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非正規労働者が能書きをたれてやる このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-09-18

前原誠司って、試験エリートなのか? 無理だろう 井手っていう人はたかが学者だ

前原誠司が民進党の代表になったのだが、前原の話を聞いていたら、この人本当に政治家なのかなんてことを思ってしまった。
前に書いたが、似たような頭でっかちの仲間とばかりつるんでいたのが、最近では松木けんこうなんて、柄は悪いが、人間味のある政治家と繋がるようになって、少しは政治家として一皮むけたかと思ったが、前原の政策を聞いて、こりゃダメだと思ってしまった。
根本的なところで、相当頭が悪いんじゃないか、ということだ。

京大 松下政経塾出身で政治家になったという、エリートな経歴の持ち主で、衆議院選挙連続当選を果たしている。まさに華やかな経歴を歩んでいる。
当然、そんな人生を歩んでいるのだから、知能は高いに違いない。嘘か本当か、防衛や安全保障の専門家だなんて、評価する人だっているくらいなのだ。
防衛や安全保障なんて知らないから、そうなのか、などと思っていたりしたが、どうも違うんじゃないか、と思うようになっている。多分、この人じゃ無理だ。
秀才であることは間違いないし、エリートであることも間違いない。軍事・安全保障の知識もきっとたくさんあるんだろう。
でも、この人、地頭で物事を考えるないんじゃないか。自分で考えて、悩んで悩んで結論を出す。そこに起こっている現実がなぜそうなのか、自分の持っている知識を総動員して原因を探る。なんて能力が不足しているように見えるのだ。
理屈に合わないことがあっても、理屈に合わない現実が間違っていて、理屈の方が正しいと思う人なんじゃないのか。

びっくりしたのは、前原が井手という学者に心酔し、井手という人の言うことをそのまま政策にしようとしていることだ。井手崇拝、井手べったりな状態なのだ。井手が言っているオール・フォー・オールなんてスローガンを前原は全面に押し出したりもしている。
井手という人がたかだか学者だということがわかっていないのだ。

井手の理屈をざっくり言えば、税金をあげて、困っているところにお金を回すことで、助け合おう、という話だ。税金をあげても、その分を確実に困っているところに配分することで、不安のない社会にしようというものだ。税金をあげた分を子育てやら教育やら福祉なんかにお金を回していこうという話だ。詳しくはいろいろあるんだろうが、だいたいこんな話だ。


理屈は素晴らしいし、うまくやれば、かなり住みやすい社会になる可能性は高い。うまくやれば。
しかし、果たして前原にうまくやる能力があるのか、という話だ。

民進党代表選の最中に前原が言っていたことに消費税増税がある。
法律上、消費税はもう2パーセント上がって10パーセントのなることは決まっている。多くの政治家が、今の状況で消費税を上げれば取り返しのつかないことになると言っている中、前原はあえて消費税を上げるべきだと主張しているのだ。
その説明に前原が井手の言っていることをそのまま話していて、呆れてしまった。上げた2パーセントを困っている人のところに確実に届けることで、そんなおかしなことにはならない、とか言っているのだ。

そんなわけないだろう。そんなことで2パーセント上げてしまったら、あっという間に景気は悪化するに決まっている。

もし、これが10パーセント上げるということなら、もしかするとうまくいくかもしれない。しかし、たかが2パーセントでそれをやったら、いたるところで阿鼻叫喚の悲鳴が上がるに決まっている。

めちゃくちゃ多くの人が、とんでもなく色んなことで困っているのだ。2パーセントで一部の困っている人を助けたとしても、その他多くの困っている人たちにもろに直撃するのだ。その他多くのことで困っている人たちは2パーセント上がったことでさらに困窮が増し、追い込まれていくことになる。当然、消費なんて伸びるわけがない。というか、確実にしぼんでいく。
10パーセントかそれ以上上げて、相当な額の税金を得た上で、その他多くの人たちの困っていることも一緒に潰す作業ができないのであれば、うまくいくわけなどないオールフォーオールなんて、単なる机上の空論になるしかなくなる。
そんな簡単なこと政治家ならばわかるだろうと思うのだが、前原にはそれがわかっていないのだ。

学者なんだから、数字しか見えていないわけで、2パーセントのお金を困っている人のところに回すのだから、その分、当然、受益者の消費が増えて、多少不満は出たとしても、それなりにうまくいくと思っているのだ。
全くもって空想の世界で、空想で成功することをシミレーションして喜ぶ人たちが学者という人たちなのだ。そんな空想を間に受けて言われるままに政治を行ったりなんかしたら、それこそ取り返しがつかないことになる。

井手という学者が話している様子を動画で見たりしているが、完全に舞い上がっていて、完全に勘違いしている。理論じゃ完璧で、やれば絶対うまくいくくらいに自信満々なのだ。

今の状況ではありえないが、間違って民進党が政権をとって、前原が井手を全面に出して経済政策なんかしたら、日本の経済は壊滅的なダメージを受ける。
そして、学者は間違いなく、失敗の原因を自分の理論に置くことはない。あれが悪かった、これが悪かったとか言い出すことが目に見えている。
小泉政権で、そんな連中を何人もみんな知っている。

この学者の理屈は大きくみれば間違えてはいないのだ。だから、もし、前原がこの学者の考え方をもとに政治家として日本を見、日本人を見た上で経済を、現実感覚で捉えてその理屈を活用できるなら、そんな心配することはないけれども、前原を見ていると、そんな様子は見えないのだ。まさに丸投げ。学者様に任せたらすべてうまくいくかのように信じ込んでいる。

ありえない。そんなことをするくらいなら、官僚に丸投げの方がきっとうまくいく。そもそも学者の言う通りやるというなら、政治家なんかそもそも必要ない。

政治家ならば学者の理論なんて数冊本を読めばそれで十分だ。それをバイブルみたいの崇め立てるなんて政治家のやることではない。

田中角栄なんて政治家は、学者の話なんか聞いても時間の無駄、なんてことを普通に言っていた。でそれが政治家というものなのだ。
経済学なんて大まかな指針程度に捉えて、大まかなところでは取り入れるが、細かいことは現実に合わせてうまくいくように操縦しながらやっていく。それが政治だ。

松木けんこうとつながっているのを見て、少しはマシになったかとも思ったが、全然だめだ。根本的にこの人は試験エリートで、学者先生の言っていることをそのまま暗記し、学者先生の望む答えを書いて出すことが正しいと思い込んでいるのだ。

政治家である以上、理屈や政策の向こうに国や国民がいるのではなく国や国民の向こうに理屈や政策があるという当たり前のことがわかっていない。

2017-09-10

山尾志桜里のスキャンダルについて考えた

民進党の山尾志桜里が不倫していたようだ。本人は否定しているが、文春の写真を見れば、言い訳なんて通用しない。実際に体の関係はなかったとしても、不倫していたと思うしかない。

ぶっちゃけ、政治家の私生活がどうであっても、関係ないと思うのだが、ただし、それが議員の主張と相反するところがなければ、の話だ。
軍事防衛を専門にしている議員が不倫してたって別にいいじゃん、と思うが、子育て問題を取り上げて有名になった政治家が、子供をおいて不倫していたとなったら、その主張と議員の人間性が相反するものになってしまう。その意味で、山尾志桜里の今回の行動は議員として疑問を持たざるをえないというしかない。



ここ最近、youtubeで野党議員の動画を追いかけている。自民党があまりにやばいのでなんとかならないかと、野党の議員を観察しているのだが、共産党、自由党なんかは、期待を持てる野党の動きをしているが、最大野党の民進党はいまだに迷走しているようにしか見えない。
なんなんだ、この人たちは。なんてことを思ってしまう。
民進党の中に政治家と言える人が果たして何人いるのか?

政治家は有権者に選ばれて初めて政治家になれる。選ばれなければいくら頭が良くっても、いくら能力があっても政治家にはなれない。
その意味で、民進党の中にどれだけ政治家がいるかということだ。
民進党の政治家の多くが、次の選挙で勝てるかどうかわからない。いつもギリギリで、変な風が吹いたら落ちてしまいそうな議員があまりに多い。
小選挙区で負けて、比例復活している議員の多いことよ。小選挙区では勝てず、比例があることでなんかと議員バッジをつけている。
民進党の幹部の多くがその比例復活な議員だったりする。
そんなもの、ダメに決まっているわけで、選挙区の有権者に信頼を受けていない議員が、どうやって国民の声を国政に反映できるというのか。
生の国民の声を聞くということは、どういうことなのか。少なくとも、政治家が生の声を聞く機会が多いのは、間違いなく選挙区の有権者と接している時のはずで、小選挙区で勝てないということは、選挙区の有権者とのコミュニケーションが足りていないということだ。

民進党に選挙の弱い政治家が多いのは、勘違いしている政治家が多いからじゃないか。東京にいて、役人やら何やらと頭の良さそうなことを考えたり、有力者と会食したり、現実離れした政策論争をやってみたりして、なんかすごいことをやっているような気になって浮かれ上がる。

しかし、そんなことをやったって、いい政治なんかできるはずはなく、実際には政治ごっこレベルでしかなかったりする。
少なくとも選挙区の有権者の考え方や感情をよく理解していなければ、現実の政治に対処できるわけがない。民進党がいつも浮世離れしているのはそのためだ。

山尾志桜里の不倫騒動もまさにそのことが表面化した話じゃないかと思う。
山尾志桜里の選挙応援の演説なんかをよく見ていて、もしかして、この人有能なのかも、何てことも思ったりしたが、ずっと見ていると、ちょっと違うかも、何てことも思ったりした。

理由は簡単で、演説に生身の人間感、生活感、社会感が感じられないのだ。「日本死ね」の話にしても匿名ブログで、それ以上の話が出てこない。匿名ブログの国会質問の後でお母さんが立ち上がった、なんて話なのだ。
お母さんのおかれている惨状を直接見聞きし、お母さんたちに寄り添った活動をした上でブログを紹介したのではないのだ。たまたま見つけた匿名ブログを紹介したら、それがホームランになったというだけの話だ。

もし、山尾がお母さんと常にコンタクトを取って現状を肌身で理解した上で、質問の材料としてブログを持ち出していたとすれば、政治家だと思う。でもそうでないなら、評論家と同じだ。
山尾が、もし本当に評論家だったらそれは問題ないのだが、評論家が政治をやってしまっているとすれば、これほど恐ろしいことはない。

山尾志桜里の話なんか聞いていると、本当に頭がいいし、優秀だし、話も面白いし、魅力もある。しかし、やはり政治家としてみるならば、疑問符がついてしまう。

そもそも、今回のことがなくても、次の選挙で勝てるかどうかも怪しいのだ。メディアで取り上げられて、もてはやされていれば通るかもしれないが、それがなくなれば、落ちる可能性も十分ある。
民主党旋風が巻き起こった政権交代の選挙で初当選。民主党政権の失敗で次の選挙では見事落選している。そして、前回の選挙で復活したが、有権者の支持は全然盤石じゃない。
そんな状態で政調会長をやり、スター政治家扱いされて、総理候補なんて言われて舞い上がってしまったんじゃないのか。

本来、この人がやるべきだったことは、東京にいてチャラチャラすることではなく、日本の実態を知るために、地元に帰って一人でも多くの有権者と話をすることだったはずだ。それをやらずに難しいことばかり言ったって、それは机上の空論というものだ。

民進党の政治家が信用できないのは、そういう机上の空論的な空気が漂っているからだ。有権者と語るよりも東京の役人やら有名人や学者と会って話をし、それで自分は政治家だと思ってしまっている。
確かに頭はいいし、理屈はたつが、なぜか首をかしげてしまう。そういう政治家があまりにも多い。

で、選挙はというと、連合などの固定票頼みで、あとは選挙運動での空中戦での選挙戦術と運だのみ。それでたまたま勝った政治家を政治家と呼ぶからおかしなことが次々起こってしまうのだ。

今回の山尾志桜里のスキャンダルは、なにも山尾だけの問題ではなくて、他の政治家にも当てはまる問題なんじゃないかと思ってしまう。
政治・政策と現実が離れてしまっていて、現実は現実、政策は政策、なんてことで、子育て問題はあくまで政策で、現実とは遠いものと思っていなければ、今回のようなスキャンダルは起こりようがない。実際に山尾には子供がいるわけで、子供が大事ならば、男と二人きりで遊ぶなんてことはできないはずなのだ。男と遊ぶくらいなら、困っているお母さんの話を聞くとか、いくらでもやるべきことはある。

今回のことで山尾志桜里は離党した。これから議員を続けるかどうかまでは知らないが、もし続けるのであれば、地道に有権者の声を聞き続け、現実感覚で政治をできるようになってくれれば、なんてことを思う。
間違いなく優秀な人なのだから、それができれば、本当にすごい政治家になる可能性が強い。

2017-08-15

小沢一郎、ちょっとすごい

youtubeで小沢一郎とフランス文学者が対談しているのを見たのだが、これがなかなか面白いものだった。フランス文学なんてやっている学者なんて、大体とんでもなく抽象的な理屈と理論でできているような人種で、話の端々に小難しい単語が散りばめられる。プラトンにマキアベリなんて固有名詞が出てきたりして、何を言っているのかよくわからない。
堀茂樹という人だ。
全共闘時代に変な評論家たちが、理屈をこねくり回して、一杯言葉を使われているのに、何を言っているのかわからないことを言っていて、社会から呆れられていたが、そのフランス文学者も、全共闘までではないが、何を言っているかわからない。
言葉は理路整然としているし、もっともなことを言っているようのも聞こえるのだが、なんかよくわからない。

「政治家の言説はパフォーマンスだ。パフォーマンスというのは見せかけをやるパフォーマンスの意味ではなく、遂行的行為、つまり、それ自体が行動であるということだ。(その言説は)自分はこちらにいて何かを説明するということではなく、著書を出せば、それは政治家の行動になる。言葉も政治家の現実の一部だ」なんてことを言う。
わかったようでよくわからない。あまりに抽象的な言説で、遂行的行為ではなく、見せかけをやるパフォーマンスのようにしか聞こえない。

他国とどう付き合うか、という話で、小沢が、「日本人というのはあまりはっきりと自分の主張を言わない、なんとなく曖昧でぼやかした言い方をする。日本人同士ならわかるが、他の国の人のときはわかってくれるだろうとか、俺の気持ちをわかってくれよとか、日本人的な意思の疎通はできない」
社会的コンテキスト が違いますからね、とわざわざ難しい単語を持ち出してきて言いなおす。
なんだ? 社会的コンテキストって。そもそも
コンテキストか、コンテクストか?
小沢の言うことはわかるが、学者の言うことはよくわからない。


とにかくこの学者の話は難しい。
人類学者のエマニエル・トッドという世界的に有名な友人がいまして、この人は、ついこないだまでは、ヨーロッパはプラグマチックな保護主義をやれと言っていた。つまり、イデオロギーのような原理主義的な自由貿易はやめて、あくまで自由経済なのだが、その枠組みの中でプラグマチックな保護主義をやれと。
わかったようでわからない。なんか、すごいことを言っているように思う。

知的思考が好きではないので、頭に入ってこない。困ったもんだ。小沢の話はわかるから、それで話の流れはつかむことはできるが、学者の話はやっぱりよくわからない。イデオロギー、プラグマチック、原理主義。抽象単語がどんどん出てくる。

参っていたのだが、小沢が政治の理想を語った時、抽象単語なんてわからなくてもいいじゃん、なんて思ってしまった。

その理想は仁徳天皇の政治。「民のかまど」。民のかまど」

仁徳天皇は即位されて4年目、高台にのぼって見渡されました。
すると家々から炊事の煙が立上っておらず
国民は貧しい生活をしているのだと気づかれました。
そこで3年間年貢などを免除されました。
そのため天皇の着物や履物は破れてもそのままにし、宮殿が荒れ果ててもそのままにしていました。
そうして3年、気候も順調で国民は豊かになり、高台に立つと炊事の煙があちこちに上がっているのが見えました。
国民の生活は見違えるように豊かになりました。
それを見て天皇は喜ばれ
「自分は、すでに富んだ」と言われました。
それを耳にされた皇后は
「私たちの住んでいる皇居の垣は崩れ、雨漏りもしているのに、どうして富んだといわれるのですか」と問われました。
すると天皇は
「昔の聖王は国民の一人でも飢え寒がる者があるときは自分を顧みて自分を責めた。
今、国民が貧しいのは自分も貧しいのだ。
国民が富んでいるのは自分も富んでいるのだ。
未だかつて人民が富んで、君主が貧しいということはあるまい」と答えられました。今、国民が貧しいのは自分も貧しいのだ。
国民が富んでいるのは自分も富んでいるのだ。
未だかつて人民が富んで、君主が貧しいということはあるまい」と答えられました。

まだ話は続くがこんな話だ。イデオロギーとかプラグマチックなんて難しい言葉を使わなくても、簡明で、わかりやすく、また人に訴えかける。で、小難しい話よりよほど説得力がある。

この話を聞いて、小沢すげえ、って思ってしまった。この逸話が理想なんてことでさらにすげえ、って思ってしまった。
抽象的な学者が惹かれるわけだ。どう考えても、小難しい話より、仁徳天皇の逸話の方がすげえから。

さらに、小沢は選挙が大事と言っているが、その意味について、
「東京にいて偉そうな議論していたってダメだ。地元に帰って主権者の皆さんが何を考え何をしてもらいたいか、一言でも二言でもふれあい会話の中で初めてわかるんじゃないのか。役人の話を聞いていたってわからないだろう」。

全くその通りだと、また、小沢すげえ、って思ってしまった。
理屈や理論が横行して、日本中、えらいことになっちゃってる。理屈や理論の中身は生身の人間の姿はないのだ。生身の人間のことは生身の人間と接しなければわからない。
でも、今の世の中は、生身の人間と接することなく、多くのことが決まっていいく。
小沢って、やっぱり本物の政治家だ。


本当にすげえ、と思うのだが、今までの政治手法を見ていると、目的のためには手段を選ばないところがあって、とんでもないことになっていたりする。選挙に勝つため、候補者の選挙区を平気で変えてしまう。せっかく有権者と絆が生まれても、別の選挙区に移動させたりする。移動させずにじっくり1つの選挙区に根を張っていたら、すごい政治家になっていたかもしれないという人が選挙に勝てなくて、半分引退状態になっていたりするのを見ると、かわいそうになってくる。

さらに根回しが下手で、もう少しゆるく話を進めればそれなりに上手くいくのに、情の部分を排除していきなり無茶ぶりなことを要求して、恨まれて、人がどんどん離れていく。

もし、小沢という政治家が、人に関わる実務を他の政治家に任せることができたなら、今でも十分大成を成し遂げることができる政治家だ。人に関わる実務、人を説得したり、交渉したりとかいうことも含めて、人に関わる仕事さえしなければ、誰もが尊敬する大政治家なのだ。もったいない。

ちなみに昔は小沢は悪い奴だと思っていた。強面のヤクザみたいな奴で、影で悪いことばかりやっているに違いない、みたいな感じで。でも、隣に山本太郎がいるようになって、イメージが全然変わった。たぶん、この人、いい人だ。人に関わる実務さえしなければ、いい人に違いない。山本太郎も褒めていたし。

2017-08-13

政治に興味を持ち始めた

久しぶりに政治に関心を持ち始めた。きっかけは何かというと、始皇帝を描いた漫画キングダムを読んで、やっぱり歴史は面白いということで、youtubeで歴史関連の動画を見ているうちに、山本太郎にたどり着き、さらには生活の党、今の自由党、小沢一郎関連の動画なんか見たりして、さらにはここ数年の政局を追いかけるようになった。政治なんか全然知らなくて、何が起こっているかなんて知りもしなかった。
安保法案やら共謀罪などの恐ろしい法律が問題になっていることはなんとなく知っていたが、中身もあまり知らない状況で、アニメなんかを見て毎日をすごしていた。

で、政治に関心を持つようになって、今の政治がなんかすごいことになっていることにびっくりした。

はっきり言って、安倍晋三なんて、ろくな政治家じゃなくて、第一次安倍内閣で起きたキャノンによる偽装請負事件の対応により、その後の日本の非正規労働の状況が無茶苦茶になってしまった。安倍内閣の中にキャノンの御手洗がいて、キャノンは偽装請負なんて法律を無視した雇用を行っている一方で、非正規労働の積極的な提言を内閣にいて行っていたなんてあり得ないことをしていたにもかかわらず、安倍は見事に御手洗をかばった。本来なら社会から糾弾されるべき人物が、安倍がかばったために、その後も経団連会長なんてものになり、表舞台をあゆみつづけるなんてことになった。逆にこの事件で、キャノンが何の責任も取らずに済んだために、その後、多くの企業が、冷酷非道な雇用形態を徹底的に活用するようになった。

安倍という政治家はとにかくおともだちを大事にし、そのために国民を犠牲にすることを厭わない政治家で、おともだちをかばって国を崩壊させてしまう政治家だ。加計学園疑惑なんて、まさにおともだち大事で起きた疑惑だ。公の意識で仕事をしている政治家だったら絶対に起こりえないことだ。

こんな政治家が首相をやっていたら、まともな政治が行われるわけがなく、言葉通り、一部の人間のための政治が行われるようになっていった。アニメをずっとみていたから、リアルタイムでは知らなかったが、youtubeで政治を追いかけてみると、思った通り、とんでもないことになっていた。

あまりに飛んでもなさすぎて、なんと共産党まで危機感を抱いて、あの共産党が天皇を認めるなんてことまでして、現実に向き合って、本気で政権取りを目指し始めた。共産党を含んだ野党共闘などと、少し前ではあり得なかったことが普通に行われるようになった。
さらにかつては絵空事だった経済政策も、格差社会が広がるとともに現実を反映するようになっている。

共産党の政治家もかつてのような思想の人だという感じではなくなって、普通の人が議員になっていたりする。普通の奥さん、普通のおじさん。普通の感覚の人たちすぎて政治家としては物足りない。どちらかといえば、市役所の公務員みたいな人だったりする。
それがいいか悪いかは別にして、かつてとは全然違う政党になっている。

頭でっかちだった旧民主、民進党の中でも、少しだが変わってきていて、頭はいいが、薄っぺらだった前原誠司が、野生児の松木謙公と繋がるようになった。知識だけでは現実なんて分かるわけがなく、地頭で物事を考えることの重要性を認識し始めている。
松木謙公というのは北海道選出の政治家で、小沢一郎に近く、また、鈴木宗男とも大きく関わっていた政治家だ。二人とも地頭な政治家で、地頭ですごい見識を持つようになった政治家で、その二人の影響を受けた、松木謙公という政治家も現実感覚の地頭な政治家だ。ただ、残念なのは、選挙に弱いということだ。もっと有権者に寄り添い、向き合うようになったら、すごい政治家になるかもしれない人だ。

知識や理論がいくらすごくったって、現実に即していなければ、絵に描いた餅でしかない。前原誠司のようにそのことに気づき始めた政治家が頭でっかちな民進党から出てきている。

また、前回も書いたが。山本太郎なんて、明らかに政治の世界では異質な政治家が、野党の間ではちょっとしたキーマンになりつつある。

与党の側でも、創価学会の信者が公明党離れを始めていたりする。あんなひどい政治を公明党がやっているのに、それでも公明党を創価学会信者が支持し続けているとなったら、学会員の見識を疑わざるをえなくなる。
学会員なのだからと言って、何が何でも公明党というのであれば、創価学会自体を警戒しなければならなくなる。それが本当に創価学会のためになるのかということで、公明党反対な学会員がでてきている。


アニメばかりを見ていて、政治なんてものに興味がなかったのだが、少し政治に興味がで始めたという話だ。

2017-08-06

頑張れ、山本太郎!!

 今、山本太郎がかなり熱い。
 もしかするともしかするかもしれない、くらいな感じになっている。

 芸能界にいた頃の山本太郎や反原発を訴えていた頃の山本太郎しか知らない人は、たぶん、今の山本太郎をみたらびっくりするんじゃないかと思う。タレント議員などというのはとても失礼、これぞ政治家、まさに政治家みたいになっている。本当にびっくりした。

 政治家になったばかりの頃は、何をやっているんだ、あり得ないだろう、なことばかりをやっていた。
 天皇に手紙を渡そうとしたときには、呆れ返ってしまった。そんなことをしたら、注目は集めることはできるかもしれないが、政治云々の前に日本人から見放されるだけのことだ。

 突飛さやスタンドプレーだけじゃ、政治なんかやれるわけがない。
 こりゃ無理かな、と思っていたのだが、いつの間にやら本物の政治家になっていた。

 本当にびっくりするから、興味のある人は、YouTubeで山本太郎の、どこかでやってるトークライブを見てみればいいと思う。本当にびっくりするほどすごいから。

 反原発については、多くの人たちが想像しているとおりなのだが、特筆すべきなのは、社会政策で、もし山本太郎の言っているとおりに政治が進んだら、間違いなく日本はまともな方向にいくだろう、くらいの政策を打ち出しているのだ。
 こういう政策を訴える政治家はないのか、と思っていた政策を山本太郎が訴えていて、何度も言うがびっくりした。

 今の経済の何が問題かと言えば、大企業だけにお金が回っていて、それ以外にお金はほとんど回らないようになっている。そのことが国の活力を奪い、経済を停滞させている。
 大企業はもうけたお金を社会に還元することなく、内部留保としてため込み、自分たちだけのものにしてしまう。
 その結果、大企業だけが巨額なお金を持つようになり、世間には貧困がどんどん広がるなんてことになっている。

 当然の話で、一カ所にお金が集中すれば、循環が滞ってしまう。
 人口100人の地域で、お金が100億円あったとして、一人一億円持っていたならば、みんないろいろ買ったり、いろいろ楽しんだりして、いろいろなことにお金を使っていやでもお金は循環する。
 しかしこれが、一人で99億を独占していたとして、残りの99人で一億円なんてことになったら、99人はみんな貧困で食べるのにやっとで、何も買えず、結果として社会にお金は循環しない。地域で生活している人は誰もお金を持っていないから、地域にお金なんかないなんて話になる。地域に回っているお金は1億円しかないのだから、一億円の経済力しかないということになる。 全体として100億円であっても実際には一億円なのだ。
大企業は大儲けしているのに、庶民は貧しいのは、大企業が自分たちだけでお金を独占しているからだ。

なんて話を山本太郎が言っていて、その話が核心をついていて、熱心に聞き入ってしまった。
で、メディアではほとんど批判がタブーになっている経団連を徹底非難する。

今の日本経済をおかしくしている元凶は、間違いなく経団連であり、そこに手をつけなければ、いくら金融政策を打ったところでどうにもなりはしない。しかし、メディアはそのことに触れない。メディアにとって、大企業は広告を出してくれるお得意様だからだ。
それでも批判するメディアがあろうものなら、お金の力で圧力をかける。キャノンなんておかしな会社は広告の引き上げや高額訴訟で露骨な批判封じを行って、メディアを黙らせた。

はっきり言って、そんな日本に絶望的になっていたりしたが、山本太郎の演説なんて聞いていたら、ちょっと希望を感じてしまった。経団連を真正面から非難する存在なんて、少し前までなかったからだ。

色物枠で国会議員になったはずの山本太郎が、今や政治家として間違いなく支持を広げている。

大きな力と戦えるのは、今の日本では政治家だけなのに、大きな力とおともだちな政治家ばかりが幅を利かす。
共産党のような勢力は確かにあるが、思想的な空気が漂って、どこか現実離れしている感じで頼りにならない。
しかし、山本太郎は等身大の国民のリアルな苦しみを悲しみを受け止め、そのことに憤りを感じ、その憤りを政治に何とか反映しようとする。

政治を志した原点である原発問題だけではなく、 奨学金問題、非正規労働の問題、貧困の問題、子宮頸がんワクチン副作用の問題など、多くの問題を国会で取り上げる。

youtubeに上がっている国会質問を見ればわかるが、とても色物議員のできる仕事じゃない。



当選した当初と比べて政治家として成熟したのは、政党に所属したことが大きいんじゃないかと思う。小政党の自由党。所属政治家は6人だが、そこに大政治家の小沢一郎がいる。小沢一郎なんて大物と小さなグループの中で一緒に仕事ができるなんてことはとんでもなく贅沢なことだ。小沢を支持するしないは別にして、小沢なんてザ・政治家みたいな人のそばにいれば、お金では計れない価値を持つものを学ぶことができる。
政党に属してから、間違いなく一皮も二皮もむけた。


山本太郎は、真面目に人に寄り添った政治をしようとしている。常に人の前に出て、人と語り合い、人と繋がろうとしている。人と出会うために全国各地を走り回る。
データや専門家に頼った嘘くさいことではなく、人と繋がることで、政治家として本来あるべき仕事、現実を理解し、困難に直面している問題を国政に反映しようとしている。
その様子は感動的でもある。


ただし、本当に力を持った時、今の山本太郎のままでいられるか、ということを心配する。政治は妥協の連続で、思い通りになんてそうそうならないわけで、それでも、今の志を保つことができるのか、ということ。人と寄り添う政治ができるか、ということ。
政治家が権力に入っておかしくなるなんてことはここそこらに転がっている。

そんなことにならないように頑張ってほしいと思う。本当に期待しているのだから。





 
 

2017-06-10

のだめカンタービレの再放送の可能性がなくなった

 フジテレビなんかろくでもないテレビ局だと思っているのだが、それでも、フジテレビでこの番組だけはすごいなんて思うものがほんの少しだけあって、そのひとつがドラマののだめカンタービレだったりする。

 のだめは、テレビではなく、DVDを借りて見たのだが、これが面白くて、一気見してしまった。さらに連ドラが終わるとスペシャルドラマ版、映画版まで借りてみることになった。近くのレンタルショップが貸し出しになっていたので、少し離れた場所にある店まで行って借りるなんてこともしてしまった。
 見終わった後はしばらくのだめ感性にとりつかれてしまったほどだ。
 今でも時々DVDを借りて見ていたりする。

 いちいち借りに行くのは面倒なので、再放送やってくれないかなあ、なんてことを思っていて、番組欄のドラマ再放送枠をこまめにチェックするくせがついてしまった。番組改編時期に関わらずいつ始まるかわからないのが再放送というものだから、見逃したら大変なことになる。

 それなのに、、、。

 なにをやっているんだ。

 橋爪何とかという二世タレントが覚醒剤。小出恵介が未成年淫行。
 のだめに出ている役者が、いっぺんに2人も問題を起こしてしまったのだ。
 ありえない。

 俳優の出演しているドラマや映画は、俳優だけのものではないのだ。作品を守るためにも、俳優という人たちは変な問題を起こしてはいけないのだ。




 別に役者や芸能人にモラルを求めるなんてことは思わない。のだめ以外のドラマなら、出演している俳優は何をやっても関係ないし、やれやれ、芸能人って困ったもんだ、なんて苦笑いして終わりなのだが、のだめの場合はそういうわけにはいかないのだ。なんと言ってもこっちは再放送を今か今かと待っている状態が長く続いている状況なのだ。
 それがこの2人のせいで再放送の可能性が消えてしまった。本当になんてことをしてくれたんだ。

 実際、NHKのBSでのだめの映画放送が予定されていたが、中止になってしまっている。
 
 それにしても、橋爪何とかという役者はなんなんだろう。親の威光を利用して仕事をしている二世タレントが、作品を殺すようなことをしてしまっているのだ。
 




 そんな憤りを感じながら思ったのだが、これからこの2人のせいでのだめカンタービレという作品は消滅することになってしまうのか? それとも、DVDなどではまだ生き残ることは出来るのか?

 他のドラマについても、同じように出演者が問題を起こせば、作品の放送はできなくなってしまうのか?


 まだ見ていないのだが、逃げるは恥だが役に立つ、というドラマがとても面白いという話なので近いうちにレンタルで借りて見ようと思っている。そして、これが面白かったならば、のだめと同じようにテレビの再放送を待つということになるだろうと思う。

 だから、今のうちにお願いしたいのだが、出演者は問題を起こさないでほしい。
 芸能人なんて、優等生よりもやんちゃなくらいのほうが面白いなんて思うのだが、事件になるような問題を起こして、それが作品に影響してくるなんてことになったら話は変わってくる。

2017-05-13

変な人が戦う行動を起こしたりする

 昔、非正規で仕事をしていた会社での話だ。仕事は商品管理で、面倒くさいので会社とはなるべく関わらないように働いていた。傍流業務の非正規雇用なのだから、それでとやかく言われることもない。
 
 ある時、他部署から異動になってやってきた労働者がいた。立場は同じく非正規なのだが、IT部門からやってくるというなかなか珍しい異動だった。
 その会社で働く従業員は、非正規からの採用がほとんどで、そこから、社員になっていくのことが普通になっていた。だから、メイン業務な部署にも主戦力として働く非正規労働者がたくさんいた。

 だから、その人がメイン業務な部署で非正規で仕事をしていたことは別に特別なことではなかったが、さすがにそこから商品管理に異動になってくる人はほとんどいない、というかいない。
IT部門ではまったく役に立たなかったため三日で見切りをつけられてしまったかららしい。その結果の異動だった。

 長髪にジョン・レノンな丸メガネ。バンダナ巻いてヒッピーかパンクか、ミュージシャンな出で立ちで、初めて口を利いたときは、中指立ててきて、カタカナ言葉で意味不明なことを言ってきた。指には指輪を二つさしていた。

 その人は商品管理部門で梱包の仕事をすることになった。働いている場所が違ったのでそれほど接触はなかったが、変な人だとは思っていた。


 で、どうなったかというと、梱包の現場でもだめ出しされ続けていた。能書きだけは立派で、作業は全然進まない。大言壮語が激しく、すごいことを常に言っているのだが、ちっとも中身が伴わない。出来もしないのにできると言い切ってしまい、信用してやらせてみたら、話にならないくらいにできないのだ。仕事だってよく休む。
そこを管理している社員がよく愚痴っていた。


 その人は昔カメラマンをしていたとか言っていて、カメラについていろいろ能書きを垂れていた。
それで、その人がある行事のカメラマンをすることになった。
その行事には参加していないのだが、話によると、格好や仕草はさまになっていてカメラマンそのもので、一眼レフのカメラを構えて、三脚までつかって角度をつけた撮影なんかをやっていたらしい。

 しかし、できあがった写真はというと素人目から見てもひどいもので、当たり前にピンぼけ写真が入っていたりした。
 みんな呆れ返っていた。

 とにかく、本当に口だけなのだ。口だけの妄想の世界では、その人は何をやらせても一流なのだが、実際にやらせると何をやっても話にならない。
口だけ啓発セミナーな人のようだった。
 IT業務で入社してきたのも、面接で自信満々にできると言い切ったため、会社も信用してしまったのだ。

 そんなこんなで、その人の評価はというと、口ばかりでまったく使えないということになってしまっていた。端から見ていてもその評価は妥当というしかない評価だった。その人は社員希望で働いていたのだが、やはりというか、社員にはなれなかった。

 そんな評価な状態でも、その人は結構長く働いていた。私が辞めた後も、ひどい評価をもろともせず、続けていたのだ。
 ひどい会社だったが、出来もしないことを出来ると言って入ってきた人間を雇い続けていたんだから、ちょっとその会社を見直したりした。いてもいなくてもどっちでもいい人、というか、むしろいない方がいいくらいの人を雇い続けていたのだ。


 しかし、しばらくして、その人はクビになった。
 といっても、その人がねらい打ちにされてクビになったわけではなく、会社の業績が悪化し、とても人を抱えられなくなったのだ。まともに給料も払えなくなり、非正規はみんな解雇ということになった。

 で、その人はどうしたかというと、個人で入れる労働組合に加入し、その会社を糾弾しはじめた。ビラをまき、会社の前で大騒ぎし、団交なんてことになっていった。

 その話を聞いたとき、あの人が、なんてことを思ってしまった。あの人の場合、会社がこき使って搾取していたと言うよりは、むしろよくクビにせず雇っていたな、くらいに思ってむしろ会社を評価するくらいだったのだ。その会社では、その人なんかより、ひどい目に遭っている人がいくらでもいたわけで、そういう人ではなく、なんで、ほら話な人が大騒ぎするんだろう、と驚いてしまった。


 でも、よく考えてみれば、こういうことはよくあることなんじゃないかと思う。ひどい目に遭わされた人たちというのは、常識的で判断力が働く人たちで、常識的で判断力が働くから、大騒ぎするよりもとっとと消え失せた方が得策だなんて常識的に判断してしまう。
 
 逆に、非常識で変な人というのは、常識なんて関係ないし、まともな判断なんてできもしない。何かあれば突飛なことでも周りのことなど気にせずやれてしまう。

 その結果、行動を起こすのは、結局、多くの場合、行動を起こしちゃいけないだろうな変な人ばかりだったりする。
 その会社で働いていた社員も「ちゃんとした人はそんなことはしない」と言っていた。

 
 その人個人は、どう考えてもそんな行動を起こせるだけの仕事をしてはいないし、はっきり言ってしまえばそんな資格もないとしかいいようがない。

 でも、俯瞰して大きくものを眺めたならば、その人のとった行動はおかしなことかと言えば決してそんなことはいえないのである
 会社の業績が悪化したからと言って、非正規という理由だけでクビを切られるなんてことは許せないわけで、それを糾弾することは少しも間違ってはいないのだ。その会社は不条理だらけ、理不尽だらけの会社で糾弾されて当然の会社だった。
 ただ、実際に行動を起こすのが、どう考えても資格のない人だったりするから、その糾弾に色眼鏡がついてしまう。

 これがもし、ちゃんとした人がやっていたりすれば、きちんと受け止められて、場合によっては社員だって結構応援だってするだろうと思う。みんな内心ではやってられないと感じていたのだ。
が、そういうちゃんとした人は常識的な判断のせいで、そんな行動を起こしたりしないのだ。

 でも、やはりおかしなことをやっている企業は世の中たくさんあるわけで、行動をおこす人間は絶対に必要なわけで、常識的な判断ができる人たちが行動を起こさないということになれば、資格がない人であろうと、行動を起こしてもらった方がいいに決まっている。

 行動を起こす人たちが変わっていて、そんな行動をされても困惑してしまう人たちだとしても、その人たちの訴えは意外に本質をついていたりする。
 そしてそれは、行動を起こさない常識的な判断をする、きちんと評価されるべき人たちの訴えとして受け止めたら、すんなり理解できる話だったりする。

 確かに、変な人たちの訴えだとして受け止めれば荒唐無稽ということになってしまうけれども、間違いなく会社に問題はあるわけで、その問題は根深いものであるわけだから、変な人が行動を起こしたからと言って、白い目で見ちゃいけないんじゃないか。

バンダナパンクの人が訴えたことは、その人のことが念頭にあればおかしな訴えということになるが、その人のことを念頭から外してしまえば、かなり真っ当な訴えだったりする。そして、その訴えは常識で判断できる人にとっても非常に利益になることだったりする。だから、変な人が行動を起こしたからといって邪険にしてはいけないんじゃないか。
そんなことをふと思った。

まあ、確かにそんな人が訴えても呆れてしまうんだろうけど。
 

 

2017-05-04

NHKのアニメランキングに違和感を感じてしまった

 NHKが大々的にアンケートを行って、アニメランキングがテレビで発表されたのだが、その結果にちょっと首を傾げてしまった。特に一位が発表されたときにはこけそうになってしまった。

 何も統計がおかしいとか、アンケートの形式がおかしいなんてことは思わない。NHKが考えうる限りの最良の手法をでやったのであろうから、改竄的な結果が出ているなんて疑念も持っていない。

 ちゃんとアンケートを行った結果、あまりにも予想外な結果が出てしまったということなのだ。

ランキングのベストテンだが

1位 TIGER & BUNNY
2位 劇場版 TIGER & BUNNY
3位 魔法少女まどか☆マギカ
4位 ラブライブ!1期
5位 ラブライブ!2期
6位 劇場版 TIGER &BUNNY The beginning
7位 コードギアス 反逆のルルーシュ
8位 カードキャプターさくら
9位 ラブライブ! The school Idol Movie
10位 おそ松さん


 なんて話なのだが、うそー!、なんてことを思ってしまった次第なのだ。

 ベストテンに3つ入っているラブライブについては納得できる。個人的には心牽かれる作品ではないが、間違いなく圧倒的な人気を誇っていたし、ラブライバーなんて人たちは、とにかくラブライブにはまりこんでいた。
 カードキャプターさくらについても、高い年代層の高い支持がありそうなのでわかる。

 しかし、何で1位がTIGER & BUNNYNなのか、ということだ。はっきり言ってしまえば、1位のタイガーアンドバニーなんて、一般の人たちはまずしらない。
 一般の人の定義はというと、熱狂的にアニメにはまりこんでいるわけではない層だ。一般的な常識・教養は備えているけれども、アニメに格別思い入れがあるわけでもない人たちだ。
 そういう人たちが知らないアニメが、全アニメを対象としたアンケート結果で1位になってしまうのだ。これをどう理解すればいいかということだ。

 話題になったアニメはほとんどチェックしていて、タイガーアンドバニーは知っているが、ファンの間でもそれほど大きく取り上げられる作品ではない。ファンの間で話題に出るのは、むしろ3位の魔法少女まどか・マギカ、コードギアスだったりする。アニメファンだけを対象にしたアンケートなら、間違いなく、この二つを含んだ、いくつかの作品でトップ争いをすることは間違いない。そこにTIGER &BUNNYが入ることはまずない。


TIGER & BUNNYという作品は、評価が高く、人気作品だということは間違いないが、そこまでか、なんてことを思ってしまう。たぶん、そう思っている人たちはアニメファンの中にも結構いるんじゃないかと思う。

 一方で、誰もが知っていて、国民的な作品であるワンピースが下の方の順位にいたりする。ジブリの作品も同様に下位に甘んじている。

 で、TIGER & BUNNYを誰が支持しているのだろうと思っていたら、どうも女性たちということのようなのだ。ネットに男女別の投票結果が公表されていて、それを見てみると、女性に圧倒的に支持されているのだということがわかる。男性はというと、これがかなり下の方に位置している。

 逆の現象も起きている。男性に圧倒的に支持されているものが女性にはほとんど支持されていない。男性の間では5位に入っているご注文はうさぎですか? が女性のランキングには入っていない。 
 私は男なので知らないけれども、男性で知らないところで女性たちが熱く支持をしている作品がTIGER & BUNNYということになるのだろう。

 おそ松さんについても同様で、これはとにかく女性からの人気がすごい。おそ松さんについて女性支持がすごいという話は知っている。TIGER & BUNNYがそこまでとは知らなかったが、こういう結果が出ているんだから、とにかくすごいんだろう。

 TIGER & BUNNYの1位というのは、女性の圧倒的な支持により、ランキング1位を獲得したということになる。

 でもこれはちょっとすごいことで、一般の人はほとんど知らない。男性だってそれほど支持しているわけではない。その作品が、誰もが知っていて、絶大な人気を誇るワンピースを遙か飛び越えて1位になっているのだ。
 しかも、テレビ、映画とベストテンに三作品も入っている。


 ワンピースと比べたら、誰に聞いてもどちらが上かといえば、間違いなくワンピースと答えるだろうし、そもそも、TIGER & BUNNYを知らない人の方が多いのだ。でも、ランキングでは1位に輝いてしまう。

 知らない人は知らないが、知っている人は熱狂的に知っている。日本人全体から見れば割合は非常に少ないのだが、絶対数は多い女性たちが熱く支持しているのがTIGER & BUNNYということなのだろう。

 ご注文はうさぎですか? についても同じことで、世間はほとんど知らないが、結構な男性ファンだけが支持している。


 統計としてこのランキングをとらえるならば、女性の間でTIGER & BUNNYが圧倒的に支持を受けていて、男性陣はラブライブを支持する人が多かった。
 女性と男性の支持するアニメは明確に分かれる傾向にあり、男女ともに受けるアニメは非常に少なくなっている。
 さらに、一般には知られていないけれども、かなりの数の固定ファンを持つ作品が上位を占める結果になった。

 なんて話になるのかな。本当かな?

 って、いうか、やっぱり、全体見直してみたら、やっぱ、どこか違和感感じる。


 といっても、これはエンターテイメントなランキングだから、これはこれでありだ。こういう番組のおかげで多くの人が深夜アニメに関心を持つようになれば、かなりやばい感じのアニメ業界も少しは盛り上がるだろうし。多少の違和感は気にしない。

 そもそも世に溢れている統計なんてものは大体こんなもんじゃないのか?

2017-04-30

けものフレンズが人気らしい

 アマゾンの本のベストセラーランキングにけものフレンズの名が連なっていて、そんなに売れてるの、なんて思ってしまった。

 この冬放送されたアニメで、大人気になった作品の書籍扱いのDVDだ。普通、円盤は書籍ではなく映像扱いで売られるのだが、けものフレンズについては販路が本の流通経路になっているらしい。たぶん、角川が関わっているからなのだろう。

 すごいアニメで、見るからに低予算なのが伝わってくる。なんと言っても背景が動かない。背景そのままに、キャラクターだけが最低限の動きをしているだけだったりする。
 面倒くさい作画は避けて、きわめて単純に仕上げていて、歯でかじりとった木の切り口が平面まっすぐだったりするのだ。

 物語はというと、動物たちが人の特性を獲得している世界で、かばんちゃんという主人公が自分が何の動物かわからないということで、知り合ったサーバルちゃんと一緒に自分の正体を探しに行くお話だ。

 一応見てはいるのだが、面白いのだが、そこまで面白いのか、なんてことを思ったりしてしまう。
 でも、ここまで人気と言うことは間違いなく多くの人たちにとっては、とても面白いのだろう。

 放送される前、この作品はまったく注目されておらず、見ている人もとても少なかった。それが、放送が続いているうちに、見る人が増えていき、評価がどんどん上がっていって、最後にはダントツの人気作品になっていった。

 毎クール大量にアニメが制作されている状況で、しかもほとんどが12話という短い期間で終わってしまうアニメの世界で、徐々に人気が上がっていくなんてことはほとんどない。いくらいい作品であっても、最初に注目されなければ最後まで注目されないというのが当たり前になっている。
 熱狂的なアニメファンでも、作品が多すぎて、見る作品を選択しなければ時間がとても足りないから、最初に見ないと、もう見ないということになるからだ。そして、そのまま忘れ去られていく。

 だから、けものフレンズのヒットというのは明らかに異例なことというしかない。
 最初は誰からも注目されていなかったのに、徐々に人気が出ていって、最後には一般をも巻き込んだ大ヒットになっていったのだ。こんなことは、ちょっと近年では思いつかない。

 誰も大ヒットするなんて思っていない。たぶん制作者も思っていなかっただろうと思う。その証拠に、初版本はかなり少量になっていた。
 セオリーから言えば、少なくとも絵はちゃんとしていなければならないだろうし、セリフだって気のきいたものが必要だろうし、もっと動きがなければいけないだろうし。
 それが、絵は安っぽいし、セリフには「すごーい」なんて安っぽいセリフが連発しているし、動きは全然なかったりするのだ。
 誰もヒットするなんて思うはずがない。


 何が言いたいかと言えば、世の中、何がヒットするかなんて誰にもわからないということだ。
 訳の分からないマネージメントな安っぽい本ではヒットさせるための7つの方法とか何とかいって、成功の秘訣があるかのような適当な屁理屈を並べ立てたりしているが、実際にはやってみないと何がヒットするかなんてわかるはずがない。
 
 本に書いているように、マネージメントの力で緻密な計算をしていたら、絶対にけものフレンズは生まれていない。企画の段階で間違いなくつぶれていたに違いない。

 映画評論家の町山智宏が韓国映画と比較して、日本の映画はプロデューサーがマネージメントがあるから、いちいちこういう映画は売れないとか言って口を出すなんて話をしていて、だから日本の映画はとがったものが出てこないなんて話をしている。

 何がヒットするかなんてことは要はやってみないとわからないわけで、マネージメントとかというものは、セオリーからはずれたものを排除してしまうということだ。

 けものフレンズなんて、プロジェクトで様々な分野に広げていく計画で始まったもので、すでにゲームの分野では失敗している。それこそ、そんなものがアニメになっても誰も成功するとは思えるわけがない。どう考えても、何かの弾みで、もしくは何かの間違いでアニメになってしまったのが、けものフレンズなのだ。

 マネージメント力が働いていたら、まず生まれていない作品だ。

2017-04-24

子育てって相当大変らしい

 講談社のエリートが、奥さんを殺した容疑をかけられて逮捕されるなんて事件があった。話によると、どうも育児の問題で相当もめていたようだ。子供三人で、その子育てに奥さんは相当ストレスを抱えていて、そのことで旦那と色々いざこざがあったという話だ。旦那の方は旦那の方で育児休暇を取ったりしてそれなりに手伝ってはいたようだが、それくらいではとても奥さんの不満を解消できるほどにはなっていなかった。



 小さい子供を持つ男の友達がいて、その友達は子供の世話をするのが苦痛だと言っていた。奥さんに日常の世話を任せて、たまに子供と遊ぶなら、本当に子供はかわいくて楽しいが、ずっとついて子供の世話をするとなると、もう苦痛でしょうがないというのだ。言うことは聞かないし、ものは壊す。同じことを延々ループして面白がって、もうあきたと思ってもそれにつきあわなければならないし。
 
 仕事をしていて、ずっと子供の世話をしているわけではないのに、そんなふうに感じてるのだ。だとしたら、ずっとそばにいて子供の世話をしなければならないとなったら、とてもかわいいだけでできるものではない。

 で、もし子育てをエリートで仕事をしている人間に求めてできるかという話になって、そりゃとても無理だという話になった。

 講談社のサラリーマンが、妻と一緒になって子育てをしなければならないとなったら、まず間違いなく仕事に支障がでることは間違いない。
 
 ルーチンの仕事をしている人間とは仕事の質が全然違うのだ。生活がほとんどが仕事な種類の仕事なのだ。そんな仕事をしていて、奥さんが満足してくれるような世話なんてできるわけがないのだ。
 時間なんてあってないようなもので、打ち合わせなんていつ入るかわからないだろうし、いつどんな仕事が入るかわからないだろうし、つきあいだってとても広くしなければならない。
 子育てを理由に色々断っていたりしていたら、信用さえなくなってしまう。


 前回女性の社会進出で、まともな子育てができなくなっているなんて話を書いたが、専業主婦で子育てをしていたって、子育てなんか簡単なことではないのだ。旦那の応援がなければとてもやっていられない。一人で子育てなんかしていたら、それこそノイローゼになってしまう。
ましてや、働きながら子育てなんて話になったら、大変どころの話ではなくなってしまう。


 昔は男が仕事で女性が家庭をなんて役割分担がきっちりされていて、男はとりあえず仕事に専念できる環境があった。だから、男は何かあれば、家庭の仕事は女性の仕事だといって、押しつけることができた。

でも今はとてもそんなことはできない状況になっている。その上女性の社会進出さえ賞賛されている。といっても、代わりに男性の専業主婦が推奨されているわけではない。
となると、誰が子供を育てるのかということになっていく。

 
 

保育所に入れることもできないし、世話をしてくれるところもない。でも、大人は男女問わず社会進出してしまって、子育ての問題はおきざりになってしまった。
 その結果、子供が犠牲になることになっていった。

 女性が進出することは喜ばしいことで、もっともっと活躍してもらいたいとは思うけれども、その裏には、子供の問題が大問題として隠れていたということだ。
本来なら、女性の社会進出を促す法律等を議論する際、一緒に子供の問題についても併せて議論しておくべきだったのだ。それをしていなかったゆえの今の袋小路な状況なのだ。

 何かを決める時、とりあえず目の前にあることだけを拙速に決めてしまう。実はそれを決めることで、様々副作用なものが色々出てきて大変なことになってしまうのだが、そのことには目をつむって、見えないふりをする。で、時間がたって、そのことが取り返しのつかないことになっていく。

子育てというのは、いくら可愛い我が子であっても苦痛を感じてしまうくらいに大変なことなのだ。時には、子育てが大変であるがゆえ殺人さえ起きてしまう。