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物理学と切手収集

2012-12-31

多数決の何が悪いか(おまけ)

(出来る限り、前編後編を見なくても読めるように書きましたが、気になったらそちらも読んでみてください。)


このシリーズをブログにまとめるきっかけの1つは、「だれからも文句のでない投票方式」という日経サイエンスの過去記事でした(2013/1/2 16:38追記・訂正 きっかけは記事全文ではなく、紹介文でした。全文はリンク先でダウンロード購入、または日経サイエンス2004年6月号を探してください。このブログで書いた話と重複が多いですが、著者の推奨する選挙方式について筋の通った解説がされているのでオススメです。)。この記事の論旨は僕のブログ記事と同じで、投票者それぞれが候補1人に票を入れる形の多数決よりも、候補をランク付けする方式の方が好ましいというものですが、提案している方式は少し違います。この記事の話を少し詳しく見てみます。


まず、「完全な投票方式は存在しない。どんな方式にも何らかの欠陥がある。」というのはアローの不完全性定理への言及でしょう。これについては後編で書きました。2000年のアメリカ大統領選も、多数決の問題点を指摘する際に多用される例になっています*1


ただ、「2002年のフランス大統領選挙では,予想に反して,極右政党ルペンが上位2人の候補者で競う決選投票に進ん」だ事が、2回投票制の問題のように書かれています。これには疑問です。この選挙の結果(リンク)を見ると分かるのは、10人以上の候補がいた1回目の投票から、シラクルペンの決選投票の間で、ルペンの得票率がほとんど伸びていないことです。これは、ルペンには熱狂的な支持者が一定数いて、それ以外のほとんどの人はルペンに反対していた事を示しています。もしフランス大統領選が1回勝負の多数決だったとすると、ルペンが勝ってしまった可能性もあります。この選挙はむしろ、「2回投票制は過半数での勝利を要求するので、ルペンのように大多数に嫌われている候補を当選させない」、という成功例でしょう*2。(2013/1/2 11:03追記 IRVではシラクジョスパン直接対決になっていたと思われるので、それほど良くなかった、と言う事は可能です。)


それでも、著者達が提案している選挙方式は興味深いです。引用します。


「投票者はすべての候補者について選好順序を示す。これに基づいて候補者どうしを1対1で比較したとき,他の候補者をすべて打ち負かした者が当選者となる。また,他の候補者をすべて打ち負かすほどの多数の支持を得た候補者がいなかった場合は,1対1の比較で最も多くの候補者を打ち負かした者を選び,さらにその中でも最も多くの順位評点を獲得した者を当選者とすればよい。」


最初の部分に出てくる、他のどの候補と1対1で勝負しても勝てる候補は「コンドルセ勝者」と呼ばれます。この方式では、候補のランキングを投票してもらって、コンドルセ勝者がいたらそれを当選させる、という事になります。確かに、コンドルセ勝者を当選させる、というのは選挙方式に求めたい性質の1つです*3


多数決では、コンドルセ勝者が勝つとは限りません。それどころか、直接対決で全員に負ける候補、「コンドルセ敗者」が当選する事さえあります。2002年のフランス大統領選が多数決で行われていた場合、コンドルセ敗者だったかもしれないルペンが、もう少し得票率を伸ばせば勝っていました。市民の過半数に嫌われている候補でも、反対票が何人かの候補に割れてしまうと、多数決で勝つ可能性があるという事です。


コンドルセ勝者がいない場合もあります。その一番単純な例は、後編でも書いたコンドルセパラドックス。投票者3人が、候補3人をランク付けした結果、こうなった場合です。


1人 A、B、C

1人 B、C、A

1人 C、A、B


直接対決でAはBに勝ち、BはCに勝ち、CはAに勝つようになっています。どの候補も、他の2人両方に勝ってはいません。つまりコンドルセ勝者はいません。これがコンドルセの「パラドックス」と呼ばれる理由は、「全体の意見」というものがあるとした場合、それによるとAの方がBより良く、Bの方がCより良いのに、Aの方がCより良くはなっていないからです。


候補の数が増えると、このようにコンドルセ勝者がいない確率が増えてきます。著者達の提案では、その場合には「1対1の比較で最も多くの候補者を打ち負かした者を選」ぶ事になります。リーズナブルだと思います。それでもまだ決着がつかない場合は、「最も多くの順位評点を獲得した者を当選者」とします。これは、後編で紹介したボルダ得点のこと。候補が10人いた場合、1位票に9点、2位票に8点、…、10位票に0点、と得点を割り振って合計を争います。


実は、この方式はブラック方式*4というものに似ています。ブラック方式では、コンドルセ勝者がいれば当選させて、その後すぐにボルダ得点で評価をします。この記事の提案は、それよりも1つステップが多くなっています。


記事の選挙方式も、ブラック方式も、投票でランク付けが出来る事と、コンドルセ勝者が確実に当選する事がメリットです。問題だと思うのは、ボルダ得点で起こる、有力候補を一番上と下に分けて差を付ける戦略*5が有効なのではないかという事と、複雑すぎないかという事です。


結論の、「候補者をどの順で好ましいと評価するかという情報を投票に取り入れることにより,投票者の意思をより正確に反映させることができる」、というのには賛成ですが、「この方式は世界中の国々で容易に実施可能」、というのはまだ断言できないように思います*6

*1:ただ、「最も人気のあったアル・ゴアジョージ・W・ブッシュに破れ」、という書き方だと、選挙人制度の批判のようにも見えてしまいます。

*2:実際には、多数決だった場合には、ルペンに当選して欲しくない人達の票がシラクジョスパンに集まっていたでしょう。こうなると、それぞれの候補が実際にどれくらい支持されているのか分からなくなってしまいます。これが前編、後編両方でしつこく書いた戦略投票の問題です。

*3:2回投票制、IRV、ボルダなどの弱点の1つは、コンドルセ勝者が当選するとは限らない事です。ただ、コンドルセ敗者が勝つ事は無いので、多数決よりはマシ。

*4:中位投票者定理で知られるDuncan Blackが提案したもの。

*5:つまり、実際の選好とは違う投票の仕方。「泡沫候補選挙戦の行方を左右するといった矛盾を避けられる。」とあるのは疑問です。

*6:同じくらい良さそうな方式の中でもIRVを僕が推しているのは、既にオーストラリアアイルランドで実施されているからです。

2012-12-30

多数決の何が悪いか(後編)

(「多数決の何が悪いか(前編) - 物理学と切手収集」の続き)


前編では、多数決以外の選挙方式の2つ、2回投票制とIRVの紹介をして、民主主義での選挙の目的から考えて、IRVが多数決よりも優れていると思われる事を書きました。今回は、IRVの問題点とされている事と、選挙方式の話をするとよく出てくるアローの不可能性定理の話を書いておきます。


IRVでの戦略投票

前編では、2000年アメリカ大統領選挙ブッシュ、ゴア、ネーダー)の例で、多数決では支持している候補に投票しない事が最善策になる場合があることを書きました。IRVでも、戦略投票、つまり正直に投票しない事で有利になるケースはあります。例えば、投票者の分布が下のようになっている場合。


投票者の選好(当選してほしい順番)

8人 A、B、C

5人 C、A、B

4人 B、C、A


この17人の投票者が、IRVでみんな素直に自分の選好を票に書き込んだとします。候補Aの1位票8つは過半数にならないので、第1ラウンドでは当選者が決まりません。除外されるのは、1位票が一番少ないのは候補B。そしてAとCの直接対決ではCが9対8で勝ち。というわけで候補Cが当選します。


実は、「A、B、C」と投票した人たちが少し工夫をすると、Aが当選するように出来ます。8人のうち2人が「B、A、C」と投票するのです。


戦略投票(2人が自分の選好とは違う投票)

6人 A、B、C

2人 B、A、C

5人 C、A、B

4人 B、C、A


今度は、最初に除外されるのは候補Cです。そして、AとBの直接対決では、Aが11対6で勝ち。Aを支持している人たちがBに1位票を入れる事で、厄介な候補Cを第2ラウンドから除外することが出来たのです。


つまり、IRVにしても戦略投票は可能です。ただ多数決とIRVでは、最善の戦略が投票前に分かる可能性が大きく違います。多数決の場合には、有力候補が誰なのか分かっていれば、その中で一番支持出来る候補を選ぶのが最適の戦略になります。大きな選挙なら、誰が有力なのかは大体分かるでしょう。


上の例のようなIRVの戦略投票をするためには、まず候補が4人以上の場合、最後まで残る可能性が高い3人が誰なのかは知っている必要があります。これは多数決とあまり変わらないですが、それだけでは上のような戦略は取れません。まず、自分の支持している候補Aが、直接対決でBには勝てて、Cには勝てない、というのが分かってないといけません。さらに、自分がAを2位に下げる事で、Aが最後の2人に残れなくなってしまう恐れもあります。例えば、Aを支持する8人中2人ではなく、4人が戦略投票をしたとします。


戦略投票(4人が自分の選好とは違う投票)

4人 A、B、C

4人 B、A、C

5人 C、A、B

4人 B、C、A


こうなると、1位票の数でAは最下位になってしまい、除外されてしまいます。こうならないという自信が無いと出来ないわけです。多数決では戦略投票が常に起こっているのに対して、IRVで戦略投票が出来るケースは限られる、という事になります。


不可能性定理について

選挙方式の話をすると、少し知識のある方から「アローの不可能性定理との関係はどうなの?」という声が良く出てきます。アローの不可能性定理は、「完璧な選挙方式は無い」などと要約されるもので*1、社会選択理論という一分野が発展するきっかけになった重要な発見です。ただ、「完璧な選挙方式は無い」というのは超訳のようなものなので、論じるためにはまずどういう定理なのか知る必要があると思います。


まず、アローの定理は、集団の中の個人それぞれの選好を集めて、そこから集団全体の選好を決める方法(社会厚生関数)に関するものです。ここで言う選好は、選択肢にランク付けして並べたもの。同じくらい好ましい、と言うのも可能ですが*2三すくみのような状態はあってはいけません。つまり、Aの方がBより良くて、Bの方が良ければ、Aの方がCより良くないといけません*3


アローが示したのは、3つ以上の選択肢がある場合、以下の条件を全て満たす社会厚生関数は存在しない、という事です。


1.どのような個人を集めても、全体の選好を決めることが出来る。(完備性)

2.全員が選択肢Aの方がBより良いとしている場合、全体の選好でもAがBの上に来ないといけない。(パレート原則)

3.全体の選好は、1人の選好をそのままコピーするものではない。(非独裁性)

4.個人の選考での選択肢Cの位置を変えても、全体の選好におけるAとBの関係には変化が起こらない。(無関係な選択対象からの独立性、IIA*4


実は、最初の3つの条件はほとんどの選挙方式で満たされています。問題なのは、4つ目の条件。どういう事を言っているのか、例で考えてみます。3人だけの集団でも起こる、コンドルセパラドックスと呼ばれる状態から話を始めます。下に書いたのは、3人の投票者が、候補者A、B、Cをランク付けした結果。


1人 A、B、C

1人 B、C、A

1人 C、A、B


この状態では、普通の選挙方式を使って3人の候補の順位を決めることは出来ません。全体の選好は、AとBとC、どれも同じだけ好ましい、という事になります。


IIAという、アローの定理の4つ目の条件がどういうものかというと、投票者がCについての意見を変えても、全体で見てAとBは引き分けのまま、という事です。これはリーズナブルでしょうか?例えば、3人目の投票者がCのランクを1つ下げたとします。


1人 A、B、C

1人 B、C、A

1人 A、C、B


こうなると、多数決でもIRVでも、Aが当選します。これらの選挙方式はIIAを満たしていないという事です。


なぜこうなったのかは、最初の状態がコンドルセパラドックスと呼ばれる理由を見ると分かります。


1人 A、B、C

1人 B、C、A

1人 C、A、B


AとBだけを見ると、Aが2対1で勝っています。BとCに注目すると、Bの2対1。そしてCとAだと、Cの2対1。つまり、じゃんけんのような勝敗関係になってしまっているのです。アローの定理が語っているのは、このような状態がありうるのに、「全体の意見」として一貫したランクを付けようというのには無理がある、という事です。


実際の選挙方式を比較する際に、アローの不可能性定理の話を出しても、有益な話に持っていくのは大変だと思います。IIAを満たしていないのは前提として、どのように満たしていないのか、というのが重要なのですから。


もう1つ、選挙方式に関する不可能性定理に、Gibbard-Satterthwaiteの定理というものがあります。これは、どの候補も勝つ可能性があって、独裁者のいない選挙方式では、戦略投票が可能である、というもの。アローの定理の延長なのですが、これの方が、グサッと来るような…


IRV以外の案

情報量の観点から、IRVが良さそうだとここまで書いてきましたが、IRV以外にも、ランクから選挙結果を出す方法はあります。


一番単純で、多分IRVより有名なのは、ボルダ得点というもの。18世紀にフランスのボルダという数学者が提案した方法で、順位に応じて候補に点数が与えられて、その合計で選挙の順列が決まります。候補が5人の場合、1位に4点、2位に3点、…最下位の候補には0点、という具合です。これは、政治以外で使われている事がよくあります。


ボルダ得点の問題は、簡単に戦略投票が出来ること。候補A〜Eのうち、AとBが有力候補だったとします。その場合、Aに当選して欲しい人は、Aを1位、Bを最下位、と投票して、Bに当選して欲しい人は、Bを1位、Aを最下位にするのが最善策になります。ラプラスがこの問題を指摘したところ、ボルダは、この選挙方式は「正直者のためのものだ」、と返事したそうです(笑)記名票の場合は、この問題は抑えられるかもしれないですね。


もう1つ挙げておきたいのが、クームズ(Coombs)方式。これはIRVと同じで、過半数で勝つ候補が出てくるまで、1人ずつ候補を除外していく選挙方式ですが、除外の仕方が違います。クームズで除外されるのは、最下位票が一番多い候補。この方法は、この人はダメ、という意見を直接反映できる面でIRVよりも優れている可能性があります。問題かもしれないのは、IRVよりもさらにちょっとややこしい方法な事と、候補を全員ランクしないと除外に参加できない事。上からのランクと下からのランクを両方書けば良い事にする、という解決案がありますが、票のデザイン的にややこしくなります*5


ランクに頼らない方法でも、単純な多数決よりも良い方法はあると思います。1つの例が、"approval voting"というもの*6。これは、候補それぞれについて支持・不支持の2択の意思表示をする方法。普通の多数決と違って、何人支持してもOK。


支持と不支持の境目を自由に決められるので、正直な投票の仕方がいくつもあるのがapproval votingの利点とされています。見方を変えるとそれは、投票者が候補をどれくらい支持しているのか良く分からない方法とも言えます。ランクを付ける方が支持・不支持の強さが明確になって良いと思いますが、強く賛成も反対もしない候補をランク付けするのが難しい事を考えると、approval votingの方が人間の心理にマッチしているかも、とも思います。


最後に

今回の総選挙では、「自民の圧勝は自民支持の結果ではなく、民主反対の結果」というような話がされていて、比例の得票率からも確かに説得力を持った話だと思います。ですが、ランク付けをする投票制度だった場合、これについては議論をする必要も無く、有権者が候補にどういう順位を付けていたのかが分かるようになります。アローの定理が、「民意」というものを選挙で完璧に測る事が無理だと言っていても、出来るだけ多くの情報を有権者から受け取り、結果に反映させる事を諦める理由にはなりません。IRVのような方法が、より広く知られ、実際の選挙で少しずつ導入されていって欲しいです。


参考文献

D. Amy, Behind the Ballot Box (Preager, 2000). 一般向け。ただ、比例制の説明が多い。


H. Nurmi, Comparing Voting Systems (Springer, 1987). 選挙方式に求められる理論上の性質を丁寧に解説し、それぞれの性質をどれだけ満たしているか、という観点選挙方式を比較している本。中級。


Handbook of Social Choice and Welfare, edited by K. J. Arrow, A. K. Sen, and K. Suzumura (Elsevier, 2002). 専門向け。


読んでないけど参考になるかもしれない一般書:

W. Poundstone, Gaming the Vote (Hill and Wang, 2008).

和訳もあり。

選挙のパラドクス―なぜあの人が選ばれるのか?

選挙のパラドクス―なぜあの人が選ばれるのか?

(2013/1/2 1:21追記)

この本については、Twitterで情報が入りました。

との事なので、読まなくていい…じゃなくて、ますます参考になりそうな本のようです。僕も読んでみます。

*1Wikipedia記事:「アローの不可能性定理 - Wikipedia

*2:無しのケースでもほぼ同じ定理が証明できます。

*3:推移的という事です。

*4:Independence of irrelevant alternativesの略。

*5:いずれにしても、良く知らない候補は上から順にランクした、という人が出る可能性は大いにあるので、候補の出てくる順番をランダム化するなどの対策が必要です。

*6:決められた範囲内の点数を付けるrange votingというものもありますが、これは戦略投票を仮定するとapproval votingと同じ投票行動になるはずで、正直に点数を付けると損をします。というわけでダメな方法だと僕は思います。

2012-12-29

多数決の何が悪いか(前編)

11月にアメリカ、12月に日本の選挙がありましたが、その選挙の方法について思うところがあるので一度まとめて書いておきます。選挙が終わってから書いているので、結果に不満だからか、というとそういうわけでもなく*1、一般論として以前から考えている事です。書いていて長くなったので、この前編ではまず都合の良い話を主に書いて、後編でそれに対して考えられる批判などを書くことにします。


選挙の目的

少なくとも建前上、今の民主主義選挙を行う目的は、市民の意見を出来るだけ平等な*2形で政治に反映させる、というものと思われます。平等性の観点からは、日本での「一票の格差」の問題、アメリカでの選挙区ゲリマンダーの問題などありますが、今回はそれは問題にしません。1つ1つの(小)選挙区に限った話として、多数決が市民の意見を政治に反映させるのに本当にベストな方法なのか、という部分に注目します*3


念のため「多数決」の定義。有権者が最も好ましい候補1人に票を入れて、単純に、得票数の最も多い候補が当選する、という選挙方式をこの記事では多数決と呼びます。最優先の候補以外に票がカウントされることがない事から、「単記非移譲式」という用語もあります。英語では、plurality voting*4、first-past-the-post (FPTP、FPP)*5などと呼ばれる方式。


日本でもアメリカでも、ほとんどの選挙で使われている多数決ですが、上に書いた選挙の目的から考えて大きな問題があります。


まず、1票に含まれる情報量が少ない事。選挙に出てくる候補に対する意見や印象は、積極的に支持したい人から、絶対ダメという人まで、色々あると思います。ですが、多数決の投票で聞かれるのは、どの人が一番良いですか、だけ。多数決の選挙では、「この人はダメ」、という意思表示はもちろん、「AさんよりはBさんの方が良い」、という意見も伝えられません。候補が2人だけならこれでも問題無いですが、4人、5人と増えていくと、投票者1人が持っている意見のうち、多数決の票で伝えられるものの割合はどんどん減っていきます。


多数決では、票に含まれる情報の量が少ないだけでなく、その質にも問題があります。「戦略投票」と呼ばれる問題ですが、例えばこういう事です。


あなたは、2000年のアメリカ大統領選緑の党ラルフ・ネーダーを支持していたとします。世論調査報道を見ると、ネーダーが多数決でブッシュ共和党)とゴア(民主党)に勝てるとは思えません。さらに、ブッシュとゴアはどうやら僅差だというのが分かってきます。


あなたがネーダーに投票してもしなくても、彼は確実に3位。出来ればネーダーに勝って欲しいといっても、彼に票を入れる事で選挙結果に影響があるとは考えられません。あなたにとって好ましい選挙結果になる確率を少しでも上げるためには、ブッシュとゴアのどちらか「マシな方」を選ぶのが、あなたの最適戦略になります。


このように多数決の選挙では、有力候補以外の支持者のいくらかは、自分が一番良いと思っていない候補に票を入れる事になります。「民意」を汲み取るのが選挙の役割だとすれば、このような「ウソ」の票は出来るだけ減らしたいもののはずです。


他の選挙方式

上の戦略投票の問題を認識している人は、かなりの数いると思います。ただ、問題だと思っていても、他にやりようが無いじゃないか、と諦めている人が多いのではないでしょうか。日本とアメリカではほとんどの選挙が多数決で行われていて、それが当然、と思われている節があります。そこで、他にも選挙の方法はあるし、中には国政選挙で長年使われているものもある、と伝えるのがこの記事の1つの目的です。


まず、多数決から一段登った方法と言えるのが、2回投票制*6。多数決が英米系の国で多いのに対して、フランスや旧フランス領で多く採用されている選挙方式です*7


2回投票制の基本は「過半数でないと勝てない」という事*8。1回目の投票は、多数決と同じように行われます。3人の候補がいる選挙で、このような結果になったとします。


候補A 40%

候補B 35%

候補C 25%


多数決では当然候補Aが勝つことになりますが、2回投票制では、得票率が50%を超えないと勝たせてもらえません。過半数を取った候補がいない時には、上位2名(この場合AとB)の決選投票が後日行われる事になります。そして、候補Cに入れた人の多くがAよりもBを支持すれば、決選投票でこのような結果になる事もあります。


候補A 45%

候補B 55%


1回目の投票では2位だった候補Bが、決選投票で逆転して当選、というわけです。


2回投票制のメリット、デメリットの話は後に回すとして、もう1つ、先進国で使われている選挙方式を紹介します。アメリカで使われる用語"instant runoff voting"の略を使って、この記事ではIRVと呼ぶことにします*9。"Runoff"は上で説明した決選投票の事。1回目の投票と決選投票を別々に行うのではなく、1回の投票で決選投票まで出来る事からこの名前がついています。先進国でIRVを使っているのは、オーストラリアアイルランド


IRVでは、1人の候補を選ぶのではなく、候補をランク付けする事で投票します。A〜Dまで4人の候補がいる場合、"B(最も支持)、C、D、A(最も反対)"などのように投票出来るわけです。下に書いた、9人が投票した結果の例でIRVの仕組みを解説します。


第1ラウンド(投票結果そのまま)

4人 A、B、C、D

2人 B、C、D、A

2人 C、B、D、A

1人 D、B、C、A


IRVは2回投票制と同じく、(1位票で)過半数を取らないと勝てません。上の場合、候補Aを1位にした人は4人で、過半数にならないので第1ラウンドでは勝者が決まりません。その場合、1位票が一番少ない候補を除外します。というわけで、候補Dを除外した結果こうなります。


第2ラウンド(1位票が少なかったDを除外)

4人 A、B、C

2人 B、C、A

2人 C、B、A

1人 B、C、A


Dを1位にしていた人は、Bを2位にランクしていました。この人の票は候補Bの1位票としてカウントされます。これでBの1位票が3に増えましたが、それでもまだ過半数には届きません。勝者がいないので、1位票が2つしかない候補Cを除外します。


第3ラウンド(1位票が少なかったCを除外)

4人 A、B

2人 B、A

2人 B、A

1人 B、A


候補AをBより上にランクした人は4人、BをAより上にランクした人は5人という事で、Bが過半数を取って選挙に勝つことになります。


多数決との違い

2回投票制の例でも、IRVの例でも、最初にリードしていた候補Aが負けてしまいました*10。多数決に慣れていると、1位だったのにおかしいじゃないか、と思うかもしれません。ただ、どちらの場合も、候補がAとBだけの場合にはBが勝っています。つまり、Aが最初にリードしていたのはそもそも、Bと他の候補が票を分け合ってしまったから、という見方が出来ます。もう1つの見方は、候補Aは多数決では勝てるかもしれないけれど、実は多くの投票者に嫌われていて、そのような候補は2回投票制やIRVではなかなか当選できないという事です*11


選挙方式には多数決以外のものもあり、多数決と違う結果になることもある、というのはこれで示せたと思いますし、1人の投票者が選挙で伝えられる情報の量が、2回投票制やIRVの場合、多数決よりも多いのも明らかだと思います。では、多数決で起こる、戦略投票の問題は違う方式を使えば避けられるでしょうか?また、2000年の大統領選のネーダー、ブッシュ、ゴアの例で考えて見ます。候補が3人の場合、IRVと2回投票制はほぼ同じなので*12大統領選挙がIRV方式で行われるとします*13


あなたは、出来れば「ネーダー、ゴア、ブッシュ」と投票したいとします。上で書いたように、多数決の場合にネーダーに入れてしまうと、「ゴアの方がブッシュより良い」というあなたの意見が結果に反映されません。


ではIRVでネーダーを1位にランクする事で、似たような損をするかというと、しません。なぜかというと、ネーダーが最初に除外されたとしても、あなたの票は「ネーダー、ゴア、ブッシュ」から、「ゴア、ブッシュ」に変更されるだけだから。「だめもと」でネーダーに投票しても、損はしない。つまり、正直な自分の意見を票に書けば良い事になります。


選挙で投票者が伝達する情報の量も質も、2回投票制やIRVが多数決に勝っています。一方、多数決は単純で、選挙を行う費用が抑えられます。それを理由として、もっと優れていると思われる制度を採用しない理由になるか、という問題になります。


2回投票制は、どうやっても1回しか選挙を行わなくて良い制度よりも費用がかかってしまうでしょう。ただ、IRVの場合、多数決との費用の差はかなり縮められるもののように見えます。投票を行うのはどちらも1回で、違いがあるのは開票作業の手間です。そしてこれは、選挙電子化が進めば大きな問題ではなくなるでしょう。


制度が複雑すぎて理解されないのでは、という疑問も、実際にオーストラリアアイルランド国政選挙、そして他の国の地方選挙でも実際に使われている事を考えると、大きな問題ではないと思われます*14


とりあえずの結論

IRVの方が、多数決より良いと思います。


…後編では、IRVでも起こりうる戦略投票の例、IRVと類似した他の同じくらい良いかもしれない選挙方式、アローの不可能性定理との関係、などカバーする予定です。


多数決の何が悪いか(後編) - 物理学と切手収集」に続く

*1:まぁ、満足しているとも言いませんが

*2:性別、財産などの条件で差がつかない

*3:上に書いた目的から考えると、議会選挙では比例制を拡大する事に自分は概ね賛成です(例えば、参議院は全部比例制で良いのではないか、とか)。ただ、ある地域の代表が議会にいる事のメリットを強調する意見にも一理あると思うので、1人の候補を選出する選挙区があるのは前提として、その中でどうやって選挙を行うべきか、という話。大統領、市長など、1つしか枠がない役職の選挙もある以上、避けられない問題でもあります。

*4:Pluralityは、他と比較して多数の意味。

*5競馬で、ゴールポストを最初に通過した馬が勝つ事に例えた名前。

*6:英語ではtwo-round systemまたはrunoff voting。Runoffは、優勝決定戦のこと。

*7:各国の選挙方式の一覧はここで見られます。 "List of electoral systems by country - Wikipedia"

*8:決選投票に3人以上残れるような変種もありますが、ここでは一番単純な方法の説明をします。

*9オーストラリアでは"preferential vote"と呼ばれ、"alternative vote"という呼称も使われます。

*10:もちろん、逆転しない場合の方が実際は多いはずですが、違いを強調するためにこのような例にしました。

*11:IRVの例では、1位票4つ、最下位票5つと、例にしても極端ですが。

*12:実際には、2回投票制で1回目に投票した人と2回目に投票した人が全く同じにはならないですし、投票の合間に意見が変わる可能性もあるので、結果がIRVと同じとは限りません。

*13選挙人制度とかは本筋ではないので割愛(笑)

*14:"History and use of instant-runoff voting - Wikipedia"

2012-12-16

Daniel Kahneman, "Thinking, Fast and Slow"を読んで

次にブログで本の話を書くならこれだな、と思っていた本の和訳が出たので、紹介しておきます。読んだのは英語の方で、翻訳の保証は僕からは出来ません。


Thinking, Fast and Slow

Thinking, Fast and Slow


最初に

著者のDaniel Kahnemanは、俗にいうノーベル経済学賞*1を受賞した人ですが、心理学者です。経済学賞を受賞したのは、経済学で使われる、人間の判断が「合理的」だという前提がどのように間違っているのかを示し、行動経済学と呼ばれる分野を切り拓いたため。人間が合理的だと仮定するのがそもそも無茶苦茶だったんじゃないか、と思われるかもしれません。個人レベルで見ればその仮定は確かに無茶苦茶とも言えると思うのですが、例えば、あるものの値段を高く見積り過ぎる人がいれば低く見積もり過ぎる人もいる事、さらに見積りの失敗に気付いたら修正するだろう*2、というような所まで考慮すると、そこまで的はずれな仮定ではないだろう、と考える事も可能です。KahnemanやAmos Tverskyが示したのは、人間の判断にはある特定の方向に揃ってズレる傾向(認知バイアス)があり、それが経済学での結論に影響を及ぼすことでした。


まず書いておきたい事は2つあって、1つは、この本は行動経済学の本である以前に心理学の本だという事。タイトルの「ファスト」と「スロー」は、人間の思考を行う主体が、即断型の「システム1」と熟考型の「システム2」に分けられる事に由来しています*3。本の主役は、この2つの思考プロセス。経済学への影響の話も本の後半に出てきますが、いくつかあるテーマの1つ、と言っていいと思います。


2つ目の前置きは、これは誰にでも当てはまる話だということです。目の錯覚が起きる、という画像を見ればほとんどの人が錯覚を起こすように、認知バイアスも、ある状況に置かれればほとんどの人が引っ掛かってしまうもの。そして、目の錯覚についての本を読めば錯覚が起こらなくならないのと同様、この本を読んでも認知バイアスがなくなるわけではありません。Kahneman自身が自分のバイアスに気付くエピソードも繰り返し登場するくらいで、判断の当事者になった場合、自分のバイアスを認識、修正するのは困難になります。この本で分かるのは、どのような場合にどのようなバイアスがかかりやすいのか、という知識と、そういったバイアスについて考え、話し合うための枠組みです。


"All men have opinions, but few think."*4

さて。本書の前半は、人間の判断のデフォルトはシステム1、いわゆる直感だという話。システム1の判断は、多くの場合には適切ですが、難しい問題についてはお手上げです。順序立てて考える能力を持っているのはシステム2ですが、システム2は怠け者。立ち止まって考えないといけないな、という認識がされるまでシステム2は起動しません…と言う話なのですが、これを僕がここで説明してもダメでしょう。Kahnemanは実験や身近な例えを散りばめながら、システム1とシステム2の特性を解説してくれています。読者それぞれが、読みながら自分の頭から湧いて出てきたアイディアや、過去の体験と当てはめて考えながら読み進めて欲しいです。


読みながら僕が考えた事の1つとしては、チェスや囲碁をしている際の頭の働きがあります。どちらのゲームでも*5、ある程度強くなってくると、良さそうな手が咄嗟に浮かんでくるようになります。この最初の勘が悪くない事は多いです。それはもちろんこれらのゲームでは、似たような場面で似たような手が良いことが多いから。ただ、この最初の勘が大きく外れている事も当然あります。最初に思いついた手より良い手を自分で見つけるためには、落ち着いて戦略を練ったり、順序立てて先の手を読む必要があります。最初の勘を出してくるのがシステム1で、戦略や読みで使われるのがシステム2、というわけですが、ここまではこのようなゲームの経験者なら当たり前の話だと思います。


Kahnemanの話のご利益は、どういった状況でシステム2が働くのかが書かれている事。僕が囲碁をやっていて一番驚いたのは、空腹の影響の強さです。空腹状態でも勘は働くのですが、時間をかけて手を読む事がほとんど出来なくなります。これは、システム2が作動している集中状態では、脳がエネルギーをいつも以上に消費している事で説明されます。お腹が減っている時には節約モードに入り、システム2は出来るだけ使わなくなってしまうわけです*6。これは、本を読む前から自覚症状のあったケースですが、自分では気付かないような裏技的なアドバイスもこの本には出てきます。


"The death of one man is a tragedy, the death of millions is a statistic."*7

システム1とシステム2が登場した後、これらの働きからどういった認知バイアスが生じ、実世界での人間の判断にどういった影響を及ぼすのか、という話に続きます。科学に関わるものとして特に興味深かったのは、人間の直感がいかに統計・確率的な考え方を苦手としているか、という部分。このブログでは以前、データを日常的に扱っているはずの科学者たちにとっても、統計を把握するのが難しいらしい事を指摘しました。


本に出てくる話に、その筋では有名なバスケットボール選手の「調子」についての研究があります。NBAなどの試合の放送見ていると、シュートを何本か続けて決めた選手について、"He has the hot hand"、などの表現で、次も決めるのじゃないかとアナウンサーが予想する事が良くあります。ところが、シュートの成功、失敗の順番を調べてみると、ランダムと区別が出来ない事が分かりました*8。シュートを連続で決めている選手が次にも決める事が多い気がするのは、幻想だという事です。


これに対するバスケ関係者の反応は、まず反発、そして無視でした。無視されているのは、今でも放送でそういった解説がされることから分かりますし、選手も監督も、味方の「調子の良い」選手にボールを回そうとし、相手の「調子の良い」選手をきつくマークします。「この選手は調子が良いから連続で決めている→次も決めるだろう」、というストーリーが、システム1にとって強烈すぎるのです。


スカウトなどの「専門家」の目より、統計分析の方が的確な結論を出すことがあるというのは、野球のMoneyballのテーマの1つでもありました。そしてスポーツだけではなく、今回のアメリカ大統領選挙でデータを元に予想した人達*9が、評論家たちに猛反発を受けた事も、統計というものが人間の求める「ストーリー」と相容れないもので、直感的に受け入れにくい事を示していると思います。その意味で、データを把握するために重要な「平均への回帰」が理解されたのがニュートンよりも200年も後だった、というのは納得の行くストーリー(笑)でした。


最後に

後半の行動経済学の部分は、個人の経済行動はもちろん、民主主義では市民が議論するべき政策に絡む話が出てきます。日本では、原発事故以降注目されるようになった色々なリスクの問題が、認知バイアスの例をいくつも提供してしまっているように思います。原発に限らず、紛糾している問題というのは何らかのバイアスが障害になっている場合が多くあります(アメリカなら、銃規制、地球温暖化、等々)*10。認知バイアスは誰もが影響を受けてしまうものだという事。特に、自分の信じている事を補強する話に注目してしまう「確証バイアス」の危険を、出来るだけ多くの人が認識した上で議論が進められるようにならないかと願っています*11


実は、僕が一番刺激を受けたのはまた違う部分で、最近Kahnemanが関わっている幸福度の研究*12の話でした。例として出てくる彼の研究にこのようなものがあります。まず、痛みを伴う治療の間、患者に苦痛の強さの変化を記録してもらいます。そして治療の後に、全体的にどれくらい苦痛だったかを評価してもらいます。これを比較して分かったのは、全体的な評価は、一番痛かった時の痛さと、治療の終わりの時点でどれだけ痛かったかに大きく影響される一方、苦痛だった時間の長さにほとんど影響されない事でした*13。リアルタイムで体験した苦痛を「合計」するのと、後になって思い出す苦痛の「合計」は、必ずしも一致しないという事です。


これは、倫理的な判断をするには行動の想定される結果をまず考えるべき、という帰結主義という考えにとっては大問題になります。例えば、いくら他人に苦痛を与える行為でも、相手が思い出せなければ問題ないという立場も可能なのではないか、などと考える必要が出てきます…という話は自分の興味に引っ張り過ぎかもしれないので割愛しますが、読む人それぞれの興味によって、深入りしたくなる部分がある本ではないでしょうか、というところで終わりにします。

*1:アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞

*2:修正する能力がなければ市場から出て行く事になるだろう、等々

*3:一般向けの本という事で、用語の厳密性は著者自身が少し緩めているようです。

*4:ジョージ・バークリーの引用とされていますが、出典がちょっと調べただけでは分かりませんでした。

*5:技術を要求されるゲームでは大体そうでしょう。というか、「技術を要求される」、というのはそういう意味と言って良いかもしれません。

*6:Kahnemanの挙げる例には、裁判官が、空腹状態の時に仮釈放の判定に厳しくなる、という恐い話があります。S. Danziger, J. Levav, and L. Avnaim-Pesso, "Extraneous Factors in Judicial Decisions," PNAS 108 (2011): 6889-92.

*7:これはスターリンの引用とされていますが、(システム1に訴えかける)出来すぎた話らしいです。http://en.wikiquote.org/wiki/Stalin#Misattributed

*8:T. Gilovich, R. Vallone, and A. Tversky, "The Hot Hand in Basketball: On the Misperception of Random Sequences", Cognitive Psychology 17 (1985): 295-314.

*9:特にNate Silver

*10:もちろん、バイアスが認識されれば即解決されるとは思っていません。

*11:こんなジョークも見ましたが。

*12:というとなんか怪しいですね…(笑)

*13:D. A. Radelmeier and D. Kahneman, "Patients' Memories of Painful Medical Treatments: Real-time and Retrospective Evaluations of Two Minimally Invasive Procedures," Pain 66 (1996): 3-8.