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2008-02-29 研究室掃除

[]研究室掃除 19:28 研究室掃除を含むブックマーク 研究室掃除のブックマークコメント

これ始めちゃうとやめられなくなるんだが、もうやっちゃいます。今日デスクの上を整理整頓。つまりはわけのわからん書類と必要な書類を分別することから開始。普段からサクサク整理すりゃあいいんだが・・・どうして毎度毎度こう堆積するのだろうか。

2月28日

自転車通勤。風が強くて往生した。

札幌に住む母親がパソコンを始めたのだが、Y電気の教室に通っても、今ひとつ隔靴掻痒なのだそうで、それは教室のPCがヴィスタであり、母のはXPであり、むろん私から見ればどっちも似たようなものなのだが、超初心者にはそれが困るのだという。というわけで、近くのH★G園大学にお勤めのAさんにお願いして、学生さんの個人PC教授バイトを探してもらった。よい方が見つかった。

イエローページなどをめくれば実家の近くでもPC個人教授サービスなどは探せるんだろうが、独り暮らしの年寄りだと相手の素性がわからんと家に入れるのは不安だともいう。なるほど。パソコン買ったのはいいけど使いこなせない高齢者は結構いる。こういう人たちにお金を使わせるなら、上記の事々をクリアしたサービスが必要なんじゃないか。

2月29日

自転車通勤

学生さんと母親が今後の教授方針を決定との報告。一安心。

メールの整理、書類整理(というか廃棄)。昨年3月に購入した卓上ラック組み立て。

2008-02-27 小休止

[]小休止 13:00 小休止を含むブックマーク 小休止のブックマークコメント

2月24日

午前中、寝る。午後大学に。N夫妻とばったり出会う。

2月25日

一日中業務。強風&豪雪の影響は筑波大にはないとおもったが、そうでもなかったのでした。

2月26日

一日中業務。

2月27日

深夜の2時に覚醒、しょうがないので期末の採点など。5時〜7時寝る。10時に学校。午前中で業務終わり。なかなか「けんきう」できんねえ。

2008-02-24 盛会でした

[]盛会でした 10:51 盛会でしたを含むブックマーク 盛会でしたのブックマークコメント

2月23日

午前中は国際シンポジウムテクストの旅程」。総合文学領域の卒業生と、3月末でご退職になる荒木正純先生が主役のシンポ。荒木さん(と書くのも抵抗があるが、まあいいや)の芥川龍之介さん&アーサー・シモンズさんネタは、いささかも「最終講義」らしさのない、これからまだバリバリ研究される方らしい話でした。約70人。

f:id:hspstcl:20080223123300j:image

もっとイイ写真はいくらでもあるが、パネリストのみなさんに掲載許可をとっていないので、これくらいしかうpできません。

午後は、名波宏彰先生の最終講義縁起中世」。これは『平家物語』を九州太宰府、対馬島、高麗国との地政学的問題とその解決のためのイデオロギー言説の中で読み解こうとするもので、正直圧倒的に面白かった。K先生は「だいたい最終講義を聴くと、もっとはやく学んでいればよかったと後悔するものです」と挨拶されていたが、禿同。ざっと100人近く。

パーティーもほぼ同数。非常な盛会でした。

最後は「人の輪での花道」。

f:id:hspstcl:20080223200600j:image

二次会も盛況のうちに終了。さすがにほっとして帰宅したのでした。

名波先生荒木先生総合文学先生方、卒業生のみなさん、院生さん、参加者のみなさん、ありがとうございました&おつかれさまでした。

2008-02-22 前日

[]前日 17:26 前日を含むブックマーク 前日のブックマークコメント

シンポと最終講義の前日。書類仕事をようやく終え、院生部屋に行ってみると、若い衆が明日の会場へ論集やらなにやらを運んでいた。名波先生研究室には卒業生たちが。やっとここまできたか。が、一息つくのは、明日の23時以降にしよう。

2月22日

文学研究論集』第26号をいただく。

f:id:hspstcl:20080222172500j:image

これは「名波弘彰教授 略歴・研究業績」と、卒業生&現役生の思い出話が冒頭に掲載された、名波先生記念号になっている。読んでいて「いろいろの感慨を覚えた」(安岡章太郎)のは波潟剛さんの「いつかは化ける」というエッセイ。私は短気だから、これが非常に難しい。

明日使う書類の作成。余った予算をどう消化するか、ラーメンを食いながら思考。微妙な金額だ、毎年のことだが。期末試験問題作成。ああ、今週火曜日にやった試験の採点もしなければ。

2008-02-21 卒業生、到来

[]卒業生、到来 12:36 卒業生、到来を含むブックマーク 卒業生、到来のブックマークコメント

さすがに「襲来」とか書いちゃいかんだろう(笑)。しかし、遠いところからたくさんの人が集まって来てくれるわけで、本当にありがたいことです。

2月18日

授業2コマ。書類と格闘。

2月19日

授業3コマ。ただし試験監督なので、ラク。しかし、頭痛のためバファリンを服用したせいか、3コマ目の試験監督のときは本当に卒倒するほど眠かった。

眠気対策のためもあって、試験監督しながらできたてほやほやの論集を読んでいた。

f:id:hspstcl:20080221122500j:image

九州の花書院から、文字通り旅をして筑波大までやってきたおまいにはずいぶん苦労させられたぞ(苦笑)。

内田康さんの「ワザワヒ」説話@平家とプルガサリ伝説論文はおもしろかった。獏とかグリフィンとかというキメラは世界各地に伝承があるんだろうが、私はやっぱりカフカさんの寓話集に出てくるヘンテコ動物を思い出した。それから浜名恵美さんの論文を読んで、どうやら三谷幸喜さんの『笑いの大学』の英語翻案(というべきなのか?)、The Last Laughはなんとか観なきゃいかんということがわかった。私の論文は、やっぱり一番タイトルが短い。アヒャヒャ。この拙論と中根隆行さんの「北海道のロビンソンたち」が、今回の「旅論集」では蝦夷地担当ということになる。

2月20日

会議会議、仮発送リスト作成。どうやら25日までにウズベキスタンで読み上げる発表原稿を書き上げねばならないらしい。

2月21日

仮発送リスト完成。論集関連事務に一区切り。

川口@台中川口@台中 2008/02/21 13:22 論集、おめでとうございます。一冊購入させていただきます。いよいよ花書院、筑波進出ですね(笑

西東西東 2008/02/21 15:33 川口さんには贈ろうと思っているわけですが・・・四月になったら一冊送ります。
花書院さんにはこれからもお世話になる、かな?
まあやっぱりちょっと遠いので、Nさん@九大みたいな方がいないと、ですねえ。

2008-02-20 ×××の純真

[]アジアの純真 08:38 アジアの純真を含むブックマーク アジアの純真のブックマークコメント

アジアの純真」(などない)ことから出発した研究会PUFFYに大恩がある私としては、こちらで知った以下のPVは感慨深いものがある。

D

実はウソで、深い感慨などない。ただ、(1)フライングVって弾きづらいからわたしゃ嫌い、(2)秋葉原なんかじゃなくて、樋口一葉さんが近くに住んでいた千束町や、つくばエクスプレスのおかげなのか最近は急激にcleansingが進んでいる南千住や、夜ホテルに向かって歩いていたら「シャチョウさん、スシかわない?」と逝ってくれる蒲田なんかを舞台にした方がTOKIOっぽいだろと思うだけだ。プロレタリア系の匂いくらいはつけたほうが、かえってうれるんじゃないか。

2008-02-19 コメントへのコメント

[]コメントへのコメント 15:42 コメントへのコメントを含むブックマーク コメントへのコメントのブックマークコメント

日本とは何か?――世界の中の日本――

1月28日コメント(アレンジしてあります)

  • 戦争中の英米文学者の在り方を考えたことがなかった。
  • 中島が〕間接的な手法を用いて、“日本植民地主義”というより、“日本”の肯定の役割の一端を、英米文学者が担っていた、という事実が非常におもしろい(複数)。/西洋人による西洋批判を自らの植民地主義の肯定に結びつけるという日本人の態度はまさに「虎の威を借る狐」という表現がぴったりだ。
  • こういう役割を担ったひとたちはどれくらいいたのだろうか。/批判する人はいなかっのか。→拙著が依拠している宮崎芳三『太平洋戦争英文学者』(研究社、1999年)を読むべし。
  • 戦時中における英語の扱いですが、1944年プロパガンダ映画の告知映像にもたびたび英語が使われているし、どこまで厳しいものだったのかはよくわかりません。→ピーター・B・ハーイ『帝国の銀幕―十五年戦争と日本映画』(名古屋大学出版会、1995年)や、佐藤卓巳の一連の啓蒙本を読むこと。
  • 方法論の問題
  • 文学研究についてよく知らないのだが、今回のように?、?のように違う仮説が出たとき、どちらが正しい(有力)と決めるのはどうやっているのか気になった。また、100%の正しさというのは無理なはずだが、そこにどうやって価値を見いだしているのか。(物証?資料分析?研究者の権威?)→ (1)ある作品についての仮説がある。それを別の立場の誰かが認める。あるいは認めない。延々と議論をする。・・・という手続きが延々と継続されている。その継続性によって仮説の妥当性が担保される。自分が使っている辞書がどのように出来ているのか、想像してみるとよい。(2)、「100%の正しさ」とは、そもそも設定自体がヤバイ。辞書ですら、そのようなものは保証できない。(3)私は「物証」+「資料分析」(の論理的妥当さ)で勝負したい。
  • 異論反論(どちらにも一理あるよ)
  • 戦時中の英米文学者たちが、日本の国策を肯定するために、文学を利用していたというのがおもしろかった。それでも中島敦が単にそのような意味文学を利用しきれなかったということに、「文学」の可能性があるのではないかと思う。→私の言いたいことに近い。私なら「文学」のところに「英文学」を代入したいが。
  • 中島小説が表向き「欧米の植民地主義を英人が批評する」ノンフィクションっぽい小説を書いたのであっても、その真相は定かではない。この小説は西洋批判を主眼にしたものではなく、あくまでもリアルに書いたものではないか?→これまでの中島論に近い。*1

期末試験で、私の担当した回のテーマで解答したい人は、私の中島敦論について資料を読みながらじっくり考えておいてください。資料を読んだあと、「李陵」や「山月記」といった有名短編を読み直すのもよいかもしれないし、彼の南洋モノ短編(有名な「マリヤン」など)を図書館にある『中島敦全集』でチェックするのもよいかもしれない。

*1:追加情報として、中島敦は、若い頃は満州へ、死ぬ直前はパラオ島へ行っている、いわば日本初の植民地作家だったという評もある〔渡邊一民『中島敦論』みすず書房2005年〕。

2008-02-17 早く来い来い春休み

[]早く来い来い春休み 15:10 早く来い来い春休みを含むブックマーク 早く来い来い春休みのブックマークコメント

日曜日の午後は大学に来て仕事をするのがデフォルトになっている。これはいかん。やっぱり金曜日午前様になるギリギリまで仕事をつめて、土日は完全解放というのがよいんだろうかと思案中。

2月16日

早起きしていわき湯元温泉にでも行こうかと思っていたのだが、思いっきり寝坊した。やむなくつくば市名物(ウソ)「サウナ大学*1に行って岩盤浴。その後、一度行ってみたかった「小樽寿司」*2で昼食、という実にフツウな土曜日になりました。

夜。御輿さん訳『灯台へ (岩波文庫)』を再読しつつ、来年は、学類学生(学部学生)に『闇の奥』の裏/表版として『灯台へ (岩波文庫)』を読ませたらいいんじゃないかと思いつく。両者の比較とかは散々既出なのだろうが、ここは素人の蛮勇で、思いつきを実行するのもよいだろう。たぶん、ウルフさんの方が読んで元気がでる学生も多いはず。

2月17日

日本英文学会関東支部のHPをうpしているレンタルサーバが変更(教科)ということで、お引っ越し作業。その他23日関係お仕事(国際シンポの発表者、李征さんの発表要旨を追加しました)。

明日月曜日の授業準備・・・が、なかなか進まない。今日はこれで帰宅して、また明日朝やるかなあ。

*1:通算してつくばに15年程住んでいるが、始めて行った。最近リニューアルしたせいか、それにもかかわらずライバル施設に比べて安いためか、若い衆が多めでちょっとにぎやかすぎるかも。

*2:一皿100円系回転寿司なら、私の家の近くの元気寿司の方がいいな。というか、元気寿司、意外に高いのだな。

2008-02-15 メモ

[]メモ 11:36 メモを含むブックマーク メモのブックマークコメント

科研費の研究代表者交替は、年度当初に平成20年度交付申請書を出すときに「研究代表者交替届け」を出せばよい。現時点では特にやるべきことはない。ただし、交替の資格があるのは、当該科研の研究分担者として1年以上関係している者でなければならない。*1

2月12日

Sさんが中国から到着したことくらいしか覚えていない。ああ、授業もやったっけ・・・。

夜、『Allegories of Reading: Figural Language in Rousseau, Nietzsche, Rilke, and Proust』第一章、Kさんが"Semiology and Rhetoric"をまとめてくれる。今回はDiacritics (1973, 3:3)に掲載されたヴァージョンで読んだのだが、プルーストさんの引用直後の、あの精緻な読み──"torrent of activity (torrent d'activité)"は隠喩だが、これはクリシェと化している、いわば死んだ、眠っている隠喩である。これが隠喩であるためには、torrent(流れ)とactivity(行動)が異なるものの結合でなくてはならない。そのためには、"torrent"(流れ)に"a running brook"(流れる小川)がmetonymic proximityにあって、「流れる川」の換喩的構造が必要なのだ、云々──のところが完全にすっ飛ばされているのだった。Allegories版でいうと14頁9行目と10行目の間にまるまる2頁ほどのテクスト分析が割愛されている、と。これをどう考えるか。興味があるが、気力も体力ももたないので、各自の宿題にする。

2月13日

会議2つ。非常勤、無事決まる。安堵。

2月14日

朝から晩まで書類を書いていたような気がする。帰りはメタボ対策のため、大学に車を置いて、50分歩いて帰宅。

2月15日

朝から(ry

夜、上海よりRさん到着。一安心。

自宅でこの動画を観て過ごす。

よくまああのクソ重い六弦ベースを弾きこなせるなパティトゥッチさん、ドラムが深く鳴っているよカリウタさん、やっぱりこういうラテンな曲がいいよコリアさんと、これは真似しようという欲望がおこらない神演奏。

1992年ブルーノート東京の演奏だが、これDVD観たような観なかったような・・・。

D

この曲"Tumba"は長いので、↑は途中を割愛したバージョン。

*1:私の職場の事務で聞いたので、他のところはわかりません。どうぞご自分でご確認を。

2008-02-14 【2月23日】国際シンポジウム【総合文学】

[]国際シンポジウム 10:45 国際シンポジウムを含むブックマーク 国際シンポジウムのブックマークコメント

2月23日土曜日)に、私の所属している筑波大学文芸言語専攻総合文学分野の教員と卒業生で国際シンポを開催します。「総合文学」のこれまでとこれからを記念するシンポになりますので、関係者のみなさま、どうぞふるってご参加ください。もちろん、東アジアにおける日本文学に興味がある方ならどなたでも大歓迎です。

国際シンポジウムテクストたちの旅程 移動と変容の中の文学

2008年2月23日(土)

筑波大学 総合研究棟B 公開講義室 

会場へのアクセスはここをクリック

プログラム

司会:平石典子

筑波大学 人文社会科学研究科

10:30−12:15 第一部

「芥川「松江印象記」とアアサア・シマンズ」

荒木 正純 (筑波大学 人文社会科学研究科

安部公房の<満州体験>」

李 貞熙 (威徳大学校 日本語学部)

テクストが戦う−1932年の上海−」

李 征 (復旦大学文学院)

「「詩歌における言語翻訳の可能性への考察─『チョコレート語訳みだれ髪』(俵万智著)を例にして」朱 衛紅 (上海財経大学 外国語学部)

「東アジアにおける厨川白村<近代の恋愛観>受容の様相」

李 承信 (高麗大学 日本学研センター

12:15-12:30 休憩

12:30-13:30 第二部        全体討議

コメンテーター: 金 孝順 (高麗大学 日本学研センター) 

波潟 剛 (九州大学 比較社会文化研究院)

問い合わせ先:  茨城県つくば市天王台1−1−1

筑波大学 人文社会科学研究科 文芸言語専攻

平石典子 hiraishiアットマークlingua.tsukuba.ac.jp

発表要旨は以下のとおりです。

荒木 正純「芥川「松江印象記」とアアサア・シマンズ」

芥川は「松江印象記」の「三」で、「水は松江を縦横に貫流して、その光と影との限りない調和を示し」ているとし、「この水を利用して、所謂水辺建築を企画するとしたら、恐らくアアサア、シマンズの歌つたやうに「水に浮ぶ睡蓮の花のやうな」美しい都市が造られる事であらう」という。「アアサア、シマンズ」とは、今日の標記では「アーサー・シモンズ」(Arthur Symons)(1865-1945)のことで、英国の詩人批評家で、フランス象徴主義を英国に紹介した人物である。

従来の研究で指摘されることはなかったが、芥川が「シマンズの歌つた」というのは、芥川の標記にしたがえば、「ヴエネテイア」と題されたつぎの詩の一節であると思われる。この詩は、Knave of Hearts という詩集におさめられ、 ‘August 6, 1907’ と日付をもつ.ものであった。このイメージがどのような経緯で「松江印象記」に入ったかを追究する。

李 征「テクストが戦う−1932年上海−」 

1932年上海事変の直後、軍事的戦争がしばらく鎮まった。けれども、事変の波紋は止まったどころか、マスコミからさらに文学にも広がり、日本と中国の間では、目に見えない新たな「戦争」がスタートした。新聞雑誌はもちろんのこと、当時、モダニズムの最先端に走る映画という手段も動員されていた。日本では「肉弾三勇士」などのいわゆる新しい「軍神」が次々と作られてきたのに対して、中国では「十九路軍」の抗日事跡が国を挙げて謳歌されていた。

この「軍神」⇔「英雄」のパターンからちょっと離れているところに、一つの「異例」とも言える存在があった。「空閑少佐」という軍人のことである。上海事変中、十九路軍の「俘虜」となったこの日本軍人が、後に戦場で自殺した。これをきっかけとして、そのイメージは、きわめて不名誉な境地から、ぴかぴか光っている「軍神」にがらりと変わった。こうした変身の背後には、国家というシステムによって統制された言説空間が予想できるが、彼の「死」にまつわるいくつかの謎は説明しきれないまま、「軍神」と立ち上がられてしまった。

「軍神」へとひたすら走る日本のメディアとは違う方向で「空閑少佐」をとらえる作家もいた。そのなかには、意外に中国作家の姿もみられる。事変直後、「空閑少佐」のイメージは、日本の作品にだけでなく、中国新鋭作家小説にも現われてきた。興味深いことである。映画、戯曲、小説……国境を越えた形で繰り返して描かれた「空閑少佐」。その解釈の裏には、中国の近代文学と日本モダニズムとのつながりが認められる。戦いながら連動しているテクスト1930年代、日本と中国における文学交渉の複雑さを象徴的に物語っている。

李 貞熙「安部公房の<満州体験>」

安部公房についてよく<非―日本的な感性を持っている>とか<大陸的な想像力を持っている>と言われている。また作品のなかでは、砂漠の乾燥した雰囲気とか荒野で成長する壁とか人間が繭に変身して消滅したり、都市という迷路のなかの失踪してしまう装置などを設けたりする。さらに、いつも困窮に落ちっている問題児主人公、最後には消えてしまう女性たち、無力な父など、安部公房の作品には独特な世界が広がっている。

このようなイメージ安部公房の<満州>体験から形成したのではないかと思うのである。安部公房は2歳の1925年に<満州>に渡り、1946年日本に引揚げるまで、日本と<満州>を行き来していた。リービ英雄氏は安部公房の<満州>を安部公房文学の原風景だと言っている。実際、旧満州の現在の中国東北部地域を訪問してみると、安部公房文学によく出てくる壁、砂漠、荒野などのイメージは、<満州>体験と無関係ではないと実感できる。

まず、壁に対する具体的なイメージは粘土塀から始まる。処女作終りし道の標べに』(1948)には多様な粘土塀が出てくる。実際、粘土塀は町と荒野を象徴的に区別する境界線でもある。今も瀋陽に行けば、市内から少し離れたところでは粘土塀を見ることができる。この粘土塀が終わったところから荒野がはじまり、荒野に逃走できる出発点でもある。この粘土塀は大抵町(都市)の始まりでもあり、終わりのところでもある。

近づいてみると何かが地面を割って頭をもたげようとしているのでした。豆の樹でも生えてくるのだろうと思ってその横に腰を下ろしました。すると間もなく生えてきたのは植物ではなく、長方形の大きな箱でした。しかしもっとよく見ていると、それは箱でもなく、壁なのだということが分りました。壁は大地の圧力で押出されるように、あるいはあたりの空虚さのために吸上げられるように、ぐんぐん成長して行きました。間もなく壁は見渡すかぎりの広野の中に、ただ一つの縦軸として塔のようにそびえ立ちました。(『安部公房全集2』新潮社、1997、429項)

これは作品『壁―S‧カルマ氏の犯罪』の中からの引用で、まさに旧満州の開発につれて、地面からそびえ立つ建物の風景をそのまま描いているのではないかと思われる。何もない荒野に都市づくりが始められ、道路ができ、建物が建てられ、人々は移住して定着するようになる。けれども、都市から一歩出ればそこには荒野が広がるばかりである。そこから都市と農村との間にも壁ができ、さらに都市に住んでいる住民と住民との人間関係にも壁ができてしまう。つまり、<壁>の最初のイメージは地面からそびえ立つ建物からはじめ、そこから派生する象徴として人間の疎外問題や孤独、不安、既成観念などの表象ではないだろうか。

このように、安部公房文学に表われているイメージ形成と安部公房の<満州>体験について考察してみたいと思う。

朱 衛紅 「「詩歌における言語翻訳の可能性への考察─『チョコレート語訳みだれ髪』(俵万智著)を例にして」

普通は異言語間の移し換えを翻訳というが、問題にしたいのは言語翻訳である。この翻訳はとくに古典に接する際などに意識されたりする。

俵万智チョコレート語訳 みだれ髪』(1998年)は与謝野晶子の『みだれ髪』(1901年)を言語翻訳したものであるが、注目されるのは、晶子の短歌を俵が短歌翻訳する試みを行った点である。ここには詩歌の翻訳に対する問題提起存在する。従来は韻文も散文と同様に取り扱われ、意味内容の言い換えで訳された。しかし、韻文の本質は意味以上にその韻律にある。いわゆる意味のみでなく、その韻律も含めた翻訳は可能か。俵が晶子の短歌短歌で訳したことは、この問いへの一つの思案であろう。

俵訳は、晶子の表現を自分の言語感覚で言い換えることである。晶子の文語短歌に対し、俵は口語短歌である。文語に比べ、口語表現は長くなりがち、俵は現代語のどんな31文字で訳したのか。俵訳に顕著なカタカナ語や会話体への置き換え、その文末処理から俵の方法を探った。カタカナ語の導入は欧米風俗化という文化背景へのツールを開き、一種の文化の移転が実現された。また、会話体に訳すことで、恋人同士の日常世界を歌に持ち込んだ。『チョコレート語訳』は、それらの方法によって、『乱れ髪』と読者との間に存在する時間的な距離を短縮し、『乱れ髪』に新しい意味を与えた。

翻訳は対象を了解するだけでなく、その再言語化だから、そこに訳者言語感覚による創作的な要素が生じる。これは翻訳宿命ないし矛盾、その宿命を逆手にとって創造的な翻訳は成立する。R.Jakobson は、詩の翻訳はただ創造的な転移だけだと指摘している。詩歌の創作は何を伝えるかよりも、これしかない表現を生み出すことで、その翻訳は、もう一つのこれしかない表現を再創造することでのみ可能のはずである。俵訳が創造的な転移かどうかは即断できないが、それが詩歌の言語空間を豊かにする試みであることは確かである。

李 承信 「東アジアにおける厨川白村『近代の恋愛観』受容の様相」

大正期の後半には空前の恋愛ブームが起ったが、そのブームのきっかけとして、また大正恋愛論のバイブルとして注目されていたのが厨川白村の『近代の恋愛観』という書物であった。最初東西の『朝日新聞』に連載されていたが、記事「近代の恋愛観」は賛否両論大きな社会的反響をもたらしていた。その後1922年大正11年)10月に改造社から単行本として出版され、これが一躍大ベストセラーになった。しかし、『近代の恋愛観』はさまざまな文脈で断片的に言及される一方で、<恋愛>ブームの終息とともに消費されてしまったと片付けられ、あまり研究されなかった感を免れない。

本発表では、 厨川白村の『近代の恋愛観』が いかに受容されていたかという問題をとりあげ、『近代の恋愛観』が日本だけでなく、中国や日本の支配下にあった朝鮮において受容されていた様相を具体的に検討する。とくにテクストの移動によって、それぞれのテクスト受容にいかなる変容がなされてきたかに焦点を当ててみる。日本における大正期の恋愛ブームは、関東大震災を分岐点として急速に退潮を見せ始め、そのまま終息に向かっていた。しかしながら、中国や韓国における『近代の恋愛観』受容の様相を端緒に紐解いてみると、それぞれの地域に<恋愛>ブームと類似した現象を見出せる。それぞれの現象を大正期の<恋愛論>の広がりとして捉える可能性を提示できることを目標とする。

2008-02-11 目が痛い

[]目が痛い 09:52 目が痛いを含むブックマーク 目が痛いのブックマークコメント

2月10日の夕方から11日の早朝にかけて、なぜかザンボット3の最終回を観て、宇宙戦艦ヤマト第3話〜22話までを観てしまった。前者は30年ぶりの、後者は31年ぶりの視聴。よく覚えているなオレという感慨以外、きわめて無意味な夜更かし。

2月8日

書類仕事。某論集の件、まあ山は越えたっていうことでしょう。

2月9日

井筒俊彦さんの『神秘哲学 (1978年)』を耽読。時間があれば『イスラーム思想史―神学・神秘主義・哲学 (1975年)』も耽読したいですな。

前者より、あまりにも明確な神秘主義の定義をメモメモ。

神秘主義は、プロティノスの言うように、「ただ独りなる神の前に、人間がただ独り」立つことによってはじまる。そして「ただ独りなる神」は人間を無限に超越するところの遠き神であると同時に、人間にとって彼自身の心の奥処よりもさらに内密な近き神でらう。かぎりなく遠く、しかもかぎりなく近い神、怒りの神と愛の神−−心的矛盾の秘儀を構成するこの両極の間に張り渡された恐るべき緊張の上に、いわゆる人間神秘主義実存が成立する。(5)

これを某書からの引用と併記しようとおもったのだが、某書は学校だ。

2月10日

学校に行き、メール仕事をちょこっと。帰宅は途中までバスに乗り、あとは歩く。夕暮れのJAXAは結構綺麗

2008-02-06 教授はツライよ

[]教授はツライよ 11:15 教授はツライよを含むブックマーク 教授はツライよのブックマークコメント

と思う今日この頃なのでした。いや、私は准教授ですらない、絶滅危惧種の講師なわけですが。

2月5日

院試

来週火曜日の授業で取り上げるこれ▼を読んだ。

愛人 ラマン (河出文庫)

愛人 ラマン (河出文庫)

マルローさんの『王道』との対位法的読みのためのテクストということで、いろいろ考えずカンでこれにした。これも積ん読でした。

訳者清水さんの指摘どおり、〈女乞食〉の増殖&徘徊(137-)は迫力がある。『王道』のペルケンさんとクロードさんの濃ゆいダイアローグより、ずっと。

2月6日

院試

終了後、研究会へ。最近院生研究会では『Allegories of Reading: Figural Language in Rousseau, Nietzsche, Rilke, and Proust』冒頭の'Semiology and Rhetoric'をジュネットさん&バルトさんヲタのKさんが担当しているのだが、この人は仏文なので、ド・マンさんによるプルーストさんの訳が「違和感ありまくり」であることにすぐ気がつくのだな。プルーストさんの"an inside/outside correspondence" (13)*1を説明する下りで、「スワンの方へ」の一節、視覚と聴覚との「照応」を分析するのだが、ここでド・マンさんが"dark coolness" (13)と訳している言語は、obscurとfraîcheurなんだそうだ。後者はまあよいにしても前者はちがうんじゃね、これド・マンさんの勝手捏造じゃあ・・・いやこれは二項対立(闇/光、聴覚/視覚etc)→脱構築という議論をわかりやすくするための「解釈」なんだろう・・・オレがこんな訳つけたらぶっこ(ryされるよなw・・・ド・マンさん、えらいよ!等々、議論百出で楽しかったのでした。

のち、調整作業を粛々と。

ふと気がつけば、最近は中途覚醒が以前よりおさまってきたような気がする。6時間連続して眠れるんですな。というか、寒いので、中途覚醒してもベッドから出られないから、そのまま二度目の就寝ということになっているのかもしれないな。

2月7日

会議まで、調整(ry

*1:当然ボードレールさんの「万物照応」がエコーしているだろう、と私のコメント

2008-02-04 時局的な小説

[]時局的な小説 12:33 時局的な小説を含むブックマーク 時局的な小説のブックマークコメント

イラクでは精神に障害を持つ人が自爆攻撃の手段にされるということが起きているわけだが(詳細はわからないのだが)、当然私としてはこの胸くそ悪い小説を思い出すわけです。爆砕のエピソードとかまんまですからね(さすがに遠隔操作ではないが)。

The Secret Agent: A Simple Tale (Oxford World's Classics)

The Secret Agent: A Simple Tale (Oxford World's Classics)

しかし昨晩夜のNHK教育のアメリカ関係特集を見ていると、このテレビ位でいいからもうちょっとマテリアルレベルでのテロへの考察なんかがこの小説にあったらなあと思うが(コンラッドさんなら書けたはず)、なきゃないで自分でコンテクストをよく勉強しなきゃならん。

1月31日

院の授業で『灯台へ (岩波文庫)』の第1部、食事シーン泣けるよねとか。私はすぐ泣くからいかんとか、くっちゃべる。来週で『ミメーシス』も終わり。

2月1日

書類仕事

2月2日

休養。

2月3日

降雪のため、ドライブ中止。青梅マラソンも中止ってんだからしょうがない。

2月4日

院試開始。午後からの授業準備をしていた朝、教室変更に気がつき、しかも全く収容人数が足りないことを知る。あわてて休講の連絡。最初から休講にしておけばよかった、この時期は入試関係であれこれ面倒なんだった。

懸案を一つ片づけてホットしている時にこれを読んだのだが、やっぱり名著であるこれ▼はすばらしいと思う私なのであった。ま、これは「教養部」ではなくて「文学部」晒しage/ツンデレなんだが。

文学部をめぐる病い―教養主義・ナチス・旧制高校 (ちくま文庫)

文学部をめぐる病い―教養主義・ナチス・旧制高校 (ちくま文庫)