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2008-01-21 省エネ

[][] 省エネ 23:22  省エネ - ほしみんの日記 を含むブックマーク  省エネ - ほしみんの日記 のブックマークコメント

NHKで、猿の顔と人の顔、大人は猿の顔は認識できない(しないだったか?)けれども、子供は認識する。

そんな話をやっていた。全部見てないけれども、まあ、そういうものなんだろう。

大人になる過程で多くのものがそぎ落とされる。つまりは不要なものを切り捨てて省エネするように(使わない機能は捨ててしまうと無駄エネルギーは食わない)、我ら動物の体は作られている。そういう話なのだろうと思った。

2008-01-13 むだい

[][] 守る対象を知らない 02:35  守る対象を知らない - ほしみんの日記 を含むブックマーク  守る対象を知らない - ほしみんの日記 のブックマークコメント

http://d.hatena.ne.jp/asakoo/20050721

僕がいつも不思議に思うのは動物愛護を唱える人たちが動物とか自然について詳しくないって事です。(詳しくないというよりも、妙な夢を見ているといった方がいいかもしれません)

例えば自然界で ライオンシマウマを育ててから 殺すでしょうか。

これは、何のたとえにもなりません。動物種はそれぞれ固有の生態をもっています。他の動物種にとっておかしなことも、別の動物種にはおかしくないということはあります。また、上の論法で行けば僕ら人間の農業に関しても、「シマウマが植物を育ててから食べるでしょうか?」という言い方もできます。はっきり言ってどちらのたとえばも無意味です。

ちなみに、他の動物がやっていないからおかしいというのであれば、動物じゃありませんが、蟻の一種にキノコを育てて食べるものがあります。他を育てて安定した食糧確保ができるようにする。他の生物でもそういうのをやっているのはいるわけです。蟻よりもはるかに複雑な行動がとれる人間が、他の動物を育てて食ったとしても、なんらおかしなことじゃありません。

なんにせよ、この件に関しては、他の動物がやっていようがやっていまいが、人間という動物種のもつユニークさの範囲にとどまると思いますけれどもね。

狼が人間の子供を拾って育てたら 殺さず一緒に暮らすのが 動物の自然な情と言うもの

それは自然じゃありません。狼は人間の子を食います。『マザーネイチャー』という本で、インドでの話が紹介されていましたが、狼は、まれに人里まで来て、子供を襲って食うってことがあるようです。アマラとカマラあたりの話をきいて、上のようなことを言っているのかもしれませんが、あれは作り話です。人間の子供という、牙も爪もない、力もない、足も遅い、弱い個体は、狼にとったら殺して食いやすいよい獲物です。

他の動物ですが、チンパンジーの研究で有名なジェーン・グドールの本にありましたが、チンパンジーは人間の赤ん坊を食ったりします。だから、研究グループにおいてそういう惨事がおきないようにきちんと気をつけていたとか。

人間、特に先進国である程度きちんと飯が食える人間というのは、ものすごい食料に余裕がありますから、まわりに動物がいても、食い物に直結しないわけです。牧場の牛をみても、その牛が殺されて自分たちが食べるものになるとは、すぐには考えられない人もおおいんじゃないでしょうか? ですから、つねに飯にありつけるかどうかわからない野生の動物の状況を想像しがたくなっています。だから、狼が人間の子を育てる、というようなことを信じてしまうのだと思います。(まあ、自分も昔はそういう話もあるのかと信じてましたけどね……。)

なので、

狼が群れからはぐれた人間の子供と出会ったら、殺してくっちまうのが自然な情と言うもの

となるんじゃないでしょうか。

もはや、そんなことは言えないんじゃないかという気がしてならない。世界中で起こっている惨事を目の当たりにするたびに、急進的だけど、人間は地球上にい続けてはならないのだという思いがしてならない。地球上で、人間だけが突出して異常な存在だと思う。

これも、人間含めた動物にたいして理解が深まれば、全然人間は異質じゃないと考えるようになると思いますけどね。人間が他の動物種から際だっているのは、複雑な事が考えられる脳みそですが、知性は取り得る行動を増やしてくれるだけのものです。行動の根幹たる欲求は他の動物とほとんど変わるところはありません。実際、他の動物も結構えぐいですよ。己の欲求に忠実に生きています。自然界のバランスというのは長い時間をかけて落ち着いたもので、その間には滅ぶ羽目になった種も多かったでしょう。今、人間が落ち着いた環境をシャッフルしてしまっています。たとえば、ある場所にそれまでいなかった生物を持ち込んだりして、です。そうなると外来種と在来種のあいだに争いが発生します。弱い種は、その場所において絶滅に追いやられることがあります。今、多く問題になっていることです。他の動物種も人間とおなじく遠慮なぞしません。彼らは彼らの能力の範囲で無茶をやります。色々見ていると、人の本性も、他の動物種の本性もそう変わらないものだと感じます。人間が異常だとしたら、その突出した「力」です。

なので、上の考えは急進的じゃなくて、単にナイーブなだけです。なお、人間が滅びれば、人間の占めていた場所を別の動物が占めるだけでしょう。人の次に、別の動物種が人と同じ事をやると思います。

2007-01-31 野生児ほか

[][] 野生児ロチョム・プニン 01:53  野生児ロチョム・プニン - ほしみんの日記 を含むブックマーク  野生児ロチョム・プニン - ほしみんの日記 のブックマークコメント

[19年ぶり発見の娘…半分野生化 カンボジア]

[ジャングルブック]

野生児。上で紹介した記事の一つでは狼少女アマラとカマラの話が出ているけれども、あれは作り話に過ぎない。アヴェロンの野生児ビクトールの方が事例としては似ているのではないかな。アマラとカマラが作り話だったように、ロチョム・プニンも作り話の可能性があるが、それは自分にはわからない。

とまれ、8歳のときに群れからはぐれて他の個体から何も学べなかったとすると、ある程度以上は群れになじめないだろうなと思う。ビクトールは死ぬまで簡単な言葉しか覚えられなかったという。

2006-10-28 落合峠

[] 珍しいが、不思議な話じゃない 22:08  珍しいが、不思議な話じゃない - ほしみんの日記 を含むブックマーク  珍しいが、不思議な話じゃない - ほしみんの日記 のブックマークコメント

[なんでも評点:メリケンサックなどで武装した15〜18歳の少女23人が1人のイケメン男子生徒をめぐってバトルロイヤル]

これとは逆に、複数のメスが1匹のオスを巡って戦う動物がいるという話は少なくとも筆者は聞いたことがない。しかも、20匹以上のメスがたった1匹のオスを巡って大乱闘を繰り広げる動物など、果たして地球上に存在するのであろうか。

答えは、どうやらイエスのようである。そのような自然界の摂理に反する行動に及ぶとなれば、むろんホモサピエンスをおいてほかにない。もちろん、ホモサピエンスにおしなべてそのような習性があるというわけではない。同じホモサピエンスの一員として、筆者もこういう事例はあまり聞いたことがない。

います。レンカクって鳥は、雌は卵を産んだら雄が卵を暖めます。雌は卵を産んだらフリーになるので、卵を暖めている雄を放って、別の雄を探します。こういう繁殖様式だと、雌が余ることになり、雌同士が雄を争って戦いを繰り広げることとなります。レンカクの雌は時には他の雌の卵を壊して、雄をゲットしたりもします。ある性が別の性を巡っての争いが激しい種は、争う性に属する個体の体格が良かったりすることが多いんですが(闘争に有利な性質を持った個体が血を残していけば、たいがい、そういう風になっていきます)、レンカクも雌の方が体格が良かったりします。そんなわけで、雌が雄を争う種はあります。僕が知らない種にもいくつかあるでしょう。ですから、上の自然の摂理云々は益体もない話です。なんていうか、動物のことをしらない人に限って、自然の摂理って言葉を安易に使うような気がします。

あと、上で人間のメスが人間のオスを巡って争っても別におかしかないと思いますけれども。自分の魅力に磨きをかけたり、いろいろと手回しして、ライバルをけ落とし、意中の男性をゲットって話は別に不思議な話じゃなくて、上ではそこで使われたものが暴力だったというだけの話です。暴力が尊ばれるところで、暴力を使ったというものに思います。そういう行為自体は、ようやるなあと思いますが、不思議なことだとは思いません。

地球上で最も知性の高い生物というのが人類の謳い文句だが、最も理不尽な行動に出ることが多いのも人類である。

我ら人間は、知性が高いからこそ、行動に膨大なバリエーションがあって、他の動物がやらないような理不尽な行動(当事者たちにとっては理不尽でもなんでもないとは思いますが)に出られるのです。他の動物は、理不尽な行動をとれるだけの能力がありません。理不尽な行動こそ、我らの知性の証ですよ。だから知性はやっかいなものだと思う次第です。

追記:

どうもコメントを見るに、ネタに釣られて(釣られるか、普通?とか言われそうですが、変な人たちって世の中にいっぱいいるから……。)、マジレスしたみたいです。自分、バカ丸出しです。条件反射で日記書いたらあかんですね。……他の記事とか読んでから書けば良かった。

気が向いたら、釣られたサイトの他の記事読んでみようかと思います。上の日記は、そのままおいときます。自分が釣られやすいネタの記録として……。

さらに追記:

この10月28日の記事に、さらにコメントが投稿されていたようで、コメントが投稿されてことを報せるメールが届きました(なお、お知らせメールにはコメントの全文も載っていたりします)。けれどもコメントそのものは10月28日分のコメント欄に反映されていません。……なんかあって消えたのでしょうか? 僕自身は、メールで投稿を知っただけで、日記でその投稿を見ていません。日記の編集なんかの際に、操作ミスで消したなんてことはないはずなんですが……。うーん、よく、わかりません。(11/03)

kdkd 2006/10/29 04:30 なんでも評点からトラックバック辿って来たんだけど、この突っ込み記事ってネタですよね?我輩は猫であるにマジレスしたら面白いみたいな。

うはうは 2006/10/29 04:50 管理人さん、この調子でわざと空気の読めない、もとい、空気を読まない突っ込みをあちこちの有名サイトにやっていたらぜったい、あんたも有名サイト管理人になれる
評点は2ちゃんねるでは有名なたぐいのネタ元サイト。あんたみたいにマジに突っ込んでるふりする香具師もたまにいる。
がんがれよ

hoshiminhoshimin 2006/10/29 12:52 コメントどうもです。

>kdさん
その記事だけぽろっと読んで、自分がどうにも受け入れられない記述があったから、ネタと気づかすにマジレスしてしまいました。もうちょっと、ネタをネタと見抜けるようにしようかと。

>うはさん
追記に書きましたが、ふりじゃなくて、マジなんですよ。
だから、よけい痛いわけですけれども……。
「評点は2ちゃんねるでは有名なたぐいのネタ元サイト。」ということですが、そういうサイトだったのですね。今後も、あの手のサイトの記事をマジにして、ひっかかりそうな気がしますが、まあ、できるだけひっかからないように気をつけたいところです。

2006-09-03 自然の濫用

[][] 得られるものがあるからやるのです 23:21  得られるものがあるからやるのです - ほしみんの日記 を含むブックマーク  得られるものがあるからやるのです - ほしみんの日記 のブックマークコメント

倫理と道徳というフィルターを通して見た「自然」のサンプル。

[BigBang: 仔猫殺しに思う----自らの両手を血に染めて得られるものなどない]

生き物が他の生をなぜ絶ってはいけないのか。その本当の理由は、おそらく生態系の必然にある。つまり、捕食を除いて、他の生き物の生をコントロールすることは、元来この世界は許されていない。

そんなバカな……。補色以外の殺しなんて自然界にはいくらでもあります。同族殺しまであります。生態系というものをどうとらえているんでしょうか? というか、人も生態系の一部です。僕ら人のやることを見れば、生態系が許していないなどということは言えないはずです。

誰も自らの両手を血に染めて得られるものなどないのである。

ありますよ。あるから(あると思えるから)他者を殺すのです。得るものと失うもの、他者を殺す前に、それで得られるだろうものをたいがい多く見積もってしまい*1、他者を殺したあとで、正になるはずだった総計が負となることは多いことでしょう。けれども、すべて結果が負となるわけじゃない。人間含めあらゆる動物は、何も得られないことがないと明確にわかっているなら、そんな行為なぞ、まず、しません。そういうものだと思います。

*1:殺しに限らず、自分の行為の成果を多く見積もるのはよくあることです。