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2001-03-26 文献学萌え

[]文献学萌え 09:04 文献学萌えを含むブックマーク 文献学萌えのブックマークコメント

小野茂『フィロロジスト――言葉・歴史・テクスト』(南雲堂、2000年)の212ページ、1930年にハイデルベルク大学の初代英語英文学教授であったJohannes Hoops (1865-1949)を訪ねたとあり、その際Hoopsが元来植物学を志していて学位論文、第二の論文も植物に関するものだったことを知った市河は、Hoopsに「私と一味通ずる所があることを告げて別れた」と書いてある。市河=フンボルト兄弟?しかし、博物学&言語学という視点からの市河研究というのはなかなか見当たらない。

2001-03-22 読書録

[]読書09:02 読書録を含むブックマーク 読書録のブックマークコメント

亀山健吉『言葉と世界――ヴィルヘルム・フォン・フンボルト研究』(法政大学出版局2000年)とピエール・ガスカール、沖田吉穂訳『探検博物学者フンボルト』(白水社1990年読了後者はヴィルヘルムの実弟アレクサンダーの伝記。比較言語学と博物学をそれぞれ担った兄弟。市河はこの二人の仕事を一人でやったようなものか。ちなみに市河はドイツ留学時にフンボルト兄の『著作集』と『カヴィ語研究叙説』を購入し、日本に輸入している。

2001-03-12 読書録

[]読書08:57 読書録を含むブックマーク 読書録のブックマークコメント

ペーター・スローターダイク仲正昌樹編訳)『「人間園」の規則――ハイデッガーの『ヒューマニズム書簡』に対する返書』(御茶の水書房、2000年)、〈金髪碧眼の野獣〉との関係があるハイデガーヒューマニズムを問い直す試み。大学院の授業で使えるか。

小野茂『フィロロジスト 言葉・歴史・テクスト』(南雲堂、2000年)、市河が留学中(1912-1916)に出会ったドイツのフィロロジストも植物学者であり、市河自身と同じだと思った云々というエピソードが書かれている。考えてみれば、言語学と植物学は要するに「博物学」なのであり、フンボルト兄弟の仕事を参照すれば両者の関係が深いのは当たり前。

[]札幌で本を買いますた 09:01 札幌で本を買いますたを含むブックマーク 札幌で本を買いますたのブックマークコメント

週末は札幌の紀伊国屋丸善旭屋書店で本を購入。

太田好信民族誌的近代への介入』(人文書院、2001年)と古谷嘉章『異種混淆の近代と人類学』(人文書院、2001年)は、人文書院の「叢書 文化研究」という新シリーズの第一巻と第ニ巻。九大のパワー全開?第三巻がClifford, The Predicaments of Culture (1988)の翻訳で、『文化の窮状』というタイトル近刊の予定。期待は大。ところで、太田さんはマリノフスキーとコンラッドを扱った有名なクリフォード論文に触れている。そろそろ日本のコンラッド研究者も反応しよう。アメリカ人研究者コンラッドと/の人類学で一冊すでに書いている。

その他、春日春樹編『オセアニア・オリエンタリズム』(世界思想社1999年)、岡谷公ニ『ピエル・ロティの館』(作品社2000年)、これはスティーブンソン論に備えて。

崎山正毅『サバルタンと歴史』(青土社2001年)、石川美子『旅のエクリチュール』(白水社2000年)。

Spencer Johnson, Who Moved My Cheese。30分で読める「お気楽」ペーパーバック。悪くない。*1

*1:畜大の授業で使ってみた。これは学生の評判もよかった。やっぱり「読める!」という実感は何物にも代え難いようだ。[2006/11/16]

2001-03-09 読書録

[]読書08:55 読書録を含むブックマーク 読書録のブックマークコメント

船橋洋一『あえて英語公用語論』(文春新書2000年)、「日本は今世紀も経済大国であるべき」という前提がある本。

鄭讃容(チョン チャンヨン)『英語は絶対、勉強するな!』(サンマーク出版2001年)、最初の部分をざっと読んだだけだと國弘正雄の主張に似ている。

Mary Louise Pratt, Imperial Eyes (Routledge, 1992)、また本棚からテーブルの上に置く。これで三度目?

2001-03-08 マリノフスキーとSteely Dan

[]マリノフスキー 08:51 マリノフスキーを含むブックマーク マリノフスキーのブックマークコメント

Bronislaw Malinowski, Argonauts of the Western Pacific(1922; Waveland Press, 1984)が届く。中島敦、スティーヴンソン、そしてクリフォードを読むんだから、買っておいた。Margaret Drabble, Ed. The Oxford Companion to English Literature (Oxford UP, 2000)。話題の第六版。Mitch Albom, Tuesdays with Morrie (Doubleday, 1999)、そしてCatherine Ryan Hyde, Pay It Forward (Pocket Books, 1999)。授業で使えるか。

[]Katy Lied 08:51 Katy Liedを含むブックマーク Katy Liedのブックマークコメント

Steely Dan, Katy Lied [digitally remastered version], 1999が届く。

Katy Lied

Katy Lied

僕のケチなミニコンじゃこれまでのCDとは対して音質はかわらない。出来れば大音量で聴きたい。なぜか、'Your Gold Teeth II'と'Chain Lightning'の曲順が変更されている。この件については数多の「鉄男」サイトで議論になっていたがそれは割愛。

2001-03-07 読書録

[]読書08:47 読書録を含むブックマーク 読書録のブックマークコメント

The Works of R. L. Stevenson, "Tushitala Edition"。中島敦が『光と風と夢』を書くとき使ったやつ。Barnes & NoblesのOut of Print Booksで探していたら、全35巻で298弗のオファーがあったので購入。到着は来月か。送料を含めても307弗。31000円強は激安。有名なbibliofindでは"200"という数字を発見、お、安いなと思ったら単位は「ポンド」、気をつけましょう。エディンバラの古本屋だった。それでも日本で買うよりはるかに安いが。もちろんProject GutenbergでVailima Lettersも読めるのだが、モニターやプリントアウトで読むのはまっぴら、やっぱり「本」で読みたい。

村上龍『「教育の崩壊」という嘘』を生協で見かけた。彼の新しい小説タナトス』も。買おうか?

中島敦マリヤン」(彼の南洋モノの一つ、近年ポストコロニアル研究の中で再評価されつつある)のモデルについての文章を読んだ。ピエールローティ的な南洋セックス幻想を批判する岩波文庫愛読者&中島にほのかな想いをよせる「マリヤン」のモデルとなった女性は実は王族の一員で、戦後は唯一の女性議員として活躍したとか。『中島敦研究』(筑摩書房1978年)を参照。

姜尚中&宮崎学『ぼくたちが石原都知事を買えない四つの理由。』(朝日新聞社2000年)。買っておいてよい石原批判本。一読して、文学者石原の作品をきちんと検証しなければとあらためて思う。

切通理作『ある朝セカイは死んでいた』(文藝春秋2001年)。「異形の君へ」(pp.191-207)が重要

2001-03-06 True History of The Kelly Gang、他

[]True History of The Kelly Gang 08:39 True History of The Kelly Gang を含むブックマーク True History of The Kelly Gang のブックマークコメント

Peter Carey, True History of The Kelly Gang (Faber, 2001)について、TLS (Jan.5, 2001)の書評(Peter Porter)はわりと批判的で、反イングランド闘争の闘士としての"Irish" Kellyを強調する(やはりアイリッシュ係の)ケアリーは、なぜ今、アングロ・サクソン系オーストラリア人に対して、アイルランド系としての「憤り」を語らねばならないのか、彼自身はオーストラリア随一の小説家として広く承認されているんだからもういいでしょうよ、という論調。例えばアボリジニ立場から考えれば、ケアリーの「憤り」なんて自分勝手なもんだとなるだろうか。とはいえ即断は避け、北海道の和人の子孫として、この小説をじっくり読むことにしよう。*1

[]『地獄への道はアホな正義で埋まっとる』 08:44 『地獄への道はアホな正義で埋まっとる』を含むブックマーク 『地獄への道はアホな正義で埋まっとる』のブックマークコメント

宮崎学地獄への道はアホな正義で埋まっとる』(太田出版1999年)。〈中坊公平〉についての基本文献だと思うが、著者の"megalomaniac"ぶりがちょっと目立つ。

[]宮台さん&リカちゃん先生 08:44 宮台さん&リカちゃん先生を含むブックマーク 宮台さん&リカちゃん先生のブックマークコメント

宮台が北海道出身の漫画家山本直樹(の傑作『ありがとう 上 (ビッグコミックス ワイド版)』)が地方都市在住の少年の「底抜けぶり」を見事にとらえていたと評価。山本と同じく北海道の香山が小樽勤務時代のネタで絡むところが妙にローカルでよい。香山といえば、かつて僕の父親がなぜか香山のラジオ番組を愛聴していて、しかし「香山さんはいつもとんちんかんなことを言うね」とバッサリ斬っていた。

*1翻訳が出ている。[2006/11/16]

ケリー・ギャングの真実の歴史

ケリー・ギャングの真実の歴史

2001-03-05 続・『東京人類学雑誌』、他

[]続・『東京人類学雑誌08:31 続・『東京人類学雑誌』を含むブックマーク 続・『東京人類学雑誌』のブックマークコメント

マジで僕はボケているのかもしれない。

昨日『東京人類学雑誌』については「私は筑波にいる時にすでにこの雑誌にはだいたい目を通していて」云々と言っていたが、前言撤回する。岡倉の方言調査方法論文が掲載された号のわずか二号あとの『人類学雑誌』に「東洋言語学研究の必要」(1893, 93:9, pp.88-95)があるではないか!無論コピーして、これから熟読する。さらに、「朝鮮の墳墓(図入)」(1895, 106:10, p.134)なる短い記事も!ホント、岡倉は朝鮮で何をやっていたのだろうか・・・。しかし、そう言う僕は筑波で何をやっていたのか・・・。この雑誌明治19年から明治33年までは目を通したはずなのに・・・。もしかすると、筑波大学の中央図書館にあった『人類学雑誌』は、1981年第一書房が出版した復刻版ではなく、ほとんどオリジナルに近いもので(筑波には東京高師以来の古い本がどっさりあるのだ)、欠号があったのかもしれない。実際、今回畜大の紀要に書いた論文の原型になった口頭発表の原稿を書くとき、岡倉の「東洋言語学論文を探すためにこの雑誌を必死に読んでいたのだから、カンタンに見落としたはずはないのだ。

ついでに一言。1895年頃から田代安定(↓でちょっと触れた;この人についてはすでに研究があるそうだ)の台湾紀行文に続いて、台湾調査のパイオニアの一人と言って良い伊能嘉矩の「台湾通信」がおよそ20回連載されている。伊能については拙論「日本の闇の奥」の注を書くときに少し調べたことがある。〈アフリカ=暗黒大陸〉というスタンレー的なレトリックを応用して〈台湾=闇の奥〉と言いはじめたのは、たぶん伊能あたりの人類学者だったのだろうと予想したが、これである程度実証できる可能性がでてきた。

[]拓殖大学 08:36 拓殖大学を含むブックマーク 拓殖大学のブックマークコメント

中曽根氏、某村上元参議院議員。二人を結ぶのは「拓殖」。前者は拓大設立に深い関係(なんてもんじゃない)があるし、後者は拓大応援団長だった。「拓銀」が消えたあとは「拓大」なのか?(意味不明だ)

[]岩田さんの中島08:36 岩田さんの中島論を含むブックマーク 岩田さんの中島論のブックマークコメント

大学仕事も一段落。今週いっぱいはスティーブンソンと中島敦を集中して読む。前者の書簡集と中島の『光と風と夢』との対応関係を綿密に調査したのが、中島親友にして小樽高等商業学校(今の小樽商大の英語教師だった岩田一男。彼の仕事のおかげで、僕の作業は半分で済む。しかし、南洋に行った中島仕事の検証を北国に暮らしていた岩田がやったというのは(しかも私の母校に勤めていたときたもんだ)*1、なんだか妙な因縁だ。

*1:私の母校は二つあって、産んでくれた母校は小樽商科大学、育ててくれた母校は筑波大学である。[2006/11/16]

2001-03-04 『東京人類学雑誌』

[]『東京人類学雑誌08:29 『東京人類学雑誌』を含むブックマーク 『東京人類学雑誌』のブックマークコメント

十勝では三月にドカ雪が降るとよく言われる。そのとおり、今日は猛烈に雪が降っている。温泉にでも行こうかと思っていたのだが、面倒になってきたな。

結局「岡倉論文」はまぼろしだった。畜大図書館にあったのは『東京人類学雑誌』で、これは東京帝大の坪井正五郎が院生時代に始めた雑誌の復刻版である(しかし畜大の誰が何の目的で購入したのだろうか)。この雑誌自体はとても重要なのだが、私は筑波にいる時にすでにこの雑誌にはだいたい目を通していて、岡倉の論文はすべてコピー済みだった。

収穫がなかったわけではない。 岡倉以前の方言調査関係論文を読むことができた、田代という人が南洋紀行+フィールドノートを延々連載していて、これは案外面白かった、等々。しかし、肝心の岡倉の「東洋言語学」についての論文はなかった。この雑誌ではなかったのだ。残念無念、というか、ないはずの論文雑誌が手元にあるように思いこんでいるというのは・・・。と、以前ならば「イギリス留学→狂牛病感染→頭がスポンジ、ボケ」というネタを使ってきたけれど、先週、1980年以降ヨーロッパに半年以上滞在した人は献血禁止という厚生労働省と赤十字の方針が発表され、マジでネタではすまなくなってきた。

2001-03-01 「済州島紀行」

[]「済州島紀行」 08:27 「済州島紀行」を含むブックマーク 「済州島紀行」のブックマークコメント

岡倉由三郎の仕事について紀要論文を書いた。多分4月には活字になるだろう。このHPでも読めるようにしたい。で、この論文を書くときどうしても見たかった資料が、若き日の岡倉が書いた「東洋言語学」についての論文だった。これ、国会図書館に行くしかないかなと思っていたのだが、もしかすると畜大で読めるかもしれない。以前書庫を漫然と眺めていると、岡倉が寄稿していたはずの古い雑誌の復刻版があったのだ!仕事が忙しくてまだ確認していないのだが。ところが、今日、この記事を書くため雑誌名を検索システムに入力してみたのだが、なぜか出てこない。あの雑誌は、古書の匂いかなにかで恍惚状態にあった私がみたまぼろしだったのだろうか。だが、『東京言語学雑誌』がずらっとならんでいるというヴィジョン、わるいものではない。

市河三喜「済州島紀行」(1905)を読了。第一高等学校三年生の市河の手になる博物誌・紀行文、としか言いようがない。事前に調べたのであろう済州島の歴史、日本との関係――島民がフランス人宣教師への反感から日本に支配されることを望んでいるという記述もあるが、これは史実なのだろうか――を簡潔に述べたあと、記述日記風に進み、結局は期待したほどの新種の昆虫は採集できなかったと結論したこの文章、面白くない。

なぜ面白くないのか。結局、市河にとっての異文化であるはずの済州島、その地で旅をする異邦人としての自己についてのwonder-fulな記述が乏しいからなのだろう。マリノフスキー以降の人類学や、クリフォード・ギーツ、ジェイムスクリフォードなどの反省的な記述(観察対象と観察者との非対象的な関係、それに対する反省等々)になれてしまった私の目には、市河の記述はいかにも平板で、しかし手堅い。つまり面白くない。

やはり、20才前の若者がこんなに面白くもない「観察」記録を書けたのか、ということが重要になってくる。異文化に対する驚きや興奮があっただろうに(それとも本当になかったのか――もともと冷静な官僚タイプの人物だとは思うが)、それをあえて書かないことを学んでいたとすれば、この市河という若者は一体どういう知的土壌から出てきた人なのだろうか。

仮にこれから論文を書くとすれば、重要な点は二つあるだろう。

〇垈呂汎瓜代に書かれた、市河の記述とは異なるwonder-fulな記述を探し出し、数多く読むこと。済州島の探検記などは結構あるのではないか。

∋垈呂中学高校で読んだ本、学んだ教師について調べる。「観察者的態度」がどこから出てきたのかということ。「生まれつき」では面白くもない。