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2018-10-16 読書日記 〜わたしにとってドモリは武器である

[] 04:59 読書日記 〜わたしにとってドモリは武器である - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

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          『バーカウンターは人生の勉強机である』島地勝彦著

   * 『意識が稲妻、舌は蝸牛』なら持てるは!

 『プレーボーイ』元編集長で100万部の雑誌に育てあげ、集英社の社長を最後に、

10年前にリタイア、現在は新宿伊勢丹に2014年に『サロン・ド・シマジ』という

店を開いて現在に至っている。連載していた架空の雑誌の立ち飲みバーを現実に

開店させたもの。週末には本人が現にシェーカーを振っているというから幸せな

ことだ。 で、先日、図書館で、この本を見つけて借りてきたが面白い。

島地といえば、開高健とのジョークバトルが繰り広げられた名対談集、

『水の上を歩く? 酒場でジョーク十番勝負』が面白かった。それをキッカケに

ブラック・ジョークを探し求めた時期があった。20年になろうか。

≪ マスターの流暢な説明を聞きながら、90歳の瀬戸内寂聴は20代の秘書に

 負けず杯を重ねた。すらすらウイスキーの蘊蓄を披露している最中に、突然、

瀬戸内さんが言った。「マスター、今夜はつまらないわよ。どうしてドモッテ

くれないの。あんたの吃音には色気があるんだから」

 そう、マスターは生来のドモリである。カ行とタ行に弱く、素敵なレトリック

が浮かんでも舌の上で音にならないで死んでいく。

その昔、同期の現作家がドモリで、初任給を懐にすし屋に行ったときのことだ。

2人ともトロが食べたいときに、「ト」が口から出てこない。

「おまえ頼んでくれと…」というと、「ええと、ええと…」と口ごもる。

「海老ですか?」と板前に言われ、海老を6匹も食べることになったそうだ。

マスターは、ドモリをカバーするため、幼いころからたくさんの言葉を学んだ。

「ためらう」を「逡巡」という言葉に置換えて話した。自然と語彙が増えたこと

からこそ、編集者としての仕事がこなせたのかもしれない。そんなマスターに

開高健さんが、『意識が稲妻、舌は蝸牛」という言葉を贈ってくれた。

「そういえば、瀬戸内さんが90歳で書き下ろした『月の輪草紙』を読返し、

驚いたことに清少納言の最初の夫がドモリだった。

「あれは私の創作です。どうしてもドモリにしたかったのです。明治生まれの

アナキスト大杉栄は女にもてました。それはドモリだった。『き、君のことが、

好きなんだ』なんて言われたら、女性の母性本能に直に火が付く。昭和初期の

‘編集の神様’と呼ばれた斎藤十一も、そしてあなたもドモルところが魅力的

なんです。男がペラペラ喋るのは軽薄にみえてなりません」 

聞いたか全国のドモリで悩んでいる紳士成年諸君、そういうことだ。今日から

自信を持って生きるんだ。コンプレックスを武器にした時こそ、人間が大人に

なった瞬間である。 ≫

▼ 「弱点を強みにかえる」というと、思い当たる節が幾つかある。

 ・話下手を逆手にとって、聞き役になる。そして褒める。複数の美人に何気

 なく三回褒め、後は距離をおく。意外なことに、美形を直接、褒められない

のが現実。その後は無関心に。中の上から上の女性は心の内で殆ど、絶世の

美人と確信している。逆にいえば、飢えた男どもの目線に敏感。だから、意識

した距離感が必要になる。何か何時の間にか、美人扱い管理の話になった。 

 で、この本も下ネタを含めて、なかなかな… これは次回か、次々回に!

・・・・・・

2015/11/06

浅田次郎の人生相談 ーうつ病で、死ぬことばかり考えています

          ー『世の中、それほど平等でない』浅田次郎

 このところ、中島義道、西原理恵子、島地勝彦、上野千鶴子など、

各分野の人たちの人生相談を取り上げているが、それぞれの個性が面白い。

今度は図書館で、浅田次郎の‘最初で最後の人生相談’のタイトルに惹かれ

借りてきた。雑誌『プレーボーイ』の今東光などの人生相談の一連の作家の後

を引き継いだ相談、肩を並べるには?〜ランダムに目に付いたところから〜

  ● 質問: うつ病で、死ぬことばかり考えています

≪「先日、ヘルニアになり入院して、その後、自宅に戻って安静に過ごし、

心身の状態が回復してから今の職に復る予定でした。しかし、その間に、

好きだった草野球や水泳ができなくなり、鬱屈したものがたまっていくなかで

妻とも些細なことでもめるようなってしまいました。精神不安定になり、

病院で『うつ病』の診断を下される事態はさらに悪くなり、最近では死とか

自殺とか、『どうしたら周囲に迷惑をかけずに死ねるか、などということ

ばかり考えています。現在は自宅療養中なので、経済的にも厳しくなってます。

今の職に復帰することは可能ですが、どうしてもそのような気持ちが起こり

ません。しかし一方で、こうして自宅で療養できるのも今の仕事で稼いだ

貯えがあるからなので、普通に考えれば辞めないで復帰したほうがいいと

いうこともわかっています≫

  ● 回答: まずは妻と仲良く! 

次郎: ひとつ思うのは、あなた、病気のせいにしてないか? もともと今の

 仕事に対して嫌なことがあって、病気がきっかけでそういうネガティブ

 気持ちが表層に出てきてしまった。それをすべでヘルニアのせいにして

 しまっている。それは‘ジョーカー’なんだよ。

「健康上の都合で」という力ードは、やたらめったら切るべきじゃないんだ。

 うつ病だって働かない理由にはならない。

太郎: お言葉ですが先生、うつ病というのは正しい治療の必要な、

 れっきとした病気ですよね。

次郎: もちろんそうだ。そうなんだけど、薬を飲めばそれで治るという

 ものでもないだろう。最後には、自分を奮い立たせる心の強さが要る。

 それがなければどんな良薬を使っても根本的な解決には導けない。

 そんなあなたに、特効薬になるであろう助言をひとつ。何よりもまず、

 奥さんと上手く、やりなさい。夫婦仲が上手くいってないなら、それが一番

 ダメージになる。だって会社に行って、どんなに嫌なヤツと顔を合わせて

 仕事をしなければならないとしてもせいぜい8時間、9時間くらいだろう?

 ところが残りの15、16時間というのはほとんど女房が隣にいるわけだ。

 週末の休みを入れればもっとだよ。ある人とふたりきりの時間が一日の

 三分の二あるのに、その人と上手くいっていないというのは、これは精神的

 にこたえるよ。会社でどんなに嫌なことがあっても「お帰りなさい」と

 言って飯の支度をしてくれて、愚痴も聞いてくれる女房がそこにいるから

 こそ、明日またがんばって働こうって気になるのよ。それなの女房と

 上手くいってなかったら24時間嫌なことだらけじゃないか。まずは女房と

 セックスをし、どうせ仕事を休んでいるんだったら割り切って旅行でもし、

 夫婦関係を取り戻しなさい。ヘルニアを治すよりよほど効果があるよ。

 自分に近い人から大切にしていくというのが、良い人生を歩むための鉄則。

 男ならまずは女房、子供。ぞれができたらひとつ先、親や兄弟を大切に

 するんだ。≫

▼ 各分野の先生?の、人生相談の相談を読んで、まず私なら、どう答えるか、

 一度、自問自答するのが面白く読むコツ。一歩間違えれば、離婚、家族離散、

など、最悪な事態が口をあけて待っている。 私なら、

<徹底して、その最悪の事態を徹底的に想定する。そのうちに、凍り付き、

その解凍と同じに、会社にいくとか、ステップを踏み出す。隠れた野性は、

その究極の中から顔を出す。> 『出てこない?』なら、保険を充分かけ?

サッサと死んでしまうがよい。それも出来ない? まずは、死に場所を探し、

彷徨ってみれば?いざ死ぬとなると、ゾッとする。しなかったら、そのまま

逝けば!死ぬ覚悟のない奴に、生きる覚悟があろうはずはない!>

 その前に図書館か、大型書店を彷徨ってみなさいよ!

苦しさに合わせ、妖精が、その本の場所に導いてくれるはず。                

・・・・・・

2015/10/22

島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー?

  元・プレーボーイ編集長の島地に、亡くなった三人がのり移った設定の

人生相談だから、面白くないわけがない。ランダムだが、面白そうな相談から

紹介していく。

   ー大企業で出世する男の見分け方を教えてくださいー

〈 私がつき合っている男性は慶応大学卒の28歳、某大手電機メーカー勤務です。

有名企業ですが、このご時世、サラリーマンの一寸先は闇。彼が出世競争を勝ち

抜ける人かどうかを知りたいのです。私も大手といわれる保険会社勤務ですが、

ずっと仕事を続けるつもりはありません。というか、専業主嫁になりたいです。

ただし、貧乏臭い節約生活は送りたくありません。銀座で気軽にショッピング

したり、一流のレストランでランチができるくらいの余裕のある生活が希望です。

そのためには、旦那さまにかなりの稼ぎがないことには。かといって、ベンチャー

経営者なんていうのは、倒産の危険と背中合わせで不安定だからイヤ。大企業で

出世する人がいいのです。そういう人の共通点って何でしょうか。どんなところ

で見分けられるでしょうか。こんな質問をしたら、コメントは欄では非難轟々

かもしれませんが、本音でお蜀きします。(27才女性) 〉

  ーお答えー

〈・シマジ:その慶応卒の彼氏とやらに会って、食事をしながら二時間も話せば、

出世するかどうかをぴったりいい当ててあげるよ。だが、一般論として出世

するす男はこうだとはいい難いな。それこそ千差万別だ。だから、会わずに

語るのは無責任だな。無責任だが、これだけはいえる。この男が大企業の中での

競争を勝ち抜き出世するだけの知力と感性の持ち主なら、相談者を一生の伴侶

として選びはしない。すなわち、相談者を妻にするような男なら出世の見込みは

薄く、出世する男なら、いずれ相談者と別れるだろう。

・アソシエ:辛口ですね。

・シマジ:相談者の本音の質問を本音で答えたまでだよ。出世をする人間の

大事な条件の一つが人を見る眼力だ。大きな組織の中でこれぞという先輩や

上司を探り当て、その人に教えを請い、その人を尊敬して命がけでついていく。

あるいは営業マンなら、取引先のキーパーソソを見極め、そこにしっかりと

食い込み、人脈を広げていく。いずれにせよ、そうした人を見る眼力があれば、

女のたくらみも見通してしまうだろう。それにしても、相談者の考えは浅いな。

だってそうだろう。日本の大企業の中で課長に出世をする男には眼力が必要だ。

課長になり、部長になり、ついには役員になったとして、どれほどの生活が

できるというんだ。第一、子供はどうする。子供が二人もできたら、優雅に

お買物にラソチになんていっていられなくなる。しかも、教育に金がかかる。

こういう相談者だから、子供に有名幼稚園や小学校をお受験させるだろう。

そのうえで、有閑マダムよろしくブランド品のショッピングに精を出し、

高級レス.トランでランチ三昧なんてことをしようとしたら、数千万の可処分

所得が必要になる。ということは旦那は税込みで一億円近く稼がなくては

ならず、サラリーマンには到底無理な話だ。〉

▼ 以前、田圃や小川に生息する〈タガメ〉について書いた。蛙や、小魚に

 抱きつき、栄養分を死ぬまだで吸い取る昆虫で、日本の専業主婦に酷似

しているという分析の書籍を、ここで紹介した。 何か、誰かさんみたい?

  〜二年前に取り上げた内容を下にコピー〜

・・・・・・

2015/10/23

島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー?

    ー結婚しなさい。いい相手を俺が紹介してあげようー

 私に今東光が乗移ったら、『サッサと転職をしろよ。次の職場で後悔する

状況に直ぐに陥るから、少しはマトモになるはずじゃ!』というだろうに!

 ≪ ◎ 質問: 信念や主張がなく、すぐ諦める自分がもどかしい

〈 私の悩みは「こだわり」がないことです。そのためか、人にただ流される

 生活をしているような気がします。仕事をするうえでも、周りの人が

「こうするべきだ!」と強く出してくると、「だったらそ札でいいんじゃない」

と迎合しがちで、会議などでもあまり意見はいいません。何かを強く主張を

して揉めるくらいなら、初めから諦めてしまうほうが面倒がなくていいと

思ってしまいます。人材開発・組織開発の仕事をしていますが、この仕事は

すぐ結果が出るような類のものではなく、周囲とのコンフリクトが当然の

ようにあります。それだけに、信念やこだわりがなく、すぐ諦めてしまう

自分がもどかしいです。三十歳を超えて、このままだと仕事は中途半端な

ままで終わりそう、と不安です。(三十歳女性) 〉

  ◎ 答え=人生で最大の罪悪は退屈すること

・シマジ: うーん、難しいな。俺とは全く違うタイプだ。何が原因で自己主張

を諦めるようになったか分からないが、相談者は人生に退屈をしているんじゃ

ないか。主張しない、迎合する、すぐ諦める。これではノッペリした平板な毎日

で退屈で仕方がないだろう。俺は人生で最大の罪悪は退屈をすることだと思うよ。

何だっていい。何か一つのことに十年ものめり込めば、間違いなく自分の世界が

できる。確固とした価値観や美意識が形作られ、オリジナルの主張や、譲れない

一線としうものが生まれる。すぐに諦めることもなくなると思うがな。

・アソシエ: 趣味に打ち込んでみたら変わりますかね。

・シマジ: 実のところ、「たしなむ」レベルではあまり変わらない。結局のところ

「道楽」でもまだ足りず本当は道を極めるところまで行かないと世界は作れない。

つまり「極道」まで行く必要があるんだが一まあ、そこまで要求するのも酷だから、

まずは何か打ち込めそうなものを探してみてはどうかね。空手なんかどうだ。

・アソシエ: いきなり空手ですか。 (略)・・・

・シマジ: 経済力があって頼れるいい男を見つけて結婚すれぽ、相談者は

昔ながらの良妻賢母になり、幸福な結婚生活が送れると思う。何も仕事で成功

するばかりが人生の幸福でほない。自分の意見を強く主張し、周囲と競い合って

仕事で成果を上げるということが向いていない人もいるんだ。そういう人は無理

をして仕事場で「できる女」を目指さなくてもいいと思う。

というわけで、相談者には旦那さん候補としてこ人の男性を紹介しよう。

じつは、いい人がいたら紹介してくれと二人の男から頼まれているんだ。

いま、その男たちの写真を持ってくるよ。

・アソシエ: まっと待って。それは人生相談の範疇を超えているような気が。

・シマジイ: どうしてだね。人生相談というのは相談者の悩みに真剣に対峙

 するものだろう。少なくともシバレン先生、今東光大僧正、開高健文豪は、

相談者に胸襟を開き、自らこれと信じるということを真剣に語った。

人生に正解なんてありはしないんだ。だから人生相談にも正解やあるべき姿

なんてない。語るだけでなく、人助けの実践的サポートまでやる人生相談が

あってもいいじゃないか。俺は、この相談者の幸福は結婚にあると思っている。

そして、良妻賢母になることを確信している。相談者に結婚する気がないなら

無視してくれれぽいいだけだ。もし、その気があるなら、連絡してくれ。≫

▼ こういう人は、男にもいる。学生時代など20歳半ば頃までは、

 経験の絶対量が少なく、まず周囲と同化することに神経がいって当然。

女性なら家庭に入ることで逃避する道があるが、男は、そうはいかない。

人生に正解はないとしても、より良い道は自分でしか切り開けない。

で、知恵を絞り出すしかない。この後の二人の対話が面白いが、止めておく。

・・・・・・

2015/10/24

島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー?

   一1人の時間を持て余す者は、二人の時間も持て余すー

 老いの大きな問題に『孤独』がある。特に独身の場合は大きな穴が

心の中にスッポリと開いているのだろう。そのためには、自分の世界を

つくり、ダンデゥズムに徹し、孤高に生きるのも人生の一つ。

≪ ◎ 質問 =このまま一人孤独に人生を終えたくはないのです…

 私はこの年になってもまだ結婚をしたことがない50歳の独身です。

仕事を離れるとほとんど人とおしゃべりする機会もありません。

飲みに行ってもほかの客とはあまりしゃべりません。

自分から心を開かなければ相手も私の心を分かってくれないということは

承知しています。会社もあと十年弱で定年ですし、その後の人生はこのまま

孤独に過ぎて、ある日部屋の中でひっそりと終わるのかと思うと不安です。

心を割った話ができる相手、できれば女性を見つけたいと思っています。

でもいままでにそのような出会いはありませんでした。

今後出会いはあるものでしょうか?、(五十歳男性) ≫

≪ ◎ 答え=孤独を孤高にまで高める生き方を目指せ

・シマジ: この前のように三十代の男性からの相談なら「書を捨てて

 女を口説け」、というところだが、五十代となるとそうともいえないな。

仕事以外ではほとんど人とおしゃべりをしない。飲みに行ってもほかの客とは

距離を保つ。おそらく、相談者はずっとそういう生き方をしてきたのだろうし、

他人に自分の領域を侵されるのが苦手で、一定の距離を保つほうが楽だった

のだろうだとしたら、この齢になっていきなり社交的になれといっても、

それは無理な相談。女性に対しても尻込みしてしまうタイプだろうな。

こういう人が人生の晩年を一緒にすごす女性を見つけようと焦ると、下手を

すると結婚詐欺に引っかかりかねない。だから、無理はしないほうがいいね

・シマジ: だからこそ、孤独を恐れる凡人を脱して、相談者には孤高を目指

してほしい。肌のぬくもりやおしゃべりの相手が欲しいなら、猫を飼えばいいん

じゃないか。猫はいいぞ、しみじみと会話ができるからな。俺の知合いの作家

の話だと、飼い猫をあんまり可愛がりすぎるものだから、結婚したばかりの妻が

怒ってね。、「猫と私とどっちが大事なの?」うていう言葉に「そりゃ猫だ」

と答えたものだから、新妻に家を出て行かれたそうだ。人間の女より、猫の

ほうが一緒に暮らしていて心穏やかでいられるというのは否定しがたいね。

・シマジ: 金と時間と情熱を注ぎこんだ一人の時間を豊かにするには、膨大

の情熱と知恵が必要だ。一人で孤独だと思うのではなく、誰にも邪魔されない

自由な時間をどれだけ豊かにしようかと真剣に考えるところから、人生の愉しみ

が広がっていくんだ。まさに人類のステキな時間。心の中に星が降る時間だね。

だから、相談者が仮に本やお酒に興味がないなら、別の手段でもいい。

自分が興味を持っているものをもっと深く探っていく気持ちを持てば一人の時間

を貴重に思えるんじやないかな。それにね一人の時間を愉しめる人でなければ、

二人の時間も愉しめないと思うんだよ。一人をエンジョイできる人間は、二人

になればますます相手と自分を愉しませられる。一人を持て余す人間は二人に

なってもやはり相手と自分を持て余して、退屈な時間を過ごすんじゃないかな。≫

▼ 家にオウム科最小のインコがいる。居間のガラス戸を隔てた先の籠に一匹、

 鎮座しているが、人恋しいため常にピーピーと呼びかけている。時どき、

餌を与えたり、頭を撫ぜてやるが、何か心が癒される。猫を飼うと、異性にも

関心が無くなり、ますます縁遠くなるというが・・ 

・・・・・・

2015/11/10

島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー?

  ●質問: 大企業で出世する男の見分け方を教えてください

≪ 今、私がつき合っている男性は慶応卒の二十八歳、某大手電機メーカー

 勤務です。有名企業ですが、このご時世、サラリーマンの一寸先は闇。

彼が出世競争を勝ち抜ける人かどうかを知りたいのです。私も大手といわれる

保険会社勤務ですが、ずっと仕事を続けるつもりはありません。というか、

専業主婦になりたいです。ただし、貧乏臭い節約生活は送りたくありません。

銀座で気軽にショッピングをしたり、一流のレストランでランチができる

くらいの余裕のある生活が希望です。そのためには、旦那さまにかなりの稼ぎ

がないことには…。かといって、ベンチャー経営者なんていうのは、倒産の

危険と背中合わせで不安定だからイヤ。大企業で出世する人がいいのです。

そういう人の共通点って何でしょう。どんなところで見分けられるでしょうか。

こんな質問をしたら、コメント欄は非難難々かもしれませんが、

本音でお聞きします。(二十七歳女性) ≫

  ●質問: 出世をする男には眼力が必要だ

≪・シマジ:その慶応卒の彼氏とやらに会って、食事をしながら二時間も話せば、

 出世するか、どうかをぴったりいい当ててあげるよ。だが、一般論として出世

する男はこうだとはいいきれないな。それこそ千差万別だ。だから、会わずに

語るのは無責任だな。無責任だが、これだけはいえる。この男が大企業の中での

競争を勝ち抜き出世するだけの知力と感性の持ち主なら、相談者の一生の伴侶

として選びはしない。すなわち、相談者を妻にするような男なら出世の見込みは

薄く、出世する男なら、いずれ相談者と別れるだろう。

・アソシエ: 辛口ですね。

・シマジ:相談者の本音の質問に、本音で答えたまでだよ。出世をする人間の

 大事な条件の一つが人を見る眼力だ。大きな組織の中でこれぞという先輩や

上司を探り当て、その人に教えを請い、その人を尊敬して命がけでついていく。

あるいは営業マンなら、取引先のキーパーソンを見極め、そこにしっかり食い

込み、人脈を広げていく。いずれにせよ、そうした人を見る眼力があれば、

女のたくらみも見通してしまうだろう。それにしても、相談者の考えは浅いな。

だってそうだろう。日本の大企業の中で課長になり部長になり、ついには役員

になったとして、どれほどの生活ができるというんだ。第一、子供はどうする。

子供が二人もできたら、優雅にお買い物にラソチになんていっていられなくなる。

しかも、教育に金がかかる。こういう相談者だから、子供に有名幼稚園や小学校

をお受験させるつもりだろう。そのうえで、有閑マダムよろしくブランド品の

ショッピングに精を出し、高級レストランでランチ三昧なんてことをしようと

したら、数千万円の可処分所得が必要になる。ということは旦那は税込みで

一億円近く稼がなくてはならず、サラリーマンには到底無理な話だ。

・アソシエ:以前、本物の江戸前寿司を体験しようというイベントで週末の

 昼に読者に集まってもらい、銀座の超有名店に行きました。我々はテーブル席

で四千円弱の『お決まり』をいただいたんですが、そのときに、カウンター席で

たぶん母と娘だと思いますが、五十代と思しき女性と女子大生っぽい二人連れが

「おまかせ」で食べていたんですよ。おまかせだとお酒抜きでも一人三万円は

する店で、明らかに常連客の様子から、そのあとは芝居見物でしょうか。

こういう人たちって本当にいるんだなと感心したのを思い出しました。

たしかに旦那が一憶稼がないと、あんな生活は無理でしょうね。

・シマジ: 俺が「週刊プレイボーイ」の編集長をしていたころだから、

 二十五年以上前の話になるが、俺の秘書兼事務を務める二十代の可愛い

女の子が「今、若い女性の憧れの結婚生活は、広尾のマンションに住み、

乳母車を押して有栖川公園を散歩し、明治屋で買い物する`ことです」と

いっていた。要する相談者のメンタリティは四半世紀前のOLと変わり

ないということだな。≫

▼ 以前書いた、蛙に取りき栄養分を吸取る昆虫の「タガメ」の典型。

 この女性、銀座でランチなど千円前後で可能で、ウインドウショッピング

ならタダというのを知ってか知らずか。しかし、多からずの女性が持っている

本音である。この御時勢、一千万もあれば上クラス。「おまかせ」だろうが、

「お決まり」だろうが、大して変わりはしない。要するに、それはそれ。

確かに、旦那の稼ぎで妻の生活は変わってくる。収入が多ければ、子供を有名

私立に入学可能である。それもこれも、持って生まれた器量で決まってくる。

妄想を凝視し己を振返えれば、「つりあい」からして、その男が適当では。

・・・・・・

4660, 知る悲しみ ー『極道辻説法』は、シマゲジがゴーストライター

2013年12月19日(木)

  * 今東光の『極道辻説法』は、シマゲジ作 

                ー『知る悲しみ』島地勝彦著

 図書館でみつけた島地勝彦著「知る悲しみ」。

例の『水の上を歩く? 酒場でジョーク』島地 勝彦・開高 健 (著)の、

元プレーボーイ編集長の島地の著書。「知らない悲しみより知る悲しみ

のほうが上質である」とは、言い得て妙だが、何と『極道辻説法』

の「和尚前白」は島地が東光に憑依して書いたと告白。生臭坊主の

名回答も、シマゲジの創作とは・・ ーその一節を書き出してみるー

・矢野「いまインターネットなどで『今東光語録』が箴言集のように

 扱われています。ところが私などから見ますと、どう考えても大僧正の

 興味のテリトリー外のテーマなどが書かれてありまして、ずばり

 訊きますが『和尚前白』は大憎正が書いたもの?

・島地「今日はすべて告白しよう。あれは全部オレが書いたものだよ。

 しかしよく分かったね。読み込んでいるなあ、矢野は」

・矢野「ただ『速記録』で実際に大僧正が語った回想や時評をうまく

 リライトされているのもあります。ですから島地さんの全くの創作ばかり

 とは言い切れない。今日は漢幸雄さんが収集した『和尚前白』を持参して

 きましたので、どれが完全に島地さんの創作なのか教えてくれませんか」

・島地「いいとも。(『和尚前白』を読み進めながら)第一回からオレの文章。

 確かに。うまいなあオレは。(国連総会演説を取上げた回を示し)これもオレ。

 高校野球の話、これもオレだ。この回は大僧正の話をまとめたもの。これも

 オレじゃないかな。ほんとに大僧正が愚依してるね。いま読んでも面白い!」

・矢野「スポーツや外国小説がテーマのものやアル・カポネの話もみんな

 島地さんの創作なんですね」

・島地「もちろん、そうだよ」

・矢野「このインタビューを読んでひっくり返る人、いっぱいいますよ。

 いま島地さんは『乗り移り人生相談』という連載をされていますが、

 まさに当時から大僧正に乗り移ってたことになりますから」

▼ 私もひっくり返った一人である。島地が今東光に憑依しないと、

 あれだけの名回答は出てこない。そうすると、この本の題名「知る悲しみ」

に通じてくる。「知らない悲しみより、知る悲しみの方が上質」としても、

読者の一人として、知らない方が良かったと思うのが人情。ここで紹介されて

いる「エロ・アーカイブ」は興奮した。飼犬の秋田犬と夫婦の3P?を生々しく

書いてあるが・・ 今度ここで紹介しようか?ー【スカトロ・マニア】犬の

ロッキーを恋人にした私の妻ーと検索すると出てくるが、お勧めはできない。

成るほど、「知る悲しみ」そのもの・・ 上質かどうかは別!

2018-10-15 旅行の話 〜パックツアーの構造 ―5

[] 06:06 旅行の話 〜パックツアーの構造 ―5 - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

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   * 事例で見ると…

・『エジプト・トルコ10日の旅』が、その最たる事例。 

 ローマで乗り継ぎ、カイロから、ナイル川沿岸にある3千数百年前の遺跡群を

周り、カイロに戻り、ピラミッドをみた後、トルコのイスタンプールへ。そして

アンカラからカッパドキアの地下都市を早朝から深夜までの過酷なコース。

 その過酷の日程を何とも思わせないのが、遺跡が物語る歴史の広がりと、深み。

エジプトといえば、ナポレオンエジプト遠征で「兵士諸君4000年の歴史

見下ろしている」の演説。1798年、ナポレオンが行ったエジプト遠征の翌年八月、

ナイル河口のロゼッタという町の近くで塹壕を掘っていた工兵が黒石の断片、

ロゼッタ・ストーンを発見。 この断片には、BC196年に発布された

プトレマイオス五世を讃える諸行事の規定が、二種の書体のエジプト文字と

ギリシア文字の三書体で繰り返し記されており、これを手掛かりに、フランス

シャンポリオン(1790〜1832)が、エジプト文字の解読を成功させた。

ナポレオンの戦略は失敗に終わったが、石の発見は大きな功績となった。

エジプトから息をつかさず、トルコのイスタンプールへ。世界で最も美しい

モスクと評され、トルコを代表するブルームスク寺院は、オスマン帝国時代1616年

に建造されたもの。そして、アンカラから、カッパドキアの地下都市群へ。異教徒

の侵略から逃れるためにキリスト教徒が、奇岩群に隠れるように造られた地下都市。

この旅行で初めて、その存在を知ったが、宗教間の争いの過酷さが垣間見えた

信じ難い光景。ピラミッドに、ラムセス?のミイラ、アスワンからルクソール

までのナイル川沿岸に点在する古代遺跡、そしてトルコの遺跡。 僅か10日で、

背中に重い歴史を背負いこんだ感覚になってしまった。ツアーなればこそ可能

にしてくれた事例。世界は広い上に、深い歴史が、地下深く埋ずもれている。 

 ネットサーフィンの、このコースのコピー。

私はエジプトからトルコの逆の10日間のコース。観光内容は全く同じ。

 ――――

≪ 阪急交通社(トラピックス)の「エジプト・トルコ 周遊11日間」、

 まずはエジプト編です。

(1日目)

21:25 中部国際空港よりエティハド航空でアブダビへ。(所要時間約12時間30分)

 ※北京で約1時間駐機  (機内泊)

(2日目)

06:20 アブダビ到着。

09:30 乗り継ぎ空路、イスタンブールへ。(所要時間約4時間45分)

13:15 イスタンブール到着後、バスでチャナッカレへ。(320km6時間)

 ダーダネルス海峡は、フェリーで移動。

20:30 ホテル到着。   (チャナッカレで宿泊)

(3日目)

07:30 古代都市トロイへバス移動。(約20km1時間)トロイ遺跡観光(1時間) 

 観光後、ベルガマへ。(約230km約4時間) アスクレピオン観光 トルコ石の店

 で監禁 クシャダスへバス移動。(約205km3時間)

19:30 ホテル到着。 (クシャダス宿泊)

4日目

7:30 ホテルを出発、エフェソスへ。(約20km/約1時間)エフェソス遺跡観光 

 革製品のお店で監禁 その後、パムッカレへ。(約185km約3時間)

 ヒエラポリス遺跡、石灰棚観光後、アフィヨンへバス移動。(225km3時間30分)

20:30 ホテル到着。 (アフィヨン宿泊)

5日目

07:30 ホテルを出発し、コンヤへ。(約223km約3時間30分)

 メブラーナ博物館観光  ※入場観光 インジェミナーレ神学校観光後、

 カッパドキアへバス移動。(約230km約3時間)

 途中☆陶器のお店で監禁。18:30 ホテル到着。 (カッパドキア宿泊)

6日目

05:30 バルーンツアー又は4WDサファリ カイマクル地下都市観光 

 ギョレメ野外博物館観光 ※入場観光

 ウチヒサール パシャパー デヴレント エセンテペ トルコ絨毯の店

 観光後、アンカラへ。(約280km約3時間30分)

19:30 ホテル到着。(アンカラ宿泊)

7日目

07:30 ホテルを出発し、イスタンブールへ。(約450km約6時間30分)

 トプカプ宮殿 ※入場観光 アヤソフィア ※外観のみ グランドバザール

20:00 ホテル到着。(イスタンブール宿泊)

8日目 08:00 ホテル出発。ボスポラス海峡クルーズ ブルーモスク※入場観光

 アヤソフィア ※ 外 観 の み !!!!!

14:00頃 イスタンブールより空路、カイロへ。(所要時間約2時間)

14:30  機内食が本日の 夕 食 ! :

 ここまでトルコ編

http://4travel.jp/traveler/masa00394/album/10764996/

---------------------

 ↓ここから エジプト

16:00 到着後、ホテルへ。途中、パピルスのお店で監禁

17:00 ホテル到着。(カイロ宿泊)

9日目

08:30 ホテル出発。

 クフ王のピラミッド ※入場観光

 スフィンクス カフラー王のピラミッド メンカフラー王のピラミッド

 金製品のお店 メンフィス遺跡 ※入場観光 サッカラの階段ピラミッド

 ダハシュールの屈折ピラミッド 赤のピラミッド

 観光後、カイロへ。(約80km約1時間30分)

21:00 ホテル到着。(カイロ宿泊)

10日目 08:00 ホテル出発。エジプト考古学博物館観光 ※入場観光 

 観光後、空港へ。

13:50 カイロより空路、アブダビへ。(所要時間約3時間10分)

19:00 アブダビ到着。

21:30 乗り継ぎ空路、エティハド航空にて帰国の途へ。

 (所要時間約10時間25分)※北京経由。(機中泊)

11日目

13:55 中部国際空港到着後、解散

――――

エリア: カイロ(エジプト)

同行者 一人旅 一人あたり費用 25万円 - 30万円 交通手段 観光バス

利用旅行会社 ツアー(添乗員同行あり) 旅行の満足度 4.0

 観光 4.0 ホテル 3.0 グルメ 3.5 ショッピング 2.5 交通 3.0 ≫

ーー

▼ これを見ているだけで多くの刺激的逸話が次々と想いだされる。

 字面からすれば何とことはないが、現実は早朝から目覚まし時計換わりに

聞えてくる奇妙な祈りの声。それに、レストランでは食器を投げるように差し

出すボーイ。西欧・キリスト教圏と、イスラム圏の常識は全く違っていた。

 深夜、カイロに到着した時、現地ガイドになりたての若い女性が、興奮した

口調で、『恐らく、イスラム圏に入るのは初めてと思いますが、今までの常識

の全てを横においてください。一度、ホテル外に出たら、釣り銭は、シツコク、

間違いを言わない限りマトモに戻ってきません。親切にされたらタカリの類です。

交通事故も、轢くより轢かれる方が悪いのです。サービスの観念は、ここには

ありません。有るモノが、ないモノに施すのは当然のことで、感謝も何もない

のがイスラムの考えです。怒るだけエネルギーの損失です。ここは異国です!』

追記: 異国体験といえば、日々、経験する城下町異界が面白くなってきた。

   異界を異界として認知すれば、良いだけ。何処も凝視すれば異界だが… 

  たった10日間で、これだけ重厚な世界を知ることが出来る! 知らないのも

 悪くないが、知ることも良い。異様が実は、異様でも何でもない。異様なのは

己の頭の内側。問題は、そのことを早々に気づくこと。 〜北アフリカ・中近東

の三点は、ここと、『イスラエル』と『ヨルダン、シリア、レバノン』にした。

―――

1996年2月

エジプト・トルコ感激の旅  

エジプト編ー 

 まさにタイム・スリップして数千年前の古代を旅している日々であった。

まず最初に訪ねたのが「カルナック神殿」であった。 “まさしく驚愕!”

直径が二mの石の大列柱が百数十本並ぶ神殿。

これが三千数百年に本当に!周辺の王侯貴族を驚かす為に造られたというが、

今まさに自分が、目を丸くして驚いているのだ。

歴史が私という小さな存在を見下ろしているのだ。

 日本ではまだ縄文の時代、これを造りあげた高度の技術があったのだ。

そして壁に刻みこまれたレリーフ、古代文字、現地のまだ若い日本人女性ガイドの

熱心な説明も手伝って古代文明の世界にタイムスリップした気分になってしまった。

そらに天を指すオペリスクとラムセス�鵺世などの王や神の像の数々。

今まで何度か海外旅行をしていながら、

何故ここにもっと早く来なかったのだろうか?と考えてしまったほどだ。

 

 次に行った「王家の谷」。ここは何代の王様の墓が、かくれるように数々

掘られている集団墓地だ。この中で英国の考古学者カーターの執念で

つきとめられたツタンカーメンの墓室にも入ってみた。

また、夕日の長い影を落としていたハトシェプスト女王の壮麗な葬祭殿と

そこにやはり刻まれていたレリーフの数々。

その帰りにたちよったネクロポリスの麗に立つメムノンの二体の巨像の神秘的な

光景も印象的であった。

その翌日行ったアブジンベルの大神殿、小神殿、のラムセス�鵺等の巨大な立像。

実際そこに立ってみて古代歴史の深さを実感する事ができた。

 またアスワンのナイル川で乗ったのんびりした“ファルーカ”という

小さな帆かけ舟の夕日の中での“ひととき”も、一瞬の中に永遠を

感じる事ができるようだった。

 旅の後半になってカイロに入ったが、

ナポレオンが言ったという“四千年が諸君を見下ろしている!”

というまさに異様なイスラム社会が大きなカルチャーショックになった。

丁度、ラマダン(一ケ月間の日の出から日の入りの断食の行)という事もあり、

異様さがさらに目立ち、我々日本人は西欧社会に感化されているのが、

逆に対比する事ができた。

早朝、街中とどろくアラーラの祈りのスピーカーの音も異様そのものだった。

我々の目からみると、接するエジプト人全員が金に特に汚い詐欺師そのもの、

“騙すより騙されるのが悪い!”“車は轢かれるほうが悪い!”とか、

それがイスラム教という。カイロ郊外にある二百五十万個の巨石を積みあげた

「クス王のピラミッド」も本当にすばらしいの一言。

考古博物館のツタンカーメンの黄金のマスクと財宝をみた瞬間、

ゾクゾク身ぶるいをしてしまった。

まだ今にも起きあがりそうな「ラムネス�」をはじめとする数々のミイラも

数千年をこえて不死への激しい希求を魂にかたりかけてくるようであった。

・・・・・・

   ーH0805 エジプト・トルコ感激の旅  −トルコ編 ー

 トルコといえばキノコ岩等の奇岩の群れカッパドキアが有名である。

トルコ中央に位置しているアンカラの南東に広がる高原地帯にある。

中世にイスラム教徒の圧迫により逃れ逃れたキリスト教がたどりつき、奇岩を

くり抜き洞窟教会や住居をつくりあげた聖地。まさにSF映画やアニメ漫画に

出てくるような現実ばなれした奇景そのもの。“本当にここは地球上?”と

息をのんでしまうほど。

 その近くにあった地下都市・カイマルクも異教徒からの目から逃れる為の

秘密地下都市群。あちこちに蟻の巣穴のように縦横に掘られており、地下の

マンションと形容できた。一万人以上が何世紀にわたり隠れ住んでいたという、

信仰の深淵さをみた思いであった。そして、その帰りのバスの中より夕景の

“大きな 丸い真赤の月光”も生まれて始めてみる生涯忘れられない光景であった。

 イスタンブールの地下宮殿と呼ばれている地下水道の貯水池“イエレバタン

・サライ”も非常に印象的なものであった。十二列×八mの列柱が336本

整然と並んでおり、その一本の柱の下に神話に出てくる女神、メンドーサの

石首が土台になっているのが神秘的。バック・グランド・ミュージック

ベートーヴェンの第九が厳かに流されていたが、その場の雰囲気にぴったり。

 トプカプ宮殿では、かのオスマントルコ帝国が、何世紀にわたって世界中

より集めた秘宝がところ狭しく展示してあった。リンゴ大の四十数カラットの

ダイヤモンドや純金の椅子には驚いた。宮殿もその絢爛たる宮廷生活をしのばせ、

四〇〇年間のスルタン(皇帝)の日々が目に浮かぶようだ。

 また、イスラム寺院ブルーモスクアヤソフィアも、その荘厳な内部も

圧倒された。私自身、気功をやっている為か、右手がいたくなるほど、しびれ

たのには驚いた。 これだけの深い歴史の国に四日間だけで、ほんの一部しか

触れる事はできなかったが、この国の“光”の一部はしっかり見たつもりである。 

 最後に行った巨大市場、スークも面白かった。五千の貴金属、みやげ物を

売っているが、ほとんど偽物の金銀の貴金属商品という。そういう目でみると

逆に面白いものばかりであった。殺人的なスケジュールの十日間の旅であったが、

中味の濃い感動・感動そして感激の日々であった。(1996年.1月30日〜2月8日)

・・・・・・

2016/04/28

ピラミッドという衝撃を体験しろ

             〜『人生の教科書』 なかにし礼

 図書館で、青少年向けだが、なかにし礼の『人生の教科書』が、面白そうな

ので借りた。まず目についたのが、この<ピラミッドという衝撃を体験しろ>。

それぞれの秘・異郷旅行で魅せられるのは、想像を絶した衝撃を体験するため。

 その度に、大自然の神秘、世界の広さと深さ、人間の神秘、「超」能力など、

旅行のたびに衝撃を受ける。それが、自分の広がり、深さに繋がる感覚が

次の旅行を誘う。その上、ツアーの同行者は旅行情報の宝庫でもある。

エジプトには世界の遺跡の7割があると言われるが、危険をおかしてまで

行く価値は十分にある。世界は驚異に満ちている。何故に、ここまで旅行

したかが端的の書かれている。 正に、以下の感動があるからだ。 

   * ピラミッドという衝撃を体験しろ

≪ 海外に旅へ出る。まずどこを目指せばいいのか?

 迷うことなしにエジプトピラミッドだ。時間が許すのならすぐにでも

行ったほうがいい。脳天をぶち破られるほどの衝撃を受けるはずだ。

 エジプトピラミッドほど人知を超えた代物はない。ピラミッドを見て何も

感じないということはあり得ない。ピラミッドを見たあとにローマへ行ったら、

絢燗な建築物も、しょせんは人間業でしかないと感じる。

ギリシャのパルテノンも、円形劇場もどれもこれもが、理解の範疇のものに

思えてしまう。でもピラミッドだけは、人間の想像もつかない神品なのだ。

 ごく普通の会議室のような部屋が、大きな数枚の石によって作られている。

天井も床も一つの巨大な石。壁には斜めに切れ目のある石が組み合わされている

のだが、この石の隙間がカミソリも入らないくらいピタリと合わさっている。

それだけで、世界の広さ、人間の神秘、人間の持つ「超」能力を肌で感じること

ができる。

 エジプトピラミッドについてあまり知らないのであれば、本を持っていけば

いい。勉強しながら目的地へ近づく。徐々に気持ちが盛り上がり、そして現地で

実物を目の当たりにして感激する。その興奮の醒めぬままにまた本を読んで確認

をする。ガイドブックではなく、歴史が記してある少し専門的なものを持って

いくといい。

 今、エジプトには簡単に行くことができる。もちろん治安状態など事前に

チェックしておくべきだけど、基本的にはツアーならばほぼ安全に行ける。

 ピラミッドを見て、ルクソールに行って、王家の谷に行く。その3箇所は絶対

見たほうがいい。ナポレオンエジプトを見て、「俺たちはいったい何をやって

いたんだろう」と深刻に考えたそうだ。その気持ちは実際にエジプトに行って

みるとよくわかる。≫

▼ 当時の衝撃を文章に書き残してあるが、何れの遺跡の前でも、ただ呆然と

 立ち竦みしかなかった。石の文明は、数千年の世界を、そのまま、保存する。

もう20年も経ったが、感動した行蔵は、魂に刻まれ、そのまま残っている。

・・・・・・

2016/04/29

若者よ、外に出よ! ー? トルコ編

            〜『人生の教科書』 なかにし礼

 トルコは日本人にとって何か懐かしいような馴染深い感じがする。

東西の境目の地勢的位置がトルコという国を特徴付けている。それと、

極東アジアの小国が、敵国・ロシアのバルチック艦隊を撃破したことも、

彼らにとって大きな衝撃として今でも残っている。

  * トルコで自分の中の神秘を知る

≪ トルコのイスタンブールという街は紀元前からずっと途絶えることなく

 現在も生き続けている街だ。そんな街はイスタンブール以外にない。

パリなんて街として始まったのは12世紀からだ。ニューヨーク、ロンドン、

東京、みんなまだ新しい街と言っていい。 紀元前から栄えていまだに続く

大きな街はイスタンブールだけなのだ。ボスポラス海峡を挟んで2キロ先に

アジアがあり、手前がヨーロッパという風景の素晴らしさ、東洋と西洋の文化

が交差し、融合し、新たなものを生み出してきた街。人類の歴史が濃縮された

街が今もなお残って生きている。そこに飛び込んでいくことは計り知れない

刺激を与えてくれるはずだ。コンヤという街がある、「スーフィー」という

イスラムの愛の神秘主義者たちの街だ。高い帽子をかぶり、白いスカート状の

服を身につけてクルクルと無限に回って踊る。セマー(旋回舞踏)という

踊りだ。これが素晴らしい。彼らは踊ることによって自分の中の奥底にある

愛に達する。その恍惚によって踊っている人は皆笑っている。すべての

雑念を捨て去った美しい舞踏は、スーフィーという愛の哲学者たちによる

人類の神秘の領域を垣間見せてくれる。イスタンブールとコンヤを旅したら、

もう「夢がない」なんて言っていられない。 ≫

▼ 「今までの旅行で、何処が一番よかった?」と、ツアー仲間から、度々、

 聞かれることがある。しかし、その都度、答えに窮し、「3分の2は優劣を

つけがたい」と答えるが、「それでは3つ挙げて」と、決まったような質問。

そこで、その都度、相手をみて変えるが、文化的カルチャーショック

大きいのは、「エジプト・トルコの旅」と、初回の「欧州30日間の旅」である。

イスラム圏のエゴ丸出しの文化も想像の域を遥かに超えたもの。至極当然だが、

世界は広く、深い。そして濃厚。 現在、欧州では「トルコに近づくな!」

が合言葉だそうだ。テロだが、今ではパリと、ベルギーが、次の要注意国。

こうして過去の文章を読んでみて、憑かれて行ったものと我ながら感心する。

行蔵として、残るから良い。「行きたいうち、行けるうち、元気なうち」だ。

若者だけでなく、壮年も同じ。 壮年のうちだったからこそ、行けたからだ。

老年は? 高めなら、いくらでもある。少々の勇気と、金と、元気があれば。

2018-10-14 旅行の話 〜パックツアーの構造 ―4

[] 05:56 旅行の話 〜パックツアーの構造 ―4 - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

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   * 人生も旅も、遊びですよ!

 要するにツアーは、旅ゲーム。地球を遊び場とした遊び。ただし少々危険な!

パックツアー』のHP内検索で、6年前の「文章」が出てきた。人生そのものを、

"観光" "旅" "旅行""ツアー"から類推すると、考えさせられるヒントが垣間見え

てくる。長い人生もまた、それぞれの要素が絡み合い、様々な問題が解けて見える

ような感覚になる。

 パックツアーなればこそ行ける旅先に、ゲーム感覚で、旅の「道中」の予期せぬ

トラブルを愉しみに替え、目的地の光と影に感動し、束の間の旅路を愉しむことが

人生の旅路と重ねる。

 「物語」は、ヒーロー、ヒロインが様々な難関を解決し、乗り越えていく過程

を味わう筋立て。義務教育からは、高校、大学は、実社会へのモラトリアム期間

(猶予期間)。子宮内で、生命の進化過程を経験するという。 

高校、大学時代は人生の旅立ち前に、サークル、バイトに、恋に、遊びに… 

広く交友を持って一生のデザインを考える予習の時節。リタイア後は、目先に

迫った死を前にして社会的束縛から一度、解放され第一の人生の復習と、第二、

第三の人生を歩き出す節目時。

 様ざまな人間の生き様、考え方も、ツアー最終段階と、帰路の飛行機内の思い

に耽る黙想に酷似している。人生は、旅を類推し、同定することからヒントを

得ることが出来る。 短かそうで長い人生にはトラブルが付きものだが、問題は

解決のための事前準備。困難は出たとこ勝負でも、その多くは、経験知として、

知識として事前に知ることが可能である。『それさえ知っていたら!』の無知の

涙を流すことになる。 その経験知が集約されたのがパックツアー

 まだまだプッツン前に、見たいところだらけ… 観光ツアーでも充分、魂に

歴史を刻印をしてくれる。秘・異郷ツアーは、日常の100倍の価値を感じとれる。

ライフワークとなると、話しても話しても、話尽きることはない。 

 52回×10日×100倍=52000÷365日=142年。

少なめで10倍の濃度で、14年分は長生きした充実感はある。

とすると+14歳=86歳? いや、実感はマイナスで、58歳。

実感は2倍、70年! とすると、日常の50倍の濃度。 

 …丁度、話半分ですか。

・・・・・・

4205, 異郷日記 ー日本人の人生は、ツアーに似ている

2012年09月30日(日)

               「異郷日記」西江雅之著

  * 現代の日本人の人生は、ツアーに似ている   

 数年前に、この人の書いた旅行記を何冊か読んだことがあった。

早大の教授で、世界の言語の研究のため、アフリカなど世界の僻地で直接、

原住民と触れ合う機会が多く、その体験談は非常に奥行が深い。この本は

4年前に出版されたものだが、既に早大を退職し、気ままに国内外を講演で

まわっているという。その著者の体験談の一言一言はツアーでしか、秘境に

行く機会のない者にとって、参考になることばかり。

 まず、「観光、旅、旅行、ツアー」の言葉の定義から…

≪"観光" "旅" "旅行""ツアー"などの類の語には、幾つかの側面で"異郷〃との

 重なり合いが見出される。目的地の異文化度が高ければ、当然、その重り合いは

 大きくなる。

◎‘観光’とは、現代の用法では、「わずかばかりの異郷感を、一時的に味わう

 ために金を支払う行為」と言えそうだ。一般的には、その行為は多かれ少なかれ、

地理上の身体移動が伴う。観光は、貨幣経済の中に身を置き、余暇という時間を

持つ社会に属す人々にのみ許された行為である。目的地で一時的な異郷感を味わ

させてくれる事物は、土地の人々から見て、必ずしも本物である必要はない。

それどころか、もし訪問地で見るものが全くの本物であったならば、訪れる人々

にとっては受け入れ難い事物の方が多くなり、観光は成り立たなくなるだろう。

それは、観光地で売られている土産品や観光ショーを思い浮かべれば明らかだ。 

 観光には"…らしさ"が重要なのである。観光に参加する側と、それを主催する

側とを含めた、全体としての観光というものを話題の対象とすれば、そこには、

企画、経営などという側面が大きな役割を果たすことは言うまでもない。

しかし、その場合でも‘・・・らしさ’は見過ごせない要素となる。

◎‘旅’は何より「道中」が主役。古典文学を見ても、旅の話を支えているのは、

 目的地に至るまで の道中で出くわすことになる数々の予期せぬ出来事だ。

道中で何が起こるか分からない。それを乗り越えて到着した目的地で、

一段落となる。道中にいる間、旅人は異郷の人である。人生は常に旅路にあると

自覚する者は、本物の異郷の人である。

◎‘旅行’の場合は目的地までの行程は保証されている。旅行者は目的地までは

 交通手段を利用して安全に運ばれる。目的地に到着してから、旅行者は思い

思いの活動を各自の興味に応じて開始する。結果として手に入れたいと望むのは、

個人的な楽しみであり、良き思い出である。

◎‘ツアー’では、出発点と目的地との往復が予め保証されている。それのみか、

 道中、宿泊地、目的地での行動内容の一つひとつが、あらかじめ他人によって

計画に組み込まれていて、それなりの効果を狙った演出も準備されている。

参加客は、それらの催し物を次々にこなしてゆくことで移動を終える。多くの場合、

自分の気に入った場所でも時間的な制約を受ける。物足りなさも残される。

しかし、全行程が保証されていて、何を見て、何をすべきかを考えなくても安心

できるという利点もある。昔、「人生は旅である」と言った。しかし、現代の

日本人の人生は、ツアーに似ているとも思えてくる。≫

▼ あと三回で世界旅行(主にツアー)50回に達成する。一応、来年中と

 考えていたが、年金生活者、家内の鞄持ちとして年一度が限界か、それも無理? 

しかし30年近くかけて小刻みに安いパックを探して行っていたので充分満足

しており悔いはない。 著者の「現代の日本人の人生は、ツアーに似ている」

は、言いえて妙である。 ツアーより、むしろ観光に思える。 そこでは"…

らしさ"が重要と,信じられているからだ。それらは受け止め方の違い。

やはり実感は旅である。

 

・・・・・・

4594, そして、人生はつづく ー5

2013年10月14日(月)

 * 生き直すために ー2        

         ー朝日新聞の「耕論」『生き直すために』小田嶋隆

  ー 前回の『生き直すために』の続きから        

《・・生き直すといっても「やめる」こと以外に何もしていない。

 サッカー観戦、自転車、イグアナも、時間を潰すため。酒をやめることで

仕事は上手くいくようになったが、それは結果であって、目標ではない。 

AAで、最初に「私は、自分では何もできない人間であることを認めます」

と言わされる。これは一理あった。自分で人生を立て直せる」と思い込んで

いると、依存症から逃れられない。

 ・・「自分で自分を律する」というのは大きな勘違いで、その意識がある

限り、人生のやり直しはできない。就職のやり直しにしても、結局は運です。

「夢に向かって努力する」では、こだわりでがんじがらめになるだけ。

自分がどの仕事に向いているかは、実際にやってみないと分からない。

人生を途中からやり直そうとするなら、何かを捨てること。捨てた結果、

その空白に強制的に何かが入ってくる。その何かが良いか悪いかは別ですが。

会社を辞めたことも、酒と一緒にそれまでの生活を捨てたことで多くを失い

ましたが、その代わりに膨大な時間を手に入れたものも明らかにある。

あそこでやめてなかったら、今のような人生を歩んでなかった。

どちらが良い人生かわかりませんが。 30歳を過ぎた人間が、自己を改革

するなんて不可能。ただ、何かをやめることはできる。人生をやり直すには、

何かを「目指す」のではなく、「やめる」ことからです。》

▼ 私が嵌ってしまった異境・秘境のツアー参加者に、多く見かけられるのが、

ガンなどで余命が見えて、その克服や人生を改めて見つめ直すために来ている

人が多い。晩年になれば、今さら生き直すことは出来ないが、考えるために、

極限の秘境ツアーは悪くない。被災地視察という名の「ダークツアー」に

似ている。「やめ時」を悟ったら、あとは「前向きに目をつぶって倒れこむ」

しかない。そうすれば、自動的に現象は生き直しになってしまう。

これも一期一会。捨て身でやれば「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり」になる。

といって、覚悟が必要で、そのための周到な準備が必要。

最期は、「そして、人生は終わり」!「プツン!」。

・・・・・・

5691,自分のための人生 〜?

2016年10月14日(金)

           『自分のための人生』(ウエイン・W・ダイアー)

   * 「幸福は才能なり」

 『幸福』について、この数年来かけて考えてきた。

以前なら、幼稚な話題として避けていた。当然、会話で話題にすること自体が、

憚れた。それが、老い先短くなればこそ興味が湧いてきた。「私の人生、幸せ

だったのか。」と、冷静に人生を振返るテーマになる。 私自身、幸福系と

思いこんでいる。家内は、私より遥かに幸福系である。両親の愛情を一身に

受け育ったことがある。不幸の事態に多々あってもも、何かの力で、一瞬、

助けられてきた。判断と決断にあたって、純粋な視線と、集中力を持ちえた

ためだろう。傍からみれば、「不幸な大変な人」だろうが、そうでもない。

                    〜p/29〜       

≪・学業が優秀な人、ある種の学問分野にひいでた人が「知的」であると

 思われているが、しかし精神病院には優秀な成績証明書を持っている人も、

持っていない人と同じようにあふれるほどいる。 ・・・(中略)

いわゆる知能を測定するためのよりいっそう確かなバロメーターは、一日一日

を、更に一日のうちの一瞬一瞬を、効果的に幸せに送っているかということ。

その瞬間を費やす価値のあることのため一瞬一瞬を生きているなら、そういう

人こそ知的だといえる。たとえある特殊な問題を解決する能力はなくとも、

幸福な生き方を「選ぶ」ことはできる。最低限、不幸を選ばないということを

わきまえている人は知的である。 ・・・(中略)

・問題を解決する能力によって知能を測定するのではなく、むしろ、問題

そのものは解決しようがしまいが、自分自身は幸せで価値ある人間で要られる

才能を持っているこかどうかで、知能は測定できる。 ・・・(中略)

・金銭、老齢化、病気、死、天災、事故などはすべて、どんな人間にとっても

問題になる事柄であるが、そのようなことが起こったとき、うまく切り抜け失意

や不幸にとらわれない人もいれば、衰弱し、不活発になり、神経衰弱に陥って

しまう人もいる。人間である以上、問題の一つや二つあって当たり前と受け止め、

問題の有無を幸福の基準としない人こそ、我々が知る限り最も知的な人々である。

そしてまた、最もまれな人々でもある。

・「NHK 白熱教室 /考福学(ディーナー博士)」によると、

「幸せは、人を介したネットワークによって伝播していく」

「人とのつながりが、生涯の幸福度を決める」とのこと。幸福な人のもとには、

 幸福な人が集まり、さらに伝播していく性質を持っている。≫

▼「幸福は才能なり」とは、いいえて妙。幸福の人には、不幸の人を近寄せ

ないバリアがある。才能とは、持って生まれた性分と、長年かけてつくられた

能力がある。幸福論によると、<幸せの状況は、マイナス1に対し、プラス

3〜6以上割合で、それらの要素を身につけているかにある>という。

仏教系は、苦を滅することを教え、西欧系は、楽しみを増やすことを勧める。

楽しみは、求めれば幾らでも得ることが出来る。その為には才能が必要になる。

 どちらを選ぶかは、その人の特性で選べばよい。どっちつかずが一番悪い。

5年前の節目時に、少しキツメな一日、一週間の日程を自分に課した。そうでも

しないと、自滅する危険があった。その日程で、充実した日々を過ごしている。

・・・・・・

4961,閑話小題 ー齢は68になって

2014年10月14日(火)

   * 齢は68になって

 何度も何度も書いているが、ふと気づくと、あと三ヶ月で古希である。

まさか自分がである。周りを見渡すと、誰も彼もが年下に見えてくる。

4人に3人以上が年下なら、こんなものだろう。中、高、大学の男たちの

4人に1人の割りで亡くなっている。私も父が亡くなった歳まで、あと二年。

私が20代半ばで、父親が老衰していくのが悲しかったことを憶えている。

あと、せいぜい7〜8年だろうが、やはり身体の衰えは隠せない反面、

世界への関心は、ますます強くなっている。 このところ歩いていて、

20分もすると、腰が痛くて据わりたくなる始末。 何事も面倒になるし、

頭の切替えが以前ほどきかない。人生の多くを、し尽した感があるので、

さほど、老いに対してマイナスの気持ちは少ない。その時々に、やるべき

ことをしてきた実感があるからだ。人生のトータルとして、面白かったし、

楽しかった。嫌のこと一つに、良いこと三つの割合である。そう割り切ると、

老いもまた乗り越えていける。まあ、何事にも興味を持って、感動と感激と

感謝の出来る心の新鮮さを失わないように

したいもの。

   * インコのピーコ

 我家のペットは、30数年来、インコである。私はペット好きだが、

家内が生きものが大嫌い。そこで、何とか小型の小桜インコに妥協し

飼ってきた。 大体が2〜3年で亡くなったり死んだりした6代目の後、

5年前に中型のコガネ・メキシコインコに切替たが、風邪と下痢で一年

余りで死んでしまった。これが、鳥というより犬に近い感覚で、人に懐いて、

その利口さに驚かされた。小桜インコとは格段上に、人の気持ちを読み取り、

言葉を理解でき、クシャミや、鼻水を出し、頭を撫ぜてもらうのが大好き。

しかし、熱暑の最中に、下痢をおこし衰弱をして亡くなってしまった。

そして、現在の、オオム科最小の大きさの「マメ・ルリハインコ」。

コガネインコに比べ、反応は低いが人恋しいため、ベランダのサッシ越しに

常に呼びかけてくる。席を立とうとすると、鳴いて振り返させ、枝を回転

して、「行くな」と自己表現をする。多いときは、50数回も回転する。

必死の呼びかけの「美味しそうな?鳴き声」に、近くのカラスや、スズメ、

渡り鳥などの野鳥が反応し、庭や、ベランダに集まって来ている。

夕暮れ頃に、野鳥が一匹、挨拶に来ているが、そろそろ渡りの時期である。

・・・・・・

6058,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実 −3

2017年10月14日(土)

            ―「不平等社会日本」佐藤俊樹著―

   * 金持ちサラリーマンと、貧乏サラリーマン

・あるサラリーマンの知人の数人から、次のような話を聞いて驚いたことがある。

サラリーマン社会には役職以外にも格差がある。長男で持ち家などの資産と、

学歴の優劣と、連れあいの優劣と相性。共働きか否か。 これが長年かかって

甚大の格差を作り上げていく。学歴も両親の学力などの資質が大きく左右する。

代々の上司は、これらが揃っていた。情けないが、これは遺憾ともしがたい!>。

 知人に、長男で、土地持ちで、連れあいも正社員で、定年まで共働きで無事に

リタイアをして年金暮らしの人がいる。親会社の役員の何割かよりも収入も預金

が遥かに多い。人生、それだけではないとしても、愚痴の一つも言いたくなる

のも理解できる。 更に家系からくる文化度合も人生を大きく左右している。

・数年前になるが、中学の同期の男と卒業以来、初めて同席をした時、「エッ」

と、思ってしまう話を聞いた。 要約すると… 

『家に余裕がなく、中卒後、地元の大手メーカーに「金の卵」として集団就職。

その殆どの同期が夜間高校に通い、卒業と同時に公務員試験を受けるのが慣わし。

人気の一つが手当が多い消防士。何とか無事勤め上げ年金暮らし。火事場とか、

救急搬送が主なる仕事で、様ざまな家庭の人生模様を多く垣間見ることが出来た。

本当に恵まれていた!』と。「成るほど!」と地に足のついた人生に感じ入った。

  〜Amazonの読者レビューより〜

《…1955年から定期的に行われてきたSSM調査(社会階層と社会移動全国調査)を

 主な資料として本書が明かすのは、「実力でのし上がってきたが故に実力主義

社会を理想としているエリート層こそ、実は親から受け継いだ目には見えない

「財産」によって、しごく当たり前の階層に落ち着いていた」という悲喜劇だ。

そして、高度経済成長期に努力してのし上がっていたと思われがちな団塊世代の

時点において、すでに階層を決定する選抜システムは飽和し、閉鎖性が高まり

だしたと論じている。こうした階層化と階層の閉鎖性を是正させるために著者が

必要性を説くのが、選抜機会の多元化(学歴以外の選抜方法を増やす)と、世代

間での不平等感の緩和である。その例として「カリスマ美容師」を使って著者が

説明している箇所は、今となっては少し時代遅れだがユニークな発想で、詳しく

は本書を手に取ってみてもらいたい。

 そんな中、著者が論ずるのは「機会の平等」をいかに創出するかである。

しかし、議論していくうちに著者は「機会の平等」が、構造的に「後から」に

なってからしかわからない、という事実に気づく。 なぜなら、原因となる

「今の階層分布」と、結果として生まれる「未来の階層分布」の比較衡量が必要

なわけで、哲学的な命題のようだが、今は永遠に「未来」にはならないのだ。

そこで踏みとどまり「わからない」と言い切ったところに、著者の知性を感じる。》

▼ 「三つ子の魂」ではないが、そこで人生のベースが形成されているようだ。

 「この人には適わない人」と何人かクロスしてきたが、当時は何だろうとまで

考えるに至らなかった。「年間数百万かかる慶応幼稚舎からの一貫教育してきた

人と、公立のコースを歩んできた人とは格差が出るのは当然。鼻持ちならないと

しても… ベースの差だけはいかんともし難い現実。 この中で、

ホワイトカラー上層部分(大企業や官庁の管理職)が団塊世代以降、受験と学歴

を通して閉鎖されるようになった。また「腕に覚えのある」ブルーカラー層の

開業率の低下により学校を経由しない補助的選択ルートが無くなったことも、

大きな変化と指摘している。学校選択ルートの」」・成功者たちは、平等という

競争という外観のために、階級意識なしに階級を構成するようになった。しかも、

これらの成功者たちは選択ゲームの敗者の意欲を削がないために偏差値批判や

学歴批判を行って成功について自己否定をして、同時にエリートの責任解除を

自ら行い続けている。… ⦆

 この結果、ぎらつくエリート意識も権力欲もない社会的上層部分がつくられ、

「一億総中流」の終わりと、経済的弾力性が失われることになる。その結果が、

現在の日本経済と失落原因になっている。3人の義兄が、その典型だったが… 

残る兄と、義兄と、私を含めた三人は、時代の変化についていけず、この結果。

 何れの人生も、<恐ろしい身近な現実>の様相を示すが、それも雷光の一瞬!

【上を見ればきりがない、下を見れば底がない、横を見れば情けない】ですか。

・・・・・・

5326,「ウェブ2・0」はどこへ消えた? ー?

2015年10月14日(水)

        ーウェブ2・0」はどこへ消えた?ー古市憲寿

                 『新潮45』〜悪夢の21世紀 より

   * 自撮り写真とブログ

 ブログを自撮り写真と同定するところが面白いが、少し無理がある。

その時どきのベストの媒体のメディアと、当人のエネルギーとが相俟った

能力が時代を動かしていく。それが身近な大学ノートや、手帳だったり、

デジカメやビデオ、今ではパソコンスマートフォン、ブログやチャット

だったり変化していく。個々の受発信のベースになるブログやチャットは、

写真や録画が大きな位置を占める。それを自録りを可能にするセルカ棒が、

アジア中心に流行しているという。自撮り発信文化が、世界を変えようと

している。ただし、決して明るい未来が待ってはいないと・・

≪ 民主主義社会とは、「みんなの声を尊重する社会である。

 欧州で貴族が政治を支配していた頃、普通選挙を入する際には、

「豚のような民衆に参政権を与えて良いのか」といった批判がき起こった。

その後、日本を含めた近代国家は普通選挙を導入し、誰もが国のトップをも

目指せる民主主義社会が実現された。しかしココでも衆愚問題は消えていない。

事実、自分の想定とは違う選挙結果になった時、インテリたちは「ポピュリズム

という言葉を使って大衆を馬鹿にする。梅田の言葉を使えぱ、「残念」なのは

ネット空間ではなくて、この社会そのものなのである。確かにそれを技術の力

で変えられるような未来が来るのかも知れない。だがそれはネット空間をどう

こうするという話ではなく、社会を変えるという遠大な作業に他ならない。

新しい技術が社会を変えたと言われることがある。しかし、多くの場合、

それは論者にとって都合の良い出来事が起こった時に、その説明材料として

メディアが持ち出されただけ、という場合が多い。記憶に新しいところだと、

ツイッターなどソーシャルメディアの力で、アラブの春など民主主義革命が

起こったということになっている。確かに新しい技術が、社会変革に一定の

役割を果たしたことは事実だろう。 しかしそれが「ツイッター」である必然性

はない。たとえば1989年に起こった東欧革命の時は、衛星放送が大きな役割を

果たしたという分析がされた。国境を越えて伝えられる映像の力で民衆による

革命が起こったというのだ。要は、悪政や民衆の不満など様々な革命が起こる

条件が重なった時に、たまたま存在した新技術が「ツイッター」だったという

だけである。また、アラブの春においてより重要な影響力を持ったのは

アルジャジーラだったという分析も多い。 

 佐藤俊樹が『社会は情報化の夢を見る』で述べるように、技術の中身に

関わりなく、新奇なメディアコミュニケーションを活発にする。しかし、

利用者が増加し、そのメディアの新奇性が消えていけば、人はまた新しい

メディアを探す。その繰り返しである。

 セルカ棒が社会を変えると言っても誰も信じないだろう。しかし、

インターネット」や「ソーシャルメディア」が社会を変えると言うと、

人は信じてしまうそれは「インターネット」や「ソーシャルメディア」の

ほうが、より未知で、より新しいものに見えるからだろう。だが、それは

人々が実は「インターネット」の内実を何も理解していないことと同義。

「未知」で「新しい」ものに期待できるのは、それをよく「知らない」から。

 本当は、セルカ棒にだって人々のコミュニケーションスタイルを大きく変える

可能性はある。自撮り文化が世界中に浸透、日本人のシャイな性格も変わるかも

知れない。人々は差恥心を捨て、とにかく自分たちの世界を写真に残そうとする。

セルカ棒は、僕たちの性格をも変えてしまう魔法の棒なのだ。

 馬鹿げた妄想だろうか。しかしそれを言うなら、「インターネット」が新しい

社会を作るという楽観論も同じくらい馬鹿げているのである。一番に残念なのは、

「セルカ棒」でも「インターネット」でもなく、新しい技術にただ夢を託して、

のんきな未来語りに一喜一憂してしまう「みんな」自身である。≫

▼ 情報機器が、さほど、世の中を変えないというが、どうだろう。

 私は、そののんきな「みんな」自身の一人で、やはり、技術は、人類の

未来に明るい光を与えると信じている。知りたい情報が、直ぐに、手っ取り

早く入手できる幸せを、一般人が可能になるのは、やはり良いことである。

一言でいえば、「情報のファーストフード化の何が悪い?」ということ。

食事でもフランス料理中華料理と、それぞれの使い分けをすればよい。

2018-10-06 読書日記 神さまって、そもそも何?

[] 05:18 読書日記 神さまって、そもそも何? - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

f:id:horii888888:20181006051751j:image

          『砂漠と鼠とあんかけ蕎麦』山折哲雄:五味太郎・対談

   * 神様はなぜ必要か

< 五味: 神様はなぜ必要なんでしょうか?

 山折: 対話者が必要なんだな。人間同士ではちょっとレベルを超えた対話者。 

    そういう上位のパートナーを人間は本質的に必要としている。

 山折: 母親と子供、父親と子供の関係で一番大事なのは、やはり聞くこと。

    それで解放されていく。仏教は、最終の重大問題にしたのではないかと。

 五味: 「人というのは罪を犯すものだ」という形で、それをどう救済して

    いくかという感覚で立ち向かうビジョンと、初めから殺すな、盗むな、

    何するなって止めていくタイプと、あります。

 山折: そう、殺すな、嘘いうな、盗むなという黄金律を守る流れと、

    聞いて聞いて聞くことに徹する流れと、二つあります。

 山折: 五味さんの胸をすくうような次の一言、

    「神さまは無神論者だと思いますよ」 これは本当に驚きました。…

    無神論者の神であるなら、宇宙の秘密を読み解くなど朝飯前のこと、

    ビッグバンに火を点けた張本人もまた無神論の神だったかもしれない。

 ―

▼ アラブ人用に、AC/610年にモハメッドがイスラム教を立ち上げた。

 その源流は旧約聖書があり、モーセの律法を行動規律とする。ユダヤ人

神が選んだ民として考え、終末論とメシアの到来を信じる宗教。奴隷として、

エジプトに従属していたユダヤの民が脱出してイスラエルの地に帰国した、

その時からアラブの民と摩擦が生じ現在まで至っている。キリスト教は、

その亜流で、新約聖書の教えがある。仏教はインドの風土が生んだ宗教。

人間は、何はともあれ孤独の存在。最期は死に直面し、絶望の中で死ぬ存在

である。死だけではない、何かを決断する時、孤独の際に立つしかない。

内なる世界で自己対話で決断するが、その時に、内なる対話の相手に、

過去の人たちの苦悩と、解決策の集約した答えを神が導いてくれるか、

どうかでは雲泥の差がある。神の代わりが、愛してくれた両親でもよいが、

熟練してる、神様が相手なら、最善に導いてくれるはず。神の魂と同化し、

その知恵なら間違いは最小で済む。

 

 ―

 山折: 砂漠の民は、考え抜いて手段を発見しないと死滅してしまう。

    風土に圧倒されてしまう。我々は何も考えなくとも、豊かに生活

    しているわけです。森と川、森の幸と、川の幸、これだけ恵まれて

    いるのは世界でも日本だけ。ものを考える必要が無い。

 五味: 翻って、生き抜くための精神力みたいな意味での宗教と、ぼんやり

    している時に出てくる宗教とは、似て非なるものですか。

 山折: 一神教というのは「信じる宗教」、天上の彼方に永遠の絶対神が

    存在するかしないか、それを信じるか信じないかが決定的な問題。

    だけど、我々の豊かな自然界が存在する世界では、そこに身をひたし、

    自然に共感していけば、充分に救われる。僕は、「感ズル宗教」と

    言っている。

 五味: そんなことを言っていたら、砂漠では死んでしまう。

 山折: ものを考える必要がない。だから感じていればいいわけ。

    

 ―

▼ 4万年前の人類が、洞窟の奥に書き残した絵画に、呪術師が描いたと

 思われるのが発見されている。自然の中では、人間が如何にもならない

ことを肌身で知っていたため。その流れが、一神教につながっている。

一神教の「生きる」は、過酷な世界の中で、如何にして「生延びる」かに

ある。グローバル化、情報化の激変の世界で「生きる」ことは、そのまま、

「生延びるか」に… その世界は一強多弱に瞬時に帰結する。ということは、

情報化、グローバル化は、大多数の者にとって、生きづらい世界に追いやら

れることになる。核兵器を持ち、使うぞ、脅して、見返りを求めていれば、

豚でも生き残れるのである。

・・・・・・

3846,‘よい写真を撮る’コツは ?

2011年10月06日(木)

 海外旅行など、つまらない写真を見せつけられて困った経験は誰もある。

それは撮るほうも撮られるほうも構えるからである。私もスナップ写真を中心

に多くの写真を撮り続けてきたが、少しは真っ当な写真が撮れるようになった

のが、デジカメで写し始めてからである。 デジカメはコストを考えないで

済むので、気分に沿ってドンドン撮り、後で気に入ったものを選べばよい。

 観光地などの写真は、幾らでもネットや絵葉書で入手が可能。そこには、

自分が撮ったという現場感覚が入ってなくては面白くない。写すというより、

その場の雰囲気に従って対象から逆に「自分の一番良いところを撮ってくれ」

と、指示された目線で撮るとよい。その為には対象の景色に、まず感動し、

その感動をカメラに収める気持ちが必要である。また小さな花をアップにし、

その背景として撮りたい景色を背景にすれば、大小のコンストラストが現場

の空気を際立たせてくれる。 人物を撮るときに、「撮りますよ」と自分から

構えては良い写真は撮れない。後姿やリラックスの自然体の姿を撮るのが原則。 

その為に、その人の表情が出てくるタイミングを待たなければならない。

だからハイ(雰囲気に酔った)の状態で、その場を撮ると比較的良いのが撮れる。

それは、その場に自分が溶け込んでいるためである。篠山紀信荒木経惟

女性などの撮影現場をTVでみたが、徹底的に相手をリラックスさせ、

その個性が湧き出るまで待っている。 その為には、まず撮影していること

自体を忘れさせてしまう。動物も人間も見られると緊張する生き物。 

電信柱にとまっているカラスをジッと見つめると、緊張の反応を示す。

人間も同じでカメラなど構えれば、緊張するなという方が無理。そこで、

撮影を忘れさせ、何気なくカメラを向けると良い。今まで、デジカメ

少しは使いこなせたが、一眼レフを使いこなせたことはない。どうしても、

構えて良い写真を撮ろうと、構図の選択に構えが出てしまうからである。 

対象の真善美を、リラックスした自然状態で、純心に同化することが理想。

その為には、やはり場数と、基本的原則を知っていなければならない。

何ごとも同じ。スナップ写真こそ難しい。 文章も同じことになる。

・・・・・・

3847, 創造的破壊

2011年10月07日(金)

「創造と破壊」について考えてみる。何か新しいものが創造される時に、

古いものの破壊が、そこにある。新しく創造されたものも、時間と共に古くなり

破壊される運命にある。破壊をマイナスだけで捉えるのではなく、創造のベース

として捉えることが創造的破壊である。 人生での挫折は、新しい自己へ生まれ

かわるための破壊になる。但し、それを糧に生まれ変わった場合だが。 

社会的な立場だけでなく、内面も重ねての人生の再生である。破滅の際だから

こそ変われる。順調に来た人ほど後半になっての挫折は、心に大きい重石となる。

しかし挫折は人生の節目をつくる機会でもある。竹の節は、これがあるから

大風の時に折れない機能として全体のシナヤカさのバネになる。

予定挫折のいう言葉もあるとおり、人生で無くてはならない節目は必要のこと。 

半年前の挫折?で、比較的平然でいられるのは、人生の前半に、多くの節目が

あったためである。 節目時は耐えるしかない。 しかし挫折経験こそ人生を

充実させてくれる。 どちらにしても人生に挫折の2や3つはつきもの。  

創造というと、まず「創造的破壊」が浮かんでくる。 ネットで調べると、

【 創造的破壊とは、オーストリアの経済学者シュンペーターによって

 唱えられた考え方で、非効率な古いものは効率的な新しいものによって駆逐

されていくことで経済発展するという考え方であり、その新陳代謝のプロセスを

そう呼んだ。不況は創造的破壊に必要であり、政府による介入はこれを妨げる

ものとして否定した。 現在ではこれを読み替えて、 企業活動の中で古いもの

を打破し全く新しいものを生み出す行動、という意味合いで使われることが多い。

 ドラッカーは、これに近い意味として体系的廃棄という言葉で述べているが、

組織でも何でも発展にはイノベーションが不可欠。「脱皮できない蛇 は死ぬ」

も、脱皮しおえた蛇はまたその外皮が支えられる体型までは急速に成長するが、

そこまでいくと、退化が始ってくるという意味。 創造と破壊は、対をなして

いるといってよい。・・・ 】

▼ デジタル化、ネット化は、この創造的破壊を加速する。

 情報化とグローバル化は、NO1以外のものを即座に駆逐するため、

創造利益を得るのが一部に限られる。しかし効率性からみて、最良のものが

生き残るシステムも決して否定できない。現在の世界の政治、経済の大混乱も、

ネット世界が現実世界とは別に出来、上位にたってしまった結果生じている

創造的破壊。この中で生き抜くことは至難の技。 全ての技がデジタル化し、

合理化を促すからだ。「面白こわい時代」である。 今回の私の挫折を

創造的破壊とすると、如何いうことか?考えるほど、人生の際(きわ)

が見えてくる!次の段階に踏み込め!ということ?     

・・・・・・

4211, 異郷日記 ーアフリカの不思議の力

2012年10月06日(土)

  * ライオンの魂       「異郷日記」西江雅之著

 アフリカアメリカ、中国、東南アジアに住んでいた頃の逸話は、生々しく

惹きつけられるものばかり。アフリカでは、今でも魔術が信じられている

ところが多いというが、芯から信じれば、それは現実。ー以下も、その一つー

≪ 不思議な力を持つものには、以前に出会ったことがある。東アフリカ

 生活をしていた頃のこと。村人の話によると、雄のライオンのなかには、

死ぬ瞬間に自分の魂を勢いよく口から吐き出すものがいるという。普通の

姿勢を保っている状態では、ライオンの口は下を向いている。死ぬ瞬間に

吐き出される魂は、地中深く埋まってしまい、人の目に触れるしとはない。

ある猟師はライオンに出くわしてしまって正面から撃った。その瞬間に

ライオンも自らの魂を吐出した。その魂が飛ぶスピードは弾丸並みであった。

そこで、猟師とライオンは相討ちとなり両方とも死んでしまった。

まことしやかに話すというのではない。本気で語っているのである。

東アフリカの多くの地域では、ライオンの魂は貴重品である。

それを家に置いておいたり、携帯していたりすれば、戦争に行っても

弾には当たらない、旅に出ても強盗に襲われない、病魔も近づかない・・

などなど、如何なる災害からも身を護ってくれると信じられている。

ある時、わたしはそのライオンの魂なるものを村人から手に入れた。

直径三インチほどの毛玉のようなものである。わたしの目には、それは

どうやらライオンが食べた動物のうぶ毛が腸のなかで結石のようになった

もののように見えた。とにかくそれを持って町に帰り、嬉しくなって

近所の人にそのことを話したら、なんということか、その後の何日か、

わたしの部屋は狙われ続けて、すベての害から身を護れるはずのものを

手に入れた途端に、それまでは一度もなかった害の恐しさを経験する

ことになったのだ。ライオンの魂は、それほど素晴らしく、安全を求める

人心を惑わすほどどのものなのだと、わたしは納得した。 ≫

▼ 「所有すると、その家に不幸があると言われる高村光雲の像を一時期、

 購入して所有したことがあったが、何故か不幸が続いて気持ちが悪くなり、

売ったことがある・・云々」という逸話を父から聞いた話が妙に記憶に

残っている。私の高校の知人が写真家をしているが、仏像の写真集で写真を

撮っているときに不思議なことの連続だったという話も聞いた。

それと、このライオンの魂の話は少し違うが、こういう話を聞いて信じるか、

信じないかだけである。現在、「神は妄想である」という遺伝学者の本を

読んでいるが、これが面白い! 裸の王様の一神教の信者の愚かさ、

信じる者は救われるか! 逆か?

・・・・・・

6050,「老人の壁」 〜読書日記 −2

2017年10月06日(金)

            「老人の壁 :養老孟司 , 南 伸坊 (著) 」

   * 生まれ変わる快感!

 人生とは、「生まれ変わる快感」が突き動かしている、という切口で

 振り返えみると、納得する。

・21歳の7月の30日の欧州旅行で、それまでの固定観念の壁が崩れてしまった。

  「世界は広く、深い」という実感。あの時に、生まれ変わっていた。

・翌年、武澤ゼミで、現象の中にある真理を科学的に解明する訓練を一年間させ

 られた。 いま流行りのオープンハウスに近い25人の寮生活。他者の私生活と

 内面そのままが現われ出る中での、互いの葛藤の経験も生まれ代わりの一つ。

・それから51回の秘異郷を中心とした旅行も、その都度、「生まれ変わって

 帰ってきた」。ロッキー山脈を遠望して、「何、これ! ここは地球?

 これを見ないで死ぬと死なないとは天と地の差。それにしても!」と…  

 40、50歳代に、このような感動を数多く出来たのは、「生まれ変わる快感」

 の味を知ったため。このブログの記述と公開も、日々、生まれ変わるため。

  〜その辺りから抜粋〜

≪(南)真面目な人は、お手本通りにやろうとする、そうするとうまくいかない

  ことがストレスになったりする。いわゆる評価じゃないものが見えてくれば、

  やっている途中も、やっていること自体が楽しい。そういう、自分が楽しむ

  方向を見つけられればいいですね。

(養老)自分が知らなかったところに行き着けば、自分が変わり、世界が突然、

  変わってしまう。「それまでのわたしは、そのことを知らなかった」という

  発見です。世界は広くて、そんなことはたくさんある。それを覚えると、

  年を取らない。だってそうでしょ? しょっちゅう生れ変わってんだもの。

(南)世間で言われる正解というものがあると思うから、つい後ろの解答ページ

  をみてしまう。それをやると、もう楽しくなくなる。僕は「わかった嬉しい」

  と思っていたけど、今までと違う人になることが嬉しいんですね。

(養老)虫なんかしょっつう見ていると「ええ?こんなふうになっているよ!」

  と仰天する。病みつきになって、やめられない。1人でいて、ほっておかれ

  ても何も気にならない。 …

(養老)本当は、勉強や学問ってそういうもので、自分が知らなかったことに、

  気づくという、それだけでなんです。そういう楽しみを持たない人が増えた

  としたら気の毒ですよね。今の親や教師に真面目な人が多いから、その快感

  を教えられる人が少ないんじゃないですか。

(南)それまでちゃんとした答えだけでやってきた人が先生になってしまうと、

  それは教えられないですね。正しい答えじゃなくて、わかった!ってときの

  快感ですもんね。

(養老)案外、古典なんかにちゃんとあって、ゲーテも「死んで生まれ変われ」

  などと書いています。前の自分がいなくなって、新しい自分になるという

  ことです。確かに近代生活の中できちんと生きていたら、そういう楽しみは

  妨害される可能性がかなりたかまる。学んだり発見する喜びは内面にあって

  他者の評価によらないし、それが人を若々しくしたり幸福にするというのは、

  当り前のことなんでしょうけど。 ≫

▼ 書き続けていると、そして、同月同時の過去文を読返していると、当時の

 己と、現在、読返し、時間をおいた自己対話が「自分」ということに気付く

ことになる。そこに年々、生まれ変わっている「自分」が見て取れる。知らない

人からみたら、今でも内面は激しく変わっているのだから、「大変な人」だが、

それが至極当然のこと。穴倉も、岩場の外の、内海も、外海も、大して変わりは

しないとはいえ… 少々、危険でも、外海も出ればこそ、何らしか、想像を

絶した世界が広がっている。 

・・・・・・

5683, 豊洲市場とオリンピック問題の共通項とは

2016年10月06日(木)

   * 豊洲市場とオリンピック工事の陰から見え隠れするのは

 豊洲市場の設計事務所の交代と、盛り土をせず空洞を設けた変更に、

ゼネコン・シンジケートの策謀を感じとったのは、私だけではないはず。

それに東京オリンピックが当初見積もりの4倍に増加というから、空いた

口が閉まらない。ゼネコンと、都庁職員と、政治家が、阿吽の呼吸で仕掛けた

構造汚職の一端と思われる現象である。 これは設計変更が誰の利益になるか

をみれば自明のこと。これが全国各地の公共工事で横行していると推察される。

  〜ネット検索で「盛り土問題」で調べた結果、明確な内容があった。

<(Q)・移転の延期や盛り土の問題が出た経緯は?

(A)・築地市場の豊洲市場への移転は、当初11月7日に予定されていました。

 小池知事は、市場の敷地内の水質調査の結果が出ていないことなどを理由に、

「安全性の確認を最優先に行う必要がある」として、先月31日、移転の延期

を表明しました。そのうえで、水質調査の結果が出る来年1月以降、改めて

移転時期を判断することにしていたさなかに、盛り土が敷地全体では行われて

いなかったことが発覚した。 それまで東京都は、およそ40ヘクタールある

豊洲市場の敷地全体で行われたと説明していました。地下2メートルまでの土壌

をすべて取り除いたうえで、きれいな土で埋め戻し、さらに盛り土を重ねること

で高さ4.5メートルの、きれいな土の層を造成したとしていたんです。

ところが、実際には建物の地下は盛り土をせず、空洞を設けていました。

安全対策の要といえる盛り土がなかった、都民・国民に安全性をアピールする

ため行ってきた説明が事実と違っていた。このことから特に、万全な対策を

信じて移転を決めた市場関係者は裏切られた思いを強めています。

(Q)・なぜ専門家会議の提言に反して、盛り土が行われなかったのですか?

(A)東京都の調査によりますと、土壌汚染対策を担当した都の技術系の職員

たちは、「今後、豊洲市場で新たに土壌汚染が確認された場合、重機などを入れ

対策をとるためのスペースを確保する必要がある」などとして、建物の地下には

盛り土をせずに空洞を設けたと説明しているということです。

(Q)・なぜ盛り土がないと問題なんですか?

(A)・絶対に盛り土がないと問題というわけではありません。

土壌汚染対策法の運用指針では、汚染された土壌は厚さ10センチを超える

コンクリートで覆うことを基準として定めています。豊洲市場の場合、それぞれ

建物の1階の床は厚さ35センチほどのコンクリートで覆われています。

このため東京都は対策自体は行われていると説明しています。対策のしかたには、

さまざまな方法があるというわけです。・・・ >

▼ ゼネコンに有利な?設計変更が、近代国家の首都で堂々と行われていた

 とは驚き? 前の二代の知事だったら、表立たなかった可能性が強いし、

今回の知事選で他の知事だったら、同じだろう。とすると、内部告発が多く

リークされて当然。構造汚職で政財界が根こそぎ大混乱が起きる可能性がある。

ブラジルと何か似ている。 だから、首相が早期解散論をチラツカセ始めた。

アベノミックスの象徴が『東京オリンピック』。それは、公明正大に構造汚職が

罷り通る世界である。 国家破綻への下り坂とは、こういうもの? 

 太平洋戦争は、とっくに終わったのに、復活景気が終わったのに、復活に

従事した政治家の二代目が、親のコピー政策を繰返すしか策がないとは! 

・・・・・・

2050年の世界 ー15  

2014年10月06日(月)

「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」

                 〜英『エコノミスト』編集部 (著)

   第十章 高齢化社会による国家財政の悪化をどうするか ーのまとめ

・世界的な高齢化によって、年金と健康医療費の増大は、国家財政にとって

 大きな負担になる。

・社会保障費の増大は、防衛費や教育費など国家にとって欠くべからざる

 分野の予算を圧迫してきている。

・先進国のみならず、新興国もインドを除いては、社会保障費の増大に

 ともなう国家財政の悪化の懸念がある。

・しかし、そうした国家財政の悪化は、改革によって防ぐことができるもの。

・年金については、雇用期間の延長、あるいは、富裕層には選択的に

 支払わないなどの措置がすでにとられつつある。

・健康医療費については、オランダのように、貧困層や弱者には、政府が

 援助をし、そうではない部分で、民間の医療保険に市場を開放するなど

 して、費用削減の効果をすでにあげている。

ベビーブーム世代の年金の受取額は一人ひとりは大幅に減ることになる。

 しかし、それで、一回きりの費用増大のショックをやわらげることが可能。

開発途上国では、将来の高齢化を見こして余裕のあるうちに、年金の賦課

 方式から積立方式への転換が比較的容易に行なわれるだろうし、そうした

 措置をした国家は、将来に備えることができる。

・政府借入金の急増の余地を残すために債務を低く保つ、戦略的な財政備蓄の

 確保の必要性がある。未来の国庫は、例えば気候変動に伴う極端な気象現象

 による災害に備えての自然災害税など、多数の財源を持つことを要求される。

▼ この問題が、日本の将来の最大のネックになる。富裕層と、有能な若者は、

 日本を見限り移住するだろう。問題は、少子化と高齢化である。そして、

一部の富裕層が富を独占する歪な社会が、世の中を不安定化する。40年でなく、

あと10年もしないうちに、国家財政の破綻と、非常事態宣言が行われる

ことになる。それが、数年先かも知れないのである。

2018-10-05 閑話小題 〜巨人の次期監督は

[] 05:13 閑話小題 〜巨人の次期監督は - 堀井の「居間 客室 読書室」 を含むブックマーク

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    * 高橋監督辞任で…

 巨人の高橋監督が辞任を表明、受理された。 球団の内部環境が悪いのは

分かるが、巨人の純粋培養のスター選手の監督選定に問題がある。

座卓犬は監督にそぐわないのは自明。二度の原監督の失敗?に懲りず3度め? 

同じ轍を踏まないと思うが、ギャラリーとしては、俄然、面白くなってきた。

・内部昇格とすれば、安倍と、元投手の斎藤が考えられるが、同じ穴の貉。

 やはり、外の水を飲んだ、松井秀喜、桑田、江川、中畑などが、頭によぎる。

・現実的なのが、桑田監督。次期監督含みで松井副監督、江川バッテリーコーチが

 面白い。松井も、江川も監督以外は断るだろうが… 今さら晩節を汚さないと。

・変わったところで、野村監督の息子が如何だろう。黒子としての親父と一体と

 するには、無理があるか。親父が許さないだろうが。

・もう一つ、インテリジェンス(地頭)が良いイチロウが面白い! 

 世界ブランドが汚れるから、断るだろうが…

ネットニュースで、『後任に原辰徳が4年ぶりに指揮を執るのが有力(報知)』

 とあるが、あまりに新鮮味がない。

等々かんがみ観ると、ヘッドコーチに川相の桑田佳祐が、的を得ている?… 

ドン様に実権があるなら、江川になるが、その辺の事情はどうだか?

優勝争いなど、如何でもよいなら、イチロウ監督、江川ヘッドコーチが絵になる。

 

★ 他チームの監督が最も薄気味悪くなるのは、篠塚、川相、安倍。 

 取組み易いのは采配データー豊富の原元監督。…まさか、ないと思うが?

もしそうなら、決定者を心底、‘何やってんだ’と軽蔑、いや侮蔑する!

 < 野良猫一匹、犬コロ160匹より、遥かに質が悪い! > と。

・・・・・・

5682,瞑想とは 〜3

2016年10月05日(水)

          <ボケない!脳が若返る「めい想パワー」SP

                 2016年9月28日(水)午後7時30分>

  * 瞑想の目的は何だろう?

 瞑想とは何か、その目的とは何かについて考えるため、ネットで、

 <瞑想の目的>と検索すると、明快にまとめた内容があった。

≪ 瞑想の目的は、悟るため? いえ、そうではない。悟りたいと思って瞑想

 している限り永遠に悟りなどやってこない。むしろ神経過敏になる分だけ、

ろくなことなどない。 瞑想は、ただ、「気づき」のための時間である。

「気づき」と言うと、何かすばらしいことに気づくための時間と誤解する人も

いるかも知れないが、これまた誤解を招きそうである。言い方を変えてみよう。

英語で言えば"be aware of"、つまり、「〜に気付いている状態」、または

「目覚めている状態」とでも言ったほうが近い。ただひたすら、自分の周りで

起こっていることを、そのまま感じるための時間である。

 「ヴィパッサナ」という瞑想法がある。自分の呼吸を見ることだけに意識を

集中させる。吸う息、吐く息をじっと見つめる。40分間くらい自分の呼吸を

見つめることができるようになれば、とりあえず合格。 しかし、時間を

はかったりすれば、それは呼吸以外のことに意識が行っているわけだから

失格になる。しかし、あまりかたいことを言う必要などない。とりあえず自分

の呼吸を見つめていればよい。「無心」になろうとすることもない。

雑念がわいてきたら、それも悪くはない。そのうち色々と考えることも出るが、

それも無理に止めることもない。

 ただ言えることは、瞑想をするに、最初から何かの具体的な目的は持たない

ほうがよい。目的のない時間を取り戻すことが目的かも知れない。

皮肉なことであるが、瞑想状態のことを言葉で表現しうようとすると、

いつもこうなってしまう。 とりあえず40分間、ヴィパサナができるように

なったら何が起きるのだろうか。 何か良いことがあるのだろうか。

 これには、私はあるともないとも言えない。まずよいことなど何もないと

思っておいたほうが間違いない。少なくとも、瞑想中には99%、何も起きない。

清浄で、「目覚めた時間」を作りだすための稽古の場にすぎない。瞑想では

悟ることなどできない。特に、瞑想で悟りたいと思っているのなら、まず絶対

悟ることはできないだろう。

 もしあなたに何かのお悟りがやってくるとしたら、それはSEXをしているとき

かも知れないし、庭を掃いているときかも知れない。芋を洗っているときかも

知れない。金魚が泳いでいるのを見たときかも知れない。それは私の知った

ことではない。そして、あなたの知ったことでもない。

 Who knows it?  誰にもわからない。しかし、ひょっとしたら何かが起きる

かも知れない。 たぶん、やって損はないとだけ言っておこう。何が起きるかは、

起きたときのお楽しみ。≫

▼ この7年間、早朝のポタリング時に、大手大橋でヒキチャリをしている。

地球の芯に『球芯様』と命名し、橋の途中から、話しかけて対話をする。

幼稚だが、その会話が面白い。 

 <球芯様、おはようございます!>

≪ オウ、お前か。お前を通して、周囲の景色を見るのが一番の楽しみじゃ!

 ジックリと見回してくれ。それが私を呼起した見返りじゃ。それにしても、

ワシに命名し対話を求めるのは御前ぐらいだ。 大体が、人間は、どうでもよい

細かいことに気が向きすぎじゃ。もっと大自然に、道理に、無心になりなさい。≫ 

<それにしても絶景ですな> 

≪ 慣れるとは、恐ろしい。この美しさを、そのまま味わいば良い。

それがワシにとっての解放になる。この川のせせらぎ。飛遊する鳥たちの姿。

遠くの山々。そして、陽光と、雲の織りなす美しさ。こうして御前が、私に

見せてくれるのは有り難い。この見返りは、世界の絶景の場に、お前を導くこと

になるのさ。 ≫ 

 この内語の対話も一種の瞑想。この景色の美しさに気づいたのだから。

世界の絶景を数知れず見てきため、地元の絶景に気づくことが可能になる。

それが次の旅に、誘っていく。あり難いことだ。 あり難いことに気づくこと

こそ瞑想の目的である。感謝、感激、感動の触媒は、幾らも身近に存在している。

・・・・・・

4210, 異郷日記 ーサンジバル

2012年10月05日(金)

                  「異郷日記」西江雅之著

     * サンジバルの逸話

 人は家の中に閉じこもっているほど危険なことはない。外界に出て戦い

続けないと人生の自殺者になってしまう。硬い殻に閉じこもり、しがみつく

しかない人生こそ避けなければならない。ーその辺を抜粋してみるー

≪ 東アフリカタンザニア国。大陸側からの最短距離で約四〇キロほど

 離れた沖に浮かぶザソジバル。平坦な島の中に、幾つかの町と、多くの村が

散る。住民のほとんどは、イスラム教使だ。そこでは目の前に現れる事物の

すべてが、次々に過去を語り出すザンジバルは史実虚構が入り交じる物語に

埋もれた土地なのだ。散歩に出かければ、崩れかけた石造りの建物や、

アラビア数字が消えかけている大小の墓石が目に入る。海に目を向ければ、

緩やかな波のうねりや潮騒が、すでにこの世を去った冒険家、奴隷商人、

奴隷、征服者、イスラム教徒ヒンドゥー教従、キリスト教の宜教師たちの

声を告げてくる。それらの声には、優しいものあり、人々威嚇するものあり、

高笑いあり、探い嘆きを伝えるものもある。各々の声は複雑に紺み込まれた

歌となって、何こからか聞こえてくるドラムの音の伴奏に乗り、道行く人の

内部にすべり込んでくる。 (・・・中略)

 わたしがアラビア語に接し始めた頃に聞いた話がいつも頭に浮かんでくる。

ある老人が海辺へと通じる道で、一人の青年に出会った。彼は漁から戻った

ばかりなのだろう、漁に使う道具を担いでいる。「アッ・サラーム・アライクム

(汝の身に安らぎあれ)」。若者は老人に言った。「アッ・サラーム.アライクム」。

老人は挨拶を返してから、「ところで、おまえは海が恐ろしくはないのかね? 

お前のおじいさんは、海で命を失った。おまえのお父さんも海で命を落とした。

それでもまだ、おまえは海に出て平気で仕事をする。恐ろしくはないのかね?」

若者は怪訝な表情をして言った。「じいさん、あなたのおじいさんは家で死んだ。

あなたの父さんも家の中で亡くなった。それなのに、よくまあ恐ろしがらずに

平気で家に住んでいられますね」。 妙に頭に残る話なので、わたしは

ザンジバルで、何人もの知人にスワヒリ語で何度も同じ話をした。

「そうなんだ。人はどこかにしがみついて生きているのだ。そのこと自体が

恐ろしいことなんだ」と、わたしの知人の漁師は言った。「どこかにしがみつく。

そして安心する。それにしても、人間は酷い動物ですよ」と、わたしは言う。≫

▼ 目先の安定にしがみき、安心をもとめ人生を棒にふる愚かさを批判し、

 節目時には果然と行動すべしというタンザニアの逸話。何処の道理も同じ。

著者は‘あとがき’に、「私は今も‘異郷の人’である。自分の皮膚の外側は、

すべて異郷と感じている。」と述べている。そうでなくては、流れ者のように

世界中を渡り歩けないだろう。逆にいえば、世界中を渡り歩いたため、皮膚の

外側を、異郷に感じるようになったともいえる。著者からみれば、一般人の

誰もが「どこかにしがみついて、人生を棒に振っている」のである。

 私も、地方の城下町で生まれ、10年間は、外で生きた。それ以外は職場は

新潟、住居は長岡の生活としても、地元に縛られていた。と同時に、しがみつき、

安心していた。リタイア以降は、多くの縛りから解き放され、宙に浮いている

感がする。それでも、まだまだ楽しみが足りない。縛りの残物があるためだが、

それも最期の砦で必要。それを無くすに死ぬしかないが、まだ死にたくはない。

・・・・・・

6049,「老人の壁」 〜読書日記 −1

2017年10月05日(木)

            「老人の壁 :養老孟司 , 南 伸坊 (著) 」

   * 老人の壁を突き抜けて

 「老人、如何に生きるべきか」を、根赤の養老孟司が御隠居で、南伸坊が

 熊さん役が軽く、明るく対話した内容。数年前の葬式で、80歳半ばの従兄が

同席していた。一人は地元商人。いま一人は東京下町の何かしら特許収入を持つ

商人。 前者は痴呆症が少し入っている?と思しき愚痴と悪口を語る。

後者は、一生をカメラ・映像の撮影を趣味とした人で、「老人の壁」をとうの昔に

超えている。 その二人の姿そのままが、このテーマの答えのようだ。年々、

暗くなりがちになる古希を越えた現在、如何に面白可笑しく日々を生きるか。

地方性もあるが、周囲には暗いのが多い。他人事ではない。周りから、一人

ひとり欠けていけば、然もありなんだが!

  〜Amazonの内容説明より〜

《 「明るい老人の本」

大好きな虫採りに明け暮れる解剖学者・養老孟司。古今東西さまざまな「本人」

になっていくつもの人生を送るイラストレーター・南伸坊。ともに老人になった

二人が「老人とは何か」「老人はどう生きるべきか」を、科学とユーモアで徹底

討論! 病気になったらどうしよう。死んでしまったらどうしよう。暗い気分に

なってしまうのは、暗い気分になるものしか見ていないからだ。どんなに年を

取っても人生を変える発見がある。死んだ後のことは生きている人にまかせよう。

人間のことより花鳥風月に目を向けよう。養老孟司エッセンスと、南伸坊の

笑いが炸裂する心が軽くなる対談集。 》

《 人生に“発見”があるかぎり、老後は明るい!心が軽くなる対談集。

 大好きな虫捕りに明け暮れる解剖学者・養老孟司。古今東西の「本人」となって、

数多の人生を送るイラストレーター・南伸坊。ともに老人になった二人が、人生

百年時代をどう生きるべきか、科学とユーモアで徹底討論。 》

 ――  

〜印象に残った個所から… 

(養老)「年をとって自分がなくなってくると、気が楽なんですよね」

(南)「健康で長生きするためにはどうしたらいいですか」

(養老)「だから、健康な間だけ生きてりゃいいんです」

    「ちゃんとした介護なんか、誰にもできないですよ」

(南)「そうですね、それが世間の常識になったらラクなのに」

(養老)「いい老人ってどういう老人だろうね」

(南)「そうですねえ、ゴキゲンな老人でしょうね」

(養老)「にこにこしてりゃいいんですよ」

(養老)「趣味なんか、世の中の役に立たないんです。それでいいんです。修行

   と同じ。修行っていうのは、自分を完成させるための作業。一番いいのは、

  比叡山の千日修行。あんなのをやったって、誰も儲かりません。GDPが増える

 わけでなし。だけど、何が残るかって、「本人が残るですね。それをやった本人

 が残るんです。それが「作品」ということです。 だから、自分が作品である

 ような、作品としての自分を完成させるつもりで、好きなことをやれば、老人

 としての時間を本当に楽しめるんじゃないかな。」

(南)「老人の壁を越えると、作品の自分がいる。」

 ――

▼「まさか、ここまで元気で生きられるとは!」が、実感だが、老いた実感は

 まるでなし。だが、世の中は、そういう鈍感な人にプレッシャーを与える。

そこで、ポタリングで、身近な「風月花鳥」を、PCや、4kTV画面で世界の

「大自然の光景」を楽しむこととにあいなるが、これが素晴らしい! 

 〜偶然だが、また文脈が以下に続いていく。

・・・・・・

5317,不平等を歴史に学ぶ 〜?

2015年10月05日(月)

    【『21世紀の資本トマ・ピケティを私はこう読んだ 特集】

   〜‘不平等を歴史に学ぶ’柴山桂太著   新潮45・2015年3月号

  * 上位1%や上位10%への富の集中

 中流社会の、三分の二のサラリーマン対、残り下位の構図が崩れた現在、

この本では、“10%vs90%”又は“1%vs99%”の不平等に焦点を当てている。

ネット社会の到来が、世界をグローバル化を促進させ、一部だけが勝ち組に、

残りは負け組の社会になっていく。この著書で、ピケティは、その点を

クローズアップして我々に問題提示をしている。 〜ここで筆者は

「過去の不平等は戦争や革命により暴力的に解消された、しかし著者の

目論見は、この失敗のスリリングな回避にある」とある。さらに・・

≪ 格差社会という言葉はすっかり日常に定着した感がある。“1億総中流”

 と言われたのも今は昔、最近では社会の二極化が懸念されるようになった。

日本だけではない。不平等の拡大は世界的な傾向である。特に顕著なのが

アメリカ。 “1%vs99%”とも言われるように、人口の1%の富裕層の富が

増加する一方で、大多数の国民の所得は伸びていない。最近では上位1%

どころか0.1%、或いは0.01%の超富裕層の富が急激に増加している事実が

明らかになっている。なぜこれほどの富の集中が起きるのか。

 この問題を考える上で目下大変な注目を集めているのが、

ピケティ氏の『21世紀の資本』である。・・(略)

 本の内容は至極真っ当だ。不平等のデータを過去200年以上に亘って

収集・整理した上で自説を展開するピケティ氏の理論は、類書には無いわかり

やすさと説得力がある。日本の格差論争はこれまで、非正規やワーキングプア

の増加が問題視されてきた。非正規の割合はこの20年で増え続け、現在では

労働人口の35%を超えている。年収が200万円を超えないワーキングプア

(働く貧困層)も、若年層を中心に増加の一途を辿っている。

平均的なサラリーマン(中位層)とそこに入れない貧困層(下位層)の格差が、

従来の格差論争であった。 それに対して『21世紀の資本』が扱うのは、

「上位1%や上位10%の富裕層への富の集中がなぜ生じるのか」という問題。

これまでの格差論争が“65%vs35%”の格差を問題にしてきたとすれば、

こちらは“10%vs90%”又は“1%vs99%”の不平等に焦点を当てている。

この本がアメリカベストセラーになった理由もここにある。 ・・ ≫

▼ アマゾンのビュアーの『21世紀の資本』を要約によると

《本書の主たる主張はごく簡単に言い表すことができ、何度も繰り返されている。

  •  人類の歴史のほとんどの期間において、資本収益率は成長率を上回っている。

(つまりr>g)であると、富は賃金所得や産出を上回って成長し、持てるもの

と持たざるものの格差はどんどん拡大。事実、20世紀以前には一握りの金持ち

と大多数の生活に困窮する庶民で社会が構成されていた。

  • 20世紀後半に比較的格差が縮小し、そこそこ裕福な中間層が出現して穏健な

市民社会が実現したのは、2度の世界大戦による富のリセット、インフレ、

各国の格差縮小的な税政策、歴史的に見て例外的な高度成長の継続、などの

要因が重なったためであったが、今や成長の時代は終わりを告げ再び格差拡大

の時代に戻ろうとしている。

  • 格差拡大を防ぐためには、高度な国際協力と資本に関する情報開示を基礎と

した累進資本税の導入が最適な解決策である。》と、要約を、まとめている。

・・・・・・

2050年の世界 ー14  

2014年10月05日(日)

  2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」

           〜英『エコノミスト』編集部 (著)

  第十一章 新興市場の時代 ーのまとめ、

・四十年前、新興国市場は存在していなかった。�眷小平はまだ追放の身。

 インドの首相インディラ・ガンジーは、銀行を国有化し、大企業を押さえ

 込み、社会主義に転向。チリは社会主義政権で、アジェンデ大統領は

 コンピューターで計画経済ができると信じていた。先進国にとって開発

 途上国という言葉は、政府の腐敗を意味しており、途上国にとって 

 投資は、海外資本による纂奪を意味していた。

・それが変わったのは、開発途上国資本主義と和解し、その技術、資本、

 インフラをとりいれ、世界の資本市場で、安い労働力をつかって製造工場の

 役割を果たすようになったからだ。

ゴールドマン・サックスが、BRICsという言葉を使って新興国市場の成長に

 世界の目を向けさせたのは二〇〇三年のことだが、実際はその予測を二倍

 くらい上回る規模にブラジル、ロシア、中国は成長した。

・これは・経済成長が指数関数的に、すなわち規模が増えた分を利用して

 さらに増えるからで、現在の先進国のうち、二〇五〇年までに、経済の世界

 規模で上位七力国に残るのはアメリカのみ。あとは、中国、インド、

 ブラジルマレーシアインドネシアメキシコにも抜かれると予想される。

・ある国の工業化の時期が遅れれば遅れるほど、その速度は速くなる。

 しかし、その速度は、他の要因にも左右される。そのなかでもっとも大きな

 ファクターは、教育である。生産性を向上させるさまざまな手法や技能は、

 教育程度の高い労働人口を持つ国で速く広まる。

フィリピンエジプトメキシコインドネシアバングラデシュ

 パキスタンナイジェリアなどの新興国で、教育年数が二〇五〇年までに

 著しく延びて、生産性の高い労働力をその国に生み出し、経済成長を

 あと押しするだろう。

・中国は二〇二五年を境に急速に高齢化が進み、人々はそれまでに海外にため

 込んだ海外純資産をとりくずし始める。そして中国は労働力不足におちいる。

・今中国は、六五歳以上の人ひとりに対して、就労可能年齢の労働者(つまり、

 二○歳から六四歳までの人)が七・九人いる。二〇五〇年には、わずか

 二・二人。日本は現在の時点で、退職者ひとりを労働者二・六人が支える。

▼ 現在の日本が、このまま衰退していくとは思えないが、極東の陸の孤島

 の日本が、その地政学的な有利さの中で、教育に熱心だったことも含めて、

世界第二位の経済立国に上り詰めた。しかし、これまで。これからはネットが

世界を覆う時代である。インドの貧民窟街の少女にも、ネット上では大きく

チャンスがある。そういうハンデを背負った人たちと競っても、太刀打ち

するには、余程のことがないと難しい。