5-四姑娘山の誘い その1

チベット行きのバスチケットを手にした私は、
考える人のようなポーズをしながら、
地球の歩き方 成都編」を見ては、頭を抱えていた。

というのも、そのガイドブックの中に
『四姑娘山(しこじょうさん)』という山を紹介するページがあり、
そこに載っている写真が、とてつもなく美しかったのだ!

まず目に飛び込んでくるのが、自然の鮮やかな色だ。
その生き生きとした自然の描写からは、
ひんやりした高地の空気や、春の高原に響きわたる
小鳥のさえずりまでもがリアルに伝わってくるようだ。
普段、「疲れるから」という理由で山登りが大嫌いな私が
この山になら登りたい!と思い始めていた。

行くべきか、行かぬべきか、それが問題だ!

美しい写真を眺め、頭をかかえこむ事30分。
私は急遽、旅の予定になかったこの山に行ってみることにした。
この山は美人谷へ行く途中にあるし、
今回は旅の期間も三週間と十分にある。
一日や二日、山に行ったところで美人は逃げないのだ!

私は翌日4時半に起き、同じ部屋で寝ている人を
起こさぬよう忍者のようにゲストハウスを出た。
バスターミナルまではタクシーで行くことにした。
タクシーを停めてバスターミナルまで、というと
運転手はあごで分かった、乗っていけと言い、
メーターを自ら倒した。

ん?


中国人の運転手がメーターを自ら倒した!?!?


私にはそれが信じられなかった。
かつての中国では、客が乗車してもメーターを倒さず、
目的地に到着した時に相場より高い運賃をふっかける
というある種のショートコントが定番だったのだが、
彼は自分からメーターを倒したのだ!!!
ショートコント拒否である!
確認させて欲しい。

キミは本当に漢民族か?

あぁ、中国も普通の国になっちまったな・・。
朝の5時からのショートコントを期待していた私は
タクシーの窓からまだまっ暗な成都の町並を見ながら、
なぜだか無性にため息をつきたくなった。

タクシーは思いのほか快調に進み
5時20分には、ターミナルに着いてしまった。
バスの発車は6時半なので残り一時間以上もある。
こんなに早く着くとは予想外だ。

もちろんターミナルは、まだ開いていない。
ターミナルの外には、当日発券のバスチケットを求め
早くから多くの人が来ていた。

寝ている人、遊んでいる子供、鳴るクラクション。
そして次第に夜は明けた。

気づいたら前に子供がいた。
ところでキミはだれ?

バスの主な乗客はチベット系だった。

男女とも日焼けした肌に、
風呂に入ってないことを示す少しテカった髪。
こう書けばなんと不潔な!と思うかもしれないが
乾燥した高地に住む彼らには、
風呂に入るという習慣そのものがないのだ。

バスはしばらく舗装された高速道路のような所を走っていたが、
料金所を抜けると、だんだん道が曲がりくねりだし
大自然が徐々にその雄大な姿を見せ始めた。

道路はかろうじて舗装されている。
こんな長い道を舗装するのは、かなり大変だろうと思う。
いや、もしかすると万里の長城を建てた中国人からしたら
こんな道路は朝飯前なのだろうか。
雨が降ったので、川の水かさもかなり増しているようだ。

ひゃー!!!我ここに死す!!!

どうやら標高もかなりあがってきたようだ。
成都で買ったパンがえらいことになっていた。

私の彼女でもここまでパンパンではないぞ。

途中、民家兼食堂に立ち寄った。
ここで昼食&トイレ休憩だ。
一歩バスから降りた私は外のあまりの寒さに驚いた。
あれだけ成都は暑かったというのに、
ここのなんと寒いこと!

私は念のために用意していたダウンコートを
カバンからひっぱりだし、すぽっとフードまでかぶり外に出た。
そこは、私が初めて出会ったチベットの景色だった。

食堂のおばさん達は、普段着なのだろう
綺麗なチベットの民族衣装を着て、私達に
前もって作ってあった料理を売っている。

私も試しに注文してみることにした。
どうやらおかずは二種類しかなく、
みんな同じ物を食べるようだ。

右のジャガイモ料理がどうも不味そうだったので
私はジャガイモを指し「あまりいりません」と言ったのだが、
おばさんは何を勘違いしたのか、
「全体的に」量を減らしやがった。
そして食べてみると、ジャガイモが一番おいしかった。

なんたること・・。

トイレはこんな感じだ。

もちろん下水など通ってないから、トイレに水はない。
中には大きな落とし穴のような穴があり、
そこに足を置けるくらいの大きさの板が何枚もかけられている。
人はそこに足を置き、用を足すのだ。
そして、うんこ様はその穴に落ちる。
菌が繁殖しにくい高地だからこそできるトイレだ。

休憩中、ふと側を見てみると、
レストランの名前は「アラン飯店」だった。

もしかしてチベット出身の歌手アランからとっているの?
と興味本位で店のおばさんに聞くと、おばさんは
何を言っているんだい?もしかしてあんたは歌手か?
と、ちんぷんかんぷんな答え。
そして、おばさん達数人が、わははと笑った。

おばさん達の目には私が日本から来た
イケメン(ここ重要!)歌手に見えたようだ。

ん、まぁ何でもいいや。
ここまでバスで4時間かかったが、
運転手に聞けば、ここから四姑娘山までは、
さらにバスで4時間かかるという。

「どんだけ秘境だよ。」

私のつぶやきは瞬く間に白い息となり
チベットの空に消えた。


話があまりに長いのでつづく・・

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本に載っていたのと同じ四姑娘山の写真
http://www.sgns.gov.cn/scholaweb/digilist2-j.htm