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2006-07-30 日本英文学会関東支部第一回例会

[]日本英文学会関東支部第一回例会 07:53 日本英文学会関東支部第一回例会を含むブックマーク 日本英文学会関東支部第一回例会のブックマークコメント

午前中の教育部会は用事のため欠席、午後のシンポ「いま、語り(ナラティブ)の面白さを発掘する」から参加しました。パネリストのレジメはわりと近日中に支部HPに貼り付けることになるので、発表内容レポートは、割愛。&会全体の簡潔にして的確なレポートは例によってid:toshimさんのブログを参照してください。

私にとって大変面白かったのは、パネリスト5人へのコメンテーターの一人、言語動態論のNさんの話。この方は途上国におけるliteracyの問題を現場でやっている人で、例えばパネリストKさんの、聖者伝がラテン語から英語へ書き換えられていくプロセスの中で出てくるディテールに、近代の小説にも通底するようなナラティブの面白さを読み取るという発表に、このラテン→英語の書き換えは、途上国で起こっている宗主国の言語→現地の言語の書き換えとよく似ているというコメントがあった。ヨーロッパは数世紀でやったことを、途上国では数十年でやらねばならないわけだ。Nさんの発想としては、このような書き換え等々はいわば「インフラ整備」なわけなのだが、問題は、こうした「インフラ整備」の知識(印刷術、タイポグラフィー等々)を積み重ねることが、「ナラティブの面白さ」を「発掘」することに繋がるのかどうかということだった。

「インフラ整備」の知識を増大させることが「面白さ」を増す、とは単純には言えないと思うが「インフラ整備」の知識はあった方がいいのは禿道。

うまくまとまらないが・・・比喩的な言い方だけど、多くの人が文字を読めるようになるための「インフラ整備」は、快適なドライブを可能にする一方で、山道をてくてく歩くことの快楽を忘れがちにさせてもしまう。ただし、田舎ではしっかりした道路網がなければ生活できないということもある。快楽だけじゃ食っていけない。

というわけで、パネリストMさんが言及されていたアウエルバッハさんの例えば

世俗詩人ダンテ

世俗詩人ダンテ

は「インフラ整備」の分析として読むと面白いはずだ。ダンテさんは西欧最強の土建屋さんの一人だったわけだ。

他にもMさんのウルフさんネタとNさんの「線状性」&「(タイポグラフィーの発達などによって文字が)すっと読めること」(これは先日紹介した田口さんの『都市テクスト論序説』の議論とつながるだろう)──の議論はあー面白いと思った。

インフラ整備された「すっと読める」テキストは、「すっと」しか読めない。ウルフさんにしても、レッシングさんにしても、そうだ。*1すいているときの首都高→常磐道みたいなもんだ。これは目的地がはっきりと決まっている場合は便利なのだが、実はとても「不自由」でもある。路地をうろちょろするにはかえって不便だ。それゆえにその「不自由」な読みは、田口さんの言葉を借りれば、「現実・文明の向こう側の、遮蔽されるがゆえに横溢し出口を求めて殺到する始原のエネルギー」(49-50)に満ちている、とも言いうる。田口さんはこのエネルギーあるいは「ダイナミズム」をいわば文学的なるものとして擁護したい。「不自由」から「自由」へ。しかし、それはNさんの立場から言うと、先進国の文字インフラが整った所での話、ということになる。コメ欄でのyanaseさんの、都市論が例えば「沖縄」にぶち当たって破綻せざるを得なくなる、という指摘がここでも当てはまる、ということか。

私としてはその破綻ぶりに興味があるわけでもある。破綻解体だが、改代でもある。endとoriginは厳密に区別できない。beginningsがあるのだ。ただ、このサイードさんの議論には途上国の言語インフラ整備等々の技術論は入っていない。これなんか、科研でいうと「萌芽」のネタにはなりそうだ。ま、穏当に「日本(ナラティブ)改造計画」「田中角栄としてのダンテ」とかなんとか。*2

研究発表をはさんで懇親会。メシ、旨かったですね・・・じゃなくて、やはりコンラッドを継続的に読んだ方がいいのだろうなあと思い直したわけでした。

*1ジョイスさんのテキストはどうかな?

*2:このあたり、複数の方々が指摘していたヴィジュアルなものを取り込んだナラティブ論への地ならし、ということにもなるか。

川口@台中川口@台中 2006/07/30 13:50 ぶっちゃけ、「いま、語り(ナラティヴ)の面白さを発掘する」というシンポの企画の狙いはどこにあったのでしょう?

〈途上国におけるliteracyの問題を現場でやっている〉とすれば、Nさんは、間違いなくliteracyと「貧困」との関係を考えていると思います。さて、このシンポの「ナラティブの面白さ」とは、世界の少なからぬ人たちが直面している「貧困」と、どのように関係していくのか、していかないのか。

「ナラティブの面白さ」といっても、あるナラティブを面白いと思うかどうか、立場によりますよね。また、すべての人が同じように同じ「literacy」を必要としていない(「貧困」だからといって、みんなが同じ「iteracy」を身につけたらいいのでもない)。

すみません、頭が回らないので(回せない状況なので)、ごちゃごちゃしたことばかり書いてしまいました。なんとなく、去年のうちのシンポのことも思い出したりして…

yanaseyanase 2006/08/01 11:56 こんな論集がありますね(ジジェクやマイク・デイヴィスが書いています)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/1565849647/249-0339679-5747536?v=glance&n=52033011&s=english-books

yanaseyanase 2006/08/01 12:50 Nさんはこちらの方でしたか。
http://www.adm.u-tokyo.ac.jp/researcher/IntroPage_J/intro68598996_j.html

齋藤@札幌齋藤@札幌 2006/08/02 14:23 今札幌にいます。
シンポそのものは中世から現代までの文学テキストを扱ったもので、これは伝統的な英文学研究の枠内をあまり逸脱しないものだったと思います。
Nさんのコメントについては私が少し単純化しすぎた(そして余計なことを書きすぎた)のでしょうが、まさに川口さんのカキコのような方向に話を持っていこうとするものだったと感じました。ただ、パネリストの人数も多かったので、このリテラシーとナラティブ論の(いわば南北?)問題が深められる機会は(あの場では)ありませんでした。
Nさんは、まさにその方です。>yanaseさん

2006-07-28 『太宰治のレクチュール』

[]『太宰治のレクチュール』 11:16 『太宰治のレクチュール』を含むブックマーク 『太宰治のレクチュール』のブックマークコメント

太宰治のレクチュール

太宰治のレクチュール

「地方史」と文学テキストとの関係を考えようと思ってこの大著を読んでいる。

もちろん地方史<文学テクストとも地方史>文学テクストとも思っていないので、無理矢理書けば地方史∽文学テクスト見たいなことを考えているのだが、太宰のテクストに過剰な注を付けたこの本が「私」をどう変えてくれるかくれないか。

2006-07-26 夏休みの自由研究、宿題

[]夏休み自由研究 07:56 夏休みの自由研究を含むブックマーク 夏休みの自由研究のブックマークコメント

棗椰子の木陰で―第三世界フェミニズムと文学の力

棗椰子の木陰で―第三世界フェミニズムと文学の力

ご恵贈いただきました。ありがとうございます。

目次を見てみると、以前読んだ論文、たとえば有名「二級読者」論文などが多いが、名古屋での日本近代文学会での「文学は無力だ」発言(ちょっと単純化しすぎだけど)を思い返しつつ、読み返したい。

[]宿題 07:56 宿題を含むブックマーク 宿題のブックマークコメント

一昨日、昨日と、『栗山町史』(1971年、非売品)を読んでいた。1500ページなり。「鳩山神社」について何か記述があるかと読んでいたわけだが、基本的には鳩山和夫さんが経営していた鳩山農場の「部落神社」というだけのことのようだ。ただ、他にも「森神社」「佐倉神社」等々の「部落神社」があって(団琢磨さんも地主だったようだ)、要するに地主の名前が付いた神社なのだが、こういうところでは例えば天照大神が祭神だったりする。鳩山神社は祭神がない、ようだ。というか、なぜか記述がない。ってことは、これは「神社」なのかどうかよくわからない。旧内務省や神社本庁には登録されていない集落の施設、ということか。

それより、栗山(角田)地区で農業運動が盛んになったとき、最大の争議が起こったのが鳩山農場だったという記述には少し興味を惹かれた。

・・・とはいうものの、この鳩山@栗山ネタ、もちろん私が住んでいた町のネタという思い入れもあるにはあるのだが、やっぱり鳩山由紀夫さんがまだしも力があったころに出しておくべきネタだったという気がしてきてならない。小林多喜二さんの「不在地主」を参照テクストにして何か書く、というのであれば、私がある種の自意識を持ち始めた町である富良野のことをつっこんでやるだろうし。

2006-07-25 『都市テクスト論序説』

[]『都市テクスト論序説』 07:56 『都市テクスト論序説』を含むブックマーク 『都市テクスト論序説』のブックマークコメント

(実際に書いているのは26日。)

都市テクスト論序説

都市テクスト論序説

「拓殖のあと」プロジェクト(ってもさっぱり具体化しないわけですが)のために買って読み始めたのだが、これは面白いなあ。言説レベルの分析と物語レベルの分析、そしてそこに介入する読書行為。言葉を読む不自由と言葉であるがゆえの自由。それを実践する読者。

武蔵野の地にビルマをかいま見てしまう主人公が、その視覚イメージ武蔵野の地における鎌倉時代からの戦いの歴史を探ることによって、つまり言葉によって探ってゆく/開いてゆく・・・大岡昇平武蔵野夫人』が論じられていたので、速攻で注文した。これは読んでいないのだった。

まだ50ページしか読んでいないのだが、刺激受けまくりである。

一言。幽閉されているがゆえに奔流するエネルギーをため込んだ「始原」としての武蔵野、という趣旨の言葉があるわけだが、この「始原」はoriginなのか、はたまたbeginningsなのか、とありがちな疑問を抱いたりもして。いや、『武蔵野夫人』の場合は男と女のカップル、はたまた先日話題になったナイポールは父と子との「血のつながり」に「聖なるもの」を求めているとのことで、こういう対になるような関係性ではなくて、もっとテキトーな関係性を探る方のも面白いだろうなと思った次第でして。

あ、しかしあれか、対になるような関係性が仮にある種の拘束力というか不自由さがあるとして、だからこそそれは自由を求めて奔流するエネルギーを蓄えている、というのが田口さんの(すくなくともここでの)主張か。

yanaseyanase 2006/07/26 14:38 田口さんは私たちの先輩に当たるわけでして、10年前にやっていた広島本通の喫茶店での読書会も懐かしい(クレオールについてやったりしました)。沖縄論の仕事のときはリアルタイムで付き合っていました(霜田正次論)。

しかし、kawaguchi君とも話しましたが10年前に出しておくべき仕事だったという気もします
いろんな時期の田口さんの考え(というか流行に翻弄された)が折り重なって全体としては整合性を欠いているから。ポイントは沖縄論、特に新城さんの仕事との断層(テクスト論の外部 あるいは都市がテクストでなくなる部分)でしょうね。

英文学界隈でも宣伝してくださいませ。

齋藤@筑波齋藤@筑波 2006/07/26 15:19 今日は、ズルをして第4章「沖縄論」からざっと読んでいるのですが、「都市がテクストでなくなる部分」という評言は全く的確だと感じます。そして、この部分は別の著書として出した方がよかったような気も。

むしろ、イントロの『武蔵野夫人』論は、これは前田愛さんを意識されているのでしょうか。本格的に1章をもうけて論じて欲しかったような。

ともあれ、速攻で『武蔵野夫人』注文かけましたから、北海道にいる間に大岡さんを耽読しましょう。そのきっかけになっただけでも田口さんに感謝です。(『蝦夷地毒男』でも書きましょう。)

yanaseyanase 2006/07/26 15:57 古本代入金に郵便局に行ってきましたが今日は暑い(苦笑)。

イントロは今はなき有精堂の都市文学論アンソロジーのイントロだったんですが
(これは田口さんのいい仕事でなかなかよくできています)当時の版からかなり加筆してますね。
田口さんの「夢」はむしろ芥川論や志賀直哉論に顕著でしょう(狂気のディスクールの細部に
「主語」に回収されない「述語的論理」の可能性を見るという)。

大岡論ってあまりいいのがないんですよね。「小説」として読んだのはありますがそれこそ資料を耽読してやった論は数少ない。「小説」読みとしては5年前の「早稲田文学」に載った城殿智行さん、中山昭彦さん、金子明雄さんのが面白いですよ。

私が最初にお会いしたころは前田愛さんの影響がもろでした。
(9歳下の私が自分の知らない理論を山ほど知っていて
先行世代に何の影響も受けていないのがショックだったようで)

ただ、目取真論の一節に「テクストは地図に還元できない」とあるように
彼は「地図もまたテクストである」という(ハーヴェイ、ソジャ以後は自明の)考えを取れないから
(文学=テクストの不自由さー読みの線条性を逆手にとってそこから
反転させるという<古典的な>文学観に固執しているから)
大岡論は難しいのでは。

PS 「蝦夷地毒男」論ワロス。

yanaseyanase 2006/07/26 16:32 有精堂のアンソロジーはこちら。
http://www.kosho.or.jp/servlet/bookselect.Syousai?sc=Jtttttkt&p_bk_tourokubi=ottkftkfol+lPGPtGto&p_bk_seq=1980&wg=W
この横光アンソロジーも(佐野さんの論が入っています)
http://www.kosho.or.jp/servlet/bookselect.Syousai?sc=lotJotkt&p_bk_tourokubi=ottkftkfoJ+lAGpJGtk&p_bk_seq=9&wg=W
大岡論は研究者サイドでは花崎育代さんの仕事があります。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4881645560/249-9489131-7776354?v=glance&n=465392&s=books

2006-07-23 ポストコロニアル研究会@白百合女子大

[]ポストコロニアル研究会白百合女子大 07:02 ポストコロニアル研究会@白百合女子大を含むブックマーク ポストコロニアル研究会@白百合女子大のブックマークコメント

ほぼ一年ぶりにこの研究会に参加しました。

NさんのBeyond Belief論は、ものすごくおおざっぱに言うと、この紀行文の「私」が、「私」の意図のもとにさまざまな物語を統御していて、実際それはかなり強力に統御しているのだが、それが破綻している部分はあるので(例:鼻をつぶされた女性の場面)、そこは議論する価値があるというもの。ナイポールを「研究」している人の話でした。

コメンテーターのUさんは、Nさんが「「私」の破綻」として議論した部分にしても、それが例えば鼻をつぶされた女性の場面にしても、Nさんが「サバルタンの哄笑?」と提示したようには読み込んでいけない、というもの。フロアからは「ナイポールは「フラット」なんだ」との声があったが、そういうことなのでしょう。

私のコメントは、Nさんの、オックスフォードに学ぶ非ヨーロッパ人として、読んでいて愉快ではないという趣旨の発言を受けて、ナイポールの「「新世界」には聖なるものがない」「だから旧世界に向かうのだ」という言葉は、外国文学研究者としてマジメに考えるべきだろうというもの。あと、サイード&イクバール・アフマドのナイポール批判(後者:「ナイポールソーセージ売ってろ」)を英文以外の参加者の方のために紹介しました。

と、発表者&コメンテーターの発表&発言はこのようなものだったと記憶していますが、しかしなにせつっこみどころの多いナイポールフロアからは「この人のイスラム理解はあんまりだ、文学どうのこうののレベルではない!」という強烈な発言(私も同意ですな)があり、ナイポール研究者の丁寧な解説もありと、なかなか盛り上がったのではありました。このナイポール研究者Tさんから、「id:toshimさんと飲んでいて、「ナイポールなんて田舎高校生じゃないか」と言われたんですよ」との発言があって、申し訳なかったのですが、ワラタ。

さて、Nさんのオススメナイポールはこれ。

The Enigma of Arrival

The Enigma of Arrival

イングランドのネタなのですが、さんざんイスラムを叩いているナイポールの、これは屈折したイングランド観が読める作品だとのことで、買ってみる予定。

京王線仙川駅近くの中華料理屋で飲み会があったので、ビールを飲んできましたが、1年ぶりにお会いしたHさんなどと馬鹿話をしていて、ナイポールみたいにお金を稼ぐなら、文部科学省&外務省推薦で映画『神武東征』を撮ったらいいんじゃないかということになりました。神武天皇役の俳優は当然韓国人俳優でやったらいい、というのは私の意見

toshimtoshim 2006/07/23 09:51 「田舎の進学校の自意識過剰の優等生がそのまんま大人になったやつ」みたいなことを、たしか言ったような気がします、はい。

toshimtoshim 2006/07/23 09:57 で、昨日は不義理してすみません。ただいまスペンサー全集の山に埋もれていまして。

齋藤@筑波齋藤@筑波 2006/07/23 10:27 toshimさんの評言が的確すぎてT先生も苦笑い、というところでしょう。みんな笑ってました。
にしても、スペンサー全集って相当の量がありそうな。ともあれ、論集が出るのは(いつになるのか分かりませんが)楽しみにしておりますです。

2006-07-22 Richard Bona, Munia: The Tale

[]Richard Bona, Munia: The Tale 10:49 Richard Bona, Munia: The Taleを含むブックマーク Richard Bona, Munia: The Taleのブックマークコメント

MUNIA-THE TALE

MUNIA-THE TALE

23日分にいっぱい書いたので、22日の所にカキコ。

以前ボナさんの『レヴランス』をここでも紹介したのだが、今はこっちのCDをソニー・ウォークマンに落としてヘビーローテーションで聴いている。

例によって言葉は一曲フランス語の曲を除いてさっぱり分からないのだが(歌詞カードにも英訳や日本語訳がない)、しかし歌声も美しく、何より曲がよい。ザヴィヌル・シンディケートのポップス版?しかしシンディケートのヴォーカル曲よりも完成度が高いな。

ジャズ好きとしては、ヴィニー・カリウタさん(ドラム)、ケニー・ギャレットさん(ソプラノサックス)、ジョージ・コリガンさん(ピアノ)、ボナさん(ベース)のPainting A Wish: Tribute To Milesが極めてシンプルで美しく、聴き惚れる。┃も同じ路線のヴォーカル曲で◎。

最後のは、ジャコ基○外が多い日本人向けボーナス・トラックで、パストリアスさんの『Word of Mouth』3曲目、Liberty Cityライブ版。この曲もシンプルメロディーの美しい曲で、途中でベースリズムメロディーの両方を担当するところがあり、これはいかにもジャコ節で、高音部で軽くプンプン、ペレレレーと歌うようにベースを響かせるのがキモだと思うのだが、さすがにボナさんは『Jaco Pastorius』を三ヶ月で習得した!というだけあって、ほぼ完璧にジャコ節で弾いておりますね。すんばらしい。

2006-07-21 Among the Believers、李静和さん公開講座

[]Among the Believers 00:55 Among the Believersを含むブックマーク Among the Believersのブックマークコメント

Among the Believers: An Islamist Journey

Among the Believers: An Islamist Journey

これがさっぱり届かないので、やむなく邦訳を読み始める。

イスラム紀行 (上)

イスラム紀行 (上)

・・・ふと気がつくと、腹の上にこの本を置きながらソファーで寝ていた。起きたらもう日付が変わっていたorz

Beyond BeliefAmong the Believersをつらつら読んでいて、この人には「パレスチナ」はないのだろうなと思ったり。サイードさんやイクバール・アフマドさんとは違うわけだ。

ま、インドでムスリムとして生まれ、パキスタンに移住、苦労したアフマドさんから見たら、ちょっとパキスタンにやって来たお前が何をいっとるんじゃゴルアというところはあるだろうなあ。

[]李静和さん公開講座 08:16 李静和さん公開講座を含むブックマーク 李静和さん公開講座のブックマークコメント

http://www.nikon-image.com/jpn/activity/salon/event/school.htm

8月3日とな!私は蝦夷地にいるので参加できません。・゚・(ノД`)・゚・

yanaseyanase 2006/07/25 18:34 「自意識過剰な田舎の優等生」=受験サロンコテハン→ニュー速民→VIP空気コテor
職を経て駄目板叩き→回顧・年代別スレ 

それぞれ著名文学者を当てはめて見ましょう。

齋藤@筑波齋藤@筑波 2006/07/26 07:18 これ結構難しいなw
「なつやすみのじゆうけんきう」にしましょう。

2006-07-19 Beyond Belief 読了

[]Beyond Belief読了 11:39 Beyond Belief読了を含むブックマーク Beyond Belief読了のブックマークコメント

最後のマレーシア編は、二つの世界を生きるschizophrenicなマレー人の話で終わる。ナイポールさんのとりあえずの結論ということか。

この人のインドものを読まないといけないようだが、土曜日までに本が手にはいるかどうか。

2006-07-18 Beyond Beliefを読む

[]Beyond Beliefを読む 11:47 Beyond Beliefを読むを含むブックマーク Beyond Beliefを読むのブックマークコメント

今週末にポストコロニアル研究会白百合女子大コメンテーターをやるので、三連休中はすっかりだらけてしまったツケを払うべく、昨晩からせっせとBeyond Beliefを読んでいる。まだインドネシア編とイラン編しか読んでいないが、つまり半分しか読んでいないが、これはhistoryではなくstoriesだ、と言い切って書き始めた割には、所々であれあれ?と思うような断言があったりして、このあたりがサイードなんかを怒らせるのかとか。基本的には「宗教キリスト教だろうがイスラムだろうが)<<超えられない壁<<文学(的想像力、あるいはその自由)」の人なのではないかとか。私も同様なんですが、宗教が必要な人ってやっぱりいるわけで、ナイポールさんの周りにもいた(いる)と思うんだが、そのあたりは割り切っているのかな、とか。

昔、『闇の奥』つながりで初期作品は読んだはずなのだが、そのときの感想がさっぱり思い出せない。つまりたいしてマジメに読んでいなかったんだろうな。ノートはとったはずなのだが、PCのどこにも見つからない。CD-ROMに焼いて、どこかに放置してあるのだろうか。

Beyond Belief

Beyond Belief

[]続き 22:14 続きを含むブックマーク 続きのブックマークコメント

パキスタン編はなかなかすごい。パキスタンへの罵詈雑言。イラン編よりも斬り方が大胆というか。なんでしょう、やっぱりインドを多少なりとも擁護したいということなのだろうか。いや、それならそうでもいいのだが、書き方がよく言って大胆、悪く言えば煽り。分離独立がなかったら、亜大陸の都市がみな、無茶苦茶民族宗教その他諸々対立でエライことになっているカラチみたいになっていたかもしれんとか書くのはすごいぞ。

2006-07-13 書評、他

[]書評、他 11:20 書評、他を含むブックマーク 書評、他のブックマークコメント

若島さんの書評 http://www.wombat.zaq.ne.jp/propara/articles/078.html

毎日新聞』に掲載された新訳『闇の奥』関連記事 http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/gakugei/news/20060630dde014040080000c.html

ジョセフ・コンラッド:『闇の奥』に新訳 翻訳が映すアフリカ、時代背景より明確に

 映画「地獄の黙示録」の原作としても知られるジョセフ・コンラッドの『闇の奥』の新訳がこのほど、三交社から出版された。中野好夫訳の岩波文庫版が有名だが、翻訳者の藤永茂さんは「新訳は半世紀の間の研究を反映したもの」と語る。NHKラジオ第2でも今月29日から「原書で読む世界の名作シリーズで『闇の奥』を取り上げている。夏目漱石ら多くの作家に影響を与え、いまなお現代性を失わない『闇の奥』とは?【佐藤由紀

 「西欧帝国主義を批判した先見性のある文学」との評価から、「アフリカへの差別意識に満ちている」といった反論まで、『闇の奥』にはさまざまな議論がある。そうした論争でいつも引用されるのが1958年の岩波文庫版だ。

 「中野さんは最も尊敬する学者の一人。だが、時代の制約もあり、誤訳や不明りょうな点も少なくない。58年以降に出た研究書を踏まえて新訳を出すべきではないかと思った」と藤永さんは動機を語る。

 藤永さんは68年からカナダのアルバータ大学で物理を教え、現在同大名誉教授。『分子軌道法』『アメリカインディアン悲史』などの著作がある。2001年に近代文芸社から岩清水由美子訳が出版されたが、現在は品切れ。岩清水訳には異論もあり「門外漢だが、自分でやるよりほかない」と決心した。

 じつは、中野さん自身が、あとがきで<出来としては決して満足とはいえないようである。もし原文の象徴的簡潔さを生かして、しかも達意の日本文に自信ある訳者があれば、改訳していただきたい>と書き残していた。それも藤永さんを勇気づけたという。

 新訳の大きな特徴は、コンラッド(あるいは主人公マーロウ)のコンゴでの足取りをはじめ、ベルギーによるコンゴ支配を中心に当時の時代背景を明確にしたこと。

 たとえば、中野訳で<白く塗られた墓が聯想(れんそう)される大都市(パリのこと)>とあるのを、藤永さんは<白く塗った墓をいつも連想させられる都市>とし、訳註で<ブリュッセルを指す>と指摘。中野訳で<(クルツが)土人たちに雷親爺のような態度で臨む>とある部分も、<雷と稲妻を携えて彼らの所にやって来た>と改め、訳註で<銃火器をクルツが携えてきたことを意味する>と解説した。

 50ページにわたる既存書との対照表もあり、「優れた文学としてだけでなく、アフリカで欧州が何をしてきたかを考える契機として読んでほしい」と藤永さんは語る。

 米作家フォークナーやインド系英国人のナイポールなど、さまざまな作家コンラッドの影響を受けてきた。「地獄の黙示録」を意識して書かれたといわれるのが、村上春樹著『羊をめぐる冒険』。「鼠」という男(カーツ大佐に相当)を北海道に探しにいく物語で、文中に『闇の奥』とみられる本も登場する。

 最初の中野訳が河出書房から出たのは、40年のことだった。58年のものは改訳にあたる。

 西欧列強による植民地支配への批判として出版されたのではないかと語るのは、近著『帝国日本の英文学』(人文書院)で『闇の奥』の時代背景を分析した、筑波大講師の斎藤一さんだ。『闇の奥』より前に人気を呼び、日本の戦争遂行の宣伝に取り込まれつつあったアンドレ・ジッド著『コンゴ紀行』に続く作品ととらえられたという。

 「『闇の奥』は英語圏文学教科書として最も広く使われ、植民地や文化の問題を扱うにも欠かせない名著。しかし英語が難解であいまいなため、どうしても注釈が必要になる。新訳出版やラジオ講座によって、広い読者が関心を持ってくれればうれしい」

 NHKラジオ第2の「原書で読む世界の名作」は29日から10月20日まで。毎週木曜日21時30分〜22時(再放送は金曜11時〜11時30分)の放送。

 ■「地獄の黙示録」原作

 原題は「ハート・オブ・ダークネス」。作者が蒸気船の船長としてベルギー領コンゴに渡ったときのアフリカ体験を基に、1899年に発表した。作者の分身とみられるマーロウがロンドンのテムズ川に停泊する小型帆船の乗客に思い出を語る形で物語は進む。マーロウを雇ったのはベルギーの植民地政策の実務機関だった貿易会社で、コンゴ川の奥地で原住民を神のように支配し、象牙を集めていた怪人物・クルツを探しにいくことになった。

 米国のコッポラ監督が、アフリカをベトナムにクルツをカーツ大佐(マーロン・ブランドが演じた)に置き換えて製作したのが、映画「地獄の黙示録」だ。

 コンラッドはポーランド生まれの英国人作家。12歳で孤児となり、親せきに育てられた。16歳で渡仏、船員となり世界中を航海した。『ロード・ジム』『密偵』『西欧人の眼に』など作品多数。経済的には恵まれない生活だった。

毎日新聞 2006年6月30日 東京夕刊

2006-07-12 ちょっとイイ言葉、他

[]ちょっとイイ言葉 10:17 ちょっとイイ言葉を含むブックマーク ちょっとイイ言葉のブックマークコメント

最近すっかり2chのようになってしまった「仮研」だが、こんなカキコを発見した。これ典拠があるのかな?(グラムシさん、じゃないよなw)

しかし、これをイイ!と思ってしまうほど荒れ放題な「仮研」。いや、連日6時間以上の会議で私の心が荒れ放題なのかもしれないが・・・。ともあれ、「仮研」はアンテナからはずす時期だろうか。

zappazappa 2006/07/12 12:20 うわうわうわ。これ、きますねー。

齋藤@筑波齋藤@筑波 2006/07/12 12:50 くる!のですが、なんか気持ちがわかるのですよ(苦笑)。

2006-07-10 7月22日はナイポールの日、支部HP続々と、拙著続報

[]7月22日ナイポールの日 11:41 7月22日はナイポールの日を含むブックマーク 7月22日はナイポールの日のブックマークコメント

イスラム再訪〈上〉

イスラム再訪〈上〉

Beyond Belief

Beyond Belief

ポストコロニアル研究会でNさん@一橋大が上記の本について語るということなのだが、私もコメンテーターとして参加することに。

[]支部HP続々と 16:14 支部HP続々とを含むブックマーク 支部HP続々とのブックマークコメント

http://kansai-elsj.hp.infoseek.co.jp/

http://home.hiroshima-u.ac.jp/phoenix/chusi-eng/

http://kyushu-elsj.sakura.ne.jp/

http://www.elsj.org/gakushu/

そしてこれ。

http://www.elsj.org/kanto/

関東支部のHPがぶっちぎりでsimpleですね。作っている中の人が言うのだから間違いない。どうすっかなー。

[]拙著続報 19:03 拙著続報を含むブックマーク 拙著続報のブックマークコメント

(1)『論座』に成田龍一さんの書評が掲載されたようです。

(2)『英語青年』8月号に中村敬さんの「批判」(第4章の中野好夫論、特に「恭順蕃人」ネタ)が掲載されています。

私の基本的な考えとしては、「私は、「恭順蕃人」という訳語にはこれこれこういう力があって欲しかったし、実際あり得たとも思う」ということなのだけれども、中村さんが指摘されるとおりこれは「推論」にして「研究者特有の深読み」、つまりは危うい議論であることは間違いない。じゃあなんでそんなものを人様に晒すことにしたのか。これは頭を冷やして語るべきだと思う。

なんだかもう一度博士論文のディフェンスをやるような気分。しかし相手はあの中村さん、稽古をつけていただくつもりで考え抜きます。

2006-07-06 王さんの復帰を心から願う

[]王さんの復帰を心から願う 11:42 王さんの復帰を心から願うを含むブックマーク 王さんの復帰を心から願うのブックマークコメント

監督、胃の腫瘍手術で休養へ

2006年07月06日01時30分

 プロ野球ソフトバンクの王貞治監督(66)が5日、胃の手術のため休養することを表明した。福岡ヤフードームで行われた西武戦後記者会見し、「胃の検査をしたところ、手術をしなければならない腫瘍(しゅよう)があると診断を受けた」と話した。6日、東京都内の病院に入院、検査をしたうえで早ければ来週にも手術を受ける。球団によると、入院・加療には約1カ月かかる見込みという。現場復帰の時期は未定。王監督不在時は、森脇浩司チーフコーチ(45)が代行して指揮を執る

http://www.asahi.com/sports/bb/SEB200607050020.html

私(と父親と母親──弟は相撲ヲタなので無関係)にとって巨人=王貞治さんである。ナガシマさん?嫌い!であった。「手術をしなければならない腫瘍」ということだからガンなのかな?仮にそうであっても初期ガンであって欲しいし、手術で全快するものであって欲しい。

王貞治さんが復帰できないということになれば、私はホークスを応援する大きな理由を失ってしまう。むろん、手術成功後も監督という激務は無理、引退ということであればそれはそれで実にうれしいこと。ぜひ体を一番にしていただきたい。そして、できれば、ご意見番コミッショナー)として存在感を発揮してもらいたい。

yanaseyanase 2006/07/06 19:30 世代的に756号狂想曲の時はリアルタイムで覚えていますしね。そのときにでた記念の雑誌ぼろぼろになるまで読んだ。

現役の時何度も生で見ているし80年の東西対抗ナゴヤ球場まで見に行きましたよ。
引退の花道のお約束で王さんホ−ムラン打って私の目の前に飛んできた。

中日の高木守道氏も引退試合だったのですが江川君が空気を読んでホームラン打たせて(笑)試合後のインタビューで守道さん「江川君に花を持たせていただいて」といっていたのを覚えている(一番速かったときの江川君を引退間近の守道さんが打てるわけない)。

こっちでも報道されはじめましたよ。

齋藤@筑波齋藤@筑波 2006/07/06 19:42 756号の時は北海道の田舎(富良野)に住んでいましたから、年に3試合ある札幌円山球場での巨人主催試合も見に行くなんて考えもしなかったものです。だから、テレビにかじりついて、勇姿を網膜に焼き付けるように見ていましたね。

yanaseyanase 2006/07/06 19:59 円山球場シリーズ懐かしい。あの頃はビデオがないから昼間の試合を録画して流しているんですよね。(吉村が怪我したのも円山ですね)

近鉄(ああ、近鉄、、、)とのオープン戦で津に来たときも見に行きました。
中畑が「絶好調」で売り出した控えの頃ですからね。

756号はヤクルトの鈴木康二朗ですね。755号は太洋戦でそのあとライトを守ったとか。
ヤクルトのサッシー酒井から打ったとかいろんな思い出が走馬燈のように。

yanaseyanase 2006/07/06 21:48 こっちの記事
http://www.ttv.com.tw/news/html/095/07/0950706/09507064463603L.htm

2006-07-02 引き籠もる

[]引き籠もる 13:18 引き籠もるを含むブックマーク 引き籠もるのブックマークコメント

7月第一週末までは事実上土日もクソもない。採点だけならカルタイ@下北沢行って映画でも観てくるんだが、筑波は週明けから夏休みで、採点他業務がこの時期に集中するので、やむを得ないということか。

「筑波の二年目は火だるまですよ」と去年赴任した同世代の先生が言っていた。人数が少ないところは本当にそうだと思う。私は良くも悪くも大所帯のところなので、業務のローテーションはまだ楽、のようだ。「火だるま」というほどでもない。しかし中間論文修論)と博論の指導が本格的になる秋から冬は、尻に火がつく位にはなるだろうか。

院生の指導教官になる教授はマジで火だるま、そばで見ているだけで滅入ってくる。教授にならずに「けんきう生活」を送ることはできないものだろうか・・・。