Hatena::ブログ(Diary)

ナナメヨミ日記

2012-05-03

日本政治・経済の閉塞状況、「維新の会」で打開できるのか?

 私は大阪府下に在住し、職場は大阪市内にある。ちかごろ、政治が話題にのぼるとそれは「維新の会」への期待であったり、反発であったり、ともかく「維新の会」が話題の中心となる。橋下徹に期待する、といってもそれは全面的賛成ではなくて,

是々非々なんだけれども、橋下が何かを変えてくれるんじゃないかという漠然とした期待感が広がっている。反対派は福祉サービス削減、教育への政治介入、地下鉄民営化、職員への思想調査問題など、橋下の「福祉切り捨て」「教育・思想信条への権力的介入・抑圧」「労働組合敵視の企業優遇政治」への反対という点で明確である。

 

 橋下・維新の会は矢継ぎ早に政策を打ち出し、パフォーマンスを繰り広げ、橋下の発言は毎日コロコロと変化する。橋下の繰り出す幻影に惑わされて、橋下・維新の会が何をめざそうとしているのか、掴みきれていない国民が多いのではないか。橋下・維新の会の本質とはなにか。それを理解するには、橋下・維新の会で一貫している部分と、その一貫した政策によって「誰が得をするのか」というのをきちんと見極めないといけない。

 橋下・維新の会に一貫する態度、それは「労働組合敵視」である。市職員の労働組合を犯罪の温床であるかのように煽り立て、労働組合の強い教職員への政治的圧力を強める。労働組合弱体化の行く先は、使用者(役所なら首長政治家、企業なら経営陣)への抑圧・酷使に抵抗できない「使用者言いなりの弱い労働者」を生み出すことになる。労働組合が弱体化すれば、企業は首切りや賃下げ・サービス残業・配置転換を容易に行えるようになるし、経営者団体は税制社会保障などでの企業負担の軽減化など、企業の利潤追求の妨げになる要素がどんどん排除され、日本という国が企業が利潤追求するための草刈り場になってしまうだろう。こういうふうにいうと「でも、企業が儲かれば雇用が増えるし賃金も増えるからいいんじゃないの?」と考えるひともいるだろう。だが、ここ十数年、日本経済では、「大企業が儲かれど、中小企業労働者には還元されない」という状況が続いている。つまり、大企業の利潤追求のためにかまけた結果がいまの閉塞感の原因なのだから、ここから更に大企業が利潤追求しても、それで日本経済がよくなることはない。まして、組合弱体化によって大企業の利潤追求を促進したところで、大企業がわざわざ「弱体化した、声をあげない労働者」に利益分配をしようと思うだろうか。「今我慢すれば、そのうちいいことがある」という日本国民に根付く素朴な感覚を利用して、利益分配をひたすら先送りしながら、痛みを国民に押し付ける、それが「大企業優先政治」である。自民党政治がかつてそうであり、今は民主党大企業優先政治、そして、新しい政治勢力に見える維新の会もその点では同じ、むしろより過激化しているのである。だから、維新の会にはまったく期待できない。

 にもかかわらず、維新の会に期待する向きが強いのはなぜなのか?それは「小泉政治」「2009年政権交代」についての総括がきちんとできていない、つまり政治・経済の何が問題でどこを改めるべきか、という「何を守って何を変えるのか」という改革をする際の視点が欠落したまま、ただ単に「変化」そのものに期待してしまうという、国民の問題意識の欠如・それを見えなくさせてしまうメディア政治家・企業、そこに問題がある。2009年政権交代とはなんだったのか、それはまた次回。

2012-04-21

フクシマ事故の教訓を活かすための「事故調査」を

 フクシマ事故が初動の対応で躓き、被害が拡大したのはなぜか?それは東京電力原子力安全・保安院原子力安全委員会といった 原子力関係において責任を負うべき、判断をすべき 事業者・官庁・学者が「原子力業界の利権を守るためのナアナアの共同体」でしかなかったことに一番の問題がある。彼らは、原子力業界の利権を守るためには 積極的に動くが、原発事故の情報収集やら分析・対策・意思決定をする能力もなければ意思もない。だから、東電原発からの撤退を言い出して、保安院は何もせず、原子力安全委員長は「再臨界の可能性はゼロではない」などと学者的な物言いで決断・責任を 回避した。

 誰かが意思決定して責任を負うべきなのに、だれもその役目を負わない。だから、専門知識があるわけでもない菅首相が意思決定せざるを得なかった。それで失敗したのを首相の責任に押し付けるのでは、本来責任を負うべきだった事業者東電)、規制官庁(経産省保安院)、専門家(安全委員会)を免責することに なりかねない。事故調は「福島事故の責任をだれになすりつけるか」で調査するのではなくて、「次の事故を起こさない・被害を最小化するにはどうすればいいのか」という観点で調査しないと この事故の教訓が次に生きない。

2012-04-18

良い競争、悪い競争

 日本社会は閉塞感に覆われ、経済が低迷し、政治が停滞している。「失われた20年」と言われるが、正確に言うと、「失われた15年」だろう。15年前の1997年には橋本行革路線の元、公共事業がカットされ、消費税増税山一證券北海道拓殖銀行の破綻。四大証券の一角、都市銀行の破綻によって経済が一気に冷え込んだ。翌年は個人消費が急激に悪化し、自殺者が三万人を突破。ここから、日本の「失われた15年」がスタートした(そして、今も継続中である)。

 閉塞感を打開したい、という国民の願いにもかかわらず、ますます状況が悪くなるのはなぜか?

 それは「新自由主義」にある、と私は思う。

 新自由主義は、国民の間で競争を煽り、共同体を解体し、国民を不安に陥れ、経済的に苦境に追い込む。そうすると、政治家たちは「もっと新自由主義を進めれば(もっと競争をして、もっと「既得権益」を握った共同体を解体し、甘えた意識の国民をもっと厳しく追い込めば)、この国は良くなる」と主張して、それが国民の間で広く支持され、もっと悪い状況になる。そうすると、またまた新自由主義勢力が台頭する。これは小泉自民→民主党政権維新の会への期待という流れである。

 新自由主義とはサッチャリズムとかアメリカ共和党の政治思想とか言われるが、なかなかどうして、発祥の地であるアングロサクソン国家よりも、日本のほうが、広く人口に膾炙しているように思える。それはなぜか?

 日本は元来、台風地震・火山噴火など気候の厳しい国。そこで、知恵を巡らせて厳しい生存競争に勝ち抜いてきただけあって、新自由主義が全面に押し出す「競争」に対して、肯定的に捉える向きが強いように思う。さらには、近代化の過程では清・ロシアとの戦争に勝ち抜いてアジアの一等国になり、敗戦後は経済競争で高度成長を実現し「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われるまでの経済大国になった。その「日本の成功体験」もまた、競争=よいものという意識を支えているように思う。

 しかしながら、競争とは本来、競争に参加する人間の能力を互いに伸ばして、トータルでプラスになる、そういうものでないといけない。競争の結果、社会が衰退するのなら、競争を規制したほうが社会が豊かになる。受験勉強やスポーツの「ライバル関係」のように、お互いが切磋琢磨して能力を伸ばし合えば、それは「良い競争」といえる。しかし、大企業中小企業のようにもともと力関係に大きく差が開いているところに「競争」を持ち込むと、それは大企業中小企業が切磋琢磨するのではなくて、単に巨大資本が金にモノをいわせて、中小企業を圧倒する、という単なる「弱いものいじめ」になってしまう。新自由主義政治家がいう「競争」とはもっぱら経済分野の、労使関係や企業競争に関するものなのだから、これはもう、社会にとってプラスになる競争というよりもただの「弱い者いじめ」を公言することに等しい。だけれども、日本人には「競争=切磋琢磨」という「良い競争」のイメージで「新自由主義」を支持してしまうから、こういう新自由主義がさらなる新自由主義を呼び込む悪循環に陥ってしまう。

 こんな悪循環を断ち切って、社会の問題を取り除くにはどうすればいいのか、国民ひとりひとりが向き合わないといけない。

2011-12-15

橋下・維新の会とは何か

 久々の更新である。

 前回更新が2010年4月、鳩山政権なのだから、ずいぶん昔のように感じられる。

 あれから1年半。鳩山政権は倒れ、菅政権が発足するも、消費税増税を争点に参議院選挙に挑んで敗北。

 その後、TPP参加、普天間基地辺野古移設など、自民党政治への回帰でなんとか権力維持を図るもうまくいかず、退陣は時間の問題と思われた矢先に発生した東日本大震災福島第一原発メルトダウンという過酷事故をも引き起こし、日本社会に終戦以来の衝撃を与えた。菅政権は「脱原発」を掲げて政権延命を図るも、9月に退陣。野田政権が発足する。その野田政権TPP推進、消費税増税自民党以上に自民党的な大企業寄り、財務官僚言いなり、アメリカ言いなり、福祉軽視の政治へと舵を切っている。そんななかで行われたのが大阪W選挙大阪市長選挙大阪府知事選挙ーである。

 「大阪維新の会」を率いる橋下徹・前大阪府知事大阪市長に当選。「大阪維新の会幹事長、元大阪府議の松井一郎大阪府知事に当選した。

 この維新旋風、橋下人気をどう捉えるか。市長選挙では、共産党系候補者が異例の立候補取りやめをした結果、「反橋下・反独裁」の平松邦夫(現職)vs「大阪都構想・改革路線」の橋下徹(前府知事)の一騎打ちとなった。選挙戦では、平松に自民民主に加えて、共産党が自主的な支援に加わったこともあって、平松の訴えは歯切れが悪かった。あらゆる層に配慮するというのは、良く言えば「話し合い・合意形成重視の民主的な政治」だが、悪く言えば「決断できない・政治の停滞」である。橋下人気という異様な現象に対して、平松陣営は「反独裁」というテーマを掲げたが、大阪の閉塞感の打破を期待する若年層や経済的に苦境に立つ有権者からみれば、橋下流の独裁政治は、現状打破の可能性をもつ魅力的な選択肢に映ったのではないだろうかと思う。ここでは、橋下・維新の会とは何か、というのを「独裁か否か」という政治手法の問題としてではなく、橋下・維新の会が何を狙っているのかという政治目的という観点から簡潔に解明していきたい。

 橋下・維新の会。彼らの掲げる政策、大阪都構想に代表される行財政改革・成長戦略、教育基本条例・職員基本条例に共通するものはなにか。それは、「競争原理の礼賛」、競争原理への無批判な追従・推進、そして、「選択と集中」、大企業や世界的な競争力をもつ中小企業、エリート人材への資源の集中投下によって、トリクルダウンを実現して経済を立て直すという発想である。そして、「管理主義」、行政政治家地域経済や教育現場を管理するーそれは民意の後押しを受けているーによって、経済や教育現場はよりよい状態になるという発想がある。

 まず、「競争原理の礼賛」について。これは、教育基本条例や橋下・松井両名の発言に現れている。子ども学力を身につけさせる競争原理を徹底させる、教師は学力競争に奉仕させる、そういう教育にする。そのためには教育現場への政治介入もやむをえない。このことで子ども学力を底上げして、子どもたちが「グローバル競争時代」を勝ち抜けるようにする、就職にありつけるようにする、というのが教育における「競争原理の礼賛」である。しかし、ちょっとまってほしい。学校教育とは子ども経済的成功を保証する場ではないし、学力偏重の教育が子どもの人格形成を阻害する、という問題について、維新の会はまともに考察した形跡はみられない。さらにいえば、「学力」という「一つの評価基準」で子どもを評価することが学校において落ちこぼれ(=学校における社会的関係からの排除)を生み出すという危機意識はまったくないし、就職できるかどうかは学校教育云々の問題ではなく、経済環境・景気に依存するということについても考えている節はみられない。彼らの教育政策には「競争原理によって学力を引き上げれば、みんなが就職にありつける」という極めて楽天的な発想がある。

 次に「選択と集中」について。エリートへの教育資源の集中投下、インフラ整備によって大企業の「儲けのチャンス」を与える、そのためには低所得者経済弱者の負担はやむを得ない、という発想だ。競争力のある「勝ち組」に限られた資源を集中することで、庶民にトリクルダウンがある、という考えだ。しかし、橋本龍太郎行政改革小泉純一郎構造改革、「勝ち組」優遇・大企業高額所得者を優遇する政治が、日本の庶民の活力を削いで日本経済の低迷を招いたという反省は、橋下・維新の会にはまったく見られない。

 最後に「管理主義」。市民や教員・公務員を過度に「政治的に」監視することによって、教員や公務員の仕事ぶりがよくなるのだろうか。むしろ、時の権力者に従順な教員・公務員を生み出すのではないか、社会のメンバー皆が皆「権力者」の動向を伺って「他人と同じように振る舞うことで、攻撃対象とされることを忌避する」という事なかれ主義を蔓延させることになりはしないか。

 なによりも問題なのは「競争原理」が勝者と敗者を生み出すメカニズムであるにもかかわらず、維新の会によればそれは全体を底上げして皆がハッピーになる、という強弁にとどまっていて、競争原理が生み出す敗者・弱者をどうやって保護してケアして社会復帰・社会の一員に組み込むかという対策がまったく見えないことにある。「選択と集中」によって切り捨てられた、商店街や個人商店、ノンエリートをどうやって有効に機能させるのかという発想も、彼らには全くない。「管理主義」が生み出す弊害もそうだ。橋下・維新の会が進めている「競争原理の礼賛」「選択と集中」「管理主義」は過去十数年に日本が国策として推進して失敗し、日本経済・日本社会の閉塞感・無力感を生み出すもとになった。その閉塞感・無力感を、さらなる競争原理、さらなる選択と集中、さらなる管理主義で打開しようというのだから、橋下・維新の会の現状認識は完全な誤りであると断言するしかない。

 競争よりも協調、選択と集中よりも弱者への配慮、管理主義よりも専門家への信頼、そういう質的な転換が求められるが、大阪市民・府民は橋下・維新の会が繰り出す「改革幻想」に惑わされてしまった。せめて、橋下市政・松井府政が実際にどう動くのかを厳しい視線でみて、彼らの政策の矛盾に気づき、政治の質的転換に関心をもつ市民がひとりでも多くなること、そういうことに期待して、そうなるような運動を進めなければいけない。

2010-04-20

冷戦終結と日本の混迷

 前回のエントリーでは冷戦が終結した1990年代前半までの日本政治をおさらいした。では、冷戦期の日本を取り巻く国際政治、国内経済自民党政治はいかにして日本の「黄金時代」をもたらしたのだろうか。

冷戦期の国際政治と高度経済成長

 まず、国際政治では米ソ対立、いわゆる冷戦があった。東アジアには共産主義を掲げるソ連中国とその衛星国家(北朝鮮ベトナムカンボジアetc)があり、太平洋を隔ててはいるものの隣り合うアメリカにとっては安全保障面で極めて重要な地域であった。共産圏封じ込めの拠点として日本に米軍基地を駐留させる(と同時に日本の軍事的暴走、共産主義化を食い止める)、日米安保アメリカにとっては大きな意味を持っていた。朝鮮戦争ベトナム戦争では米軍の出撃拠点として大いに活用された。

 冷戦期の日本国内の経済は戦後復興を経て、高度成長、その後は失速したものの1990年代初頭まで安定成長を続けることになる。それは、アメリカからの技術支援を受けつつ、低賃金で優秀な労働力を活用して低価格・高品質の工業製品を製造し、欧米に輸出することで成り立っていた。鉄鋼・化学製品から電化製品・自動車まで、輸入した原材料・エネルギーを加工して最終製品にするまでの工程を国内で完結させ、国内企業は得た利益を積極的に設備投資することで更なる経済成長を遂げた。国内完結型・国内資本主導の経済発展は「成長の果実」を日本国内に多くもたらした。円高が進展したのちも、合理化・高付加価値化によって危機を乗り切った。

冷戦高度経済成長自民党長期政権

 冷戦構造と高度経済成長という状況において成立したのが自民党長期政権である。外交面では日米安保を重視し、共産主義から日本の自由主義経済を守るという大義名分のもと、都市部ホワイトカラー経済団体、保守派の支持を集めた。しかし、都市部の労働組合に加入している労働者公務員、寄る辺の無い中小零細の労働者には社会党共産党といった左派政党創価学会の影響下にある公明党を支持する層が多く、とりわけ1970年代以降、自民党は都市部での影響力を徐々に落としていく(その影響は今でも続いている)。それを補うのが地方の支持基盤である。高度経済成長の「成長の果実」を公共事業補助金として地方に落とすことで、地方の商工業者、各種団体、住民の支持を集めてきた。都市と地方の一票の格差も相まって自民党の重要な権力基盤となった。象徴的なのが国土の均衡ある発展を訴えた、田中角栄の「列島改造論」である。都市部から集めた税収を地方の新幹線高速道路、橋梁の整備にあてることで住民の支持を得、商工業者は仕事にありつくことができたのである。

 国際政治(軍事)では日米安保、国内経済では輸出工業立国による高度成長、日米安保経済成長を支えて政治的に地方の発展を促すことで安定的な長期政権を築いた自民党政治、この三つの要素がうまく機能したことが冷戦期の日本に「黄金時代」をもたらしたのである。

ポスト冷戦の国際情勢と日本経済

 では、冷戦終結によって何が変わったのだろうか。

 国際政治では米ソ対立の冷戦構造にかわって、アメリカの一極支配「グローバリゼーション」が現れた。旧共産圏が自由主義経済のプレイヤーとして名乗りを上げた。東アジア東南アジア東欧ロシア中東南米…世界中で、かつての日本のように低賃金を武器に輸出工業国としてめざましい発展を遂げる国が出現した。一方で、社会主義政権が倒れた「権力の空白地帯」での紛争、グローバリゼーションによる伝統的社会の破壊、その反動によるテロリズムなど、ポスト冷戦は新たな政治問題を生み出している。だが、日米安保の枠組みは大きく変わることはなかった。湾岸戦争支援、PKO、イラク戦争復興支援など、軍事支援により踏み込むことになる。日本の米軍基地は温存され、普天間返還も代替基地に移設する方向である。

 大きく変化したのは国内経済である。高度成長と円高の結果高コスト体質となり価格競争力が低下したのに加え、冷戦終結による新興国の勃興は輸出工業国としての日本の地位を下げた。日本企業は製造拠点を海外に移し、国内産業は空洞化、高い失業率が常態化した。そして、高コストで人員調整の難しい正規雇用低賃金フレキシブル非正規雇用に置き換える動きが加速した。経済成長率はゼロ近辺にまで低下し、ゼロ金利政策が取られた。給与所得の低下と金利収入の低下によって、企業はなんとか危機を凌いでいるが、国民生活は疲弊することとなった。とくに、正規雇用非正規雇用格差問題のように、国民の一体感は失われ、不公平感が蔓延している。

冷戦終結後の日本政治(1990年代、細川連立政権から森政権まで)

 政治はどうか。冷戦終結によってビジョンを失った左派政党は没落したが、反共という大義名分を失った自民党も内部分裂し、自民脱党組と左派社会党などが組む細川連立政権が誕生する。日本では皮肉にも社会主義の現実性が失われた後に社会党は「無害化」し政権に加わることになる。そののち、非自民連立政権も分裂し、自民党社会党(+新党さきがけ)による連立政権となる。社会党自衛隊の合憲性や日米安保といった問題で主張を「現実路線」に転換した。自民党政権の中心に居続けるが、野党左派社民党共産党が徐々に議席数を減らし、変わって財政再建景気対策社会保障などを争点とした「反自民党」的性格を持つ政党が支持を集める。新進党の結党と解党、民主党自由党(一時期政権に)、合併して今の民主党が誕生する。この間の自民党政治はどうだったのか。バブル崩壊の後始末と新興国の台頭に苦しむ日本経済は長期不況に陥り、自民党政権は1990年代には赤字国債による景気対策を連発した。「底割れ」をなんとか防ぐ程度の効果はあったものの、国民(とりわけ都市部住民)には「政治家の地元への利益誘導」「利用者のいない無駄な道路・施設の建設」「官僚天下り法人の延命」などマイナスイメージが強く、国債残高をいたずらに積み上げて財政破綻の不安を煽る面も強かった。そのため、1990年代後半以降、「財政再建景気対策か」が政治の重要な争点となる。行革推進・消費税増税の橋本政権が1998年に参院選で大敗し倒れると、続く小渕・森政権は大型の景気対策を行った。しかし、国民の先行き不安は強く、根本的な改革を求める声が強まっていた。

小泉政権自民党政権の迷走

 そこで誕生したのが小泉政権である。「構造改革」によって財政の赤字を減らし、規制緩和によって経済成長率を高めるという、財政再建景気対策を両立させるという一挙両得な理屈である。高い内閣支持率を誇る反面、公共事業を削減するために地方の支持基盤を失いかねないデメリットがあった。それを埋め合わせたのが国民の愛国心に訴える政治家の発言や北朝鮮外交、そして都市部での集票力を誇る公明党との連立・選挙協力である。政権に継続して居続けることで、政権与党に取り入りたい地方の各種団体の支持もなんとかつなぎとめた。郵政民営化問題では党内の郵政民営化反対派と支持基盤を切り捨てたが、無党派層の熱狂的な支持によって総選挙で圧勝した。輸出相手国となる欧米が順調に経済成長し、新たなマーケットとして新興国が台頭したこともあって、経済成長もまずまずの水準に回復した。一方で、リストラ非正規雇用の拡大、過剰な競争による国民生活の疲弊、社会保障制度への不安・不信が高まることになる。小泉以降、安倍・福田・麻生政権は発足当初こそ支持率は高いが、国民の疲弊・不安を取り除く有効な手立てを打てないがために徐々に支持を失い1年毎に政権が交代するようになる。彼らはいずれも、小泉人気で味を占めた自民党議員ら(特に小泉チルドレン)によって選挙の看板として担ぎ上げられた国民的人気の高い世襲政治家である。安部政権は指導力不足が露呈し参院選に大敗して「ねじれ国会」となり退陣、福田政権大連立を模索するも失敗して国会運営に行き詰まり退陣、麻生政権リーマンショックによる経済不安と旧来的なバラマキ政策、自民党政権運営能力への不信感から支持を失い衆議院の任期ぎりぎりまで引っ張った挙句に解散し、自民党衆院選で大敗することになる。リーマンショックによってアメリカ追従型の小泉構造改革路線への否定的評価が強まり、麻生政権小泉路線の修正に党内合意が不十分なまま取り組もうとしたことで自民党の内部対立を招いてしまい、自民党はあらゆる層に見放されたためである。また、この大敗の背景には、小泉政権以降の地方冷遇に加え、自民党の下野が濃厚になったことで、旧来の支持基盤で有る地方の団体が相次いで民主党支持に転換したこともある。

長すぎた「冷戦気分」時代を乗り越えられるのか

 冷戦終結以後20年の政治の動きを総括すると、日本の政治保革対立にかわる政治体制二大政党制の確立、「アメリカの優秀な下僕」として対米協力の強化や経済規制緩和を進めた。内乱や戦争もなく平和な時代ではあったが、日本経済の成熟化と新興国の台頭により国内経済は長期不況・低成長に苦しみ、国民生活の疲弊、雇用社会保障への不安、財政破綻の不安をもたらした。「対米追従」という選択が、アメリカに戦争で負け、米ソ対立という国際情勢のもとでなされたのなら、経済大国となり米ソ対立の冷戦構造が終結した時点で、新たな選択肢を検討する手もあったはずである。自民党が下野し細川連立政権が誕生した時期には、様々な主張の小政党が乱立した。しかし、外交の見直しには踏み込まず(むしろ貿易自由化によりアメリカへの接近を図った)、ビジョンを失った左派政党が「無害化」したことで完全に思考停止になってしまった。冷戦期のアメリカ追従の時代しか知らない日本の政治家にはより優秀なアメリカの下僕となる発想しかなく、無理な対米追従経済成長政策がもたらす日本国内の社会・生活の歪みを見て見ぬふりをし続けた。そのツケが今の政治の混迷なのである。政権交代によって誕生した鳩山民主党政権にも力強いビジョンはなく、「自民党が悪い」という薄っぺらい主張しかない。民主党政権運営能力への不信が高まっているが、さりとて自民党回帰とも行かない。かくて小政党が乱立しはじめた。みんなの党たちあがれ日本日本創新党etc。今のところこれらの小政党は、寄り合い所帯の自民党民主党が内部で百家争鳴を繰り広げているのを尻目に、明確な政策を打ち出し、支持が高まりつつある。しかし、政権を取るには足りず、かといって連立を組めば、小政党同士が対立し、より混迷が深まる。ならば、小政党同士でまとまってしまえば…あれ?細川連立政権の二の舞になる?

 いったい、日本政治はどこに向かうのだろう。21世紀の国際情勢を踏まえた、日本の「百年の計」を打ち出せるのだろうか。安易に政権をすげ替えただけではダメだということが分かった今こそ、政治の真価が問われるのである。