭で作り上げたフィクション

 はじめにそう読んだとき、逆ではないかと私は思った。

「いのち」が「わたし」に宿っている、「いのち」が「わたし」の一部だろうと。

なぜって私の体の諸器官が停止すれば命は終わる。たしかに、私の体が土に還り、

その土から芽が出て、その草を虫が食べて、虫を鳥が食べてといった意味での命

の連続はあるだろう。が、それは灰を収めた骨壼も壊れて形をなくした後という、

相当に長い年月のことだ。頭では理解できても、実感からはかけ離れている。

植物も動物もひとつの生態系をなし人間もそれに属するもの、といった類の知識、

それこそ知性によってとらえられるものだろうと。

 自分の命があと数年単位なのか数十年の単位なのかと気を張っている、

そんな長いスパンの命のことを考えられない、という反発もあった。

が、往復書簡をするうちいつの間にか、「わたし」が「いのち」にいっとき宿る、

「わたし」<「いのち」という発想が自然なものになってきた。・・ 

それとは別に、「わたし」を超えた何かもっと全体的な何かがあるらしい

ことを感じるようになってきた。・・ ≫

▼ {「いのち」が存在の実相で、「わたし」は頭で作り上げたフィクション

 でしかない}という玄侑宗久の言葉に近い{大自然が元もと存在していて、

自分の姿を見いため人間をつくった}を、何かの宗教書で読んだことがある。

地球上に生まれた生命が延々と時間をかけて、この「わたし」が存在する。

その全てを経たものを「いのち」というなら、その「いのち」にいっとき

宿るのが「わたし」というのは当然である。死ぬのは、それから離れるだけ。

・・・・・・

5782,多国籍タウンで夢を追う

2017年01月13日(金)      

    < にっぽん紀行:オオクボ・ドリーム

     〜東京大久保 多国籍タウンで夢を追う〜>

            2017年1月9日放送(18:10〜18:45NHK総合)

  * Tokyo Okubo 外国人の夢 行き交う街で

 大久保が今では町全体が外国人街の様相を示していると、以前から聞いていた。

その実情を外国人の目線からレポートした内容で、非常に興味を持ってみた。

世界各国、特にアジア各国から重い事情をもって来日して必死に働く彼らの姿は、

アジアの縮図を見ているよう。一つ間違えると、不法労働者として、国外追放に

なる立場。貧しい母国には仕事も希望もない。ネット検索に「大久保ドリーム

NHK」と入れると、以下の通り要約した紹介があった。舟板一枚下は奈落の底。

≪ よく大久保を訪れるというレポーターが大久保を案内。ホットク、ケバブ

 など世界の食にありつけると紹介。この街の住民の3割が外国人、彼らは夢を

求めてやってくる。バブル景気を境に大久保には外国人が増え始めた。商店街

では、インドネシア語や中国語、ロシア語など様々な言葉で放送が流れる。

外国人が経営する店も軒を連ねる。一方で移り変わるも激しい。

パキスタンからやってきたシャヒーンさんは、大久保では名のしれた実業家で

アリババと呼ばれ、タイ料理店を10店舗展開している。 アリババはつねに

新しいビジネスを探している。この日も不動産業者と交渉していた。

アリババは、この街には面白さがいっぱいあると話した。

★インド出身の料理人、モハメド・ユースフさんは、一旗あげたいと日本に

やってきた。得意料理のニハリや、ビリヤニを紹介した。給料は手取り16万円、

5万は家族へ仕送り、3万円は小遣いで、のこりは貯金している。自分の店を持つ

のが夢だと話した。ユースフさんは店の近くのアパートで、同僚と一緒に暮らす。

彼にはインドに妻と3人の子どもがいる。いつか家族を日本に呼びたいと話した。

メインストリートから一歩入った住宅街には多くの外国人が住んでいる。

ユースフさんが働くインド料理店の2階にはモスクが作られた。また、キリスト

教教会には以前からの韓国の人に混じって、フィリピンベトナムなど7カ国の

人たちがやってくる。 ユースフさんは、ランチタイムの客の入りが悪いことが

気になっていた。2日後、ユースフさんは道でチラシを配っていた。チラシを

見て、店を女性が訪れ、おいしいと話した。仕事の間、ユースフさんはインドの

妻に電話をしていた。今年中に日本に家族を呼び寄せるつもりだという。

ミャンマーからやってきたチッピョンさんは娘のパンズンさんと8畳一間で暮ら

している。ミャンマーの地方の町で家族5人で暮らしていたが、軍事政権で身の

危険を感じてチッピョンさんが日本に、その後、娘を呼び寄せた。娘は日本語を

勉強している。午前4時半、チッピョンさんは仕事にでかけた。夜は居酒屋で

アルバイトをしている。娘の学費70万円を稼がなければならないのだ。時給千円

前後のアルバイトで生活を繋いでいる。そのころ娘は昼ごはんを作っていた。

チッピョンさんが戻り、2人で昼食を食べた。食事の後、チッピョンさんは仮眠を。

★大久保の路地裏にある仏堂は、中国や台湾の人たちが多く訪れる。12月上旬、

中国出身の高さんが訪れ、写経をしていた。100ページ近い写経をやりとげる。

高さんは、10年前に来日。沖縄や大分のホテルで働き、10日ほど前に契約が切れ

仕事を失った。仏堂の管理人、游人樺さんは、高さんを気にかけていた。いつも

は6時に仏堂を閉めるが、高さんのために空けていた。翌朝7時、写経が完成し、

仏様にお供えした。高さんはこの仏堂の近くに住んでいたという。車に家財道具

が詰め込まれていた。しばらく友達の家を転々とするという。大家さんの好意で

車だけ置かせてもらっていた。高さんは「ありがとう」という曲が好きと聞かせた。

高さんは、故郷に錦を飾れるようになってから帰りたいと話した。≫

―――

▼ シリアスな内容で、身近にアジアの底辺の窮状を見せつけられる。彼らは

 隠れ経済難民で、これでも故郷の生活からしたら恵まれているのだろう。

難民受入れに厳しいと言われても、観光ピザで数知れず流入している実情がある。

自宅の目前にアパートがあり、東南アジア系の若者が住んでいるが、騒いでも、

何ら気にならない空気のような存在。<アメリカの中・下層白人が、トランプ

支持するのが分かる>と思う日々が遠くない将来、やってくるのだろうか。

アメリカの大部分の被支配階層の人たち、いつか当ててやろうと信じている

から絶対格差に耐えられるという。 

2019-01-08 閑話小題 〜紀州のドンファンって、どうなった?

[] 06:24 閑話小題 〜紀州のドンファンって、どうなった? - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

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   * つれづれなるままに

 和歌山のドンファンって、どうなった? 「大山鳴動して鼠一匹」なのか。

痴呆症化した色ボケ老人。犯罪の臭いがしたが、この立証は難しい。親身に

面倒をみる肉親が誰も居なかったのか? 金に絡んだ犯罪も考えられたが… 

年越し捜査で、これから大騒ぎの可能性もある。

 ―

 * 一週間ぶりの初外出は

 一昨日は、家内と新春の初外食! ステーキハウスには、3ヶ月に一度は

行くが、価格の割に美味しく、安い。50グラム増量サービスで、食べ応えも。

安価なステーキには当り外れが大きいが、最近、行く店は比較的当たりが多い。

年金暮らしの、細やかな愉しみ? 福引で500円サービス券も当たり…。

年齢の時節ごとに、嗜好もかわるもの。

 ー

   * 今年の政治・経済は、荒れそうな?

 人生の良いところは75歳まで!とすると、あと二年。<二年もあるか、

二年しかないか>は、考え方次第。 まだまだ見たりない、知り足りない感が

あるが… その不足分をネットTVが補ってくれる。半月程前から、土・日曜日

はYouTube中心に見ることにしている。撮影機と、大画面TVの受信機能が飛躍的に

向上し、日ごとソフトも画質も良くなっている。ドローンからの空撮もフンダン

に取入れられている。 あとはゴーグルですか?

 ー

   * 去年の以下の同月同日の読返し

 あれ程の危機を平然と実行する北朝鮮の捨身の戦略に、末恐ろしい感がする。

今で何もなかったように舞うが、今度は米朝経済戦争が燻りだしてきた。

韓国は韓国で、政権維持のための、日本バッシングを始めてきた。役者の顔

ぶれが悪すぎ、あまりに不確定要素が強い。 …ある日、突然…?? 

 

▼ 上記を読返すと、シェルター内で、デジタル世界のドツボに嵌り、淡々と

 した日々をつつがなく過ごしているのが解る。欲しいもの、したいことが

あるでなし、寝しなに「ああ、面白かった!」と、心底いえるのが有難い。

 現役の人は、それは厳しいだろう。 化物の正体は、情報化の進化!

そして、文明の相剋! なかなか手ごわい。見据えて目を逸らさないことしか

手立てがない!出たとこ勝負、カラオケで「思案橋ブルース」を歌うしかない?

・・・・・・

6144,閑話小題 〜熊さん、八つぁん、珍問答、再び −2 新春談義

2018年01月08日(月)

   * 新春談義 ‘一触即発の恐ろしさ’

八つぁん: 大家さん、今年も大変な年になりそうな雲行きですね。秋口に

  アメリカ下院選が行われるため、起死回生を狙った朝鮮戦争も考えられる

  雲行き。100万単位の死者も覚悟の上に… 一触即発状態じゃないですか。

大家: 北朝鮮の金様の自爆覚悟の瀬戸際戦略も、これでは、一つ狂うと日韓

  を巻き込んだ破滅に至るよ。 ますます開戦は避けられない雲行きだね。

  一番利益を受けるのはプーチン、トランプ、習主席と、世界中の軍事産業

八つぁん: 日本も非常な危険状態に置かれている。平和ボケした日本人には、

  東北大震災の数倍、数十倍の戦災状態のイメージが出来ないんだよ。

  戦争の経験者も数少なくなった。

大家: 政府は、既に情報コントロールをしているよ。冬季オリンピック

  無事終わらせて、選手と観客の帰国に紛らわせ、滞韓米人を帰国させた上…

  この年末年始にも可能性があったが…。 開戦ともなれば、思いもしない

  国内でのテロ攻撃が考えられ、これまでの日常が一変する。ペットボトル

  と、トイレットペーパーの買置きぐらいはしておかないとね。

熊さん: あっしがトランプなら開戦に踏込むね。老い先も短いことだし。

  あの言動は‘俺並み’じゃないか。オバマの綺麗ごと治世が懐かしいよ。

八つぁん: 何れも陰陽があるからね。でも、トランプには陰の部分が多すぎる。

  クリントン女史に比べると、バカどうしは先が読めないため手ごわいのでは。

熊さん: そうさな〜、あっしがドン様だったら、クリントンの方が組み易いか。

大家: 最近、妹が幹部に抜擢されたが、ピンポイント爆撃か、脳卒中で急死を

  した場合の後継者を考えてのこと。この妹がプーチンと情報を共有して知恵

  を借りているとみると、この一連の戦略が解るような。

熊さん: それにしても、韓国の現大統領というのは何じゃい!。国家同士が

  合意し金までとっておいた決め事を反古にするとは。国家の態をなしてない

  じゃないか。「国 敗れて山河あり」というより、「惨禍あり」そのもの。

  気の毒といえば、気の毒の国だよ。

八つぁん: 地勢上のリスクを甘く見ていると、日本も韓国の後追いだよ。

寅さん: 先ずは、改憲さ。 仲たがいした隣家が敷地内を二分し、爆弾と

  鉈を振り上げた、一触即発の中で、平和ボケした腑抜けが、「争い事は

  いけません」と鼻声で声高らかに運動会の準備…。先はしれているよ。

大家さん: 「そのマサカが起こるのが娑婆世界」 日常は表象でしかなく、

  百年、千年に一度のマサカが世界を動かし、変動させる。茹で上がった

  のは、脳も体が動けない。

八つぁん: 準備のしようがない?っていうけど、疎開先として地方のホテル

  に、万一の場合を考えて予約も可能だよ。笑われてもいいんだよ。予約金

  の一万円も入れとけば、ほとぼりが冷めた後、解消すれば戻ってくるさ。

  生まれた時節が太平洋戦の敗戦の半年後、そして、そろそろお別れに近づく

  現在が…戦争前夜? 不思議な廻りあわせ。決まったわけじゃないが。

熊さん: あんたみたいに達観できないよ。まだ、やり残しが山ほどあるし、

  食べるものから節約してきた小金がある。俺のダチ公は、その時々に面白

  おかしく使ってスッカラカンさ。こうなると、奴の方が得をしたのさ。

 「カネを持っちゃ、あの世に行けないし、楽しんだコトを持っていくんだ」

  と薄笑いをしていたが、その通りじゃないか。

寅さん: 「あのダチ公」って、俺のことじゃないか。 実は親父から、

  死際に教訓として教えて貰っていたんだ。だから、熊さんの慌てようが… 

  別に快楽主義じゃないよ。「良く働き、学び、遊ベ」の‘良いバランス’と、

  常に大波の到来を予測し、心の行蔵に「楽しんだ充実感」を貯め込んで

  いただけだよ。それを知らないお前さんの自業自得さ。

八つぁん: それって、親父じゃなくて私が御前さんに教えたことだよ。

寅さん: あんたの代わりに、私が代弁してやったのさ。御蔭で良かったよ。

大家さん: でもね、私のようなノンビリして、ボ〜ッとした人生も、悪く

  ないよ。行蔵の中味は少ないが、代々引き継いできた「蔵」とお宝は、

  それはそれで、自己満足が出来るのさ。引継ぎランナーは、それなりに。

寅さん: まず、比較しないことだね。ところで私が話に参加したと同時に、

  何か、甘ったるい内向きな内容になったね。

熊さん:〈大家さんと俺様〉対、〈八つぁんと寅さん〉になってきたね。

  でも、不安だろう、御前さんのような生き方では。

寅さん: 「死んで三日もすれば300年前に死んだと同じ!」って、他からも

  教えて貰ったからさ。 そしてコツは、「他人さまと、比較しないこと。

  同化しないこと。独善でも、独悪でも良し、独りだけの世界を持つこと」

大家さん: 寅さんも、良いことをいうじゃないか。

八つぁん: あの二人の掛合いの根本が、この対話の根にあるんだよ。

  どうにもならない二人の、根本が。寅さん、熊さん以下が、核弾頭の

  ボタンを握ってしまったのが、大問題なのさ。

熊さん: あの二人と比較しないでよ。あんまりだよ。でも、現実だもんね。

大家さん: 第二次世界大戦を挟んで、スターリン、毛沢東、ヒトラーなどに

  権力を与えたために、数千万、いや一億以上の死者を出していまった。

  何か、プーチン、習主席を加えた4人の顔ぶれが悪すぎですよ。

八つぁん: これからして、百万、二百万の犠牲者も、あながち多過ぎで

  躊躇することでもないように思える。 権力を持つと、猿は狂うのよ。

・・・・・・

5412,だれもわかってくれない ー?

2016年01月08日(金)

     『だれもわかってくれない』ハイディ・グラント・ハルバーン著

  *「信用レンズ」「パワーレンズ」「エゴレンズ」

 世間とは、一般的に、個々の立場から延長する人間関係を言い、

本人、家族、近所、その知り合いと広がった人たちの繋がりを総称する。

人間は複雑で、この3つをベースにした歪んだレンズを通した世界に住む。

 個々人にとって、それが現実で、全世界になるが、それを客観視できない

ため、小さな世界から一歩も外に出ることが出来ない世間という名の牢獄で、

一生を終えることになる。  そのレンズを、著者は、「信用レンズ」

「パワーレンズ」「エゴレンズ」の3つに分けて、ここに前向きな

「促進レンズ」と、後ろ向きの「予防レンズ」を加える。のっけから

そんなレンズの視線を気にしないで、自分のレンズを冷静にみて、

生きていくべきだが、これが難しい。

 〜アマゾンの内容より〜

≪ そんなつもりで言ったのじゃないのに、勝手にそうと決めつけられたり、

 自分では笑顔でいるつもりでも、だれも話しかけてくれなかったり…。

こういった「誤解」は、オフィスでも、学校でも、家庭でも、老若男女関係

なく、つねに起こる問題です。ところが近年、その仕組みは科学的にかなり

解明され、予測することが可能になってきています。社会心理学の研究に

よると、人は育った環境や性格によって、大きく3つのレンズ「信用レンズ」

「パワーレンズ」「エゴレンズ」をつけ世の中を見ていることがわかりました。

あなたがコミュニケーションしようとしている相手はどのレンズをつけて

いるのか、あなた自身はどのレンズを通して相手を見ているのか、まずは

それを理解することが、スムーズなコミュニケーションにつながる秘訣だと、

著者は言います。 本書は、モチベーションと目標達成分野の第一人者で、

コロンビア大学ビジネススクールで教鞭をとる社会心理学者が、誤解の原因と

解消法について具体的事例を挙げながらわかりやすく解説した実践的な1冊。≫

▼ この3つのレンズで、世間の視線を分けると、その嫌らしい縄目が透けて

 見えてくる。多くの人が、この歪んだレンズの共同幻想の飼殺しで終わる。

 3つのレンズを、連れあい相手を探す時のレンズと例えると、解りやすい。

・一生の伴侶として信用してよいか、温かみがあるか? 「信用レンズ」

・自分の望む生活を維持できるパワーを持っているか? 「パワーレンズ」

・我がままを許容してくれるか?のレンズで、相手を見定める。「エゴレンズ」

ライオンの群れが、ボスライオンが失踪したとき、メスグループが、新たな

ボスを選定するプロセスを映しだしたTVドキュメントを見たことがあった。 

メスにすれば、外部の強いオスにボスが群れから追い出されれば、子供は

皆殺しになるため、ボスの選定は当然、厳しくなる。これが人間社会だと、

一つ間違えると、一生をボウにふることになる。「貴方の事など誰も解って

くれない!」 そこで、努力をするか、壁をつくるか? どうでもいいか?

・・・・・・

5047,閑話小題 〜全人類と全アリンコの重さは同じ

2015年01月08日(木)

  * 全人類と全アリンコの重さは同じ

 どうでもよい話だが、全アリンコと全人類の体重は同じぐらいで、地球上に、

一京(一兆の一万倍)のアリが存在し、他の昆虫の総体重の10倍はあるそうだ。

ケニアの草原にはアリズカの山が延々とあり、それを餌にするアリクイという

動物までいる。 アリには奴隷アリもいて、他のアリに強制的に働かされている

のもいる。地下に葉っぱを発酵させ、コケを栽培させているアリもいる。

ある意味、地下社会の支配者でもある。

  * つれづれに 〜アベノミクスって大丈夫? 

 犬も歩けば保守にあたる、って感じになってきた。景気と国勢が右下がりも

あって、20数年かけて総中流社会が総下流に下がっている。世界全体が

重苦しく停滞していく中、不安心理の裏返しなのだろう。アベノミクスの金融

緩和で、株高、円安、物価高に重心が動き出したが、地方には景気浮揚の実感は

なく、どんよりとした黒い雲が、覆いかぶってきた。 隠居の身、40年以上の

緊張感から開放され、フワフワ浮いたような毎日。それが思いのほか良くもある。

そして原油が50ドル以下とは驚き!ロシアなど輸出の8割を占める資源大国は

一挙に変になってきた。ちなみに、最近、モノを買わなくなった。買わなくとも

済むからだ。税収の二倍の国家予算で、国の借金が国民一人当たり7百数十万と

いえば、誰もが不安になろうというもの。目先を、6年後の東京オリンピック

向けて何とか乗り切ろうというのだろうが。

・・・・・・

5777,福田恆存の「私の幸福論」〜?

2017年01月08日(日)

              「私の幸福論」福田恆存著     

   * 快楽と幸福 ーA

『面白かったから、まあ、いいや』

『折角、大よそ80年の地球ツアーに○○しに来たのだから、

 深く広く味わい尽くさないと、勿体ないじゃないか』

の内語を呟いている自分がいる。これは快楽主義に影響されてのこと? 

私のレベル?からみて、数ランク上のスケジュールをたて日々を過ごして

いるが、これが慣れれば快適そのもの。 賢者の快楽主義の、「見とおしを

きかし、よく計算する」ことを意識した構成ではないが、少し近い感がする?

そうもしないと、老人性鬱病か、分裂症、痴呆症に陥る危機を実感するため

実践しているが、慣れてしまえば、快楽まではいかないが、快適である。。

その結果、更に徹底した唯我独尊の個人主義者になっている。

   〜その辺りを抜粋

≪・私たちは疲れないように歩かなければなりません。疲れるくらいなら、

 歩かないほうがいい。しいて目的地を定めて、そこに到達するために、

肉体を酷使するなど、ばかげた話ですし、また悪でもあります。目的は先に

あるのではない。歩くことそのことのうちに快楽が見いだせないくらいなら、

歩かないほうがいい。目的は未来の到達点にあるのではなく、現在の歩く行為

そのもののうちにあるということになります。得られるか得られぬかわからぬ

未来のために、現在を犠牲にしてはならぬわけです。

・私たちは、自分の欲望を真に知ってはおりません。ただ禁じられているがゆえ、

その枠を破ることにのみ、自分の欲望があると錯覚している。 (中略)…

はてしもない欲望に、いいかえれば、つねに求めて得られぬ不満というものに

絶望してしまいかねません。そして、自暴自棄になり、いよいよ快楽からは

遠ざかるというわけです。

・どんな賢者なら「見とおしをきかし、よく計算する」ことができましょうか。

自然と人間との間の、他人と自分との間の、さらに自分のなかの無意識と意識

との間の、さまざまな欲望の衝突に直面して、誰がすべてを見とおし、これに

決定的な裁きをつけることができるでしょうか。一人の個人に、それだけの

大事業が可能であるとは考えられません。

・すべてを見とおし、よく計算することが、個人の力にあまるとしても、

自然科学社会科学の助けを求めれば、それがなんとか可能になりはしないか

ということであります。大ざっぱにいえば、それは正しい。

が、その科学的方法もまた、なにものかに笑われることがないのだろうか。

人生を、そして社会を快適なものにするということが、現代では最高の

「美徳」になっていはいないでしょうか。    ≫

――

▼ 何か、見透かれているような内容である。以前、「歩行とダンス」という

 テーマで書いたことがある。(以下、参照) 両親がことあるごとに、言って

いた、「好きになるまで集中し続けなさい!」と同じ。「旅行」と「旅」の意味

あいに似ている。「旅」は、行くまでのプロセスに価値をおく。振返れば、長い

「旅」だった。エネルギーを入れた分だけ、そのまま返ってきた。踊りは快適で

快楽で、見通しも計算もないからこそ良いもの。泣いても笑っても同じ空である。

――

2001/12/21

[164] 目的と手段

目的の達成の為の手段’がときとして逆転してしまうから面白い。

手段の目的化’に転化してしまう。旅館やホテルの二代目にそういうのが多い。

営業の為のゴルフを始めたのが、いつの間にかゴルフが目的になり、

営業が反対に手段になってしまう。

何処でもある話と同時に,自身にも過去に数え切れないほど経験がある。

手段を楽しむ事は大事な事だ、そうでなくては目的は果たせないといっていい。

といって目的を忘れて手段に没頭してしまうのが、人間の人間たるゆえんである。

以前‘ダンスと歩行’という文章を書いたが(後記)まさしくその喩えがピッタシ。

目的は達成したと同時に次の目的の手段になる。

ドアについたら次の部屋のドアへの出発点になる。

至近の例で旅館の二代目が商工会議所の部会の長に選ばれ、

イベントにウツツをぬかし廃業に追いこまれた例。

どこかの街のことだが、やはり二代目が青年会議所理事長になり‘街の活性

とかを政治家やゼネコンに煽てあげられ、真にうけて社長業を放棄・・・・・、

いまや????とか。まあこれだから娑婆は面白い。

目的が何かも解ってないから、手段が出てこないのか。そう考えれば彼にとって

逆転も何もないのか!そのあたりが本当のところか?

ーー他人のことをいえた事か!どこかの馬鹿(私のこと)、

自画自賛ホームページにウツツをぬかし、つまらん事を飽きもせず毎日書いて。

馬鹿の脳内をさらけ出し恥さらして!−カミサンには冷笑され・・・・。ーー

ーー

H0609歩行とダンス

 丸山圭三郎と黒鉄ひろしの対談集で“歩行とダンス”という二人の対話が

面白かった。“ドアにむかって歩いていくのが歩行、これは手段である。

ダンスはドアに向かわないし、その行為そのものが目的である。それではドア

に向かってダンスをおどって行く事はありうるか!?ありうる!”という。

非常に含蓄のある面白い内容で、人生、仕事、学問すべてにあてはまる内容。

今回の仕事(第二新館増築)の最中にこれをよみ、“よしこの仕事とチーク・

ダンスをして、ドアまでいってやれ”と一人笑った。

大手商社に勤めている友人と酒をのみながら右の話をしたら、本人いわく

“私はさしずめ、ホーク・ダンスだな!。好きな奴もいやな奴も次々と仕事仲間

でまわってくる。それも楽しそうな顔をしながら手に手をとっておどる妙味!”

当意即妙であった。ドアに向かっての歩行なら誰でもできるが、それをダンス

としてリズムをとりながらパターンをマスターし、かつ楽しみまで高めてドアに

向かう事となると誰にでもできない。ついついドアを忘れたり、ダンスを忘れて

しまう。ダンスを忘れある年令に達して愚痴を言っている人が何と多い事か。

そしてその反対に逆の人も。

・・・・・・

4315, 考える力

2013年01月08日(火)

 人生をふり返ると、数多の経験をしてきたが、行蔵は大したことはない。

毎日2〜3時間の読書を50年近く続けてきた割に、あまりの無知と軽さに

我ながら驚いている。 商家の家庭環境の中で教養としてのベースを積む

機会が少なかったということか。現在もTVやシネマで映画をみたい放題の上に、

タブレットでPCゲームを一日に1時間は遊んでいる。26歳からの事業人生、

何時も時代を読み、計画を立て、実行、フィードバックをしていた。

 ということは、それなりに考えてきたことになるが、この有様。

点と点を結ぶ最短の方法をさぐるのが考えることだが。読書で心を集中し、

その意図を読みとり、判断に何か役立つアイデアを探す、それが考えることに

繋がっていたはず。それがマンネリとなると、考えも甘くなる。私の考える力

ついたのは、この随想日記を書くようになってから。常に何かテーマを探し出し、

小文として、起承転結にまとめる。そのこと自体、考える作業になる。

また、公開することで、書きざるを得ない、手抜きが出来ない状況をつくって

しまうと、考えざるを得なくなる。それを習慣にしてしまえば、年月が経つに

つれ進歩していたはずだが、そうでないようだ。 この頃から、哲学書が

面白くなっていた。哲学は考えることを考えること。そのため、考えるほど、

己の底の浅さに呆れている。 ある哲学者によると、《人間の脳は

‘先読みする装置’で、未来を作ることがもっとも重要な仕事》という。

でも、まさか9・11、9・15、3・11の一連の歴史的事件の先読みは出来なかった。

これに匹敵する震災レベルの大波は、これからも、次々と襲ってくる。

それは、20世紀前半に起きた第一次、第二次世界大戦と、世界恐慌の一連の

カオスより遥かに大きいはず。 その中にあって、自分の脳に自信がなければ、

他人の先読み装置を利用すればよい。が、確たるベースが無ければ、他人の

先読み装置の利用など不可能。情報化と、厳しい環境は、考えるにベスト。

カオスの中では、考える力、知的筋力をつけることが最優先される。

手持ちの経験と知識で、瀬戸際で考えるとは、何と恐ろしく、面白いものと、

割り切っていた方がよい。 考えるとは、生易しいものでない!

2019-01-06 閑話小題 〜つれづれに、武田鉄矢の <ここが、「どん底」>

[] 06:04 閑話小題 〜つれづれに、武田鉄矢の <ここが、「どん底」> - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

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    * ここは『どん底』渋谷坂

 ネット検索でみつけた武田鉄矢の、仄々?とした『どん底』の逸話が良い。

『あ〜、これが、どん底って奴か』と思うこと屡々。ところが、次々とやって

くる難関に、それが何もどん底でなかったことに気づかされた。学生時代

カーネギーの『道は開ける』を読んでいたことも、20,30歳代の難題を切り

抜けるヒントになっていた。「不安だったら、より悪い想定をしろ。自ずから

対策の知恵が浮かんでくる!半端な不安に押しつぶされないこと!」

 大家族の末っ子のプラス・マイナスそのままの要素が身にかかってきた。

私の場合、その都度、必ず人生のヒントを得ていた。 次つぎと思いも

よらない難問が立上り、無我夢中で立ち向かう。中心点さえ外さなければ、

何時の間にか解決する。そこにあるのは、寂寞感と、人の温かさ。

ある時は、新約聖書への邂逅。ある時は大本教の出口王仁三郎の教え。

それらを経験する度に、勘どころが解ってくる。 

 ――

   ー武田鉄矢の< 何を?つったら『ここ、どん底』 >―

 「どん底」のキーワードで検索して出てきた何とも味わい深い話。

振りかえみれば、人生の妙は、どん底の時節にヶ躓いた石の痛さの中に…

大学浪人の時とか、金沢の武蔵が辻の店で沈みこんていた時に、優しい声を

掛けられフラッとした刹那に、<何も反応できなく、見過ごすしかない失意の

自己嫌悪とか…> しかし、それが、本当に「どん底」だったのだろうか?

と最近、疑問に思うようになっている。しかし、その失意の中からマグマが

湧出てくることも確か。 〜武田鉄矢のどん底の逸話とは…〜

≪ 〜海援隊で仕事がほとんどない頃、メンバー3人で「売れっ子ごっこ」を

 やっていた。たまに入った仕事終わりに「この後の予定が入っていますから」

と言ってダッシュでスタジオを飛び出していく芝居をしていた。  

【皿洗いのバイト帰りに妊娠7か月の女房と笑いながら登った貧乏坂】

あれも一種の女房の芝居かもしれないけど、紅白を出た次の年にまったく仕事が

無くなってさぁ、給料4ヶ月間無いんだ。「いやぁ、こりゃダメだな」と思って

もうホントに忘れもしないけど今でも。青山学院を抜けてコカ・コーラの本社が

ある坂道があるのよ。そこに来た時に女房が突然、真っ暗い‘みそかの闇’

まぁ正月になってたけど、上りながら『よぉーく見とこう』って言いだしたのよ。

 で、「何を?」つったら『ここ、どん底だから』って。≫

 ――

▼ 私にとっての、どん底は長岡高校時代。一年後半から鼻炎になって、机に

 座ると頭がボーッとなり、教科書が読めない事態に。耳鼻科には通っていたが、

誰にも相談できず。卒業後、再度、手術を受けたが… そして大学浪人に。

「あの男、実はバカなんだ」という誹謗を度々、耳にするが、哲学の始祖の

ソクラテスが、<先ず自らの無知を知ろ!が第一歩。それを前提に、心を開襟し、

第三者の知恵を引出しなさい。要するに対話の蓄積。それは書籍の中の人物も

含めて…>  世間様とは、その知識を持ち得なかった人たちの総称。

だから、今さら相手にしないこと。誰もかも、『どん底』は、錯覚。

金沢で混乱の極みの会社で、沈んでいた時に、大本教の教えにすがっていた時、

内語で、『何だ御前、金沢まできて落ち込んでいるのは何ゆえ? この惨めさ

こそが、私にとって最善の御膳立てではないか。考えを一転し現実を見直せと

いう天からの教え。まず同僚に優しく誠実に接すること。そして、先日、耳に

残った浅野氏の「自己能力の限界の設定」から、踏出すべし』 

チョットした改心で、現象がまるで違って見えてくるから不思議。人間は知った

こと、気づいたこと、経験をしたことしか知らないのである。自らの範囲で世界

を決めているに過ぎないだけ。どん底で、その程度の浅瀬でしかない、己の底の

浅さを知るべし。誰もが出会う死神の到来の恐怖。どん底も何もあったものじゃ

ない…と。 ドン底でなくて、トン足ですか。 え、あれが? そうです!

・・・・・・

5410,新年に 〜貧乏の性分

2016年01月06日(水)

   * 貧乏の性分  〜『貧乏の神様』柳美里著

 芥川賞の売れっ子作家の柳美里の本を、図書館や書店でみかけていた

ため、その印税たるや常識的にみて数千万は軽く超えていると思っていた。

ところが、預金ゼロ、電気光熱代の支払いも窮しているという内容である。

 私を鑑みると、幼児の頃から商売で苦労していた両親をみていたことと、

その両親から子守唄のように「金の重要性」について、聞かされていた。

特に節約と、万一の備えとしての長期的預金の必要性が、人生の基本と

インプットされてきた。その割りに、最後は、この様だが、総額の15%前後

家内名義の給与として40年近く積立をしていた。(残りの85%は、使う

ことにしてきた)。それが、5年前の節目時の命綱になったいた。

「貧乏の性分」の逆を考えると、「節約、長期預金、小銭を大事に扱う」

になる。金を敵のように扱えば、返り討は至極当然。 〜その辺りから〜

≪ 2012年3月16日からは南相馬市役所内にある臨時災害放送局「南相馬

 ひばりエフエム」で、毎週金曜日「ふたりとひとり」という番組の

パーソナリティを務めています。3月6日現在で第143回まで放送されました。

 この仕事は、無報酬です。これからは、交通費も宿泊費も食費も支給

されません。その経費が年間いくらに上るのかを計算したことはありません。

自宅に1万円だけ置いて、5万円を持って南相馬に1週間滞在する、という

ような生活を続けているのです。 非常識だと思います。 けれども、

書くことを仕事に選んだ18歳の時から金銭的や時間的には無理はしても、

自分の性分や生き方には無理ない仕事をしようと決めたのです。・・(略)

 この15年間、貯金をしたことはありませんでした。

お金の使い方、金銭感覚は、両親から受け継ぐものの一つかもしれません。

 わたしの父と母は、ほぼ年子で4人の子どもを拵えましたが、ただの一度も

貯金をしませんでした。父はパチンコ屋の釘師で高給取りでしたが、競馬や

ポーカーや将棋などの博打で給料を摩って、家にはお金を入れませんでした。

生活費を稼ぐために母はキャバレーホステスとして夜の勤めを始めた

のですが、給料日前には困窮を極め、白飯に緑茶や麦茶をぶっかけただけの

お茶漬けやパン屋からタダでもらってきたパンの耳などで食い繋ぎました。

 わたしの父母の両親も貧乏人でした。それこそ親の敵のように父と母が

散財を繰り返していたのは、収入が支出を上回ることに罪悪感のような

ものを抱いているのではないかと思わざるを得ないのです。

 倹約や貯金は、お金持ちの習慣なのではないかという気すらします。

つまり、そういう家庭内の習慣を子孫や社員に文化として伝授したから、

お金持ちになったのではないか、とー。

 父親に刺身の小皿に醤油が残っているのを見餐められて、「自分の使う分を

見越して醤油を出せないような奴はまともな経営者になれん!」と殴られた、

というある大会社の社長の幼少時のエピソードを思い出したりもします・・≫

▼ ネット検索によると、柳美里は「無頼派の系譜の作家」と評されていて、

 小説ネタには、この性分があればこそ。としても、これは、つらい性分。

在日朝鮮人の大陸的気質もあるのか? 三代続いた家族の金銭感覚は、

一般人とは少し違うようだ。病気、事故とか、寝たきりになった時に、

如何するのだろう。他人事ではないか? 事業を立ち上げる度に、

「もし、失敗したら、如何する?」の内語も一緒に立ち上がる。30年、40年

かけてきた万一の備えも、この不安、恐怖から出てきた知恵。一般的にいえば、

消費社会は、収入の2割増しの欲望を掻き立てる。しかし、日本人は、

2割を預金か、投資にまわす性向がある」。 固定社会の島国の知恵だろう。

・・・・・・

4680, 偶然からチャンスを見つけだす能力

2014年01月06日(月)

  ー偶然からモノを見つけだす能力―「セレンディピティ」の活かし方

                          ー沢泉 重一(著)  

  * 人生は偶然を織りこむ絨毯づくり!  

 人生を振返ると、出会った人、出会った出来事が果たして偶然だったか、

必然だったのか、考えさせられる。偶然に機会を見出すためには、目指す夢と

目的が必要になる。そこに機会を見出すには素養と準備が前提だから。

その偶然からチャンスを見出す能力「セレンディピティ」は、イスラムの寓話

セレンディップの三人の王子」が語源。ドラゴンを退治する巻物を探すため、

自慢の王子が送り出される旅の途中で、多くの危険と苦労を味わうが、

そのつど判断力を働かせ、それぞれ理想的な姫と知りあい、幸せに暮らした

という神話の原型が、そこにみてとれる。英和辞典には「当てにしなかった

ものを偶然うまく発見する才能」とある。 ー内容紹介とレビューからー

【 偶然のチャンスをいかに生かすか、見出す秘訣がここにある。

 世界的発見の多くは、"偶然の所産"であった。 古い寓話に由来する言葉

 <セレンディピティ>は、偶然のチャンスを生かす力を指すキーワードとして、

 科学者や先端的ビジネスマンの間で高い関心をよびつつある。】

  ー読者プレビュー 

●【「セレンディピティ」は、狭い意味では「探していたものを、他を探して

 いるときに偶然に見つける能力」。この本ではより広く「偶然を見逃さずに

成功につなげる能力」という意味で使っている。 著者が編み出した

「偶察力(偶然を察知する能力)」という言葉は、しっくりくる。

面白いのは、セレンディピティを高める方法論。世界的革命をもたらした

発見の共通点をあげたり、トマス・クーンの唱えるパラダイムシフトの関係や、

シンクロニシティとのちがいなどを述べている。さすがセレンディピティ研究

の先駆者が書いたものだけあり、これは発想に役立つと思うところが多かった。

とくに「7 セレンディピティの向上」の章では、意図的にセレンディピティ

高めるための一連のシステムを紹介している。偶然という現象について述べた本

アーサー・ケストラーなどがあるが、この『偶然からものを見つけだす能力』

はその偶然を人間の力によってうまく引き出して利用しようというもの。

「自分にできるかも」という期待感をもたせてくれる。また、偶然がともなう

ブレークスルーは、ともなわないよりも大きな成果をもたらしうるというから、

セレンディピティを高めたい気持ちは高まる。】

●【「偶察力」という言葉に置き換えて、これを一種の「能力」とし、仕事に、

日常生活に、趣味に言葉遊びに、知的仕掛けとして使っていこう、という話。

驚嘆すべきは、著者の博覧強記ぶり。セレンディピティを巡って、起源、歴史、

 古典、映画、科学論、科学史、書籍、新聞、雑誌、ネットなど、おおよそ

あらゆる情報ソースを駆使し、ちょっとした日常の場面で、どんな場合にどう

適用していくのがおもしろいのか、を、わかりやすく書いた文章です。】

▼ 必死に捨身で何かを目指していると、その何かより、プロセスでプラス・

マイナスの機会に出くわす。そこが、分かれ目で信念が試される。人生の節目

には思いもよらない機会が隠されている。 そこで、運命を恨むか、他者の

中傷に汚れるか、自分の信念を見つめ直し、新しい一歩にするか、その人次第。

その意味で、この言葉は人生を振り返るに、考える糸口になる。 節目は、

順境のアップスケール(脱皮)より、逆境の破壊の状態の方が多い。その時、

思いもよらない学び、チャンスが現れる。私にとって、現在の節目はベスト?

それが「セレンディビティ」の一言に凝縮。遇察力が飛躍的に向上、御陰で

様々な見えてなかったことが鮮明に見えてきた。

 人生は短し!より濃厚に日々を生きろ!ということ。 

・・・・・・

6142,読書日記 〜「続・下流老人」 ー4 問題は、最期10年を如何に?

2018年01月06日(土)

         <続・下流老人 一億総疲弊社会の到来・2016/12>

   * 深刻な地域格差

 20年近く前になるか、当時、経営していたビジネス・ホテルのフロントに

フランス帰りの20歳後半の料理人が、「就職先が決まるまで」と準社員として

勤務していた。そこに片田舎の新卒女子が同僚として働いている内に親しくなり、

結婚。 『フランス帰り』に憧れた純朴な娘が一方的に惚れた結婚と聞いていた。

そして妊娠、退社をしたが… フランス帰り料理人は、務め先が見つからず、

そのまま勤務をしていた。が、生活が成りゆかず、離婚。嫁は子供をつれ出戻り

のコース。ここまでは、どこにもある話。後で聞き知ったのが、その後、彼女は

元亭主に子供の引取りを依頼、第二の人生を歩みだしたが、その苦悩は如何ばかり。

「時間の経過とともに後悔が膨らむのは自明」だが、ここで見てとれるのが… 

知識・経験不足と、貧困問題。今どきの日本人の3組に1組、アメリカで2組に1組、

西欧では3組に2組の割で離婚というが。当然、そこには苦悩と混乱が発生する。

 大学時代の同級会で、嫁がルーマニア人という男の愚痴。さすが全国区の話題。

<金銭にシビアにも程がある。同じ欧州人でも、貧しい国の人間は、人間性まで

 貧しい。とにかく卑しい。アジアならタイやベトナムは農業・漁業が盛んで

豊かだが、ラオス、フィリピンは違う。姿かたちは最初のうち>と息巻いていた。 

<日本は太平洋ベルトラインなど大都市は比較的豊かだが、そこを外れた地方は… 

とりわけ過疎地域は…>。 淀みが水場を悪くするというが…。

 参考になるのが自殺率。上位10県を高い順にみると、秋田、青森、岩手、島根、

新潟、宮崎、山形、高知、和歌山、佐賀。 最も高い 秋田県の10万人あたりの

自殺数42.1は世界第1位のリトアニアの44.7(2002年)より低いが、世界第2位

のロシアの38.7(2002年)を超えている。私の住む新潟県は5位になる。5年前に

女性がワーストになっていた。 下位5県を低い順に あげると、奈良、神奈川、

徳島、千葉、愛知。比較的、気候が穏やかで、大都会に近隣して豊かである。

・・・・・・

5045,生と死をめぐる断想  ー2

2015年01月06日(火)

             『生と死をめぐる断想 』岸本 葉子(著)

   * 頼藤和寛 〜にもかかわらず、生きる

 『人みな骨になるならば』頼藤和寛著 の書評を数年前、ここで取上げた。

底しれないニヒリズムと、「にもかかわらず、真摯に生きる」頼藤の姿に

心が動かされた。ここで岸本は、「だから」「しかるがゆえに」の換わりに、

「にもかかわらず」の頼藤の生き様、言葉に励まされる。ーその辺りよりー

≪ 願望に基づく世界観の構築を、彼は拒む。自らの避けられない死際にしても

その立場を徹底する。その姿は、認識の鬼とでも形容したくなるような、ある種

の凄みを持っている。医師を続けてきた頼藤は患者から「何も悪いことをして

いないのにどうしてこんな病になったのか」という抗議を幾度も聞いてきた。

 彼は述べる。科学的に研究をすれば、善人と悪人とで罹患率や平均余命などに

有劣の差はないと、証明されてしまう。心理学は善悪に関して死後の因果応報

信じがちな人ほど願望充足的な推論や希望的観測を多用するという実験結果

つきつけてくるかもしれないと。「自然現象に人間的な道理は通用せず、

来世で辻褄を合わせようとする世界観は心理的な自慰にすぎないことを強く

示唆している」。(頼藤和寛『人みな骨になるならば』)

・おそらく世界の実相は、人間の都合とは無関係にある。

 「このことを、実は、何千年もおんちょうのあいだ人類は怖れてきた。

 われわれは幸福がなにかの恩寵によるもので、耐え難い災厄ですら

 なんらかの意味をもつと信じたがった」。

・「世界には、ニヒリズムを突き崩せるような物証は何もない。なぜなら

 われわれは、自分が信じたいように世界を観たのではなく、人間に可能な

 かぎり禁欲的に宇宙のありのままを見据えてきたからである」 

しかし、前向きに生きれば治癒につながる、「だから」前向きに生きるとする

なら、その基盤は脆弱だ。「前向き」でいたのに亡くなっていった人は、周囲を

見渡しただけでもどれほどいることか。治癒を期待し前向きに自分を保つなら、

それでも再発進行した場合、「ならばどう生きても同じだ」と投げ出すことに

なりかねない。「だから」「ならば」「しかるがゆえに」の論理の危うさを

感じていた私に、「にもかかわらず」の哲学は頼もしく思えた。世界には

説明のつかないことがたくさんある。説明不可能性に耐えよ。そう著者に

言われている気がした。「何千年ものあいだ人類は怖れてきた」と彼が言う

世界の実相。人間が受け入れやすいようその上をおおっていたべールを、

近代科学がはぎとって暴いてみせたところでなお、人々が怖れているならば、

世界の実相がやはり「怖れるに足る」ものだからだろう。何千年も怖れられ

続けてきたものに、たまたま近代以降に生れたからといって、人間がひとり

丸腰で対峙することが、果たしてできるものだろうか。自分がニヒリズム

どこまで貫けるだろうかという疑問もある。・・≫

▼ 死の淵から生還した人にとって、「にもかかわらず、生きる」より、

 「にもかかわらず、生きている」ことになる。死は、特に己の死は、

 直視できない永遠の課題。だから、宗教が必要になる。神の御国に

帰っていくイメージである。生くさい恐ろしい死のイメージを、長年かけ、

優しい神様がいる天国のイメージへの転換が必要になる。死んでしまえば、

それまでよ。にも関わらず、彼岸には、あの世が待っているイメージ

 で、以下の三年前の内容に繋がっていく! 丁度、あの修羅場?の最中

 ーー。

2011/03/18

3279, 人みな骨になるならば −1

「人みな骨になるならば」 頼藤和寛 著

 なかなか面白い人生論である。 副題がー虚無から始める人生論ーである。

初めから終わりまで、「人はみな骨になるならば」の虚無の思想が、どの言葉の

後ろにピッタリと付いている。といって、読んでいて気分が悪くならないのは、

本人の持っている温もりのためか。この本を書き終わった数年でガンが発見され

亡くなった。そのプロセスを書きのこした本『わたし、ガンです ある精神科医

の耐病記』も出されている。「斯う居るも 皆骸骨ぞ 夕涼み」(一茶)の句が、

この本のテーマである。そして次から次へと繰り返される虚無思想。

・「誰しも認めたがらないことではあるが、おそらくわれわれ一人一人の

 人生が一種の無駄である。」とか。

・「我々には何十年という時間が与えられてしまっている。・・どうあがいて

 みたっって、逃れられない人生という檻のなかに?我々は産み落とされて

 しまったからには、檻の仕組みや外側がいかようであれ、にもかかわらず、

 その檻の中で 一舞いしてみせる?しかないではないか」

・「人生に、意味なんて無い。けど、何かに意味を見出さないと、人は生きて

 いけない。だから、自ら意味を作る。それはまるで、無神論者が祈る神の

 ようなものだ」とか。宇宙人?の視線である。

   ーここで「エゴ・トリップ」という幻想を紹介している。

【「わたしが生きようが死のうが大したことは、といった現実は非常に

 不愉快な現実である。たぶん、宇宙から見れば、一匹のゴキブリや一本の

松が生きたり死んだりするのと大して変わりない。この現実から逃れるために

人間は実にさまざまのことをしてきた。われわれの自我は、そのような酷薄な

現実に堪えられないようだ。それに堪えるため人間は自分の意味を膨らませる

ため、自分を誇大視するか、あるいは自分が属する何かを大層なものにするか、

に心をくだいた。・・自分の存在を「なにものでもない。」という実態から、

「なにものか」であるような幻想へと昇格させようという営みの全てを

エゴ・トリップという。自分を膨張させようとする、あえない試みである。

これは子供の背伸びから、青年の客気、男女の虚栄や見栄、年寄りのあがきに

至るまで、およそ人間の煩悩や業の全てに浸透している動機のひとつである。

宗教的な修行や脱俗ですら、それによって自分を特別なものに昇格させたい

という目論見が透けて見える。 】

 ー考えてみれば、われわれの生活の中で何らかの努力をもった営み全てが、

このエゴ・トリップと考えると、人生そのものがエゴ・トリップゲームになる。 

しかし、秘境ツアーで大自然の美しさや広大な姿に触れ、感動した経験を多く

持つ身にとって、それはエゴ・トリップとは違う、と思うが、どうだろうか。

 特別に昇格したいのでなく、対象に自分が溶け込んでしまう経験そのものが

良いからである。すべて夢の中 か〜 そして、すべてがエゴ・トリップ

でしかないのか? そう思うと気が楽になるが!

・・・・・・

5775,閑話小題 〜あと10日で71歳

2017年01月06日(金)

  * あと10日で、71歳ですか!

 50歳、60歳と峠を越えてきたが、70歳代の峠からの老化の日々は甘くない。

社会的には、65歳時の廃業?を境に背負っていた責任からの解放を実感している。

肉体的に日々、足腰が弱っていくのが分かる。50年以上の腰痛持ちの身に老いは

弱点をついてくる。それに加え、同世代の人たちが、次々と亡くなっていくのも、

この年齢の風景。「背後に感じていた死神の気配が、70歳を超えると、前面から

迫る感じになる」というが、成るほど! 何はともあれ「好奇心」は人一倍ある。

アンドロイドTVと、パソコンタブレットPCが、その好奇心を満たせてくれる。

 それにしても71歳の年齢の自分が信じられない。TVで、大病などで老け気味

の60歳過ぎの人を見て、この人より自分が10歳も年上?と、愕然とすること屡々。

スポーツジムは、様々の年代の人たちの陳列の場? 若い人から見れば、かなり

の年齢である。生きていればこその喜びも哀しみもある。 それに加え、ネット

などの情報端末の進化した機器と、そこから入る知識を得るだけでも面白い。

 食欲も衰えてない。何を食べても美味しい。美食も、過分すぎるほど満足した。

そのためか、牛丼、回転ずしなどのB級グルメも飽きずに美味しいと思える。

あと4年で後期高齢者の仲間入りだが、その辺りが鬼門か。 非日常も良いが、

日常こそ味わいが隠れている。夕暮れ時のアカネ空の時節がベストということ…

2019-01-03 閑話小題 〜つれづれに正月 このエントリーを含むブックマーク

*1546464365*[哲学 心]

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   * 年末年始にしては面白そうな特別番組が少ない。

☆ この10数年来の年末年始の真面目な政治、科学、宇宙などの

 TV特番が少なくなった。普段から特番を組んでいるため、今さら?。

何かしら国全体が、いや世界全体が弱体化しているような… 中長期的

経済の低落傾向に、トランプの露骨なアメリカ第一主義がボディブローで、

で効いてきた。 現役から身をひき8年になるが、情報化による競争激化は

大変だ。中国の急激な台頭と、アメリカの動揺、そして情報化が背景にある。

 ―

☆ 年末年始は、時間制限がある人たちが見落とし向けにターゲットを

絞ったシリーズモノを一挙に放送する。 TV御宅でも見逃している分野が

多くある。 その中でNHK 『街録(ガイロク)』が、面白い。 

  今回放映されたのが 【あなたの人生のどん底を教えてください!】 

何百人かに取材拒否をされた中から、応じた数人が語った内容は、衝撃的! 

数回テーマにする予定だが…  そこで自問自答をしてみたが、さすがに

脛の傷のため露悪的でリアルには書けない。

・コメンテーターの‘森三中’の女漫才トリオのメインの幼児体験が衝撃的。

「子供の頃、素っ裸にされて首から下を地中に埋められて、「何で、こんな

ことをするの?」と訴えたら、笑いながら「面白いから」と言われた。そんな

ことを誰にも相談できないため独り悩んだ末に、「笑われていると想うから

悔しいんだ、笑わせていると思えば良いんだ!」と自分を納得させた。

これが「お笑い」に進む原点。」の告白に、受けに立ったもう一人が、

「私にはどん底なんてない!全てがどん底よ!」「私など、毎日が裸で吊り

下げらているようなものよ!」と…。「笑われる」と「笑わせる」は紙一重。

・8年前の会社清算で、それまでフンゾリ返っていた立場から一転、今度は

罵声をかけられる立場に一変した。 資本主義社会では、会社清算、倒産は

犯罪に等しい。創業設計図に万一の備えをしていたため、打撲程度?で事なき

をえたが、心の葛藤は生易しいものではない。清算後、一年ほどしてから、

引継いだ老舗会社を清算した男と飲み会で同席した時、私にシミジミと、、

『この結果と、現状に本当に満足している』と話しかけてきた。

 同病、相憐れむ感もあったが、

『全く同感。現に直面しない第三者には、この感覚は理解できない。

以前の受難も加えて、一人前になったのでは?』と、偉そうに…

プラスも、マイナスの事態もエネルギー量は同じ。マイナス同士を掛け合わ

せるとプラスに転換。受け止め方で、先の女芸人のように如何様にもなる。

メジャーリーガーの大谷選手の精神的支柱が『中村天風』の言葉と、最近、

知った。『積極一貫』で、何ごともプラスに転換の精神論だが、一理も、

二理もある。群れず、明るく、上を向いて生きるしかないのが人生の基本。

最後は、この辺りになっていく。しかし、10歳まで既に決まってしまってる?

 明日は武田鉄矢の「どん底」を、テーマにする。

どん底って、原石が隠れているんだよ… 問題は気づくか、如何かだがね!

「にっこり笑ってハンカチーフ!」 だって自分を笑うしかないでしょう!

それも腹の底から。笑ってくれる人に感謝しなくては。だって、そうでしょ!

それ以上に自分を笑わないと意味(価値)が無くなるから。ねえ、世間様。

 99里は、道半ば。胸突き八丁ですか。成るほど、73歳から見えてくる世界は、

こういう目線になるのですか。 虚空の一端が錯覚としても実感できるからね。  

                            ⌒ ⌒)バカ!

・・・・・・

4310, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー14

2013年01月03日(木)

  * 正露丸はロシア征伐の征露から由来している  

≪ 出征兵たちが水を飲んで赤痢や下痢を起こすのを防ぐために、陸軍省

 が 開発した薬が正露丸だったのである。戦争中は、陸海軍の御用薬として、

欠かせない薬となった。薬の名前も日露戦争当時らしく、ロシアを征伐する

という意味で「征露丸」と名づけられた。ラッパのマークも進軍ラッパを

イメージしたもので、まさに戦争色を前面に押し出した薬だった。

その効き目がよかったのか、征露丸は庶民のあいだにも広まった。

ただし第二次大戦後、ロシア征伐をもとにした名前は都合が悪いということ

になり、「征」の字を「正」に改めた「正露丸」となって、現在に至っている。

開発から約一世紀たった現在、正露丸の勢いはとどまるところを知らず、

モンゴル、中国などのアジア地域を中心に11の国と地域に進出している。

それでも今のところ、ロシアには進出の予定はないようだ。 ≫ 

△ 日露戦争の余韻が下痢止薬の名前で残っているのが面白い。仁丹の名前の

由来も面白い。これは孔子の論語の中で最高の徳=仁の心を忘れないという

ところから「仁」に想到し、丸薬を 意味する「丹」とを組み合わせた造語の

「仁丹」を合わせ商品名と社名にした。これも正露丸と同じ頃のもの。

* サラリーマンのサラリーは、塩のこと

≪ サラリーマンは、和製英語だが、そのサラリーの意味は、塩から由来。

 古代ローマ時代の兵隊の支払いに塩が使われており、それが貨幣代わりに

流通していた。ラテン語で「サラリウム」がサラリーになり、交換手段として、

和製英語として、サラリーをもらう人という意味でサラリーマンになった。≫  

△ オーストリアに、モーツァルトの生まれた町ザウスブルグがある。

 これも、塩(サウス)の取引が行われた場所として、その名がつけられたと、

当地で聞いたことがある。日本では江戸時代に、米が貨幣として配られていた・・

   6139,閑話小題 〜今年の正月は

2018年01月03日(水)

☆ 元旦は新潟から長男が、首都圏から次男が帰省した恒例の飲み会。 

この数年は長岡駅前のチェーン店『庄屋』…。長岡駅至近に三店舗あったが、

11月11日と、12月31日をもって二店が閉店していた。駅裏の店には、けっこう、

通った店だったが、二年前に行った時の料理の味が落ちていたのをキッカケに

一切行かなくなった。居酒屋の競争激化の中で、駅周辺だけは繁盛していたが… 

☆ 大晦日の紅白で、踊っている一人が前のめりになった後に、仰向けになった

のを、後ろの娘が抱えたところが映しだしていた。寝入っていた家内が、翌日、

そのことをネットで見つけ、「見ていたかどうか」尋ねられた。二人の息子に

宴席で聞くとネットで知ったという。 歌詞の間違いとか、歌いだしの間違い

などのハプニングは何回かあったが… 生中継での気絶は初めて。

何気なく仲間が取り繕っている場面はミスをカバーするに充分。むしろ好印象

が残った。 こういう話題をむしろ喜ぶの情報社会の特徴。

 〜ネットニュースによると、

【欅坂46と総合司会のウッチャンナンチャン・内村光良(53)の共演パフォー

マンスの最後に、欅坂センターの平手友梨奈(16) 志田愛佳(19)鈴本美愉

(20)が軽い過呼吸のような状態になるハプニングが…】とあった。

  番外篇;

熊さん:年末年始のTV特集で、政治経済向きモノがいやに少なかったね。

寅さん:不安を掻立てないよう国からの御達しがあったのでは? 社会情勢、

  世界経済を取上げれば、第二次朝鮮戦争の可能性云々に行きつくからね。 

八つぁん:それだけ、状況は追い詰められているんだよ。としても、黙って

  過ごせない問題である。今日明日にも再び、ミサイルか、核実験をする

  可能性が大。とにかく、日中韓米と、ロシア首脳の顔ぶれが悪すぎるよ。

  私など、元旦に帰省した次男に、『危ないと思ったら、三人で着の身着の

  ままに、ここに帰ってきなさい』と、真剣に勧めたよ。

大家:「そんなことあるわけない」という空気が、まだまだある。

  北朝鮮の漂流漁船の数が異常に増えている。異常太りの金様の脳卒中待ち

  のところもあるようだが。一とき、痛風を思わせぶりの脚をひいていたが。

  あれじゃ怖くて減量などの進言を誰も言えないよ。

熊さん:でも、数が月内に攻撃をしないと、もう手遅れになるから、日米韓は、

  迷うよ。中国も、他山の石・騒ぎじゃなくなってきたよ。

大家:開戦ともなれば最も被害を受けるのは韓国と日本。手始めの脅しで、

  東京湾沖に一発、ミサイルを打ち込めば、日本中が震えあがるよ。勿論、

  アメリカと密約の上で… 動転させて不良在庫?の処分品の押しこみさ。

寅さん:何か物騒な話だが、有得ない話じゃないから… でも開戦ともなれば数百万

  の死者が出るというじゃないか。首都圏に核ミサイルが… など、考え

  られないよ。でも、現実は現実、直視しておかないと。

大家:何せトランプは「アメリカファースト」言い換えれば「白人ファースト」

  を標榜して大統領になっただよ。黄色の百万、二百万が如何なっても、

  いいんだよ。アメリカオーストラリアで、現地民を数百万?を虐殺した

  白人を先祖に持つ国。あそこまで、悪し様に口撃をされれば、虐殺も

  したくなるよ。既存武器の入替え時でもあるし。

八つぁん:あのボロ漁船で日本海の航海も限界がある、せいぜい数万人。

  計画案は出来ているのだろうが。日本には離島が数知れずある。

熊さん:故・青島都知事に勝新が言ったというジョーク、「嫌な都政に

  なりやしたね〜」を、今度は、女パンダの口上にならなければね!

 「‘どせい’ばいい」じゃなくて…」 <オチが悪い? 失礼しました>

▼ 冗談のような、冗談にしては際どいところが問題。

 今朝方、奇妙な初夢? をみた。ところは10歳まで住んでいた大手通り

四つ角にあった小さなビル3階の自宅の部屋。母親が置いたと思われる

2m四方の敷物の周りを小さな人形の置物が幾つか置いてある。そこで、

何時の間にか、長女の姉が、何やら本を読みあげている。家訓のような、

人生訓のような、訓戒を…  亡くなって20年近くなるが、残した無念をを

取り返ししたいような!「世間を全世界と信じて、生きるしかなかった無念

を夢で伝えたかった?」 私も、そろそろ御向かいが。煉獄の世界ですか…

 もう一本、みたが、さほど面白くはないが、何か深い意味があるのかも…

・・・・・・

5772,閑話小題 〜今年の初夢は

2017年01月03日(火)

   * 初夢は何と下ネタ

 今朝がたの3時半に目が醒めたが、あと30分とそのまま眠った後に初夢をみた。

 (二日の朝、みるのが初夢というから、これは当てなまらないか)

起きたのが結局5時である。内容が白昼夢のようなリアルな物語。言葉にするのを

躊躇ったが、いざ書いてみると面白いため、思いきって、公開(後悔?)する。

≪ ところは新潟の郊外の温泉旅館内。そこに知人の数人とミニ宴会をしている。

 知人Aは何か用があって帰ったが、そこにうら若き女性がいる。 それが、

Aの愛人らしい。 知人Bが手当を聞くと、素直にスラスラ応えた条件は、

トランプなどの賭け事をして、Aがワザと負けてくれるの。それらを含めると

月に20万は下らない。会うのは月に数度だけれど私も楽しい」と宣う。 私は何故

か他の人が分からないよう、親指で女性の太腿を撫ぜていた。快感は…夢が故に?≫

▼ フロイト流に夢分析をすれば、「これまで抑圧された性欲が昇華した歪んだ、

 自分を正当化し、快楽を得ようとする心根を自分に見せようという夢」?

人間的、あまりも人間的な、しかし歪んだ物語(性格)。正月早々、下品もいい

ところ! 夢の中のA、賭けに負けた上に手当を払うとは、なかなかの遊び人。

それに対し私は 変態か? いや人間は大同小異?。それにしても、これが

初夢とは、呆けの始まりですか。リアルに感じられるのは、直後に脚色なしで

書いたため。 それにしても、満たされていませんね、ったく。

どこから聞こえてくる誰かの声、「どういう人?」… 「こういう人」です。

・・・・・・

5407,2016年 新年に ー�

2016年01月03日(日)

  * 日本衰退のすべては1985年から始まった ーA

 昨日、とりあげた「すべては1979年から始まった」を、日本経済の20数年

にわたる長期凋落は、プラザ合意によるバブルと、崩壊の上に、BIS基準

の策定があった。それはアメリカの戦略的経済政策の結果であることは周知

の事実。『グローバリズムという病』に、その辺りを簡明に述べている。

「すべては1979年から始まった」を世界規模の視点なら、日本の視点と

すると、「日本衰退のすべては1985年から始まった」ことになる。

バブルと、バブル崩壊はアメリカが仕組んだ経済戦争の結果であった。

  〜その辺りから〜

≪ 東西の争いの敵がソ連と中国なら、西の内側の脅威が日本と、

 1981年に就任したレーガンが、戦略として打ちたてた。

1985年9月22日、G5(先進五か国蔵相・中央銀行総裁会議)がニューヨーク市

のプラザホテルで行われた。日本からこの会議に出席したのは竹下登(当時)

大蔵大臣だった。この会議により、それまで1ドル235円程度であった円ドル

為替レートは、一年後にはドル150円台にまで円高に誘導される結果になった。

ロナルド・レーガンは、それまでの民主党の政策を転換し、市場原理と民間

活力の重視、社会保障費と軍事費の拡大、減税という企業寄りの政策を打ち出し、

経済拡大戦略をとった。いわゆるレーガノミクスで、小さな政府、市場原理

主義・軍事的大国主義である。この結果、アメリカ経済は拡大し、アメリカ企業

は大いに潤ったが、貿易赤字と財政赤字の増大という双子の赤字がアメリカ

経済に重くのしかかっていった。この双子の赤字の一方である貿易赤字を解消

するためにアメリカへの最大の輸出国である日本が標的とされたのである。

そのひとつが戦略上のプラザ合意である。プラザム合意は、ドルの安定が

名目ではあったが、直接的には日本の経済力という脅威を取り除くための戦略的

な目的に沿って行われたわけである。しかし、トヨタをはじめとする日本企業は

驚異的な改善努力によって競争力を維持し続け、アメリカの貿易赤字は解消

には向かわなかった。・・ 〜つづく   ≫

▼ 改めて考えると、アメリカの植民地の締め付けになる、TPPは、上記の

 流れに沿う経済戦略の一環になる。とはいえ、軍事的に、経済的に、従うしか

ないのが日本の地政学的な運命である。東京オリンピックも、アメリカ

後押しがあればこそ、TPPの条約を推し進めるための、国民への目くらまし

に丁度よいイベントである。なに故、この状況下で、オリンピック? 

というより、その後である。韓国か、中国の生活レベルになるだけだが。

 としても、せめて心はポジティブであらねば!

・・・・・・

5042,ポジティブ・サイコロジー ー�

2015年01月03日(土)

    『 ポジティブ・サイコロジー』クリストファー・ピーターソン(著)

  * つれづれに ー危機に瀕したときこそ最高の状態が湧出る

・ 節目時(危機)の―危機を乗越えようとした時ーこそ「人生で何が本当に

 大切なのか」という新たな認識と、これに従って行動する心構えが形成される。 

 その真っ暗闇の時が一番、良いときであった。最も辛く、苦悩の底にこそ、

 ベストの何かが湧き出てくる。 母親が嫁いできた頃、重なる小姑の虐めに

 耐え切れず、実家に帰った時のこと、実母に「一番辛いとき(いま現在)

 が、実は人生の一番良いときなのよ!」と諭された、と聞いていたが、人生を

 振返ってみて、成るほどと実感する。凝視をすると、最も辛い中に、最も楽しい

 ことが、裏腹に張り付いていた。その辛さの中から、心構えのベースの変換が

 進んでいた。反対に、一番面白く脂の乗っていた時に、重い状況、苦しいこと、

 辛いことが背景にあった。勢いが、それを感じさせなかっただけ。

 幸・不幸は裏腹!だから、面白いのである。

・「必要なものはルックスとたくさんのお金だけ」という信念に、私たちは

 深く取り込まれている? たしかに文化は良い人生の条件について熟知して

 いるのだろうが。その高低だけで決まるものでない。人生でネガティブ

 出来事に出あい、それに順応する期間を経た後にこそ、人生の満足度が安定

 することが多い。何ごとも、ポジティブ3に、ネガティブ1が必要である。

 ポジティブな人が否定する唯一のものは絶望だが、一度、絶望まで陥った

 にもかかわらず、そこから立直ったポジティブこそ光輝く。ネガティブな世

 にかかわらず、ポジティブに生きる!それも、危機に瀕すれば瀕した時こそ、

 『それゆえに・・』でなく『にもかかわらず』、のベースが必要になる・・