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2010-05-31 全国大会の次の日はきつかった

Mon, May 31 22:45 Mon, May 31を含むブックマーク Mon, May 31のブックマークコメント

  • 12:22  というわけで、神戸空港>茨城空港経由で出勤。行きと同じく、茨城空港=百里基地はF15で轟音でした。少なくともこれまでよりも多くの茨城県民はこのことを知ることになったわけだ。私も含めて。

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yanaseyanase 2010/06/02 20:03 三重大ですね。秋はその前に発表で一度戻るので
どうなるか。

津と松坂周辺の食べ物屋(松坂牛&鰻その他)なら情報をお流ししますが・・・

現在、学期末&パソコン環境の変化&校正無間地獄(泣)
のためツイッター参戦はできません。ご了承を。

西東西東 2010/06/02 21:10 お久しぶりです。初日に松阪牛、二日目に鰻、一日おいて伊勢神宮というのがベストかなあと妄想中です。
情報提供お願いいたします!
そうそう、そちらは学期末なんでしたね。乙でございます。

西東西東 2010/06/02 21:12 「校正無間地獄」、しかし開けぬ夜はない!ということで期待しております。
輪読会みたいのやらないのでしょうか。>関係各位

yanaseyanase 2010/06/04 13:43 レスありがとうございます

>>初日に松阪牛、二日目に鰻、一日おいて伊勢神宮というのがベスト

つ 脂肪肝はなおさないと

>>情報提供お願いいたします!
7−8年前ですといい地元のムック本があったんですが
品切れなので…。メールで情報流しますので
ツイッターに転載でもしていただければ。

>>そうそう、そちらは学期末なんでしたね

よりによって校正とかぶったのでぢごくのようでございます。

>>しかし開けぬ夜はない!
私の原稿、想像を絶するほどミスが多く(編集者いわく歴代ワーストスリーに入る)、自分の適性を疑う毎日です。・゜・(ノД`)・゜・。 

>>輪読会みたいのやらないのでしょうか。
私の所属する研究会のいずれかで行われるでしょうから、
ご都合がよろしければご参戦を。

西東西東 2010/06/04 16:39 「歴代ワーストスリー」って…つまりもっと凄い人が二人いる、と。いやこれじゃ何の慰めにもなりませんね(苦笑)。しかし、校正ってのはつらいものですよね。私は翻訳の校正で今年の年末は阿鼻叫喚でしょう...
ともあれ学期末の「ぢごく」を乗り切ってくださいますよう!

私はせっせと体重を減らして「三重県脂肪&タンパク質ツアー」に備えます。

2010-05-30 神戸でのつぶやき

Sun, May 30 22:43 Sun, May 30を含むブックマーク Sun, May 30のブックマークコメント

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2010-05-29 神戸、前日入り(続)、読書メモ

Sat, May 29 09:08 Sat, May 29を含むブックマーク Sat, May 29のブックマークコメント


  • 00:28  神戸空港>ポートアイランド線でJR三宮JR六甲道>市バス16番>国際文化学部前、が一番よろしいかと。というかそのようにProceedingsには書いてあるのだが。
  • 00:27  神戸空港で降りてタクシーに乗って「神戸大学の国際文化学部お願いします」といったら運転手さんに「どこの建物ですかね?」と言われてしまい、あれわからないものなのかなと思ったのだが、なるほどわかりにくいなあ。灘区鶴甲1−2−1でございます。ちなみに5000円かかったorz
  • 00:22  つくば人としては、関西(以西)出張はスカイマークの茨城/神戸デフォになるっぽい。だって安いし早いしなんだもの。

  • 00:19  茨城空港=百里基地を実感した。だって、空港についたらF15の爆音が轟いているし、touch and goの練習やっているし、こちらが離陸する直前にもう一本の滑走路にF15が降りてくるし、ミリヲタ撮影しているし、マイレージ修行僧がいるし。これはちょっとすごいな。

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[]『翻訳政治学読書メモ 10:50 『翻訳の政治学』読書メモを含むブックマーク 『翻訳の政治学』読書メモのブックマークコメント

本書は既に序論において、このような問題意識を「翻訳」の議論として展開することを提唱し、相互に相手の主張を翻訳しあわないことによって維持されてきた近世中華世界外交のあり方を崩壊させ、西洋語という共通の文脈への翻訳を強制したものとして、ウェスタンインパクト以降の「短い近代」という時代を把握できることを示唆しておいた。(42頁)

さまざまな意味作用をひとつ訳語に定着させようとする立場は「短い近代」的な立場であり、そうしない「よきにはからえ」という立場は「近世中華世界」的立場ということになるか。明治期の英学>英文学は前者にあたるか。後者の立場の「英文学」というのはあるのか。

ここで自分のことを考える。

「アジアにおける英米文学の受容と変容」などというのをやってきた私(たち)は「近世中華世界」「よきにはからえ」的立場ということか。

  • 私(たち)は「翻訳」よりも「翻案」を(「シェイ屑ピア」プロジェクトも含めて)を論じてきた。
  • 私は、フツウの読者のために「ひとつ訳語に定着させよう」と苦心惨憺した宮田恭子さんの訳を常に参照しながらも、「よきにはからえ」な柳瀬尚紀さん訳を偏愛してきた。*1

・・・さすがにおおざっぱすぎるが、「アジアにおける英米文学の受容と変容」という科研プロジェクトは「近世中華世界」的だといわれれば、ああまさにそのとおりだという気がする。8月のICLAでやる「Reconsidering」シンポの総括はこの路線でいくか。

・・・とはいえ、「近世中華的」な「よきにはからえ」科研プロも、それが放置プレイじゃしょうがない。それでいいという考えもあるが、さすがに何かヴィジョンを出さないと次の科研があたらないだろうw

一九世紀末の東アジアで形成された英語言語圏の抱えた問題はこの意味で、現代においてもあらゆる「公共性」が抱える矛盾を体現したものであったと考えられる。(中略)正義な公正の達成のために重要なのは、「私的言語」を夢見て「共通の言語」を拒否することではなく――つまり、他国との「対話」の欠如ゆえに成立していた近世期の「独話論的(monolingual)な普遍性」〔山下1998: 158〕を懐古するのではなく――、むしろ使用者を共通の規則に服させるという言語の性質を活用して、その「規則」を優越者であっても恣意的に離脱できない、自己拘束的なものとして機能させていくことだろう。いかに不平等暴力的な起源を持っていたとしても、そのような「公共性」の存在可能性を東アジア諸国間に初めて開いたのが居留地英字新聞の言論圏だったのであり、それが同地域における「西洋の到来」という、狭義の「近代」の意味であったのである。(65頁)

こういう議論は始めてではないのだが、日琉(中)関係論において、しかも「翻訳」という名前においてこういう議論を読むのは、英文学業界に生きているものとしては、非常に新鮮であり刺激的である。

*1:柳瀬訳だって、非常に暴力的に、多様な原文の意味を解読可能なレベルに還元している翻訳だ。

2010-05-28 神戸、前日入り

Fri, May 28 09:09 Fri, May 28を含むブックマーク Fri, May 28のブックマークコメント

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2010-05-27 沖縄と北海道と

Thu, May 27 09:20 Thu, May 27を含むブックマーク Thu, May 27のブックマークコメント

  • 08:34  @Cristoforou 夕張は結構標高が高い、山の中ですから、かなり寒いです。とはいえ夕張にいたのは赤子の頃ですからはっきりした記憶はありませんね。親が6月に雪が降ったとか言っておりました。  [in reply to Cristoforou]
  • 08:25  私の実家は札幌、出身は夕張ですが、6月でもフツウにストーブ炊くよな、という感じでございました。RT @Cristoforou: 北海道ではまだストーブたいてるらしい。
  • 07:43  厳しいですよね…。マジでアサカツあるいはヨルカツして、TVは一切観ないくらいしないと「けんきう」できないです…。最近TVなし生活実践中。RT @drydeniana: @hspstcl いやはや、それでいて研究業績を生産しないとあとがないポジションであるのがつらいところです。
  • 07:38  hspstcl 8月のK&T研究集会にむけての準備もやらねば。organizerとしての仕事がどんなに忙しくてもそれだけではダメ、発表して議論してナンボという原則は、まだ譲らない…ためにはこれくらい読んでおかないと問題外だよねえ。 http://ow.ly/1QnFt

  • 07:23  RT @ynabe39: しかし逆に戦後日本の社会構造全体がどれだけ沖縄の犠牲依存していたかも明らかになったと思う。同様に,日本の近代化は植民地である北海道の大きな犠牲と悲しみの上に成り立っている。

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2010-05-26 研究集会の企画を立ち上げる日々

Wed, May 26 22:43 Wed, May 26を含むブックマーク Wed, May 26のブックマークコメント

  • 19:40  ktkr RT @watanabekazumi: 渡辺香津美BETTER DAYS BOX(全15枚組)という感じになります。詳しい内容は正式発表をお待ちください。 RT @atg1974 そのBoxは、以前発売されたものと内容は一緒ですか??
  • 18:32  書類書き、修論指導1人、博論指導1人、夏の国際研究集会打ち合わせ。すべておわったが、もう18時30分か…

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2010-05-25 Defoe, de-foeを思い出したとか

Tue, May 25 22:45 Tue, May 25を含むブックマーク Tue, May 25のブックマークコメント

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2010-05-24 台湾ではTweetしなかったぞ

Mon, May 24 22:47 Mon, May 24を含むブックマーク Mon, May 24のブックマークコメント

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2010-05-21 覚えたてのオモチャで遊ぶ

Fri, May 21 22:49 Fri, May 21を含むブックマーク Fri, May 21のブックマークコメント

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2010-05-20 ”The Task of the Translator”を読み耽りたいものです

Thu, May 20 22:52 Thu, May 20を含むブックマーク Thu, May 20のブックマークコメント

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2010-05-11 認知物語論キーワード

[]認知物語論キーワード 17:07 認知物語論キーワードを含むブックマーク 認知物語論キーワードのブックマークコメント

認知物語論キーワード (IZUMI BOOKS)

認知物語論キーワード (IZUMI BOOKS)

ご恵贈くだいましてありがとうございました。>Nさん、Hさん

しかしながら、この研究を通してまず知ることができたのは、文学研究がいかに「意味」や「解釈」を前提としているかということ、そしてそこから自由になることの困難さである。文学研究において「理論」的なアプローチをすることは、テクスト内外の「意味」の磁場から言説を引き離し、言葉の編成それ自体を検討することから始まるはずだ。「認知」という、身体を基盤とした共通のフレームからの言説の捉え直しには、意味」の呪縛からわれわれの認識・思考を解き放つ可能性が開かれている。(103頁)

もし、認知的な文学研究がうまくいけば、それはいくつかのことをもたらすかもしれない。認知科学は人間の一般的な認知構造を探求するものであり、これを推し進めることは、傑作史観英雄史観から自由な文学分析の建設にもつながるだろう。文学認知的分析には幻想は禁物だが、可能性もまた含まれているのである。(24頁)

幻想は禁物」だと禁止されているけれど、「傑作史観英雄史観から自由な文学分析の建設」というのは、『オリエンタリズム』のような言説分析にこそふさわしいということになるのだろうか。

2010-05-06 近代東アジア、日琉関係、翻訳

[]近代東アジア、日琉関係、翻訳 11:28 近代東アジア、日琉関係、翻訳を含むブックマーク 近代東アジア、日琉関係、翻訳のブックマークコメント

翻訳の政治学 近代東アジアの形成と日琉関係の変容

翻訳の政治学 近代東アジアの形成と日琉関係の変容

すでに注目されている本ではあるが、私にとっても熟読すべき研究。これはマジでおすすめ。7600円というのは高すぎると思うんですが、余裕のある人は買うべきでしょう。というかもう買うべき人は買っているか…。

帝国日本の最悪の局面は、普遍を僭称してその理念をわがものに翻訳しようとしたり、あるいは朝鮮文化日本文化の文脈に翻訳したりして、その成果を収奪しようとしたことにあるというよりも、そのような翻訳行為自体を放棄し、「「文化翻訳普遍」の封鎖とともに、帝国日本は「自己植民地化」を自閉的にいっそう強化した」ところにあり、それは「朝鮮民族の受難」や「「朝鮮語抹消」」をもたらしたに留まらず、「世界に広がって新しく「細胞分裂」すべき「日本語」の自由も同時に抹殺」することであったという〔趙2007;165〕。帝国の問題は、それが身の程知らずの翻訳をしていることにあるのではなく、常に中途半端にしか翻訳し続けないことにあるのだ。(241頁)★赤文字は原文傍点

拙著では、「帝国日本の最悪の局面」の前半、「普遍を僭称してその理念をわがものに翻訳しようとしたり、あるいは朝鮮(「朝鮮」には英米を入れてもよい)文化日本文化の文脈に翻訳したりして、その成果を収奪しようとしたこと」を論じたが、「「世界に広がって新しく「細胞分裂」すべき「日本語」の自由も同時に抹殺」することであった」という趙(2007)の視点を十分に取り込むことができなかった。

與那覇さんの言い方を私なりに言い換えるとこうなるか。

帝国日本の英文学の問題は、それが身の程知らずの翻訳をしていることにあるのではなく、常に中途半端にしか翻訳をし続けないことにあるのだ」。

具体例。英米文学作品の翻訳テクストを真正面から論じないこと、翻訳の正誤(しかしその基準は?)に注目しがちなことを指摘しても良いように思う。齋藤(2007)の柳瀬尚紀フィネガンズ・ウェイク』論、来週韓国で喋ってくる(武藤さんの議論を踏まえた)『チャタレイ方言論は、この「問題」に私なりに答えるものだということか。

それにしても「常に中途半端にしか翻訳をし続けない」という言い方は痛快だ。

[]引用続き 12:06 引用続きを含むブックマーク 引用続きのブックマークコメント

同じでないものをその実践を通じて、事後遡及的に「同じだった」ことにしてしまう翻訳の力。そのような人間言語使用の特性は、時として人々を合意した覚えもない同一性の檻へと囲い込む悪魔の道具であると同時に、意味の不確定性と更新可能性とを作り出すことで、「現時点での解釈」を絶えず相対化し続ける希望の源泉でもある〔高橋1998;141-145、安富2006〕。翻訳がもたらす負の側面を回避するには、この世界を再度完全に「近世化」するしかない――つまり、あたかも西洋の到来以前の東アジア諸国のように、対話の相手と同じ認識など共有していないし、することを目指す気もさらさらない、というところまで開き直るしかないが、そのような世界においても、あるいはおいてこそ、現実理想へと翻訳する力が真に必要とされているのである。理想現実のものとなりえないからこそ理想なのであって、したがってそのような翻訳ないし同一化が完了することな原理的にあり得ないが、しかしそれは恥じるべきことではない。むしろ決して「真の意味」や「絶対的な基準」といった到達点に達してしまうことなく、あたかも無限運動の如くに続く言い換えの連鎖の中で、絶えずよりよい言葉解釈を求め続けることができるところに、翻訳という営為の面白さがある。「翻訳の歴史的な偶然性を考えるとき、すべてを完全に比較し、説明しうるようなロケーションなど、ひとつ存在しないはずである」という人類学者クリフォードJames Clifford 〔1979=2002;22〕の言は、他者に対する批判の道具としてではなく自分自身の実践の指針として、悲観的ではなく楽観的に読まれる限りにおいてのみ、正しいのである。(278-279)★赤文字は原文傍点

英文学は「決して「真の意味」や「絶対的な基準」といった到達点に達してしまうことなく、あたかも無限運動の如くに続く言い換えの連鎖の中で、絶えずよりよい言葉解釈を求め続けること」だった。ただしこのとき英米文学の「原典」>「翻訳」という図式は厳然としてあった。英文学に欠けていたのは、「西洋の到来以前の東アジア諸国のように、対話の相手と同じ認識など共有していないし、することを目指す気もさらさらない」世界において、「現実理想へと翻訳する力」だったということになる、のか。

名称が「英文学」だから、そもそもこういう「(近世化した)世界」を前提とした学問ではないわけで…。

與那覇さんが見ている「世界」における「翻訳」に、「英文学」の学知が貢献できるところがあるか。たぶんある。単純に考えて150年間英(文)学やっているんですから、「英」対「日」という対形象化(酒井直樹さん)からずれているが、仮に英文学と言われてしまっている学知がないはずがないのである。人間そんなに図式的に考え実践できるわけじゃない。自分の営為を統制できるはずがない。それを掘り起こして正当な評価をしてから、帝国日本の「英文学」をどうするか考えてもいいんじゃないか。というか、仮にも英文学が好きだと表明している人はそうすべきだと思うのだが。というか、こういう作業こそ翻訳だよなあ、と。