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些細ナ生活。

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2011-05-03

ゆりいか。

| 21:46

てなほどのもんでもないんだが。

風呂に入っていて、本気で心身症病みかつ中二病時代を思い出した。

自分で言うのもなんだが学校の成績だけはムダによかったのよ。それこそノイローゼ気味に勉強してたから。

オトナという者は自分たちでさえ手に負いかねるような面倒なことを、教育とか称してコドモ側から一人選んでうまく収めろと丸投げしたりもする。

自分はその対象だった。

病んでたからね。加減とか分からなかったからね。パニック障害という言葉もない時代、発作を繰り返すようになり、

気がつけばオトナ側にもコドモ側にも祟り神のような扱われ方してる自分がいた。

それは誰のせいというのでもなく、体質ではなく精神的本質として、自分が実際祟り神要素を濃く持っていたにすぎない。

笙野頼子の書くものに共鳴してしまうのは、そんなところからだろうと思う。


安易に共感のポーズを取って近づいてくる人間を、敵意までは持たないにしてもあまり信用しない。

安易な共感を押し付けてくるセレモニー(卒業式、冠婚葬祭ほか)のイベントには辟易するし、

なにより理解・共感してもらえて当然という態度の輩が何よりも苦手だ。彼らの十八番である被害者の立ち位置からの攻撃は何より見苦しいと思う。

フェミニズムにしろ労働争議にしろ格差闘争にしろ。

世の中を動かす原動力は往々にしてルサンチマンであるということには異論はないにしてもね。

こんな自分がカウンセラーの資格を持っているのはきっと何かが間違っていると自分でも思う。

他人と共感、共鳴するのは例えば聖書的にいうと精霊で満たされる瞬間というか、ある意味奇跡なんだと思う。ヒトの都合で軽々しく得られるものではないと思う。

そんな自分の数少ない友人の共通点は、やたら共感の馴れ合いで誤魔化さないタイプばかりだ。清々しさを通り越し、時として寒々しいくらいの独立独歩で生きている。

それでいてその奇跡のように魂が共鳴する数少ない瞬間のために、全然違うあり方をしていても友人でいられるのだろう。


そんな自分の禍々しさをそっと潜ませて、仮初に社会生活なるものを営んでみる。

そりゃ熱もでましょうよ。手先や瞼がしびれたり、嘔吐したりもしましょうよ。それが自分なんだもん。まだ受け入れないのか。

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