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hoteteの雑感

2006-08-17 続・靖国問題

〔政見〕批判論の3点を検証したい。

A級戦犯が合祀されているから

彼らが敗戦の政治責任の一翼を担っていることは否定できない。

しかし、法的にみて東京裁判は、事後法の適用、適正手続の欠落等明確に違法な裁判であり、戦勝国によるリンチであったことに疑いはない。

政府は、裁判の結果を政治的に受け入れたのは、彼らが犯罪者であったからではなく、政治責任が重い点を斟酌した結果である。「政治責任」と「違法な裁判による死」という2点を切り分け、後者に関して戦争関連での死という意味で追悼するということは、裁判を受け入れている政府の立場論理的に矛盾しないと考える。

中国・韓国との友好のため

非常に日本的な感覚である。他国の嫌がることをすべきではない及び事を荒立てたくないという一般的感覚である。

しかし、外交関係において他国の嫌がることを全くしないということはあり得ない。他国との関係で見解が異なる、相手国が不快になるというような問題はいくらでもあるし、それだからこそ外交・話し合いで折り合いをつける必要があるのだ。その意味で、この問題はどのように折り合いをつけるべきなのかという問題となるはずである。

しかし、そもそも、この問題が中国・韓国に実害を与える問題なのかという点を考える必要がある。中国・韓国が騒ぐのであいまいになっているが、一国の首相が国内の施設に行くことは、中国・韓国に実害を与える問題ではなく、明らかに国内問題である。これは米国、台湾などに代表されるように世界のほとんどの国の共通認識である。

ではなぜ、中国・韓国が国際問題であるとしているのか。それは、中国・韓国が、「参拝を過去の戦争、日本の植民地政策を美化するもの」と捉えており、戦争犠牲者への哀悼という真意を理解していないからであるとの論も見られるが、むしろ中国・韓国はこれを十二分に認識したうえで、日本国内を揺さぶり、領土・資源などの実質的問題において日本を牽制することができるカードであると捉えているのではないか。実際、マスコミ、野党、与党非主流派などが反対し、尖閣諸島やガス田の問題などから焦点がずれている現実がある。つまり、靖国問題は中国・韓国にとって不利益がおきているから国際問題になるのではなく、利益になるから国際問題にしているのである。

その意味で、日本国内が分裂せず、この2国の内政干渉に毅然として対応していれば、両国にとって国際問題にするメリットがなくなり、この問題は収束すると思われる。逆に、日本がこの内政干渉で右往左往すれば、ますますこのような傾向を強め、問題は大きくなり、日本の国益を損ねていくと考えられる。

政教分離について

首相は「職務ではない」として私的参拝を主張しているが、官邸で記者会見し、総理大臣と記帳している以上、公的性質を否定することはできない。

問題は憲法20条3項の規定に抵触するかどうかである。具体的には参拝行為が「宗教的活動」にあたるかどうかである。この点、愛媛玉串料訴訟の判例によれば、以下の3点を前提に判断することとされる。/教の自由を確実にするための制度的保障としての政教分離原則完全な分離は不可能(∵社会を規制教育・福祉・文化保護助成する必要、不合理な事態が生ずる)社会的・文化的諸条件に照らし、相当な関わり合いの程度を判断する。

特に相当な関わり合いの程度を以下の目的効果基準で判断することとしている。^婬繊目的が世俗的か宗教的か効果が宗教を援助助長圧迫促進するものか

首相の参拝は、戦没者を追悼する意図であると明確に表明しているので意義・目的は世俗的であるといえ、また靖国神社への参拝客の増加・関心が高まってはいるが、その多くが戦争や歴史への関心の高まりであり、特定宗教を援助・助長しているとは言えない。よって、首相参拝は社会的・文化的諸条件を照らし相当な関わり合いを越えるものとは言えない。従って、首相参拝は合憲であると言える。

<参考>

日本国憲法(昭和二十一年十一月三日憲法)(抄)

第20条3項 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxselect.cgi?IDX_OPT=1&H_NAME=%93%fa%96%7b%8d%91%8c%9b%96%40&H_NAME_YOMI=%82%a0&H_NO_GENGO=H&H_NO_YEAR=&H_NO_TYPE=2&H_NO_NO=&H_FILE_NAME=S21KE000&H_RYAKU=1&H_CTG=1&H_YOMI_GUN=1&H_CTG_GUN=1

ただ、神道との関わり合いが形式・意図によって深まっていると判断されれば、違憲の疑いもある微妙な問題であるとつけ加えておく。(「魂、祟りなど宗教的発言をする」、「神道礼服を着る」など関わりあいを強めれば違憲の疑いが強くなる。)

以上三点を検証したが、最も本質的に問題なのは実は3番目の政教分離の問題であり、常に関わり合いを限定的にするよう慎重に配慮しなければならない。