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One Way To The Heaven このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter


風来坊の読書メーター(新装開店版)
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11月12日(土)

[]ムーンライダーズ無期限活動休止について私が思う2、3の事柄

昨日の朝、トーストは食べなかったけど、電車に乗ってとりあえずTwitterをチェックしたらまっさきに飛び込んできたのが、ムーンライダーズの無期限活動休止を知らせるツイートの数々。思わず声を出しそうになるくらい驚きました。これまでにも何度か活動を休止したことのある彼らのことですから別に何もいわず数年間メンバーそれぞれがソロ活動に専念して、また気が向いたときバンドを再開したって構わないと思うのですが、わざわざ公式に宣言したということにこれまでにない重みを感じざるを得ません。何年かして「あれは結局なんだったんだ」と苦笑しながら彼らの新作を手に取ったり、ライヴに行ける日が来ることを願いつつ、ムーンライダーズについて今思うことを書き留めておきたいと思います。

昨日もつぶやいたのですが、かつて鈴木慶一は「ロックは集団でつくるものだと思っている」といった主旨の発言をしていました(おそらく「火の玉ボーイとコモンマン」。手元に無いので確認できないのですが)。ムーンライダーズはこのテーゼを35年間ずっと追求し続けたバンドだというのが私の見解です。「集団」というのはここでは狭義の「バンド」として考えているのですが、彼らはその時代時代の中で、ありとあらゆるバンド形態の可能性を試み、音楽に反映させていきました。前身だったはちみつぱいの時期は初期ザ・バンド的なコミューン的なつながり。その後ムーンライダーズとして出発してしばらくは、通常のバンド形態の中で音楽性を拡げていきました。そこに大きな転機をもたらしたのがパンクニュー・ウェイヴコンピューターの導入です。このあたりについては「電子音楽in JAPAN」などで詳しく触れられているので省略しますが、コンピューターという「他者」が大きく介入することで、メンバーそれぞれのバンド内での位置が一旦解体され、さらにニュー・ウェイヴの動きに同調したことで80年代のムーンライダーズはこれまでのバンド形態にこだわらない制作を過激に進めていき、音楽的にも大きな成果をあげてきました。『アニマル・インデックス』のように個人がそれぞれ自分楽曲を完全に責任をもって仕上げて持ち寄ってもバンド色が薄れるどころか、かえってにムーンライダーズという存在が浮き彫りになる。かつてビートルズが「ホワイトアルバム」で暗示したことを80年代のムーンライダーズはより具体的なかたちで実現したといえるでしょう。そしてメンバー個人の楽曲バンド全体の楽曲が混在しながらも、強靭なトータリティをもって聴く者を圧倒した『ドント・トラストオーヴァー・サーティー』で彼らの歩みはいったん頂点に達しました。

5年間の活動休止期間を経て、91年の復活作『最後の晩餐』からムーンライダーズの歩みは新たな局面を迎えます。ただ、ムーンライダーズの90年代は様々なことにチャレンジするものの、どうしても迷走していたという印象をぬぐえません。80年代前半まではロックの先端であることが、そのままポップ・ミュージックの先端とほぼ重なっていました。しかし、90年代以降はそうではなく、ややもするとロック自体が死んではいないにしろ、ポップ・ミュージックの先端であるはいえない状況になったのです。そのような中、ムーンライダーズは多彩な音楽性を持つバンドではありましたが、根本的にはロックであり続けました。そのせいか90年代の諸作は、ひとつひとつの曲のクオリティは高くても全体としてはどこかずれているように思えることが多くて、なんだかつらかったですね。ロックに縛られてしまっているように感じられてならなかったのです。逆にバンドロックの枠にとらわれずのびのびと好きなことをやっているように見えるソロ活動の方に魅力を多く感じた時期でした。とりわけ、若手に楽曲プロデュースを委ねて制作された『月面讃歌』はバンド個性を水で薄めてしまったような仕上がりになってしまったし、メンバー個人制作の曲を集めて出された『Six musicians on their way to the last exit』では、『アニマル・インデックス』のような化学反応はおこらず、本当に曲をただ並べただけのものになってしまい、当時は落胆しました。もう彼らに刺激を求めても無理な話で、普通にいい曲を書くバンドとして接するしかいかと、半ばあきらめの境地にこの頃はなっていましたね。

ところが21世紀に入って、ムーンライダーズは再び80年代に勝るとも劣らない活力に満ちたアルバムを連発するようになったのですから驚きです。時代混沌をそのまま音の塊としてぶつけたかのような傑作『ダイア・モロン・トリビューン』。メンバーそれぞれの“昭和”を重みのあるサウンドで表出した『P.W.ベイビーズペーパーバック』。そして粒ぞろいの楽曲現在過去にとらわれない自在なスタンスで生き生きと響かせた『ムーンオーヴァー・ローズバッド』と21世紀版『青空百景』と呼びたい『Tokyo 7』。彼らがこれまで歩んできた道のりが唯一無二の音楽として結実した、他のバンドには出せない円熟の境地がこれらにはあったのです。あらゆるジャンルがフラットになった21世紀だからこそ、再び風が彼らに吹いてきたのかと思わされました。だからこそ、この先彼らがどんな姿を見せてくれるのか本当に楽しみだっただけに、今回な急な知らせは残念でなりませんでした。

活動休止の報に接して、ムーンライダーズ音楽自分に与えてくれたものは何だったんだろうと漠然とあれこれ考えていたところ、たまたま読み始めていた國分功一郎著「暇と退屈の倫理学」の中にある一節が目に入りました。その瞬間、答えがスッと浮かんだのです。

人はパンがなければ生きていけない。しかし、パンだけで生きるべきでもない。私たちはパンだけでなく、バラももとめよう。生きることはバラで飾られねばならない。

(「暇と退屈の倫理学」序章P27より引用

そう、それはすなわち「薔薇がなくちゃ生きてゆけない!