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3Dと両眼視と斜視の微妙な関係

ところで、以前からこのブログなどをご覧の方は、私が両眼視ができないことをご存知かもしれません。私みたいに、医学的にどうしても両眼視をできない人は少なくないと思うのですが、不思議とそうしたことに触れた記事を見たことがありませんので、今日はちょっとその事に触れておこうと思います。


いわゆる3D映像を体感するためには、以下の機能が正常に発達していることが必要です。

  1. 同時視:左右の目で,それぞれ異なった図形を同時に見る働き
  2. 融像:左右の網膜に映った像を重ね合わせて,一つの像としてみる働き
  3. 立体視:左右の網膜に映った像の違いを元に,遠近感や立体感をもった像にする働き

これら3つの機能をまとめて「両眼視」といいます。で、この両眼視の機能ですが、生後3ヶ月目くらいから、ものを見るともに自然に訓練されて発達し, 6歳くらいまでで完成します。しかし逆に言うと、6歳くらいまでの間に両眼視の発達を妨げられるようなことがあると、それ以降はいくら訓練や治療をしても両眼視を獲得することはできません。


発達を妨げる要因としては、左右の視力の不均等や斜視があります。例えば、右目の視力が1.0で左目が0.3以下しかないような場合、左目に映る像は常にボケた状態にあるため、2つの像をうまく1つにまとめることができません。さらに、視力の良いほうの目でばかりものを見ようとするため、視力の悪いほうの目はますます発達が遅れ、両眼視の機能が発達しないばかりか、弱視になってしまう危険性さえあります(不同視弱視)。

斜視がある場合も同様で、視線のズレのために左右の目に映る像が大きく異なるので、2つの像をうまく1つにまとめることができません。また、複視(ものがダブッて見える)が起こるため、これを自覚しないようにするために、一方の目からの情報を脳が遮断し、片眼だけでものを見るようになります。結果、上の場合と同様、弱視になる危険性があります(斜視弱視)。


例えば私の場合、もともと遠視があり、遠視に伴う調節性内斜視もありました。後には外斜視も発症しています。幸い、遠視と調節性内斜視はメガネで矯正することで解決し、アイパッチ(目を覆う絆創膏のようなもの)で視力の良いほうの目を隠し、視力の弱かったほうの目を強制的に使う訓練をした結果、弱視にもならずに済みました。しかしメガネをかけ始めたのが小1のときですから、やや手遅れ気味で、結局、両眼視機能を完全に獲得するには至りませんでした*1。ちなみに外斜視の方は2回手術を行ったものの、治りきっていません(手術をしてもいわゆる「戻り」があるため、その戻りの分も見越して矯正手術を行うのですが、戻りの方がさらにその上を行ったようです)。


現状としては、

  • 両目とも遠視あり。矯正視力は左右とも1.0〜1.2程度。裸眼視力は左0.7、右0.5程度。
  • 主に左目からの映像のみを認識。右目からの映像は普段抑制されている。
  • うんと集中すれば、なんとか左目と右目の映像を同時に認識することは可能(とはいえ、意識としては「同時」というよりは短時間に左右の目からの映像を切り替えている感じ)。しかし、わずかでも視線が動けば同時視の状態は解除されてしまう。また、同時視することに全意識が向かうため、ピント調節などはおろそかになりがち。ともすれば、視界のどこにもピントが合っていないなんていうことも。
  • 斜視があるため、うまく同時視ができた場合でも、ものがダブッて見える。
  • 融像と立体視はほぼ不可能。
  • 片眼からの映像だけで生活することに慣れているため、日常生活にはほぼ不自由はない。強いて言えば、球技が苦手(特にこちらにボールが向かってくる場合、その距離感がつかみにくい)だったり、たまにサインペンのキャップを閉め損ねたりするくらい。

といったところでしょうか。


で、こういう状態の私が3D映像を見るとどうなるかですが…当然、期待されるような立体感はまるで感じられません。普段左目だけでものを見ているわけですから当たり前といえば当たり前ですが…。頑張って右目からの映像も意識すれば、弱い立体感(というか違和感)を感じることはありますが、それでもおそらく普通の人が感じるような立体感とはまるで別物だろうと思います。


調べてみると、斜視は子供の2%程度に見られるようです(参天製薬ウェブサイトhttp://www.santen.co.jp/health/shasi.shtml、医療法人社団 医新会ウェブサイトhttp://www.ocular.net/jiten/jiten015.htm、Greenberg AE et al, Ophthalmology (2007) 114, 170-174ほか)。また、平成21年度学校保健統計調査によると、裸眼視力0.3未満の6歳児は1.03%、0.3以上0.7未満の6歳児は5.21%、0.7以上1.0未満の6歳児は12.69%とのこと。斜視と視力異常の患者はある程度重なっているであろうこと、左右の目の視力に大きな差があるのは視力異常の一部にとどまるであろうこと、一方で、両眼視が完成してしまう就学前に斜視や視力異常の治療を開始するケースは少ないであろうこと、後から両眼視機能を獲得することはできないことなどを考えると、両眼視が困難なのはおそらく全人口の2〜3%といったところではないでしょうか。パーセンテージで言うと一見少ないようですが、30〜50人に1人は両眼視ができない人がいるわけで、決して無視できる人数ではないのが分かるかと思います。


3D映像で業界が盛り上がるのは結構ですが、両眼視ができない人が少なからぬ数いる以上、3Dで見えなければ使えない、楽しめないようなサービス、コンテンツが蔓延しないことを祈るばかりです。視覚障害者を無視したかのようなタッチパネルの普及っぷり*2を見ていると、なんとも不安になるのですが…

*1:Titmusステレオテストや大型弱視鏡(シノプトフォア)などの両眼視機能のテストを子供の頃よくやらされましたが、その結果を思い返してみると、両眼視機能がゼロというわけではないようです。それでも普通の人には遠く及びませんが…。

*2:タッチパネルは平面なので、点字でのガイドができません。その上、表示されるボタン等の機能が場面によってつど変わるため、表示が見えない限り操作はほぼ不可能です