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非正規労働者が能書きをたれてやる このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-06-10

のだめカンタービレの再放送の可能性がなくなった

 フジテレビなんかろくでもないテレビ局だと思っているのだが、それでも、フジテレビでこの番組だけはすごいなんて思うものがほんの少しだけあって、そのひとつがドラマののだめカンタービレだったりする。

 のだめは、テレビではなく、DVDを借りて見たのだが、これが面白くて、一気見してしまった。さらに連ドラが終わるとスペシャルドラマ版、映画版まで借りてみることになった。近くのレンタルショップが貸し出しになっていたので、少し離れた場所にある店まで行って借りるなんてこともしてしまった。
 見終わった後はしばらくのだめ感性にとりつかれてしまったほどだ。
 今でも時々DVDを借りて見ていたりする。

 いちいち借りに行くのは面倒なので、再放送やってくれないかなあ、なんてことを思っていて、番組欄のドラマ再放送枠をこまめにチェックするくせがついてしまった。番組改編時期に関わらずいつ始まるかわからないのが再放送というものだから、見逃したら大変なことになる。

 それなのに、、、。

 なにをやっているんだ。

 橋爪何とかという二世タレントが覚醒剤。小出恵介が未成年淫行。
 のだめに出ている役者が、いっぺんに2人も問題を起こしてしまったのだ。
 ありえない。

 俳優の出演しているドラマや映画は、俳優だけのものではないのだ。作品を守るためにも、俳優という人たちは変な問題を起こしてはいけないのだ。




 別に役者や芸能人にモラルを求めるなんてことは思わない。のだめ以外のドラマなら、出演している俳優は何をやっても関係ないし、やれやれ、芸能人って困ったもんだ、なんて苦笑いして終わりなのだが、のだめの場合はそういうわけにはいかないのだ。なんと言ってもこっちは再放送を今か今かと待っている状態が長く続いている状況なのだ。
 それがこの2人のせいで再放送の可能性が消えてしまった。本当になんてことをしてくれたんだ。

 実際、NHKのBSでのだめの映画放送が予定されていたが、中止になってしまっている。
 
 それにしても、橋爪何とかという役者はなんなんだろう。親の威光を利用して仕事をしている二世タレントが、作品を殺すようなことをしてしまっているのだ。
 




 そんな憤りを感じながら思ったのだが、これからこの2人のせいでのだめカンタービレという作品は消滅することになってしまうのか? それとも、DVDなどではまだ生き残ることは出来るのか?

 他のドラマについても、同じように出演者が問題を起こせば、作品の放送はできなくなってしまうのか?


 まだ見ていないのだが、逃げるは恥だが役に立つ、というドラマがとても面白いという話なので近いうちにレンタルで借りて見ようと思っている。そして、これが面白かったならば、のだめと同じようにテレビの再放送を待つということになるだろうと思う。

 だから、今のうちにお願いしたいのだが、出演者は問題を起こさないでほしい。
 芸能人なんて、優等生よりもやんちゃなくらいのほうが面白いなんて思うのだが、事件になるような問題を起こして、それが作品に影響してくるなんてことになったら話は変わってくる。

2017-05-13

変な人が戦う行動を起こしたりする

 昔、非正規で仕事をしていた会社での話だ。仕事は商品管理で、面倒くさいので会社とはなるべく関わらないように働いていた。傍流業務の非正規雇用なのだから、それでとやかく言われることもない。
 
 ある時、他部署から異動になってやってきた労働者がいた。立場は同じく非正規なのだが、IT部門からやってくるというなかなか珍しい異動だった。
 その会社で働く従業員は、非正規からの採用がほとんどで、そこから、社員になっていくのことが普通になっていた。だから、メイン業務な部署にも主戦力として働く非正規労働者がたくさんいた。

 だから、その人がメイン業務な部署で非正規で仕事をしていたことは別に特別なことではなかったが、さすがにそこから商品管理に異動になってくる人はほとんどいない、というかいない。
IT部門ではまったく役に立たなかったため三日で見切りをつけられてしまったかららしい。その結果の異動だった。

 長髪にジョン・レノンな丸メガネ。バンダナ巻いてヒッピーかパンクか、ミュージシャンな出で立ちで、初めて口を利いたときは、中指立ててきて、カタカナ言葉で意味不明なことを言ってきた。指には指輪を二つさしていた。

 その人は商品管理部門で梱包の仕事をすることになった。働いている場所が違ったのでそれほど接触はなかったが、変な人だとは思っていた。


 で、どうなったかというと、梱包の現場でもだめ出しされ続けていた。能書きだけは立派で、作業は全然進まない。大言壮語が激しく、すごいことを常に言っているのだが、ちっとも中身が伴わない。出来もしないのにできると言い切ってしまい、信用してやらせてみたら、話にならないくらいにできないのだ。仕事だってよく休む。
そこを管理している社員がよく愚痴っていた。


 その人は昔カメラマンをしていたとか言っていて、カメラについていろいろ能書きを垂れていた。
それで、その人がある行事のカメラマンをすることになった。
その行事には参加していないのだが、話によると、格好や仕草はさまになっていてカメラマンそのもので、一眼レフのカメラを構えて、三脚までつかって角度をつけた撮影なんかをやっていたらしい。

 しかし、できあがった写真はというと素人目から見てもひどいもので、当たり前にピンぼけ写真が入っていたりした。
 みんな呆れ返っていた。

 とにかく、本当に口だけなのだ。口だけの妄想の世界では、その人は何をやらせても一流なのだが、実際にやらせると何をやっても話にならない。
口だけ啓発セミナーな人のようだった。
 IT業務で入社してきたのも、面接で自信満々にできると言い切ったため、会社も信用してしまったのだ。

 そんなこんなで、その人の評価はというと、口ばかりでまったく使えないということになってしまっていた。端から見ていてもその評価は妥当というしかない評価だった。その人は社員希望で働いていたのだが、やはりというか、社員にはなれなかった。

 そんな評価な状態でも、その人は結構長く働いていた。私が辞めた後も、ひどい評価をもろともせず、続けていたのだ。
 ひどい会社だったが、出来もしないことを出来ると言って入ってきた人間を雇い続けていたんだから、ちょっとその会社を見直したりした。いてもいなくてもどっちでもいい人、というか、むしろいない方がいいくらいの人を雇い続けていたのだ。


 しかし、しばらくして、その人はクビになった。
 といっても、その人がねらい打ちにされてクビになったわけではなく、会社の業績が悪化し、とても人を抱えられなくなったのだ。まともに給料も払えなくなり、非正規はみんな解雇ということになった。

 で、その人はどうしたかというと、個人で入れる労働組合に加入し、その会社を糾弾しはじめた。ビラをまき、会社の前で大騒ぎし、団交なんてことになっていった。

 その話を聞いたとき、あの人が、なんてことを思ってしまった。あの人の場合、会社がこき使って搾取していたと言うよりは、むしろよくクビにせず雇っていたな、くらいに思ってむしろ会社を評価するくらいだったのだ。その会社では、その人なんかより、ひどい目に遭っている人がいくらでもいたわけで、そういう人ではなく、なんで、ほら話な人が大騒ぎするんだろう、と驚いてしまった。


 でも、よく考えてみれば、こういうことはよくあることなんじゃないかと思う。ひどい目に遭わされた人たちというのは、常識的で判断力が働く人たちで、常識的で判断力が働くから、大騒ぎするよりもとっとと消え失せた方が得策だなんて常識的に判断してしまう。
 
 逆に、非常識で変な人というのは、常識なんて関係ないし、まともな判断なんてできもしない。何かあれば突飛なことでも周りのことなど気にせずやれてしまう。

 その結果、行動を起こすのは、結局、多くの場合、行動を起こしちゃいけないだろうな変な人ばかりだったりする。
 その会社で働いていた社員も「ちゃんとした人はそんなことはしない」と言っていた。

 
 その人個人は、どう考えてもそんな行動を起こせるだけの仕事をしてはいないし、はっきり言ってしまえばそんな資格もないとしかいいようがない。

 でも、俯瞰して大きくものを眺めたならば、その人のとった行動はおかしなことかと言えば決してそんなことはいえないのである
 会社の業績が悪化したからと言って、非正規という理由だけでクビを切られるなんてことは許せないわけで、それを糾弾することは少しも間違ってはいないのだ。その会社は不条理だらけ、理不尽だらけの会社で糾弾されて当然の会社だった。
 ただ、実際に行動を起こすのが、どう考えても資格のない人だったりするから、その糾弾に色眼鏡がついてしまう。

 これがもし、ちゃんとした人がやっていたりすれば、きちんと受け止められて、場合によっては社員だって結構応援だってするだろうと思う。みんな内心ではやってられないと感じていたのだ。
が、そういうちゃんとした人は常識的な判断のせいで、そんな行動を起こしたりしないのだ。

 でも、やはりおかしなことをやっている企業は世の中たくさんあるわけで、行動をおこす人間は絶対に必要なわけで、常識的な判断ができる人たちが行動を起こさないということになれば、資格がない人であろうと、行動を起こしてもらった方がいいに決まっている。

 行動を起こす人たちが変わっていて、そんな行動をされても困惑してしまう人たちだとしても、その人たちの訴えは意外に本質をついていたりする。
 そしてそれは、行動を起こさない常識的な判断をする、きちんと評価されるべき人たちの訴えとして受け止めたら、すんなり理解できる話だったりする。

 確かに、変な人たちの訴えだとして受け止めれば荒唐無稽ということになってしまうけれども、間違いなく会社に問題はあるわけで、その問題は根深いものであるわけだから、変な人が行動を起こしたからと言って、白い目で見ちゃいけないんじゃないか。

バンダナパンクの人が訴えたことは、その人のことが念頭にあればおかしな訴えということになるが、その人のことを念頭から外してしまえば、かなり真っ当な訴えだったりする。そして、その訴えは常識で判断できる人にとっても非常に利益になることだったりする。だから、変な人が行動を起こしたからといって邪険にしてはいけないんじゃないか。
そんなことをふと思った。

まあ、確かにそんな人が訴えても呆れてしまうんだろうけど。
 

 

2017-05-04

NHKのアニメランキングに違和感を感じてしまった

 NHKが大々的にアンケートを行って、アニメランキングがテレビで発表されたのだが、その結果にちょっと首を傾げてしまった。特に一位が発表されたときにはこけそうになってしまった。

 何も統計がおかしいとか、アンケートの形式がおかしいなんてことは思わない。NHKが考えうる限りの最良の手法をでやったのであろうから、改竄的な結果が出ているなんて疑念も持っていない。

 ちゃんとアンケートを行った結果、あまりにも予想外な結果が出てしまったということなのだ。

ランキングのベストテンだが

1位 TIGER & BUNNY
2位 劇場版 TIGER & BUNNY
3位 魔法少女まどか☆マギカ
4位 ラブライブ!1期
5位 ラブライブ!2期
6位 劇場版 TIGER &BUNNY The beginning
7位 コードギアス 反逆のルルーシュ
8位 カードキャプターさくら
9位 ラブライブ! The school Idol Movie
10位 おそ松さん


 なんて話なのだが、うそー!、なんてことを思ってしまった次第なのだ。

 ベストテンに3つ入っているラブライブについては納得できる。個人的には心牽かれる作品ではないが、間違いなく圧倒的な人気を誇っていたし、ラブライバーなんて人たちは、とにかくラブライブにはまりこんでいた。
 カードキャプターさくらについても、高い年代層の高い支持がありそうなのでわかる。

 しかし、何で1位がTIGER & BUNNYNなのか、ということだ。はっきり言ってしまえば、1位のタイガーアンドバニーなんて、一般の人たちはまずしらない。
 一般の人の定義はというと、熱狂的にアニメにはまりこんでいるわけではない層だ。一般的な常識・教養は備えているけれども、アニメに格別思い入れがあるわけでもない人たちだ。
 そういう人たちが知らないアニメが、全アニメを対象としたアンケート結果で1位になってしまうのだ。これをどう理解すればいいかということだ。

 話題になったアニメはほとんどチェックしていて、タイガーアンドバニーは知っているが、ファンの間でもそれほど大きく取り上げられる作品ではない。ファンの間で話題に出るのは、むしろ3位の魔法少女まどか・マギカ、コードギアスだったりする。アニメファンだけを対象にしたアンケートなら、間違いなく、この二つを含んだ、いくつかの作品でトップ争いをすることは間違いない。そこにTIGER &BUNNYが入ることはまずない。


TIGER & BUNNYという作品は、評価が高く、人気作品だということは間違いないが、そこまでか、なんてことを思ってしまう。たぶん、そう思っている人たちはアニメファンの中にも結構いるんじゃないかと思う。

 一方で、誰もが知っていて、国民的な作品であるワンピースが下の方の順位にいたりする。ジブリの作品も同様に下位に甘んじている。

 で、TIGER & BUNNYを誰が支持しているのだろうと思っていたら、どうも女性たちということのようなのだ。ネットに男女別の投票結果が公表されていて、それを見てみると、女性に圧倒的に支持されているのだということがわかる。男性はというと、これがかなり下の方に位置している。

 逆の現象も起きている。男性に圧倒的に支持されているものが女性にはほとんど支持されていない。男性の間では5位に入っているご注文はうさぎですか? が女性のランキングには入っていない。 
 私は男なので知らないけれども、男性で知らないところで女性たちが熱く支持をしている作品がTIGER & BUNNYということになるのだろう。

 おそ松さんについても同様で、これはとにかく女性からの人気がすごい。おそ松さんについて女性支持がすごいという話は知っている。TIGER & BUNNYがそこまでとは知らなかったが、こういう結果が出ているんだから、とにかくすごいんだろう。

 TIGER & BUNNYの1位というのは、女性の圧倒的な支持により、ランキング1位を獲得したということになる。

 でもこれはちょっとすごいことで、一般の人はほとんど知らない。男性だってそれほど支持しているわけではない。その作品が、誰もが知っていて、絶大な人気を誇るワンピースを遙か飛び越えて1位になっているのだ。
 しかも、テレビ、映画とベストテンに三作品も入っている。


 ワンピースと比べたら、誰に聞いてもどちらが上かといえば、間違いなくワンピースと答えるだろうし、そもそも、TIGER & BUNNYを知らない人の方が多いのだ。でも、ランキングでは1位に輝いてしまう。

 知らない人は知らないが、知っている人は熱狂的に知っている。日本人全体から見れば割合は非常に少ないのだが、絶対数は多い女性たちが熱く支持しているのがTIGER & BUNNYということなのだろう。

 ご注文はうさぎですか? についても同じことで、世間はほとんど知らないが、結構な男性ファンだけが支持している。


 統計としてこのランキングをとらえるならば、女性の間でTIGER & BUNNYが圧倒的に支持を受けていて、男性陣はラブライブを支持する人が多かった。
 女性と男性の支持するアニメは明確に分かれる傾向にあり、男女ともに受けるアニメは非常に少なくなっている。
 さらに、一般には知られていないけれども、かなりの数の固定ファンを持つ作品が上位を占める結果になった。

 なんて話になるのかな。本当かな?

 って、いうか、やっぱり、全体見直してみたら、やっぱ、どこか違和感感じる。


 といっても、これはエンターテイメントなランキングだから、これはこれでありだ。こういう番組のおかげで多くの人が深夜アニメに関心を持つようになれば、かなりやばい感じのアニメ業界も少しは盛り上がるだろうし。多少の違和感は気にしない。

 そもそも世に溢れている統計なんてものは大体こんなもんじゃないのか?

2017-04-30

けものフレンズが人気らしい

 アマゾンの本のベストセラーランキングにけものフレンズの名が連なっていて、そんなに売れてるの、なんて思ってしまった。

 この冬放送されたアニメで、大人気になった作品の書籍扱いのDVDだ。普通、円盤は書籍ではなく映像扱いで売られるのだが、けものフレンズについては販路が本の流通経路になっているらしい。たぶん、角川が関わっているからなのだろう。

 すごいアニメで、見るからに低予算なのが伝わってくる。なんと言っても背景が動かない。背景そのままに、キャラクターだけが最低限の動きをしているだけだったりする。
 面倒くさい作画は避けて、きわめて単純に仕上げていて、歯でかじりとった木の切り口が平面まっすぐだったりするのだ。

 物語はというと、動物たちが人の特性を獲得している世界で、かばんちゃんという主人公が自分が何の動物かわからないということで、知り合ったサーバルちゃんと一緒に自分の正体を探しに行くお話だ。

 一応見てはいるのだが、面白いのだが、そこまで面白いのか、なんてことを思ったりしてしまう。
 でも、ここまで人気と言うことは間違いなく多くの人たちにとっては、とても面白いのだろう。

 放送される前、この作品はまったく注目されておらず、見ている人もとても少なかった。それが、放送が続いているうちに、見る人が増えていき、評価がどんどん上がっていって、最後にはダントツの人気作品になっていった。

 毎クール大量にアニメが制作されている状況で、しかもほとんどが12話という短い期間で終わってしまうアニメの世界で、徐々に人気が上がっていくなんてことはほとんどない。いくらいい作品であっても、最初に注目されなければ最後まで注目されないというのが当たり前になっている。
 熱狂的なアニメファンでも、作品が多すぎて、見る作品を選択しなければ時間がとても足りないから、最初に見ないと、もう見ないということになるからだ。そして、そのまま忘れ去られていく。

 だから、けものフレンズのヒットというのは明らかに異例なことというしかない。
 最初は誰からも注目されていなかったのに、徐々に人気が出ていって、最後には一般をも巻き込んだ大ヒットになっていったのだ。こんなことは、ちょっと近年では思いつかない。

 誰も大ヒットするなんて思っていない。たぶん制作者も思っていなかっただろうと思う。その証拠に、初版本はかなり少量になっていた。
 セオリーから言えば、少なくとも絵はちゃんとしていなければならないだろうし、セリフだって気のきいたものが必要だろうし、もっと動きがなければいけないだろうし。
 それが、絵は安っぽいし、セリフには「すごーい」なんて安っぽいセリフが連発しているし、動きは全然なかったりするのだ。
 誰もヒットするなんて思うはずがない。


 何が言いたいかと言えば、世の中、何がヒットするかなんて誰にもわからないということだ。
 訳の分からないマネージメントな安っぽい本ではヒットさせるための7つの方法とか何とかいって、成功の秘訣があるかのような適当な屁理屈を並べ立てたりしているが、実際にはやってみないと何がヒットするかなんてわかるはずがない。
 
 本に書いているように、マネージメントの力で緻密な計算をしていたら、絶対にけものフレンズは生まれていない。企画の段階で間違いなくつぶれていたに違いない。

 映画評論家の町山智宏が韓国映画と比較して、日本の映画はプロデューサーがマネージメントがあるから、いちいちこういう映画は売れないとか言って口を出すなんて話をしていて、だから日本の映画はとがったものが出てこないなんて話をしている。

 何がヒットするかなんてことは要はやってみないとわからないわけで、マネージメントとかというものは、セオリーからはずれたものを排除してしまうということだ。

 けものフレンズなんて、プロジェクトで様々な分野に広げていく計画で始まったもので、すでにゲームの分野では失敗している。それこそ、そんなものがアニメになっても誰も成功するとは思えるわけがない。どう考えても、何かの弾みで、もしくは何かの間違いでアニメになってしまったのが、けものフレンズなのだ。

 マネージメント力が働いていたら、まず生まれていない作品だ。

2017-04-24

子育てって相当大変らしい

 講談社のエリートが、奥さんを殺した容疑をかけられて逮捕されるなんて事件があった。話によると、どうも育児の問題で相当もめていたようだ。子供三人で、その子育てに奥さんは相当ストレスを抱えていて、そのことで旦那と色々いざこざがあったという話だ。旦那の方は旦那の方で育児休暇を取ったりしてそれなりに手伝ってはいたようだが、それくらいではとても奥さんの不満を解消できるほどにはなっていなかった。



 小さい子供を持つ男の友達がいて、その友達は子供の世話をするのが苦痛だと言っていた。奥さんに日常の世話を任せて、たまに子供と遊ぶなら、本当に子供はかわいくて楽しいが、ずっとついて子供の世話をするとなると、もう苦痛でしょうがないというのだ。言うことは聞かないし、ものは壊す。同じことを延々ループして面白がって、もうあきたと思ってもそれにつきあわなければならないし。
 
 仕事をしていて、ずっと子供の世話をしているわけではないのに、そんなふうに感じてるのだ。だとしたら、ずっとそばにいて子供の世話をしなければならないとなったら、とてもかわいいだけでできるものではない。

 で、もし子育てをエリートで仕事をしている人間に求めてできるかという話になって、そりゃとても無理だという話になった。

 講談社のサラリーマンが、妻と一緒になって子育てをしなければならないとなったら、まず間違いなく仕事に支障がでることは間違いない。
 
 ルーチンの仕事をしている人間とは仕事の質が全然違うのだ。生活がほとんどが仕事な種類の仕事なのだ。そんな仕事をしていて、奥さんが満足してくれるような世話なんてできるわけがないのだ。
 時間なんてあってないようなもので、打ち合わせなんていつ入るかわからないだろうし、いつどんな仕事が入るかわからないだろうし、つきあいだってとても広くしなければならない。
 子育てを理由に色々断っていたりしていたら、信用さえなくなってしまう。


 前回女性の社会進出で、まともな子育てができなくなっているなんて話を書いたが、専業主婦で子育てをしていたって、子育てなんか簡単なことではないのだ。旦那の応援がなければとてもやっていられない。一人で子育てなんかしていたら、それこそノイローゼになってしまう。
ましてや、働きながら子育てなんて話になったら、大変どころの話ではなくなってしまう。


 昔は男が仕事で女性が家庭をなんて役割分担がきっちりされていて、男はとりあえず仕事に専念できる環境があった。だから、男は何かあれば、家庭の仕事は女性の仕事だといって、押しつけることができた。

でも今はとてもそんなことはできない状況になっている。その上女性の社会進出さえ賞賛されている。といっても、代わりに男性の専業主婦が推奨されているわけではない。
となると、誰が子供を育てるのかということになっていく。

 
 

保育所に入れることもできないし、世話をしてくれるところもない。でも、大人は男女問わず社会進出してしまって、子育ての問題はおきざりになってしまった。
 その結果、子供が犠牲になることになっていった。

 女性が進出することは喜ばしいことで、もっともっと活躍してもらいたいとは思うけれども、その裏には、子供の問題が大問題として隠れていたということだ。
本来なら、女性の社会進出を促す法律等を議論する際、一緒に子供の問題についても併せて議論しておくべきだったのだ。それをしていなかったゆえの今の袋小路な状況なのだ。

 何かを決める時、とりあえず目の前にあることだけを拙速に決めてしまう。実はそれを決めることで、様々副作用なものが色々出てきて大変なことになってしまうのだが、そのことには目をつむって、見えないふりをする。で、時間がたって、そのことが取り返しのつかないことになっていく。

子育てというのは、いくら可愛い我が子であっても苦痛を感じてしまうくらいに大変なことなのだ。時には、子育てが大変であるがゆえ殺人さえ起きてしまう。

2017-04-16

女性の社会進出なんてやっぱり無理だと思った話

 保育園に子供が入れないなんて話がよく言われている。自分にはぜんぜん関係ない話だから、よくわからないので、そうなのかくらいの軽い感じでその話を聞いていたりする。自分とは関係ないところで起こっている事象について、人はそうそう実感なんてもてないわけで、きっと大変なんだろうな、くらいにとらえていた。

 大体、自分と関係ないところで起こっていることなんて、そうそう重大なこととして受け取れないもので、内心では実際には言われているほどではないだろうくらいに思っていた。
 
 よく考えれば、非正規に対する問題だって、関係のない人たちがそんな感覚でとらえていて、さらにはそういう人たちの多くが悪意に満ちた人たちだった結果、あり得ない誹謗中傷でであふれ返って取り返しのつかないことになっていった。

 そういうことをよく知っているから、人が窮状を訴えていたら素直に聞こうとは思っているのだけれども、それでも、保育園のことなんて自分とは関係ない話になると、そこまで深刻さはわからない。

 でも、ちょっとこりゃやばいだろう、なんてことを思うようになった。正社員で、仕事をしながら子育てをするなんてできるわけがない。


 小さい子供は24時間常に誰かがそばにいなければならないが、親が仕事をしていれば、ほとんど子供とは一緒にいられないなんてことになっていく。もし子供と一緒にいることを選べば、今度は仕事なんてできなくなってしまう。

 今働いているところで仕事を管理している社員の女性が今そんな状況になっている。子供のことでほとんど毎日遅刻をするようになり、しょっちゅう休むようになった。
 もし、子供のことがなければ、社員なら当たり前とされている責任感を当然のように持っていて、仕事を休むなんてことは絶対しないような人だ。

 それが、家庭優先でパートをしている女性並に仕事を休むようになっているのだ。 
 要は、働きながら子育てなんてとてもできないような状況になっているのだ。


 本来なら、子供を持ちながら働けるように保育園があるはずなのだが、その保育園に子供を入れることが非常に困難なことになっているのだ。で、どうなるかといえば、やはり子供を選ぶか、仕事を選ぶかなんて究極の選択をせざるを得ない。
 
 はっきり言ってしまえば、子供を育てながらバリバリ仕事をするなんてどう考えても無理だ。やはり、パートかアルバイトで家庭に負担をかけないレベルで仕事をするしかないんじゃないかと思う。


 職場に非正規ばかりいて、管理する社員が数名なんてことになったら、もし社員休まれたら、職場は大混乱してしまう。だから、いくら家庭の事情があっても休まれると困ってしまう。そんなことはわかっているから、社員が仕事を休むなんてことは基本的にない。何があっても無理して仕事に出てくる。

 今働いている会社はかなり大らかな会社だからさほど問題になっていないが、これが新興のよくわからない会社だったら即、首になるんだろうと思う。

 子供というものは、計画的にスケジュールにそって育てるなんてことはできない存在だ。何時から何時まで何をさせて、どこそこに連れていき、何時に食事をさせ、何時から何時までが睡眠時間。このスケジュールで行けば仕事に支障はない、なんてことにはならない。
 寂しかったりしたら感情的におかしくなるだろうし、不安定になれば泣き叫ぶだろうし、病気になったらもう離れることはできない。寝る時間なのにいつまでたっても寝てくれないなんてことだってあるだろうし、おとなしくしていてくれればいいのに暴れ回っていろんなものをこわしてしまうなんてこともある。
 とにかく何をしでかすかわからない、何を起こすかわからない、何が起こるかわからないのが子供というものなのだ。

 とすれば、やはり、誰かが24時間付き添って、子供の世話をせざるを得ない。それができない状況で仕事をするとなると、仕事を犠牲にするか、子供を犠牲にするか、しかなくなってしまう。

 で、そのために多くの問題が起きている。子供を選んで貧困に苦しんでいたり、仕事を選んで育児放棄のため、子供が悲しい思いをしていたり。

 非正規の問題でもそうだが、行政なんか全然当てにできない状況で、保育園のような子供を世話してくれるところもない。
 子供が産まれることでにっちもさっちもいかなくなってしまうのだ。


 これが非正規労働問題が大騒ぎになった頃に言われた自己責任の論理で問題の原因を考えるなら、子供も育てられないのに子供を作るのが悪いなんてことになるんだろう。子供も育てられないのに、子供を作るなんてなんて無責任なんだ、なんてことだ。
 でも、現実問題に直面している子供の親たちは、そんな的外れな批判に、強い憤りを感じるに違いない。

 だから、どうすればいいか、といえば、よくわからない。
 本当ならば、大家族で生活するような環境ができていて、家族で子供の面倒を見る状況になっているならなんとでもなるのだろうが、核家族が一般的になっている現状では、そんなことはいっていられない。

 やはり、女性が家庭に入るか、もしくは男性が家にはいるか、とにかく夫婦どちらかが家庭にはいるしかないんじゃないかと思う。タイトルに女性の社会進出なんて言葉を入れてはいるが、別に女性が子育てするべきと言うわけではなく、夫婦のどちらかが子育てに携わらなければどうにもならないという意味だ。
 行政なんかを当てにしようとして不満が爆発しているが、本当に行政なんて当てにならないのだ。
 やはり、大家族を構築するか、金持ちになって金の力で子供を育てるか、子供を作らないなんて選択をせざるを得ない。

 でなければ、職場環境を変えるしかないんじゃないかと思う。

 今働いている職場の女性社員がよく休む状況は、異常に感じるのだ。社員なのによく休むなんておかしい、という空気がどうしてもあって、非正規労働者が休まず仕事に出ているのに、ボーナスだってある社員が休むなんてなんてことだ、なんて空気だ。

 でも、冷静に考えれば、社員だろうが何だろうが、子供の問題はどうしようもないのだ。社員の子供だから子供を放置してもいいなんてことはあってはいけないわけだし、子供にとっては親が社員だろうがなんだろうが関係ないことなのだ。

 とすれば、子供のために仕事を休んでも、周りが理解してくれる環境をつくるべきじゃないかということだ。

 

2017-04-02

久しぶりにアニメにはまっている 小林さんちのメイドラゴン

 久しくどっぷりつかれるようなアニメがなくて、とりあえず、録画はしていてもそのまま放置なんてことが続いていた。名前は知っている。しかし、見てはいない、なんてアニメがたくさんあって、それでも見なければと、義務感で見たりするのだが、これが結構苦痛だったりした。

 アニメ作品が毎クール大量に制作されていて、よりすぐれば、心から楽しめるアニメが必ず何本かはある、なんてことになるはずなのだが、実際にはそんなことにはなっておらず、ここのところ、1クールに一本あるかないか、一本ないかないか、なんてかんじになっていた。

 評判になっている作品を通して全部見たりするのだが、それなりには見れるのだが、感想はというと、これは人気がでるだろうな、なんて評論家的な感想になってしまったりしていた。

 でも、今期アニメに、久しぶりにどっぷりつかれるアニメが放送されていて、何度も見返して、何もなくても垂れ流して楽しんだりしている。

 話題性で言えば、今期はけものフレンズが圧倒的だ。けものフレンズは、円盤のかわりにブックレットの販売をしているのだが、それがアマゾンで売り上げトップのベストセラーになっている。


 小林さんちのメイドラゴンについては、さほど話題にはなっていないが、実は自分と同じようにはまりこんでいる人がたくさんいたりする。

 ネットの生放送などのアニメファンによる人気投票なんかでは、けものフレンズと並ぶ、もしくは越える人気になっていたりするのだ。で、その結果に、配信者がえーっと驚いたりしている。
 ただ、アニメファンを越えて一般の間に広がっていないため、知名度がちっとも上がっていないが、完成度からいえば、間違いなくトップクラスだ。

 小林さんちのメイドラゴンは、京都アニメーション制作のアニメだ。さすがは京アニなんて声がネットで挙がっていたりする。本当にそう思う。

 原作はクール教信者のマンガで、ドラゴンが何かの間違いで小林さんに命を助けられて、その恩返しに小林さんでメイドになる、なんて単純な話だ。

 放送が始まる前、京アニがこんなのをアニメにするのか、なんてがっかりしていた。ぜんぜん期待していなくて、見る気もなかったのだが、それがそれが、見始めるとやめられなくなってしまったのだ。

 どっぷりつかれる作品に出会うといつも思うのだが、本当につまらない生活が断然楽しいものに変わる。

 ということで、今も小林さんちのメイドラゴンを見ながらこれを書いている。しばらく、小林さんちのメイドラゴン色の生活を送ることになりそうだ。


 とはいうものの。これはあくまで個人的な感想であり、誰もが同じように面白いと思えるかどうかは保証しない。
 でも、小林さんちのメイドラゴンじゃなくても、アニメじゃなくても、ドラマでも映画でも小説でも、同じようにどっぷりはまれる何かで出会えれば確実に毎日はたのしくなる。

2017-03-26

アナリストとか経済評論家なんて人って、何を根拠にものをいっているのだろう

 はっきり言って、アナリストとか経済評論家とかいわれている人たちは現実感覚をもっていない。さまざまなデータや資料、数字なんかを集めてきて、それを何かの理屈に照らしあわせてごにょごにょ言うのがこういう人たちの仕事だ。

 所詮虚像の職業で何とか実体があるように見せるために、人にあって話を聞いたりもしているが、有名な人間重視で、コネクションづくりに奔走するだけのことで、まともな現実情報なんて取れはしない。
 やっぱり、この人たちの情報源は、なんといってもデータや資料、数字だったりするのだ。

 とすれば、こんな危なっかしい人たちはいないということになる。情報源のもとになるデータや資料、数字が正確で間違いのないものであれば、この人たちの存在意義もほんの少しくらいはある。

 この会社は儲かっている。その要因は、新サービスが多くの人から支持を受けたからだ。
 こういう解説は、理屈の中身が深い浅いとは別に、事実を人に伝えているわけで、その事実を知るだけでも、少しくらいは役に立つ。

 でも、この会社は儲かっている。それはこの分野に資源を集中して成功したからだ。
 公表された情報から、こう解説して見せたが、実は公表された情報が嘘だったら、こいつは一体何を言っているんだ、もしくは何を言っていたんだ、ということになっていく。

 で、そんな事態が巨大企業で当たり前に起こっている。業績の情報公開が義務づけられている上場企業があり得ない嘘っぱちの数字を公表しているのだ。

 無責任な経営者ばかりのこの国では、そんなことが続いている。そして、とうとう、これはあり得ないとしか言いようのない業績の改竄を、日本を代表する企業東芝が行っていて、ほとんどつぶれそうにさえなっているのだ。

 しばらく前、東芝日立という会社は業績優良で賞賛されていた。重電、プラントなどの大規模事業、特に原子力事業の技術力で利益を上げているとか何とか言われていた。

 その情報から、ブログで東芝が好調な理由なんてことを書こうと思ったことがあった。組立だけのモジュール生産な製品ではそうそう技術力で勝負はできないが、大規模事業はなんといっても技術力が利益を左右するとか何とか。簡単にいえばそんな話だ。


 でも、止めた。理由はテレビの生産を止め、全面的に委託生産を行うことにしたことだ。レコーダーについても同様に自社では生産せず、設計だけを担当し、生産は他者に任せる。

 これで、まともな製品ができているならまだいいが、ネットの商品レビューには、がらくたじゃないかくらいのことが書かれていたりした。

 で、こんな会社が本当にまともなのか、なんてことを思って書くのを止めた。

 企画設計に特化して委託生産で製品をつくるなんてことは、別に東芝じゃなくても、ぽっと出の企業でもできることだ。実際そんな企業がたくさんでてきている。
 見た目がおしゃれな家電をつくっていたり、便利で使いやすい製品をつくっていたり、とにかく安くつくっていたりするのだ。
 何もそんなところと同じようなことを東芝がしてどうなるんだ、なんてことだ。

 利益がでないからテレビの生産販売を止める、レコーダーの生産販売を止めるとか言うのであれば話は分かるのだが、事業の重要性はそのままにして、自社生産をやめて販売だけを続けるなんてことをやってしまったら、東芝の根本を揺るがすようなことになる。

 で、そんな根本を揺るがすようなことを行う経営者がまともな感覚なんて持っているはずがないのだ。
 で、東芝が好調なんて話が信じられなくて、書くのを止めた。それを書いていたら、今頃恥ずかしい思いをしていた。

 
 何が言いたいかとといえば、今やデータや資料、数字なんて言うものは当てにならないということだ。どんな数字を見せられても、どんなデータを見せられても、本当かどうかなんてわからないのだ。

 とすれば、現実感覚なんてありはしない、アナリストやら経済評論家なんて人たちは、何をいっても信用できないということになっていく。彼らが依拠するデータや資料、数字なんてもの自体が信用できないのだ。当然、彼らも信用できるわけがない。
 

2017-03-19

ザ・ピッカー その6

 前回、パートさんが優秀だという話を書いた。この物流センターは、どう考えても優秀なパートさんがいなければとてもじゃないが回らない。いきなり、物流について何も知らない素人を連れてきたって、すぐには使いものにはならない。それなりの戦力になるのに、早い人で数ヶ月、場合によっては一年はかかる。

 センターにいる社員はそのことをわかっているから、すぐに結果を求めたりはしない。最初は時間がかかってもいいから正確に作業することを求め、商品のことがわかるようになってから、スピードを上げることを要求する。

 人を育てなければやっていけないとなると、センターではパートさんを人として扱わざるを得ないわけで、いくら社員がえらいとはいっても、パートさんを小馬鹿にするようなことはできない。
 しかし、現場にいない本部はというと、そんなことは思っていない。パートさんのことを数字だと思っているし、道具ぐらいにしか思っていない。

 実際に働いている場所にいないで、いつも数字ばかり追いかけているのだ。そしてその状態で、改善策やら何やら、変なことに頭を使っていれば、自然とそうなる。

 はっきり言って、この会社の本部はかなり無能だ。根本的なところで、システムの設計の仕方を間違えている。ど素人じゃなければ、こんなシステムを導入したりしない。

 具体的なことは書かないが、ここのセンターの出荷先は法人相手で、送り先が決まっていて、その送り先ごとにピッキングをする。
 だから、パートさんたちは、送り先はここだから、この商品はこうやって送ろうだとかだとか、ここを気をつけて送ろうだとかいって作業している。

 もし、きちんと物流について知っているなら、送り先が決まっているのに、送り先ごとにピッキングするなんてばかげたことをしたりしない。そんなことをやっていたら、時間ばかり食って、いっこうに効率なんて上がらない。
 実際に上がっていないからこそ、優秀なパートさんに頼ってばかり、なんてことになってしまうのだ。


 じゃあどうすればいいかといえば、送り先ごとにピッキングするなんてことはしないで、まとめてピッキングしちゃえばいいのだ。

 地域にコンビニが100軒あって、その100軒に商品を供給するとして、一軒ごとにピッキングすれば倉庫内を100周しなければならなくなる。
 しかし、10軒まとめてピッキングすれば10周ですむ。20軒まとめれば5周ですむ。30軒なら3周ちょっと。50軒なら2周ですむ。
 100周と2周なら、とんでもないくらいに効率の差があることが誰でもわかることだ。

 後は、まとめてピッキングしたものを一カ所に集めて仕分ければそれで終わり。仕分けるためのシステムやら装置は汎用品でいくらでもあるわけで、仕分けなんてものはあっという間に終わってしまう。
 
 もし適切なシステム、装置を導入すれば、間違いなく今の半分の人員で半分の時間で作業は終わる。いや、それ以上か。
 仕分け段階で数量確認されるため、ミスも確実に減る。

 本当にこの会社のセンターの本部というところは無能というしかないのだが、物流に必要なちゃんとしたシステムを導入するだけの知識も能力もないけれども、作業者管理のシステムだけは緻密で徹底的だったりするのだ。

 最初の方に書いたと思うが、作業者は番号がつけられて、システム上で丸裸されている。隣におかれている商品のバーコードを誤ってスキャンしてしまったら、それさえもシステム上でわかってしまう。ミスの多さもまるわかり。ピッキングのスピードもまるわかり。
 で、データ上に出てくる個人の数字データばかりを追いかけるなんてことをしているのだ。

 その結果、本部が作業者のことをどう見るようになるかといえば、人ではなく数字ということになっていく。数字であるのだから、そんなものに信頼も信用の置きはしない。

 びっくりすることが起きた。本部から、盗難防止のため、作業者に透明バッグが支給された。どう考えても、このセンターに商品を盗む人などいない。
 人間関係ができていて、誰が誰かをみんなわかっていて、細かいことはいろいろあっても、信用重視の関係ができていて、とても盗難なんかが起きるとは思えない環境なのだ。

 そんなところに盗難防止のための透明バッグなんか導入したらみんなどう思うかということだ。
 
 能力もないのにアマゾンのまねでもしたいのだろう。本部というところは本当にどうしようもない。
 それ以外にも、本部というところはいろいろ制限をつけてくる。ただでさえ、丸裸でごまかしの利かない環境で監視されながらの作業でやってられない上に、それ以外にもいろいろ小馬鹿にするようなことをいってくる。

 センターで現場を仕切る社員さえも、首を傾げながら困ったようにパートさんたちに伝えていたりするのだ。
 もし、パートさんたちが本当に怒ってしまったら、このセンターは間違いなく崩壊する。こんなへなちょこなシステムでは、人を大事にしなければやっていけなくなるということが本部というところはわかっていないのだ。

 でも、大体本部なんてところはどこも同じようなものではないかと思う。実際に自分は動くことなく、ずっと数字だけを追いかけていると、現実と遊離した発想になっていく。また、実際に仕事をしないで数字だけを追いかけていろいろ考えていると、自分は偉いという勘違いに陥っていく。作業者は人ではなく数字になっていき、算数計算的にそうすればこうなるだろうなんて甘い算段ををしはじめる。
 そしてだんだん、作業者を数字扱いで見下すようになり、おかしなことをやり始め、もの扱いで人の管理をやるようになっていく。。
 
 現場を知らない本部が力を持つことですべてがおかしくなっていく。なんてことが日本中で起きている。で、すべてがおかしくなってしまった。

 

2017-03-05

ザ・ピッカー その5

 ピッキングなんてものは作業自体は非常にシンプルで、システムやら、仕組みなんかについて説明を受ければ、簡単で、すぐに誰がやってもすぐにできるように感じるだろうと思う。実際に、おおざっぱな作業でもいいのであれば、簡単だ。
 多少間違えても許されて、ゆっくりなスピードでいいなら、どんなに鈍くても即日仕事をこなせるようになる。
 しかし、正確かつスピードが求められるとなると、そう安直な話ではなくなる。

 この物流センターがまさにそんなレベルを求めてくるところだった。スピードが求められ、ミスにたいして厳しい。
 システムで、すべての作業が管理され、個人の成績がデータによって丸裸にされ、作業が遅いと、厳しく注意される。さらにミスなんかがあれば、それぞれの作業者につけられている個人番号が掲示板に書き出され、一日自分の番号を見せつけられて、見るたびに反省をしいられる。
前回書いたことだが、この物流センターは単位が曖昧で、勘違いなんてことが当たり前にあり、さらに40とか50とか細かくカウントしなければならない商品がいくらでもあって、わざとミスを誘発しているんじゃないかと錯覚してしまうような環境なのだ。
 そんな状況で、正確さとスピードが求められれば、簡単な作業ではなくなっていく。

 もしこれが、欧米の企業であれば、多少はミスはしてもスピードを上げることを求めるか、もしくは気がゆるんでもミスしないように何らかの対策を立てて、作業者に特別なことは求めない。
 だが、日本ではこの物流センターのように作業者にいろんなことを要求してくる。
 
 そんなのやってられないということで、人はすぐに辞めていく。続ける人にしても、すぐに要求に応えられるわけもなく、一人前になるまで結構時間がかかったりする。
 そして、我慢して続けた人たちは、非常に優秀なピッカーになっていく。

 本当にびっくりするが、そういう人たちは、このロケーションにはこの商品があり、この商品はこう対処し、この商品はこう扱うなんてことが完全に頭に入っているのだ。とてもじゃないがかなわない。

 こんな優秀なピッカーに支えられたセンターは、他では簡単にまねできない。
 そのセンターでも、以前、他の会社に移管を検討されたことがあったようだが、実験的にやってみた結果、同じように運営するのは無理だということになって、移管が中止になったということがあるらしい。このセンターを見ていれば、よくわかる。
 本当に優秀な作業者、具体的にはパートさんの能力によって高いレベルを維持している。
 パートさん、さまさまだ。

 でも、やっぱりというか、本部とかいうところは、そうは思っていないようだ。

  つづく