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2010-03-26 Fri

2010-03-25 Thu

[][] バルトーク「青ひげ公の城」を聴いて思い出したこと

バルトーク:青ひげ公の城
フィッシャー=ディースカウ(デートリッヒ) テッパー(ヘルタ) 聖ヘドビッヒ大聖堂聖歌隊
ポリドール (2000-01-26)
売り上げランキング: 366805

今日はバルトークの誕生日と聞いた。なのでフェレンツ・フリッチャイ指揮の「青ひげ公の城」を聴いた。

クラシック音楽を聴き始めた頃のことを思い出した。クラシックCDの国内盤のカタログ誌を手に入れた当時の私は、「買いたい」と思ったCDに片っ端から“しるし”を付けていった。テレビCMで使われた音楽を集めたCD、スッペ「軽騎兵序曲」やベートーヴェン「ロマンス」などの知っている曲が入っているCD、黒田恭一の「はじめてのクラシック」で紹介されていたフリードリヒグルダ演奏したCD。宇野功芳の一連の新書で紹介されていたCDも。そしてオペラのCDだ。“しるし”を付ける基準は「買いたい」なので、複数枚組になっている高価なものは避ける。その基準をクリアしていたオペラのCDが、バルトーク「青ひげ公の城」だった。「青ひげ公の城」以外で“しるし”を付けたのは、ラヴェル子供魔法」だったと思う。レオンカヴァッロの「道化師」と、マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」で2枚組になっているCDに憤慨したりしていた。結局、どれもこれもずっとずっと買わないままだったのだけれども。

どうでもいいことばかり思い出す・・・。聴きながら、なぜか中島みゆき「時代」が頭の中を廻っている。

2010-03-23 Tue

[] 寒い季節は好きだったのだ

数年前までは冬が好きだった。それは冬の星座が美しいからだ。慎ましい輝きのプロキオンが好きだ。1986年ハレー彗星が来たのも寒い季節だったように記憶している。そんな体験と共に、仕事をするようになって以後の冬の夜のキリリとした風が、一人で立つ自分を奮い立たせてくれたと思う。冷たい風が頬を引き締める。

[] 「初心者」という言い回し

クラシック初心者」という言い回しがある。「私、クラシック初心者なんで・・・」、「このコンサートはクラシック初心者でも大丈夫!」みたいな感じで。しかし、この「初心者」という言い回し、他のエンタテインメントで使われることがあるのだろうかと、ふと疑問に思ったので書き出してみたりする。

色々と意味不明です。

[] シバの女王ベルキス

レスピーギバレエ組曲「シバの女王ベルキス」である。私的に吹奏楽編曲で一度は演奏してみたい曲リストを作るとすると、10位以内は確実。その「シバの女王ベルキス」の録音も、今でこそ大植英次飯森範親ウラディーミル・アシュケナージの録音があるが、長らくこのジェフリー・サイモン/フィルハーモニア管弦楽団の録音しかない期間が続いた。日本国内で一番売れたシャンドスのCDと聞いたこともある。なのでこの演奏が体に染み付いているという人は少なくないことだろう。かく言う私も初めて買ったシャンドスのCDは・・・、と考えてみたら、初めて買ったシャンドスのCDはブライデン・トムソン指揮のRVW「海の交響曲」だった。なので、おそらく2番目に買ったシャンドスのCD。

今、サイモン/フィルハーモニア管の「シバの女王ベルキス」を改めて聴き直してみて思うのだが、色濃いファンタジーのある演奏だ。第1曲の「ソロモンの夢」で一気に妖艶な世界に引き込む様。これが後発の録音では聞かれない個性。これがなければ淀彰や小長谷宗一は吹奏楽編曲をしなかったのではないかと思うくらいだ。第2曲と第3曲を入れ替えたり、その意図が汲み取り切れない部分があったりもするが、それも含めてこの演奏の私への刷り込まれ具合は深い。カップリングの「メタモルフォーゼン」も素敵だ。この曲も吹奏楽編曲されたはず。

このCDを買うために3,000円近くも出費していることを思い返すと、「CHANDOS 30周年記念BOX」のお得感は凄いな・・・。家にはCDが2枚あることになるが、どちらもずっと持ち続ける。

「CHANDOS 30周年記念BOX」を聴き、書く - think two things

2010-03-21 Sun

[] 清々しく聴くことが出来るフンメルの「ミサ曲」

フンメルの経歴を改めて調べていたら、「クラシック音楽作品名辞典」ではこうあった。

ウィーンでW.A.モーツァルトの家に2年間住み込んで学ぶ。

そう言われてみると、フンメルの端正な作風はモーツァルトに近いかも知れない。「CHANDOS 30周年記念BOX」に含まれている彼のピアノ協奏曲を聴いた時、「モーツァルトのニ短調の協奏曲が好きなら、きっと大丈夫」と書いたが、今回の「ミサ曲」では、健康的なほうのモーツァルトらしさが漂っているように思える。とても流麗な音楽が次々と登場して、どんどんと聴き進められた。

私の中で「ミサ曲」と言うと、J.S.バッハの「ミサ曲 ロ短調」がまず第一に思い浮かぶ。それはフランス・ブリュッヘン/18世紀オーケストラ生演奏に接しているせいで、私の中の「ミサ曲」のイメージ大バッハの荘厳さが中心なのだが、今回聴いたヒコックスの録音のおかげで「ミサ曲」のイメージの幅が拡がったように感じている。こんな清々しい「ミサ曲」があってもいいわけだ。もしかするとまだ聴いたことのないモーツァルトの一連の「ミサ曲」、フンメルで聞かれるような清々しさを湛えているのかも知れない。フンメルを聴いてからモーツァルトを聴いてみようと思うのも妙だが・・・。

「CHANDOS 30周年記念BOX」を聴き、書く - think two things

2010-03-18 Thu

[][] ドラマ版「小公女セイラ」での印象的な会話

ドラマ版「小公女セイラ」のコミックが家にあったので読んだ。常軌を逸したパワハラ描写に気持ち悪くなる。

印象的な会話があったので、引用しておく。亜蘭はフランス語の教師である。

亜蘭「ところで君は院長を恨んでる?」

セイラ「いいえ …でもなぜ私がお嫌いなんだろうと思うことはあります」

本当になぜだったんだろう。

2010-03-15 Mon

[][] 小泉文夫「音のなかの文化―対談集」

以前、古書店で手に入れた小泉文夫の対談集を読み進めているところ。

「小泉文夫」という名前は知っていても、氏の著作に接するのは初めて。

対談集ということで、話す相手ごとにテーマがどんどんと入れ替わっていって面白い。対談の相手は下記のような面々。

各所で小泉文夫が言っているのは「音楽はコミュニケーションだ」ということ。今でこそよく聞かれるフレーズだけれども、今から20年以上前に亡くなっている小泉氏が言葉にしていた頃は、まだまだ新鮮に響いたのではないかと思う。

小泉氏の言葉で特に印象的な部分をメモ

演劇でも音楽でも、切符を買ってステージを見るというあのシステムは、資本主義から出てきたものですね。つまりお客さんには平等の角度で、平等の距離で、同じものを提供しなきゃならない。お客さん自身は逆に、いびきをかいても騒いでもいけない。ほかの人に迷惑になるから。その条件づくりが資本主義の演劇や音楽会にどうしても必要だ。これが本来の人間的コミュニケーションとしてのパフォーマンスダメにしちゃった、大きな理由だと思うんですね。

2010-03-12 Fri

[] LEGO WATCH

これ、素敵過ぎる。

LEGO WATCH (レゴ ウォッチ) 腕時計 Make and Create 4250341

[][] 好きな「交響曲第5番

好きな交響曲を第7番から始めた「好きな交響曲」の話。今日は好きな「交響曲第5番」。

初めて聴いた「交響曲第5番」は確実にベートーヴェン。次に聴いたのがマーラーか、チャイコフスキーか。記憶が遠すぎて手繰り寄せることはできなかった。これら3人以外で馴染み深く私が楽しむのはブルックナーヴォーン・ウィリアムズの「交響曲第5番」。プロコフィエフの「交響曲第5番」を先日勧められたので、また耳にしてみたいと思う。これら以外で知名度が高いのはショスタコーヴィチ

今日の私の好きな「交響曲第5番」はブルックナーで。金管吹きにはたまらない。

ブルックナー:交響曲第5番
スクロヴァチェフスキ(スタニスラフ)
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売り上げランキング: 221133

2010-03-11 Thu

[][] 人を好かない理由に「コンプレクス」がある

矢代秋雄関連の参考文献の一つのつもりで読み始めた遠藤周作「ほんとうの私を求めて」。内容が人生相談的な展開になってきており、それはそれでいいかと読み進めているところ。

印象的なフレーズが出てきたので引用

たとえばあなたには何となく好かない人がいるでしょう。その何となく好かない理由をよく考えてみると、意外にその理由があなたの「コンプレクス」から来ていることが多いのです。

[] 一人称

今日からこのダイアリーでの一人称を「私」に変更する。決めたのだ。

2010-03-10 Wed

[][] 好きな「交響曲第6番」

この前に好きな「交響曲第7番」ってのを考えて、順番で今日は「交響曲第6番」。

「交響曲第6番」を書いた作曲家はもっとたくさん居る。メジャーな人物でベートーヴェンシューベルトブルックナーチャイコフスキードヴォルザークマーラーシベリウスプロコフィエフショスタコーヴィチあたり。シューベルトとドヴォルザークの「作品」はメジャーではないかも。

マイナーな人物では、グラズノフニールセンヴォーン・ウィリアムズバックス、アッテルベリマルティヌーとか。グラズノフ、バックス、アッテルベリの3人は聴いたことがない。

今日の僕の好きな「交響曲第6番」はベートーヴェンでした。

2010-03-08 Mon

[][] 好きな「交響曲第7番」

昨日が7日だったので、僕の好きな「交響曲第7番」って誰の作品だろうと考えていた。

「交響曲第7番」を書いた作曲家はたくさん居る。メジャーな人物でベートーヴェンシューベルトブルックナードヴォルザークマーラーシベリウスプロコフィエフショスタコーヴィチあたり。

マイナーなところで、グラズノフバックス、アッテルベリとか。3人とも聴いたことない。

今日の僕の好きな「交響曲第7番」はシベリウスでした。

2010-03-04 Thu

[] フローラン・シュミットサロメの悲劇」が聴ける貴重なチャンスが

フランス作曲家のうち、フローラン・シュミットほど日本で冷遇されている作曲家は珍しいのではないか。ドビュッシーピアノ弾きには欠かせないし、ラヴェルには熱心なファンが居る。イベール佐渡裕デビュー盤で話題をさらったし、オネゲルも地道だが作品の紹介がされ続けていると思う。そんな中フローラン・シュミットは、オーストリアの作曲家フランツ・シュミットと間違えられたりしながら無視され続けている。大規模なCD店に行ってみても、彼のCDを見つけられることは稀だ。フローラン・シュミットの作品で一番演奏されているのは、おそらく「サキソフォン四重奏曲」だろう。次に「ディオニソスの祭」だろうか。しかしだ、彼の「サロメの悲劇」、「詩篇47」、「交響曲ジャニアナ”」などを無視したまま、それら2曲だけを演奏して何になるのだろう? 「詩篇47」はジャン・フルネが東京都交響楽団に関わっている頃に録音を残してくれた。「詩篇47」については、前にもどこかで書いたことがあるが佐渡裕にぴったりの曲だと思う。元気なうちに是非振って欲しいものだ。「サロメの悲劇」のエスニックな旋律と荒々しいリズムは、日本人にもきっと受け入れられる。

と長く長く思っていた矢先に朗報が。

404 Not Found

東京錦糸町すみだトリフォニーホールで毎年行なわれている「地方都市オーケストラフェスティバル」。今年は仙台フィルプログラムで「サロメの悲劇」が取り上げられる。これは聴き逃せない。パスカル・ヴェロのプログラミングはやっぱり一味違う。

と、盛り上がってみても東京まで行く気力も財力もないのです・・・。

2010-03-01 Mon

[][] H.タウブマン(渡邉曉雄訳)「トスカニーニ―生涯と芸術

この評伝を古書店で買った理由は翻訳が渡邉曉雄だったからだ。指揮者として多忙だったはずの渡邉曉雄のどこに翻訳をやっている時間的余裕があったのかという疑問もあった。で、調べてみると1956年12月に最初の翻訳版が出ているようだ。続けて渡邉氏の経歴を見ると、1950年からアメリカジュリアード音楽院指揮科に留学とあり、その留学中に原書がアメリカで出版され手に取る機会があり、是非日本に紹介したいと思ったということだ。渡邉氏はトスカニーニ指揮の実演にも接しているようで、その感動的体験も本書の翻訳に向かわせた動機の一つであるらしい。

読み続けているうちに気付くのが、トスカニーニの活動範囲の広さだ。イタリアチェロ奏者としてキャリアスタートさせ、チェロ奏者兼副コーラス・マスターとして参加した南米公演での指揮者としてのデビューミラノ・スカラ座の音楽監督としての改革の断行に演奏旅行や、メトロポリタン歌劇場ニューヨーク・フィルでの仕事。そしてバイロイト音楽祭ザルツブルク音楽祭への登場。引退後に引っ張り出されたNBC交響楽団とは全米演奏旅行を行なったりもしている。それら長期的な関係を持ったオーケストラを離れている時期には、客演指揮者として各地のオーケストラを指揮していたというのだから、壮絶な仕事量だ。考えてみれば、世界を飛び回り各オーケストラを指揮する現代の指揮者のスタイルにとても近い。トスカニーニが今の「指揮者」という仕事を作ったと言ってもいいかも知れない。

読んでいて感動を覚えたのが、NBC交響楽団との逸話の数々だ。NBC交響楽団の団員の証言の幾つかを列挙してみる。

  • 「トスカニーニはわれわれに、倒れるまで弾き抜こうという気を起させる」
  • 「トスカニーニの指揮であれば、ラ・メールを二十回練習し、さらに二十一回めをひくときでも、新しいものを発見するような気がする」
  • マエストロのためなら生命もおしくはない」

これだけではなく、トスカニーニを囲む楽員達の様子や、それに応えるトスカニーニの微笑ましい振る舞いなどもあり、全く飽きることなく読み進めている。そういった指揮者と楽団員の関係について描写されているところもあれば、トスカニーニが音楽作品にどう相対していたかに言及している箇所もある。トスカニーニの言葉として引かれたものを幾つか紹介してみる。

  • ヴェルディ、ああヴェルディ! 彼こそ音楽家の中の音楽家だった」
  • モーツァルトは余りに完全過ぎた。モーツァルトの音楽ではすべてのものが必ず、そのあるべきところにちゃんと納っている」
  • ハイドンでは何ひとつかくすことも、ごまかすこともできない。じゅうぶんに練習時間がなければ無理だ」

トスカニーニ・ファンになりました。今からでも間に合いますか。

[] 状況を打開するため

本意ではないが、状況を打開するためには、問題点を挙げて公の場に出るほかないのかも知れない。