ほしみんの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-10-13 うさんくさいもの

[] 暴力 12:14  暴力を含むブックマーク  暴力のブックマークコメント

http://military.g.hatena.ne.jp/furukatsu/20070203/p1

これは他人が書いていないことを勝手に読み取って、論難するたぐいのものかな? 戦争論とかその辺の話はよくわからないのだけれども、なんか、ものすごい無茶な突っ込みに見える。

しかしながら、この「殴る」と「言うことを聞かせる」の間には大きな溝が横たわっている。

いやまあ、そりゃそうでしょう。

殴るってのは暴力(ここでは単純暴力か)ってことだけれども、暴力は問題解決(ここでは「相手にいうことを聞かせる」という問題かね)の手段の一つであって、唯一の手段じゃない。また、有効な場合と無効な場合があって、行使した場合のメリットとデメリットがある。殴っても相手がいうことを聞くかどうかはわからない(暴力という手段が成功するかどうかはわからない)。「殴る」と「言うことを聞かせる」に距離があるのは当然のことだ。殴れば相手が必ず言うことを聞くなら、世の中はもっと単純で殺伐としているだろう。

上の記事は、なんかその辺のこと考えているように見えない。

「戦争は一種の強力行為であり、その旨とするところは相手に我が方の意志を強要するにある」あたりの話を「暴力で相手に我が方の意志を必ず強要できる」と、暴力が万能の問題解決手段であるかのように読み取って、つっこみを入れているようにしか見えないんだけれども。上の記事のなかで「軍隊は軍隊自らその暴力の限界性を示していると言える」と書いてあるんだけれども、そこからもそんなことを読み取れる。というか……、誰か「暴力という手段に限界はない」ようなことを書いていたのだろうか? 暴力に限界があっても別になんちゃおかしくないんだけれども。

furukatsufurukatsu 2007/10/13 23:41 もちろん「必ず強要できる」ってわけではないのは当たり前といえば当たり前なんですが、その上で出来ること、出来ないことについて簡単に分析したのがあのエントリの意味です。

hoshiminhoshimin 2007/10/14 00:52 はじめまして、furukatsuさん。
コメントありがとうございます。
「その上で出来ること、出来ないことについて簡単に分析したのがあのエントリの意味です。」というのは、第一の問題のところで、暴力という手段において、確実に成功しそうな場合というのはどういうものかを考えているように思いますから、まったくそういう視点がないとまでは思いませんが、それだと、
----引用ここから
もちろんこれらは、戦争が暴力であり、暴力を用いて人に何かを強要する行為であるという定義を否定するものではない。しかしながら、戦争が万事を解決する処方せんではなく、暴力と強要の間には大きな溝が横たわっているというのも事実なのである。
----引用ここまで
という言葉が出てくるとは思えないんです。「暴力という手段に限界はある」と考えていれば、この辺、わざわざしめに持ってくる必要ないのじゃありませんか? 暴力という手段を、非常に成功率の高い(必ずといっていいぐらいの)手段だと考えていて、いやでも違うぞと思って上のエントリになったんじゃないかと、やっぱり思わされてしまうのです。

furukatsufurukatsu 2007/10/14 22:44 暴力が人に言うことを聞かせる上で非常に強力でプリミティブな手段であるという認識のもとで、ではそこの限界はどこにあるのか、というような文脈で考えたわけです。

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