2009年06月11日(木) 会社って辛いの?
■会社って辛いの?
会社に入ると辛いことだらけだろうと考えていたが、実際入ってみると、会社は楽しい。会社員をやっている人からすれば、「学生生活をのんびりと送ってたんでしょ」くらいに思われがちだが、大学院の研究生活に比べたら、今の生活のほうが楽だ。
成果を求められるが、その分リソースも充実しているからだ。
研究生活では、収入も企画も機材も全部、自分で用意しろというのが、当たり前の世界だ。会社は全部用意してくれる。
大学院に入る前にビジネスの世界を経験しておけばよかったと今更思う。
そんなわけで、少しだけ余裕が出てきたこともあり、作曲を再開した。
今、2曲作っているが、メロディはすごくいいのができそうだ。
■世界を救うのはたったひとりの天才かもしれない
金融危機に陥った昨年夏、あるときふと思った。
経済を生み出すやりかたには資本主義と社会主義という2つの対立概念があって、すべての経済がその2つの概念のバランスを変えながら作り上げられているだけなのだ。金融不安という資本主義の大きなミスがあり、不安定な労働環境、セーフティネットの欠如が顕わになったために、今の資本主義は間違いで社会主義寄りに政策の重心を戻すべきなのではないかという論調が多かったように思う。
果たして、それは正しいのだろうか。
もしかしたら、世界のどこかの誰かが社会主義でも資本主義でもない新しい経済の概念を思いついて、それが、世界恐慌を鎮めるかもしれないのだ。つまり、誰かの発明が世界の問題を一気に解決してしまうというのが、実は問題解決のよく知られたひとつの方法である。
普通に考えれば、これは机上の空論と言われてもしかたのない笑い話だろう。
しかし、現代の身の回りの物は全て、天才や技術者のアイディアの産物である。そう確かに、上記の方法で解決してきたという歴史がある。ニュートンが居て、アインシュタインが居て、GPSが使えるなんてことは誰も考えていないだろうが、科学の世界では全ての知識が積み重なっているのが当たり前だ。
今の現状の上を目指すアイディア…俺はそれが必要だといつも考えている。
なんか作りたいんだ。
設計図にも、事業計画書にも、言葉にもならないけど、このもやもやした世界を一気に明るくする何かを作りたいのさ。
会社を作ろうとずっと考えてたし、今でもいつかは会社を作ることがひとつの目標地点だ。
でも、そんなことにも縛られないで生きていたい。
だから、会社名ではなくて、会社のキャッチフレーズを先に考えた。
「世界を救うのはたったひとりの天才かもしれない」
2009年04月25日(土) じぶんのはなし
2009年04月08日(水)
日本には、ひきこもりという概念がある。簡単にいえば、人との接触を避け、自宅にひきこもる状態であり、日本には40万人がいるといわれているが、数は定かでない。
そこから回復するための広い意味でのサービスの中に「居場所」という事業がある。ひきこもりの時期は、人間関係での葛藤の経験から遠ざかってしまう時期であるが、それを徐々に慣らしていくための取り組みである。まず、居場所を提供し、来てもらうということをやっている。
この事業に3年間携わったあるスタッフから聞いた話がある。
彼はもともと変なヤツだった。いや、ダメなヤツだったと言ったほうがいいかもしれない。責任感も優しさもなく、他罰的であった。心理に関連する世界で勉強してはいたが、例えばカウンセラーといった心理職としての適性は皆無だった。しかし、その場凌ぎの能力はそこそこあり、それまでの人生をなんとか乗り切っていた。そんな彼が、ひょんなことから、「居場所」のスタッフをやることになった。
彼はその中で、なんとか仕事をしていたが、「居場所」に集まった利用者達からは敬遠されていた。彼は教育的であり、困っていることや悩みなどを相談する相手にはならなかった。一方で、それは彼の信念でもあった。彼は悩み事の相談に乗り続けた揚句、クライアントを成長させられず、ひきこもったまま高齢化していくケースを見てきていた。
クライアントは優しい女性のスタッフを好んだ。何を言っても受け入れてくれ、何をやっても褒めてくれる。そういう存在を必要としている人が多かった。そんな中で彼は一人で奮闘していた。「居場所」に彼の居場所はなかった。
彼は悩み、その仕事を辞めようと何度も考えた。自分のやっていることは間違いなのか? 辞めることで自分もクライアントも幸せになるのか?
そうして何年か経った頃、利用者が彼を認め始めた。彼が変なヤツだと気付いて、対処を覚えたからであった。悩みは相談できないが、話していて楽しい相手にもなった。ときに厳しい話もすれば、ときに人生について語った。彼は優しくもならなかったし、変なままであったが、悩みが解消したあとに次のステップを提案してくれ、頑張って次へ進もうとすることを勇気づけてくれる良きスタッフになっていた。
彼はこの春、その仕事を辞めた。辞めると聞き付けて、クライアント達もいつもの倍ほど集まった。彼が辞めるとき、あるクライアントが最後に挨拶に来て、こう言った。
「僕の居場所が一つ、なくなります」
自分の居場所を作ろうとして、悩んでいた彼はいつの間にか、居場所そのものになっていたのかもしれない。
2009年03月21日(土) ラストワンマンライブ終了
■ エロ将軍の最期
Harry the little voiceラストワンマンライブ「エロ将軍の最期」がおわった。
なんというか、けっこうばたばたとしていた。
11:00 四谷天窓入り。川尻さん、モリヲが先に到着していた。ライブのセットリストを準備して、コピーしにコンビニへ。
11:40 リハ。なんだかいろいろとしているうちに、時間が経ってしまい、とりあえず、モリヲパートのリハ。その後、川尻さんパートのリハ。PAは長い付き合いのゆっきーで、無理を言ってリハ時間を延ばしてもらう。
12:30 開場。徐々にお客さんが集まってくる。懐かしい面子が多いなあ(^。^
13:05 スタート。けっこういい具合に声が出て、調子はいいのだが、開場の雰囲気がちょっと緊張気味。自分の緊張感が伝わるものなんだなあ。しかし、徐々に雰囲気がよくなって、会場が暖まって、歌いきる。わりと自分の中で、緊張感を解きほぐすのは、MCだったりして、だらだらと喋りとおす。でも、曲はしっかりと演奏して約2時間。
15:00 アンコール
夢と暁を演奏して終了。
15:30 終了
■ ワンマンライブと活動休止
ワンマンライブが終わって活動休止に入ったのだが、今回はいろいろと考えた末の活動休止で、よかったと思っている。
Ready, go.って歌で
ねえ、大人になるっていうことは
自由を失ってくことではなくて
それ以上に大事なものを守るって自由を
得てくことなんでしょう
と歌っているが、ほんとにそういう考えで、自分のために生きる力を付けていくまでが、子どもで、大人になると自分以外のものを守るとか、育てるとかそういうようになっていくものなんだと、思っている。だから、今回の活動休止は人生においても、音楽においても、後世に残し、誰かを支えるものでありたいと思うし、そうなったときに復活できるのだと考えている。
■ もうひとつの大人の条件
そして、最近もうひとつ大人の条件に気がついた。
それは言葉で言うと「覚悟」と「諦め」に近いもので、今はまだよくわかっていないのだが、これが身につくと、小さいことに惑わされなくなると思う。さらに、これが身につくのは、20歳〜30歳ぐらいがちょうどいいのではないかと思う。あんまり若いうちにこれを身に付けてしまうと、「自分はこれぐらいなんだから」と自分の人生の可能性を制限してしまう恐れがある。若いうちはやはり我武者羅にやって、不満も不安もたくさん持っていることが、その人の魅力になり、人生の糧になると思うのだ。何かを成し遂げる人は最初はけっこうそういう不器用で我武者羅で向こう見ずな奴だったりする。
しかし、歳をとるごとに普通の大人は、子どもみたいには不満を言わなくなる。それは社会が分かってきて、物事の理由がわかってくることにも関係している(例えば給料が安いことに対し、人材市場での同業種の平均給与がわかれば、給与の不満は薄れる)が、実際はもうひとつさらに別の次元として、「諦め」と「覚悟」が生まれるからにほかならない。
「諦め」というのは、「誰かのせいだ」とかではなくて、「どうにもならないときがある」という前向きな諦めのことである。そして、この「諦め」は「覚悟」に似ている。ただの「諦め」ではなくて、「気の迷いが無いこと」が、人生の成功の上でさらに重要となる。不満を言わずに、確実に前に進める奴っていうのはけっこうこういう気構えを持っているものだと最近思うのだ。
俺は頑張れば何でも出来ると思っていて、そういうのが全く無かったから、今後はそれを身に付けていこうと思っている。
■ 今後このブログは?
さて、Harry the little voiceが休止すると、このブログはどうなってしまうのか? というのを考えてみたのだけど、まあ、作曲のこととか、普段考えてることとか、書き溜める場所があったほうがいいだろうということで、続けていきます。
2009年02月13日(金) 忘れちゃいけないと思うこと
今さ、普通に何気なく付き合ってる友達がいるじゃん。
それってごく自然で、普通に話したり、なんだりかんだりしてさ。
朝まで飲み明かして、お疲れの一言で、お互い仕事に行ったりする人もいれば。
一言も言葉を交わさずに、帰ったりするひともいて。
ギター下手だなあとか笑いながら、リハーサルしてるなかまがいて。
いろんな付き合いかたがあって、いろんなひとがいてね。
でも、最初どうやって出会ったんだろう?
って思ったんだよね。
最初はみんなにおどおどしながら近づいていったのかなあ。
気づけば、いろんな人が長い付き合いになっていて。
出会いっていうのが無かったかのように思ってしまう。
はじめて出会ったときのことを覚えていますか?
俺はみんなに出会えたことを嬉しいと思っています。
2009年02月08日(日) 活動休止宣言
■ ワンマンライブ告知
Harry the little voiceは活動休止いたします。
連休初日の昼で、みなさんの予定があわせやすいように設定したつもりなので、
ほんとに気安く来ていただければと思います。
ライブは、強力なサポートメンバーを迎えて、長年のやりなれたライブハウスで最高のステージを提供します。
Cadillac Ranch, wface, JAZZBILLY, 高橋りゅうた, Sex rexなど多くのバンドにドラム、パーカッションで参加。Harry the little voiceには2006年よりサポート参加。
川尻晋: http://homepage3.nifty.com/eleutheria/
eleutheria* の作曲, Gt, Bを担当。数々のバンドにベースとして参加する新進気鋭の若手ベーシスト。Harry the little voiceには2006年よりサポート参加。
渡邊モリヲ: http://tardigrada.x0.com/
soul red jam脱退後、ノスタルジックで斬新なエモーショナルロックバンド tardigrada でVo. & Gtとして活動中。Harry the little voiceとは酒乱キー(2000-2004)からの音楽仲間。
四谷天窓: http://www.otonami.com/tenmado/news/
数多くのアコースティックミュージシャンを輩出し、ベテランからも信頼の厚い高田馬場にあるライブハウス。若手アーティストの登竜門的存在。
■ 活動休止の理由
さて、活動休止の理由は2つあります。
- 1. 音楽に関して
Harry the little vocieの音楽というものは、今まで心地よい音楽を作ることを目指してきました。しかし、こう思ったのです。
そして、考えた挙句、未来に残せる音楽を作ることを目標に今後の活動をさらにバージョンアップしていこうと決めました。20年後の少年達がHarry the little voiceを真似して、ギターを弾くようになることを目指し、大人達がHarry the little voiceの歌を通じて、社会を理解するようになる。そんな音楽を目指すため、作曲の時間を作ろうと考えました。
けっこう、作曲というのは、大変なことなんです。
- 2. 生活に関して
音楽を続けるために、いろいろとがんばってきましたが、もう28にもなったところで、
と思いました。
音楽を続けるということは、歌を歌うだけではなくて、それを支えてくれる人たちが必要なわけです。しかし、それを探し求めてみても、この不況の折、業界全体がミュージシャンを支えられる状況にはありません。
しかし、それで音楽を諦めてしまうのでは子どもと変わりません。我々は大人なんだから、人生をかけてやるべきことが見つかったら、やっぱりやるべきだと思うのです。
というわけで、自分の音楽活動を支えていくために、しばらくサラリーマンをやります。
- 3. 目標について
さて、活動再開の目安ですが、今後の日本の音楽シーンを作っていける音楽が出揃ってからとなります。そして、音楽活動を支えられる生活状況になることが条件です。







