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冷却カメラの記事に関し、常連の「忍者」さんからコメントをいただいていたので、いくつかのカメラについて「脳内会議」を開催。あくまでもスペックを見ただけの印象なので、正確性は一切保証しません(^^;

ZWO冷却カメラ

安価な冷却カメラとして、最も注目を浴びている製品群かと思います。特に、フォーサーズ規格のCMOSを採用したASI1600MM-Cool*1は、広い画角と高解像度を両立した上で、価格は十数万円なのですから、なかなか魅力的に思えます。

モノクロであれば各種フィルターワークが楽しめますし*2CMOSは高速読み出しが可能なので、惑星撮影と同じ要領で、惑星状星雲などの明るい天体を高解像度で捉えるような使い方も面白そうです。


ただし、若干気になるのはADコンバータのビット数です。

この製品のCMOSのフルウェルキャパシティは20000e-である一方、ADコンバータのビット数は12bit(4096階調)。階調あたり5電子分の電荷が割り当てられる計算です。一見足りなさそうに思えますが、電子1個分の電荷を正しく検出するというのは容易なことではありません。現実的なバランスとしては、この選択はリーズナブルだと思います*3

しかし、ビニングを利用することを考えるといささか心もとなくなってきます。たとえば2×2ビニングを用いた場合、仮想的なフルウェルキャパシティは80000e-に達します。これに対して4096階調というのはいかにももったいない感じがします。

センサーがもともと高解像度であることを生かし、ビニングで解像度と引き換えに豊富な階調を得る*4……というのは、特に光害地では有力な選択肢の1つだと思うのですが、仕様的にここは非常に惜しいところです。


普通の使い方をする分にはあまり問題はないと思いますが、無茶をさせる余裕はあまりないかもしれません。

Canon 5Ds R

5040万画素を誇る、キヤノンのフルサイズ一眼です。泣く子も黙る「解像度番長」ですが、それゆえ画素ピッチは4.14μmとかなり小さくなっています。

となると心配なのが階調性。デジカメのセンサーについてはフルウェルキャパシティは普通公開されていませんが、おおよそ画素面積と比例関係にあることを考えると、おそらく23000e-あれば上等、というところではないでしょうか。階調だけからいえば、上記のASI1600MM-Coolと大差ありません。それどころか、冷却がされていませんからS/N比という面ではさらに不利です。淡い星雲などをあぶりだすような使い方にはあまり向いていないのではないかと思います*5

ただ、得られる画像のサイズが大きい分、最終的に画像を縮小することを前提にすれば相対的にノイズの粒や画質の荒れが目立たないという利点はあるので、そこは目的次第でしょう。


一般的な天体写真という面から言えば、同じフルサイズでも5Ds Rの系統よりは5D MarkIVなどの系統の方が画素ピッチが大きくて「懐が深い」分、向いているような気はします。

QHY9

比較的手ごろな価格で手に入るKAF-8300採用の冷却カメラの中でも、とびぬけて安価な製品です。税込で30万円を切っているというのはまさに破格。シャッターがチャチだったり価格相応の部分はあるようですが、ユーザーが急増している割に特段悪い噂も聞かないので、何かトラブルがあっても対応可能なレベルなのだろうと想像しています。

もちろん、総合的な性能や安心感から言えば、同じチップを載せていてもFLIやQSIのを選ぶべきなのでしょうけど、価格差がこれだけあると……。


KAF-8300自体はフォーサーズ規格準拠の830万画素CCDセンサー。画素ピッチは5.4μmでフルウェルキャパシティは25500e-です。これだけ見れば、ぶっちゃけデジカメと大差なく、それどころかリードアウトノイズはASI1600MM-Coolで用いられているCMOSより大きいくらいで、センサー単体で見るとおそらく最新のデジカメで使われているセンサーの方が高性能ではないかと思います。


となると、これの利点はどこに……という話になるのですが、先の記事とかぶりますが、冷却されていてS/N比がいいこと*6、そしてモノクロセンサーである点に尽きると思います。

センサーの感度を表すのに、光を電子に変換する効率を表す量子効率(QE)という指標がありますが、KAF-8300はピーク値で60%ほど。一方、デジカメのセンサーはQEが公開されていないことがほとんどですが、一般に40%前後と言われています。つまりKAF-8300の方が単純に1.5倍ほど高感度*7なわけで、特にナローバンド撮影などで威力を発揮します。

また、フィルターワークを駆使することで鮮やかな画像を得ることができるのも魅力。普通のデジカメのセンサーに装着されているカラーフィルターは、色の繋がりがなだらかで自然になるよう、あえてR, G, Bの各色を厳密に峻別しないようになっています*8。しかし、モノクロカメラに使うカラーフィルターはユーザーが好きに選ぶことができます。たとえば、干渉タイプのフィルターは透過曲線の立ち上がりが鋭い……つまり、互いの透過波長の重なりが少ないので色の純度が高く、これを使えば結果として仕上がる写真は色鮮やかなものになります。

このあたりはモノクロ冷却カメラに共通した話で、要は画像処理の自由度が格段に上がることにどれだけ魅力を感じるか、ということになるでしょう。


なお、830万画素ということで、画素数が少なく感じるかもしれませんが、普通のデジカメがベイヤー配列であることを忘れてはいけません。デジカメの画像は補完処理の結果あのサイズになっているので、正味の解像度としては決して負けてはいません。解像感に大きな影響を与えるデジカメのG画素の数から考えれば、約2倍の1660万画素相当の解像感は得られるのではないでしょうか。

QHY11

35mm版フルサイズのインターライン型CCD、KAI-11002搭載のカメラですが、こちらも65万円程度と破格。FLIだったら倍の出費は覚悟しないといけません。本体が600gほどと軽量なので、フルサイズの割にはシステムへの負荷も小さく使いやすそうです。

画素ピッチは9μm、フルウェルキャパシティも55000〜60000e-ほどあり、性能的な余裕は十分です。KAI-11002自体はKAF-8300などと比べるとやや長波長域の感度が悪い(Hα線付近でQE=30%前後)ですが、運用でどうにでもなる範囲でしょう。

ただ、CCDの収められているチャンバーはFLIなどのような完全機密構造ではなく、乾燥剤を詰めたロッドを装着するか、乾燥空気をポンプで送るかして結露を防ぐ構造になっているようです。自分で手当てできるので便利とみるか、「密閉されていないなんて不安」と思うか、意見が分かれそうです。

*1:オリンパスのデジカメ「OM-D E-M1」と同じCMOSを使用しているとのこと。パナソニック製のLiveMOS「MN34230」からカラーフィルターを除いたカスタム品でしょうか。

*2:逆にカラーだと「冷却改造OM-D」以上の意味はあまりないように思います。

*3:元々がデジカメ用のCMOSなので、内蔵ADコンバータにそこまでの高精度は必要なかったという面もあるでしょう。

*4:2×2ビニングでも2328×1760ピクセルもあります。

*5:もっとも、私が使っているEOS KissX5の画素ピッチも4.3μmしかないので、やりようによってどうにでもなるといえばなるのですが…。

*6:ノイズの多寡はカメラ全体の設計にもよるので、メーカーによる違いはありますが。

*7:シグナル増幅で水増しした「感度」ではなく、素子そのものの性質として。

*8:言い方を変えると、透過する波長の幅が広く、互いに重なり合うようになっています。