2012-02-08
ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する
これはだいぶ有名になった本で今更僕などがオススメする必要はないのだけどせっかく読んだから何か書いておこう。本書にはタイトルとして「経済学」とついているが経済的な知識はほとんど出てこない。たとえばデフレがどうしたとか日本経済の行方とか大恐慌の原因はなんだったのか株の上がり下がりの話などなどは特に。
本書で扱われる問題はたとえば『麻薬の売人がそんなに設けているのなら、彼らがいつまでも母親と住んでいるのはなぜ?』だとか『銃とプール、危ないのはどっち?』というような一見意味がよくわからないものや『相撲界は腐敗している?』(余談だけど相撲界で八百長がスキャンダルになるずっと前に本書は相撲界の八百長を分析していた。それで話題になったのもあるのかな)といった、
まあ、一言で言えばくだらないというか、あんまり意味があるのか無いのかわからないような分析が多い。経済なんてものではなくただただ人間の動きを分析しているだけなので行動分析学の本だといっても違和感はない。むしろ経済学と付いている方が違和感があるぐらいだけど名称なんか結局のところどうだっていい。
すごいのは「社会の中での人間の動き方について、誰も想像もしなかったような新しい見方を提示し、筋の通った考え方」をしている点だろう。本書で最大かつ一番面白いと思われるテーマに『アメリカの犯罪率はなぜ下がったのか?』という疑問がある。
1995年、犯罪学者ジェイムズ・アラン・フォックスはアメリカ司法長官にティーンエイジャーによる殺人が急増すると予測してみせた。楽観的観測では10年の間にティーンエイジャーの犯罪は15%増加し、悲観的観測では100%増加するといったそうだ。
これは何もこの人だけがそういう恐怖を持っていたわけではなくて、当時のアメリカ社会では大勢がそういう考え方をしていたという。つまり犯罪は確実に今よりも増えて、アメリカは犯罪大国になり道を安心して歩く暇はなくなるだろうと考えていたようだ。予想もそういった恐怖を反映したものになっている。
しかし実際、犯罪率は100%どころか15%も増えず、5年間で50%減少した。これについて多くの理由が専門家からよせられた(銃規制が広まったから。取締戦略がきいたから。)。本書ではその説を嘘っぱちと否定する。その代わりに提示される理由は『中絶の合法化』が1973年に合法になったということだという。
なぜ『中絶の合法化』が犯罪の減少の理由になるのか? 数十年にわたる研究によると家庭環境の悪い子供はそうでない子供に比べて犯罪を犯す可能性がずっと高い。中絶を合法化することによって中絶が禁止されていた状態ならば生まれていたはずの「貧しい家庭環境の悪い家」から子供が生まれなくなった結果、犯罪源が消滅したのである。
いやあ凄い視点だと思う。本書が凄いところはいくつがあるが、まず1.スタートの疑問点が凄い。2.その疑問点を検証する為に、必要なデータのとり方を考えることが出来るのが凄い。3.検証していく過程で扱うデータ量が凄い。
3つのうち特に重要なのは2かな。どんなに優れた着想を得てもそれをどうやって検証すればいいのかわからなかったら宝の持ち腐れ、陽の目を浴びることなく頭の中ですごいアイデアだけが眠り続けることになる。本書は『何をどうやって測るべきかを知っていれば込み入った世界もずっとわかりやすくなる*1』ことを教えてくれる。
各テーマも面白かったけれど、違った視点の作り方、みたいな方法論を学べたところが大きかった。
- 作者: スティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・ダブナー,望月衛
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
- 発売日: 2007/04/27
- メディア: 単行本
- 購入: 25人 クリック: 289回
- この商品を含むブログ (216件) を見る
*1:p15
2012-02-06
道化師の蝶
まとまっていないのでぐだぐだと適当に書いていくけれどすこぶる面白かった。円城塔さんはいくつものテーマを常に並行させて各作品を書いているのではないかと想像していて、たとえばそれは「何度でも読める本は書けるのか」っていうテーマだったりすると思う。当然作品ごとにテーマというか着想のスタート地点はあるはずで『道化師の蝶』ならそれは以下に引用するようなところからとか
全文掲載:芥川賞受賞会見 円城塔さん | NHK「かぶん」ブログ:NHKより
あらすじは「着想をどうつかまえるか」という話を書こうと思っていて、着想は変なもので、あらかじめ知っている必要はないんですね。それはどこかから降ってこなくてはいけないんですが、降ってくるって何?という話があり、自分でもわからないけれども、まわりの環境では決まっているというだろうというものが確実に自分の中に入ってきてしまうという状況を書くとどうなるのかな、という話です。あらすじではなくてどうして書いたのかみたいな話になっていますが、あらすじはいろんな人が出てきて旅をする話だと思ってもらえれば大丈夫です(笑)。
本書に同時収録されている『松ノ枝の記』は起源の話だろうか。旅の話かもしれない。著者曰く『道化師の蝶』も旅の話だからそういう意味では二つの話は等しく旅の話なのか。ただし後者では旅が長く続きすぎて起源を忘却していってしまう様が書かれている。悲しい。
あるいは起源をめぐる話という意味では『道化師の蝶』も同一かもしれないとふと思い立った。本書では『さてこそ』という言葉がキーワードになっていて要所で何度か使用される。さてこその意味を調べると「前述の意味を受けてそれを強調する語」などと書かれている。
つまりさてこそが使われるためには前述に連なっている言葉がなければならないがさてこその前のさてこその前のさてこその前のどこかには文章の起源があるはずだ。でも本書はさてこそでつながった文章が結局最初に戻ってきて起源はよくわからない。繰り返し語られ直していくエピソードは、食い違いがある。
繰り返し読み返すことで内容が変化していく小説というのがひとつの理想系なのかもしれない。小説は音楽のように通常は何度も再生されることはないがそれは寂しいことだ、という認識が本書にはある、と思う。
食い違い、矛盾といえば『道化師の蝶』はとても神林長平チックだなあと思いながら読んでいた。まあ言語についての物語という側面が強かったので言葉を主テーマにして書き続けてきた上に円城塔先生も神林長平ファンなのだから彷彿とさせるのも当然かもしれないと思ったけれどこんな文章があったのでかなり意図的なのだと思った。
娘から母が生まれたという文章があれば語義の矛盾が生じるが、矛盾は並ぶ文章により解消されうる。そっけなくタイムマシンという単語を投げたりすることで。
神林長平先生の言壺という作品は次の文章で始まる。→『私を生んだのは姉だった』。まあたしかに似てはいるけれど、考えすぎといえば考えすぎか。でも意識はしていると思うな。
さて、ここまでが大体道化師の蝶の感想で本書にはまだ『松ノ枝の記』が残されている。正直僕はこちらの方が美しくてとても好きなのだけどもう面倒臭くなってしまったのでここらでやめにしよう。でも同じく旅の話だしアイディアが面白いし素晴らしいと思う。
総じてオススメ。
- 作者: 円城塔
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2012/01/27
- メディア: 単行本
- 購入: 1人 クリック: 79回
- この商品を含むブログ (28件) を見る
2012-02-02
ジョブズは何も発明せずにすべてを生み出した
多くの人が自分の人生のショートカットを試みているような気がしている。たとえば大学に合格する為の効率の良い勉強法を求める。効率よく気楽に、ストレスなく痩せる方法を求める。しかし最も効果があって実際に効率が良く効果があがるのは「自由な時間を限界までけずって勉強する」とか「食事量を制限し運動を毎日する」といった目標を定め、覚悟を決めて毎日階段をひとつひとつ上っていく作業だ。
誰の目の前にもあるその一番堅実なルートを誰もが嫌がって別の方法はないかと探し回っているように見える。ジョブズの本を僕はたくさん読んできたけれど誰もが同じことを語るので2冊目ですでに飽きてしまう。なぜかと色々考えて最初はジョブズの生き方がその製品のようにシンプルなので誰が書いても新しくなってしまうとか。
しかしそれ以上に一番堅実な王道を堂々と通っているからなのかもしれない。
たとえばジョブズがやってきたことを一言で集約するのならば『シンプルでエレガントな製品を作り上げる為に妥協をしない』だし、それ以外のほとんどの部分は「自分の本当にやりたいことを見つけて全力を注ぐ」とか「プレゼンは何十、何百時間もかけて練習する」みたいなあまりにも地道な作業を必要とする。
どれもあまりにも真っ当なやり方で誰も解釈を誤りようがない。だから誰もが理解して説明できるのだが「合格したい大学があるのなら寝る間も惜しんで勉強すればいい」といわれて「おおそうかすぐにやろう」と出来るものでもないようになかなか難しい。
僕を含めて誰もがジョブズのおこぼれを得ようと彼について書かれた本を読むが「はあすごい人だなあとても自分にはまねできぬ」と思って終わってしまい次にジョブズ本が出たら「今度は自分でも手軽に真似ができる」方法が載っているかもしれぬとつい引き寄せられる。あまりに間抜けといわざるを得ない。
というわけで本書のほとんどはすでに書かれていることだけど書名になっている部分については面白かった。それはこういう部分のことだ。
「インベンション(発明)」と「イノベーション(革新)」の間には、大きな境界線がある。「インベンション」は詰まるところ、自己満足に過ぎないが、「イノベーション」は世の中の人々に満足感を与え、世界に変化を生み出す。
読んでみればなるほどシンプルな話である。たとえばAppleは初めてマウスを発明したとされているがマウスを発明したのはゼロックス社の博士だった。すでにあったそれを見つけたジョブズは条件を4つあげて大衆に広めた。1.15ドル以下で作れること。2.2年間の耐久性があること。3.木やメタルといったデスクの上において直接使えるようにすること。4.ジョブズのジーンズの上で使えること。
要するにゼロックスで生まれたもののどこにも広まらず活用されず死んでいたものを、大衆の誰もが手に入れて使えるようにしたのがジョブズだった。マウスに限らずジョブズは人が発明したものを見つけ出してきて自分のヴィジョンを達成する為に活用し、そのヴィジョンは「世界を良くすること」に繋がっていた。
「『インベンション(発明)』と『イノベーション(革新)』の違いは、後者が実行を伴うことだ。アイディアを持ってきて、それを形に変えるのが『イノベーション』。市場に送り出すのが『イノベーション』というわけだ。」
単純に「広める」ことではなくひとつの「文化」を築きあげることこそがアップルと他の企業の違いだ。文化の定義は具体的に本書では語られていないけれど、「その後何十年も誰もが使い続ける伝統になること」ぐらいでいいだろう。マウスは結局発明されてから、誰もが今でも使っている。マウスを使ってパソコンを操作するという文化をアップルは生み出したのだ。
ジョブズは何も発明せずにすべてを生み出した (青春新書インテリジェンス)
- 作者: 林 信行
- 出版社/メーカー: 青春出版社
- 発売日: 2012/01/25
- メディア: 新書
- クリック: 2回
- この商品を含むブログ (2件) を見る
2012-02-01
バレエ・メカニック
造形家である木根原の娘・理沙は、九年前に海辺で溺れてから深昏睡状態にある。「五番めは?」―彼を追いかけてくる幻聴と、モーツァルトの楽曲。高速道路ではありえない津波に遭遇し、各所で七本肢の巨大蜘蛛が目撃されているとも知る。担当医師の龍神は、理沙の夢想が東京に“砂嵐”を巻き起こしていると語るが…。『綺譚集』『11』の稀代の幻視者が、あまりにも精緻に構築した機械仕掛の幻想、全3章。
津原泰水作。2009年に出たものをつい最近文庫化。
タイトルには元ネタがあり、ジョージ・アンタイルという方の音楽のタイトルであるようだ。エウレカセブンの話のタイトルに使われていたりして、結構有名ぽい。僕は知らなかったけれど。ジョージ・アンタイルさんのWikipediaから少し引用する。
最も名高い作品は、1926年の「バレエ・メカニーク」であるが、これは演奏会用に企図された作品であって、曲名に反して、舞踏音楽としては作曲されてはいない。この曲において踊り子を演ずるのは機械であり、電子ブザーや航空機のプロペラといった部品が含まれていた。この作品は、初演において、騒動と評論家の非難を巻き起こした。
本作は3章に別れておりそれぞれお話は関係しあっているものの雰囲気やテイストがずいぶんちがってまったく別のお話のようにも思える。1章で本作のタイトルにもなっている『バレエ・メカニック』は筒井康隆のパプリカを強烈に思い起こさせる夢と現実が入り混じったような都市を馬に乗ってテクテク歩いて行く意味不明な話だ。
まあ意味不明な話なのは2章も3章も同じなのだけど。でもわけがわからないなりに「凄い」と感じるのだから凄い(語彙が貧弱だ)。でもそれはたとえばエヴァンゲリオンの劇場版を観た時のわけのわからないけどすごい感ではなく本作は「何を言っているのかさっぱりわからないがとにかく一つ一つの表現がすごい」のでタイプが違う。
作家にも得意とするものが一人一人違うけれど津原泰水は感覚を表現するのが圧倒的にうまいと思う。人間が感じるめまいとか、気持ち悪い物を観た時の嫌悪感など。そういった個々の人々に固有の身体感覚を文章で詠み手に理解させるのがうまいのだ。たとえばこんな感じ
君は前方に目をやったが酩酊感はいっそう強まっており、どこがどう混雑しているのか認識出来なかった。馬車はゆっくりと直進しているはずなのに景色がひどくめまぐるしく、不慣れな人間が撮影したヴィデオ映像のように揺らいで感じられる。子供が目的地に向かって街の隙間をすり抜けていくあの感覚と似ている。
実際このあたりは巨大な蜘蛛が都市をはいずりまわりドアをあけたらそこはまったく別の空間につながっているような意味不明な状況になっている。しかもそこを馬車にひかれてえんやこらと歩いていて作中の人物たちも全く意味がわからんという状況だし読んでいる方も全く意味がわからんこれはなんなんだと思うばかりで上に引用した文章を読んだ時には思わず共感してしまった。
謎が散りばめられており解釈のしがいある作品といえる。物語を根底から見方を変えられるような解釈ができるような気もする。ただそのような気力が僕には湧いて来なかったし面白いかと言われれば物語は意味がわからないが一つ一つの文章を追ってそこに身をひたすだけでも随分と楽しめる小説ではある。そしてそういう小説はほとんど存在しない。ならばそれは読む価値があるしだからこそこうして紹介したのである。
- 作者: 津原泰水
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/01/25
- メディア: 文庫
- クリック: 8回
- この商品を含むブログ (12件) を見る
2012-01-28
映画「J・エドガー」
昨日公開。クリント・イーストウッド監督。レオナルド・ディカプリオが若い時から最晩年までを主演。余談ですけどこの作品をみて人に訊くまでレオナルド・ディカプリオのことをブラッド・ピットだと思ってるぐらい映画をほとんど見ないです。本作の主人公エドガーはマザコンなんだけど、そういう精神的弱さを持つけどめちゃくちゃ有能っていうある種の精神病なのかな。そういうキャラクターを演じるのがもう、レオナルド・ディカプリオは抜群にうまかった。演技がすごいんだ。
あなたは知っていただろうか。20世紀の半分を占める約50年ものあいだ、アメリカで大統領さえ及ばない強大な権力を手にしていた男がいたことを。そのたった一人の人間が、アメリカ中のあらゆる秘密を掌握し、国さえも動かしていたという事実を。
イーストウッドをここまで前のめりにさせ、ディカプリオに演じることを熱望させた伝説の男――彼の名は、ジョン・エドガー・フーバー。FBI初代長官。20代にしてFBI前身組織の長となり、以後、文字どおり、死ぬまで長官であり続けた。彼の在職中に入れ替わった大統領は8人にのぼり、その誰もが彼を恐れたのだ。ルーズベルトは彼に逆らえず、J・F・ケネディは彼の監視下に置かれ、ニクソンにとって彼はこの世でいちばん邪魔な存在となった。国家を守るという絶対的な信念は、そのためになら法さえ曲げてかまわないというほど強く、狂信的なものとなり、それゆえ彼は正義にもなり、悪にもなった。大統領をはじめとする要人たちの秘密を調べ上げ、その極秘ファイルをもとに彼が行なった“正義”とはいったい何だったのか?
誰が演じているのかわからなくなるほど徹底した熱演で、J・エドガーの20代から77歳までを演じて見せたディカプリオ。その迫真をもって名匠イーストウッドが降り立った人間の深淵。脚本に、『ミルク』でアカデミー賞を受賞したダスティン・ランス・ブラックを擁し、共演にオスカー・ノミネートのナオミ・ワッツ、「007」シリーズ(『007 ゴールデアイ』以降)M役のオスカー女優ジュディ・デンチら豪華キャストを配した最強布陣で臨む、事実に基づく隠されたドラマ。あくなき高みを目指した男の、果てなく深い心の奥底を、息を呑んで凝視せよ。
公式サイトから引用。いやあ凄かった。政治から調査を引き離し指紋操作などの科学捜査といった概念を引き入れた。組織を大きくしてアメリカの治安と平和を守るために正義を実行し続けた男を撮った映画です。脚本はエドガーがじいさんになったところから始まり、彼が過去を振り返る伝記を速記してもらい、過去と現在が交互に入り交じりながら展開されます。
それにしても素晴らしかったのはエドガーのキャラクタですね。めちゃくちゃ複雑な人格を抱え込んでいるんですけれども、この表現が面白い。まず喋るのがめちゃくちゃ早いんですね。全編を通して凄い速さでしゃべります。じいさんになっても速記してくれている相手にダーーー!! っと喋るので毎度毎度「おいおい……そんなに早く喋ったら聞きとれないし書き取れないよ……」と心配してしまいました。
速いのは喋るのだけでなく、行動もすべてが速い。一度ホテルで歯磨きをするシーンが出てくるんだけど「がしゃがしゃがしゃがしゃ(歯を磨く音)コップに水を入れて ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ っぺ!!」という一連の動作がめちゃくちゃ早かったので「おいおい……歯周病になっちゃうぞ……もっとちゃんと磨けよ」と心配してしまいました。
でもそれが彼の神経質な正確を表していてよかった。速さを常に求めているのは、成すべきことをひとつでも多くなさなければならないと強迫観念的に考えているからでしょう。ひとつでも多くこの世で仕事を成し遂げて生きている限り自分が信じる正義を断行し続けなければならないんだという思想に追われ続けているのです。そりゃあ人格も歪む。
米国から犯罪者を完膚なきまでに排除するという「正義」を挙げて人を追い込んで組織を拡大していく彼の道のりはみていて気持ちが良いものではある。ただ一方であまりにも「絶対正義の名のもとに!」と正義を断行していくのでとても怖い。いったい彼の正義が正しいことは誰が保証してくれるのか。もちろんそんな保証は誰にも与えることができないので自分の正義を信じるものは恐ろしいのである。
母親からは「権力への指向」を植えつけられ、能力もあったが為に20代にすでにFBIで実質的なトップになっていた。以降何十年もトップに居座り続けるのだが、元々の絶対正義指向もあって自己が肥大化していってしまったのだろう。正義を実行する自分は英雄だと思ったのだろうと色々想像する。それを反映するように老いたエドガーはほとんど狂っている。現実でも過去を自分に都合のいいように変えたりしていたという。
かといって彼のしてきたことが全てひどい自己の勝手な正義の投影なのかというと当然そうではない。しかしやりすぎた。それに歳をとった姿には、観ている方からすれば悲しみがある。若い頃はとてつもない才能と情熱で改革を行なっていき、あくどいこともたくさんやってきたけれどそれ以上に犯罪を断絶してきた。でも歳をとったエドガーは、偏見にこりかたまって思考が縛られ、肉体的に衰えたあまりにも不自由な姿なのだ。
自由なまま歳をとるのは難しい。でも本作のラストはなんというか、それでもいいのかなという気にさせられる。イーストウッド監督の作品はどれも完成度が高くて素敵だ。はずれってものがないんだよね。
黄金の王 白銀の王
二人は仇同士であった。二人は義兄弟であった。そして、二人は囚われの王と統べる王であった―。翠の国は百数十年、鳳穐と旺厦という二つの氏族が覇権を争い、現在は鳳穐の頭領・〓(ひづち)が治めていた。ある日、〓(ひづち)は幽閉してきた旺厦の頭領・薫衣と対面する。生まれた時から「敵を殺したい」という欲求を植えつけられた二人の王。彼らが選んだのは最も困難な道、「共闘」だった。日本ファンタジーの最高峰作品。
すごすぎ。と読み終えた時に思わず呟いてしまうぐらい圧倒的だった。いやーでもこれは本当に凄いなあ。日本ファンタジーと書いてありますけど、国が架空なだけ超常現象などは出て来ません。上にあるのはあらすじなんですけど、タイトルにもある通りこれは二人の王の物語。翠国は鳳穐と旺厦の二大勢力が常に覇権を争っているのですが、物語は鳳穐が一時的な勝利をおさめ、旺厦の次期当主を捉えたあたりから始まります。
当然争い続けてきた二つの勢力が、片方の王を捉えたのだから殺してしまって残党勢力を駆逐していくのが筋道だろうというものですが懸命な鳳穐の王はそれをしません。歳はわずか19歳。なぜなら旺厦の明確な次期当主を殺してしまうことでひとつだった物が千に別れ果てし無きゲリラ戦を強いられる可能性があるからです。
また同時に語られることとして、翠の国の外から、海を渡って独自に発達した文明が侵略してくる可能性が高いことが示唆されます。だからこそ今内部で争っている状況ではないのだと。外敵からの脅威から身を守るために喧嘩をしていた勢力が結束するという話は結構あります。
でも本書では他の物語ではメインテーマとなるそれも「今まで殺し合いをしてきた二つの国が、恨みを乗り越えて何十年といった歴史スケールでひとつになっていく政治過程を書く」ことのうちの一要素でしかありません。この『黄金の王 白銀の王』物語られるのは「どのようにして和解するのか」ではなく「和解を達成していく道のり」にあるのです。
本書ではそれを「川の流れを変える」とうまく例えています。川の流れは一度に変えられるものではなく、少しずつ環境を整備し、進みやすい方に少しずつ、進路をずらしていく他ない。長年に積み上がった恨みをどのようにして解消するのか。どんな困難が巻き起こってくるのか。お互いの父母が「相手を殺せ」と遺言をしてなくなっていくような時代でこれがとても難しい。
物語を語る上で外せない重要な要素が「迪学」(じゃくっていう漢字どう変換していいのかわからん……。)です。この学問を翠の国の人達はみな学ぶのですが、これが非常に、リーダー論っぽい。中心となるのは心構えで、どういう考え方をして、判断基準をどうやって持って、どのような行動をとるべきなのかを定めた学問なのです。
最も単純な形にまでこの教えを落としこむと「なすべきことをなせ」になるようです。
「迪学の訓をひとことに約めると、何だと思われるか」
「なすべきことをなせ」
薫衣は即答した
「では薫衣殿のなすべきこととは」
「おまえを殺すこと」
なすべきことをやり、してはならないことをしない。これが迪学の根本的な教えです。しかし一番難しいのは「いま何をなすべき時なのか」「いま何をすべきでないのか」を判断することです。
──そうか。迪く者としてあることの、いちばんの困難は、なすべきことをなすこと自体でなく、何をなすべきかを見極めることにあるのだな。
二人の王は「今自分たちが為すべきなのはお互いに争うことではなく、親の遺言に背いてでも争いをこの世から消すことなのだ」と自覚していきます。しかしそれは非常に難しい。偏見、道徳、すべての基準が今よりも強い時代なのです。でも凄いのは、「親から相手を根絶やしにしろと遺言され、長年殺しあってきた相手と和解するのが自分のなすべきことなのだ」と自覚できたことなんだよなあ。
「困難からお逃げになるのか」
「困難ではない。不可能だ」
「困難と不可能を見分けよと、師は言われなかったか。血が重く、迪くものが多いほど、困難の度合いが大きくなる。我々は、常人には不可能なことも、なしとげなくてはならないのだ」
一国のリーダーという立場は重いなあと本書を読むと当たり前のことを考えてしまいます。何しろ自分に命令を下してくれる人はだれもおらず、自分がとった決断の責任はすべて自分でとらなければならない。本書は困難なことにどのようにして立ち向かうべきなのか、迪学を通してリーダーとしての心構えを教えてくれます。困難なことに挑戦していかなければいけないということも。
いやあ本当に面白かった。これはオススメ。
- 作者: 沢村凜
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2012/01/25
- メディア: 文庫
- この商品を含むブログ (7件) を見る
新装版 レモンをお金にかえる法
絵本で大人ならば5分ぐらいで読めてしまう。。経済は今のところはまだ「科学」出来ているわけではない。つまり完全な再現性のある現象として全てを解明できているわけではない。それは当然予測不能である人間が関わっているからでもある。一方で、原則的なルールが適用される部分もある。たとえば物の価格が上がった時に購入量は下がるといったルールは例外はあるにせよ誰もが認めるところだろう。
この絵本に書いてあることは経済の最も基本的な需要と供給、競争と合併、インフレからの不況、そしてケインズ的な景気回復まで、経済原則が主人公の女の子がレモンをレモネードにしてお客に売り始めることで、実感として理解できる。『新装版 続・レモンをお金にかえる法』の方はもう少し踏み込んでいてインフレ、不況、景気回復まで。こちらではレモンの不作によって、レモンの価格が上昇⇒レモネードの価格も上昇⇒レモネードを買うために他の物価も上昇⇒賃金も上昇⇒失業率が大幅アップといった基本的な流れが学べる。
絵本だからといって馬鹿にしてはいけない。巻末の解説は完全に大人向けだしね。
- 作者: ルイズ・アームストロング,ビル・バッソ,佐和隆光
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2005/05/21
- メディア: 単行本
- 購入: 3人 クリック: 53回
- この商品を含むブログ (21件) を見る
- 作者: ルイズ・アームストロング,ビル・バッソ,佐和隆光
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2005/05/21
- メディア: 単行本
- 購入: 1人 クリック: 8回
- この商品を含むブログ (11件) を見る
