キャプテン・フィリップス



★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

2009年4月。救援物資を運ぶアメリカの貨物船マークス・アラバマ号は、ムセ(バーカッド・アブディ)をリーダーとする武装した4人組のソマリア海賊に執拗に狙われ、やがて乗っ取られてしまう。船長フィリップス(トム・ハンクス)やクルーらは、何とか危機を打開しようとするが。


数年前の実話を基にした映画だ。日本では安い感動実話路線、美談路線に見える宣伝で大いに損をしていると言わざるを得ない。何たって監督は硬派のポール・グリーングラス。『ボーン・アルティメイタム』、『ユナイテッド93』、『ボーン・スプレマシー』といった、臨場感満点のハイテンションなアクション・スリラーを連発している名手である。ドキュメンタリタッチの映像と無駄の無い話運び、感傷に流されずに冷静な視点を維持しながらも、怒りを抱えた作風が身上の監督だ。その彼がお涙頂戴の安っぽい人情ドラマを作る訳がないではないか。だからこの映画は本来、アクション・スリラー好きにこそお勧め出来る作品なのだ。


本作は序盤から不穏な気配を湛え、やがて緊迫感満点の展開へと移行する。実話ベースとはいえ辛気臭さは微塵も無い。誤解を恐れずに言えば徹頭徹尾、娯楽アクション・スリラーであろうとする。はっきり言って面白い。海上から襲い来る海賊との攻防戦、船内に侵入されてからの虚々実々の駆け引き。後半にはアメリカ海軍や特殊部隊まで投入される救出作戦にまでスケールが広がる。実物の軍艦が登場する画は、やはり衝撃的なものだ。しかも余計な会話場面や説明場面など無くても、人間が描けている。いわゆるドラマ場面が無くとも、人物の言動を描く事でその造形がくっきり浮かび上がるのだ。私は観ながら70年代のハリウッド娯楽アクション映画を思い浮かべていた。行動のみを描く事により、その人物像を浮かび上がらせる秀作の数々を。少なくとも『フレンチ・コネクション』や『ブラック・サンデー』等はそうではなかったか。事件とそれにまつわる人々のアクションしか描かれていないにも関わらず、あれらの映画をドラマ性が希薄だと批判をする者は居ないだろう。本作もそうなのである。徐々に加速していく映画は、事件の経緯を描きつつ、同時にフィリップスとムセという2人のリーダーに焦点を当てて行く。フィリップス家の状況は序盤でしか触れられないが、彼には既に独立した男の子が2人いるらしい。それが彼の海賊への視線にも影響しているのが分かるようになっている。一方、ムセは元々は漁師だ。それが何故海賊になったのか。映画同様にここでくどくど述べるつもりはないが、ドラマ性と社会性を盛り込みつつ、それでも映画は緊迫感を限度いっぱいまで上げて行く。これは全く見事であった。


と、同時に、こんな事も考えてしまった。もし日本でも同じような題材を映画化したら、こうなっただろうか、と。フィリップス家の実情、海賊らの境遇をお涙頂戴に描きつつ、皆悪くない、悪いのは社会であるとばかりになるのではないか。少なくとも、このようなジャーナリスティックな視点での娯楽スリラーには出来なかっただろう。まぁ妄想ではあるが、ふとそんな風に思ってしまった。


もっともこのジャーナリスティックな、しかし怒りが込められた視点は、ポール・グリーングラスならではとも言える。例えば娯楽アクション・スリラーの傑作である『ボーン・アルティメイタム』。序盤の駅構内の場面に、言論抹殺に対する怒りを感じるのは難しい事ではない。しかもあの場面は、アクションとしてもスリラーとしても屈指ではなかったか。グリーングラスは、現代では珍しくなってしまった、娯楽アクション・スリラーと社会性を共存させられる骨太な監督なのであるのだ。


トム・ハンクスの終始耐えつつも、終盤の感情の爆発を見せる演技もまた、素晴らしかった。私はその演技に感動してしまった。人間の剥き出しになった原始の感情が観られたようで。宣伝会社の意図と全く違って、私がこの映画に感動したのは、何よりも素晴らしい映画であるという事、そのハンクスの演技が素晴らしい事に対してである。そこには美談や涙とは一切関係の無いものだ。そしてハンクスは間違いなく現代の名優だと、改めて感じた。一方、これが演技初体験という、ソマリア出身のバーカッド・アブディも素晴らしかった。徐々に海賊となっていく、度胸と頭脳を備えた漁師。だが彼もまた、追い詰められていくのである。


映画は映像設計も見事で、舞台の広さや大きさだけではなく、人物の位置関係もきっちりと観客に分かるようにされている。単なる手振れ撮影の細切れ編集映画ではない。緊張感を上げつつ、最低限の情報の伝達が抜群に上手いのだ。グリーングラスの右腕編集者、クリストファー・ラウズの名前は覚えておこう。


キャプテン・フィリップス』は観終えた後も、心に何かが残る映画である。それは娯楽アクション・スリラーとして以前に、良い映画の証しでもあるのだ。是非、お見逃しなきよう。


キャプテン・フィリップス
Captain Phillips

  • 2013年|アメリカ|カラー|134分|画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):G
  • MPAA (USA): PG-13(Rated PG-13 for sustained intense sequences of menace, some violence with bloody images, and for substance use.)
  • 劇場公開日:2013.11.29.
  • 鑑賞日:2013.12.6.
  • 劇場:新宿ブルク9 シアター7/デジタル上映鑑賞。平日金曜日、13時50分からの回は半分の入り。
  • 公式サイト:http://bd-dvd.sonypictures.jp/captainphillips/ 作品紹介、予告編、作品情報、パッケージソフト情報等。

ボーダーライン



★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

FBI誘拐即応班リーダーのケイト(エミリー・ブラント)は、人質救出の為にアリゾナの一軒家に隊を率いて突入する。そこはメキシコの巨大麻薬組織ソノラ・カルテルの最高幹部ディアスの持家なのだが、虐殺の犠牲者が数多く残されている腐臭漂う場所だったのだ。しかも警官2名が死亡し、ケイト自身も負傷してしまう。同日、FBI会議室にて、彼女はソノラ・カルテル撲滅とディアス追跡の為の特殊部隊にスカウトされる。リーダーは特別捜査官マット・グレイヴァー(ジョシュ・ブローリン)。謎めいたコロンビア人コンサルタントのアレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)もメンバーだ。作戦の全容を明らかにされないままケイトは部隊と共に行動し、カルテルの惨たらしい殺害の実態と、部隊の超法規的なやり口を目の当たりにする。


カナダの監督ドゥニ・ヴィルヌーヴには前作『プリズナーズ』(2013)にも感銘を受けたが、こちらはさらに素晴らしい。キビキビした演出、鋭い映像、役者陣の小気味よい演技。全編を通して淀みなく緊迫感が続き、場面場面ではさらに心臓に悪いくらいに盛り上げる。映画はアクション・スリラーの形態を取っているが、アクション場面自体は強烈でも時間にしては短い。あっという間にカタが付いてしまう。むしろ主眼はアクションに向けての盛り上げだろう。とにかく無駄がなく、ドラマやアクションですら最小限。1970年代にはこういうくどくどしない映画が多数あった。巨大麻カルテル対特殊部隊という、幾らでも大作にできる題材だというのに、そうはせずにむしろ凝縮させたのが本作の成功の要因だ。


今まで法に則って行動してきた正義漢のケイトは、苛烈な現実を目の当たりにして精神的に追い込まれていく。映画序盤ではタフで経験豊かな優秀な捜査官として登場するのに、翻弄されてしまうのだ。エミリー・ブラントは主人公の心理的ストレスを上手く演じていた。特殊部隊のリーダー、マット役ジョシュ・ブローリンは、始終軽口を叩き笑みを絶やさないが、一方で何を考えているのか、本当に信じて良いのかどうか分からない男を好演している。だが何と言っても強烈なのは、アレハンドロ役ベニチオ・デル・トロだ。あの目つきも迫力があるが、出ているだけで緊張感があり、しかも微かに温もりもあって。アレハンドロには彼自身を覆い尽くさんばかりの闇を抱えており、それが明らかになる終盤には圧倒された。しかも大袈裟な演技ではなく。このさじ加減はもはや名人芸だ。


撮影はコーエン兄弟作品や、『007/スカイフォール』(2012)などの巨匠ロジャー・ディーキンス。『プリズナーズ』でもドゥニ・ヴィルヌーヴとは組んでいる。ここでも光と影を効果的に使った映像を作り出していた。正直、このようなシリアスなアクション・スリラーにディーキンスの映像は浮いていないかとも危惧していたのだが、それは杞憂だった。編集の上手さもあって映画に奉仕している。装甲車内に差し込む光と影、夕闇に影絵のように浮かび上がる特殊部隊など、美麗な1ショット1ショットが素晴らしい。また、ヨハン・ヨハンソンのスコアは時に心臓の鼓動のような打楽器、時にノイジーなチェロを駆使して、心休まらない楽曲が効果的に映画を下支えていた。映像も音響も相まって、これは1つの体験だろう。



ヒロインによって観客を導き入れた映画は、終幕には「主人公」という概念を取っ払うかのような展開を見せ、衝撃を与えた後に虚無を感じさせて幕を閉じる。現実の麻薬戦争は今でも夥しい犠牲者を出しながら続いているのだ。映画が終わった後に疲労を感じつつ、だがそれでも彼らはまだ戦い続けるのであろうか?と考えて少々気を取り直した。そこで思い出したのが『セブン』(1995)のラストにおける、モーガン・フリーマンのモノローグだ。

「Hemingway once wrote, "The world's a fine place and worth fighting for." I agree with the second part.」(ヘミングウェイは書いた。「世界は素晴らしい。戦う価値がある」。後半に賛成だ)


そんな訳で私の脳内では『セブン』と『ボーダーライン』は地続きなのである。作品の出来もさることながら、人間の暗い側面をも描いていて。かなり重い映画だが、同時に良く出来た娯楽映画でもあるので、多くの人に観てもらいたい。



ボーダーライン
Sicario

  • 2015年|アメリカ|カラー、モノクロ|121分|画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):R15+(刺激の強い数々の殺傷・出血、及び死体のフルヌードの描写がみられ、標記区分に指定します。)
  • MPAA (USA): R(Rated R for strong violence, grisly images, and language.)
  • 劇場公開日:2016.4.9.
  • 鑑賞日:2016.5.6.
  • 劇場:渋谷シネパレス2/デジタル上映鑑賞。連休谷間の平日金曜日、10時50分からの回は8人ほどの入り。
  • 公式サイト:http://border-line.jp/ 作品紹介、予告編、プロダクション・ノート等。

アメリカン・ハッスル



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1970年代後半。詐欺師アーヴィン(クリスチャン・ベイル)と、その愛人兼ビジネス・パートナーのシドニーエイミー・アダムス)は、とうとう年貢の納め時を知る。自分達を逮捕したFBI捜査官リッチー(ブラッドリー・クーパー)に、自由の身と引き換えとして囮捜査への協力を強いられたのだ。偽のアラブの富豪をでっちあげ、カジノ建設の利権に群がる政治家に金を渡し、次々捕まえようという捜査だ。ターゲットとなった善良な市長カーマイン(ジェレミー・レナー)に近付くアーヴィンだったが、マフィアの暗躍も始まり、またアーヴィンの若妻ロザリン(ジェニファー・ローレンス)も危なっかしい動きを見せるようになる。


大物政治家が次々逮捕されたという1979年に起きたアブスキャム事件は知りませんでしたが、これはかなりフィクショナルな映画のようです。史実との違いを言われているようですが、ここはまず、演技の出来る美形スター達の異形振りを楽しむのが先でしょう。でっぷり太り、頭髪がかなり薄くなったベイル(冒頭から笑わせてくれます)。常に胸の谷間が露わになっているアダムス。パンチパーマのクーパー。リーゼント・ヘアの変種のレナー。ローレンスのセクシー・ブロンド。彼ら彼女らの普段とは違うルックスと70年代衣装で目を楽しませてくれます。


狡猾で見栄っ張りなのに、善良な部分も持ち合わせている憎めない男役ベイルも、かっとなってキれやすいクーパーも、人を信用し切っている善良なレナーも良い。しかしこの映画で主導権を握っているのは2人の美女達です。アダムスはパートナーよりも強気で、いざとなったら度胸でも勝負出来る詐欺師として映画を引っ張ります。ローレンスは混沌とした状況を混ぜっ返し、時に頭の冴えを見せ、さらに混迷度を深めます。この2人の善悪好悪など気にせず、活き活きと男達の間を泳ぎ回る姿は痛快でした。特に実質の主役はアダムスと言って良く、これは間違いなく彼女の代表作です。華やかでありながら孤独感を抱えている女。頭脳と度胸、センスで生き延びてきた女。ローレンスも出番は左程多くないものの、出て来るだけで画面が華やぎます。女優2人の輝きを観るのがこの映画最大の楽しみと言えます。


デヴィッド・O・ラッセルの演出は、珍しくマーティン・スコセッシ調でした。動き回るカメラ、素早いカッティングやクロースアップ、そして当時のポップスの氾濫。スコセッシの『グッドフェローズ』、『カジノ』といった傑作を思い出せば良いでしょう。あの過剰なスタイルへのオマージュを捧げながらも、温かみのある眼差しで欠点だらけの人間達を見つめ、愛でているのがラッセルの個性です。とある大スターのカメオ出演も嬉しい驚きでした。音楽ではポール・マッカートニーウィングスの『007/死ぬのは奴らだ』の使い方に笑わせられます。


物語としても非常に面白い。詐欺師映画としての痛快度も高い。特に終盤は爽快感があり、軽やかな足取りで劇場を後に出来ました。『アメリカン・ハッスル』はスター達のアンサンブルや、リッチな映像と音楽、ひねくれた物語で、映画的興奮が詰まっています。お勧めの映画です。


アメリカン・ハッスル
American Hustle

  • 2013年|アメリカ|カラー|138分|画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):G
  • MPAA (USA): R(Rated R for pervasive language, some sexual content and brief violence.)
  • 劇場公開日:2014.1.31.
  • 鑑賞日:2014.2.1.
  • 劇場:TOHOシネマズ横浜ららぽーと 3/デジタル上映鑑賞。公開2日目の土曜日、12時15分からの回は映画の日だからか、401席の劇場はほぼ5割の入り。
  • 公式サイト:http://american-hustle.jp/ 作品紹介、予告編等。

X-MEN:フューチャー&パスト



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

2023年。人類は自らが作ったロボット・センチネル軍団の暴走により、滅亡の危機に瀕していた。元々センチネルは、ミュータントの氾濫が人類を追いやるとの危機感により、科学者オリヴァー・トラスク(ピーター・ディンクレイジ)が作ったものだった。しかしセンチネルはミュータントのみならず、人類に対しても攻撃して来たのだ。ミュータントと人類の共存を唱えるミュータントのリーダー、プロフェッサーX(パトリック・スチュワート)は、人類への徹底抗戦を唱えるかつての親友であり宿敵であるマグニートーイアン・マッケラン)と手を組み、事態を阻止しようとしていた。彼らはキティ・ブライド(エレン・ペイジ)の能力を使って、ウルヴァリンヒュー・ジャックマン)の魂をトラスクがセンチネルを開発する前の1973に送り込む事にする。2人と袂を分かったミスティーク(ジェニファー・ローレンス)によるトラスク暗殺未遂が1973年に起こり、それによりミュータントに対してのセンチネル開発が実現化するのだ。ミスティークを探し出し、暗殺未遂自体を阻止しなければならない。過去に送り込まれたウルヴァリンは、反目しあう若き日のプロフェッサーX(ジェームズ・マカヴォイ)とマグニートーミヒャエル・ファスベンダー)に出会う。センチネルによる苛烈な攻撃を受ける隠れ家での2023年における攻防戦と、1973年における暗殺計画阻止の2つが同時に進む。


前作『X-MEN:ファースト・クラス』は、X-MENシリーズのリブート編として、彼らの若き日々を描いた作品でした。しかもシリーズ中で1番面白く、1番出来が良かった映画でした。監督と脚本(ジェーン・ゴールドマンと共同)を担当したマシュー・ヴォーンは、『キック・アス』に続いての金星。ですから本作でスケジュール上の都合でヴォーンが降板し、過去2作品を担当していたブライアン・シンガーが再登板とのニュースを聞いたときには、落胆したものでした。


いや、シンガーはダメな監督ではないのです。暗い情感を根底に湛えたシリアスな作風と、強烈な緊張感の持続が出来る技術力を持ち合わせた、優れた監督だと思います。出世作である『ユージュアル・サスペクツ』など、その最たるものでしょう。でもその資質は、燃えるアクションが重視される爽快系アメコミ映画とは合っていないように思えたのです。シンガー監督によるアメコミ映画群である『X-メン』『X-MEN2』『スーパーマン リターンズ』などをご覧になれば納得される事でしょう。どれもアメコミ娯楽映画としての爽快感に欠ける映画でした。しかしシンガーの前作である家族向けファンタスティック・アドベンチャー映画にして、初の3D映画だった『ジャックと天空の巨人』を観て、ちょっと考え直しました。明るく爽快感のある特撮全開のスペクタクル映画もいけるのでは?と。


長々書きましたが、要は本作『X-MEN:フューチャー&パスト』は、シンガーのアメコミ映画としてもっとも成功した作品だと言いたいのです。2つの時代をタイムリミットのある危機的状況としてスリリングに同時進行に描き、人物の暗い情念を織り交ぜ、つまりアクション主体ではなく、シンガーの得意なスリリングなドラマ映画として成立していたのです。ですから時にケレンのある奇想天外なアクション(特に前半に用意されている、クイックシルバー大活躍の場面)によって映画にメリハリがつき、非常に面白いものとなっていました。文字通り過去のキャスト総出演映画で嬉しいのだけど、ウルヴァリン狂言回しに、マグニートー、プロフェッサーX、そしてミスティークを巡るドラマを、映画の中心に据えたのが成功しています。シンガーの演出も力の入ったものでしたが、サイモン・キンバーグによる脚本がとても良かったと思います。


役者では、さすがに大スターになったヒュー・ジャックマンに目が行きますが、ジェームズ・マカヴォイミヒャエル・ファスベンダーの2人にも役者として見どころがあります。誰かが図抜けて目立つのではなく、巧者が見せるアンサンブル演技が楽しました。


3D映画としては前半で感心させられ、特にクイックシルバー大活躍場面は立体効果、奥行き効果も存分に使われており、観ていて楽しい。もっとも映画が上出来ゆえ、映画が進むに連れて3D効果に注意が行かなくなるのですが。


先日観て感心させられた『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』といい、本作といい、アメコミ映画は円熟期に入ったようです。大人も子供も楽しめる単なる特撮満載アクションではなく、しっかりしたテーマをがっちり描きつつ、シリアスで大人の鑑賞にも耐えうる娯楽映画に仕立ててあって。


過去作品、特に『ファースト・クラス』を観ていないと分かりにくいという欠点はありますが、過去のシリーズが苦手だった人でも、これはお勧め出来る映画です。


X-MEN:フューチャー&パスト
X-Men: Days of Future Past

  • 2014年|アメリカ、イギリス|カラー|131分|画面比:2:35:1|3D撮影、2D/3D上映作品
  • 映倫(日本):G
  • MPAA (USA): PG-13(Rated PG- 13 for sequences of intense sci-fi violence and action, some suggestive material, nudity and language.)
  • 劇場公開日:2014.5.30.
  • 鑑賞日:2014.6.6.
  • 劇場:TOHOシネマズ横浜ららぽーと 12/デジタル3D上映鑑賞。公開2週目の23時50分からの金曜ミッドナイトショウは20人ほどの入り。
  • 公式サイト:http://www.foxmovies.jp/xmen/ 作品情報、動画など。

ラッシュ/プライドと友情



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1970年代初頭。オーストリアの資産家の息子ニキ・ラウダダニエル・ブリュール)は、跡取りにと考えていた親の猛反対を押し切り、自力で資金を集めて資金難のF1チームに飛び込んだ。ラウダは傲慢とも言える態度だが、図抜けたメカの知識でマシーン改造を指示し、オーナーやチームメイトの信用を得る。一方、イギリス人ジェームズ・ハントクリス・ヘムズワース)は享楽的な性格。荒々しいドライヴィング・テクニックの持ち主の伊達男だ。やがてライヴァル関係となった2人は猛烈な対抗意識を抱くようになり、1976年の伝説的なシーズンを迎える事になる。


F1には余り興味も知識も無い私ですが、私の幼少時は、毎年のように死人が出ていて、派手に報道されていた記憶があります。またニキ・ラウダの名前は知っています。ジェームズ・ハントは初耳でした。ロン・ハワードは、個人的には『スプラッシュ』や『バックマン家の人々』といった小品が良いと思っている監督でした。『バックドラフト』『遥かなる大地へ』『アポロ13』『ダ・ヴィンチ・コード』といった映画は、大画面映えしてそこそこ楽しませてくれたものの、盛り上がりに欠け、内容が空疎に思えたものです。それでも私はこの大作映画を十分に楽しめたし、気に入りました。この『ラッシュ/プライドと友情』は、ハワードの集大成、過去最高作と言っても良い出来栄えです。エンジンの轟音と素早いカッティング映像だけのこけおどし映画ではなく、濃密な映画になっていました。


何より、2人の男達の描き方が良い。毎年死者が出る当時のF1界において、方やありとあらゆる施策を事前に行い、死の確率を20パーセント以下にしようとするニキ・ラウダ。方や死の恐怖を忘れる為に、レース前夜に酒を浴びるように飲み、女を抱き、レース前に嘔吐するジェームズ・ハント。このハントは、目の前の女という女を抱いた伝説のカサノヴァだそうです。この一見すると対照的な2人は、しかしスピードと勝利に魅入られた男達、死神と争う男達でもあります。珍しくプレイボーイを演ずるマイティ・ソーことヘムズワースも悪くありませんが、特にダニエル・ブリュールが素晴らしい。複雑で一筋縄ではない、文字通り簡単にへこたれない、しぶとい男を、観客の興味を引くという点で魅力的に演じています。必ずしも共感できない男2人以外は全員脇役という中で、野生児ハントとは対極の人間を演じていて心に残りました。


この2人の激突と化学反応も非常に面白く描いたハワードの演出は、レース場面では珍しく短いショットを繋ぐ手法を駆使。その結果、緊張と恐怖、スピードと熱狂の渦に観客を取り込むのに成功しています。文字通りの迫力満点で、猛スピードの世界での視界の悪さまで再現していました。ハワード作品には珍しくセックス場面も出てきて、ナタリー・ドーマー、アレクサンドラ・マリア・ララといった女優達も潔く脱ぐのも良い。また、短いながらも生々しい人体破壊描写も、当時のレースの残酷さを端的に描いていました。死の恐怖だけではなく、花形レーサー達の死をも売りだったF1界をも表しているのです。かように映画全体で生と死を映画的に描写し、印象付けていました。これらの要素もあって、大作らしいスケール感と、小品での細やかな人物描写というハワードの長所を持ち合わせた、集大成的な映画となっていると思います。ハンス・ジマーのメカニカルな音楽も効果的でした。


ラッシュ/プライドと友情』は、1970年代当時のレーサーの激突を主軸に、臨場感溢れるF1界をも描いた秀作です。死のはざまで生きる男達の姿を描いたこの映画を、機会があれば是非、大画面と大音響でご覧下さい。


ラッシュ/プライドと友情
Rush

  • 2013年|アメリカ、イギリス、ドイツ|カラー|123分|画面比:2.35:1
  • 映倫:PG12(簡潔な性愛描写及びマリファナ吸飲の描写がみられるが、親又は保護者の助言・指導があれば、12歳未満の年少者も観覧できます。)
  • MPAA (USA): R(Rated R for sexual content, nudity, language, some disturbing images and brief drug use.)
  • 劇場公開日:2014.2.7.
  • 鑑賞日:2014.2.7.
  • 劇場:TOHOシネマズ横浜ららぽーと 3/デジタル上映鑑賞。金曜日の20時40分からの回は40人程の入り。
  • 公式サイト:http://rush.gaga.ne.jp/index.html 予告編、作品紹介など。

グランド・ブダペスト・ホテル



★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1932年、今は無き欧州の国家ズブロウスカ。美しい山々を背景に立つ由緒ある高級ホテル、グランド・ブダペストは、上流社会の客人たちで引きも切らなかった。ホテルを仕切るのは辣腕コンシェルジュのグスタヴ・H(レイフ・ファインズ)。彼は老マダム達の夜の相手も辞さない、文字通りの徹底したサーヴィスを心掛けている男だ。ところがグスタヴの長年のお得意様であるマダムD(ティルダ・スウィントン)が、何者かに殺害されてしまった。しかも遺言で貴重な絵画がグスタヴに贈られたと判明、グスタヴは容疑者となって追われる身となってしまう。愛弟子であるベルボーイのゼロ(トニー・レヴォロリ)と共に逃避行を続けながら、グスタヴは仲間たちの手を借りて真相を追求しようとするが。


オフビートな笑い、独特の画面構成と色彩で、近年、益々人気が高まりつつあるウェス・アンダーソンですが、前評判の高かった前作『ムーンライズ・キングダム』は私は余り乗れませんでした。意図している事が見え見え過ぎて白けてしまったのです。しかし本作は心から楽しめました。スケールは大きい物語なのに、映画全体はチマチマせせこましく、ミニチュアへの偏愛も含めてその作り込まれた箱庭世界が楽しい。そもそも映画の構造自体が入れ子入れ子マトリョーシカ状態です。現代ではとある少女が作家の墓参りをします。その作家の晩年(トム・ウィルキンソン)が物語のインスピレーションについて語り、時代はインスピレーションを得た1960年代へと飛び、若き作家(ジュード・ロウ)はかつて栄華を誇ったグランド・ブダペスト・ホテルに滞在中。彼は富豪であるオーナーのゼロ(F・マーレイ・エイブラハム)と出会い、富豪は自分のベルボーイ見習い時代に居たコンシェルジュであるグスタヴとの冒険譚について話し出す…という構造になっています。


シンメトリーの画面に氾濫する明るくカラフルな色彩に、デフォルメされたキャラクター達が賑やかに動き回り、映画は非常に活き活きとしています。わき役に至るまで文字通りのオールスターキャスト映画で、各人が単なる顔見世ではなく、個性に合った役なのも楽しい。しかし綿菓子のように甘くは無く、時折ドキリとさせられる悪意のある映像が挿入され、適度に毒気があるのでピリリとしています。映画はにぎやかしミステリ調冒険映画になっており、終盤には明らかに特撮なのにスリリングで手に汗握る大アクションまで用意されています。娯楽映画のフォーマットの中で自己の個性を最大限に発揮しているアンダーソンの才気が、この映画で1番のお楽しみと言えましょう。観客を余り選ばない、観やすいものとなっています。


役者では何と言ってもレイフ・ファインズです。仕事は有能、しかし目的のためならば手段をいとわない面もあり、客人である老女達との逢瀬である枕営業も楽しんでいるらしい男。身だしなみは常に完璧で、何かあると詩を詠み、自分の優雅さに酔いしれている男。そんなどこかいかがわしい、ナルシスティックで優雅な、でもどこか憎めない男を、ファインズは複雑な人間味と純粋さでもって表現しました。『ハリー・ポッター』シリーズのヴォルデモートなどと言った役柄より、やはりファインズは2枚目の役が似合います。失われた栄華への想いを馳せ、痛みを感じるのがこの映画のテーマだとして、それを体現していて素晴らしい。語り部役である壮年のゼロを演じたF・マーレイ・エイブラハムも、滋味溢れる演技で、こちらも素晴らしかったです。若き作家役ジュード・ロウ、暗殺者役ウィレム・デフォー、老女メイクで登場のティルダ・スウィントン、スキンヘッドの囚人役ハーヴェイ・カイテル、遺産管理人役ジェフ・ゴールドブラム、グスタヴを追う軍人役エドワード・ノートン、事件の鍵を握る執事役マチュー・アマルリック、富豪夫人の悪質な息子役エイドリアン・ブロディ、若きゼロ役のトニー・レヴォロリ、その恋人役シアーシャ・ローナン等、配役もとても良かった。


アレクサンドル・デプラのコミカルで躍動感のある音楽も、作品世界の作りに貢献していました。これはお勧めの映画です。



グランド・ブダペスト・ホテル
The Grand Budapest Hotel

  • 2014年|アメリカ、ドイツ|カラー|100分|画面比:1.37:1、1.78:1、2.35:1
  • 映倫:G
  • MPAA (USA): R(Rated R for language, some sexual content and violence.)
  • 劇場公開日:2014.6.6.
  • 鑑賞日:2014.6.27.
  • 劇場:TOHOシネマズ横浜ららぽーと 10/デジタル上映鑑賞。公開4週目の21時45分からの金曜レイトショウは15人ほどの入り。この手のアートフィルム系では珍しく客が入っているよう。
  • 公式サイト:http://www.foxmovies.jp/gbh/ 予告編や人物紹介、劇中に登場するレシピなどの映像の数々、作品紹介など。

ウルフ・オブ・ウォールストリート



★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1990年代初頭。ウォール街にやって来た無垢な若者ジョーダン・ベルフォート(レオナルド・ディカプリオ)は、一般人から金をむしり取る術を身に付け、やがて26歳で自ら証券会社を設立。アコギな商売で次々収益を増やし、会社の規模を大きくして行く。若き億万長者となった彼は豪邸に住み、モデルのような美女ナオミ(マーゴット・ロビー)を妻にし、豪華クルーザーを買い、セックスとドラッグにまみれ、人生を謳歌するのだ。だがウォール街の寵児となったベルフォートにも、落日が近付いてくる。FBI捜査官デナム(カイル・チャンドラー)に目を付けられるようになったのだ。


演技過剰、ナレーション過剰、映像過剰、音楽過剰、札束過剰、ドラッグ過剰、セックス過剰。上映時間だって2時間59分もあります。これは何もかもが過剰な、痛快ブラック・コメディ映画でした。


マーティン・スコセッシレオナルド・ディカプリオのコンビ作品、そう『ギャング・オブ・ニューヨーク』『アビエイター』『ディパーテッド』『シャッター アイランド』といった作品群にどこか首をかしげる人が多いそうです。かくいう私もその1人。もっとも私は『ディパーテッド』だけは支持しますが。そして『タクシードライバー』や『レイジング・ブル』といった、往年のスコセッシ&デ・ニーロ作品に想いを馳せ、「あぁ何でスコセッシはレオとコンビを続けるのだろう。早く別れてしまえば良いのに」、と嘆息する向きもありましょう。しかしその嘆息も過去のものとなりました。ここのところ暫く、持ち前のパワーと輝きを失いつつあったスコセッシ作品としても、これは会心作でしょう。『グッドフェローズ』の疾走感こそ薄いものの、ぐいぐいと太いタッチで人物を中心に映画を進めるのは、スコセッシならでは。久々の本領発揮です。


モラルのかけらもない自己中心的な登場人物が殆どという、スコセッシのギャング映画と似通った異世界を描いたこの映画は、ウォール街に巣食う、搾取を生業とした男達の映画でもあります。映画の冒頭で描かれているのは、オフィスで行われているパーティ。そこでは、小人を的に向けて投げつけて点数を競い、嬌声を上げている男女達が大勢います。このオフィスではストリップや乱交パーティ、ドラッグの吸引が行われるのは日常茶飯事。狂乱ここに極まれりの異空間なのです。めまいがするような会社ですが、主人公ベルフォートの周囲では、それが当たり前なのです。


そんな世界で異彩を放つのが、これも異様な造形の登場人物ばかり。うぶだったベルフォートを金儲けの権化に変えた上司ハナ役のマシュー・マコノヒーは、近年、すっかり目が離せない役者となりましたが、ここでも妙な歌を聞かせてくれ、笑わせてくれます。若者を毒すには十分に魅力的な、そして毒気たっぷりな男役を、マコノヒーは怪演していました。副社長としてベルフォートの右腕となるドニー役のジョナ・ヒルは、出っ歯にメガネの外見と耳障りなしわがれ声を武器に、見るからに不快で、ずるがしこく、ねちっこく、とても友人にしたくないヤツ。しかしヒルは、間抜けでどこか憎めない暴走男を演じています。オフィスで見せる彼のとある奇行は、『ワンダとダイヤと優しい奴ら』のケヴィン・クラインへのオマージュでしょう。他にも見るからに頭の悪そうなベルフォートの忠実な部下達等も笑わせてくれます。脇役で特に気に入ったのは、ベルフォートの父親でした。近年は監督としてすっかり冴えないとの評価を受けているロブ・ライナーが、温和且つかっとなりやすく口汚い父親を演じていて、これもたっぷり笑わせてくれます。ウディ・アレン映画でも笑わせてくれた元々コメディアンだった彼を、今後もスクリーンで観てみたいものです。


ここ10年ばかりのディカプリオには、常に深刻ぶって眉間に皺を寄せてばかりのワンパターン演技で、少々辟易させられていました。『華麗なるギャツビー』に本作と、最近は柄に合った役と出会えて良かった。ここでは自らの悪に自覚的でありながら、享楽的な人生の謳歌を続けるべく七転八倒する男を快演しています。露悪的なまでの性格の悪さや往生際の悪さ等、近年の役柄と似通っている部分が気には掛るものの、普段よりもオーヴァーアクト気味なのが、このスケールの大きく、しかし結果的に個人に収斂していくブラックコメディに似つかわしいものでした。


ウルフ・オブ・ウォールストリート
The Wolf of Wall Street

  • 2013年|アメリカ|カラー|179分|画面比:2.35:1
  • 映倫:R18+(大人向きの作品で、極めて刺激の強い性愛描写、各種麻薬の常用、及びヌード表現、性的台詞がみられ、標記区分に指定します。)
  • MPAA (USA): R(Rated R for sequences of strong sexual content, graphic nudity, drug use and language throughout, and for some violence.)
  • 劇場公開日:2014.1.31.
  • 鑑賞日:2014.2.10.
  • 劇場:横浜バルト9 シアター11/デジタル上映鑑賞。飛び石連休の谷間、平日月曜11時半からの回は30人程の入り。
  • 公式サイト:http://www.wolfofwallstreet.jp/ 予告編、作品紹介など。