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3011-04-01 なし

[] なし 18:51  なしを含むブックマーク  なしのブックマークコメント

2016-05-08 ドリカム>EW&Fで今週も戦える

[]ドリカムEW&Fで今週も戦える 10:54 ドリカム>EW&Fで今週も戦えるを含むブックマーク ドリカム>EW&Fで今週も戦えるのブックマークコメント

新千歳と羽田のJAL機内でドリカムうれしい!たのしい!大好き!」(1989年)をたいへん久しぶりに聴いて、正直当時は「いい曲だけど、ドリカム(笑)だよな」と思っていたのだけれども、いやまとめていろいろ聴いたらなかなかいいじゃん云々とTwitterでちょこっと書いたのでしたが、その後BSスカパー!で2015年ドリカムWonderlandのライブ映像を放映していたのでこれもついつい見てしまい、勢いで

も買ってしまい・・・

JALとスカパー戦略にどハマりになったのでした。後悔はしていない。

いろいろ聴いていると、やっぱり「決戦は金曜日」>アースLet's Grooveだよなとなって(このあたりのことも若い人は知らんだろうからーーこのブログに若い読者はいないとは思うがーー、関連ULRを貼っておく。http://natalie.mu/music/pp/dreamscometrue03/page/3)、結局昨日はEW&Fを聴いていたのでした。そうしていたら、ふとモーリス・ホワイトも亡くなってしまったことを思い出し、あらためて打ちひしがれたりもしたのでした。どうでもいいことですが、昔、英語部のメンバー紹介の冊子か何かに、モーリスの写真を使ったくらい(全然似ていないんですがw)EW&Fが好きだったことも思い出したり。いや、そこはヴァーダイン大先生でしょといわれれば、まあそうなですが。(ドリカム中村さん、モーリス・ホワイト逝去にやはり大ショックだったようです。それは本当にそうだろうなあと思います。http://dreamscometrue.com/masablog/2016/02/05/11237

さて、いろいろご意見はあるでしょうが、へっぽこベーシストとしては、EW&FベストAll'n All

All 'N All

All 'N All

収録のBrazilian Rhyme

https://www.youtube.com/watch?v=woGaDaGFlG0

につきるわけですが(これはre-editedということらしい)、モーリス大先生の声ということになれば、超名盤(私はEW&F最高傑作だと信じています)Gratitude

Gratitude

Gratitude

収録のCan't Hide Love

https://www.youtube.com/watch?v=wr0ekZlcM8E

これしかなかろうと。

モーリスの歌ももちろんですが、これすべてのリズム、すべての音が素晴らしいですよ、本当に。

正直今週は非常に厳しいスケジュールなのだが、「決戦は金曜日」と「Can't Hide Love」でなんとか乗り越える・・・ことができるはず。

2016-05-01 宮城小旅行(名取、石巻、女川&仙台)

[]宮城小旅行名取、石巻、女川&仙台) 12:16 宮城小旅行(名取、石巻、女川&仙台)を含むブックマーク 宮城小旅行(名取、石巻、女川&仙台)のブックマークコメント

急に思い立って、金曜日から先ほどまで、名取市閖上、石巻市、女川町を見てきた。

閖上地区につしては昨日写真をアップしたので、ここでは書かない。

書いておこうと思うのは、金曜日名取市閖上で時間を過ごしてから名取ICから仙台東部道路(これがいわば「防波堤」になった)に入って、そのまま少し北上して、仙台東ICで降りて、近くの定宿シーラックホテルチェックインした。

仙台に行くときには、私は自動車で行くことが多いのだが、インター至近のこのホテルは安くて駐車場も広くて便利なのでずっとここに泊まっているが、何せ駅前や東北大学からは遠く、不便であった。ところが気がついてみると地下鉄東西線というのが完成していて、ホテル至近の荒井駅から乗ってみると、これが大へん便利で、仙台駅や川内駅(これは東北大のキャンパスに直結してて、大変うらやましい)にすぐ行ける。

この荒井駅なのだが、仙台東部道路の仙台東IC近くの、ぶっちゃけいうと畑の中に新たに作ったという感じの駅舎である

f:id:hspstcl:20160430115022j:image

今後、この付近を新たに造成するのだろうな・・・と思っていたら、それが震災復興関係があることを知った。この駅舎には保育園と「せんだい3.11メモリアル交流館」が併設されていて、後者は開館記念展「分かち持つ記憶」というのをやっており、ホテルに帰る前に見てきた。

このページで内容が少しわかる。

常設展も見てきたが、とにかく感じたのは、この荒井駅というか、仙台東IC付近という場所が、まさに仙台東部道路の「こちら側」であったため、津波の浸水を免れた地域なのだということである。実際は東部道路を乗り越えてやられた地域もあるのだが、もらったパンフを見たら荒井駅の辺りはマジでギリギリセーフだったようだ。

この荒井駅周辺は、これから「向こう側」から移転先としても整備されていくようだ。これも「復興」ということなのだろう。

石巻の大川小学校(跡)や作田島神社(この神社については磯前順一『被災地信仰論』の第3章末をぜひお読みいただきたい)については、また別の機会に書くかもしれない(書かないかもしれない)。

2016-04-08 コンラッドとラテンアメリカ文学(『コスタグアナ秘史』読書メモ))

[]コンラッドラテンアメリカ文学(『コスタグアナ秘史』読書メモ)) 10:56 コンラッドとラテンアメリカ文学(『コスタグアナ秘史』読書メモ))を含むブックマーク コンラッドとラテンアメリカ文学(『コスタグアナ秘史』読書メモ))のブックマークコメント

訳者あとがきから読む悪い(?)癖がある私。訳者、久野量一さんはこう書いていらっしゃる

そもそもコンラッドラテンアメリカ文学というと、ホセ・エウスタシオ・リベラ『大渦』やオラシオ・キローガの一連の短編、あるいはアレホ・カルペンティエル『失われた足跡』といった作品に『闇の奥』とのかかわりが指摘されている。ボルヘス短編「グアヤキル」(『ブロディーの報告書』所収)では『ノストローモ』そのものがほのめかされ、二十一世紀に入ってからバルガスリョサが『ケルト人の夢』でコンラッドに挑んでいる。(315-316)

私が読んでいるのはカルペンティエルだけだなあorz

久野さんによるコンラッド話はもう少し続くが、それは読んでのお楽しみ。コンラッド作品には変な力があるのだなあと思いますはい

(追記1)

バルガスリョサケルト人の夢』についてのブログ記事を見つけました。URLを貼っておきます

http://blog.goo.ne.jp/kenjim81312/e/c844712710dc3de5c128071ae13f0515

http://blog.goo.ne.jp/kenjim81312/e/9a0fe7c8704d5041a542ddcdb2596888

http://blog.goo.ne.jp/kenjim81312/e/d7cb9d38008edf1a3c25aa7ea9c764f9

http://blog.goo.ne.jp/kenjim81312/e/19ee8455e25728b18cb3dba7ec59607d

ついでに書いておくと、英訳のThe Dream of the Celtはわりと簡単に手に入ります。これは読んでおかないと…。

The Dream of the Celt

The Dream of the Celt

(追記2)

FacebookでNさんに以下の論文存在をご教示いただきました。久野さんの「訳者あとがき」で提示された問題をさらに深く学べる論文です。

西成彦「アメリカ大陸は東欧ユダヤ人先住民が出合う場所 : 『密林の語り部』試論」、『れにくさ』(現代文芸論研究室)第4号、2013年3月29日pp. 132-150

http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/handle/2261/54175

2016-03-24 「皇統連綿三千年」「民族の純粋性」vs「諸人種雑居の地」(清水春雄

[]「皇統連綿三千年」「民族純粋性」vs「諸人種雑居の地」(清水春雄ネタ) 16:12 「皇統連綿三千年」「民族の純粋性」vs「諸人種雑居の地」(清水春雄ネタ)を含むブックマーク 「皇統連綿三千年」「民族の純粋性」vs「諸人種雑居の地」(清水春雄ネタ)のブックマークコメント

Facebookに投稿した記事をそのままこちらに掲載しました。

岐阜からつくバック。清水春雄(1903〜1998or99)の没年確定は今回もできず。ただ、いろいろ収穫はあったので、ちょっとだけ書いておく。いや、もうこれは完全にマニアックな俺得ネタなので、文字通り備忘録です。

**

手に入れづらかった論文を入手した。現物は紙もボロボロでございました(この時代のものならよくあること)。

(1)清水春雄「Frontier Spiritアメリカ文学に及ぼせる影響」、『岐阜短期大学研究紀要』第1輯、1−26頁、1951年

これは、さっと見る限り、清水1948年広島大学に提出した卒論、_The Significance of the Frontier Spirit in American Literature_(未見、というか現物が広大に存在しているのかどうかを来週確かめてくる)をもとにしたものだと思うのだが、実は似たような論文清水別に書いている。

(2)清水春雄「FRONTIER SPIRIT の文學的表現」、『小樽商大人文研究』第4号、51-75頁、 1952年7月1日

(PDFで読むこともできる:  https://barrel.repo.nii.ac.jp/… )

(1)の「序言」の冒頭はこうである

皇統連綿三千年の古い歴史と、民族純粋性を誇っていた我が国が、植民地以来わづか三百年余りの短い歴史しかなく、而も諸人種雑居の地と思はれていたアメリカ軍門に下った。(中略)アメリカ文化戦前迄は、我が国に於て、欧州諸国のそれに比べて甚だ軽く扱はれて来た。従つてアメリカ文学もSamuel L. Knappの"You are aware that it has been said by foreigners, and often repeated, that there was no such thing as American literature..." (Lectures on American Lit. 1892)という嘆きの言葉を極く最近に至るまでその儘に信じて、アメリカ文学と熟して唱えることに心進まぬ学者も少なかった。

(2)の冒頭はこうである

Samuel L. KnappがLecture on American Literatureの中で"You are aware that it has been said by foreigners, and often repeated, that there was no such thing as American literature." と述べたのは1829年のことである。その頃の年代としてはアメリカ文学存在が、蕾に他國の人々ばかりではなく、アメリカ人自体から独自のものとして認められてゐなかつ

たのは無理もない。

やはり気になるのは、(1)では、「皇統連綿三千年」「民族純粋性を誇っていた」日本と、「諸人種雑居の地」であるアメリカを対比し、前者が後者に負けたことを明言しているのに対して、(2)では、まさにこれらの箇所が削除されていることである

(1)の冒頭は清水本音なのだろうか?で、わずか1年後の論文で(2)「皇統」云々を削除したのは、心境の変化?あるいは何がしか空気を読んだ?無論、このようなことは論文を書いたご本人しかわからないことであり、ご本人がこの世の人でない以上、知るすべはたぶんない。知るすべはないが、こういう削除改変をしているということは記録しておく価値がある…かもしれない。

メモ

【1】(1)と(2)を読んだので、余計に1948年卒論を読みたくなった。「皇統連綿三千年」「諸人種雑居」とか、英語で書いているのだろうか。

【2】(1)は日本がアメリカに負けたことを明言しているが、自身の広島での被爆体験については言及がない。

2016-02-11 アメリカ大使館(文化情報局)の「工作」(1958年頃)

[] アメリカ大使館文化情報局)の「工作」(1958年頃) 07:14  アメリカ大使館(文化情報局)の「工作」(1958年頃)を含むブックマーク  アメリカ大使館(文化情報局)の「工作」(1958年頃)のブックマークコメント

 きっと詳細な研究があるのだろうが、それを読むのは今後の宿題人生2回くらい欲しいです)として、とりあえずは藤井章生『飯田橋泣き笑い編集記』(2004年)について、文化情報局アメリカ大使館)ネタで気になったところをピックアップする。

 ちなみにこれらの話(実際の話を元にしたフィクション藤井は断っている)、1958年から1960年あたりのことである。米軍占領下の話ではないというわけで、まさに冷戦期の北米の対日文化工作はこういうものだったんだなあということが、サクサク読めるてわかって、いいですね、この本。

以下引用

 急いで赴かなければならぬ別の場所ーーそれは、アメリカ大使館文化情報局という場所だった。虎ノ門にある大使館のアネックス(別館)ビルの六階にあるその書籍課は、目立たない形で日本の出版社に援助(アシスタンス)を与えてくれる。話だけ聞けばたいへん有難いところなのだが、タダほど高いものはないという、世の諺もある。

 その援助というのは、アメリカ側が望む「反共、反ソ連」的内容の本を出してくれれば、その直接制作費(印刷・用紙代)の大部分に当たる金額をその出版社に支払ってやろう、というものだった。

 書籍課は、アメリカ出版局が発刊した書籍のなかで、適当に反共的な内容で、然るべき説得力をもつ何冊かの本を、日本の出版局提示する。「よい日本語翻訳して、日本の書店市場で売ってくれ」というわけである。

 むろん、話は秘密裏に行われる。相手として選ばれる日本出版社は、ある程度の知名度と実績をもっていなくてはならない。本ができ上がり、一定の部数が書店に配本されて、そのことが取次社により証明された段階で、大使館の書籍課は、日本版を発行したその出版社小切手を振り出す、という仕組みであった。(39-40)

 算盤はじきに余念がなかった後藤が、仕事に集中するときの癖で鼻筋に縦皺を寄せた顔を、そのまま、社長に向けた。社長はどちらへともなしに言った。

 「これで、月末には大使館から、間違いなく二十なん万の金がもらえる。つぎつぎに七タイトルを仕上げるんだから、巻によってアシスタンス金額は多少違うが、いずれにせよ、合計百万円をかるく超える金が入る勘定だ」

 (当時の百万円といえば、その四十年後のこんにちの感覚で、一億円以上の威力感をもつ金額数字だった

(52)

なお、もっと米文学業界人に興味がありそうな話として、大学出版社アメリカ大使館のつながりについてのエピソードも書いてあって、「そうなんだ」(私が知らないだけかも)とも思ったのだが、これは時間があったら裏をとりたい話。

繰り返すが、これらはフィクションであり、私が知らないだけで、精密な研究があるのだろうと予測するわけです、はい。そういうのは読みたいが、時間がないよねえ、というオチでした。

2016-02-10 期末試験モード終了&文化情報局ネタ

[]期末試験モード終了&文化情報局ネタ 13:03 期末試験モード終了&文化情報局ネタを含むブックマーク 期末試験モード終了&文化情報局ネタのブックマークコメント

今日英語期末試験答案を返却した。金曜日が学類(学部)のレポートの〆切で、まあこれで「秋学期」はだいたい終わり。来週はイベント週間(3つ)、再来週は(ry

会議までのあい時間に、昨年末の福岡での国際会議でSさんに教えて頂いた本を読んでいる。

飯田橋泣き笑い編集記―出版脇街道好人録

飯田橋泣き笑い編集記―出版脇街道好人録

私はAmazon経由で古書で購入したのだが、戦後日本の出版事情、特に文化情報局絡みのネタが書いてあるというので読んでいる。が、それはまだ先の話。まだ、肺結核で苦しんだ「戸田」が編集作業悪戦苦闘しているところ(まだ冒頭部近くですね)。