予約は1室?3室?

予約は1室?3室?

深夜0時、ホテルの自社ホームページからツインルーム1部屋を予約していたゲストが来館した。


「ツインルーム1室、ご一泊で承っております」


「いえ、私はツインルームを3部屋予約したわよ」


確かに、お連れさまを含め6人いる。しかし、フロントシステムの予約ではツインルーム1部屋となっている。
ホームページからの予約は自動的にシステムに反映されるため、こんな間違いは起きるはずがない。
ゲストの入力ミスである可能性が高い。


「間違いなく私はツインルーム3部屋を予約した。ホテル側のシステムの故障じゃないの?」
と言い張るゲスト。


また、運悪く、その日はあいにく全室満室。どうにもこうにも、あと2部屋は用意できない。


「これは、ホテル側のミスよ。こんな時間だし、くたくた。
 ほかのホテルへ移動するなんて、絶対にいや。どう保証してくれるの?」


ホームページの予約システム


最近ではホテルのホームページや宿泊サイトなどを経由して、インターネットで予約の申し込みが
できるものが増えていますよね。


今回のケースでは、ホテルのホームページから申し込みがあったようです。
こうしたインターネットでの申し込みは、お客さまとホテルのスタッフが一度も声を交わさないまま
予約(宿泊契約)が成立するため、トラブルになることもあるかもしれません。


もっとも、インターネットでホテルの宿泊予約を申し込む場合、多くは、申し込みフォームに必要事項を
ご記入いただいたうえで、予約の手続が完了すると、お客さまにご確認いただけるよう、予約内容を
メールで送信するシステムになっているものと思います。


こうした予約フォーマットが確立している場合を前提にしますと、インターネット上の記録を確認すれば、
予約の内容は一目瞭然です。ツインルーム3部屋だったのかツインルーム1部屋での予約だったのかは、
すぐに分かるはずです。


電話予約との違いは?


インターネットでの予約は、聞き間違いや書き間違いが発生しやすい電話での予約よりも、実は確実な
システムと言えます。お客さまが記入したとおりの情報がそのままダイレクトにホテルに届くからです。


ただし、電話と違うのは、メール送信することで予約内容をお客さまにご確認いただくというシステムは
あるものの、お客さまがそれを必ず見るとは限らないこと。


電話でのお申し込みであれば、「ツインルーム1部屋でよろしいですか」とスタッフが確認すれば、
「いや違う。ツインルームを3部屋だ」とその場で訂正をしていただくことが可能だったでしょう。


インターネットでのお申し込みというサービスをご提供しているのは、もとを考えればホテルサイドでの
電話対応の削減といったメリットがあってのこと。もちろん、気軽に申し込みができるという点では、
お客さまにとっても利便性があるシステムです。けれど、サービス業としてホテル業を営んでいる以上、
こうしたシステムによって(どちらが悪いかどうかはともかく)、お客さまのご意向に沿わない事態が
生じてしまった場合には、迅速に真摯な対応が必要になるでしょう。


考えられる対応は?

満室でなければ予約内容にかかわらず、ツインルームを3部屋ご用意すればよいことになります。
しかし運悪く満室とのことですから、少なくともこのホテルそのもので3部屋をご利用していただく
ことはできないわけです。


グレードの高いお部屋をご提供するという方法もとられる場合があるかと思いますが、全室満室とのこと。
それもできないようです。


といっても、ご宿泊をされるつもりでいらした6人(のうち4人)をむげにお断りすることもできませんよね。
近くのホテルで利用できる場所を探して、いくつか選択肢をお示ししてご案内するという方法がよいと考えます。


ほかのホテルの宿泊費を負担?


問題なのは、ほかのホテルを利用する際の宿泊料を支払えと言われた場合です。
あるいはそうしたご要望を受けなかったとしても、ホテル側から宿泊料を負担する旨の申し出をすべきか
どうかだと思います。


例えば、そのホテルの料金と比較して、実際にご利用いただくことになったほかのホテルのツインルームの
お部屋の料金が高い場合、少なくとも、その差額を支払うべきでないかと要求されるかもしれません(ある
いは、ホテル側で積極的にこうした申し出を考えられるかもしれません)。


この点、ホテルサイドのミスが原因でツインルーム3部屋の予約ができなかったのだとしたら、少なくとも
その差額についてはホテルが負担すべきだと考えられます。


またホテルの落ち度でお客さまにご迷惑をおかけした(宿泊したいホテルに泊まれなかった)という場合には、
ほかのホテルの宿泊費用全額をホテル側が負担することも考えられます。


お客さまに非がなく、ホテルサイドのミスであることが明らかな場合、損害賠償としてお支払いすることも
やむを得ないでしょう。大切なことは、お客さまのご要望を真摯に受け止めて、誠実な対応を心がけることです。


ホテルに法律上の責任はある?


ここまでお話してきたことは、ご相談事例を前提に、ホテルサイドとしてどのような対応をするのが無難で
あるかといった「現実的な対応」の問題でした。最後に、これを法律問題として検討してみましょう。


ホテルが法律上の損害賠償責任を負うことになる場合は、以前にも解説したとおり、次の3つの用件を満たす場合です。

①ホテルに義務違反があった。
②お客さまに損害が生じた。
③①と②の間に因果関係がある。


今回のケースで問題になるのは、①でしょう。

これまで解説してきたように、通常ホテルのホームページからの宿泊予約の申し込みは、お客さまに
ご記入いただいたものがそのままダイレクトに送信されるシステムになっているはずです。


また、お客さまにご確認いただくために「予約内容」の概要についても、お客さまにメールで送信する
システムになっているはずです。こうした通常のシステムにのっとってインターネットでの予約を受けて
いる限りは、お客さまがこのシステム上どのような内容でお申し込みをされたのかは、すぐに確認が
できるはずです。


そのうえで申込内容がお客さまの言うとおり、「ツインルームを3部屋」となっていたのだとすれば、
ホテルのミスとなりますので、①義務違反があったことは明らかでしょう。この場合には、先ほど
述べたようなほかのホテルの宿泊費用等を負担するなどの損害をてん補すべき法律上の義務が発生
するということができます。


裁判では証拠が重要


これに対して、ホテルのインターネットシステムを見ても、予約内容は「ツインルーム1部屋」であり、
お客さまに予約内容のご確認としてお送りしたメールでも同じように「ツインルーム1部屋」となって
いた場合、お客さまが主張するホテルサイドのミス(義務違反)は認められません。
義務違反を立証する証拠がないからです。


したがって、ホテルの側でミス(義務違反)があったと認めない限りは、仮に裁判になったとしても
ホテルが負けることはありません。


ただし、ホテルの役割は、お客さまに対する高度なサービスを前提としています。
こうした高度なサービスの提供が受けられるという点で、ホテルの業務は、お客さまからの信頼によって
成り立っているということができます。
そうである以上、できる限りお客さまに落ち度があるように見受けられる場合であっても、ホテルサイド
としてできる限りの対応をすることが望ましいと言えます。

法律論をそのままかざすことが難しい業界です。
しかし法律家の立場からストレートに回答するとすれば、結論は以上のとおりです。
(請求する側に)証拠がなければ裁判には勝てないのです。



木山 泰嗣 Hirotsugu Kiyama
弁護士(鳥飼総合法律事務所所属)。横浜生まれ。上智大学法学部卒。専門は国税を相手に課税処分の
違法性を主張する「税務訴訟」で、多くの勝訴実績あり(著書に『税務訴訟の法律実務』)。
専門性の高い本業のほかに、執筆業もこなし、単著の合計は9冊。『弁護士が書いた究極の文章術』
『小説で読む民事訴訟法』などロングセラー作品を次々と生み出している。
「難しいことを、分かりやすく」が執筆のモットー。
ブログ:http://torikaiblog3.cocolog-nifty.com/