拓殖のあと このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2005-08-01 中野好夫「蠅打機の必要」(1946年1月) このエントリーを含むブックマーク

今もなおはっきり言っておくが、私は戦争に協力した文学者を目して、山中へでも入って日本が当然の敗戦に至るのを快げに傍観していた、お偉方のいわゆる自由主義者作家の前に恥ずべきだとも、一段下なものとも思わない。(中略)問題は、彼ら文学者がいかなる方法で協力したかということである。私は信ずる、良心的に、あるいはパンのために、一国民として文学者が戦争に協力するのは少しも不思議ではない。直接生活により、口舌により、あるいは進んで特技とする筆により、あるい政治的目的に仕えることすらも、私は必ずしも一概に悪いとはいわぬ。文学者が踏切番、オデン屋になったからいけないという理屈がないと同じように、文学者が情報将校かスパイになったところで、あながちに悪いとはいえないであろう。/だが、文学を、掛け替えのない文学を、この政治的目的に隷従させたことだけは絶対にいけなかった。まして自ら進んで文学をもって奉仕することを声明、実践するに至って、文学はまさに地に墜ちた。(著作集1,259ページ)

「一国民」の強調や、政治的亡命の可能性にふれていないのはとりあえずおいておくとして、−−英文学者は、強調したところの「文学」の「政治的目的」への「隷従」を、(コン)テクストの読みによって具体的に検証すべきだったし、「抵抗」(それが仮にあり得たとして)の可能性があったかどうかを検証すべきだった、ということになるんだろうな。

文学者が情報将校かスパイ」云々は、これは中野が精力的に紹介したサマセット・モームのことだろうな。