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2007-07-31 Tue

[] 驚き

思考のメモ的に書いたエントリブックマークが付くと、激しく推敲したくなる。思考した順番通りに書いてるので、読み返してないから。ああ、後悔。考えを整理して推敲して、別エントリかな。

[] 描写的な音楽

今も若いつもりだが、もっと若い頃の僕が若い何とやらをもてあます時期に気になった描写的な音楽は、やはりR.シュトラウス「英雄の生涯」の「英雄の伴侶」かな。男女の絡みを描いているらしい。初めて聴いた時は「ふーん」って感じだったけど。

2007-07-30 Mon

[] 直接のコミュニケーション

メール」というコミュニケーション・ツールが普及して、電話の地位が上がった気がする。かつては「電話ですまさないで、直接会って話しなさい」だったのが、「メールですまさないで、電話を一本入れなさい」になることが増えたのではないかと。もちろん、直接会って会話をする以上に、刺激的でシビア楽しいこともないのだが。

一番良くないのが人伝いのコミュニケーション。「こう言ってましたよ」、「こんなこと考えているらしいよ」とかは、出来るだけ聞きたくない。言わないようにも気をつけたい。「メールで言わないで、直接言えばいいじゃないですか!」なんて意見が人伝いに伝わってきたり、意見を伝えたい対象の居ないところで言ってるのを見たりすると、「その意見を直接言えばいいじゃないですか」と思うので、次そんなことがあれば直接言おうと思う。

メールというだけで、メール経由で来た意見を軽く見る人はまだ少なくない。けれど電話と違って時間を選ばないのと、記録が残るという点と、送信相手にダイレクトに届く点で、電話を凌駕する。「メールで言わないで、直接言えばいいじゃないですか!」という意見は相手に直接言わない限り、メールを送った側の真摯さに劣る。送信相手にダイレクトに届かせようともしていないわけだから。

[] 出先にて

樋口裕一さんは小論文のあの人?

2007-07-29 Sun

[] 無力感

無力感に苛まれるとはこういうことなのだな、と一昨日は思った。人から影響を受けることがある、人に影響を与えることがある。そして、影響し合える関係性に期待する。今回の相手は比較的近しい立場で理解しあえる部分も少なくないと踏んでいて、少しは頑なさが取れて柔軟に受け取ってくれるのではないかと期待しつつアプローチをしてみたが・・・。やはり、僕の考えを聞こうともしてくれなかった。無力感。力足らず。不徳の致すところ。

そんな折りも折り、田口ランディブログにこんな言葉があった。

他人を自分の思う通りにしようとして挫折したときに感じるのが、無力感だ。

無力感を感じるとき、ああ、またあたしは人を思い通りにしようとしたな、と思い、つくづくと情けなく、そしてみじめになる。

相手にしなければ、相手と深く関わらなければ、たぶん感じなくていいんだ。そうなれた方がきっと楽だと思う。世の中に出回っているハウツー本は、いかに自分が無力感を感じずに、うまく他人をコントロールするかについて書かれている。そういう本がいつもベストセラーになっている。

no title

「人を思い通りにしようとした」という視点が僕にはなかったから、上記のエントリを読んでみて、ちょっと気持ちが落ち着いた。僕に行き過ぎた点があったのかも知れない。僕のやり方を相手に強要する権利はないのかも知れない。反省できた。けど田口ランディにとってのペットボトルに比べれば、僕のはもう少し僕側に引き寄せられた問題かなという気持ちもするので、田口ランディと同じようには、諦めることが出来ない。「相手にしなければ、相手と深く関わらなければ、たぶん感じなくていいんだ。そうなれた方がきっと楽だと思う。」という対人姿勢は、今の僕の置かれている集まりのなかでは、あってはならないものだと思うから。僕は、そういうものを打破していきたいのだ。もっと関わり合って、責任を感じ合いたいと思うのだ。相手の問題を、僕の問題に出来るように。

全然、反省してない!

[] クラシック音楽を何から聴くか

以前、「no title」に反応して、「 音大生なら聴いておきたい100曲(作曲年順) - think two things」を書いたが、またクラシック初心者に向けた「100曲」作りが話題になっている。下記のダイアリーとか。

はてなダイアリー

はてなブックマーク - 虚構組曲 - 初心者のためのクラシック音楽100選

これをきっかけに色々書きながら考えよう。

この手の記事にこんなにブックマークが集まるのは、クラシック音楽への関心度の高さと見ていいのだろうか。ある年齢層より下の世代は、音楽の鑑賞の時間のおかげでクラシック音楽に接していない人は少ないと思うので、ここ最近のブームを水分にして一人一人に埋まった種が反応しているのかも知れない。「クラシック」という言葉には、高級な雰囲気が少なからずある。例えば「クラシック・カー」みたいに格式の高いとされるものにつけられるこの「クラシック」という言葉に、近寄り難さは感じても、蔑むような気持ちにはなりにくいと思う。そういうこともあって「クラシック」という音楽ジャンルにとっては、「クラシック」という言葉は命綱だな。

それはそうと、上のダイアリーのエントリで気になるのがこの部分。

クラシック音楽というのは、音楽であると同時に作曲家思想史の断片なので、単独で「これだけは聴けとけ」というのは難しい。ベートーヴェンの荘厳ミサ曲は交響曲第9番を聴かなければ意味合いが半減してしまうし、R.シュトラウス交響詩や歌曲もオペラを聴かないと本当の姿が見えてこない。

「思想史の断片」とか書くのは初心者にとっては何のことか分からないだろうなと思うが、それは別の問題。「これだけは聴けとけ」でもなくて、その後ろ。ここで例に挙げられているベートーヴェンについては僕も納得できるが、R.シュトラウスに関しては違う見解を持つ。R.シュトラウスの代表的なオペラは、交響詩より後に作曲されている(かつてこんなエントリを書いていた: リヒャルト・シュトラウスの活動と「英雄の生涯」 - think two things)。だから、R.シュトラウスのオペラを聴かないと交響詩の姿が見えないことには、ならないだろうと思う。交響詩を聴かないとオペラの姿が見えないことはあるにしても。もちろんR.シュトラウスという一人の人間による作品群なので、関係性がないわけではないのも確か。一人の作曲家の色々な作品を聴き続ければ、それなりのものは読み取れるようになる。書いていて収拾がつかなくなってきたので、一旦休憩。

ちなみに「交響詩」というのはハンガリー系のピアニスト・作曲家のリストという人が作った音楽の形で、端的に言えば詩的な題名があって、それを描いた音楽というところだろうか。音楽鑑賞の時間に聴かれることの多い「モルダウ」も交響詩だし、吹奏楽に編曲され人気のある「ローマの松」や「ローマの祭」なども交響詩だ。「モルダウ」は川の源流の描写から始まり、落ち着いた流れを経て、河畔に住む人々の狩りや踊り、月夜に照らされて光る川面、激流・・・。何が表現されているかを人に説明することが出来る。絵画で言えば、何が描かれているか判別できる静物画や風景画のようなものだろうか。

翻って、描写する対象がないクラシック音楽もある。「交響曲」とか、「ソナタ」とか。こんな無味乾燥タイトルから、音楽の中身を想像することなんて出来ないだろう。ドラマのだめカンタービレ」のオープニング曲となり知名度が俄然上がったベートーヴェン「交響曲第7番」、あの実際の音に接してその魅力にほだされた人は一人や二人ではないだろう。「描写する対象がない」曲にも魅力的なものがあるんだ、ということが伝わるだけでも僕は嬉しかった。

それはさておき、だいたい「交響曲」って何なんだろう。「交響」なんて普段使いみちのない熟語だが、クラシックの中でも一番人気のある形式であるにも関わらず、その字から伝わる要素が少ないってのは、本当に厳しい話。「協奏曲」なら「協力して奏でるのね」と、「室内楽曲」なら「部屋の中でやるのか」と、「四重奏曲」なら「四つが重なって奏でるのか」みたいな感じでイメージが出来る。「交響曲」、「交わって響く」って何とも整理しにくい。「交響曲」はもともとは、オペラの序曲だったものが派生して出来たものらしいが、そんなことを言い出す時点で訳が分からない。思い切って外来語式に「シンフォニー」って言ったほうがいいのかも知れないな。「バラード」とか「ブルース」くらい浸透してくれば。なまじ誰でも読める漢字「交響」というのがいけないのかも知れない。

話を戻して、ベートーヴェンの「交響曲第7番」には描いている具体的な対象は、ない。つまり物や風景、物語のように人に説明できるものを描いているわけではない。じゃあ、何を描いているのかと言えば、ベートーヴェン自身ってことになるのかな。ベートーヴェンの心の動きと言い換えてもいい。つまり具体性がなくて、とても抽象的なのが「交響曲」と名付けられる音楽の大部分。絵画で言えば、そのまま抽象画だろう。いきなりだが「抽象曲」というタイトルは「交響曲」よりも、交響曲的なものをイメージしやすいかも。ベートーヴェン「抽象曲第1番 ハ長調」、こう書かれれば、「そうか、抽象的な曲なんだな」と人はきちんと身構えて聴くことが出来る・・・、いや出来ないか。

さて、「クラシック音楽を何から聴くか」とかタイトルをつけておきながら全然その話にならないが、そろそろ考えながら書いてみたい。描写的な音楽から聴くのはどうだろう。

交響詩

じゃあ「交響詩」から。「交響」は分からなくても、「詩」ならイメージしやすい。聴き手の想像力を喚起してくれるタイトルのついている曲は、クラシックには膨大にある。中でも上に挙げた「モルダウ」や「ローマの祭」はうってつけだと思う。けれど「モルダウ」は音楽の時間に聴かれる程に使い古されているのと、音楽の退屈な授業を連想してしまう恐れがあるので、「ローマの祭」がいいかも知れない。

「ローマの祭」はローマを舞台にした祭を描いている曲。ローマ帝国時代に迫害されていたキリスト教徒を襲うライオン*1と、キリスト教徒の祈りの歌。ファンファーレ。厳かに執り行われる祭礼の様子。収穫の季節のような晴れやかさと穏やかさ。酔っ払いと手回しオルガンと踊り狂う人々。いやー、僕が好きなだけか。ほかにもムソルグスキーの「禿山の一夜」や、デュカス「魔法使いの弟子」、交響詩ではないけれどドビュッシーの「海」もその手の音楽。描いている情景や、対象を事前に把握しておいてから、どのメロディがどの情景を描いているか、どの響きがどの対象を描いているかを聴き取る。「モルダウ」なら激流の箇所などはすぐ見付けられると思うし、「ローマの祭」のライオンの咆哮や酔っ払いの歌も分かりやすい。「禿山の一夜」で夜明けを告げる鐘の音もそのまま叩かれる。ああ、僕が聴きたくなってきた。

どこかで聴いたことある曲

また別の入っていき方で、「あっ! この曲聴いたことある!」っていう瞬間にはある種の優越感に浸れるので、その手のものを聴きまくるというのは「私、クラシック初心者なんです・・・」という押しの弱さを払拭するには悪くないかも知れない。となると、CMに使われた経過のある作品が良いかもと挙げるのはバッハの「ブランデンブルク協奏曲第5番」の第3楽章

ブランデンブルク」と片仮名のタイトルだけで恐れをなす人は居るかもーと思いながら続けると、この曲は何度もアレンジを変えてソフトコンタクトレンズ「レニュー」のCMで使われているので、「あっ! 聴いたことある!」と可能性は低くない。他ではブラームスの「交響曲第1番」の第4楽章。

この曲はサントリーウイスキー「響」を始めとして何度もCMで使われているし、「のだめ」で有名になった曲でもあるので更に「あっ! 聴いたことある!」体験を得られる可能性はある。ワーグナー歌劇タンホイザー」の序曲もいけるかな。

これは佐川急便のCMで結構長い間使われていたから。最近は見なくなったが、昔は「CMクラシック」などのタイトルで、CMで使われた曲を集めたオムニバスCDが結構販売されていたので、そういうものを見つけて1枚買うのがおすすめ。かく言う僕もその手のCDを買って何度も聴いた。「フリスキー・モンプチ」のCMでモーツァルトの魅力にはまったのが僕だ。けれど闇雲に買っても「あっ! 聴いたことある!」に当たらない場合のほうが多く、そんな時は不幸な気持ちがするので、まずはこのあたりを買うのが一番いいのかな。

で、聴いたことがあったものをまた個別に買ってみるということで。

もう一つくらい何かないかな。あ、これだ。

覚えやすいメロディの曲

覚えやすいメロディの曲を選ぶといいかも。クラシック音楽には詞がないので、あっても外国語であることが多い*2ので、ずっと前奏・間奏・伴奏みたいなイメージで捉えられているのかも知れない。けれどそういう詞がない音楽のいいところは、受け取り方が多彩になるということ。「愛している」という詞があれば、それをそのまま受け取るしかないのだけど、「これは愛を描いている」という主題はあっても言葉がなければ、それを受け取る側の感慨は人それぞれ異なるものだし、同じ人の中でも聴く時間や状況によって聞こえ方が変わるのだ。クラシック音楽はどんどん形を変える。話が逸れる。覚えやすいメロディの話だった。そういう点で良いのはやはりラヴェルの「ボレロ」なんだろうな。

この曲はメロディが2つしか出てこなくて、その2つを覚えることが出来れば、あとはそれを追っていくだけで楽しめる。初めて全部聴くと馬鹿らしいかも知れないが。演奏時間は十数分あるので、その長さのクラシックを聴き通したという充実感も得られるし。そうそう、クラシック音楽は長いから、それで脱落してしまう人は少なくないのだろうな。でも長い長い曲も、短いメロディたちの組み合わせで出来ているので、幾つかのメロディを覚えられたら、後はそれを待っていればいい。前に挙げたブラームス「交響曲第1番」の第4楽章の有名なところは、曲が始まってから暫く経ってから出てくるので、それを耐え忍んだ後の美しさもなかなか格別なはず。と、話がずれた。「ボレロ」だった。「ボレロ」の小太鼓リズム水戸黄門主題歌のリズムに似ていて、これも覚えやすい。そしてずっと同じリズムなので、それに耳をすませるのも楽しみ方の一つかも。それにベースの音も「ド・ソ・ソ・ド・ソ・ドド」の繰り返しなので、これに耳をすませ続けるのも一興。ほかで覚えやすいメロディのクラシック・・・、ムソルグスキーの「展覧会の絵」かな。

ここではラヴェルが編曲したオーケストラのほうの話。「展覧会の絵」の中には「プロムナード」というタイトルの曲が数曲あって、その間に色々な曲が挟み込まれているわけだが、この「プロムナード」のメロディは基本的には同じ。けれども、楽器・速さ・キーなどを効果的に変え、組み立て直してあるので、その違いを楽しむようなことも出来る。そのプロムナードを待っている間は耐え忍んでおけばいい。もちろんメロディを覚えられれば素敵な時間になる。「古い城」のサクソフォン音色は受け入れやすいと思う。最後の2曲「バーバ・ヤーガの小屋」「キエフの大きな門」は切れ目なく演奏されるのだけど、この圧倒的な曲が感動を連れてきてくれる可能性も高いと思う。

と、ここまで書いて思ったけど、「変奏曲」という形式は初心者にいいかも知れない。

変奏曲

「変奏曲」は一番始めのメロディを、速さを変えたり、キーを変えたり、別のメロディと絡ませたり、拍子を変えたりしていく形式(で、合ってる?)。ちょっとひねくれた説明をすると、メロディを変えてどう巧く「隠していくか」という形式かな。なので、一番始めのメロディを覚えれば、そのメロディが変わっていく形を楽しむことが出来ると思う。隠されていくメロディを聴き取ろうとして、見つけるのもいい。クラシックを聴く楽しさって、「メロディを聴き取って見つけていく」ことなのかも知れないと思った。今、思った。「変奏曲」はその練習にもなる。モーツァルトの「キラキラ星変奏曲」もいいし、ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」もいいなあ。ブラームスなら「交響曲第4番」の第4楽章もいいかも。あまり長いのがあれなら、ストラヴィンスキー火の鳥」のフィナーレはどうかな。メロディが短くなって、また長くなるだけだけど。

あとクラシック聴き始める人は、日本語のジャケットで、値段が安くないものを買うほうがいいかも知れない。いわゆる国内盤。国内盤ならブックレットもそれなりに充実している可能性が高い。ブックレットから得られる情報は馬鹿にならないと思うから、是非。

今度、僕が聴いてきた100曲を考えてみようと思う。最初に関心を持ったのはどの曲か。どの曲を聴いてきたか。好きな曲はどれか、どこが好きか。そういうことを考えながら、また書こう。

*1:違う動物だったかも。

*2:もちろん日本語の詞のついたクラシック音楽もある。

2007-07-27 Fri

[] 今朝のFM

アンドレ・クリュイタンス/ベルリン・フィルの「エロイカ」。確証はないが、このオーボエはローター・コッホでは? 第3楽章の頭を聴いてそう思ったが、誰か真相を教えてくれまいか。ベルリン・フィルのこういった「幸福出会い」的な録音が好きだ。バルビローリとのマーラーや、フリッチャイとの新世界とか。

2007-07-26 Thu

[] 今朝のFM

メンデルスゾーン交響曲宗教改革」。ペーターマークの録音を持っていて聴いている筈なのに、今聴いていてピンと来ないのは駄目だな。

[] 響き

「響きのヴィジョン」という表現を思いついてメモしてみる。

[] 宮本文昭オーボエとの「時間」』

今、人から借りて読了

オーボエとの「時間(とき)」

オーボエとの「時間(とき)」

宮本文昭さんのオーボエの音は、オーボエらしさが綿密に織り込まれているにも関わらず、オーボエという楽器存在を忘れさせてくれる力がある。矛盾しているような表現だが、そう思うのだ。音の一つを取り出せば誰も到達できなかった美しいオーボエの音がそこに在るのに、その音が次の音を呼び込んだ時点でオーボエの存在は音楽の存在にすりかわる。取り替えの利かない個性だ。僕には、彼の音色ヴィブラートの特徴を掴もうと集中的に聴き続けた期間があった。「午後のロマネスク」、モーツァルト協奏曲などのソロ作品を中心に買い集め聴き続ける毎日。毎日は言い過ぎかも。その立ち上がりからすぐ響きの成分を連れてくるような彼の音を、録音の際の調整の成果なのではないかと僕は勘繰っていた。けれど宮本さんが参加しているとは知らずに買ったサイトウ・キネン・オーケストラの録音を聴き直せば、オーケストラの中にあっても同じ吸引力を保持している彼に気付くことが出来た。彼がもうオーボエを吹くことがないのは残念だが、これまでの録音と、この本のようなまた別の魅力の可能性を楽しみ続けたいと思う。

2007-07-25 Wed

[] 乗り越えていく

色々あるけど、乗り越えていくしかない。

[] ゲド戦記の最後の本

ゲド戦記 5 アースシーの風

ゲド戦記 5 アースシーの風

外伝があるらしいが、正伝(?)としては最後。読み進めて来れた。第4巻を今日、読み終えた。

[] レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ

ヴォーン・ウィリアムズ交響曲の好きな順を考えてみた。意味はない。「海の交響曲」を第1番、「ロンドン交響曲」を第2番、「南極交響曲」を第7番としてます。

第5番>第1番>第4番>第7番>第2番>第3番>第6番>第8番>第9番

学生時代に「ロンドン交響曲(第2番)」に心酔している人に出会って、それ以来、「ロンドン交響曲」の楽しみ方を身につけられるように聴き続けているのだけど、「南極交響曲(第7番)」の壁をなかなか越えられない。いや、それよりも僕の中では第5番と第1番の間に、まだかなりの開きがある。こう並べてみて思うのは、まだまだ開拓し甲斐のある作曲家だなあという月並みな感想

2007-07-22 Sun

[] 瀬尾まいこ「卵の緒」

卵の緒 (新潮文庫)

卵の緒 (新潮文庫)

読了。表題作は一気に書き上げられたかのような感じがあって、清々しく読めた。言葉の一つ一つには不安定さはないのに、全体としては儚い雰囲気があるのが素敵。「幸福な食卓」の書かれた方は四角いけれど、「卵の緒」は曲線のよう。家族って何だろう。

[] 茂木健一郎の「情報倫理」と

茂木健一郎 クオリア日記: 情報倫理

竹内薫さんが書いたという「はじめての数式処理ソフト―Maximaで楽しむ数式計算と物理グラフィック CD-ROM付 (ブルーバックス)」へのAmazonでのレビュー*1をきっかけに、欧米での実名文化(?)の例を引きながら『「匿名で書かれた意見は、無視してかまわない』という極言を最後に述べておられる。

『匿名で何かを書くと、あたかもそれが社会の「空気」であるかのような錯覚が生じる』らしいけど、それは実名・匿名に関係がなくはないかな。実名で書いている人の中にも、社会の空気感を感じ取っているような素振りを根拠なく出す人も居るし、匿名で書いていてもバランスの取れた良いものを出せる人も居るだろう。新聞記事でもひどいものはあるし、匿名の投書でも的を得たものもある。比率の問題はあるだろうけど、不用意に二元論的に片方を切り落としていくのは勿体無い気がする。茂木さんの知り合いのテレビプロデューサーによれば、実名で書くようになれば、書かれている内容のクオリティが上がるそうだ。つまりクオリティのない意見は要らないということだろうか。

茂木さんは、竹内薫さんの本についての感想や、Amazonレビューで書かれたらしい内容とそれに対する批判にも言及しないまま「極言」を導いてしまっているが、僕はそこに個人らしさは感じ取れない。茂木さんが対談などでよく使われる主語「我々は」*2を思い出してしまうせいもあるのかも知れないが、『あたかもそれが社会の「空気」であるかのような錯覚』を生じさせているように思う。これは僕の偏見のせいだろう。

僕はここでずっと匿名で書き続けているけれど、ここでの人格が捨て難く、ここで起こった遣り取りを大切にしたい気持ちがある。ここで実名を書くことは、僕の実生活上への影響も十分考えられるので・・・。誰だってそうだろう。匿名でないと書けないことはある。背負うべき公人としての立場以外の視点から書こうと思えば、匿名で書くしかないのだ。公人・私人としての切り替えなく書ける人はいいかも知れない。いや、公人・私人の違いなく書かねばならない人は辛いかも知れないが、有名税ということでw 僕は匿名でしか書けない個人の考えを、僕自身のために書き留めていくつもり。無視されるのも結構だな、と今思った。そうだ、僕は僕を書く。

実名・匿名に関わらず、自著の評を全て読む梅田望夫さんのご意見を聞きたいところ。

*1:消去されている模様。

*2高橋悠治さんとの対談で高橋さんに「なぜ"我々は"と言うことができるのですか?」と突っ込まれていた。

2007-07-21 Sat

[] フランスもの

一昨日、デュレが好きだという人に出会った。本当に好きなのかな。

2007-07-20 Fri

[] 瀬尾まいこ幸福な食卓

幸福な食卓 (講談社文庫)

幸福な食卓 (講談社文庫)

今朝に読了。4つの短編かと思っていたら話は繋がっていた。主人公が中学二年生になる時から高校二年生の冬までをそれぞれの章で描いていくのだけど、章の間にある程度の期間が設けられていて、それがいい。どんなことにも時間が押し寄せる。それが最後のつらいことの後にも救いがあるかのような感慨を残してくれる。読み終わった後でブックカバーを外して帯を読んで映画化されていたのを知った。ちょっと見てみたい。

[] 今朝のFM

今朝はオイゲン・ヨッフムの特集を放送していた。ブラームスピアノ協奏曲第2番から聴いたのだけど、幻惑させるような響きがあちこちで聴けて楽しい。こんな表情を出せる指揮者なのだな。モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」が放送の最後。耳が驚かされることはなく、とても滑らかな音楽が流れる。集中を聴き手に要求してくるような厳かな表情もある。どのパートも全力だ。

2007-07-19 Thu

2007-07-18 Wed

[] 今朝のFM

リストの「ファウスト交響曲」を放送していた。リストの作品は、僕にとってはまだまだ未開拓。一般的にも余程の好事家でもない限り、リストの管弦楽作品を楽しむなんてことは・・・。交響詩全曲演奏して、どの程度の時間が必要になるのかな。

[] ゲド戦記

ゲド戦記 3 さいはての島へ (ソフトカバー版)

ゲド戦記 3 さいはての島へ (ソフトカバー版)

読了。盛り上がる物語だった。あと4巻を買って読んで、映画を見よう。

2007-07-17 Tue

2007-07-16 Mon

[] 今朝のFM

サイモン・ラトル指揮のベルリン・フィルブルックナー交響曲第4番」。木管の艶やかな音色が浮き上がっていて、僕は聴いていて音楽を整理できない。もう一度聴きたいな。ライヴ録音なのか、これ!

続けてはブレンデルピアノメンデルスゾーン。冷静な推進力のある演奏。歩を進めたり、とどまったり。僕の中のブレンデルのイメージが良くないのは、宇野功芳さんの本の影響力から抜け出せていない証かも知れない。反省しつつ、これから聴いてみたいピアニストとして記憶

[] 音楽仕舞ってある場所

何年経っても治らない。ハチャトゥリャンのバレエ音楽スパルタクス」、特に「スパルタクスとフリーギアのアダージョ」を聴くと、気持ちが揺り起こされて腕には鳥肌が立ってしまう。いつも最初は冷静に聴いているのだ。聴いている演奏の良し悪しについて考えたりもする。けれど曲が進むうち、昔の思い出の一部と少しの後悔と憧憬のようなものを連れてきて、僕が「スパルタクス」に出会ってから今まで続いた時間の量を見せられて陶然としてしまい、僕の中の「スパルタクスとフリーギアのアダージョ」が大きくのたうつようになる。受け手であることを忘れる程に、僕の中の音楽が鳴る。音楽の不思議を感じる瞬間だ。

音楽は何も聴くものばかりではなくて、僕の中にずっとあるものもある。なかなか呼び覚まされないが確かにある。音楽を聴くということは、自分自身の中にある音楽を再発見し、それが仕舞ってある場所に「しるし」を付けることのように思う。音楽を聴く度に、その場所の広さや匂い、位置は変わっていく。僕の音楽は形を変え続ける。初めて出会う音楽は仕舞う場所探しから始まるから楽しめない時もあるだろう。人によっては仕舞わずに捨ててしまうかも知れない。けど僕は音楽を捨てまい。どんな音楽も可能な限り、僕の中に息づかせていきたい。

聴いていたのは、これだ。

トランペットがべらぼうに巧い。

[] ラザレフが日本フィルの首席指揮者

この演奏の指揮をしているアレクサンドル・ラザレフが、日本フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者に決定したらしい。2008年9月の就任だそうだ。ボリショイ交響楽団の演奏を指して「フィラデルフィア管弦楽団のようですね」と言及した記者か誰かに向かって、「もっと良い」と言ってのけた指揮者だ。日本フィルは鍛えられる覚悟で招聘するのだろうか。アシュケナージNHK交響楽団の組み合わせのように短命に終わるようなことになれば、単なる一時しのぎということになるわけだけど・・・。

[] アーサー・ブリス

Colour Symphony/Adam Zero

Colour Symphony/Adam Zero

思い立って、ブリスを聴く。これ、廃盤

[] ブライアン・ウィルソン

no title

ふと思い立って、ブライアン・ウィルソンの公式サイトを久々に見に行った。サイトに使われている写真を見て、痩せたなあと思う。けど、若い頃のブライアンの面影が増えてきているような気もする。今年65歳。できるだけ長く生きて欲しい。もう十分に感興豊かな楽曲をたくさん作ってくれたけど、これからも活動を続けて欲しいし、できるだけ長く同じ時代を生きていたい。

2007-07-14 Sat

[] チャイコフスキー「マンフレッド交響曲

シルヴェストリ/ボーンマス交響楽団、アーロノヴィチ/ロンドン交響楽団とを聴き比べ。比べる意味なんてないのだけど、曲が色んな姿になるのを楽しみたい。シルヴェストリの演奏を随分と長い間「濃い」と思っていたけど、アーロノヴィチを聴いた後では、爽やかで優雅さがあった。楽しい曲だ。第3楽章に、「サウンド・オブ・ミュージック」に似てる旋律が出てきて愉快。

Manfred Symphony / Pine of Rome

Manfred Symphony / Pine of Rome

コンスタンティン・シルヴェストリを知るより先に、アラン・シルヴェストリに出会ったので、僕の中ではコンスタンティンのほうの分が悪い。意味はない。

[] 瀬尾まいこの本

卵の緒 (新潮文庫)

卵の緒 (新潮文庫)

幸福な食卓 (講談社文庫)

幸福な食卓 (講談社文庫)

どちらも発売されてすぐに買おうとしていたのだけど、手持ちのお金がなくて今までズルズルと。今日になって、急に家族のことを考えざるを得ない状況になって、思わず買ってしまった。どんな物語なのだろう。

[] 歴代天皇陵総覧

歴代天皇陵総覧

歴代天皇陵総覧

今日、この本を少し立ち読み。強烈に気になる。学生時代下宿していた場所の近くに天皇陵が大量にあって、一通り回った思い出がふつふつと。それぞれの天皇に思い入れはないが、弔いの気持ちの形には関心がある。それから信仰にすがりたいとは思わないが、信仰を集めた物や場所には関心がある。

2007-07-13 Fri

[] 今朝のFM

ベック姉妹のピアノチャイコフスキー。「イタリア奇想曲」「スラヴ行進曲」、そしてバレエの曲から幾つか。オーケストラの響きから聴き取れていなかった和音の動きなどがあって、とても面白い。久しくピアノ連弾をしていないけど、やってみたくなってきた。ドビュッシー「小組曲」や、ドヴォルザーク「スラヴ舞曲」などを一緒に弾いてくれる方、居ませんか。

[][] 最初

「最初はダメだったんだよ」

糸井重里の本にそんな言葉が書いてあった。

[] 梅棹忠夫の本

情報の文明学 (中公文庫)

情報の文明学 (中公文庫)

買いたい。立ち読みして考える。

2007-07-12 Thu

2007-07-09 Mon

[] バリエーション

今朝メールで配信されてきた言葉

無知な友人ほどに危険なものはない。賢い敵のほうがずっとましだ。

バリエーションを色々思いついては、僕自身の偏狭さを思い知る。

[] 麻生太郎とてつもない日本

とてつもない日本 (新潮新書)

とてつもない日本 (新潮新書)

今日通勤時と出先への移動中に読了吉田茂の孫というプロフィールは、岸信介の孫というプロフィールほど胡散臭くはない。信頼し切ってはいないが。それはさておき、麻生太郎の自分の仕事への自負と、未来への力強い表明を眼前にして清々しい気持ちになった。「美辞を弄しすぎたかもしれない」と謙虚に結ばれる本書だが、本気でその美辞を信じ実現していこうという迫力がある。

僕が麻生太郎の存在意識し始めた流れを辿ってみたくなった。

白洲次郎との逸話も少なくない麻生和子の子供となると、気にならないわけがない。

今、外交の手腕を持ってそうな政治家と言われて思い浮かぶのは、残念ながら麻生太郎くらいだ。決して十分ではないのだけど、ライス国務長官と並んだ姿などを見ていると、日本人ありがちな卑屈な印象は受けないので。ところで民主党ネクスト外務大臣は誰だったかな。

ところで、麻生太郎は薩摩系で、安倍晋三長州系。仲は悪そうですね。

[] 民主党ネクスト外務大臣

民主党のサイトを見に行ってみた。

民進党 | 国民とともに進む。

凄く重かった。自民党のほうが軽かった。で、ネクスト外務大臣を調べてみると、山口壯という人らしい。誰だっけ? ブログがあった。「no title」、このタイトル何だろう? プロフィールを見てみると、官僚出身らしいです。気になった文章。

自民党の候補より、絶対いいと思います。

って、学級会みたいな雰囲気が。いや、考え直せば政治は大きな学級会みたいなものかも。

子供の頃に中途半端に学級会とか生徒会投票とかしないほうが、選挙権を得てから投票場に足を運ぶ確率が上がったりして。それはないか。

2007-07-08 Sun

[][] 「オーケストラビルダー」という言葉

かつては「オーケストラ・ビルダー」という言葉が、それなりに使われていたように思う。アンタル・ドラティとか、シャルル・デュトワなんかにこの言葉を引いて賞賛をする人が多かった。ドラティはアメリカのオーケストラを渡り歩いては、それぞれの評価を上げたような印象がある。デュトワが訪れた後のモントリオール交響楽団の変貌ぶりは、彼のオーケストラ・ビルダーとしての力量を証明していることになるのだろう。バーミンガム市立響でのラトル仕事ぶりも、様々な企画の立案者としてだけでなく、オーケストラ・ビルダーとしての役割も小さくなかったはずだ。オスロフィルを有名にしたヤンソンスミネソタ管を再生させた大植英次、エド・テ・ワールトなんかもこの部類か。

それでも最近は「オーケストラ・ビルダー」という言葉をあまり聞かない気がするのは何故だろう。力量を上げる必要がないほどオーケストラのレベルが上がったからか? と考えてみて、「それは有り得ない」とすぐに否定する僕自身のすれ具合に悲しくなってしまった。指揮者の入れ替わりが早いからだろうか? それはあるかも知れない。オーケストラに色を与えていくほど、付き合えない。

それでは色とは? 企画立案だけでなく、サウンドとしての長期的計画を持っているオーケストラがどれほどあるのだろうか。気になってきた。ベルリン・フィルウィーン・フィルなどの歴史ある有名オーケストラならば、守っていく伝統音色というものが確固たるものとして共有されていて、それを体現できる者が集まってくる。聴衆もその個性を理解している。では伝統のないオーケストラはどうしたらいいのだろう。伝統のない日本は。

また今度。

[] 今日聴いた

チャイコフスキー:交響曲全集:第1番-第6番/マンフレッド交響曲 (1960-78)<タワーレコード限定> - TOWER RECORDS ONLINE

交響曲第6番」を。アンタル・ドラティ指揮のロンドン交響楽団。これを聴いたから「オーケストラビルダー」という言葉を思い出したのだ。確信に満ちた発音、自然な旋律の受け渡し。オーケストラが凄いのか、指揮者が凄いのか。人を酔わせるような魔法はないかも知れないが、大きく豊かな音楽を用意してくれている。健康的だ。

静かな音楽

静かな音楽

イタリアーナ」と「シチリアーナ」を聴いてから、また最初から全部聴いた。山田花子が主演していた臓器移植ドラマを思い出した。確かこのCDに収録されている音楽が、劇中で頻繁に鳴っていた。

[] 北康利「白洲次郎 占領を背負った男」

白洲次郎 占領を背負った男

白洲次郎 占領を背負った男

一年以上放ったらかしにしていたが、この休日の間に読了。白洲次郎が終戦連絡事務局次長として働いていた頃の情報がふんだんにあって感心した。GHQ側からの視点も十分だ。これは充実の書だと思う。白洲次郎、それこそ「No Substitute」な人物。この人の勇気気概が、少しでも僕にあればなと思う。ないか?

2007-07-07 Sat

[] 今日聴いた

第2番はちょっと鈍いかと。けど、第3番の第2楽章のからみつくような音楽の進め方は愉快。グレムザーの重たい音色はもっと多くの人に知られてもいいと思う。生で聴いてみたいな。

次はこれ。

かつて聴いた時はヨッフムの解釈にばかり耳を奪われていたが、今聴くとオーケストラの技量に耳が行く。トランペットなどに不安を感じないでもないが、嘘のない表現姿勢に感銘を受けたりもする。こういう演奏でも語り継がれ、人に愛される可能性を秘めている。

やっぱりレコーディングは必要だな。クラシック音楽を聴いている人も一握りなら、完璧なものを求めている人なんて、その中でももっと一握りなんだと思うから。存在することを表現していかないことには、何も始まらない。それを受け取るか受け取らないかは、送り手が気にすることではない。何も始まらないよりは、厳しい批判を甘んじて受ける覚悟を持って行動することが必要なのだ。

2007-07-06 Fri

[] 体調崩れ

昼過ぎくらいから頭痛が始まり、パソコンを見る焦点が定まらなくなってきた。目が疲れたのだと思って目薬を点しても、全く改善されず。そのうち目眩と熱っぽさがやってきて気付く。体調が良くない。明日が休みのせいだ。

[][] 梨木香歩

裏庭 (新潮文庫)

裏庭 (新潮文庫)

からくりからくさ (新潮文庫)

からくりからくさ (新潮文庫)

りかさん (新潮文庫)

りかさん (新潮文庫)

西の魔女が死んだ (新潮文庫)

西の魔女が死んだ (新潮文庫)

エンジェル エンジェル エンジェル (新潮文庫)

エンジェル エンジェル エンジェル (新潮文庫)

家守綺譚 (新潮文庫)

家守綺譚 (新潮文庫)

[] 続きと麻生太郎

ゲド戦記 3 さいはての島へ (ソフトカバー版)

ゲド戦記 3 さいはての島へ (ソフトカバー版)

とてつもない日本 (新潮新書)

とてつもない日本 (新潮新書)

[] プロフェッショナル

演奏はもちろんのこと、キャラクター、所作、その全てがプロフェッショナル。

2007-07-05 Thu

[] 逃げ出さない

僕の迷いは少しも休まらず大きくなるばかりだ。だけど、それでも確かなものも増えていっている。その確かなものをもっと育てたいから、逃げ出そうとは思わない。僕に出来ることをもっと見つける。

[] ゲド戦記

ゲド戦記 2 こわれた腕環 (ソフトカバー版)

ゲド戦記 2 こわれた腕環 (ソフトカバー版)

読了。緊迫感をずっと保って、最後の最後で鎖を外されたような感じ。良い。言葉が重い。

2007-07-03 Tue

[] 今朝のFM

今朝は「春の祭典」の途中から。この曲の第2部はどうやって指揮するのだろう? スコアを見ても見当がつかない。誰か指導して下さい。演奏はパーヴォ・ヤルヴィ指揮のシンシナティ交響楽団。続けては武満徹の作品。

[]

  • 祝祭の場
  • 日常から離陸する
  • 高い代金
  • ラジオドラマ
  • ありふれた死
  • あらすじ
  • 初めての人には手に入る
  • 声の魅力
  • 始まりは物語

[][] 移動中に斜め読み

移動時間が短くないので、失礼して読書

オペラへの招待 (朝日文庫)

オペラへの招待 (朝日文庫)

ストーリー説明以外をサッと読む。黒田恭一さんの文章は真似がしにくいし、僕は好きだ。

オペラ 楽園紀行 (集英社新書)

オペラ 楽園紀行 (集英社新書)

序章と第二章「魔弾の射手」とを読む。

[][] ヴェーベルンベートーヴェン

ヴェーベルンとベートーヴェンの交響曲を並べるのは乱暴だろうか。

2007-07-01 Sun

[][] 今日NHK教育

今日のN響アワーでは尾高忠明さんのブルックナーが放送されるし、ETV特集には吉田秀和さんが登場するし、とてもいい日だ。

[][] 再読中の本とインターネット

ほぼ日刊イトイ新聞の本 (講談社文庫)

ほぼ日刊イトイ新聞の本 (講談社文庫)

僕は今の仕事に就いてからもうすぐ一年になるわけだが、これを機会に僕の中の色々な記憶を掘り出すために、かつて読んだ本をいくつか読み直そうと思っている。無駄なことなのかも知れないが、近道ばかり探していると何か大きな過ちを犯しそうな予感がするものだから。止むに止まれず、だ。

まずはインターネット関連。僕がインターネットを自宅で使えるようになったのが1998年で、まだ9年しか経ってないのかと驚いた今。会ったこともない人とメール音楽の話をしたり、遠く離れた友人と掲示板でふざけたり、妙なハンドルネームWEBチャットをしたり。その時に僕が感じていたインターネットの面白さのほとんどが、子供の頃に遊んだ糸電話の面白さと完全に被る。遠くを近くに。遠い場所が僕から見てどこにあるかが面白さの理由の大きな要素で、「九州」で働く友人であったり、「東京」に住む見知らぬ人と言う感じで、発信元がどこかが重要だった。

その頃にコンテンツとして面白いサイトはまだまだ数えるほどしかなく、ポスターのように情報が貼り付けられてあるものが多かったように思う。ペタッと。そんな中での「ほぼ日刊イトイ新聞」は目立っていた。「ほぼ日刊」の癖に毎日中身が追加されるし、読みたいコーナーが上に来たり下に行ったりと、まるで生き物のようなサイトだった。当時は毎日更新しているサイトなんて、新聞社ホームページくらいしかなくて*1、それらに比べると遜色ありまくりデザインテンションに僕は新しさと特別さを感じていた。「ほぼ日」は僕にとって、発信元の場所を気にせずに楽しめた初めてのインターネット・コンテンツかも知れない。メールより掲示板より面白い。それは遠くも近くもない。「インターネット」としか表現できない雰囲気。

そういうのを思い出したいのだ。

[] Every Little Thing「Every Best Single+3」

Every Best Single+3

Every Best Single+3

家で詞のある音楽を要望されたので、ニールセン交響曲を聴いた後でこれを再生CM受けしやすそうなアレンジばかり、と思ったら、ほとんどがCMタイアップっぽい。これ、いつ買ったのか記憶がない。アレンジの勉強で買ったんだろうか。転調が気持ち悪い。慣れると気持ちいい。

id:umedamochioさんがこのCDについて言及されている。

*1:記憶曖昧