日本人がMacArthur Fellowship受賞

先月、ミシガン大学の生物学者、山下由起子さんがMacArthur Fellowshipを受賞しました。


公式サイトの受賞者プロフィールから、インタビュー


MacArthur Fellowshipとは何か。これはMacArthur Foundationという非営利団体から出される研究奨学金。毎年20〜30人選ばれた受賞者は、5年間で$50万を受け取ることが出来ます。


この奨学金の面白いのはまず、多様な分野で活躍する人が受賞していること。過去の受賞者のリストを見ると、数学者、詩人、教育者、歴史家、…なんでもアリです。各分野で活躍している人が選ばれる事から、Genius Awards(天才賞)という異名もあります*1


公式サイトの"About the Program"というページを見ると、受賞者を決める条件は、"exceptional creativity, promise for important future advances based on a track record of significant accomplishment, and potential for the fellowship to facilitate subsequent creative work"(創造性、今後の貢献の可能性、奨学金が活動を促す可能性)の3つと書かれています。さらにこの奨学金は、"no strings attached"、つまり特定のプロジェクトや評価に縛られず、どう使っても良いものです。このページで強調されているのは、この奨学金は、過去の業績について与えられるものではなく、今後の活躍を促すためのものだという事。山下さんも、これからの研究が期待されている、という事です。


ここからが本題。


ノーベル賞受賞者の発表が今月ありますが、科学コミュニケーションのネタとしては、ノーベル賞よりも天才賞の方が良いのではないでしょうか。


科学者が行なっている科学という行為は、この世界に現れる現象を、あの手この手を尽くして説明しようとするものです。どう説明すればいいのか分からないからこそ研究するわけで、ゴールの見えないレースのようなもの。この「訳がわからない」状態を伝えることなくして、科学の教育、科学の報道が出来たとは言えないのではないでしょうか*2


貢献の質を見れば、ノーベル賞受賞者のほうが、天才賞受賞者より上でしょう。ただ、ノーベル賞受賞者だけに話を絞るのは、上に書いたようなレースの後で勝ち馬だけを見るようなものです*3。さらに、多くの場合、ノーベル賞が与えられるのは何十年も前の業績で、受賞者は一線を退いている方々。「今年のノーベル受賞者は何をしたのか?」というネタは、科学という営みが何なのかを伝えるのにはあまり適していないのではないでしょうか。


天才賞は、アメリカ国民または在住者に限られた賞なので、日本で取り上げられないのは仕方が無い面もあります。ただ、日本人が受賞するのは珍しい*4ようですし、注目されても良いのではないかな、と思ったり…英語圏では、New York TimesBBC News Magazineでも報道されたので、受賞者たちがどういう仕事をしているのか調べてみた人も多いと思います。


科学コミュニケーションの例としては、Scientific AmericanNew Scientistが、それぞれサイト上のブログに記事を載せていました。SciAmの方は、過去に受賞者を紹介した際の記事へのリンクがあり充実しています。日頃から、比較的若い研究者も取材し、研究を紹介している事の表れでもあります*5


山下さんに関しては、2年前に別の賞を受けた際の紹介記事(PDF)がウェブに転がっていました。これには、研究内容の他、京大出身で、2001年に同じく生物学者の夫と共にポスドクとして渡米したこと等が書かれています。MacArthur Fellowshipの存在(それを可能にした制度と文化)、日米のサイエンス事情、研究者夫婦に生じる「二体問題*6」、等、色んな切り口が可能なストーリーのように見えます。

*1:リストを見て、天才賞という名前に値するかどうか、どうでしょう?僕が知っている人(主に物理学者と…ジャズミュージシャン、笑)はなかなか、と思いますが、他の分野の評価は出来ません。

*2:え?超光速ニュートリノの報道の話をしたそうに見える?気のせいでしょう。

*3:「勝つ」ためには才能と努力が必要なのは言うまでもなく。

*4:初めて?日系人が数人受賞している事があるのは確認しました。

*5:今回受賞した6人の男性科学者のうち5人を過去に取材していたのに、4人の女性科学者は取材した事がなかったよう、という観察がコメント欄に…興味深い現象ですが、短絡的にSciAmが差別しているとは結論する事はできないでしょう。

*6:同じ地域のアカデミックポストを探さなければならないという問題