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2010-01-29 Fri

2010-01-27 Wed

[] 病院帰りに

病院で食後に飲む薬をもらったので、その帰りに無理やり食後を作るためにパンを買う。そしてパン屋から家までの途中に書店があって入ってしまった。

去年の10月頃に読み終えていた「夏のロケット (文春文庫)」の川端裕人に、こんな本があったのかと買ってしまう。「夏のロケット」では技術的な話になると、会話以外の文章が熱っぽくなることに共感を覚えていたので、「小説」という枠組みでないところで川端氏がどんな文章を書いているのか、とても楽しみなのだ。

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手に取って立ち読みしている間に、最後まで読み通しておいたほうが良い気がして買ってしまう。

いつぶりの購入になるのだろう・・・。

2010-01-25 Mon

[] 血の騒ぎ

昔から「作文する材料になれば」と適当年表作りに勤しんできたのだけど、最近になって「公開しないでいるほど貴重なものでもない」と思い、適当なエントリとして掲載し続けている。そして、この節操のなさを反省している。歴史っぽい話になると、血が騒いでしまうのでどうしようもない。そしてクラシック音楽が好きなのだ。

[] クラシック関係

「新」でないものは手元にあるが、それとは違う文章が掲載されているかも、と。

[] 非クラシック関係

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どちらのCDアレンジを聴きたくて買う。

2010-01-24 Sun

[] 「レコード芸術」新譜月評での「吹奏楽ジャンルの設置に寄せて〜管楽器作品と吹奏楽関連の動きについて

音楽之友社から出ている雑誌に「レコード芸術*1」というものがある。僕は中学生くらいに存在を知って、高校生から大学にかけて購読していた。ここ数年は関心のある特集が組まれる時だけ買うようにしていて、暫く間があいていた。去年久々に知り合いに見せていただいたら、CD評や広告の景色の眺め方をすっかり忘れていてドギマギしてしまった。毎月買えるような環境に戻りたいと思う気持ちもあり、、、いや、それはまた別の話。その「レコード芸術」では「新譜月評」のコーナーがあり、新しくリリースされるCDについて批評が掲載される。「交響曲」、「管弦楽曲」、「協奏曲」、「室内楽曲」、「器楽曲」、「オペラ」、「声楽曲」、「音楽史」、「現代曲」とジャンル分けがされており、それぞれ2名の評者が執筆にあたっている。

評価は「推薦」「準推薦」「無印」の3つのランクのうち1つがつけられ、2名の評者の「推薦」がついた新譜は「特選盤」となるわけだ。例えば今すぐ閲覧できた「レコード芸術」2009年1月号の「交響曲」ジャンルでは、「カラヤン/ロンドンラストコンサート1988」に小石忠男と宇野功芳の2人が「推薦」をつけて、「特選盤」となっている。

さて、この「レコード芸術」新譜月評のジャンルに、なんと「吹奏楽」が新設されたらしいのだ。今までは「管弦楽」のところで時折顔を出したりするだけだった吹奏楽演奏の新譜が、しっかりと紹介されるかと思うと嬉しくなった。「吹奏楽」の新譜というのは、同時代人の新曲や新編曲が並ぶことが多いので、演奏内容を問うというよりは、作品内容を問うことが多くなりそうではある。他のジャンルの新譜月評とはトーンが異なるのだろうか、と興味は尽きないのに、まだ買っていない。

日々新しい曲が生み出され淘汰されていく営みは、かつてのヨーロッパオーケストラの演奏会の歴史がなぞってきたものに他ならない。その時のオーケストラ作品がそうであったように、すぐ演奏されなくなる吹奏楽作品のほうがきっと多いだろう。それでも吹奏楽、つまり管楽器を主体とした編成に向けて書かれた作品の中には、これからも残っていって欲しい作品や、何度もの鑑賞に耐え得る作品があるのだ。演奏という再現芸術の一翼に、吹奏楽も入っていく時代になってきたと僕は心を踊らせていた。

そんな嬉しさもあり、ツイッターで「レコード芸術」での「吹奏楽」ジャンル新設について発言をしていたところ、下記のようなレスをもらった。

  • そんなのバンドジャーナルでやりゃいいじゃんw ブラスはあんま好きじゃないんだよって人意外と多い。*2
  • クラシック音楽とブラスじゃ歴史的文脈が全然違うからクラシック的に見るとレコ芸でブラスを個別に扱うのは、根本的に場違いと云う印象が拭えない*3

ということなので、歴史的文脈を把握するためと、根本的に場違いなのかどうかを考えるために、かつて作った年表を公開してみる。比較的著名な作曲家の管楽器作品の年表と、管楽器を主体とする団体などの動き「吹奏楽関連の動き」としてまとめてある。ウェブで検索してヒットした情報や、最後に記す参考文献を基に整理している。間違いがある可能性もあるので、ご承知置きいただきたい。

なお、日本人作曲家の作品は、「日本での吹奏楽関連の動き」にまとめてある。

西暦 作曲家の管楽器作品 海外での吹奏楽関連の動き 日本での吹奏楽関連の動き
1772 イギリスの近衛歩兵連隊第1連隊のグレナディア・ガーズ軍楽隊(The Band of the Grenadier Guards)にホルン、ビューグルが加わる。
1789 パリにおいて国民軍軍楽隊が組織される。隊長は作曲家・ゴセック。
1790 ゴセック:葬送行進曲 パリの国民軍軍楽隊が編成増員し70名となる。
1792 ベートーヴェン:管楽八重奏曲 変ホ長調 作品103
ベートーヴェン:ロンディーノ 変ホ長調 WoO.25
パリの国民軍軍楽隊が経営難のため解散。
1793 ゴセック:軍隊交響曲 ヘ長調
1794 ゴセック:管楽器のための交響曲 ハ長調
1798 アメリカ海兵隊軍楽隊(United States Marine Band)が32名編成の鼓笛隊として創設。
1800 アメリカ海兵隊内に8名編成のバンドが組織され、翌年から大統領官邸内での演奏を担当。
1809 ベートーヴェン:行進曲 ヘ長調「ボヘミア国防軍のための」WoO.18
ベートーヴェン:行進曲 ハ長調「帰営譜」WoO.20
1810 ベートーヴェン:行進曲 ヘ長調 WoO.19
ベートーヴェン:行進曲 変ロ長調 WoO.29
1813 シューベルト:管楽九重奏曲「小葬送音楽」D.79
シューベルト:管楽八重奏曲「メヌエットと終曲」D.72
1816 ベートーヴェン:行進曲 ニ長調「軍隊行進曲」WoO.24
1817 ライヒャ:木管五重奏曲 作品88
1818 ライヒャ:木管五重奏曲 作品91
1819 ライヒャ:木管五重奏曲 作品99
1820 ライヒャ:木管五重奏曲 作品100
1822 イタリア憲兵隊に“カラビニエーレ”というトランペット隊が創設(カラビニエリ吹奏楽団の前身)。
1824 メンデルスゾーン:吹奏楽のための序曲 ハ長調
1832 ベルギー初代国王レオポルド1世の私有楽団としてベルギー・ギィデ交響吹奏楽団が創設。
1836 メンデルスゾーン:葬送行進曲 イ短調
1837 イギリスで金管のみによるバンド・コンテストが開始される。
1838 ドイツのヴィープレヒトがバルブ付き楽器による軍楽隊合同演奏会を実施。
1840 ベルリオーズ:葬送と勝利の大交響曲
1844 ワーグナー:葬送音楽 ジャン=ジョルジュ・カストネルの「ユダの最後の王」で初めてサクソフォンが使用される。
1846 アドルフ・サックスがサクソフォンの特許を取得。
1848 フランス共和国親衛隊の騎兵連隊に12名の騎馬ファンファーレ隊が創設(ギャルド・レピュブリケーヌ管弦楽団の母体)。
1856 フランス共和国親衛隊が隊員56名からなる吹奏楽編成の親衛隊音楽隊を編成。
アメリカ海兵隊軍楽隊長にイタリア海軍出身のスカラが就任。
グレナディア・ガーズ軍楽隊長にダン・ゴドフリーが就任、57名編成となる。
1862 カラビニエリ吹奏楽団が24名の金管バンドとなる。
1864 ワーグナー:感謝の行進曲
1865 ブルックナー:行進曲 変ホ長調
1867 グリーグ:ノルドロークのための葬送行進曲(※ピアノからの編曲) パリ万博で行われた国際軍楽隊コンクールフランスプロイセンの軍楽隊が1等賞を受賞。
1869 サン=サーンス:行進曲「東洋と西洋」作品25
1872 グレナディア・ガーズ軍楽隊がアメリカへ演奏旅行。
ビゼーが「アルルの女」でサクソフォンを使用。
1877 リムスキー=コルサコフトロンボーンと吹奏楽のための協奏曲
1878 ドヴォルザーク:管楽器のためのセレナード ニ短調
1879 音楽取調掛が設立。
1880 アメリカ海兵隊軍楽隊長にスーザが就任(1892年まで在任)。
1881 R.シュトラウス:13管楽器のためのセレナード 変ホ長調 作品7
1884 R.シュトラウス:13管楽器のための組曲 作品4
1885 グノー:小交響曲 変ロ長調(木管九重奏)
1887 音楽取調掛が「東京音楽学校」と改称。
1888 大阪鎮台に51人編成の軍楽隊が創設。その後、「第4師団軍楽隊」となる。
1889 タイケ:旧友
1890 東京音楽学校が開校。
1891 アメリカ海兵隊軍楽隊が国内演奏旅行を開始。
1892
1893 東京音楽学校が「東京高等師範学校附属音楽学校」となる。
1894 シベリウス交響詩ティエラ
1896 グレナディア・ガーズ軍楽隊長にウィリアムスが就任。彼の時代に66名編成となる。
1897 スーザ:星条旗よ永遠なれ
1898 アメリカ海兵隊軍楽隊長にライプツィヒ音楽院出身のサンテルマンが就任。
1899 アメリカ海兵隊軍楽隊が60名に増員。 東京音楽学校が東京高等師範学校から再独立。
1900
1901
1902 この頃にJ.F.ワーグナーが「双頭の鷲の旗の下に」を作曲 この頃J.F.ワーグナーがオーストリアハンガリー帝国の軍楽隊長として活動。
1906 フローラン・シュミット:交響詩「セラムリク」
1909 ホルスト:組曲第1番 変ホ長調 作品28-1
R.シュトラウス:ヨハネ騎士修道会の荘重な入場
1911 ホルスト:組曲第2番 ヘ長調 作品28-2
1912 ドビュッシー:シランクス
1913 フローラン・シュミット:ディオニソスの祭
1914 フレデリック・フェネル誕生。
1918 イギリス空軍が陸軍から独立。
1919 オネゲル:牝山羊の踊り
1920 ストラヴィンスキー:管楽器のためのシンフォニーイギリス空軍に陸軍からエイマースを迎えて中央軍楽隊(Central Band, Royal Air Force)が創設。
1921 ルーセル:邪教の儀式のためのファンファーレ グレナディア・ガーズ軍楽隊長にミラーが就任。
1922 ニールセン:木管五重奏曲
ヒンデミット:木管五重奏のための小室内楽曲 作品24-2
1923 ヴォーン・ウィリアムズ:イギリス民謡組曲
ストラヴィンスキー:管楽八重奏曲
ゴードン・ジェイコブ:組曲「ウィリアム・バード」
イギリス空軍中央軍楽隊がイギリス軍楽隊の中では初めてラジオ放送に出演。 大阪第4師団軍楽隊廃隊。元隊員有志により「大阪市音楽隊」が創設。
1924 シェーンベルク:木管五重奏曲
ヴォーン・ウィリアムズ:トッカータ・マルツィアーレ
ヤナーチェク:木管六重奏曲「青春」
R.シュトラウス:ウィーン・フィルハーモニーのためのファンファーレ
1925 イベールチェロと管楽器のための協奏曲
ヴァレーズ:インテグラル
1926 ヒンデミット:吹奏楽のための協奏音楽(演奏会用音楽) 作品41
フォーシェ:交響曲 変ロ長調
カラビニエリ吹奏楽団長にチレネイが就任。
1927 エルガー:市民のファンファーレ
1928 ホルスト:ムーアサイド組曲
ヴィラ=ロボス:ショロス形式の五重奏曲
ワイル:小さな三文音楽
ショスタコーヴィチスカルラッティの2つの小品
イギリス空軍中央軍楽隊がアメリカ、カナダに演奏旅行。
1929 ハチャトゥリアン:行進曲 イ長調 作品20 ベルギー・ギィデ交響吹奏楽団がアメリカ公演を実施。
1930 エルガー:セヴァーン川組曲
イベール:木管五重奏のための3つの小品
ハチャトゥリアン:行進曲 ヘ短調 作品21
1931 ホルスト:ハンマースミス作品52
レスピーギ:バンドのためのバラードハンティングタワー」
東京音楽学校に「作曲科」を設置。
1932 ルーセル:栄光の日
グラズノフ:サクソフォン四重奏曲 変ロ長調 作品109
ハチャトゥリアン:ウズベク民謡による2つの小品 作品26
ハチャトゥリアン:アルメニア民謡による2つの小品 作品27
1933 フランセ:木管四重奏曲
1934 大阪市音楽隊が大阪市直営となる。
神奈川県警察部警務課内に音楽隊が創設(1937年に解散)。
1935 プーランクフランス組曲
フランセ:サクソフォン小四重奏曲
1936 ケクラン:民衆の祭のためのコラー
ブリス:組曲「ケニルウォース」
警視庁音楽隊が創設(1941年に解散)。
1937 グレインジャー:リンカンシャーの花束
ケクラン:木管七重奏曲 作品165
大阪府警察音楽隊が、大阪府警察部教養課の一部門として創設(1943年に解散)。
1938
1939 ミヨー:木管五重奏のための組曲「ルネ王の暖炉」
ミャスコフスキー:交響曲第19番 変ホ長調
モートン・グールドジェリコシンフォニックバンドのためのラプソディ
フェネルがザルツブルク・モーツァルテウムに留学。
1940 第1回全日本吹奏楽コンクール開催。
1941 フローラン・シュミット:サクソフォン四重奏曲 第2回全日本吹奏楽コンクール開催。
1942 コープランド:市民のためのファンファーレ
ショスタコーヴィチ:凱旋行進曲
サミュエル・バーバーがアメリカ陸軍に入隊。 第3回全日本吹奏楽コンクール開催(翌年から1955年まで休止)。
1943 シェーンベルク:主題と変奏 ト短調 作品43
R.シュトラウス:ウィーン市の祝典音楽
プロコフィエフ:行進曲 作品99
バーバーコマンドマーチ
1944 ミヨー:フランス組曲 イギリス空軍中央軍楽隊が110名編成でアメリカへ演奏旅行。
1945 大阪府警音楽隊が再創設。
1946 ミヨー:解放のための2つの行進曲 作品260 大阪市音楽隊が「大阪市音楽団」に改称。
1947 ギャルド・レピュブリケーヌに、オーケストラも編成できるように40名の弦楽セクションが増員される。
カラビニエリ吹奏楽団長にファンティーニが就任。
宮崎県警音楽隊が創設。
1948 ヒンデミット:管楽七重奏曲
フランセ:木管五重奏曲第1番
警視庁音楽隊が再創設。
1949 オーウェン・リード:吹奏楽のための交響曲「メキシコの祭り」 東京藝術大学が創立。
1950 神奈川県警音楽隊が再創設(以後、1980年までに全国各都道府県および皇宮警察に次々と音楽隊が編成された)。
1951 ヒンデミット:吹奏楽のための交響曲 変ロ調
モートン・グールド:交響曲第4番「ウェストポイント
ミヨー:ウェスト・ポイント組曲 作品313
フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルが結成。 警察予備隊総隊総監部仮分遣隊が創設(陸上自衛隊中央音楽隊の前身)。
海上保安庁音楽隊が創設。
1952 アルフレッド・リード金管楽器打楽器のための交響曲 フェネルがイーストマン・ウインド・アンサンブル(Eastman Wind Ensemble)を創設。 警察予備隊総隊総監部仮分遣隊が「保安隊音楽隊」と改称。
海上警備隊音楽隊が創設され、その後「警備隊音楽隊」と改称。
大阪府音楽団が創設。
1953 イーストマン・ウインド・アンサンブルが初の演奏会開催、最初のレコードをリリース。
1954 陸上自衛隊中央音楽隊が創設。
警備隊音楽隊が「海上自衛隊音楽隊」と改称。
1955 ポール・クレストン:祝典序曲 アメリカ海兵隊軍楽隊長にサンテルマンの息子が就任。この頃の定員は100名前後。
ウィーン親衛大隊に57名の軍楽隊が創設され、ウィーン親衛隊軍楽隊となる。
黛敏郎:トーン・プレロマス'55
1956 メシアン:異国の鳥たち
パーシケッティ:交響曲第6番
第4回全日本吹奏楽コンクールが開催(以後、毎年)。
第1回全国警察音楽隊演奏会開催。
1957 阪急商業学園が設立。入学者は「阪急少年音楽隊」として吹奏楽に携わった。
1958 浜松基地にて航空中央音楽隊が創設。
1959 ブリテン:聖エドモンズ墓地のためのファンファーレ 團伊玖磨:祝典行進曲
1960 ジョン・バーンズ・チャンス:呪文と踊り 東京佼成吹奏楽団が創設される。
1961 ペンデルツキ:ピッツバーグ序曲
バーンスタイン:J.F.ケネディ大統領就任のためのファンファーレ
イーストマン・ウインド・アンサンブルがカーネギーホールで演奏。 黛敏郎:彫刻の音楽
1962 セルジュ・ランセン:マンハッタン交響曲
ティペット:プレリューディウム
イーストマン・ウインド・アンサンブル指揮者にローラーが就任。 黛敏郎:テクスチュア
1963 メシアン:天国の都市の色彩
ネリベル:トリティコ
アーノルド:小組曲第1番 作品80
ロバート・ジェイガー:交響曲第1番
東京吹奏楽団が創設され、第1回定期演奏会を開催。
黛敏郎:花火
1964 コープランド:交響詩「エンブレムス」 兼田敏:若人の歌
團伊玖磨:オリンピック序曲
1965 メシアン:われら死者の復活を待ち望む
ブリス:6曲のロイヤル・ファンファーレ
ネリベル:交響的断章
イーストマン・ウインド・アンサンブル指揮者にハンスバーガーが就任。 朝比奈隆が全日本吹奏楽連盟理事長に就任(1969年まで)。
1966 ロドリーゴ:管楽器のためのアダージョ
ジョン・バーンズ・チャンス:朝鮮民謡の主題による変奏曲
大栗裕が大阪フィルを退団。
大栗裕:吹奏楽のための小狂詩曲
1967 アーノルド:小組曲第2番 作品93
1968 リゲティ:木管五重奏のための10の小品
ポール・クレストン:アナトリアトルコ風狂詩曲) 作品93
1969 カレル・フサ:プラハのための音楽1968 浦田健次郎:メタモルフォージス
1970 ショスタコーヴィチ:ソヴィエト民警の行進曲
ネリベル:二つの交響的断章
カレル・フサ:この地球を神と崇める
フィリップ・ジョーンズ・ブラスアンサンブルがレコード・デビュー小山清茂:吹奏楽のための木挽歌
1971 アルフレッド・リード:「ハムレット」への音楽 兼田敏:シンフォニックバンドのための「パッサカリア」
1972 アルフレッド・リード:アルメニアン・ダンス Part I
ジョン・バーンズ・チャンス:交響曲第2番
「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」第1集が発売される。
斉藤高順が航空中央音楽隊隊長に就任(1976年まで)。
矢代秋雄:吹奏楽のための祝典序曲「白銀の祭典」
1973 東京佼成吹奏楽団が「東京佼成ウインドオーケストラ」に改称。
大栗裕:吹奏楽のための「神話」-天の岩屋戸の物語による
1974 アーノルド:ブラス・バンドのための幻想曲 武満徹:金管合奏のための「ガーデン・レイン」
大栗裕:大阪俗謡による幻想曲(※管弦楽からの編曲)
1975 アルフレッド・リード:アルメニアン・ダンス Part II 「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」第4集から東京佼成ウインドオーケストラが録音を担当する。
1976 イースマン・ウインド・アンサンブルが初来日。
1977 シュワントナー:…そしてどこにも山の姿はない
1978 第1回全日本アンサンブルコンテスト開催(以後、毎年)。

年表が長いので、トピックのない年を割愛した。あと私見・感想をポツポツと。

  • 古典派後期あたりを見てみると、やはり屋外での演奏が第一に想定されているためなのかも知れないが、行進曲が多い。葬送の音楽も、葬送の行列のイメージ出来るので、これも屋外志向だろう。ベルリオーズの「葬送と勝利の大交響曲」も屋外で演奏されたと聞く。
  • グノーの「小交響曲」とスーザの「星条旗よ永遠なれ」が12年しか離れていないということに驚いた。
  • アルフレッド・リードは1950年代には作品を書き始めていて、あの「金管と打楽器のための交響曲」は1952年の作ということだ。
  • アドルフ・サックスの特許取得後の動きがもう少し分かると嬉しい。サクソルン系統の楽器がどのように伝播していったのか。軍楽隊に取り入れられたのはいつ頃なのか、等々。1889年のタイケ「旧友」や、1897年のスーザ「星条旗よ永遠なれ」のオリジナル編成が分かればな・・・。
  • イーストマン・ウインド・アンサンブル以前から、管楽器だけの作品というものは少なくない。けど、編成が作曲家の自由なイメージで設定されていたり、委嘱する団体側の指定での編成であったりで、類型化できるものがないということなのだろう。
  • イーストマン・ウインド・アンサンブルをフェネルが始めた経緯としては、軍楽隊やいわゆるバンドの編成がまちまちであり、作曲家が思いもよらない倍管が行なわれていたりすることを原因として、イメージした音との大きな乖離があることがあったように記憶しているが、どうだったかな。もしかすると原典を重視する、ピリオド奏法へのアプローチムーブメントと時期が重なっていたりはしないだろうか。作曲家への敬意を疎かにしないという態度。それは考え過ぎかも知れない。

参考文献

*1:「レコ芸」と略されることが多い。

*2:該当のツイートは既に削除されている。

*3:該当のツイートは既に削除されている。

2010-01-21 Thu

[] 「引き出しが多くない時に人は怒る」らしい。

はてなブックマークで、バナナマン・設楽が発した言葉を紹介しているエントリが人気になっている。目が止まる部分はここ。

「人はね、自分の引き出しが多くないときに怒っちゃうんだって。『そうした問題には、こうした方が良い』っていう経験が無いと、人は怒ってしまう。だから、そういう(至らない)若手がいても、『あぁ、なるほどな。俺もそうだったな』って思えて、それをちゃんと解決に導いてやることができれば、怒らないんだよ」

「だから、経験がいっぱいある人は、怒らなくなる。そうやって人は、丸くなっていくんだよ」

「自分のやり方が一つしかない人は、それからハミ出たことをやる人に『テメェ!何やってるんだ!こういう時は、こうしろ!』って自分のやり方を押しつけて、強引に自分流にもっていこうとする。でも、別のやり方があるって知っている人は、『あぁ、こういうやり方をしているのか。だったら、こうしてみろよ』って、怒らずにアドバイスできる」

バナナマン・設楽 「後輩を叱る/叱らない先輩の違い」 | 世界は数字で出来ている

今、僕が人間関係で悩んでいることについて。

僕の悩みの種の「彼」は、僕のことを全く把握出来ていないらしい。「彼」は外部からの大きな圧力が生まれるまでは僕に関心を持とうとしてこなかったし、関心を持ち始めたら持ち始めたで、自身の得意分野でないせいかイニシアティブを取られまいとする態度を明確に出すようになった。こちらはそんなに意固地になっているつもりもないのだけど・・・。

僕の周囲には色々な取り組みがあるが、僕の目の前のことは、多くの人を巻き込みにくい側面が強い。“受け渡し”的な枠組みを構築しにくい。というか、“隔絶されている”と表現したくなることがある。けれどそんな孤独を理由に、歯車を止めるわけにはいかないという悲壮な決意だけが僕を支えてきた。「彼」から僕への厳しい態度も、そういうところに原因があるのだろう、と朧気ながら考えていた。「彼」から見ると、動きは見えるが、中身が見えない。「彼」は僕に関心を持とうとしてこなかったから。そして「彼」の目につく部分については、「彼」の中で大事にしている成功体験があるものだから、提案・示唆することができる。けれど今、「彼」が成功した時代からは様々なことが変容していきているのも事実だ。そして、解決方法を見失った「彼」は怒るしかないのではないか。バナナマン・設楽の言う「引き出しが多くないとき」に肯いてしまう。

上記のエントリのブックマークコメントの中に印象的なものがあった。

人間が怒るのは恐怖が根底にある』とデマルコの『デットライン』に書いてあった。自分のコントロールできない出来事があり、自分がそれによって害を受けそうだと恐怖を感じた時に、人は怒る。

そう、「彼」は僕の何を怖がっているのだろうと思ったことがあったのだ。妬み、嫉み、恐れ。そういう理屈ではない何かがあるのだろう。あの執拗さを理屈では説明できない。今は僕も恐怖の中にある。けど、怒る状態に感情シフトはしない。出来ない。

[] ゲーテファウスト」を巡るクラシック音楽作品

ヨーロッパのクラシック音楽作品を見ていると、「ファウスト」を題材にした作品が少なくないように思う。ゲーテのテキストを用いたり、「ファウスト博士」の伝説を使ったりの違いはあるが、ヨーロッパ人にとって「ファウスト」の存在が決して捨て置けるようなものでないことは伝わってくる。西部劇がいつも、「トゥーム・ストーン」で「ワイアット・アープ」で「ドク・ホリデイ」をやっているように、日本が「忠臣蔵」だったり「幕末モノ」が繰り返し取り上げられているような雰囲気を連想する。

そもそもこの「ファウスト」とは、実在するゲオルク・ファウストという人物をモデルにしているらしい。神聖ローマ帝国時代に生きたドイツ占星術師・錬金術師で、1480年頃に生まれ、1540年に錬金術実験中に爆死をしたという逸話を持つ。ゲーテがこれを題材に書き始めたのがいつなのかは分からないが、Wikipediaのゲーテの作品の項目では「一生をかけて完成した畢生の大作」と表現されている。二つの部分に別れており、第一部は1808年に出版され、第二部は1833年に出版されている。

さて、この「ファウスト」を題材にした作品としては、すぐ思いつくことが出来るだけでも、ベルリオーズの「ファウストの劫罰」、リストの「ファウスト交響曲」などがあるし、ファウストが自分の魂と引き換えに召喚した「メフィストフェレス」を主題にした作品としてもボーイトの歌劇がある。そして、外せないのがマーラーの「交響曲第8番“千人の交響曲”」の第2部だろう。他にも色々あるのではないかと調べ始めてみたが、「ファウスト」伝説もしくはゲーテの著作を題材にした作品を見つけるのは至難の業だった・・・。まだまだあるような気はするので、見つかれば追記していきたい。

西暦ゲーテの活動音楽作品、作曲家の活動など
1808「ファウスト」第一部。 
1809小説「親和力」を発表。ベートーヴェンメフィストの蚤の歌 作品75-3
1811「詩と真実」を刊行。 
1812ベートーヴェンと対面。 
1814 シューベルト:糸を紡ぐグレートヒェン
シューベルト:ゲーテの「ファウスト」の一場
1816 シューベルト:歌曲「トゥーレの王」
シュポア:歌劇「ファウスト」
1817イタリア紀行」を刊行。 
1819「西東詩集」を刊行。 
1821「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」を刊行。 
1824 ベルリオーズが「ファウスト」のフランス語訳を購入。
1827情熱三部作 
1829ベルリオーズと対面。ベルリオーズ:「ファウスト」からの8つの情景」
1830 ベルリオーズがリストに「ファウスト」を読むように薦める。
1831「ファウスト」第二部。 
1832死去。 
1844 ワーグナー:ファウスト序曲
1846 ベルリオーズ:劇的物語「ファウストの劫罰」(リストに献呈)
1851 J.シュトラウスII:ワルツ「メフィストの地獄の叫び
1853 シューマン:「ファウスト」からの情景
1854 リスト:ファウスト交響曲
1857 リストが「ファウスト交響曲」に「神秘の合唱」を書き加える。
1859 グノー:歌劇「ファウスト」
1868 ボーイト:歌劇「メフィストーフェレ
1880 リストが「ファウスト交響曲」の最終稿を書き上げる。
ムソルグスキー:蚤の歌
1881 リスト:第2メフィスト・ワルツ
1883 リスト:第3メフィスト・ワルツ
1885 リスト:第4メフィスト・ワルツ(未完)
1907 ラフマニノフピアノソナタ第1番(第1楽章にファウスト、第2楽章にグレートヒェン、第3楽章にメフィストフェレス)
1910 マーラー「交響曲第8番"千人の交響曲"」初演
1913 リリ・ブーランジェ:カンタータ「ファウストとエレーヌ」
1916 ブゾーニ:ファウスト博士(未完)

こう並べてみたら、リストとその周囲だけ、という感じもしてきた・・・。マーラーはなぜこの「ファウスト」を交響曲に取り入れようとしたのだろう?

三省堂から出ている「クラシック音楽作品名辞典」とWEBで調べてみた。この作品名辞典、去年に新しい版が出ていたことを今知った。買いたい買いたい!

[] シューマン生誕200年・マーラー生誕150年

ネットで注文しておいたものが、今日着いていた。

ラヴェル編曲の「謝肉祭」に、テオドール・アドルノ編曲の「子供のためのアルバム」が収録されているという興味深い内容。

フェドセーエフ指揮のマーラー「交響曲第8番」

アマゾンで見つからない。

2010-01-20 Wed

[] 「ローマの松」に携わる指揮者たち

友人とレスピーギの「ローマの松」ばかり聴いていた時期がある。あれはいつだったろうか。いい時代だ。

聴き比べを作ろうと友人と意気込んでいたまま放置してあるので、リストだけエントリ化しておく。最終原稿はどこかのWikiで。

No. 録音年 指揮者 指揮者の出身国 オーケストラ オーケストラが属する地域
1 1947 アルトゥーロ・トスカニーニ イタリア ニューヨーク・フィルハーモニック 北米
2 1950 ヴィクトル・デ・サバタ イタリア ニューヨーク・フィルハーモニック 北米
3 1950年代マルコム・サージェント イギリス ロンドン交響楽団 イギリス他
4 1953 アルトゥーロ・トスカニーニ イタリア NBC交響楽団 北米
5 1957 アルチェオ・ガリエラ イタリア フィルハーモニア管弦楽団 イギリス他
6 1958 ヘルベルト・フォン・カラヤン オーストリア フィルハーモニア管弦楽団 イギリス他
7 1958 ユージン・オーマンディ ハンガリーアメリカ フィラデルフィア管弦楽団 北米
8 1958 レオポルトストコフスキー イギリス→アメリカ シンフォニー・オブ・ジ・エアー 北米
9 1958 ロリン・マゼール アメリカ ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ドイツ・オーストリア
10 1959 リッツライナー ハンガリー→アメリカ シカゴ交響楽団 北米
11 1960 アンタル・ドラティ ハンガリー→アメリカ ミネアポリス交響楽団 北米
12 1960 アレクサンドル・ガウソ連 ソヴィエト国立放送交響楽団 ロシア
13 1963 エルネスト・アンセルメ スイス スイス・ロマンド管弦楽団 スイス
14 1964 ドルフ・ケンペ ドイツ ロイヤルフィルハーモニー管弦楽団 イギリス他
15 1967 コンスタンティン・シルヴェルトリ ルーマニア ボーンマス交響楽団 イギリス他
16 1968 イシュトゥヴァン・ケルテス ハンガリー→ドイツ ロンドン交響楽団 イギリス他
17 1968 ラファエル・フリューベック=デ=ブルゴス スペイン ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 イギリス他
18 1970 レナード・バーンスタイン アメリカ ニューヨーク・フィルハーモニック 北米
19 1971 アントニオペドロッティ イタリア チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 東欧
20 1973 ユージン・オーマンディ ハンガリー→アメリカ フィラデルフィア管弦楽団 北米
21 1976 ロリン・マゼール アメリカ クリーヴランド管弦楽団 北米
22 1976 ランベルト・ガルデルイタリア ロンドン交響楽団 イギリス他
23 1977 小澤征爾 日本 ボストン交響楽団 北米
24 1977 ヘルベルト・フォン・カラヤン オーストリア ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ドイツ・オーストリア
25 1979 セルジウ・コミュッショーナ ルーマニア→イスラエル→アメリカ ボルチモア交響楽団 北米
26 1980 エフゲニ・スヴェトラーノフ ロシア ソヴィエト国立交響楽団 ロシア他
27 1981 エド・デ=ワールト オランダ サンフランシスコ交響楽団 北米
28 1982 シャルル・デュトワ スイス モントリオール交響楽団 北米
29 1983 ルイス・レーン アメリカ アトランタ交響楽団 北米
30 1984 リッカルド・ムーティ イタリア フィラデルフィア管弦楽団 北米
31 1986 高関健 日本 早稲田大学交響楽団 日本
32 1990 ネヴィル・マリナイギリス アカデミーセントマーチン・イン・ザ・フィールズ イギリス他
33 1991 エンリケ・バティス メキシコ ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 イギリス他
34 1991 ジュゼッペ・シノーポリ イタリア ニューヨーク・フィルハーモニック 北米
35 1991 ヤン・パスカル・トルトゥリエ フランス フィルハーモニア管弦楽団 イギリス他
36 1991 広上淳一 日本 日本フィルハーモニー交響楽団 日本
37 1992 カルロ・リッツィ イタリア ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 イギリス他
38 1993 エドゥアルド・マータ メキシコ ダラス交響楽団 北米
39 1994 円光寺雅彦 日本 仙台フィルハーモニー管弦楽団 日本
40 1995 マリス・ヤンソンス ラトヴィア オスロ・フィルハーモニー管弦楽団 北欧
41 1996 ダニエレ・ガッディ イタリア ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団 イタリア
42 1996 ロリン・マゼール アメリカ ピッツバーグ交響楽団 北米
43 1999 ヘスス・ロペス=コボス スペイン シンシナティ交響楽団 北米
44 1999 リコ・サッカーアメリカ ブダペスト交響楽団 東欧
45 2000 秋山和慶 日本 広島交響楽団 日本
46 2001 大植英次 日本 ミネソタ管弦楽団 北米
47 2003 マリス・ヤンソンス ラトヴィア ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ドイツ・オーストリア
48 2004 尾高忠明 日本 BBCウェールズ交響楽団 イギリス他
49 確認中 オンドレイレナルト スロヴァキア スロヴァキア放送交響楽団 東欧

こう見ると、北米とイギリス系統のオーケストラのレコーディングが多い。計算してみた。

オーケストラが属する地域 録音回数
北米 21
イギリス他 13
日本 4
ドイツ・オーストリア 3
東欧 3
ロシア他 2
イタリア 1
スイス 1
北欧 1

ドイツ・オーストリアのオーケストラでは、ベルリン・フィルが2回に、ウィーン・フィルが1回。ベルリン・フィルの1回はマゼールで、彼は同曲を3回も録音しているので、指揮者側の強い要望と想像出来る。ベルリン・フィルのもう1回はカラヤンで、彼にはイタリアのスカラ座と関係があった時期があるので、イタリアの作曲であるレスピーギに何らかの特別な感情があったのかも知れない。実演記録なども調べてみたい。ヤンソンス/ウィーン・フィルについても、ヤンソンス側のリクエストなのだろう。ウィーン・フィルがこれ以外に「ローマの松」を取り上げた経過があるのかどうか・・・。

Wikipediaによると、レスピーギ自身の指揮でフィラデルフィア管弦楽団が「ローマの松」を演奏したことがあるらしい。1926年のことと記述がある。その時の批評などが残っていると面白いのだけど・・・。ちなみに「ローマの松」も「ローマの噴水」もイタリアで初演されたが、「ローマの祭」だけはニューヨークで初演されている。

2010-01-18 Mon

[] 広告目的

広告の目的は表現することじゃない。買ってもらうことだ。そして前提は、表現力のある物やサービスを作ること。

これを教えてくれたのは誰だったろう? 本で読んだ幾つかのことを、自分の中で組み合わせただけなのかも知れない。

2010-01-16 Sat

[][] ジャズ黎明期ガーシュウィンの活動について

「ラプソディ・イン・ブルー」の説明として、「ジャズとクラシックの融合」と言葉にされることが少なくない気がするが、同曲が作られた時期の「ジャズ」って何なのだろうと思い、かつて調べてみた残骸をメモしておく。ジャズ的な音楽に触発されたと思われる作品などがあれば、追記していきたい。

西暦 ガーシュウィンの活動 ジャズ関連の動き 他のクラシックの作曲家の活動
1898 9月26日ニューヨークブルックリンにてガーシュウィン誕生 スコット・ジョプリン(Wikipedia)のラグタイム多作期始まる。
1899
1900 この頃にニューオーリンズ・ジャズ(Wikipedia)が発生。
1901
1902
1903
1904
1905
1906
1907 この頃に友人のヴァイオリンリサイタルを聴き、音楽に関心を持ち始める。
1908 ドビュッシーが「ゴリウォーグのケークウォーク」を作曲
1909
1910 この頃にニューオーリンズ・ジャズがシカゴなどに伝播。
1911 この頃にピアノと和声を習い始める。
1912
1913
1914 レミック音楽商社に入社。
1915
1916 オリジナルディキシーランド・ジャズ・バンドの結成(Wikipedia)。
デューク・エリントンピアニストとしてデビュー
1917 歌曲「スワニー」 オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドがレコーディング。「Dixie Jass Band One Step」と「Livery Stable Blues」の2曲。
スコット・ジョプリン死去。
1918
1919 弦楽四重奏のための子守歌
ミュージカル「ラ・ラ・ルシール
1920 ポールホワイトマン楽団の結成。グロフェがアレンジで参加。
この頃にニューオーリンズの歓楽街が閉鎖し、音楽家が他の地域へと移動する。
1921 アーロンコープランドパリ留学し、ナディア・ブーランジェに師事。
1922 フレッチャー・ヘンダーソン楽団の結成。 ミヨーアメリカを訪問。
1923 歌劇「135番街」 フレッチャー・ヘンダーソン楽団にコールマン・ホーキンス入団ミヨーがバレエ音楽世界創造」を作曲。
1924 「ラプソディ・イン・ブルー」
ミュージカル「ジョージ・ホワイトのスキャンダル

この頃から独学でオーケストレーションを学び始める。
アーロン・コープランドがパリから帰国。
1925 ピアノ協奏曲 ヘ調
ミュージカル「つまさき」
アンタイルが「ジャズ交響曲」を作曲。グリューンバーグが「ジャズ組曲」を作曲。
1926 ミュージカル「オー・ケイ
3つの前奏曲
ジェリー・ロール・モートンビクター契約
マイルス・デイヴィス誕生。
グロフェが「ミシシッピ組曲」を作曲。
1927 ミュージカル「ファニー・フェイスデューク・エリントンがニューヨークでバンド活動開始し、コットン・クラブと契約。
1928 この年にパリ、ウィーンなどを訪問。ストラヴィンスキーラヴェルシェーンベルクと面会か。
「パリのアメリカ人
マルティヌーが「ジャズ組曲」を作曲。
1929 ミュージカル「ショー・ガール」
1930 ミュージカル「ストライク・アップ・ザ・バンド
ミュージカル「ガール・クレイジー
ライオネル・ハンプトンルイ・アームストロングのレコーディングに参加。
キャブ・キャロウェイ楽団がコットン・クラブに出演。
1931 映画デリシャス ラヴェルが「ピアノ協奏曲 ト長調」を作曲。グロフェが組曲「グランド・キャニオン」を作曲。
1932 キューバ序曲」 ベニー・グッドマン楽団の結成。
1933
1934 ショスタコーヴィチが「ジャズ組曲第1番」を作曲。
1935 歌劇「ポーギーとベス」
1936 カウント・ベイシーオーケストラの結成。
ライオネル・ハンプトンがベニー・グッドマン楽団に参加。
ルイ・プリマ「シング・シング・シング」
1937 映画「Shall we Dance」
7月11日脳腫瘍で死去。
1938 ベニー・グッドマン楽団がカーネギーホール公演。 
1939 ディジー・ガレスピーがキャブ・キャロウェイ楽団に参画。
1940 クロード・ソーンヒル楽団の結成。アレンジャーギル・エヴァンスが参画。
1941
1942
1943
1944
1945 ストラヴィンスキーが「エボニー協奏曲」を作曲。
1946
1947 マイルス・デイヴィスが初のリーダーセッションを行う。

これを見ると、「ラプソディ・イン・ブルー」が書かれた頃というのは、グループで行う形態のジャズが形成されつつある時期であり、ガーシュウィンが接した「ジャズ」的なものには、もっと原始的なものがあったのではないかと思う。それはどういう響きの音楽だったのだろうか。

ガーシュウィンの伝記などでは、彼はポピュラー音楽の作曲家であり、クラシカルな技法を駆使した作曲家への羨望があったというような表現がある。パリを訪問した際には、ナディア・ブーランジェ、ストラヴィンスキー、ラヴェルなどと面会していると言うし、「ポーギーとベス」以後すぐに亡くなってしまったのは惜しいことだと思う。

2010-01-15 Fri

[][] 書評見歩き用

書評を見歩きたいので、メモ投稿。

名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方 (日経ビジネス文庫)

名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方 (日経ビジネス文庫)

広告コピーってこう書くんだ!読本

広告コピーってこう書くんだ!読本

マーケティング戦略の実際 (日経文庫)

マーケティング戦略の実際 (日経文庫)

サービスの達人たち (新潮文庫)

サービスの達人たち (新潮文庫)

2010-01-13 Wed

[] 携帯ストラップ

仕事上付き合いのある方からの1年以上前手紙が出てきて、その封筒の中に携帯のストラップが入っていた。その会社のグッズ。

なぜ今まで気付いていなかったのだろう。携帯電話に付けてみた。なぜか泣けた。

[] 車を運転

車を運転したくなり、長時間ハンドルを握ってみた。どうしても。その途中の書店で。

2010-01-12 Tue

[][] シューベルト交響曲

早世の作曲家・シューベルトの交響曲を聴いた。彼の交響曲のうち、「未完成」が好きな人で、なおかつ「ザ・グレイト」も好きという人は、意外に少ないのではないかと勘繰っている。全然作風が違うと思うから。「未完成」より前の番号の交響曲を耳にすると、「未完成」だけが明らかに浮いていると思う。あんな執拗シンコペーションが他の交響曲にあるだろうか? それとも、ロマン的な演奏が刷り込まれているせいで、「浮いている」と思わされているのだろうか。なぜこんな交響曲が生まれたのだろう。交響曲全部の楽譜を取り寄せて、色々見てみたくなる。

検査の結果は十二指腸潰瘍でした。心の弱さが体にも出た模様。

2010-01-11 Mon

[] ブック・オフで3冊と話題本と新刊本

やっと活動できそうな様相になり、幾つか買ってみる。

ハゲタカ2(下) (講談社文庫)
真山仁
講談社
売り上げランキング: 5166

一昨日、NHKドラマを続けて見た。原作の一つとしてクレジットのあった「バイアウト」を探してみたところ、「ハゲタカII」に改題したとのことで、この2冊を。安かった。有り難い。

出た時に単行本で読んで、良かった記憶がある。十数年ぶりでどうなるか。

各地で話題に上っている本。京都舞台にしているということで、とても楽しみにしている。

偶然に手にとってみて、気になったので。森博嗣を読むのは初めて。

2010-01-05 Tue

[][] クラシック音楽以外の「生誕○○年」「没後○○年」って?

クラシック音楽の世界では、作曲家の「生誕○○年」「没後○○年」を打ち出すが、他の分野ではどうなのかなと、ふと思う。

で、適当に調べてみると、緒方洪庵が生誕200年らしい。

黒澤明が生誕100年で、結構盛り上がってるっぽい。他の生誕100年では白洲正子や西村幸生。

没後100年にはマーク・トウェイン、オー・ヘンリートルストイ。と、なかなかの文豪が。読んでみるかな。

2010-01-01 Fri

[] 新年挨拶

新年おめでとうございます。

適当なことしか書いていない場所なのに、読んでくださる方がいるのは有り難いことです。今後ともよろしくお願い申し上げます。

このダイアリーも6年目です。今年も勝手なことを書いて日常とのバランスをとらせていただきますが、今年は危機感満載です。

[] 2010年アニバーサリー作曲家

2009年はアンタイル没後50年の記念の年でした*1が、来年2010年に記念を迎える作曲家には誰が居るか。比較的知られた分で調べてみたものがあるので、転記してみる。

  • 生誕250年

ショパン、シューマン、マーラーあたりがビッグネーム。何度も作品が演奏されるだろう。この機会に「弦楽のためのアダージョ」以外のバーバーの作品が聴けるといいな。オーウェン・リードが生きてるのが凄い。吹奏楽の団体は「メキシコの祭」をよろしくお願いします。他の作品を知らないや。

*1:すいません、聴いたことない。