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M102の謎

先日撮影したM102に関連して、ちょっと面白い話があるので、以下よもやま話として。
hpn.hatenablog.com




天文ファンにはおなじみの、星雲・星団のカタログ「メシエカタログ」は、フランスの天文学者であるシャルル・メシエ(1730~1817)によって編纂されたカタログです。



Charles Messier (1730 - 1817)

コメットハンターでもあったメシエは、彗星の観測中に、彗星と紛らわしい光のシミが空にあることに気づきました。そこで、こうした「光のシミ」こと星雲・星団をあらかじめカタログ化し、彗星と簡単に見分けられるようにしたのがメシエカタログの始まりです。


メシエカタログは1774年から1784年にかけて3回に分けて刊行され、M104以降はメシエの生前の記録に基づき、後世の天文学者によって追加されています。


カタログに収載されたいわゆる「メシエ天体」は、小望遠鏡でも簡単に観望・撮影できるものが多く、250年ほどたった現在でもアマチュア天文家を楽しませてくれています。


行方不明のメシエ天体


メシエは几帳面なたちで*1、カタログの記載もほぼ正確なのですが、収載されている全110個の天体の中には記載されている場所に該当する天体がなく、行方不明になってしまっている天体がいくつかあります。それが以下の5つです。

  • M40
  • M47
  • M48
  • M91
  • M102



M40はただの二重星で、メシエの記録した位置自体はほぼ正確だったのですが、どれがその星に該当するのか、長らく特定できませんでした。1966年、ジョン・マラスにより、二重星ウィネッケ4 (WNC4) がそれであると同定されました。




M46(左)とM47(右)

M47はとも座にある明るい散開星団で、M46と隣接しています。




メシエはこのM47の位置を記録する際、「とも座2番星」(当時のアルゴ座2番星)を基準として計算したのですが……この時にプラスとマイナスの符号を間違えるというミスを犯し、結果として記録した位置には天体がないという事態になりました。M47が同定されたのは1959年、カナダのT. F. モリスによってです。




M48はうみへび座にある散開星団です。




こちらも座標を記録する際、M47と同様に何らかの計算ミスを犯したためか、メシエの記録した位置に該当する天体はありませんでした。1959年、M47と同様モリスにより、西側にある三角形の星の並びなどをヒントに、カタログ位置の3~4度ほど南にあるNGC2548がM48であると同定されました。




M88(右)、M91(中央)、NGC4571(左)

M91は銀河密集地帯であるおとめ座にある系外銀河です。これを発見した夜、メシエは実に8つの銀河と1つの球状星団を発見しているのですが、M91は発見した8個の銀河のうちで最後に記録されました。ところが、メシエがM91の位置を記録した際、M58を基準に計算したつもりが誤ってM89を基準にしてしまったため、該当する位置に銀河がなく、長らく「失われた銀河」となっていました。




そのため「M91」については、メシエが銀河と間違えて彗星を記録した、M58を重複してカウントしてしまった、あるいはNGC4571(11.2等)がM91であるといった説がまことしやかに流れていたのですが、1969年にテキサス州フォートワースのアマチュア天文家ウィリアム・C・ウィリアムズが、この基準位置の誤りに気付き、ウィリアム・ハーシェルが独立に発見していた棒渦巻銀河NGC4548(10.1等)がM91であることが明らかとなりました。




NGC5866 = M102 ?

……と、ここまではほぼ異論なく同定されてきたのですが、難しいのがM102です。記述が比較的乏しい上に、あとからメシエの共同研究者であるピエール・メシャン(1744~1804)がこの「発見」を撤回しているためです。それでも、現在ではNGC5866がM102だろうというのがほぼ共通認識となってきています。



Pierre François André Méchain (1744 - 1804)


ちょうどこの問題について、2015年9月号の"Sky & Telescope"誌にMichael A. Covington氏による論説が載っていたので、これも参考にしつつ、M102の同定について深掘りしてみます。なお、以下の文中で出てくる赤経赤緯は基本的に1781年当時の視位置*2です。


M102の謎


まず調べるべきは、オリジナルのメシエカタログでM102がどのように記述されていたかです。


M103までが収載されたメシエカタログは、1784年発行のの"Connoissance des temps"*3に掲載されています。




https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k6514280n/f274.item
https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k6514280n/f275.item

ここのページの記述を書き下ろしてみます。


Par M. Méchain, que M. Messier n'a pas encore vue.

Date des observations: 1781, Mars 27


Numéros des Nébuleuses: 101.

Ascension droite: (En Temps.) 13h 43m 28s, (En Degrés.) 208° 52′ 4″
Declination: 55° 24′ 25″

Détails des Nébuleuses & des amas d'Étoiles:
Les positions sont rapportées ci-contre.

Nébuleuse sans étoile, très-obscure & fort large, de 6 à 7 minutes de diamètre, entre la main gauche du Bouvier & la queue de la grande Ourse. On a peine à la distinguer en éclairant les fils.


Numéros des Nébuleuses: 102.

Détails des Nébuleuses & des amas d'Étoiles:
Nébuleuse entre les étoiles ο du Bouvier & ι du Dragon: elle est très-foible; près d’elle est une étoile de la sixième grandeur.


Numéros des Nébuleuses: 103.

Détails des Nébuleuses & des amas d'Étoiles:
Amas d'étoiles entre ε & δ de la jambe de Cassiopée.


【訳】
メシャン氏による、メシエ氏がまだ見ていない [天体]

観測日:1781年3月27日


星雲番号:101

赤経:(時分秒)13h 43m 28s (度分秒)208° 52′ 4″
赤緯:55° 24′ 25″

星雲・星団の詳細(位置は反対側のページに)*4
星のない星雲で、うしかい座の左手とおおぐま座の尾の間にあり、非常に不明瞭で直径6〜7分角とやや大きい。マイクロメーターのワイヤーが照らされていると判別が難しい。


星雲番号:102

星雲・星団の詳細:
うしかい座ο(オミクロン)星とりゅう座ι(イオタ)星の間の星雲:非常に暗い。近くには6等星がある。


星雲番号:103

星雲・星団の詳細:
カシオペア座の足の間、ε(イプシロン)星とδ(デルタ)星との間にある星団


ここで、M101は座標がはっきり示されていますし、M103も位置が明確です*5。ところが、M102については座標の情報がない上、そもそも詳細情報に問題があります。


それはうしかい座ο星りゅう座ι星の間」という部分。「うしかい座ο星」は確かに存在するのですが、もうひとつの位置の目安であるりゅう座ι星」からはあまりに遠く離れているのです。



りゅう座ι星は星図の北端、うしかい座ο星は南端付近)


現在では、この「ο星」は「θ(シータ)星」の誤植*6だろうと考えられています。これなら「りゅう座ι星」との距離が近いですし、「うしかい座θ星」との間に名前の付いた星がなく、説明の辻褄が合います。


ということは、「うしかい座θ星」と「りゅう座ι星」の間にM102があるのだな……というのが当然の判断です。そして、この位置にあってメシエたちの観測機材で観測できた天体というと、NGC5866くらいしかありません。


NGC5866の明るさは9.9等で、7.9等のM101と比べても数字上ではかなり暗いです。しかし、平方分当たりの平均光度で比べると13.0等 対 14.6等*7で、むしろNGC5866の方が明るくなります。単位面積当たりの明るさが明るいということは、眼視でより捉えやすいということです。また、写真のイメージではM101とNGC5866は大きく違いますが、眼視では銀河の中心付近しか見えないため、メシエたちの機材では似たような姿に見えたことでしょう。



M101


さらに「近くには6等星がある」という記述も要注目です。ここで書かれた「6等星」が実際に何等の星を指しているのかは議論の余地がありますが、NGC5866の近くにはHD134023(7.7等)、HD133666(6.9等)、HD133109(7.2等)といった候補があり、同定を後押しします(さらに南に離れたところには、HD134190という5.3等の星もあります)。



(Digitized Sky Surveyのデータより)


こうしたことから、NGC5866 = M102とすることに問題はないように思えますが……ここで話をややこしくするのが、共同研究者であるピエール・メシャンによる「M102発見の撤回」です。


M102発見の撤回


1783年、メシャンは"Nouveaux Mémoires de l'Académie Royale des Sciences et Belles-Lettres"*8の編集者であるベルヌーイ*9宛に手紙をしたため、これが同年発行の同誌に掲載されます。メシャンはここで「M102の発見は間違いで、M101の重複観測だった」と発見を撤回したのです。



https://digital-beta.staatsbibliothek-berlin.de/werkansicht?PPN=PPN1012162370&PHYSID=PHYS_0054&DMDID=DMDLOG_0001


J'ajouterai feulement que No. 101. & 102. à la p. 267. Connoissance des tems 1784. ne sont qu'une méme nébuleuse, qui a été prise pour deux, par une faute des cartes.


【訳】
1784年のConnoissance des temsの267ページにあるNo. 101と102は同じ星雲であるが、星図の間違いにより2つの星雲と間違われていることを付記しておく。


この手紙はヨハン・ボーデ*10の手によってドイツ語に翻訳され、1783年発行の"Astronomisches Jahrbuch für das Jahr 1786"*11にも掲載されています*12



https://pbc.gda.pl/dlibra/publication/31435/edition/26124/content


Seite 267 der Connoissance des tems f. 1784 zeigt Herr Messier unter No. 102 einen Nebelfleck an, den ich zwischen ο Bootes und ι Drachen entdeckt habe; dies ist aber ein Fehler. Dieser Nebelfleck ist mit dem vorhergehenden No. 101 ein und derselbe. Herr Messier hat durch einen Fehler in den Himmelscharten veranlasst, denselben nach dem ihm mitgetheilten Verzeichnisse meiner Nebelsterne verwechselt.

【訳】
1784年のConnoissance des temsの267ページで、メシエ氏はNo. 102として、私がうしかい座ο星(訳注:「θ星」の間違い)とりゅう座ι星の間に発見したと思われる星雲を示しているが、これは誤りである。この星雲は先のNo. 101と同じものである。星図に誤りがあったため、メシエ氏と共有した私の星雲リストにおいて混同が発生している。


ただ、これらの手紙では、具体的に何をどう間違ったのかが不明確です。メシエカタログの元々の投稿先である"Connoissance des temps"に訂正記事を出していないあたり、メシャンも自身の観測ないし報告に自信がなかったのでしょう。



では、何が起こったと考えられるでしょうか?


ひとつの可能性としては、メシャンが(それと知らずに)2度目にM101を観測した際、うしかい座θ星との相対的な位置を測定 → 星図にプロットするときに(M47でメシエがやったのと同様に)プラスマイナスを取り違え、誤った位置に天体を記録したというパターンです。この「誤った位置」はまさに「うしかい座θ星」と「りゅう座ι星」の間に当たり、辻褄は合います(下図)。で、後日このミスに気付いて撤回した……という筋書きです。この場合、要するに「メシャンは本当に、M102に相当する天体を見ていなかった」ということになります。




ただこうした手順を踏んだのなら、座標は間違いなく1度は計算・記録されているはずで、"Connoissance des temps"での報告中に座標の話がまったくないのは少々腑に落ちません。また、そもそもM101の近くには観測記録にあるような「6等星」に該当する星はなく、このことは「M102 ≠ M101」の説得力を強めます。



ここで気になるのは、メシャンが手紙の中で星図に誤りがあった」と主張している点です。


メシエやメシャンが具体的にどのような星図を作業に使用していたのかは明らかではありませんが、彗星経路図を独自に作成していたことを考えると、おそらくは星図も独自のものではなかったかと思われます。ここでもし、星図上の赤経目盛が1時間ずれていて、「15h」が「14h」と表記されていたらどうでしょう?


例えば、メシャンがNGC 5866を見たがその位置を測定せず、「うしかい座θ星とりゅう座ι星の間にあり、6等星の近くにある」とだけ記録。その後、彼またはメシエは、「15hが誤って14hと表記された星図」において、おおよその該当位置をプロットします。ところが、この星図上で大まかな座標を「誤った目盛」を頼りに読み取ると、その数字(赤経 14h00m32s 赤緯 +56゚36'22")は運が悪いことにM101のそれ(赤経 13h55m29s 赤緯 +55゚24'07")にかなり近くなってしまいます(下図)。そのため、メシャンはM102を「誤ってM101を再観測してしまったもの」と結論してしまったというわけです。こういうのを後から見返すと、えてして「間違った星図に間違って書いた」のか「間違った星図に正しく書いたのか」分からなくなってしまうものですし……。



(「間違った星図」に書かれた天体の座標を読み取って、「正しい星図」にプロットした場合)


ということは、メシャンの「撤回」はやはり誤りということになりそうですが……障害はまだもう1つあります。


メシエの手書きメモ


実は、M102の位置について、メシエが手書きのメモを残しているのです。その位置は赤経14時40分、赤緯56°ですが……該当する位置にやはり天体は存在しません。




これについては、SEDS Messier Databaseの主宰であるHartmut Frommert氏が興味深い説を提示しています。曰く、「メシエはNGC5866を観測したが、星図にプロットする際に5度ずれた位置にプロットしてしまった」というのです。




https://stars.lindahall.org/mes_.htm

メシエが彗星の経路を記入した星図には、上のように5度刻みにグリッドが引かれているものがあります。もし、星雲の位置を記入するのに用いた星図にも同様のグリッドが引かれていた場合、5度間違えて記入してしまうのはありえない話ではありません。


実際、NGC5866の本来の位置から5度西にずれた位置をプロットしてみると、メシエが記録した位置にかなり近くなります。




これに対し、"Sky & Telescope"誌に寄稿したMichael A. Covington氏は、もっと単純な説を唱えています。メシャンが「M102」について「うしかい座θ星とりゅう座ι星の間にある」ということ以上の情報を記録していなかった場合、メシエはとりあえず星図上で「うしかい座θ星」と「りゅう座ι星」のおおよそ真ん中辺に印をつけ、その座標を読み取って記録しただろうというのです。あとから自分で確認するつもりなら、どうせ付近一帯を探すのでしょうし、これでも十分でしょう。


これなら星図上での誤りを何度も想定しなくていいですし、「M102発見の撤回」で登場した「1h刻みの星図」と別に、「5度刻みの星図」を登場させる必要もありません。座標の精度が粗いのも、ざっくり印をつけたのだとすれば納得です。個人的には、こちらの方がいかにもありそうな気がします。



このほか、M102の候補として挙がったことがあるものとしては、NGC5879(11.4等)、NGC5907(10.4等)、NGC5908(12.0等)があります。しかし、いずれもNGC5866(9.9等)より暗く、「NGC5866を見逃がした上で、わざわざこれらをカタログに載せる」というのはなかなか考えにくいです。



(Digitized Sky Surveyのデータより)


極端な説としては、「『りゅう座ι星』というのは『へび座ι星』の間違いで、『うしかい座ο星』と『へび座ι星』の間にあるNGC5928こそがM102だ」*13というのもありますが、NGC5928は2.2分×1.6分と小さい上に約12.5等とさらに暗く、M102の候補としてはあまりに貧弱すぎます。そもそも「りゅう座」(属格形:Draconis)と「へび座」(属格形:Serpentis)を取り違えたというのも、表記が似ているならともかく、意味の類似だけではさすがに無理がありすぎて「珍説」の域を出ないでしょう。



へび座ι星は星図の南端付近東側)



NGC5866(左)とNGC5928(右)(同縮尺)
(Digitized Sky Surveyのデータより)


つまり、結論としてはこうです。

  • メシャンはたしかにM102に相当する天体を観測した。
  • 後日、おそらく星図のエラーにより、観測した天体がM101だと誤認。発見を撤回した。
  • しかし天体の明るさや近くの「6等星」の存在から、M102 = NGC5866と考えて矛盾はない。

これで、メシエ天体を安心して観望・撮影できそうです。

*1:最初にカタログを完成させる際、切りのいい数字にするためにただの二重星であるM40を加えたり、最初のカタログ出版時に、彗星と見間違える可能性のないM44(プレセぺ星団)やM45(プレアデス星団)を加えて45個に揃えたり、といったことまでやっていて、その神経質さが伺えます。

*2:赤経赤緯の基準となる春分点天の赤道の位置は、地球の歳差運動などによりわずかずつ移動していきます。現在私たちが用いているのは西暦2000年時点の赤経赤緯(J2000.0)です。

*3:直訳すれば"Knowledge of times"すなわち「時代の知識」。パリ天文台の天体力学・暦計算研究所(IMCCE)が1679年から発行している「理科年表」や「天文年鑑」のようなもの

*4:訳注:座標が手前のページに載っていることを示しています。

*5:別途、座標に関するメシエの手書きのメモも残っています。

*6:厳密なことを言えば、原稿の時点でそもそも間違っていたのか、"Connoissance des temps"の印刷の際に間違えたのかは分かりません。

*7:Revised NGC and IC Catalogより

*8:直訳すれば「王立科学・文学アカデミー新回想録」

*9:おそらくヨハンIII世 ベルヌーイ。「ベルヌーイの定理」で有名なダニエル・ベルヌーイは伯父にあたります。

*10:「ティティウス・ボーデの法則」で有名なあのボーデです。

*11:直訳すれば「天文年鑑 1786年版」。

*12:ただし、ドイツ語版には、フランス語の元の文面にはなかったメシエについての言及が付け加えられています。おそらくボーデが付け加えたものでしょう。

*13:NGCカタログやICカタログをまとめたことで有名な、ジョン・ドライヤーの説。

春霞の中で

海の向こうで皆既日食のあった新月期、関東は停滞する前線のせいで曇天続き。たまに高気圧がやってきても薄雲まみれか、高気圧の中心が北に偏ってて関東には湿った東風が流れ込むという状況が続いていました。が、14日は久々に高気圧がどっかりと日本全体を覆う予報。夜半頃まで月が残りますが*1、食後にいつもの公園へと強行出撃してきました。


この日持ち出したのは長焦点のEdgeHD800。風が穏やかなので安心して展開できます。これでまずは、うみへび座球状星団M68を狙います。撮り始めの時間帯には月がまだ残っていましたが、淡い部分のない星団相手なら致命的ではないでしょう。


月没後は、りゅう座の系外銀河M102を。


そして最後にさそり座の球状星団M80を撮影します。それにしても、3時台に天文薄明が始まってしまうとは、夜もずいぶん短くなりました。


ところで、上の写真で空がずいぶん霞んでいるように見えますが、実際、星の見え方としてはかなり悪かったです。おまけに、写真でも分かる通り湿度も高く……*2


撮影後の補正板は御覧の通り。幸い、画像に致命的な影響は出ませんでしたが、やはり結露対策を本格的に考えないとダメですね。一応、セレストロン(ビクセン)からは純正のヒーターが出ていますし、ヒーターのコントローラーも、CP+の展示通りなら近々国内販売されるはずですが……かなりの金額がかかりそうな上に、バッテリーへの負担を考えるとちょっと二の足を踏んでしまいます。金魚ポンプか何かで乾燥空気を送り込む形にした方がよさそうですね……。


リザルト


というわけで、撮影結果です。まずはM68から。



2024年4月14日 EdgeHD800(D203mm, f2032mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, -10℃
Gain=350, 30秒×40, IDAS LPS-D1フィルター使用
オフアキシスガイダー+StarlightXpress Lodestar+PHD2によるオートガイド
PixInsight, ステライメージVer.9.0nほかで画像処理

M68はうみへび座……というより、むしろからす座に近い位置にある球状星団で、地球からの距離はおよそ33000光年。視直径は11分ほどで、北天最大級の球状星団M13の半分ほどしかない、こじんまりとした星団です。


球状星団は、その星の密集度によって12段階に分類(シャプレー・ソーヤー集中度)されていますが、M68は下から3番目のクラスXに相当し、球状星団としてはかなりゆるい部類に属します。この写真でも、星団に属する個々の星が分離して見えています。




ちなみに、星団の北東側には「FI Hydrae」(FI Hya)というミラ型変光星があります。印をつけた赤っぽい星がそれで、約326日の周期で8.9等から15.2等まで変光します。変光幅が大きい分、この星の明るさがどのくらいかで、写真の印象は大きく変わります。直近で極大を迎えたのはおそらく昨年7月末*3で、現在はおおむね10~11等程度で見えています。極大のタイミングは毎年1か月ほど早くなる*4ので、もう数年すると撮影好機と極大とが重なって、それなりに派手な見え方になるかと思います。



次いでM102。




2024年4月14日 EdgeHD800(D203mm, f2032mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, -10℃
Gain=400, 30秒×240, IDAS LPS-D1フィルター使用
オフアキシスガイダー+StarlightXpress Lodestar+PHD2によるオートガイド
PixInsight, ステライメージVer.9.0nほかで画像処理

この系外銀河については、少し説明が必要です。というのも「M102」という銀河は、カタログで示された位置に該当する天体がない「行方不明のメシエ天体」だからです。現在では、様々な証拠からNGC5866という系外銀河がM102の正体だろうと言われていて*5、ここでも「NGC5866 = M102」として撮影しています。



この銀河は、レンズ状銀河を真横から見た姿をしていて、中央を一直線に走る塵の円盤が印象的です。ただ、一般にレンズ状銀河の場合、このような塵の円盤が見えることは珍しく、渦巻銀河を誤認している可能性もあります。また、塵の円盤が若干歪んでいることから、過去に近傍を通過した他の銀河と相互作用を起こした可能性があります。地球からの距離はおよそ5000万光年。




ちなみに、この銀河は約6900年前(紀元前4900年ごろ)、地球の歳差運動によって「天の北極」からわずか1度以内の場所を通過しており、当時は北極星ならぬ「北極銀河」でした(上図)。次にM102が「北極銀河」になるのは、約18800年後の西暦20850年ごろのことです。



最後にM80。



2024年4月15日 EdgeHD800(D203mm, f2032mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, -10℃
Gain=350, 30秒×40, IDAS LPS-D1フィルター使用
オフアキシスガイダー+StarlightXpress Lodestar+PHD2によるオートガイド
PixInsight, ステライメージVer.9.0nほかで画像処理

さそり座の頭部近くにある球状星団で、地球からの距離は約32600光年。アンタレスの近くにある球状星団M4(視直径約36分)と比べると、視直径は約10分と小さいですが、これはM4(7200光年)に比べてずっと遠くにあるためです。実際の広がりでは、M4の直径約70光年に対し約95光年とより大きかったりします。


球状星団としても星が非常に密集していて、シャプレー・ソーヤー集中度でいうと上から2番目のクラスIIに属します。このくらいの密集度の球状星団を撮影すると、えてして中央部が白飛びして潰れがちなのですが、比較的大口径の鏡筒を用いたことと、1コマ当たりの露出時間を30秒に抑えたことで、中心近くまである程度粒状感を保ったまま処理することができました。


ちなみに今回は、系外銀河のM102も1コマ当たり30秒の露出で処理。これでもなかなかクッキリハッキリというわけには行きませんが、暗黒帯のおおよその形状を捉えるくらいはできたかと思います。

*1:この時期の五日月はふたご座付近にあって赤緯が高く、月齢の割に沈むのが遅くなります。

*2:霧が出るほどではなかったですが

*3:広沢憲治「2023年 ミラ型極大・極小予報(No. 36)」 日本変光星研究会会報 https://www.ananscience.jp/variablestar/wp-content/uploads/2023/02/20230125_miratype_hirosawa.pdf(リンク先PDF)

*4:周期がおおよそ11か月なので

*5:これについては色々と面白いので、後日、別途記事にします。

天体撮影で利用しているツール一覧

最近X(旧Twitter)のTLを眺めていると、新しい方が次々と天体写真に挑戦していて嬉しくなるのですが、一方で「あのツールを使えばもっときれいに(or もっと簡単に)なるのに……」と思うこともしばしばあります。


しかし一方で、振り返ってみると、自分が使っているツールについてまとめて紹介したことなかったな……と思い当たりました。そこで、自分が普段利用しているソフトやウェブサイトについてまとめてみようと思います。何かの参考やヒントになれば幸いです。

撮影計画段階で使用するソフト、ウェブサイト

ステラナビゲータ12

https://www.astroarts.co.jp/products/stlnav12/index-j.shtml


国産の天文シミュレーションソフトです(パッケージ版:15400円 ダウンロード版:13860円)。バージョンが12になって表示できる星雲・星団数が大幅に増えたので、撮影候補の天体を選ぶのがさらに便利になりました。惑星や彗星の位置の確認、天文薄明開始・終了時間の確認など単純なプラネタリウム的な使い方にとどまらず、カメラやレンズの情報を元に写野角を表示させることができるので、構図決定に便利です。




特に、DSO*1の撮影には「画像マッピング」機能が便利。写真を星図上に貼り込むことができる機能で、ネット上などで撮りたい天体付近の写真を見つけて貼り付けておく*2と、写野角表示機能と合わせることで「撮れるつもりが、はみ出していた」といったトラブルを回避できます。


オンラインにはTELESCOPIUSのような便利ツールもありますが、総合的な使い勝手ではやはりこちらに軍配が上がります。


ちなみに、ステラナビゲータには「望遠鏡コントロール」機能があり、ステラナビゲータの表示と望遠鏡の動作とを同期させることもできるのですが……自分の場合、ユーザーインターフェイスがリッチなSTAR BOOK TENをコントローラーとして使っていることもあり、この機能は使用していません。


Aladin Desktop

https://aladin.cds.unistra.fr/AladinDesktop/


ストラスブール天文データセンターによって提供されているフリーウェアの星図ソフトです。DSS(Digital Sky Survey)をはじめとした様々な波長域の画像を表示できる上、SIMBADなど外部のデータベースとも連携できるなど、極めて高機能なソフトですが、なんとなく眺めているだけでもなかなか楽しいです。


が、このソフトが撮影計画において便利なのは、表示画像の「レベル調整」がリアルタイムできること。




この機能を使うことで、淡い天体を見やすくできる上、これまで撮ったことのある天体と見比べることで、どの程度の淡さのものまで撮ることができるのか推測がつけやすくなります*3


N.I.N.A.(NIGHTTIME IMAGING 'N' ASTRONOMY)

https://nighttime-imaging.eu/


オープンソースで開発が進められているイメージングスイートです。冷却カメラのみならず、赤道儀など様々な周辺機器を集中的にコントロールできるソフトで、後述するように、自分も撮影で非常に重宝しています。




このソフトで、撮影前の計画段階において便利な機能が「フレーミング」機能です。この機能を使うと、スカイサーベイの画像を見ながらカメラのフレーミングを事前に決定することができます。自分の場合、ステライメージで構図の大体の当たりをつけておいた上で、この機能で本決定しています。あとは撮影時に「導入と中心合わせ」で天体を導入、目標をシーケンスに追加すれば準備完了です。


なお、スカイサーベイ画像の読み込みはオンラインで行われるので、この作業は撮影に出発する前、自宅であらかじめ行っておいた方がスムーズです。一度読み込んだ画像は「キャッシュ」として現地で読み込むことが可能です*4


Windy

https://www.windy.com/



世界中の気象予報をグラフィカルに表示できるサービスです。誰でも利用できる無料版と、より詳細なデータを入手できる有料版(年額20.89ドル)とがありますが、普通の使い方なら無料版でも十分でしょう。気象予報モデルには「ECMWF」(欧州中期予報センター)、「GFS」(アメリカ海洋大気庁)、「ICON」(ドイツ気象局)と3種類ありますが、普通はデフォルト設定で、予報精度が最も高い「ECMWF」を使えばいいと思います。


このサイトが便利なのは、詳細な雲の分布や種類、風の強さ、PM2.5の濃度などを最大9日先まで見られる*5ことで、撮影計画を立てる際にとても役立ちます。予想精度もなかなか高く、大外れした記憶はあまり多くありません*6。少なくとも、一般的な天気予報*7よりはよほど信頼できると思います。*8


SCW

https://supercweather.com/


日本国内の気象予報をグラフィカルに表示できるサービスです。原則無料ですが、月額308円の有料会員になると過去の情報やより細かい予報情報の閲覧が可能になります。


サービス内容、機能ともWindyと似たようなもので、好みで使い分けるといいでしょう。予測精度についてはこちらも十分高いですが、Windy(ECMWF)と比べると(少なくとも自分の住む地域では)外す割合がやや高いような印象があります。逆に、WindyとSCWとで予報が揃えば、ほぼ確実と思っていいでしょう。



撮影段階で使用するソフト

PoleMaster

https://www.qhyccd.com/download/


QHYCCDの電子極軸望遠鏡「PoleMaster」(セット実売価格:43000円)の制御ソフトです。「PoleMaster」は2015年末に発売された製品で、それまで光学式が主だった極軸望遠鏡を電子化したということで大いに注目されました。これを用いることで、わずか数分ほどの作業で30秒角以内の設置精度を得ることができます。今となってはSharpCapやPHD2など他のソフトにも極軸設定支援機能が搭載されていますが、直感的な操作という意味では現在でも随一かと思います。
hpn.hatenablog.com

ただ、「天の北極」の位置は地球の歳差運動によってわずかずつ移動していくので、これが反映されるよう、常に最新のバージョンを使うようにしましょう。


PHD2

https://openphdguiding.org/


定番中の定番ともいえるオートガイディングソフト。初期状態でもパラメータが良くできているため、ほとんど調整の必要なしに精度の高いガイドができます。v2.6.10からは、複数の星を同時にガイドに用いる「マルチスターガイディング」を選択できるようになり、ガイド精度がさらに向上しました。
urbansky.sakura.ne.jp


N.I.N.A.(NIGHTTIME IMAGING 'N' ASTRONOMY)


上でも触れたオープンソースで開発が進められているイメージングスイート。多彩な機能を備えている一方、機能ごとにタブに分類されていて画面が見やすかったり、その機能自体も気が利いていたりで、冷却CMOSカメラでの星雲・星団の撮影にはこれがあれば十分な感じです(もちろん、オートガイドソフトなどは別途必要だけど)。


また、上でも書いた「フレーミング」機能とプレートソルビング*9 *10の組み合わせは、子午線越えや複数夜にわたる撮影を簡単にしてくれます。


機能は極めて高度で、撮影の完全自動化にも十分こたえられるような機能を持っていますが、自分の場合、撮影時は常に望遠鏡のそばにいるので、使っているのはもっぱら撮影に直結するコアな部分だけです(^^;


BackyardEOS

https://www.otelescope.com/store/category/2-backyardeos/


カナダのO'Telescopeが販売している、Canon EOSシリーズ(含 EOS Rシリーズ)専用のリモート撮影用ソフトです。必要最低限の機能を備えたClassic(35ドル)と、フル機能を備えたPremium(50ドル)とがありますが、Premiumを買っておいた方が何かと便利でしょう。


デジカメでの撮影を行う場合、各メーカーとも多くはリモート撮影用のソフトが付属していて、これを利用することが多いのですが……当然のことながら天体撮影に特化しているわけではないので、ちょっと高度なことを行おうとすると不満が色々と出てきます。


その点、BackyardEOSを用いればピント合わせの補助やディザリング*11、撮影画像の強調、プレートソルビング*12 *13などを行うことができ、格段に使い勝手が上がります。


なお、ニコンのカメラに対応した「BackyardNIKON」という同様のソフトも販売されています。


FireCapture

https://www.firecapture.de/


惑星撮影用の動画キャプチャーソフトです。この手のキャプチャーソフトとしてはSharpCapと双璧をなす存在ですが、SharpCapが電視観望に適した機能を追加している(逆に言うと、惑星撮影には不要な機能が増えている)のに対し、FireCaptureは変わらず惑星撮影に特化している感じです。


撮影対象を動画の中心に捉え続ける「オートアライメント」や、ADC(Atmospheric Dispersion Corrector, 大気分散補正用可変ウェッジプリズム)の調整を補助する「ADCチューニング」など、惑星撮影に便利な機能が豊富で、これ1本あれば惑星撮影には必要十分です。


ひまわり8号リアルタイムWeb

https://himawari.asia/


気象衛星ひまわり8号からの衛星画像を表示できるウェブサイト。撮影中に雲が流れてきたときなど、雲の動きを確認するために使用することが多いです。


夜間は、雲の状態を可視光で確認できないので、赤外画像を見ることになります。具体的には「24時間地球」の「バンド7」の画像を確認しています(タイムラグは30分ほど)。なお、サイトでは「夜間画像」として「バンド13」の画像を勧めてきますが、バンド13では低層雲などが写りにくく、バンド7の方が実態に即した感じになります。


このバンドによる写りの違いについては、以前記事を書いているので参照してみてください。
hpn.hatenablog.com


なお、ウェブサイトとは別に、以前はAndroidに対応した表示アプリも公開されていたのですが、現在はiPhone対応のものだけのようです。

ひまわりリアルタイム

ひまわりリアルタイム

  • TAIYO HOSHA CONSORTIUM, N.P.O.
  • 天気
  • 無料
apps.apple.com


画像処理に使用するソフト

ステライメージ9

https://www.astroarts.co.jp/products/stlimg9/index-j.shtml


国産の天体画像処理ソフト(パッケージ版:30800円 ダウンロード版:27720円)。当然のことながらすべて日本語なのでとっつきやすく、情報も比較的豊富です。とはいえ、使いどころの難しい機能などもあるので、初めて触れる方は「公式ガイドブック」とのセット(パッケージ版:33440円 ダウンロード版:30096円)での購入がお勧めです。*14


ステライメージ8までは動作速度の遅さが問題でしたが、その点は9になって大幅に改善されました。とはいえ、GPUでの処理には依然として未対応ですし、カブリ補正やノイズ除去機能に古さを感じるなど、歴史あるソフトならではの弱点も垣間見えます。しかし、フラット補正時にフラット画像にガンマを適用して補正不足・過剰補正を最小化する「ガンマフラット」など、このソフトでしかできない処理もあり、手元にあるなりに便利なのは確かです。


過去に簡易レビューも書いていますので、参考にしてみてください。
hpn.hatenablog.com
hpn.hatenablog.com


PixInsight

https://pixinsight.com/


おそらく世界で最大のユーザー数を持つ天体画像処理ソフトです。基本的に、誰でも追加モジュールやスクリプトの開発を行えるため、現在でも世界中の開発者が日々機能強化にいそしんでいます。こうした開発体制のため、新機能の取り込み、改良の速度が非常に速く*15、最新のトレンドに沿った処理を積極的に行うことができます。コミュニティの活動が極めて活発なのも特長で、何か問題が発生しても公式フォーラムで解決することが多いです。


機能的にはきわめて豊富で、これ1つあれば天体写真に必要な処理はほぼまかなえると言って過言ではないでしょう。


ただ……

  • 日本語に非対応
  • 機能が多すぎてメニューが複雑
  • 操作方法が独特
  • ドキュメントなどにおいて機能名が略語で記されることが多く、分かりづらい*16

……など、正直猛烈にとっつきにくく、ハードルは決して低くはありません。


とはいえ、言語の問題についてはブラウザの翻訳機能もずいぶん優秀になって、フォーラムなどに目を通すにはあまり問題にならなくなってきました。また、蒼月城さんや丹羽雅彦さんなど、日本語で情報を発信してくれる方も増えてきたので、その意味ではだいぶ楽になってきたかと思います。
www.youtube.com
masahiko.me


個人的には、丹羽さんが書かれた以下の本を読んで、大まかな処理の流れをつかむのがいいのではないかと思います。


難点があるとすればその価格で、2024年3月時点で300ユーロ……つまり5万円近くもします*17。まずは45日間利用可能なトライアルバージョンを試してみて、それで判断してみるといいでしょう。


BlurXterminator

https://www.rc-astro.com/software/bxt/


PixInsight用の有料プラグインモジュールです(99.95ドル)。


天体写真を撮ると当然星が写りますが、その像は大気の揺らぎや光学系の収差、ガイドエラーなど様々な要因によってある程度の大きさを持って写ります。しかし、理想的なことを言えば恒星は本来点像であるはずです。つまり、恒星が点に写る「理想の天体写真」があったとして、「現実の天体写真」はこれにある種の関数を作用させたものと考えることができます。


そこで、この関数を何らかの方法で求め、その逆関数を「現実の天体写真」に作用させれば「理想の天体写真」に近づくはずです。これを「デコンボリューション」といい、BlurXterminatorでは、この逆関数をAIを用いて求め、画像を先鋭化します。


その効果はきわめて強力で、収差やガイドエラーの目立つ画像も、あっという間に無収差の光学系で撮ったかのような画像に変化します。ただ、対象やパラメータによっては、星が極端に小さくなってしまったり、星と星雲とで解像感の違いが目立って不自然になってしまうこともあり、注意が必要です。


StarNet 2

https://www.starnetastro.com/


画像から星だけを取り除いてくれる無料のツールです。PixInsightのプラグインのほか、単独で動作するコマンドライン版、GUI版(Windowsのみ)が用意されています。


かなりの高精度で、星だけを取り除いた画像を生成してくれます。こうやって「星のみ」と「それ以外」とを分離できると、例えば「星雲の階調を強調する」、「星の色を残す」といった操作を、互いに影響させることなく実行できるので、画像処理の自由度が大きく上がります。


GraXpert

https://www.graxpert.com/


光害などによるカブリを除去してくれる無料のツールです。PixInsightのプラグインのほか、単独で動作するスタンドアロン版が用意されています。ただし、スタンドアロン版では複数のカブリ除去方法から適当なものを選べますが、現時点(2024年3月)のプラグイン版では1種類の方法しか選べず、細かい調整もできません。


ステライメージは基本的に直線的なカブリや2次関数的な周辺減光しか除去できず、一方、PixInsightにはAutomaticBackgroundExtractor(ABE)やDynamicBackgroundExtraction(DBE)といったツールがありますが、設定によっては補正不足や過剰補正がしばしば発生します。GraXpertはこれらに替わるツールです。


もちろんGraXpertとて完璧ではなく、ABEやDBE同様、補正不足や過剰補正が発生することも多々ありますが、選択肢が増えるのはいいことです。


FlatAide


ぴんたん(荒井俊也)氏作成のフリーウェアです。撮影または画像処理した画像から、天体や星を消去したフラット画像を事後的に作成して、フラット処理を行います。いわゆる「セルフフラット」を行うためのツールですね。自分の場合、フラット補正はもちろん行っていますし、カブリ除去も慎重にやっていますが、それでもどうしても背景がフラットにならない場合の最終手段として利用しています。これを使うと、なぜか負けた気がするのですが仕方ありません。


なお、現在は有料の「FlatAide Pro」(通常ライセンス:11000円)が主力になっています*18が、自分が使っているのは以前公開されていた無印のFlatAideの方です(現在は公開終了)。安定性に難があるなど問題も少なくありませんが、工夫次第で乗り越えられるレベルなので使い続けています。


NikCollection

https://nikcollection.dxo.com/ja/


元々は、ドイツのNik社が開発していた高機能なPhotoshop用画像処理プラグイン*19です。これが2012年に会社ごとGoogleに買収され、2016年には無料公開。翌年にはさらにDxOの手に渡って無料公開が終了となり、2018年からは新バージョンの販売が始まっています(現バージョン:18500円)。


ちなみに、自分が使っているのはGoogleが無料公開していた頃のバージョン。最新版と比べて若干機能が劣る部分はありますが、大きな不都合はありません。当時ダウンロードしたファイルを保存しておいてよかった……。*20


このツールは複数のプラグインからなっていますが、中でも最も使い出があるのが「Silver Efex」。本来は、モノクロフィルムの暗室処理をシミュレートするものですが、これを天体写真に対して適用すると、散光星雲や分子雲の淡い部分を炙り出すことができる、まさに魔法のような効果を発揮します。カラー画像に対してこれを用い、出来上がった画像をL画像として使うのでもいいのですが、R, G, Bの各チャンネルに対してSilver Efexを適用し再合成するという手間を踏むと、さらにハッキリした結果が得られます。


Silver Efexにはいくつかのプリセットがありますが、天体写真に有効なのは「ファインアートプロセス」、「高ストラクチャ(強)」、「フルダイナミック(強)」、「フルコントラストストラクチャ」あたり。


 

ただ、いずれも猛烈な強調処理が行われるので、元画像はなるべく品質の高いものが必要です。また、効果が強いほどノイズまみれになったり、カラーバランスが滅茶苦茶になったりしがちなので、節度ある使い方が重要です。


Topaz DeNoise AI

https://www.topazlabs.com/denoise-ai


高性能なノイズ除去ツール。現在は「Topaz Photo AI」(199ドル)に統合されています。基本的にはスタンドアロンのツールですが、インストールするとPhotoshopプラグインも同時にインストールされます。


AIでの処理により、画像からノイズのみを極めて高品質に取り除きます。街なかからの撮影の場合、天体を炙り出すのに極端な強調処理が必要で、必然的にノイズも浮き上がってきてしまうのですが、このソフトがあれば相当程度までノイズを取り除けるので「より攻めた」強調が可能になります。


ただ、このソフトも万能ではなく、とりわけ「縮緬ノイズ」の類は苦手。また、ノイズ除去の結果、ディテールが消失したり偽模様が発生したりといった問題が発生することがあります。さらに、ノイズを除去しすぎると画像がツルツルで不自然になりがちで、このツールも節度ある使い方が求められます。


NeatImage

https://ni.neatvideo.com/


DeNoise AIと同じく、こちらもノイズ除去ツール(39.90ドル)。ただ、そのアルゴリズムはDenoise AIとは異なっていて、画像上の、比較的均一と思われる領域からノイズパターンを検出、抽出することで極めて高度なノイズ除去を行います。その仕組み上、「縮緬ノイズ」に対してはDeNoise AIよりもこちらの方が有効だったりします。DeNoise AIとは画像によって得手不得手が異なるので、自分は処理結果によって両者を使い分けています。


Autostakkert!

https://www.autostakkert.com/


惑星撮影を行う場合、現在では動画を撮影してそのフレーム同士をスタッキングし、ウェーブレット処理で高精細化する手法がメインですが、この一連の工程のうち、動画のスタッキングを行うのがこのソフトです。


動作は高速で、使い方もかなり簡単です。このソフトで行うのはあくまでスタッキングまでで、それ以降の処理は別のソフトに渡すことになります。


Registax6

https://www.astronomie.be/registax/


オランダのCor Berrevoets氏が中心となって開発したソフトウェアで、動画カメラの性能向上とあいまって、静止画中心だった惑星の撮影を劇的に変化させた立役者の1つです。動画のスタッキングからその後のウェーブレット処理までこなしますが、最終更新が2011年ということもあって、特にスタッキングについては動作がかなり遅いです。私の場合、スタッキングは上記のAutostakkert!に任せ、もっぱらウェーブレット処理にのみ使用しています。


なお、多数の画像をスタッキングしてウェーブレット処理する手法は、惑星に限らず惑星状星雲など他の天体でも有効なので、試してみるといいと思います。


waveSharp

https://github.com/CorBer/waveSharp


Registaxの開発者であるCor Berrevoets氏らが新規に開発しているウェーブレット処理ツールです。Registaxとはまた少し違った特性を持っていて、Registaxではうまく抽出できなかった模様を抽出できる場合があります(下図参照。パラメータ設定の問題もありそうだけど)。両方試してみて、場合によって使い分けるといいでしょう。




AviStack2

http://www.avistack.de/


月面写真の処理を念頭に、ドイツのMichael Theusner氏を中心に開発されたソフトウェア。Registaxと同様、動画ファイルのフレームをスタッキングし、ウェーブレット処理を行うことで高精細な画像を得ます。


惑星写真の処理にルーツを持つRegistaxと比べると、月面のクローズアップ写真のように画面全体に被写体が広がっている画像の処理に長けていると言われており、自分ももっぱら月面写真の処理にこのソフトを用いています。


ただ、ソフトの実質的な最終更新が2010年ということもあり、マルチコア対応が十分ではなく動作は極めて低速。2014年には開発、メンテナンス自体が終了していますし、高品質な画像が得られるとはいえ、今からあえてこのソフトを使わなくてもいいかなという気はしますが……逆に、スタッキングからウェーブレット処理までシームレスに、かつ高品質でバッチ処理できるソフトはこれくらいなので、手放しにくいのも事実です。


Image Composite Editor


マイクロソフト謹製の画像つなぎ合わせソフト。無料なのに非常に高性能で、月面写真のモザイク合成に重宝しています。


使い方も簡単で文句のつけようがないのですが、惜しむらくは研究プロジェクトそのものが終了していて、公開も終わっている点。とはいえ、抜け道は色々とあるもので……。詳しくは以下の記事をご覧ください。
hpn.hatenablog.com


Adobe Photoshop

https://www.adobe.com/jp/products/photoshop.html


泣く子も黙る、黙ってる子も黙る定番ソフト中の定番。色合いや明るさのコントロールといった簡単な用途から、画像上に残ったゴミの跡の消去、カブリの修正、複数画像の合成など、用途はきわめて多岐にわたります。画像の最終出力も「明示的にカラープロファイルを埋め込められて安心」という理由から、もっぱらこれです。


ただ、欠点はやはりAdobe税」とも揶揄される価格面で、最も安い「フォトプラン」でも月額2380円もします。積算すると……うむ……。


世の中には「ジェネリックPhotoshop」(笑)として、例えば買い切りタイプのAffinity Photo 2などのソフトもあるので、用途によってはそうしたものを検討してもいいかもしれません。


(おまけ)画像処理後に利用するウェブサイト

Astrometry.net

https://nova.astrometry.net/


いわゆる「プレートソルビング」の機能を提供しているウェブサイトです。画像を「upload」のページからアップロードすると、画像を解析して、写っている恒星やメシエ天体、NGC天体、IC天体についてラベルを付けて返してくれます*21


特に、おとめ座銀河団など、背景に無数の銀河が写っているような写真で効果を発揮します。また、「どこを撮ったのか分からなくなってしまった」といった画像を解析するのも、便利な使い方です。


SIMBAD

https://simbad.unistra.fr/simbad/


ストラスブール天文データセンターによって運営されている、太陽系外の天体のデータベースです。Basic searchの検索欄に天体名(Vegaなど)やカタログ名(M31など)を入力すると、天体の座標や移動速度、赤方偏移、各波長域での等級など詳細なデータを見ることができます。

冒頭の方で書いたAladin Desktopはこのデータベースと連携しているので、写真に写っている天体と照らし合わせてみると楽しいです。



このほか、SEDS Messier DatabaseThe Interactive NGC Catalog Onlineは、天体の基礎情報を集めるのに役立ちますし、これらを基礎に他のサイトも回ると様々な情報が手に入ります。写っている天体が何者なのかが分かると、撮った写真に愛着もより一層湧くというものです。

*1:Deep-sky objects。太陽系の天体や普通の恒星を除いた系外銀河・星雲・星団のこと。

*2:著作権のある写真を利用する場合は、あくまで個人利用の範囲内で。

*3:基本的には、どのパネルもほぼ同条件で撮影されている(明らかに違うのもいくつかあるけど)ので、お互いに比較が可能です。

*4:バージョンによっては「オフラインで使用するためのキャッシュ画像」のスイッチ(キャプチャ画像左上)をオンにしておく必要があります。

*5:ICONのみ4日後まで

*6:逆に言えばたまには外れる

*7:いわゆる「星空指数」などを含む

*8:そもそも気象庁の「晴れ」の定義が「雲量2~8以下」なので、一般的な天気予報で「晴れ」となっていても、実際には雲だらけということが十分あり得ます。

*9:試し撮りをして、写っている星の配置から望遠鏡がどちらを向いているのか判断する機能

*10:別途、ASTAPPlateSolve2、およびスターカタログのインストールが必要です。

*11:ガイド撮影時、コマごとに構図を少しずつずらし、天体に対するホットピクセルや固定ノイズの位置を分散させる撮り方。

*12:別途、AstroTortillaのインストールが必要です。

*13:後者2つはPremiumのみ

*14:ガイドブックの出来としては、本当は「ステライメージ6」のガイドブックの方が突っ込んだところまで書かれていていいのだけど、さすがに入手困難ですし……。

*15:逆に「知らないうちに今まで使ってた機能がどこかに行ってた」ということも起こりうるわけですが。

*16:例えば、WBPP(WeightedBatchPreprocessing)、ABE(AutomaticBackgroundExtractor)、SPCC( SpectrophotometricColorCalibration)など

*17:去年までは250ユーロ、そのさらに前は230ユーロだったのですが……。

*18:こちらはこちらで、フラット処理にとどまらない高機能なソフトです。

*19:プラグインではあるのですが、なぜかスタンドアロンでも実行できたりします。「プラグイン」とは……。hpn.hatenablog.com

*20:前段のFlatAideもそうですが、実はxxxにアクセスする(違法手段ではない)と、いまだに元ファイルを取得できるのですが……一応、自粛しておきます。Image Composite Ed……いや、なんでもないです。

*21:ちなみに、PixInsightには類似で、かつより詳細な機能が搭載されています。