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カメラマン山本の取材日記 RSSフィード

2006-12-31

PJニュース】「撮らせてもらったら発表する」私の責任 05:35

http://image.news.livedoor.com/newsimage/e/7/eb2d07de44c5fd0f5b.jpg

ダッカで出会った成人女性。(撮影:山本宏樹)


【PJ 2006年12月31日】− 今まで、どうしても発表できなかった一枚の写真がある。バングラデシュのダッカで出会った一人の女性の写真だ。私は、彼女に出会う前日、友人の若いNGO職員にこう話していた。「バングラデシュの貧困を撮りに来た。もちろんそれだけじゃないが、一番はそれだ。誰もが見たくないような現実もあるだろうが、それを撮って伝えなければならない」。「なに馬鹿げたことを言って」そう言われるかと思ったが、彼は「そうか、撮ってくれ。お願いする」と、そう言った。


 次の日、彼と彼の友人とともに、特になにするわけでもなかったが、ジア公園というダッカにある大きな公園を訪れた。「おいみろよ、カップルがいるぜ」彼がおどけた様子で、私に声をかける。確かに珍しい、イスラム国のこの国でカップルを見るなんて。


 彼のNGOオフィスに帰ろうと、歩いていると小さな女の子が道ばたにぽつんと座っていた。少し不自然な女の子だ・・・。まじまじと見てみる。「彼女は子どもなんかじゃない、立派な成人女性だ」。彼の声。


 体が十分に成長していない女性だった。物を乞うている様子。障害ゆえ、物乞いとなる人がいる、そう聞いてはいたが出会うのは初めてだった。バングラデシュ人独特の陽気さなんて全くない。じッとこちらを見ている。寂しそうな顔をし、ぴくりとも動こうとしない。


 「ヒロキ、撮れ」。


 「『撮るべきじゃない』を撮るべき」「『撮るべきじゃない』を撮りたい」前日までそう言っていた私だった。ファインダー越しに彼女と目が合う。凍り付いた。「撮らないといけない」動かない指を無理矢理、数枚撮り、逃げるようにその場を去った。


 帰国してからも、その写真を見ると胸が締め付けられる。伝えなければならない。しかし、だからって彼女を「見せ物」にしていいのか。わからなかった。これっきりだった。これっきり、物乞いを正面から撮ることはなかった。


 目をそらしたくなるし、カメラを向けることが正直怖かった。ただ、今ではそれを後悔している。いや、後悔するとわかっていたのだろうが、できなかったのだ。


 帰国後数ヶ月経って落ち着いて考えてみる。撮らせてもらったのに、発表しないのは彼女に対して失礼ではないだろうか。「日本人にバングラデシュの現実を伝えたい」そう思い、現地に行った私の義務はいかなる状況であっても、まずは伝えることだろう。


 それに、決して趣味で撮ったわけではない。私一人が持っていても全く意味はない。そう思い、こういう形ではあるが、公にしたいと思う。【了】

PJニュース】原爆絵本をバングラデシュに、作業着05:35

http://image.news.livedoor.com/newsimage/0/5/07efd52b145d0a1d94.JPG

【PJ 2006年12月31日】− 広島の若者たちが、バングラデシュに61年前の惨劇を伝えようと原爆絵本を贈る活動をしている。今月27日、バングラデシュの学校教育を支援しているボランティア団体BONDHU(ボンドゥ=友だちの意)のメンバーたち約10人は、広島原爆の恐ろしさをバングラデシュの若者にも伝えようとベンガル語に翻訳した原爆絵本8冊を完成させた。


 絵本は1945年8月6日、当時2歳で被爆、その後白血病で亡くなった佐々木禎子さんの物語。今までも、他NGOなどと協力し、原爆絵本が現地に届けられている。また、原爆絵本だけでなく、日本文化を知ってもらおうと、様々な絵本を翻訳し、現地に贈っている。


 今回の原爆絵本は東京の非政府組織(NGO)HUNGER FREE WORLDと協力し、同NGOのバングラデシュ事務所などに寄贈される。東京のNGO事務所へは来年1月ごろに届けられる。【了】