拓殖のあと

はてなダイアリーから引き継ぎました。(2018年8月31日)

「セザンヌの疑惑」

ではなくて「誘惑」(douteをどう訳すか)ということになっているようだ。
でも

間接的言語と沈黙の声 (メルロ=ポンティ・コレクション 4)

間接的言語と沈黙の声 (メルロ=ポンティ・コレクション 4)

では「疑惑」なんだよな。これでいいのかな。
さて。
先週はバルザック『知られざる傑作』で、今週はメルロ=ポンティセザンヌ論。セザンヌは『知られざる傑作』を読んで泣いたというエピソードもメルロ=ポンティの論中に言及があるが、それはまあおいといて。
セザンヌは(当時としては)トンデモだ、それは彼の生活や遺伝や環境や、果ては彼は精神分裂症(統合失調症)だったと言われていたのだ云々のエピソード紹介から始まって、後半には「自由」の問題が出てくる。
が、この「自由」の議論がぱっと読むだけではなかなか難しい。
来週もう一回しっかりやる予定。
それにしても、今日はゆったりとテクストを読み、学生さんとわりと活発な議論ができた。幸せ。

英語耳

さっき↓の広告に出ていたので晒しておく。http://www.cyber104.com/adwords/
こういうのやったことないんだけど、本当に効果があるんなら、私らみんなクビだよなあ。実際どうなんだろ?
この手の商品とかサービスが出てきて結構な年数になるのに、私らはまだご飯を食べている。だから、たぶん、たいした効果はないか、「人による」ということなのだろう、と思うんだが。