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2018-08-16 閑話小題 〜まだまだ続く、豪雨、台風、地震、そして熱暑

[] 05:30 閑話小題 〜まだまだ続く、豪雨、台風、地震、そして熱暑 - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

f:id:horii888888:20180816052949j:image

   * ますます災害の頻度が増していく

 オウム教の教祖と側近の幹部の大量の死刑の一週間後に、

・中国、四国地区で豪雨が発生、(以下にコピー…)

・その一週間後に、関東から上陸、左折して東海に向かう不自然な台風。

・その一週間後に、関東をかすって、右旋回をして東北の海岸沖に向かった。

 コジツケだが、オウム死刑囚の刑場を三回に分けて周ったことになる?

何かしら不思議な因縁の現象と思えないでもない。としても、形而上、表現しては

ならない仮説だが。恐らく信者の何割かは、この仮説をたてて当然。台風の季節

到来としても、毎週欠かさない到来。「バカバカしい」で終わる話だが。

まだまだ物語が、続いていくのだろうか… 

 

 こういう世界的異常気象などが頻繁に起きている時節に、何故か、トランプ

プーチン、金主席、中国の習主席の顔ぶれが並ぶ。そして矢継ぎ早に、愚策が

公然と実施され、世界が息を飲む図式。世界的異常気象、本格的ネット社会

到来、そして情報機器の果てることない進歩が、20世紀的社会構造を破壊する。

で、オウム教のようなカルト教団の勃興と衰退。

 NHKBSプレミアムで5年前から【幻解!超常ファイル ダークサイドミステリー

の科学ドキュメンタリー番組がある。先日、この番組で、アメリカでは屡々、

社会現象としてUFO騒ぎが起きているが、これは第二次大戦以降から始まった。 

国家には、神話が存在しており、そこにはミステリーな物語が存在している。

しかし、歴史の浅いアメリカでは、それに替わる物語として「UFO、宇宙人との

遭遇騒ぎが代行している」と… オウム教と、この豪雨、台風を関係づけるのも、

カルトに手助けになるため、この辺りで打ち止めにする。

寅:7月末に、俺がさ、何か変?と、取上げただろう。その後、その変なのが、

 延長して続いていないかい?

熊:最後の、東北の海岸線への台風も仙台の刑場と、辻褄があってるね。

八:それがカルトの教祖の手軽の手法さ。でも、大本教祖の出口王仁三郎が、

 <空から火の玉が降ってくるぞ>と予言していたが、そのとおり、東京空襲、

 広島、長崎への原爆投下で、現実になってしまった。

寅:変な予言めいたことを言う前に、上手く隠したね。これもコジツケ?

大家:そう見れば、少しは面白いが、何か八つぁん、変じゃないか。

 前回の文章で、<魂で、対象の魂を屠る!> って話。あれ、やられた方は

 堪らないよ。でも、私も、あんまり腹が立ったんで、やってみたよ。

 10回でも、スッキリしたね。但し、アンタにね。

――――

2018年07月30日

6347、閑話小題 〜変といえば変だが?

   * オウム教の大量死刑で

 麻原はじめ、7人のオウム教徒が処刑された時には、中国地区で大雨が。

そして今回の6人の死刑で、この不自然な台風発生と、東京拘置所のある関東を

カスって名古屋拘置所のある近畿地区に逆走し中国地区を抜けていった。

東から西への逆風は気象庁初待って以来、初めて。前の大雨の土砂崩れの地区を

狙いすましたようなコースを吹いている。 これは「意味ある偶然の一致?」。

 この2つの災害と、オウムの死刑執行を結びつけるべきでないだろうが… 

それにしても、出来過ぎ? こじ付けといえば、それまで。

 

≪ オウム真理教は、平成元年の坂本弁護士一家殺害事件や平成6年の

 松本サリン事件、平成7年の地下鉄サリン事件など数々の事件を引き起こし、

合わせて29人が死亡、およそ6500人が被害に遭った。

平成7年3月から始まった強制捜査では192人が起訴され、首謀者とされた

松本元死刑囚など13人の死刑が確定した。

一部の元信者が逃亡を続けたため刑事裁判は長期化したが、ことし1月に

地下鉄サリン事件などに関わった高橋克也受刑者の上告が退けられたことで

終結し、死刑囚が事件について証言を求められる機会がなくなった。

 その後、一部の死刑囚は東京拘置所から全国5か所の拘置所や拘置支所へ

移送され、今月6日、元代表の麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚ら7人に

刑が執行された。

ほかの6人は、東京拘置所、名古屋拘置所、仙台拘置支所に収容されていたが、

法務省によると、26日午前、刑を執行したという。教団に対する強制捜査

から23年余りがたち、教団の死刑囚全員に刑が執行された。≫

ー―

寅:八つぁんに聞くけどさ、こんなことを、言うと「変じゃないか?」と

 言われるけど、偶然の一致にしても出来過ぎじゃない。「意味ある偶然に一致」

 の手の話なら、得意分野でしょう。 実際のところ、如何?

八:東京拘置所のある関東まで一度行って、そこから逆コースを辿るんじゃ、

 何かのサインと仮説をたてやすいね。でも、集団によるヒステリックで、自然

 現象を発生させることは非科学的だね。それより、そのタイミングに自然に

 合致した刑の執行とすると、何にも不思議ではない。「意味ある偶然の一致」

 とは、本来、そういうもの。

寅:それにしても、宗教団体がさ、サリンテロはないよ!誇大妄想もいいところ。

熊:寅が言われるまで、全く関連して考えてなかったね。言われれば、やはり

 何かを感じるけどね。ネット上だから、あまり深い問答をしない方がいいよ。

寅:カルトだし、公安もピリピリしているからね。20年以上経過した現在、

 早々に、消し去る必要は、あったね。

八:最近、何か変な力が自分の内部で動き出したので、今回の件に気づいたの。

 半年に一度は、クラス会とか、ジムで、露骨な嫌がらせに合うの。そこで、

 二日かけて、100回、全身全霊で首を削ぎ落すイメージを持つ。そうすると、

 怒りの繰返しから解放されるの。でも、1〜2年後に、対象者の身辺に異変が

 起こる。元もと異変を抱えているから、わざわざ私に仕掛けてきた返り矢だが。

熊:ほぼ、8〜9割方は、そうだよな。でも、コジツケもあるね。これを自分も

 真似をして遣りだしたが、良いね、これ! スッキリするしね。

寅:どうも、最近、俺が変なのは、熊のせいかい? 嫌味を言うと、数日、

 変な目つきをしてさ、その後、スッキリした顔をしていたな。

熊:御前の場合、その都度、念を入れて200回はしているよ…。 冗談、冗談!

八:問題はさ、無心で怒りをこめて、打ち落とすことさ。それで、解決すればね。

 ここで言いたいのは、オウムの死刑囚が13人も、全身全霊で日本という国家に、

 怒り心頭で呪ったら、この程度のことは可能ではないか?ということ。

 私の場合、信濃川の大橋の上で、地球の芯に向かってエネルギーの補充をして

 いるイメージを持って… これ凄いエネルギー。でも現象化が二年後だからね。

大家:御前の良くないのは、この一連を楽しんでいることさ。でも、合理的だね。

 八つぁんの心象風景も貧しいね。もっと、豊かなイメージを持てないのかね。

八:リタイアまでの20数年は、秘・異郷ツアーで、バッサと、削ぎ落とせたが、

 今ではね… それでも、TVでYouTubeなどの行き先の映像を見て楽しめるしね。

寅:寝室に連日、籠って、TVを嬉しそうな声を出してさ… 楽しそうじゃないか。 

 でも、俺なら変になるな… 

八:『3:10:60:27の法則』のさ、「3」だけを取り出して、紡いだスケジュール

 がね、非常に効果的に動いているね。あと僅か?の残された人生なら、「3」

 を最優先して毎日を過ごさないとね。もったいないじゃないか。

・・・・・・

5997,視覚と聴覚、どちらが大切

2017年08月16日(水)

         ー「ひとり達人のススメ」山折哲雄著―

   * 視覚と聴覚、どちらが大切

 著者による学生たちへの質問、「視覚と聴覚、どちらが大切か」に対し、

半々に分かれたという。私に問われたら「視覚」と答える。その生徒たちに、

「聴覚を選んだ人は神に近い。視覚を選んだ人は悪魔に近い。」と語ったとか。

近代人は、その点、悪魔に近いことになる。何も考えず静かに目を瞑っている

状態は、神に近いのか。 逆にいえば、静かに目を瞑ると8割の情報が遮断さる

ことになる。 ところで、味覚が無くなった当人から直接、聞いた話だが、

これが、「厳しい」という。 〜その辺りから〜

≪・<ひとり目をつぶり、聴覚だけで何かを感じ取ろうとすると、その先に

 自分の姿や形が見えてきて、いつの間にか、自分の心に直面させられる。

芸術芸能の伝統に、盲目のアーティストの系譜がある。… 彼らがあれだけ

の喚起力を持つのは、視覚を遮断して聴覚のみに自分を預けたからである。>

・<戦後の変化といえば、TV文化の普及もそのひとつ。家庭内の娯楽の主役は

 ラジオからTVに移り変わった結果、現代人は視覚を過剰に重要視し、それに

振り回されるようになった。>

・<視覚は人間を比較の世界に誘います。この人は(自分より)良い服を着て

いる、容姿が整っている。…自由だ平等と教えられている中、現実は、何から

何まで違う。そして、「比較地獄」に陥ってしまう。その恨みがつのって、

「嫉妬地獄」に移行する。> ≫

▼ 人間が情報を得る8割は視覚からであるならば、やはり視覚を取るのが

自然である。 群れの、「比較地獄」「嫉妬地獄」から逃れるために、

「ひとりの時間」が必要になる。世間とは、「比較・嫉妬地獄」の人をいう。

その毒ガスで、大方が脳をやられるのが現実社会だが、彼らにその自覚はない。

「孤独と、孤立に慄いて、互いの顔色を窺い過ぎている」 面白いといえば、

それまでだが… もう少しクラシック音楽を聴かないと! 確かにTVのドラマ、

映画の見過ぎ。車中のラジオの人生相談からは、悩みが直に伝わってくる。

音楽、歌舞伎、演劇、ピアノ・リサイタルなど、多彩な趣味を持ち、羽根の

はいた天使の様に飛び回る「連れ」の感受性に、違いを感じることがある。

67年間、思いのまま、ひたすら、面白いことだけに集中した結果。

 その点、負けてはいないと思っていたが、感受性には… 「ったく!」

長女への幼児期の「習い事」の‘渡り’と、8人兄弟の末っ子では、感受性が

違うのは当然… 人間、誰しも「未発達」のところを多く持って差引ゼロ。

失敗すると必ず言われる、「あの男、実は出来が悪い!」は、自分の秘密を

指摘しているに過ぎない。 特に「比較地獄」の住人の常套の言葉である。 

最後は、いつも「世間」に対する非難になるが、それも「比較地獄」の産物。

・・・・・・

5632,お金に強くなる生き方 〜?

2016年08月16日(火)

            【お金に強くなる生き方 〜佐藤 優 (著)】

   * 幸福のパラドックス

 ここで紹介している、イースタリンの「幸福のパラドックス」には、

考えさせられる。  〜ネット検索によると〜

・《『貧しい人は、お金により幸福感が増すが、中流に達すると、それ以上

の金が増えても、幸福感はあまり変わらない。ある研究によれば、年収が

7万5千ドルを超えると、お金が増えても幸福感はほとんど増えない。』

という、お金の増大が必ずしも幸福と比例しないパラドックスを表した言葉。

これはリチャード・イースタリンという経済学者が考えた説である。》

・《逆に、「幸せはお金で買える。しかもお金が多いほど多くの幸せが手に入る」

と、米ミシガン大学の2人の経済学者が結論づけ、逆説で挙げられるような、

飽和点(7万5000ドル)を示す証拠はなく、「一国の中では、平均幸福度と

平均所得との間に明らかに相関関係が見られた」という説。

 彼らの研究で、国が豊かになると所得から得られる満足度は低下していくが、

(イースタリンの逆説で挙げられているような)幸福度の上昇がほぼなくなる、

と主張。「イースタリンの逆説」を否定している。》

・《今では所得が幸福に与える影響に関するデータは世界中ほぼどこにでもある。

一部の国(たとえば南アフリカやロシア)は、他の国(日本やイギリス)に比べ

相関が強いものの、それでもどこでも成立している。 人生満足度は国ごとに

すさましくちがう。トップの諸国(ほとんどが先進国)は満足度が十点満点の

8点をたたき出す。底辺の諸国(ほとんどはアフリカ諸国だが、ハイチとイラク

はたった3点。金持ち諸国は明らかに幸せだが、相関は完璧でない。

これは他の、おそらくは文化的な要因も作用していることを示唆するもの。

 アジア人は、所得が示唆するよりはちょっと幸福度が低いようだし、

スカンジナビア人は所得相応よりもちょっと幸せだ。たとえば香港とデンマーク

は、一人当たりPPP所得は似たようなものだけれど、香港の平均人生満足度は10点

満点の5.5、デンマークは8だ。南米諸国はえらく陽気だし、旧ソ連諸国は

とんでもなく惨めだ。そして一人当たり所得から見て地上で幸福度最低なのは、

ブルガリアだ。》

▼ イースタリンの説が正しいとすれば、750万を目安に必死になって稼ぎ、

 その辺りで、人生を楽しむような人生設計をすれば良いことになる。

小・中学校の同級生を振りかえると、貧富などの家庭環境と成績が正比例。

還暦、古希の会でも、それそのまま、拡大して現在まで続いていた。

 20歳代は、激しい浮沈みの環境にあったため、生活の幅があった。

やはり、「興産あって恒心」で、リッチであるほど、幸せ度は高い。

2倍の1500万円が、私の実感である。 いや、今と大して変わりはしないか!

「好きなことに散財をしてきたかどうか」が、分岐だが、その点、

「面白かった、楽しかった、充実していた!」と、心底いえる。

何処かから、<お金は、あればあるほど、良いに決まってるじゃないか>

<余裕があるからこそ言える言説!> という声が聞こえてきそうである。

「で、如何した?」「どうもしません!」 自問自答が趣味と誰かが言っていた。

・・・・・・

5267,忘れていた「ホッファー」

2015年08月16日(日)

 実は、この6月末に書いた、「ホッファー」は、8年前に4回シリーズで

書いてあった。書いたような気がしたので、HP内の検索で、チェックを

したが何故か?引っかからなかったが、改めて読んでみて、再び取上げる

価値は充分にある。 これを再読すると、要点は理解していたようだ。

 考えてしまうのは、8年前のシリーズの内容の方が上?と思えること。

としても、現在、書いた内容を補足とすると、丁度よいから不思議。

 以前は、図書館で借りて読んだ後、ネット検索を中心にまとめたが、

最近のは、具体的エピソードを中心にした内容で、微妙に違っていた。

 ホッファーを読んでいると、己の甘さ、軟弱さ、無知を突きつけられる。

一つの哲学を貫き通すなら、その他を、捨て去らなければならない現実を

彼の生き方から教わる。

 ネパールのツアーで、元学校関係者が参加していた。 ホッパー同様、

早死にの家系で、「実家・親戚が殆んど40歳半ばまでに死ぬ家系。で、一年

一年、可能な限り国内の「家族ドライブ旅行」に出ていた。 ところが、

何故か今でも生きている。恐らく、人から教わった、一日一個、生キャベツ

にドレッシングをかけて食べ続けてきた効果だろう。その結果、国内は隅々

行き尽くしたのため、還暦を過ぎた現在、毎年、海外に出ている」という。 

 数奇な激しい人生を送ってきた人が秘境ツアーには多いが、逆に、淡々と

何も考えずに生きてきたが、急に死の問題が現れ出て、慌てて世界の果てで、

その答えを探しに来ている人もいる。

 これだけ熱を入れて、まとめていたのに、全く忘れてしまうとは、我

ながら恐れ入る。成るほど人が看破する、『あんまり頭が良くない男』に、

私自身、大いに納得する。ただ、それは、万人に当てはまることと、

自分に言い聞かせておかないと・・ こうみると、パッケージにして

書き残す効果は、頭の悪い私には、最適だ。

・・・・・・

2688, 「エリック・ホッファーの 人間とは何か」

2008年08月14日(木)

                   −読書日記

 ー遊びをせんと生まれけむー

亡き佐治敬三氏がサントリーの会長だった頃(1995年頃)、

口ぐせのように言っていた言葉に「美感遊創」がある。

・「美」は、羊が大きいが語源。大きく艶やかな羊の美しさを表わしている。

美に感応する心である。

・「感」は、 感性、感動、共感。 旅に出て自分の世界の外に出会って感動したり、

  絵画、音楽、映画、演劇などに感動することが人生を豊かにしてくれる。

・「遊」は、神代の昔から人間にとって一番大事なこと。 

「遊びをせんとや生まれけむ」と「梁塵秘抄」にあるように、人間は「ホモ・ルーデンス」。

  遊ぶことで人間性を回復し、活力を得る。遊び心。

・「創」は、新しい断面、局面を切り開いて、個性のある創造をすること。

一瞬の新しいものへのシュンパツ力。 以上だが、この4つが人間の心の豊かさの要素。 

確かに、人生はこれを磨くプロセスであった。この中でも、「遊び」が、

人間にとって最も有用な行為になる。

エリック・ホッファーの 人間とは何か」という著書に、

 遊びについて次のように述べている。

《実用的な道具はほとんどすべて非実用的な関心の追求や暇つぶしにその起源がある。

最初に家畜化された動物ー小犬1は、もつとも役に立つ動物ではなく、もつとも遊び

好きな動物であった。猟犬が出現したのはかなり後のことである。最初に家畜化された

動物は子供たちのぺットであった。おそらく,植物栽培と灌漑も、初めは遊びとして

行なわれたのである。 車輪・帆、煉瓦なども遊びの中で発明された可能性が強い。 

たとえば、南アメリカアステカ人は車輪を使わなかったが、足の代りにローラーを

つけた動物の玩具をもっていた。装飾が衣服に先行した。弓は武器となる以前は楽器

であったといわれている。人間が初めて粘土を使用したのも、土器をつくるためではなく、

土偶をつくるためであった。 こう見てくればわかるように、昔から人間のもつとも

有用な行為は、遊びであった。土器をつくり、布を織り・金属を加工し、動物を飼育

するはるか以前に、人間は絵を描き、線刻画を描き、彫刻をし、像をつくったことを

銘記すべきである。 芸術家としての人間の誕生は、労働者としての人間の誕生より

もはるかに早かった。 遊びが労働に先行し、芸術が有目的な生産に先行した。

人間はしばしば必要に迫られて楽しむためのものを有目的なことに利用した。

必要に迫られて働いている間は、依然として人間は動物界の一員である。

人間は、ただ生きるだけであったら不必要なもののためにエネルギーを注ぎ、さらに

生命の危険さえもおかす場所に、特異な存在としての人間となり、最高の創造力を

発揮する、したがって、人間の人間化が起こったのは、自然の恵みで豊かで、

余暇があり、遊び戯れる性向があった状況においてであったと考えるべきである。 

自然界における人類の台頭は、心細い戦場においてではなく、

エデンのような遊びの庭において起こったのである。・・

私にいわせれば、オートメーションの時代の到来は、魔法円の完成である。人間は

エデンという遊びの庭で初めて人間になった。そして今、人間は遊びの庭に帰還して、

人間の究極的使命を、すなわち人間性の完成をはかりうる機会をてにしている。 》

〜〜

遊びの重要性を上手く説明している。良く遊び、良く学び、良く働く、を

バランスよく豊富にすることが人生の豊かさだが、私の場合は、そのバランスは

とってきたが、「良く」に問題があった? まあ、いいだろう。遊びが4、学びが3、

働きが3というところだろうが、厳しい娑婆では、働きが4で、他が3だろう。

学びも、働きも、遊びまで持ち上げるのが理想である。そのためには好きなことを

仕事にすれば良い。

・・・・・・

2332, ホッファー −1

2007年08月22日(水)

                  オノヽ∋―_φ(゚▽゚*)

アメリカの社会哲学者というより、哲人・ホッファー。

彼の文章を読むと、深い魂を呼び起こす熱が伝わってくる。

彼は自分の生きかたを通して人生の何たるかを考え続けている。

知識として、やっと彼まで行き着いか!というのが感想である。

日本でいうと中村天風のような人物である。「ホッファー」で検索をして、

日本で現在一冊だけ出版してある本を見つけ、中古本だがアマゾンから

発注をした。「エリック・ホファー自伝 構想された真実」だが、

今から読むのが楽しみである。HPに彼に関する書き込みが多いのに驚いた。

これからみても彼の哲人ぶりを垣間見れる。生きていく上で真の

「学び・学習」とは何かを深く考えさせられる。

まずは、検索で調べた哲人・ホファーの人生の概略図である。

 ーーー

・ホッファーは(1902年7月25日〜1983年5月20日)は、独学の社会哲学者。 

 ドイツ系移民の子としてニューヨークブロンクスに生まれる。

・7歳のときに母と視力を一緒に失った。

・8年にわたる失明ののち奇15歳で跡的に視力を回復。

・生涯孤独を貫き、学校にも行かず渡りの日雇い労働者としてただ働き、

 時間ができると読書に没頭して思索を深めた。

 学校はまったく出てないかわり一日10時間、いや12時間、本を読みつづけ、

 綿花摘みから、鉱夫、ウェイターなど ありとあらゆる仕事を体験。

 1941年から、サンフランシスコで沖仲士として働いたことから、

「沖仲士の哲学者」とも呼ばれる。

・20歳前後で父が死に、長らく養育役を買って出てくれたマーサ・バウアーが

 ドイツに帰っていくと、本当の天涯孤独になった。

・残った300ドルをもってバスでロスに行き、「スラム」に入った。

 「まるで幼稚園から、いきなり貧民窟に入ったようなものだった」。

 1930年、28歳までスキッド・ロウでその日暮らしを続けた。

 死んでみようかと思ったがそれはならず、ロスを出てカリフォルニア

 中を動きまわった。

・1934年の冬、こういう自分がいったい社会の中の何にあたるのか、

 やっと思い知った。「ミス・フィット」(不適格者)という階層に属する

 ということだったのだ。ミス・フィットは白人とか黒人とか、富裕者とか賃金

 労働者とはべつに、ひとつの階層をつくっていた。それがアメリカという社会。

 今でいうフリーターである。

・その後、農業労働に近い仕事を転々としながら、また読書に没入していった。

 あるとき砂金掘りに出掛けるときにモンテーニュを鞄の中に持って行ったのが、

 ホッファーを変えた。「モンテーニュは自分のことを書いている!」と思えた。

・自分の活動に方針をもったホッファーは軍隊に入ろうとするが、ヘルニア

 失格、その後はサンフランシスコで沖仲仕の仕事をしつづける。

・「家系はみな短命で、五十歳以上生きた者は一人もいない。

 将来のことなんか心配することないのよ、エリック

 お前の寿命は四十歳までなんだから」

 養育役のマーサのこの言葉は私の奥深くに刻み込まれ、そのおかげで季節

 労働者をしていたときも、あれこれ先々のことを思い悩まずにすんだ。

 ーーー

 老年になるまで、ミス・フィットと沖仲士を続け、決して高ぶらず底辺の

人たちから学び続けた哲人の姿に全米の人たちから激賞を受けた。

その言葉の一言一言が重い。       − つづく               

2018-08-10 閑話小題 〜年寄りの不幸感覚

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   * お年寄りの不幸感覚

 年齢と共に、年々、肉体的、精神的の老いの新感覚に唖然とする。

ボクシング協会の老醜丸出しの78歳の会長。ここまで唯我独尊となると、

漫画の世界。 引き際を間違えた典型。勝手に立場を悪用して「終身会長」

とは、何をか言わん。 …ハーフの朝鮮人で、元暴力団・準構成員上がり。

前科が無かったのが幸いし、過去の身体検査から漏れたようだ…

論理は、昔取った杵柄のヤクザの脅しと同じ手法。 脅し口調に、ナダメ

と涙を駆使して、自分のペースにまきこんでいく。演劇的で面白いといえば

面白いが… よくみればハッタリかましのオジイチャン。

肉体系駆使の格闘技の世界は、こういうのが多く生き残っているようだ。

私も含め、老いの自覚度が思いの外に低い。とにかく、群れないこと。

自然と追いやられる孤老の方が人間らしい。群れると嫌らしさが湧出る!

――

  * 再び、長岡花火の話題に

 一昨夜、TVで長岡花火のハイライトを放映していた。今日も同じ内容かどうか

定かでないが… 放映される。それを見ていたところ、家内がYouTubeの4k録画

を『綺麗だから見たら!』という。昨年、熱の冷めやらぬ8月末に「大曲の花火」

を見ながら、YouTubeの長岡花火を見ていたが、今年は、その前に、見ることに。

この数年、寝室で独りで見ていたことを家内は知らなかったようだ。

 今年も家内は二日間とも、駅まで自転車で行き、あとは駅か信濃川に向かう

群れに加わり二キロ程先の大手大橋近くまで行くという。数年前まで同行して

いたが、家内も自由気ままの単独行動に慣れてしまった。

 二日目のこと、家内の後ろの男の人がフェニックスに感極まって、

<『凄い、凄い!』の感動そのままの言葉が伝わってきた… けれど、もう私

には、それほど感動は無い…。>と宣わく。 花火文化の中で、毎年、繰返し

見れば、初回の格差は大きくて当然。これは悠久山、福島江の桜にも言えるが。 

 

 夜空の比較の話なら、北極圏のオーロラと段違いのスケールの差がある。

比較すること自体、オカシイ自慢話の領域になる。

――――

2003/10/13

922, アイスランド旅行記−2

              ー 2003年10月13日(月)

   ーアイスランドを印象順に書いてみる

・何といっても、『オーロラ』である。

 オーロラは二度目だが、前回のノルウエーのトロムソは外れであった。

 今回は一回だけだが大当たり!しっかり目に焼き付けてきた。

 ー明日オーロラについて書く。

・海に突き出た雄大な断崖のディルホゥラエイのパノラマが素晴らしい。

 高さ100mの断崖がどこまでも続く絶景と、断崖から見えた果てしない

 海岸線が何とも美しい。

 北の果てという感じが一番でている場所であった。

・クレーバルバトン湖の背景に広がる景観は、 正しく月の景色に一番似て

 るといわれている。スターウォーズの映画の場面を思わせる茶色のパノラマ

 が別の惑星にいるようだ。アームストロングがここで訓練をしたという。

・氷河から流れ出た滝が、それぞれ素晴らしい。

 何といっても迫力のあったグトルフォスの滝が印象的であった。

 イグアスの滝に似ており、北極のイグアスとう感じだ。

 またスコォガフォスの滝の美しさも忘れることができない。

・霙の中で見た3〜4分ごとに吹き上げるストロックルの間欠泉も

 アイスランドならではのものだ。

・溶岩でできている大地がほとんど国を覆っている。

 土がまだ殆どできていないのだ。大地の上を数百年かけてできた20cm

 ほどの苔が土の役割をはたして、その上を草が生えているのだ。

 我々は何げない土の上に住んでいるが、数億年かけて有機物の新陳代謝

 繰りかえして土になっていったのが、このアイスランドに来てよく解った。

 岩山も緑の苔が覆っていて、景色としはアイスランドならではの異様な景色だ。

・少し場所を移動しただけで、景色がドンドン変わっていくのが印象的である。

 テーブルマウンテンや溶岩で出来た岩山、氷河に荒涼とした荒野などなどだ。

 そこに羊と馬が放牧されている。

 その中で目立ったのが、アイスランドポニーという小型の馬である。

 冬でも極北の寒さに耐え、そのまま放牧をしておいても大丈夫だという。

 性格が穏やかで欧米で人気があり輸出用だという。

 

 見た感じとして似ている国としては、ニュージーランドパタゴニアである。

 氷河とどこまでも続く荒涼とした大地と、吹き付ける冷たい風は北も南も一緒だ。

「一生に一度に行きたいアイスランド」という言葉が一番にあっている国である。

    本当に世界は広い!

――――

2003/10/14

923, アイスランド旅行記ー3

          ー 2003年10月14日(火)

オーロラハントー

 数年前に、ノルウエーのトロムソにオーロラハントに行ったことがあった。

その時は「何だこんなものか」という程度で、期待とは全く違うものであった。

薄い雲がスジ状に光っているだけであった。だだ行きの飛行機から見たオーロラ

カーテン状に広く光っていたが。今回も5日間で一日しか見えるチャンスが無かった。

夜になると寒くなる為か曇ってしまうのだ。

感動するような大きなオーロラのはそうそう見ることができないのだ。

 そしてたった一回だけの私にとって一生もののオーロラが出たのだ。

天空に展開した時の感激は、想像をしていたより遙かに神秘的かつ荘厳であった。

写真など撮っている余裕など無く、ただ呆然と見とれるだけであった。

これをどう言葉で表現したらよいのだろうかと考えていた。

 天空の黒をキャンパスに、滝が降るように頭上の両側に壁になり揺らぐ青白光の

波がこの世のものと思えない、神秘的なものであった。。

あとは「 ・・・・・  」である。

 取材できていた共同通信社カメラマンが、

「このオーロラをどう東京の友人に説明したらよいか解らない」と話しかけてきた。

「実際、この目で見るしか理解はできないでしょうね」と答えるしかなかった。

その時、涙が出そうになっていた。

 以前ツアー仲間から、この体験談を聞いたことが何回もあったが。

「もういつ死んでもよいと思った!」

「聞くと見ると大違い、実際見なくては!言葉で表現できない」

それを聞いて、「ちょっとオーバーではないか?」としか思ってなかった。

しかし、この言葉の意味が実際見て初めて解った気がした。

 あと一度見たら、アフリカの大地のように完全にハマってしまうのだろう!

 

・・・・・・

2018/03/07

閑話小題 〜大変な人のでき方

   * 旅は根こそぎ人生観を変えた

 何度も書いてきたが、51年前の21歳の「30日間・欧州旅行」が人生を変えた。

国内さえ殆ど旅行したことがない私が、年間20万人しか渡航してなかった当時に、

ツアーに大金持ちの子女・子息たちと豪遊旅行に参加したのだから…、当時の

日常との段差が如何ばかりか。それまでの人生と、その後の人生というほどの

段差によるカルチャーショックが、そこにあった。 

 良かったのが、事前情報が皆無に近かったこと。名所名跡に出あいがしらの

感銘がより大きくなっていた。その衝撃は、その後の秘異郷旅行のライフワーク

に繫がっていた。 

 

 当時よく聞いた話が「カルチャーショックで気が変になる人が多々ある」。

今では情報化で現地の事前情報があるため少ないようだ。私も帰国後の数ヶ月は

自失茫然状態であった。それまでは、私なりの世界観、価値観を保って秩序を

守ってきたが、そのベースが根本から揺れ、それが新たな再生になっていた。

 老いる度に、私たちは小さな世界に閉じこめられ、その世界しか知らなかった

ことに気づき、慌てる。その後、数知れない衝撃を受ける度に、生き方、人生観

が根こそぎ変化していった。成るほど、「大変な人」と言われるのは至極当然。

私の限界の中の衝撃で、破壊と再生の「変化」を経験すれば、「変」が大きく

なる筈である。 とはいえ、その道のプロ、例えば、秘境の地への赴任とか、

添乗員から見たら、何をバカなことと笑われる半端なド素人でしかない

。 

 一歩、旅行に向け踏出すと、非日常の世界になる。 新幹線から成田線に

乗継いで、機内に入ると、非日常が、日常になり、これまでの普段生活の日常が

非日常に逆転する。黄色のミニ集団の一員として、こちらの正しいことは、旅先

では正しいとは限らない世界になる。世界は多様であり、それぞれが特殊であり、

また自分の世界も特殊であることに、気づかされる。それぞれの地域で、それ

ぞれの言葉を話し、様々な考え方をし、地産地消をしており、それぞれの文化

の中で生活をしている。その実体験が旅行の醍醐味になる。一回の旅行で、

ホテルや、観光先や、乗り物内で、様々な文化文明に触れ、感動や感激をする。

変わっていく旅先に順応しながら、自分も変わっていく。感動、感激の経験は自分

の感情を豊かにする。旅に出て、感動し、感激し、感涙する度に、違った自分に

変化していることに気づく。

一年前に入れた4KTVが内なる世界を変えた。『アクティブカウチポテト族』

と言うが、世界の秘異郷先を、実際の人間の視力より、遥かに鮮明に映し出す。

今では、YouTubeで4kの映像を見ることが可能になっている。数十年経っても、

これで追体験が可能になる。更にブログで、旅先からライブの生々しい写真と

映像と実感の言葉を見ることが出来る。 21世紀は、楽しみ方を知ってるものに

とって面白い時代だ。 これは何事でも言えることが…

2018-08-09 閑話小題 〜つれづれに哲学=言語ゲーム

[] 05:45 閑話小題 〜つれづれに哲学=言語ゲーム - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

f:id:horii888888:20180809054319j:image

   * 日常生活の中で言語を考える!

 1日1テーマで、文章を書上げ、ここに提示しているが、これはテーマ探しから、

起承転結の文を書上げ、推敲し、完成に至るゲームでもある。毎日、何か黒い影

に追いたてられている感覚になるが、これも慣れ。気ままに、ゲーム感覚で、思い

のままにテーマを決めて、論理を組みたてる遊び。どうしても、過去の話に捉われ

がちになるが、前向きな創造的内容も多くある。 5年、10年、17年間、読み続けて

いる読者(自分も含め)に向け書いている点でゲームに近い。

 ウィトゲンシュタインとは少し意味合いが違う。彼は日常用語に注目し、

諸活動に織り込まれた言語に注目し、分析する。 〜その幾つかを紹介する〜

≪ 言語ゲームとは、言語哲学者ウィトゲンシュタインの用語。

 彼は言語を、「命令する」「演劇をする」「ジョークを作って話す」などの、

諸々の活動に織り合わされたものとして考察した。

このような言語を伴った諸活動が、言語ゲームと呼ばれる(『哲学探究』1953年〉)。

 そこには「言語に先立って個人の内的感覚や客観的事実があらかじめ存在しており、

言語はそれを写し取る道具である」とする古典的言語観を解体しようとする意図がある。

・言語が客観的事実を描写するとしても、それは単に事態を写すのではなく、例えば

 火事を知らせる場合のように、「自己や他者に対するなんらかの活動」なのである。

・第2に、言語による表現は、人々の間に共有されたルールにもとづくものとされる。

 個人の内的感覚でさえも、そうしたルールに基いてはじめて表現され理解されうる。

・第3に、ルールはたまたま成立している慣習的なものにすぎず、絶対のルールなど

 存在しないとされる。 例えば真偽を判断する際も、なんらかの慣習的なルールに

 基いて行われる以外になく、絶対的な判断基準などは存在しない。

こうして言語ゲームの考え方は、相対主義ニュアンスを強く帯びることになった。

現在では言語ゲームは、社会学上の用語としても広く用いられている。例えば、学校

や家庭やもろもろの宗教などを、それぞれ異なったルールをもつ言語ゲームと見なし、

それぞれの特質を分析することができるからである。≫

≪ 言語の本質はなにか、というのを考えて行き着いた概念。

例として挙ているのは、石置き場におけるやりとり。親方が「柱石」と叫ぶとする。

すると、弟子が柱石を持ってきてそれを親方に渡す。この場合、別にその「柱石」

という語の意味を把握して何かの行為をしているわけではない。この台詞を聞けば

このように行為せよ、というのを既に習得していて、それに従って行為したという

だけだ。だから、たとえばこの「柱石」という言葉は、別のところに行けばまた

別の意味を持ってくるわけである。個々の状況から独立した言葉の意味というものは

存在しない。すべての語の意味は、状況に規定されるものだ、ということになるわけ。

このことを、ゲーム(互いに理解しているルールに基づいてやりとりするもの)と

似ているという理由で言語ゲームと呼んでいる。≫

▼ <諸活動に織り込まれた言語活動という点で、このブログ活動は言語ゲーム。>

 新たな読者が読みはじめて半年、一年では、脈絡が理解しにくいだろうが、

慣れてしまえば、こんなものか?と。ウィトゲンシュタインの後期には、日常言語

に立ちもどって日常会話に注意を向け分析をしている。哲学者たちは神、魂などの

語りえないものについて語ろうとしているわけになるが、彼は哲学から、こういう

形而学を排除し、語りえないことには沈黙を守るべし!と主張した。それは、この

ブログを読めば、生半可な知識、情報を、未消化で提示している愚かを気づくはず。

それでも、私にとってプラスと思えるから続けている。毎日、同月同日分の

文章を読み直しているが、書き、提示する目的が自分自身向けのためか、状況説明

が甘い欠点と、それ故の誤解も多くなる。大相撲協会の怪しげな体質を代表とする

諸々のスポーツ協会の問題。現在は、レスリング協会、日大アメフト問題、そして

ボクシング協会へと問題が移動しているが、彼らの言語活動から垣間見る異常な

世界が、言語ゲーム感覚で何とも面白い。格闘技など、言語の代わりに「暴力」を

入替えた「暴力ゲーム」でしかないため、そこには、『言葉足らず』の活動が

独り歩きし、独特の世界を形成する。「力」とは「知空」とゲーム感覚で当て

はめるのも言語ゲームですか。スマートフォンの進化の御蔭で、言語ゲームから、

インスタバハエの『映像ゲーム』に世の中は変化をしている。これも、添えて書き

こまれた言語次第だが、それさえ必要としない映像が溢れている。

豊かさって何でしょう? その根本が、世界で問われている。「意味の意味?」…

 さて、エネギー補充のため、信濃川土手に向けて出発だ! 

・・・・・・

5260,閑話小題 〜つれづれに哲学  ーニーチェ「超」入門〜

2015年08月09日(日)

             〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦

   * 永劫回帰 〜人生の肯定

 ニーチェといえば、「超人思想」の他に「永劫回帰」があるが、この本では、

大きく取り扱われてない。しかし、これを避けてニーチェは語れない。

『哲学で自分をつくる』瀧本往人著の中に、以下のような文章があった。ーp141

≪ 二ーチェは「奴」のいない「主」を超人とした。超人は誰にも何にも依存

しない。確かにこれは人間を超えている、人間はもとより社会的な生き物で

あるがゆえに、誰にも何にも依存しないということはほぼ考えられない。

考えられないことを創出したからニーチェの思考は飛びぬけているが、

同時に危険でもある。それはまた自分の生き方にも適用される。

「いやもう一度、いや何度でも、まったく同じ自分の人生を」といった、

自分の生を絶対的に肯定する。これがニーチェの言う「永劫回帰」である。 

人は誰もが死に至る。しかしこの「私」とは、生まれてきた以上、永遠である。

生まれ変ったら別の人生を歩もうとか、前世は立派な人間だったはずだ、とか、

そういう考えはたわごとにすぎない。永遠にくりかえし、足し引きがなく、

まったく変わらず、そのままの人生に戻ってくる、と二ーチェは述べる。

永劫回帰は、どうみても当時ヨーロッパにおいて流行した仏教の輪廻思想との

近似性を感じるが、ただし輪廻においては全く同じ人生に戻ることはない。

世界のあらゆる事象が有機的に結びつき、死もまた新たな生と結びついている

ということを輪廻は教える。また、輪廻思想では、自分が死んだあとには

別の何者かに生まれ変わるが、ニーチェは生まれ変わってもまた、全く同じ

自分が「生きる」だけなのだ。これは、一般的には好まれない考え方だろう。

人はみな、生まれ変わったら、別の自分でありたい、と思う場合が多いからだ。

 つまり何かしら後悔をしており、やり直したい、別の人生を歩みたい、

あのときもし、ああしていれば、そういった後悔の修復・訂正を求めている。

 しかしニーチェはそういった考えをやめよ、と強く主張しているのである。

つまり死んだらおしまい、である。永劫回帰とは、絶対的な虚無主義を基盤と

しつつも、だから人生は虚しい、と考えるのではなく、人間は本来、この一度

きりの生を十分に楽しみ自己を肯定して生きるべきである、という人生観を

現している。そこにニーチェの強烈な、魂の咆哮を感じずにはおれない。

二ーチェの嫌ったソクラテスが自らの運命として毒杯をあおったように、

ニーチェは自らの「表現」に稲妻を落とすのであった。しかし、ニーチェは、

このように並なみならぬ強さ、超人的な生き方を強調するが、実際の彼は

きわめて病弱だった。そんな彼が異常なまでに健康や生の強度(内的な充実性

に溢れた自己経験)にこだわった文章を遺していることこそ、実は、彼の生の

弱さを物語っているとも言える。そして同時に(だからこそ)彼がここで「超人」

に至っているのは、それでもなお、自分の生を肯定的に受けとめ、しかも

それを永遠にくりかえしてもかまわない、と言い切ってしまったところである。

ここに他の哲学者にはない迫力と緊張を私たちは見ることになる。・・ ≫

▼ 『再び、生まれ変わったても同じ人生を!』と言えるかどうかが、晩年の

 私たちに 突きつけられる大問題。自分の人生が肯定できるか、否かは、

本人にとっての一大問題。しかし、肯定できたとしても、死んで三日もすれば!

ならばこそ、「一度限りの人生を楽しみ、自分を肯定して生きるべき」になる。

・・・・・・

5625,人生を幸福で満たす20の方法 〜?

2016年08月09日(火)

         <人生を幸福で満たす20の方法>三宮 麻由子(著)

    * 空虚な日々を楽しむ方法  

  5.海を渡って心をリセット

≪ あなたは、あなたという船の船長です。乗組員がいてもいなくても、海に

乗り出した以上、あなたは航海しなければなりません。漕ぎ手や修理係りは

来てくれるでしょう、でも舵取りはあなたの役目です。・・(略)

  川では小さすぎる。隔てるものもあるが、文化を結びつける働きもする。

 しかし、海は「文化を隔てる」ものである。だから、海を渡ると、実に

 多くのことが見えてきて、心も経験も豊かになる気がする。海を渡ることは、

 リセットの極意である。 ・・海を渡るということは、自然の境界を越える

 ということである。自然や文化を大きな変化を体験できるということ。

 これは、一つの冒険であり、リセットの極意でもある。 ≫

▼ 21歳の「欧州30日間の旅行」は、人生にとっての大きな分岐点(リセット

 になった。アラスカ経由でデンマークコペンハーゲンに下り立った時の、

あの空気と、宿舎への道すがらのバスからみた光り輝く緑の中にある街並み。

その時から行く先々の光景のどれもが、異界を見ているようであった。

この経験は、それからの人生の浮沈みの中で大きな支えになっていた。

 その時の経験が私にとって、いかに衝撃だったかである。それから10数年は、

仕事、家庭に専念、十数年間は出ることが出来なかった。 40歳前半辺りから、

年に二回は出るようになっていた。年に二度のリセットで、何とか人生の峠を

のり超えてきた。これも絶対量が蓄積すると、強力な磁力なる。

・・・・・・

5990,5991閑話小題 〜最後の講義・10(11) ー石黒浩:対談

2017年08月09日(水)

  * 複数体のロボットが人間に与える変化

     〜3つの小型ロボットに役割分担〜

1つが男性、2つ目が女性、3つ目が色々知っている先生の役割にした

ロボットと客を対話をさせて、指輪の購買を喚起させる実例を紹介。

現場では既に活躍しているようだ。 〜石黒のHPより〜

≪ 人工知能やロボティクスの発展によってロボットが当り前のように

 働いている未来。そこでは、どんな情景が広がるのでしょうか。

複数台のロボットが人とコミュニケーションを図った最新の実証実験を、

第一人者の石黒浩教授が評価します。

   〜意思決定を促す3体のロボット

1 、結婚を決めたカップルを対象に

石黒 この映像は、どこで撮影されたものですか?

稲川 結婚前のカップルが、プロのアドバイザーに結婚式に関する相談が

 できる店舗「ゼクシィ相談カウンター」です。ここでは、結婚準備や式場に

 ついて様々なことを相談できますが、その中の1つとしてブライダルジュエリー

 もご案内しています。

 ブライダルアドバイザーの方が、カップルの2人から結婚式に対する希望を

 聞いた後、その希望に合う結婚式場ピックアップする時間があるんですね、

 その7〜8分をいただき、人間の代わりにロボットが指輪の選び方、買い方を

 説明するシーンです。

(動画内の音声)

Sota(ブルー)「あっ、お客さんだ。ここに来たってことは、

        ついに結婚するんですね」

Sota(ピンク)「今日は結婚が決まったラブラブなお二人と指輪の

        お話がしたいな」

Sota(オレンジ)「そこの綺麗なあなた、いま幸せですよね」

Sota(ブルー)「やっぱりね」

Sota(3体)「結婚、おめでとう!」

――

石黒 それぞれのロボットの役割分担があるのですね。

稲川 ブルーが男性、ピンクが女性、オレンジが色々知っている先生という設定。

   ブルーと対面する形で左側に男性、ピンクと対面する形で右側に女性が

   て、挙式のアドバイスを受けに来店した際にブライダルジュエリー

   (本検証では婚約・結婚指輪)に対する購買意欲を喚起しようと。

   ゼクシィ相談カウンタージュエリーショップと提携しています。

   顧客の送客につなげられるかを検証するため、ジュエリーパンフレット

   持ち帰り率の向上を検証しました。ロボットは目線を男性と女性、両方に

   目配せしながら語りかけています。ロボット同士の対話にカップルが参加

   していく感じを出していますね。        ≫

――

▼ この着想には驚いた。漫才ロボットに使えそうだ。ボケと突っ込みの漫才の

 ソフトを入替えれば、数限りなく聞くことが可能。 先週、見た『トランス

フォーマー』が、人間代わりに、宇宙の彼方の星からきたロボット同士を闘わす

物語。これでは残酷さからくる気分の悪さが少なくて済む。実社会で、アルバイト

パートタイマーが、ロボットに近い状態。 思考作業を極力取除いた単純作業を

従事する人間のロボット化である。ロボットには判断作業も可能となれば、これ

如何に? その上の単純労働を管理するのが、「一般社員」になるが、その上の

管理職は、システム化で、極力少なくてよい。とすると、トップと、スタッフと、

サービス部門に、ラインのスペシャリストしか、人間の能力を要しなくなる。

金融機能など、その最たるものと、先日の週刊誌の見出しに載っていた。

 自動車のロボット化が、そう遠くない未来に(5〜10年後)に売りだされる

見通しのようだが、この応用が、全ての分野で起こるとすれば、人間の存在とは

何ぞやという根本問題が生じてくる。

――――

閑話小題 〜最後の講義・11 ー石黒浩:対談

 ロボットそのままを人間に当てはめて考えることが出来る。

一対一の対話の訓練、複数の人達との対話。その対話は物語を伝え、互いに

理解しあうことが目的である。その為には、互いに信頼感がなくてはならない。

ということは、ロボットは、人間を深く理解してないと、創れない。

   〜その辺りから〜

   ―対話のつくり込みが肝心―

・石黒 売り子がロボットが人間に代わって販売業務をする際、僕は「対話戦略」

  がすべてだと思っています。大阪�癲島屋の紳士服売り場に設置した「ミナミ

 ちゃん」の場合、実際に購入してもらうことにこだわりました。�癲島屋で一番

売り上げがある販売員を数ヶ月かけて観察し、彼女の対話戦略を組み込んだ。

数日間のイベントとして非日常的な存在のロボットに関心が向けられるでしょうが、

これまでの実験結果、イベント性効果の持続はせいぜい3日間だとわかっています。

ロボットが人間に代わるためには、ちゃんと対話を通じて人間を説得できるよう

にしなくては。年齢、性別、性格、売り場の状況、全部想定して対話の中身を

デザインできたらいいですね。男女も「ケチ」「見栄っ張り」といったタイプ別

に場合分けして、それらの相性まで考えると、どちら側を説得すれば買ってくれる

のかなど、説得の仕方が全部変わるんですよ。

――

   ―ストーリーを伝える存在―

・稲川 ミナミちゃんと違って、今回の実証実験で3台のロボット

  使いました。この台数は適正だったと思われますか。

・石黒 男女が相談する意思決定ですし、悪くなかったと思いますよ。ただ、

  3台の関係性は複雑なので、対話の構造に気づく必要が出てきます。

 私たちの研究室では複数台のロボットを使って様々な実験を行っているので、

共同研究をしていただければ、対話戦略をいくらでも教えられます(笑)。

少しだけヒントを教えると「人はなんのために対話するのか」を考えればいい。

簡単に言えば、自分の中にないストーリーを取り込んで、共感し、自分の想像の

世界を膨らませることにあるんですよね。ただ、取り込むときに納得できないこと、

共感できないこともあるわけです。共感しやすくするため、男性役、女性役の

ロボットをいかに使うかという枠組みを考えればいい。人はそこに冷静な観察者

として引き込まれていくはずです。

――

  ーロボットとの信頼感のある対話―

・石黒 婚約指輪に関しては、男女の間で意思決定するバランスだから良かった

 と思いますよ。それが、例えば「1人の男性を説得する」といったケースでは、

女性がいたらダメなんです。すべての対話で、パターンを変えないといけません。

よく私たちが設定するのは、1対1で人間同士で対話するとき、ロボット

「陪席者」として隣に置くというシチュエーションです。

昔は医者の横に「大丈夫よ」「そうよ」なんて言う役割の看護婦がいましたが、

それに代わるものです。最近は人手が減って医者とマンツーマンで喋らなくては

いけないでしょう。あれって結構、緊張しませんか?

・稲川 確かにそうですね。

・石黒 あくまで主役は医者と患者の対話ですが、横に置いたロボットが相槌を

 打ち、ときどき代わりにロボットは先生と喋るわけです。患者はそれを横で

見ている。すると意思決定がすごく楽になるんですよ。1人で意思決定しなくても

いいと感じるので。東大病院と阪大病院の外来で臨床実験をしたときは、実際に

アンドロイドを医者の横に置くと、患者の理解度が有意に上がることが示された。

▼ 一強のベストのソフトを、多弱の人達のソフトに入替えれば、それだけ社会

 が進化することになるが、実態は、そうはならないことを歴史が示している。

<「人はなんのために対話するのか」と言えば、「自分の中にないストーリーを

取り込んで、共感し、自分の想像の世界を膨らませることにある」と述べている。

この随想日記は、読書や、ネット、TV、実体験などから得た知識、経験をテーマ

にして物語化して、将来の自分や、読み手に伝えることが目的。受け取る読み手

は、様ざまな解釈をして…?? まあ、読まれないより、批判するより、遥かに

面白いこと上なしを実感しているため、「そのまま、結構」になる。

・・・・・・

4895,ホントに大事なお金の話  ー1

2014年08月09日(土)

     『知っておきたい ホントに大事なお金の話』佐伯 良隆 (著)

 お金に関する本を多く読んできたが、この本は、なかなか面白い。 

実は昨日の「事業人生のを決心して45年」の語り直しーホテル事業と、

マイホームの購入ーは、この本からの引用である。「住宅ローンに潜む

危険な落し穴」については、「住宅ローン」を「ホテルローン」に置換え

可能と気づいた。それが、そのまま、三年前の結果になってしまった。

世の住宅ローンを組んだ殆どの人が、右上がりのインフレの時代なら帳尻は

あったが、デフレに転換した現在、バランスシートでみる限り、契約した瞬間、

不良在庫になり、年々、価値が下がり続け、定年になって、ふと気づくと、

不良在庫のマイホームと、手元には余命のための資金すら残ってない厳しい

現実を知ることになる。他人事でない。その事業版が、私の現在?σ( ̄、 ̄=)

  ーまずはアマゾンの内容説明からー

≪ 預金、投資、ローン、家、保険、仕事、将来、経済、時間、幸せ、

 お金の儲け方、守り方、殖やし方、 稼ぎ方、使い方、考え方……今まで

誰も教えてくれなかったお金のこと、ハーバードMBAがゼロから教えます。

○【お金の判断、そして人生の決断には、確かな知恵が必要だ】=「残念な

 ことに日本では、まともな金融教育が長らく行われてきませんでした。

お金の話は品がないとして、学校や家庭では金融教育をさける傾向にあります。

それで日本人の多くは、お金についての大事な話を誰からも教わらないまま、

大人になるのです。しかしいったん社会に出ると、お金と正面から向き合わねば

なりません。就職、仕事、結婚、ローン、住宅、保険、投資、貯蓄、老後、

……さまざまな局面で、お金についての判断を迫られます。さながら、

装備のないまま社会という荒波の航海に出るようなもの…(はじめにより)

○【ハタチの自分に読ませたい】= お金の「殖やし方」「守り方」「稼ぎ方」

「使い方」「力」から、・・お金と「経済」「幸せ」「時間」…まで、教えます!

○【お金のことが、ぜんぶ自分で決断できるようになる! 】=「給料が上がらず、

 この先心配……」「投資を始めたいけれど、何がいいですか」

「保険には入ったほうがいいの?」「貯金はいくらあれば足りる?」

「どうしたら、お金に苦労せずにすむのか……」 生きていくうえでの

お金の悩み、不安、すべて自分で答えを出せるようになる!

○【身近な話題にこそお金の本質が隠れている】=「今すぐ100万円もらうのと、

 1年後に105万円もらうのではどちらがいい?」「100万円が半々の確率で、

150万円か50万円になるのと、同じく110万円か90万円になるのではどちらが得?」

「宝くじはハイリスクマイナスリター!?」・・ 答えられそうで、答えられない

 質問から、お金の本質に迫ります ・・答えられそうで、答えられない

 質問から、お金の本質に迫る。

▼<「事業人生を決心して45年」の語りなおし>の、第一歩の20才の、

 いや34才の自分に、是非とも教えてやりたい内容である。当時、お金の本質

に関し多くを知らなかったし、現在も同じようなもの。シンプルに考えれば、

生命保険には入らない方が良いに決まっている。で、私は掛けなかった。

投資信託も同じこと。 次回から何回か、幾つかをピックアップをする。 

今さら遅いが、これに関する無知が悲しい!

2018-08-08 読書日記 〜努力の趣味化

[] 05:49 読書日記 〜努力の趣味化 - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

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          <「好き嫌い」と才能 楠木建 編著>より

   * 好きこそものの上手けれ!

 両親が常日頃、言っていた言葉が、『仕事も何でも、取組んだら好きになるまで

集中し努力すること。そうすると努力が遊びになる。それと質の良いライバル。』 

 そのわりに、この程度とは、これ如何に? 人生、最大の謎? いや楽しみ過ぎ!

・この随想日記も趣味、遊びの領域に入るのに10年近く要した。で、己の限界が

この程度と我ながら内省するしかないが、この程度の文に、テーマ探しと選定を

入れると、2〜3時間のエネルギーが入っているため、どれもこれも愛着を感じ

取ることが出来る。ここで編者は、『努力の娯楽化』とは言いえて妙である。

17年数ヵ月続いたのだから、ライフワークである。

・いま一つのライフワークの『秘・異郷を中心にしたツアー・ゲーム』 

地球儀を五目目版に見たてゲーム感覚で埋めていく、これは『娯楽の長期継続化。

所要期間、30〜40年。夫婦と子供を含めて4000万、年150〜200万が高いか安いか? 

は…別問題。『一点豪華主義』と、国内旅行は中断、普段の生活は合理主義に

徹していたため、家計の収入内で収まっていた。

・あとは、早朝散歩とポタリング(自転車散歩)。早朝散歩が30年、チャリが

10年近くになる。駅裏にある自宅から、長岡大橋と大手大橋を一時間かけ一周

するが、この間が、公園として整備されている上に、左右50キロの展望が抜群。

パリのセーヌ川ドナウ川の展望に遜色ない景色。これを4〜11月の8ヶ月間も

毎朝、味わえる… 毎朝、ほぼ誰も、歩行者も、チャリダ―も居ないのは、

実際のところ知らないため? さすがに、土日は少し居るとしても少ない。

・それと毎日、数本はみているドラマと映画、これも… 

・更に読書習慣!

話は、尽きなくなるので、この辺で止めておく。

都都逸:  好きと嫌いじゃ どれほど違う 命ただやる ほど違う

残照の中で、好きなことをスケジュールで紡いで楽しんでいるが、

天気晴朗なれど、大した遠くない先に、うねりが近づいているような。

――――

Amazon 説明

《 何をやるにしても「好きこそものの上手なれ」が最強の原理原則だと信じて

 いる楠木建が、さまざまな分野で余人を以て代え難い仕事をしている19人との

対談を通じて、それぞれの才能の起点にある「好き嫌い」を探る対談集。

〜レビュより〜

【「客観的に見れば大変な努力投入を続けている。しかし、当の本人はそれが理屈

 抜きに好きなので、主観的にはまったく努力だとは思っていない。むしろ楽しん

でいる。すなわち『努力の娯楽化』、これが仕事における最強の論理だというのが

筆者の考えだ」】

【「自分のほうを向いた趣味と違って、自分以外の誰かの役に立っての仕事。

人に価値を提供しなければ話にならない。人の役に立てるということは、そのこと

についてよっぽど上手だということ。じゃあ、なぜそれほど上手なのか。有り体に

言って努力投入してきたから。しかも、長い間やり続けているということですね。

結局のところ、努力量の積分値が大切に決まっている。ここから先がポイントだが、

『努力の長期継続』といっても、実際のところフツーの人にとってはなかなか難しい。

僕にしてもそうです。娯楽なら何の苦もなく続けられるのに、努力は続かない。

で、ある時に脳内革命が起きた。『努力』をしようと思うから続かない。

『努力が努力じゃない状態』になればいい。すなわち『努力の娯楽化』が仕事の

カギだという発想です。客観的には努力であることがその人にとっては娯楽に

等しくなる。その理由は、要するに『好きだから』。以上の一連のロジックの最初

と最後を取ると、『好きこそものの上手なれ』になる」。

自分の一番好きなことは何か、よし、その好きなことをこれからも続けていこうと、

心に誓った私。】

▼ 普通の人でも、「努力の長期継続」で普通でなくなる。で、努力を遊びに

 すれば良い。遊びはゲーム化。ゲーム化とは、ルールを何気なく決めていくこと。

それが出来るかが境目のポイント。そこで目につくのが、何も考えない、しよう

しない世間様の存在。 だから、繰返し、しつこく、取上げている。何でそんな者

というが、舟底に知らずにヘバリツク牡蠣のように舟を沈めてしまう力を持つ。

好きこそモノの上手けれを見いだせないで、それを他者に向けるヘドロ。

他者の中のそれは、自分の姿だから。半径500m、直径1000mの世界では、常に

舟底の牡蠣が… それも良いのだろうが、半世紀もかけて殺ぎ落としてきたのだ

から、今さらとなる。だから、好きなことを見つけ『努力の娯楽化』をしないと!

「あいつら、何やってんだ。それも夕飯時の残照の中で。」が、自分に言えること

だから? 美味い酒飲んで、涼しい部屋で、面白いTVの映画をみて、グッスリ寝て、

朝早くから、これ書いて、チャリで、信濃川で新鮮な空気と霊気を浴びて、朝風呂

入って、インコに餌やって、ジュースを飲んで、ネットサーフィンをして、それも

【努力の趣味化』の御蔭ですか。 …というより、痴呆化の入り口ですか?

他人のは分かるけど、自分だけは。合せ鏡で同年代を見ていると、それはもう… 

殆どが自己否定を他者否定への振替作業が主となり、身体同様の硬直化が日々進行。

――――

4152, 「B層」の害毒

2012年08月08日(水)

   【ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒】ー適菜収著 より

 哲学者の適菜収のー日本を蝕む「B層」の害毒ー論が面白い。B層といえば

(何度か取り上げたが)、小泉元総理が「ワンフレーズ」で、「マスコミに扇動

されやすい大衆に名付けた層」をいう。2005年の郵政選挙の際に選挙戦略として

国民をIQと構造改革への姿勢からA層、B層、C層、D層に分類、B層を選挙の

ターゲットとしたことに由来する。これで当時の自民党に圧倒的大勝利を収めた。

この層について、著者は以下のように分析している。

≪ 「B層」とは何かというと、

◎〈マスコミ報道に流されやすい『比較的』IQ(知能指数)が低い人たち〉

 とあり、〈B層は絶対に反省することがありません。無制限に拡大した

 権利意識と被害者意識がB層の行動を規定します。郵政選挙で騙され憤慨し、

 再び民主党のマニフェスト詐欺に騙され失望し、将来にわたり「騙された!」

 と喚き続ける存在がB層です。〉とある。

◎〈今の世の中が肌に合わない人。今の世の中のどこかおかしいと感じている人。

 今の世の中を深く軽蔑している人。そういう人はニーチェの言葉に耳を傾けて

 みるべきでしょう〉という

◎〈B層の問題とは、すなわちキリスト教の問題なのです。〉 

〈B層が無知を自慢し、偉大な人物が死んでも「アタシ知らなーい」「誰それ?」

 などとわざわざネットに書き込むのは、彼らがキリスト教の影響下にあるから。〉 

◎〈まともな哲学者・思想家は、例外なく民主主義を否定しています。人類の知性

 は、民主主義と戦い続けてきたのです。 民主主義は、十八世紀に発生した

 キリスト教カルトです。〉(わが国にも「民主主義には寛容の精神がある」

「民主主義は少数意見を尊重する」などと言う人がいます。バカなんでしょうか?

 民主主義に一番たりないのは寛容の精神と少数意見の尊重です。) ≫

▼ 問題は、B層が悪いのではなく、彼らは、どの様にも操作されやすいという

 ことである。これまで、マスコミは、大衆として、彼らを捉えて、その操作を

駆使しトップダウンを役割にしてきた。 ところが、そのB層に超小型パソコン

モバイル携帯が普及して、これが情報のコンテンツになってしまった。B層には、

自分がB層の自覚がないため、そのレベルの判断が体勢を占めてしまう。

これが「B層の害悪」になるのである。B層はA層にコントロールされてこそ、

社会は保たれるのに、B層が主導権をとったら、そこには混乱があるだけである。

現在の民主党の混乱は、これである。A層を自認してきた自民党も、あのざまで、

C層化している自覚が全くない。この超小型パソコンが、今後もたらす影響は

モンスターのように、世界を混乱に陥れることになる。タブレットPCも含めた

端末情報機器が、プラスにもマイナスにも社会を激変させている。

・・・・・・

5624,人生を幸福で満たす20の方法 〜?

2016年08月08日(月)

          <人生を幸福で満たす20の方法>三宮 麻由子(著)

   * 空虚な日々を楽しむ方法 〜

3.手触り感のある生活

<迷ったら、天に、地に、命に触れよう。それがあなたのこころを

 すませ原点にかえしてくれるから。>

<何故、ではなく、どうすれば、と問いなさい>

▼ カーライルという詩人が、一人の女性か. ら身の上の悩みを相談された時、

「帰って、あなたの針箱の 中を整理しなさい。そうすればあなたの悩みは

やがてなくなります」と答えたというが、まさに、これ。無心で何かに集中

すると、無心の彼方から問題解決のヒントが、沸いてくる。そういえば、

朝ドラで、編集長役が、ヒントを考えるときに、「知恵の輪」に集中する

手法を使っていた。

 ――

4.幸福に働くために

 働けることは幸福なことである。 果たすべきことをやる。

 仕事に楽しみを見出し、感謝することである。

「働き、遊び、学び」は、人間が生きていく上で必要な要素である。

「恒産あって、恒心あり」である。

「いま、ここでしか出来ないことを、自分から見つけてすること」である。

▼ 外海なら、一つの判断ミスで、致命傷になる。 だからこそ面白いが、

視界は、その人の能力範囲しか見えない。孝不幸など、考えていられる

ほど自然現象は甘くない。万一の場合の、準備が常日頃から必要になる。

空虚な日々など、経営にあろう筈はない。

 

・・・・・・

4527, 生きる悪知恵  ー6

2013年08月08日(木)

  「生きる悪知恵 ー正しくないけど役に立つ60のヒント」西原 理恵子(著)

 * 娘が、漫画家になりたいと言い出しました

Q: 高2の娘が、漫画家になりたいから、大学に行かずマンガを描くと言い

 出しました。昔からお絵かきが好きな子でマンカもよく読んでいましたが、

 まさかそんなことを考えているとは思わず、驚いています。特に成績がいい

 わけでもなく、この就職難の時代に中途半端な大学に行くより、なれるなら

 なってくれたほうがいいという気もします。でも、プロの漫画家になる

 なんて簡単なことではないでしょうし、娘の描きかけのマンガを見ましたが

 才能があるかどうかわかりません。娘に才能があるかどうか、どうやって

 判断すればいいのでしょう? 今は大学もマンガ学科があるようですし、

 そういうところやマンガ専門学校に行かせたほうがいいのでしょうか? 

 アドバイスいただればと思います。 

A:私が美術予備校に行って勉強になったのは、自分の作品と他者の作品を

 冷静に見比べることができるようになったこと。300人の絵を並べて、その中

 で最下位だということがわからなかったの、最初は。「なぜ、自分が最下位で、

 この人が一番?」なのか自分が見えてなかったの。 ・・すごい不細工なのに

 自分のことを可愛いと思い込んでるコがいるでしょ。あれと同じ。でも、

 予備校で本当に上手な人の絵を見て、大学に行ったらもっとみんな上手かった。 

 で、「ダメだ、こりゃ」って、自分の実力がいかにないかとわかって、

 「じゃあどうするのか」って、そこからですよね。そういう意味で、専門学校

 みたいに人が集まっているところに行くのも自分の位置を知るにいいかも。

 ・・才能があるかどうかなんてやってみないとわからんし、親が判断すること

 でなく、それは世間様が判断すること。・・まあ、別に漫画家じゃなくても、

 高校生にもなった娘が進路について「これをやりたい」というのに反対する

 ことはない。ひとつだけアドバイスするなら、「アルバイトはさせたほうが

 いい」ってことかなあ。お金をもらって、他人に怒ってもらえるという経験は

 貴重です。私もアルバイトでいろんな経験させてもらったのが財産になってる。 

 いるだけで「可愛いね」って言われる時代から、いるだけで「邪魔、パパア!」

 って言われる時代まで、女の人の方が描くことの引き出しが多いんですよ。

 だから、やっばりいろんな場所でいろんな経験してほしいですね。

▼ 早期退職サラリーマンの蕎麦屋をしたいという話と同じ。遊びや趣味で

 やるのと、それで生活していくのは別問題。17〜8年前になるが、甥っ子が

京セラに勤めて10年、何かで社長賞を貰ったのを契機に漫画家に転身と聞いた。

当初は、そこそこ売れっ子だったと聞いていたが・・ 漫画家の名は、自分の

名前を逆読みにした「きもと○○」という。次々と若い漫画家が出てくる中で

若い人の感覚を取り入れ続けて生き抜くのは大変のはず。この娘の場合は、

専門学校に入れるのがベスト。その世界で仕事が出来るだけでも、本人に

馴染むからである。

・・・・・・

5989,閑話小題 〜最後の講義・9 ー石黒浩:対談

2017年08月08日(火)

   * 新しいことは説明しても理解されない

 具体的人物をモデルに、例えば、落語の米朝とか、夏目漱石ロボット

する効用は出来上がって初めて見えてくる。事前説明の理解は夢物語でしかない。

 米朝の落語をロボットで保存し、高座で披露するとか… 「石黒ロボット」を

通してロボット論の講演をさせたり。本人の代り、世界各地にロボットを派遣、

講演し、ネットで問答をすることが可能になっている。今では、石黒本人より、

ロボットの講演依頼が多いという。 今後は、テロの危険のある要人のロボット

講演で使われる可能性もある。

――

<石黒>  僕のプロジェクトは、自分自身の中では論理がつながっている

 のだけれども、他人へ説明するのがすごく難しいといったケースが多い。

 遠隔操作型アンドロイドをつかったロボット研究のときも、誰もこれが

 世の中に役立つとは信じてくれまいと確信していました。そのため、協業者

 に対しては、「僕が提案することに対して、一切説明を求めてはいけない」

 ということでスタートしました。結果は大成功しました。少しアーティスト

 っぽいアプローチかもしれません。でも新しいことは理由を説明するのが

 難しく、いくら言っても納得してもらえないので、見せるしかない。

<本荘>

  商品やサービスでも、最初はアホじゃないか。と言われたものがヒットして

 いますよね。企業でも、「俺を信じろ、言う通りにしろ」というかたちで稟議

 を通すと、夢が実現できるかもしれないですね。

▼ 世界中のビジネスの殆どが「代行業」という。人型ロボットの講演などは、

「お手伝い」そのものになる。孤独な老人に対する会話、対話の代行ロボットも、

現れてきた。最近のTVにはユーチューブなどで、行きたい、観たい出先の

映像が気楽に呼び出されるため、自分が飛んで行った錯覚に陥ることがある。

ドローンという飛行物体を人型にすると、何だろうか? アトムですか。

それより、8kTVとか、立体TVでも充分ですか。空間移動なら?r・TVでも。

・・・・・・

5259,閑話小題 〜インサイドヘット(シネマ感想)

2015年08月08日(土)

     〜インサイドヘット:なぜ、“カナシミ”は必要なの…?〜

   * シネマ 〜インサイドヘット 感想 

 先週みたシネマの感想になるが、面白い切口である。心の中の感情を

擬人化した人形のアニメとしての遣り取りに興味を持ってみたが、難しい

感情問題を、軽妙に?扱っているところが良い。ヒロインのヨロコビと、

カナシミが、「思い出保管庫」の世界に迷い込んでしまうが、その辺りが、

難しい問題を含む。 自分を考えると、膨大な保管庫から、フラッシュ

多くの記憶が漏れ出て己を悩ます日々だからこそ、色いろ考えさせられる。

  〜 ネットの映画ビュアーより〜 

≪ 思春期の戸惑いと成長を脳内アドベンチャーに重ねて描く世界初の

 フルCG長編アニメ「トイ・ストーリー」を1995年にリリースして以来、

おもちゃや車、昆虫や魚などさまざまなものに人格を与え、彼らが感情豊かに

関り合う上質のストーリーを紡いできたピクサー・アニメーション・スタジオ。

同社の20周年作品で、“感情”そのものを複数のキャラクターで表現する

コンセプトを初めて知ったとき、「今度はそう来るか!」という期待と、

ファミリー層には難解かも?」との懸念が相半ばした。

 物語の外側=人間世界の主人公は11歳の少女ライリー。

ミネソタの田舎町で両親の愛を一身に受けすこやかに育ってきたが、家族で

引っ越しサンフランシスコでの暮らしに馴染めず、気持ちが不安定になる。

この辺から、ライリーの内側=脳内世界のヨロコビ、カナシミ、イカリなど

5つの感情たちがダイナミックに動き出す。彼らがいる司令部から、ある事件に

よってヨロコビとカナシミが放り出され、広大な思い出保管所に迷い込む。

感情の制御がきかなくなったライリーを救うために、ヨロコビたちは司令部に

戻ろうと駆け回るが……。

 ライリーの外側で起きるドラマと内側の感情たちによる冒険が、相互作用

しながら平行して進む――聞いただけでは複雑そうだが、実際に観てみると、

繊細な表現で魅力的に描かれたキャラクターたちと、心理学などを踏まえた

深みある設定、創造性に富んだ展開に94分間引き込まれっぱなし。

CG描画の面でも、うっとりするほどリアルな質感を伴うサンフランシスコ

の街並み、柔らかい光の粒で描かれた感情キャラたちの揺れる髪、さりげなく

視線をいざなう仮想カメラの滑らかなポジション移動など、技術の進歩を

印象づけるビジュアルと卓越した演出センスが随所に光る。 ・・・

鑑賞後は、頭の中が解きほぐされ、心がふわりと軽くなった。(高森郁哉)≫

▼ ヨロコビに影のように付添うカナシミの役割を解りやすく示している。

 カナシミは色いろの記憶を悲しみに書き換えてしまう強力な力を持つ反面、

ヨロコビを引きたてる力を持つ。ここでは、イカリに対して、注目されて

なかったが、実はイカリこそが司令塔を動かす力を持っている。虎に例えると

解りやすい。なだめ、飼いならし、時には、その背に乗って奔りまわることも

できる。 感情の擬人化した人形アニメとは、哲学的切り口でもある。

・・・・・・

4894,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー46

2014年08月08日(金)

  * ホテル事業と、マイホームの購入

 ホテル事業も、個人のマイホームの投資も、長期ローン物件は大きなリスクを

抱え込むことになる。ホテル建設には、まず銀行の同意が絶対条件で、完成後

には会社所有になると同時にオーナーと錯覚をする。それが実は間違いの元。

10億投資のホテルで、2億円を自己資本としても、8億円は銀行で、実質的

オーナーで、あくまで間借り人。住宅ローンで例えると、3千万のうち自己資本

が600万、2400万をローンで組んだとして、実質、その分は銀行が所有で、

実質オーナーは、あくまで間借りということになる。そこが間違いの元。

「お金は、自身が固定されることを極めて嫌うため、買ったと同時に暴落する

性格を持っている。買ったと同時に3分2とみればよい。 そこで自己資本分

600万は、ゼロになる。夢のマイホームとは、サラリーマンが長年かけた預金

を一瞬にして蒸発させてしまう現実を、99%の凡人は、その現実に気づかない。 

売り手の住宅メーカーも、利益団体であり経費がかかる。

そこに3〜5割の掛け値を上乗せをするのは当然。商談が済み、契約をした途端、

長年かけた自己資本の預金が消失してしまう。そのことを99%は理解できない。 

 資産=負債+純資産というバランスシートが会社も、個人にもある。

契約をした瞬間に、この純資産が消滅してしまうだけでなく、マイナスになって

いる現実に気づかない。そのため、自宅は不良在庫になる。バランスシートで

考える限り、貧乏サラリーマンは、自宅を購入してはならないことになる。

だから、親が無借金の持家かどうかが大きく人生を左右する。

 住宅ローンの3千万円を、ホテル事業でも同じことが言える。私の場合、

二桁上の30億。自己資本が、当初、2億、その後の利益で5〜6億円まで

増加したとして、ホテル建設費で、ゼネコンの談合システムで2〜3割は

撥ねられしまう。実質営利犯罪システムが、存在していた。更に、金利の上下

変動と、税制のカラクリで多くの税金を払うことになる。最後は、時流の変化

のリスクが待っている。そこに資産デフレとなれば、まさに倒産になる。

三年前、私の身に起こったことは、まさに、これ。金利変動、収入減少、

それと欠陥や火災問題などがある。現に、私は、会社と個人補償で丸裸。

当時の役員二人は、この住宅ローンに直面している。私を含めた三人は、

30年も長期投資物件にたずさわった経験者。それからして、この有様。 

西武鉄道グループは解体、東武鉄道グループにしろ、日本の大手ホテル

チェーンは、都心以外は経営状態は良くない。 弱小資本は、長期ホテル

投資などしてはならない!が、結論である。 やるなら早々の事業転売が

前提で、資産デフレの転換期の1990年代まで。 面白かったのは、

準備期間と、立ち上げ。 しかし面白かったは、感情面の話でしかない!

この結果で、思いの外、喪失感が少ないのは、自分も、借り物でしかない

ことを少しでも知っているため? 凡人は、何であれ、搾取される対象で

しかないとは、これも自然の摂理ということ? グローバル化とは、

そういうこと。一強多弱は、どの世界でも、露骨にたち表れてくる。

 ・・・・・・・

3787, 閑話小題

2011年08月08日(月)

  * アメリカ国債の格下げ

 ここでアメリカ国債が、アメリカ議会での共和・民主党の対立で危うく

デフォルト(債務不履行)になりかけた。このため70年維持してきた格付けが

トリプルAからダブルAに下げと発表になった。これはアメリカ国家の格付け

と同じである。3年前のリーマンショックは世界経済システムの崩壊だったが、

それに対してアメリカ政府は、やれることは全てやり尽した。それが限界にきた

結果がデフォルトの危機である。 このことは、円高、ドル安は当分の間は続く

ことを意味する。その結果として世界にとって、とりわけ日本にとって最悪の

事態になる。まず世界同時株安、そして世界恐慌の具体的現象化とみてよい。

それが今年の後半から来年に始ることはリーマンショック直後からいわれていた。

欧州経済も右倣いで崩壊寸前の事態で、その歪が何時爆発してもおかしくない

異常事態。 まず今週から来週にかけて世界の株価がどうなるか見ものである。

  * 原発事故、これから始る影響

 原発事故による放射能汚染の実態が一つずつ表面化している。

まず、この秋の新米がどうなるのか。最悪の場合、東北・関東甲信越の新米が

全滅ということもありえる。その対策として消費者は既に古米の購入に走っている。 

特に子供がいる世帯は他人事ではない。汚染が、どの程度で収まるのか今のところ

誰も分からない。 それは時間と共に現われ出てくる。悲観楽観論は、この事態

では失せてしまう。放射能は水の循環の中で動植物の生態の循環の中に静かに

入り込み我々に影響してくる。昨日、チェルノブイリの事故の、その後の現地民

の汚染による影響のTV番組の再放送を見た。あそこまで酷くはないとしても、

日本人は放射能に敏感である。それが水と農作物、畜産物から体内汚染とくれば、

壊滅的打撃になる。 本州崩壊と原発事故直後に風評が聞こえてきたが、

それが現れ出てきているのか。

  * 私は特別の人間! だもの

 若い女性は、いや人間そのものは、心の何処かに「自分は特別な存在」

と思っている。しかし少し考えれば、それぞれが特別の存在であり、今さら

いうことではない。しかし世界の広さと深さを知り、自分の卑小さ知るにつけ、

特別の存在という思いなど吹っ飛んでしまう。 最近、身近の人が正直に

「私は特別の存在なの」と面といわれて驚いてしまった。その言葉の中に、

特別選ばれしものという思いあがりを感じたが、そう心の底に、思える純真は

大事なのかもしれない。ただ見方によれば、ただ無知なだけだが・・ 

今、此処にある存在の不思議からみれば、私は特別の存在と思うのも

仕方がないのか? たまため去年の同日に取りあげたテーマの通じていた。

2018-08-05 閑話小題 〜二年続けて「長岡花火は行かずしまい!

[] 05:24 閑話小題 〜二年続けて「長岡花火は行かずしまい! - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

f:id:horii888888:20180805052421j:image

    * 猛暑の朝、やはりTVの話題ですか!

 ◉ 暑い夏は、寝室でTV映画とスポーツ観戦を

 一月生まれもあってか、暑さに弱い。そこで、例年のごとく、寝室に籠って

録画した映画とドラマ三昧。ブルーレイの300本以外に、ディスクに数十本、録画

をしたのを、当たるも八卦と、一番面白そうなのから順次見ているが、当たりが

当然、多い。 空いていたら迷わず録画をして、閑な時間に頭出しをして、90点

に到達してないと消去をするが、なかなか少ない。それでも時々、飽きがくるが、

そこで、YouTubeの何時もの定番のコースへ… 。

 

 ◉ ワールドカップも終わり…

 甲子園の高校野球が今日より始まる。地元からは中越高校が出るが、相手は

慶応高校で、強豪チーム。残念だが、8〜9割は勝てないのだろうが、そう思って

みれば、負けても落ち込みは少なく済むし、甲子園、何が起こるか分らない。

前評判の良いのは、この数年、準々決勝まで勝ち上がっていたチームばかり… 

多くの有望選手もいる。さて、今年のスターに誰が? ますます俗っぽくなった

自分が良いのか悪いのか。 成るほど、<命短し、恋せよ乙女>である。

 ◉ 去年に続き、今年も花火見物に行かず自宅のTVで…  

 以前から人混みが苦手。会場で生でみるか? ドッチが好きかの好みの問題に。

現場に溶込んで雰囲気と共に楽しむか、冷房の効いた寝室で、独り、電気を消し

TVで見るのも、なかなかのモノ。TVの画面がリアルで、これはこれで…

 3日、BS:TBSのライブの花火中継に回すと、花火案内人が見たことのある

お年寄りがいた。 …それが何と小学校同期生の「長谷川健ちゃん」。

「60歳超えからは、その5歳上は「大年寄り」と言うが…。 先生の子息で、

当時から、人を寄せ付けない異様な感があった人。 当時から現在に至るまで、

殆ど口はきいたことがなかったが、古希の同期会のスナップの写真を送って

くれた。 無難に花火の蘊蓄を話していたが、どこかソワソワした浮いた感が

あったが、これで当分、良い、悪いの世間話のネタの恩恵?を受ける羽目に。

 ◉ 私の知人に数年前にリタイアした人がいる。それをキッカケに65インチの

 有機TVを入替えたのはいいが、夫婦して嵌って、夫婦交代制で見ているため、

24時間、TVを付けっぱなしという。で、加熱のため、修理に出したとか。

考えてみたら、我家の二台のTVを合算すると他山の石ではない。 

NHKで、4k、8kの専門チャンネルが新設され、これが生活を一変えるというが。

現在でも現場の数倍、数十倍の臨場感を味わえる?と、言うから…。

これにゴーグルでも使えば、更にライブ感が増す。

 

・・・・・・

4891,定年後の4年目のリアル −1

2014年08月05日(火)

             「定年後のリアル」勢古 浩爾 (著)

 朝日新聞の新刊広告に『定年後の7年目のリアル』があった。3年間、私が、

ここで書いてきた内容と同じような見出しにあった。 そこで、アマゾン

内容紹介を見たところ、前著の『定年後のリアル』があり、『・・7年目のリアル』

の内容は続刊。 内容紹介だけだが、生々しいだけ私の内容の方がシリアスの筈・・  

 ーまずは、内容紹介よりー

《 ◇お金、仕事、健康、生きがい……退職したら、どんな毎日が待っている?

不況のいま、いかにして生きていくかという問題がクローズアップされている。

特に定年退職が迫った人に対してメディアは、定年後は「6,000万円の貯えが必要」

「孤独死にご用心」を語る。著者は、さまざまな定年本、定年者たちの生き方を

引き合いに出しながら、メディアが煽る「不安」など、実際にはそれほど思い

わずらう必要もないことがほとんどという。いまの日本人は、過剰な情報に振り

回され、不必要なほど不安になってしまっているというのだ。たとえば貯蓄や

健康状態の「平均」がどの程度かといった話が盛んに語られ、自らを引き比べて

不全感を増している人も多いが、現実には「平均」は自分の生き方とはあまり

関係のない情報であり、気にしすぎる意味はない。またアンチエイジングや若さ

を保つ方法が日々声高に喧伝されているが、本来、人は年を取ったら取ったなり

の自分を認めていくのが自然であり、若さを過度に持ち上げる価値観自体がいびつ

だともいえる。 ・・人は死ぬ、年を取ったら衰えるのが当たり前であり、

そうした事実を正面から受け入れて、初めて本当の人生に出会える。そのうえで

一日一日から得られる人生の喜びを享受して生きていくのが、定年後の理想的な

生き方だという。さまざまな不安の正体を解き明かし、心をほっとしてくれる。》

▼ 私の喩えで、「森の生活からサバンナへ!」がある。 森の中でイメージ

していたサバンナの生活は、そこはそこで面白く、生きがいもあり充実をしている。

森の住人には、それが理解できない。そのことを、森の住人に問いかけている

内容のようである。しかし、これは森の生活で、準備をしてきたかで大きく違う。

私の場合は、ハードランディングだったとしても、万一の備えを長年にかけして

いた為、何とか着陸をした。そして、リアルな毎日が待っていた。そして

4年目に入って、そんなことより、老いそのものの方が現実として迫ってくる。

この紹介の中で「老いの一日一日から得られる人生の喜びを享受して生きていく

のが、定年後の理想的な生き方だ」というが、享受するのは、喜びと楽しみだけ

でなく、怒り、哀しみが伴なう。老いは確実に精神も肉体も衰えさせている。

哀しみに覆われた日を何とか過ごすのもリアルの一日になる。逆に有余る時間で、

思いのままに一日を過ごす楽しみもある。

夕暮れの残照の中での、最後の宴も良いもの!

・・・・・・

5256,蓄群本能  〜ニーチェ「超」入門〜

2015年08月05日(水)

             〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦

   * 蓄群本能 

 誰も持っている『群蓄本能』。城下町では、その小さな世界で群蓄本能が、

互いの足の引張りあいになり、その個性を内に押しとどめるしかなくなる。

違うということが、マイナスの世界。割切るしかないとしても。〜その辺りから〜

≪ わたしたち現代人はただなんとなく、道徳とは個人の行為に関する規範だと

 思い込んでいる。あるいは、人間性が生んだ規範、社会を健全に生きるための

知恵のようなものだと思っている。 ところがニーチェは、「道徳とは、共同体

のために個々人の内部で作用する一種の畜群本能から生まれたものなのだ」

(『悦ばしき知識』116)という。 この畜群本能というのは、「共同体が個人より

も価値が高いのだから、個人の利益より共同体の利益を優先すべきということと、

「一時的な利益よりも永続的な利益を優先させる」という、国家や社会の全体を

益するための考え方を因習とし継承してきたあげく生まれた。

 たとえば、盗んではならないという身近な一つの道徳律を考えても、ニーチェ

の説はあてはまっているように見える。実際に、空腹ゆえにパンを盗んでも、

社会に損失を与えたとして罰せられる。そして、「個人よりも全体を優先する

という因習が覆う社会で人間は教育され、生活してきた」。よって、「人の心に

ある道徳性とは、これらさまざまな因習の全体に向かう感情にすぎないのだ」

になる。一般的な道徳が自然な心情や宗教の神の配慮から生まれてきたのでは

なく、利益の重さをどこにおくか、つまり功利がその出発点になる。

そう考えた二ーチェは、もちろん道徳の発生を理性に見るカントに反対する立場

にいるわけだ。二ーチェのこういう考え方は、現代哲学で使われている用語で

いえば明らかに構築主義的だということはもうわかるだろう。

 だから、ニーチェはこうもいう。

・「道徳的、倫理的であるというのは、古くからあった掟、古くからの因習に

 従順であることを意味しているのだ」・・

・「良心の中身とは何か。幼少時代のわれわれが尊敬し、かつ恐れた人々が、

 理由もなく規則的にわれわれに要求してきたものすべてが良心の中身だ。

 …そういうさまざまな古い権威に対する信仰が良心の源泉なのだ。したがって、

 良心は人の胸の中にある神の声などではない。その人の心の内にいる幾人かの

 人間の声である」(「人間的」)

 つまり、良心は群れとして生きる人間がみずから生み出したものだということ。

だから、本当に個性的であることはいやがられるし、個性的ゆえに良心の痛みを

覚えやすい。しかし、そこを越えなければ、新しいものは出てこないのだ。

けれども、自分の中に巣くっている古い群れの声にしたがわない行為、考え、

発見はどれも社会からは悪だとみなされる。過去をふりかえれば、みなそう。

新しい思想、新しい知識、新しい方法は、それぞれの時代で弾圧され、

狂気だとみなされ、犯罪扱いされてきた。≫

▼ 一匹狼的か、群れる羊の一匹として生きるか。論語も蓄群の精神マナー?

 確かにマナーは必要だが、古くからある因習に従順過ぎると、世界を自分

から小さくするし、個性的人生からは遠ざかることになる。「個性、個性と

いうが、所詮は砂利の一つの石ころじゃないか」ともいうが、その石ころの

デザインを自分でしてきたか、してなかったか? それも同じことか?

・・・・・・

5986,閑話小題 〜最後の講義・6 ー石黒浩:対談

2017年08月05日(土)

 ロボット学者ゆえに、切口が新鮮である。自分のロボットをつくり、常日頃、

対峙すると、無機物のロボットの、サルトルのいう、「対自」「対他」「即自」

が、クッキリと浮かび上がってくるのだろう。 ヨガの仕上げの5分間の

「死者のポーズ」として、宇宙の彼方から魂の抜けた己の姿を逆照射する

イメージと同じような。「定年までの自分」と、「それ以降の自分」の対峙も

似たような? これらは、一般的には「余命半年、3ヶ月」と宣言された時に、

初めて、自分に突きつけられるのだろう。落語の米朝のロボットが、生身の

米朝と高座に上がっている写真があるが、文化遺産として残すには最適だろう。

――

   ―人の気持ちの正体とは―

<本荘> 石黒先生は小さいころから「テーマ(問い)」を持たれましたよね。

<石黒> 僕は、小さいころ夢がなくてぼんやりしていたのですが、小学5年の時、

「人の気持ちを考えなさい」と大人に言われて衝撃を受けました。

その気持ちを考えることは大事なことなのに、考え方自体を一度も教わって

いないし、大事にしろというその「気持ち」を見たことがないわけです。

皆さんは「気持ち」が何か知っていますか。

<本荘> 「気持ち」を100字以内で説明せよ、というやつですね。

<石黒> そうです。「気持ち」でも「考える」ということでもどちらでもよい

ですが、それを定義した瞬間にコンピューターが勝ってしまいます。 だから、

小学校5年生のときには、「自分の考えている次元とは違う世界に行けるなんて、

大人はすごい」と思っていました。ようやく高校生ぐらいになって、全員うそを

ついていると分かったので卒業しないままずっと学校の中にいるのです。

▼ 石黒は、「気持」について、逆照射して考えるため、曖昧な定義を

 戒めているのでは? 

そこで、<「気持ち」を100字以内で説明せよ>の私の答を即興で書くと…

【「気持ち」で浮かぶ言葉は、感情である。感情といえば「喜怒哀楽」と、

「感動、感激、感謝」になる。「クールヘッド、ウォームハート」と分けると、

温かい心。逆に、冷たい心とは、生物の本能の「エゴ」を優先すること。】

 たまたま、考えを進めるに、去年の以下の文章が参考になる。ロボットには

無い真逆の問題だから。幸・不幸など、感情でしかないことが浮かびあがる。

・・・・・

4149, 強迫性障害

2012年08月05日(日)

 オリンピック開会式で久しぶりにサッカーのベッカム選手の姿があったが、

彼は強迫性障害であることを最近、告白した。「何でもまっすぐに並んでいない

と気が済まないし、何でもペアになってないと気が済まない」という。自宅の

冷蔵庫や、宿泊先の部屋でもすべてを「左右対象でまっすぐ」に並べ直す作業に

長時間を費やす。 ディカプリオ主演、『アビエイター』のモデルになった

大富豪のハワード・ヒューズも、この病。この映画をみたが、

「すべてのものが汚染されている」という考えにとりつかれ、人との接触を

避けるようになり、自分が買い取ったホテルで20年間も暮らして、最後は

孤独死を遂げた。 ーそこで、ネット辞書で検索してみるとー

≪ 強迫性障害とは、簡単にいうと「わかっちゃいるけどやめられない症候群」。

自分でも不合理だと思いながら何回も繰り返すので、本人には大変つらい病。

よくみられるものは、トイレに入った後何回も手を洗う、ドアのカギをかけたか

どうか、ガス栓をしめたかどうか何回も確認するというもの。本来これらの行為

は安全を確保するために誰でも行うが、それが何回も何十回も確認しないと

気がすまない状態になると社会的に支障をきたすことになり、何らかの治療が

必要となります≫ とあった。 これは、心の病と、脳の病の原因があり、

それぞれの治療がおこなわれているという。心の病の場合、過去の「喪失と悲しみ

が、原因になっていることが多い。病気に至るのは、喪失の悲しみを乗り越え

られないため。人生は、考えてみれば喪失と悲しみがつきもの。

そんなことをいったら現在の私は、重症の強迫性障害に陥っていて当然である。

定年も転職も失業も同じ。「喪失と悲しみ」の中で、最も辛い一つは、連れ合い

との死別。傷が癒えるに最低二年は要するという。 亡くなった姉が晩年、

合唱の先生をしていたが、未亡人だけのグループをつくって(歌で互いに癒しを

隠れテーマにして)いた。その姉が私に「誰も平静を装っているが、死別の傷の

ためか尋常でない何かを感じる!」という。躁鬱症も、分裂症も、この強迫障害

も、誰もが多かれ少なかれ持っている。それをコントロールしようとしてできる

ものでない。私も当然、それに思い当たる強迫障害に近い症状が幾つかある。

多人数の兄姉の末っ子で、両親が終戦直後で、家業の再創業期にあり、異常な

生活環境にあった影響が、心の奧底に大きく存在していた。人生を通して、

その脱皮が人生のテーマだった。それぞれが、それを抱え生涯を生きている。

私の場合、心の底から笑える性格があったのと、両親の温もりが地熱として

あったのとが、症状を軽くしてくれた。分裂、躁鬱、強迫障害症の三つを

束ねるのが自己になる。

・・・・・・

5621,人生を幸福で満たす20の方法 〜?

2016年08月05日(金)

         <人生を幸福で満たす20の方法>三宮 麻由子(著)

 創業の準備の15年間は、常に何かに追立てられている気分だったが、充実

した日々でもあった。創業を目指したからこそ出来たことが多い。目指すことが

ハッキリしていれば、様々な好奇心が旺盛になってくる。創業は、その努力の

積重ねの結果であり、決して博打ではない。これは、幸福への努力と同じ。

  〜紹介内容より〜

 幼くして視力を失うという絶望の中から、微かな希望を見出して日々を生き

抜き、いま幸福に満たされているエッセイストが綴る「幸福のつくり方」。

人生に虚しさを感じたとき、どのように心を幸福感で満たしたらいいのか?

生きる意味が分からなくなったとき、絶望の淵に立ったとき、どうやって希望を

見出して乗り越えるのか? 心に幸福を生む考え方とは? 珠玉の20話。 

  [ 目次 ]

:空虚な日々を楽しむ方法:(好奇心で心を満たそう ゲーム感覚

              チャレンジ 手触り感のある生活 ほか)

:絶望の日々を生き抜くために:(危機は自然体で乗り越えよう 

    夢を叶える方法     出会いと別れの達人になろう ほか)

:幸福力アップの秘訣: (人生相談の極意 いまを「旬」として生きる 

             幸福を生み出す魔法の言葉 ほか)

  〜プロローグ〜より〜

≪ 外的な環境がどんなものであるかにかかわらず、心が幸福で満たされれば

 人生は幸福なものになる。心に不幸な感覚が満ちていれば人生は惨めで不幸な

ものになる。心をそのどちらの分銅によって傾けるかは、ひとえに私たち自身が

「幸福になりたい」と願う意志と、逆境にあっても光を見出す「幸福力」の強さ

にかかっているのだ。ただし、「幸福である」ことと「幸福を目的にする」こと

は違う。J.S・ミルがいうように、幸福そのものを人生の目的にしてしまうと幸福

にはなれないだろう。それは本末転倒であろう。なぜなら、幸福は行動の結果、

つまりミル風にいえば副産物であって、目標として提示されるものではないから。

ではどうやって幸福になるのか。私の考えでは、「幸福のベクトル」に乗った

行動の積み重ねによって人生を幸福で満たし、不幸を追い出してしまえばよい

のではないだろうか。ちょうど節分に豆まきで鬼を退散させるように、心の隙間

から入り込もうとする不幸を退散させ、幸福の光で心を照らしていくのである。

本書では、そのためにできる二〇の実践例を、幸福のレベルに応じて三つの段階

に分け、私の経験に基づいて語った。

 ところで、幸福に至るには試練を直視しなければならない。私の場合、最大の

試練は光を失ったことであった。だが、これを受け入れて自己の特色として

生かす術が身につけば、試練はむしろ幸福のための糧となり、最後には幸福の源

とさえなり得ることも、私は学んだ。だからいまではこれを試練としてではなく、

生物的な特色としてニュートラルにとらえ、シェネレスという造語で呼ぶことが

できるようになってきた。そしてこのような考え方ができてくると、幸福感も

高まり、おそらく幸福力も高まってくるのだと思う。

 そんな意味からも、本書ではさまざまなほかの試練とともに、この最大の試練

とどう向き合ったかを、これまでより深いところから語った。願わくは、これを

「障害の受容」のストーリーとしてではなく、あなた自身が幸福を追求するうえ

でのヒントとしてお読みいただければ幸いである。・・ ≫

▼ 幼くして視力を失う試練の中で、「幸福のベクトル」に乗った行動の積み

 重ねによって人生を幸福で満たし、不幸を追い出してしまうかを提示する。

老いるということは、死に向かい受容するプロセスでもある。その中で、幸福感

を維持するヒントが、ここに多く書かれている。 〜つづく

・・・・・

4524, 生きる悪知恵  ー3

2013年08月05日(月)

  「生きる悪知恵 ー正しくないけど役に立つ60のヒント」西原 理恵子 (著)

60の人生相談が収録されていて、仕事編、家庭編、男と女編、性格編、トラブル

カテゴリー分けされている。その中から、印象の強い面白い順といえば、

「男と女編ーヤリたいときがヤレるとき」。    

  * 妻子ある男と交際を続けるべきかに →3チンポもて!

《 Q: 8年付合っている妻子持ちとの交際をやめるべきか? に対して

 A:オーケストラの人としゃべっていたら、「いやあ、ウチは不倫率が高くて」

と言っていたけど、音を合わせてるんだから、しょうがねえよなっていう。

だってやったほうが早いもんね。フィギアスケートのペアとか社交ダンスとか、

「アンタらヤってないほうが不自然じゃっん」みたいな。しかも、そういう

クリエーターは、従来の決まりやモラルを破るのが仕事だから、「この人いいな」

と思ったら、さっさとヤっちゃう。そりぁ、たまに会ってデートずるだけの拘束

しない相手って楽に決まってるよ。女の人が自立してたりすると、よけいにね。

そのまんまの関係でダラダラしてるのが好きなんじゃない? 別にやめる必要も

ないと思うし。今の相手より好きな人が見つからないというか、見つける努力を

してないだけ? あなたの場合、次を見つける努力はしたほうがいいですね。

スぺアていうかバックアップはとっておいたほうがいいですから。私の周りの

モノノフの女たちは「3チンポを持て」と言います。「いいですか、1チンポ

ではいけません。それがなくなったらどうするんでか。必ず2本はバックアップ

持っておくように」って泳かせておいてもいい、年に1回くわえるだけでもいい。

必ずバックアップを持っておいてください。そうじゃないと、相手が「やっぱり

奥さんにバレちゃったし、となった時に、路頭に迷うじゃないですか。

30過ぎて路頭に迷うとキツイですよ。 》

▼「3マンコ」など、中村うさぎか、西原でなければ書けない。水商売なら

ともかく、普通の女性が、そのまま実行でもしたら? この章の「男と女編」

の副題ーヤリたいときがヤレるときーが良い。

「後悔、先に立たず」でなく「後悔、後に立たず」? 何事も硬い壁を壊し、

もう一歩踏み込むこと。人生を通して必至に壊してきたが、この程度。壊した分

だけ変形しただけ? あらためて周囲を見渡してみて、壊さなかったら、

これほどツマラナイ人生もない!と、実感。ところで、男の相談者だったら

「3マンコを持て」と回答はしない。そんなのはザラにいて面白みがない。

「やりマンになれ」より「3チンポを持て」は、漫画家でしか表現できない言葉。 

漫画家は一つの絵の中に、捻った笑いを含めるため、自然と言葉もこうなる。