基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

この正解の分からない混沌が、私は好きだった。──『富士学校まめたん研究分室』 by 芝村裕吏

ほんわかした表紙の絵柄と、「まめたん」というタイトルでゆるい感じにみえる。が、読んでみればこれがハードだ。小型の無人戦車(全長1m、全幅1m)のまめたんと、最初の発案者、研究者である三十歳処女の工学系女子を主軸に据えた一冊。少女漫画的なあたふたしたラブロマンスに未知の領域に踏み込んでいく研究のおもしろさ、ロボット開発を取り巻く検討、課題切り分け、コスト意識にリアリティがあって、試行錯誤の部分が組み合わさって素晴らしい内容になっている。

陸上自衛隊富士学校勤務の藤崎綾乃は、優秀な技官だが極端な対人恐怖症。おかげでセクハラ騒動の責任を押しつけられ、閑職で失意の日々を送っていた。こうなったら質の高い研究で己の必要性を認めさせてから辞めてやる、とロボット戦車の研究に没頭する綾乃。謎の同僚、伊藤信士のおせっかいで承認された研究は、極東危機迫るなか本格的な開発企画に昇格し…国防と研究と恋愛の狭間で揺れるアラサー工学系女子奮闘記! ──Amazon.co.jp: 富士学校まめたん研究分室 (ハヤカワ文庫JA): 芝村 裕吏: 本

ただ現実そのままではまだ実用化できるレベルにはないので(できるんだったらとっくに存在しているだろう)、時代は現在(2013年)よりいくらか先に設定されている。小型無人戦車を実装する上で根本的に存在しなければいけない技術は、ある程度発展している前提にある。未来の設定だと言っても、何もかも現在にない超技術で解決してしまうわけではない。たとえばロボット開発なんて研究や工場建設まで含めて10年もかけて作っていたらあっという間に陳腐化しているわけで、陳腐化対策は必須だし……と実地で運用する上でのクリティカルとなる検討事項なんていくらでもある。その検討の過程が面白いのだ。

この正解の分からない混沌が、私は好きだった。霧の中を歩いているような気がしたからだ。現実逃避と研究は似ている。

まめたんは表紙イラストにばばーんとその形を飾ってくれているけれど、これがまた随分とかわいらしい。著者のTwitterを読むと下記のような検討の過程をちょっとだけ書いてくれていて、検討に検討を重ねた上で本作のまめたんに繋がっているのだとわかる。ちょっと場所をとるかもしれないけれどTwitterは流れていってしまうのでここにまとめて残しておこう。

キャラクタとか

主人公である30歳工学系女子が良い。コミュ障なせいで対人関係トラブルを起こすが、一方できっちり頭がいいので自分の状況を認識して物事を整理し、組み立て発想していくさまがかっこいいのだ。『一つやってみよう。そして、自由を苦手とすることをやめよう。自由を使いこなそう。(p34)』上司との対人トラブルで閑職に飛ばされ仕事がなんにもない状況から自由を使いこなす──、本作では小型ロボットの発想につながっていく。

元々ロボットの研究室にいたこともあって、ロボットの研究をしようと思い立ったのは必然であった。次に考えるのは「どこにどうプレゼンするか」、現場が欲しいものか、上層部が欲しいものか、政治が欲しいものかで話はまったく変わってくる。相手が決まれば相手の要望も決まる。要望が決まれば設計の主軸が見えてくる。次に戦場の機能において現在人間が担当している部分、あるいは担当したくてもできない部分をどう置き換え、あるいは能力として増幅させていくのかの検討に入って──そこも固まったら今度はそれを可能にする技術、コストとのかねあいが──。

と延々と上流工程から下に向かって考え続けながら小型の無人戦車を現実に表出させようとする。いやあ、なんか、何かを作っていくとい一番おもしろいのって「なにをつくろうかなあ」って構想している部分だと思うのだけど(実際に手を動かす段階になるといろいろつまらない摩擦がおこってきて大変だ)そうした面白さが十全につめ込まれていて素晴らしい。過程が丁寧なので、まるで自分も一緒に作っているような気分になる。

と、同時に30歳にして少女漫画みたいな、どきどきして手をつないだり料理をつくってあげたりふりむいてくれなくてやけアイスをくったりといったウェットな展開や、どうにもきなくさい北朝鮮、韓国、米国まわりの国際情勢の変化がまったく同時並列的に進んでいく。主人公の相手役は……あんまり印象には残らない。キャラクタ的にはずいぶん抑え気味ではあるけれどその分一巻でシンプルにまとまっている。

えすえふ

小型の無人戦車を設計、会議を通して実際に創りました! というプロセスの中にいくつも「へえ、そんな方法があるのか!」というアイディアがもりこまれていて、もちろんそれ自体もSFなんだけれども、本当にそうした「画期的な」ものができあがって一番驚くのって使い始めた時だ。iPhoneの時もそうだったが、「ふーん、タッチできるから、なんなの?」とまるで興味がなかったのに一回触ったらそのスムーズさの虜になってしまった。

小型の無人戦車についても同様で、いくらスペック的にあれができます、コストはこれだけ抑えられます、といったって実際に動き、連携し、どのような効果を発揮するかを見せてもらうことで真にその威力がはっきりとわかる。ましてや今はまだ現実には存在しない小型無人戦車の運用だ。その光景が目の前に現れた時、この本は僕にとって特別な一冊になった。