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拓殖のあと このページをアンテナに追加 RSSフィード

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3011-04-01 なし

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2017-02-08

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2017-02-07

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2017-02-06 『ミメーシス』上下巻(邦訳)読了!

[]『ミメーシス』上下巻(邦訳読了23:05 『ミメーシス』上下巻(邦訳)読了!を含むブックマーク 『ミメーシス』上下巻(邦訳)読了!のブックマークコメント

つくばに来てから院生と読むのは多分3度目。ただ、一度も英訳ドイツ語も使えなかったのが残念です。

今日は19章のゴンクール兄弟自然主義的「第四階級表象重要性を評価しつつ、それが「第四階級」の審美化であり、エキゾチズムであったことの限界を指摘した上で、アウエルバッハが好きなのだろうゾラ特に『ジェルミナール』(炭鉱文学!)の「第四階級表象の「真面目さ、厳粛さ」を確認した上で(ほとんどアウエルバッハが考えるところの「リアリズム」の完成形がゾラに即して語られている)、20章のウルフTo the Lighthouse (1927)論を読む。

この有名なチャプターについて詳述は避けるが、アウエルバッハが、ナチス台頭を強烈に意識した文章で、ラムジー夫人媒介としたとりとめのない印象、生の断片に、生の真の深みと、時間複数性と、複数視点や声のを読み取り、さらにはそこから集合的かつ多様な主体表象を読み取ることが議論されている。ウルフのこの作品1927年)は、その後に出てくるナチズムへの抵抗として(抵抗という言葉は出てこなかったが)提示されている。

もう70年以上前の批評だけれど、これを隅々まで読まないで、そして議論されている作品もできる限り読まないで、(弟子だった)ジェイムソンや(フォロワーだった)サイードを読んでも、早晩行き詰まるだろうという確信が私にはある。

ドイツ文学への厳しい批判は、これは如何なものかとも、あらためて思いましたけれど。

院生2名はつらかっただろうなと思います。アウエルバッハが議論した作品日本語訳でもいいから読むことを要求しましたから。でも、最後までついて来てくれて(ヨレヨレだったかな?)、おつかさまでした。私としても、筑波大学にいる以上、これくらいの批評を読むという授業を止めるわけにはいかないのです。

2017-02-05

[]2017年02月04日のツイート 23:00 2017年02月04日のツイートを含むブックマーク 2017年02月04日のツイートのブックマークコメント

2017-02-04

[]2017年02月03日のツイート 23:00 2017年02月03日のツイートを含むブックマーク 2017年02月03日のツイートのブックマークコメント

2017-02-03 15年

[]15年 14:03 15年を含むブックマーク 15年のブックマークコメント

今日の午前中、仕事で家の近くの高校に行って、生徒さんたちの(どれもとても面白い自主研究の発表の「座長」(要するにコメンテーター)をしてきたのだが、それが終わったあと、「●●(同僚のお名前)をご存知ですか?」と尋ねてきた生徒さんがいて、私は「はい、ずいぶん昔からお世話になっていますよ」と答えたところ、「娘です」と言われて、「…」と、一瞬マジで絶句したのであった。絶句ってこういうことだよなと思うくらいの絶句。●●さんにお子さんが生まれたのって、そんなに昔でもないつもりだったのだけれど、もう15年の前なのであり、その15年という時間が、一人の高校生として目の前に現れたことの驚き。「時間物質性」などということをふと考えもしながら、とんQでランチのぶりカツ定食を食べてきました。要するに、私自身が年をとって、15年前と5年前の差があまりないように感じるようになったというだけのことでございます

[]2017年02月02日のツイート 23:01 2017年02月02日のツイートを含むブックマーク 2017年02月02日のツイートのブックマークコメント