星海銀の日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2012-02-29

[]Negicco前夜(ALP初期) Negicco前夜(ALP初期)を含むブックマーク

Negiccoのオーディションからデビュー後については吉田豪氏による決定版インタビューを含め、映像のアーカイブと共に多く語られていると思いますので付け加えるようなことはありません。

ここではNegicco結成のためのオーディション以前。ALP(アップルリトルパフォーマーズ時代の彼女達(といってもNao☆Meguのみ)について、記憶しているだけ書き出してみようと思います。

私がNao☆Meguを初めて見たのは、ALPの第一期生入校オーディションが行われた1998年9月23日のことでした。オーディションに参加したのは約40名。圧倒的に女子が多かった(男子は2名のみ)ように記憶しています。オーディションは実技(歌とダンスの2グループに分けられました)と面接。歌でオーディションを受けた子が大半を占めました。

印象的だったのは4名。すべて女の子でした。歌にダンスに圧倒的なパフォーマンスを見せてくれましたが、その中にはNao☆Meguのどちらも含まれてはいなかったのです。ただ、面接の際の応答が、施設を提供してくれるAAC(アップルアートカレッジ)という専門学校の入学試験で、高校生たちが面接で応える内容よりも遥かに現実的でしっかりしていたのが印象に残りました。

オーディションに合格した子たちは、その後週一回日曜日にヴォーカル、ダンス、演技の各講師のもとで各一時間ずつ熱心にレッスンを受けていきました。半年後にはオーディションを経て二期生が入校してきましたが、その中に初期メンバーのMikuと、後にモーニング娘。5期生となる小川麻琴が含まれていました。小川麻琴はスクールのある新潟市から高速を利用しても1時間以上かかる柏崎市から、高速バスに乗って毎週通っていました。彼女たちも入校オーディションではさほど目立つ存在ではなかったというところが面白い共通点です。

二期生も加わった1999年にはアルビレックス新潟のイメージソング「SHINING HEART」がリリースされました。このシングルは当時のALPの統括者であるY氏が作詞作曲し、アレンジは森口博子森川美穂奥井雅美林原めぐみ水樹奈々等への楽曲提供や、アニメソングの作曲・編曲をし、水樹奈々ライブのバックバンド「cherry boys」のキーボードを担当している大平勉氏。ギターは八神純子、斉藤由貴、崎谷健次郎などの国内の様々なアーティストのライヴ、レコーディング、テレビコマーシャル収録に参加し、作曲家・編曲家として斉藤由貴「予言」などの作品がある渡辺格氏が参加し、レコーディングも新津市(現新潟市秋葉区)にあったY氏個人所有のスタジオにALPの選抜メンバーを集め録音したもので、新潟市陸上競技場で開催されたアルビレックス新潟のホームゲームでは、ハーフタイムなどにパフォーマンスを披露することもありました。Negiccoの二人もMiku、小川麻琴と共に参加していたと思います。またNao☆は99年2月にOAされたアルビレックス新潟の応援CM、7月にはサントピアワールドのCMにも出演しています。Nao☆以外のメンバーもモブシーンに参加していたと思います。

そして残るメンバーのKaedeALPに入校するのは四期生としてなのですが、その頃には私が係る機会も少なくなっていて、彼女についての記憶がないのが残念です。

ちなみに「恋するねぎっ娘」「アノソラへ」を作曲したatk氏はAACの卒業生で研究生として専門学校の実習授業の補助などを行っていましたが、ALPのスタート当初はあまり関わりがありませんでした。その後、スクール生の中からユニットを組んでライブ等を行うようになった後、関わりが増えていったように思います。

以上、手持ちの資料(アップルリトルパフォーマーズ情報誌ALP PRESS vol.1&2)と記憶を頼りに書いてきましたが、Negiccoに関連してというか、ALP時代のことについてはあまり情報がないようなので書いてみました。間違い等に気付かれた方がありましたらコメント欄で知らせて頂けるとありがたいです。

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