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物理学と切手収集

2012-12-31

多数決の何が悪いか(おまけ)

(出来る限り、前編後編を見なくても読めるように書きましたが、気になったらそちらも読んでみてください。)


このシリーズをブログにまとめるきっかけの1つは、「だれからも文句のでない投票方式」という日経サイエンスの過去記事でした(2013/1/2 16:38追記・訂正 きっかけは記事全文ではなく、紹介文でした。全文はリンク先でダウンロード購入、または日経サイエンス2004年6月号を探してください。このブログで書いた話と重複が多いですが、著者の推奨する選挙方式について筋の通った解説がされているのでオススメです。)。この記事の論旨は僕のブログ記事と同じで、投票者それぞれが候補1人に票を入れる形の多数決よりも、候補をランク付けする方式の方が好ましいというものですが、提案している方式は少し違います。この記事の話を少し詳しく見てみます。


まず、「完全な投票方式は存在しない。どんな方式にも何らかの欠陥がある。」というのはアローの不完全性定理への言及でしょう。これについては後編で書きました。2000年のアメリカ大統領選も、多数決の問題点を指摘する際に多用される例になっています*1


ただ、「2002年のフランス大統領選挙では,予想に反して,極右政党ルペンが上位2人の候補者で競う決選投票に進ん」だ事が、2回投票制の問題のように書かれています。これには疑問です。この選挙の結果(リンク)を見ると分かるのは、10人以上の候補がいた1回目の投票から、シラクルペンの決選投票の間で、ルペンの得票率がほとんど伸びていないことです。これは、ルペンには熱狂的な支持者が一定数いて、それ以外のほとんどの人はルペンに反対していた事を示しています。もしフランス大統領選が1回勝負の多数決だったとすると、ルペンが勝ってしまった可能性もあります。この選挙はむしろ、「2回投票制は過半数での勝利を要求するので、ルペンのように大多数に嫌われている候補を当選させない」、という成功例でしょう*2。(2013/1/2 11:03追記 IRVではシラクジョスパン直接対決になっていたと思われるので、それほど良くなかった、と言う事は可能です。)


それでも、著者達が提案している選挙方式は興味深いです。引用します。


「投票者はすべての候補者について選好順序を示す。これに基づいて候補者どうしを1対1で比較したとき,他の候補者をすべて打ち負かした者が当選者となる。また,他の候補者をすべて打ち負かすほどの多数の支持を得た候補者がいなかった場合は,1対1の比較で最も多くの候補者を打ち負かした者を選び,さらにその中でも最も多くの順位評点を獲得した者を当選者とすればよい。」


最初の部分に出てくる、他のどの候補と1対1で勝負しても勝てる候補は「コンドルセ勝者」と呼ばれます。この方式では、候補のランキングを投票してもらって、コンドルセ勝者がいたらそれを当選させる、という事になります。確かに、コンドルセ勝者を当選させる、というのは選挙方式に求めたい性質の1つです*3


多数決では、コンドルセ勝者が勝つとは限りません。それどころか、直接対決で全員に負ける候補、「コンドルセ敗者」が当選する事さえあります。2002年のフランス大統領選が多数決で行われていた場合、コンドルセ敗者だったかもしれないルペンが、もう少し得票率を伸ばせば勝っていました。市民の過半数に嫌われている候補でも、反対票が何人かの候補に割れてしまうと、多数決で勝つ可能性があるという事です。


コンドルセ勝者がいない場合もあります。その一番単純な例は、後編でも書いたコンドルセパラドックス。投票者3人が、候補3人をランク付けした結果、こうなった場合です。


1人 A、B、C

1人 B、C、A

1人 C、A、B


直接対決でAはBに勝ち、BはCに勝ち、CはAに勝つようになっています。どの候補も、他の2人両方に勝ってはいません。つまりコンドルセ勝者はいません。これがコンドルセの「パラドックス」と呼ばれる理由は、「全体の意見」というものがあるとした場合、それによるとAの方がBより良く、Bの方がCより良いのに、Aの方がCより良くはなっていないからです。


候補の数が増えると、このようにコンドルセ勝者がいない確率が増えてきます。著者達の提案では、その場合には「1対1の比較で最も多くの候補者を打ち負かした者を選」ぶ事になります。リーズナブルだと思います。それでもまだ決着がつかない場合は、「最も多くの順位評点を獲得した者を当選者」とします。これは、後編で紹介したボルダ得点のこと。候補が10人いた場合、1位票に9点、2位票に8点、…、10位票に0点、と得点を割り振って合計を争います。


実は、この方式はブラック方式*4というものに似ています。ブラック方式では、コンドルセ勝者がいれば当選させて、その後すぐにボルダ得点で評価をします。この記事の提案は、それよりも1つステップが多くなっています。


記事の選挙方式も、ブラック方式も、投票でランク付けが出来る事と、コンドルセ勝者が確実に当選する事がメリットです。問題だと思うのは、ボルダ得点で起こる、有力候補を一番上と下に分けて差を付ける戦略*5が有効なのではないかという事と、複雑すぎないかという事です。


結論の、「候補者をどの順で好ましいと評価するかという情報を投票に取り入れることにより,投票者の意思をより正確に反映させることができる」、というのには賛成ですが、「この方式は世界中の国々で容易に実施可能」、というのはまだ断言できないように思います*6

*1:ただ、「最も人気のあったアル・ゴアジョージ・W・ブッシュに破れ」、という書き方だと、選挙人制度の批判のようにも見えてしまいます。

*2:実際には、多数決だった場合には、ルペンに当選して欲しくない人達の票がシラクジョスパンに集まっていたでしょう。こうなると、それぞれの候補が実際にどれくらい支持されているのか分からなくなってしまいます。これが前編、後編両方でしつこく書いた戦略投票の問題です。

*3:2回投票制、IRV、ボルダなどの弱点の1つは、コンドルセ勝者が当選するとは限らない事です。ただ、コンドルセ敗者が勝つ事は無いので、多数決よりはマシ。

*4:中位投票者定理で知られるDuncan Blackが提案したもの。

*5:つまり、実際の選好とは違う投票の仕方。「泡沫候補選挙戦の行方を左右するといった矛盾を避けられる。」とあるのは疑問です。

*6:同じくらい良さそうな方式の中でもIRVを僕が推しているのは、既にオーストラリアアイルランドで実施されているからです。

2012-12-30

多数決の何が悪いか(後編)

(「多数決の何が悪いか(前編) - 物理学と切手収集」の続き)


前編では、多数決以外の選挙方式の2つ、2回投票制とIRVの紹介をして、民主主義での選挙の目的から考えて、IRVが多数決よりも優れていると思われる事を書きました。今回は、IRVの問題点とされている事と、選挙方式の話をするとよく出てくるアローの不可能性定理の話を書いておきます。


IRVでの戦略投票

前編では、2000年アメリカ大統領選挙ブッシュ、ゴア、ネーダー)の例で、多数決では支持している候補に投票しない事が最善策になる場合があることを書きました。IRVでも、戦略投票、つまり正直に投票しない事で有利になるケースはあります。例えば、投票者の分布が下のようになっている場合。


投票者の選好(当選してほしい順番)

8人 A、B、C

5人 C、A、B

4人 B、C、A


この17人の投票者が、IRVでみんな素直に自分の選好を票に書き込んだとします。候補Aの1位票8つは過半数にならないので、第1ラウンドでは当選者が決まりません。除外されるのは、1位票が一番少ないのは候補B。そしてAとCの直接対決ではCが9対8で勝ち。というわけで候補Cが当選します。


実は、「A、B、C」と投票した人たちが少し工夫をすると、Aが当選するように出来ます。8人のうち2人が「B、A、C」と投票するのです。


戦略投票(2人が自分の選好とは違う投票)

6人 A、B、C

2人 B、A、C

5人 C、A、B

4人 B、C、A


今度は、最初に除外されるのは候補Cです。そして、AとBの直接対決では、Aが11対6で勝ち。Aを支持している人たちがBに1位票を入れる事で、厄介な候補Cを第2ラウンドから除外することが出来たのです。


つまり、IRVにしても戦略投票は可能です。ただ多数決とIRVでは、最善の戦略が投票前に分かる可能性が大きく違います。多数決の場合には、有力候補が誰なのか分かっていれば、その中で一番支持出来る候補を選ぶのが最適の戦略になります。大きな選挙なら、誰が有力なのかは大体分かるでしょう。


上の例のようなIRVの戦略投票をするためには、まず候補が4人以上の場合、最後まで残る可能性が高い3人が誰なのかは知っている必要があります。これは多数決とあまり変わらないですが、それだけでは上のような戦略は取れません。まず、自分の支持している候補Aが、直接対決でBには勝てて、Cには勝てない、というのが分かってないといけません。さらに、自分がAを2位に下げる事で、Aが最後の2人に残れなくなってしまう恐れもあります。例えば、Aを支持する8人中2人ではなく、4人が戦略投票をしたとします。


戦略投票(4人が自分の選好とは違う投票)

4人 A、B、C

4人 B、A、C

5人 C、A、B

4人 B、C、A


こうなると、1位票の数でAは最下位になってしまい、除外されてしまいます。こうならないという自信が無いと出来ないわけです。多数決では戦略投票が常に起こっているのに対して、IRVで戦略投票が出来るケースは限られる、という事になります。


不可能性定理について

選挙方式の話をすると、少し知識のある方から「アローの不可能性定理との関係はどうなの?」という声が良く出てきます。アローの不可能性定理は、「完璧な選挙方式は無い」などと要約されるもので*1、社会選択理論という一分野が発展するきっかけになった重要な発見です。ただ、「完璧な選挙方式は無い」というのは超訳のようなものなので、論じるためにはまずどういう定理なのか知る必要があると思います。


まず、アローの定理は、集団の中の個人それぞれの選好を集めて、そこから集団全体の選好を決める方法(社会厚生関数)に関するものです。ここで言う選好は、選択肢にランク付けして並べたもの。同じくらい好ましい、と言うのも可能ですが*2三すくみのような状態はあってはいけません。つまり、Aの方がBより良くて、Bの方が良ければ、Aの方がCより良くないといけません*3


アローが示したのは、3つ以上の選択肢がある場合、以下の条件を全て満たす社会厚生関数は存在しない、という事です。


1.どのような個人を集めても、全体の選好を決めることが出来る。(完備性)

2.全員が選択肢Aの方がBより良いとしている場合、全体の選好でもAがBの上に来ないといけない。(パレート原則)

3.全体の選好は、1人の選好をそのままコピーするものではない。(非独裁性)

4.個人の選考での選択肢Cの位置を変えても、全体の選好におけるAとBの関係には変化が起こらない。(無関係な選択対象からの独立性、IIA*4


実は、最初の3つの条件はほとんどの選挙方式で満たされています。問題なのは、4つ目の条件。どういう事を言っているのか、例で考えてみます。3人だけの集団でも起こる、コンドルセパラドックスと呼ばれる状態から話を始めます。下に書いたのは、3人の投票者が、候補者A、B、Cをランク付けした結果。


1人 A、B、C

1人 B、C、A

1人 C、A、B


この状態では、普通の選挙方式を使って3人の候補の順位を決めることは出来ません。全体の選好は、AとBとC、どれも同じだけ好ましい、という事になります。


IIAという、アローの定理の4つ目の条件がどういうものかというと、投票者がCについての意見を変えても、全体で見てAとBは引き分けのまま、という事です。これはリーズナブルでしょうか?例えば、3人目の投票者がCのランクを1つ下げたとします。


1人 A、B、C

1人 B、C、A

1人 A、C、B


こうなると、多数決でもIRVでも、Aが当選します。これらの選挙方式はIIAを満たしていないという事です。


なぜこうなったのかは、最初の状態がコンドルセパラドックスと呼ばれる理由を見ると分かります。


1人 A、B、C

1人 B、C、A

1人 C、A、B


AとBだけを見ると、Aが2対1で勝っています。BとCに注目すると、Bの2対1。そしてCとAだと、Cの2対1。つまり、じゃんけんのような勝敗関係になってしまっているのです。アローの定理が語っているのは、このような状態がありうるのに、「全体の意見」として一貫したランクを付けようというのには無理がある、という事です。


実際の選挙方式を比較する際に、アローの不可能性定理の話を出しても、有益な話に持っていくのは大変だと思います。IIAを満たしていないのは前提として、どのように満たしていないのか、というのが重要なのですから。


もう1つ、選挙方式に関する不可能性定理に、Gibbard-Satterthwaiteの定理というものがあります。これは、どの候補も勝つ可能性があって、独裁者のいない選挙方式では、戦略投票が可能である、というもの。アローの定理の延長なのですが、これの方が、グサッと来るような…


IRV以外の案

情報量の観点から、IRVが良さそうだとここまで書いてきましたが、IRV以外にも、ランクから選挙結果を出す方法はあります。


一番単純で、多分IRVより有名なのは、ボルダ得点というもの。18世紀にフランスのボルダという数学者が提案した方法で、順位に応じて候補に点数が与えられて、その合計で選挙の順列が決まります。候補が5人の場合、1位に4点、2位に3点、…最下位の候補には0点、という具合です。これは、政治以外で使われている事がよくあります。


ボルダ得点の問題は、簡単に戦略投票が出来ること。候補A〜Eのうち、AとBが有力候補だったとします。その場合、Aに当選して欲しい人は、Aを1位、Bを最下位、と投票して、Bに当選して欲しい人は、Bを1位、Aを最下位にするのが最善策になります。ラプラスがこの問題を指摘したところ、ボルダは、この選挙方式は「正直者のためのものだ」、と返事したそうです(笑)記名票の場合は、この問題は抑えられるかもしれないですね。


もう1つ挙げておきたいのが、クームズ(Coombs)方式。これはIRVと同じで、過半数で勝つ候補が出てくるまで、1人ずつ候補を除外していく選挙方式ですが、除外の仕方が違います。クームズで除外されるのは、最下位票が一番多い候補。この方法は、この人はダメ、という意見を直接反映できる面でIRVよりも優れている可能性があります。問題かもしれないのは、IRVよりもさらにちょっとややこしい方法な事と、候補を全員ランクしないと除外に参加できない事。上からのランクと下からのランクを両方書けば良い事にする、という解決案がありますが、票のデザイン的にややこしくなります*5


ランクに頼らない方法でも、単純な多数決よりも良い方法はあると思います。1つの例が、"approval voting"というもの*6。これは、候補それぞれについて支持・不支持の2択の意思表示をする方法。普通の多数決と違って、何人支持してもOK。


支持と不支持の境目を自由に決められるので、正直な投票の仕方がいくつもあるのがapproval votingの利点とされています。見方を変えるとそれは、投票者が候補をどれくらい支持しているのか良く分からない方法とも言えます。ランクを付ける方が支持・不支持の強さが明確になって良いと思いますが、強く賛成も反対もしない候補をランク付けするのが難しい事を考えると、approval votingの方が人間の心理にマッチしているかも、とも思います。


最後に

今回の総選挙では、「自民の圧勝は自民支持の結果ではなく、民主反対の結果」というような話がされていて、比例の得票率からも確かに説得力を持った話だと思います。ですが、ランク付けをする投票制度だった場合、これについては議論をする必要も無く、有権者が候補にどういう順位を付けていたのかが分かるようになります。アローの定理が、「民意」というものを選挙で完璧に測る事が無理だと言っていても、出来るだけ多くの情報を有権者から受け取り、結果に反映させる事を諦める理由にはなりません。IRVのような方法が、より広く知られ、実際の選挙で少しずつ導入されていって欲しいです。


参考文献

D. Amy, Behind the Ballot Box (Preager, 2000). 一般向け。ただ、比例制の説明が多い。


H. Nurmi, Comparing Voting Systems (Springer, 1987). 選挙方式に求められる理論上の性質を丁寧に解説し、それぞれの性質をどれだけ満たしているか、という観点選挙方式を比較している本。中級。


Handbook of Social Choice and Welfare, edited by K. J. Arrow, A. K. Sen, and K. Suzumura (Elsevier, 2002). 専門向け。


読んでないけど参考になるかもしれない一般書:

W. Poundstone, Gaming the Vote (Hill and Wang, 2008).

和訳もあり。

選挙のパラドクス―なぜあの人が選ばれるのか?

選挙のパラドクス―なぜあの人が選ばれるのか?

(2013/1/2 1:21追記)

この本については、Twitterで情報が入りました。

との事なので、読まなくていい…じゃなくて、ますます参考になりそうな本のようです。僕も読んでみます。

*1Wikipedia記事:「アローの不可能性定理 - Wikipedia

*2:無しのケースでもほぼ同じ定理が証明できます。

*3:推移的という事です。

*4:Independence of irrelevant alternativesの略。

*5:いずれにしても、良く知らない候補は上から順にランクした、という人が出る可能性は大いにあるので、候補の出てくる順番をランダム化するなどの対策が必要です。

*6:決められた範囲内の点数を付けるrange votingというものもありますが、これは戦略投票を仮定するとapproval votingと同じ投票行動になるはずで、正直に点数を付けると損をします。というわけでダメな方法だと僕は思います。