2012-06-03
2歳児のK-POP受容について
2012年6月現在、2歳と4ヶ月になる息子が「だっこする!」と言ったときにかけるCDがうちには2枚ある。その曲目は以下の通り。
<1枚目>37’23”
- IU&スロン「小言」
- BIGBANG「声をきかせて」
- KARA「STEP」
- Girl's Day「Twinkle Twinkle」
- IU「Good Day」
- Infinite「Be Mine」
- Onew feat.キムヨンウ「僕が愛した名前」
- SHINee「Replay(お姉さんはとてもきれいだ)」
- KARA「Love Is」
<2枚目>38’09”
- BIGBANG「Blue」
- 2NE1「Ugly」
- Super Junior「It's You」
- Infinite「1/3」
- 2AM「思い出全て消して」
- IU「You&I」
- Miss A「Touch」
- KARA「Honey(日本語ver.)」
- f(X)「So Into You」
- 少女時代「まためぐり会う世界」
毎週末、このCDをかけて寝かしつけをしていると、息子も曲を覚えてマネをする。1枚目のお気に入りはInfiniteの「Be Mine」で「ねっこ はじゃ ねが のる さらんへ おぅ!」の部分は完全に覚えて毎回歌っている。声変わりをしてしまった私には「おぅ」の高音が出ないのでちょっとうらやましい。2枚目のお気に入りはSJ「It's You」の終盤(3:07)で、合唱の後ろでイェソンさんがひとりだけ「のるばらば Hey〜!」と熱唱しているところを笑って聴いている。
韓国語がまだよくわからない私は音だけで聴いているが、意味を知る人が側にいたら2歳児が「僕のものになってよ 僕が君を愛するよ!」とか「君を見つめる Hey〜!」とか歌っている光景は相当に奇妙なものであるに違いない。
2012-04-15
KARASIA横浜ライブレポート、或いは空前のかわいさ
2012年4月15日横浜アリーナで行われたKARAのツアー「KARASIA」に行った記録。
(以下、ネタバレ含有…これからステージをご覧になるかたは、驚きを保つため公演後に読むことをおすすめします)
午後3時半、K-POPの師匠chimaki氏と新横浜駅で待ち合わせ。乗換駅の菊名で、横浜駅へと向かう電車にのってしまい若干遅刻する。新横浜が横浜の反対方向なんて思わなかったので。開場の4時まで、グレイスホテルのラウンジに赴き豆乳ダージリンティーとシュークリームケーキで栄養補給。隣にはすでにツアーグッズを買ってくつろぐ男子が2人。先行グッズ販売という制度があることを知る。
4時20分ごろ、会場到着。スムースに入場できてほっとした。このところ電子がらみのチケットが多かったので、もぎりして入る紙のチケットはなんだか安心する。2階にのぼってグッズ販売のカウンターへ。ハート形のペンライトを買う。1500円。ツアーパンフ(2500円)と大きめのスポーツタオル(2500円)も欲しかったがぐっっと我慢し、席へ。2階のDゾーンにあるわりと見やすい席だった。
5時過ぎ、開演。スクリーン映像から始まる。異世界にいる5人が「GO!GO!サマー」のMVでおなじみの巨大な巻き貝に入っていくとステージに現れるという設定。はじめの曲は「スピードアップ」。後ろの客がセットリストを喋っていたので知っていた。そこから後は首をもむふりをしながら耳をふさいで聞かなかったので、期待しつつ観る。
ギュリは黒髪、スンヨンは連獅子みたいな赤い髪。ニコルの髪は鮮やかな紫色(chimaki氏いわく「ブルマ風」)。ハラは梨花みたいな金色がかった栗色の髪、ジヨンは明るいブラウンのショートボブ。
<最初に記憶が飛んだ場面>
いろいろ覚えておこうと思いながら観ていたのだが、最初に記憶が飛んだのは「アンブレラ」の後半。メンバーそれぞれが違う色のドレスを着て歌っていた。赤がギュリ、ピンクがハラ、緑がニコル、黄色がスンヨンで、水色がジヨン。ハラの「なまめにがわ〜」も、ジヨンの起きて起きて振付けも終わって気を抜いていたら、いきなりジヨンが振付けを放棄して振り向きざまスンヨンの胴に抱きつき、そのあまりの可愛さに記憶がはじけ飛んだ。
<エレクトリカル・プリティガール>
昨年夏に横浜アリーナで行われたファンミーティングの時は、ステージが中央からV字型に客席に伸びる形だったが、今回は奥の大ステージと、飛び石のような円形ステージが中央に配置されているという構成で、大ステージから丸ステージまで、左右に2本、一階席と同じ高さの通路が通っていた。アリーナ公演に慣れていないもので、この通路ってどう使うんだろうと思っていると「プリティガール」の歌の途中、ステージ左右に光る大八車が接岸してKARAの5人を丸ステージに運んでいった。イルミネーションに包まれたワゴンの中で踊るKARAという演出は、なんとなくディズニーランドを彷彿とさせる光景だった。
中央の丸ステージにメンバーが到着すると地面がせり上がり、2階席後方、3階席のファンに少しだけメンバーが近付いた。昨年夏に見たときはちょうど私も正面後ろのほうの席で、ずっとKARAが遠かったことが辛かったので、このステージ構成はとてもうれしかった。
<スンヨンの最強>
喉の手術から間もないギュリ、足のケガが治っていないニコルとベテラン勢ふたりが本調子でない中で、ダンス、歌ともに5人を引っ張っていたのは明らかにスンヨンだった。この人は本当に技術が確かで頼りになる。個人的にベストアクトは「STEP」のサビの少し前、はんぼんど〜、べうぉっそ〜と歌いながらスタンドマイクに向かって立ち上がるところで、スンヨンだけがおもいっきりマイクをまたいで踊っていたところ。この物怖じしないマイク使い、ポールダンスっぷりには参った。セクシーな振付けがスンヨンの最強さで成熟された美に変わっていた。それはたとえばビヨンセやリアーナのような強さとセクシーさが拮抗している人を見たときの安心感に似ていると思う。
<ニコル先生の登場>
足のケガにより、他の4人とは別の場所で踊る事を余儀なくされていた今回のニコル。登場時から、玉座みたいな大きめの椅子に座ってひとり歌っていた。4人がステージ中央の大階段を降りてもニコルは座ったまま。至近距離での格闘(ダンスのことです)にめっぽう強い彼女だけに、前半はずっと心が痛んだ。「行為の本質を表現するのは、完璧な宙返りよりはむしろ衝突なのだ」そんなジェフ・ダイヤーの言葉すら頭に浮かんでくる。しかし中盤になり「ウインターマジック」「ミッシング」「今、贈りたい『ありがとう』」といったバラード曲が続くと踊らないニコルも一緒になって同じ場所で歌う。そこにはいつもの5人がいて本当に安心した。曲が終わり、暗転した後スクリーン映像に謎の男の裸体が見えたかと思うと「ミスター」のイントロが流れ始める。サスペンダーと水色に光るカーゴパンツ姿で登場したメンバーの真ん中には、ニコルの姿が…! ミスターSラインの先生、ニコルがそこにいた。いつもと同じポジションで、いつものヒップダンスを踊る5人。この諦めていた当たり前の光景に私は狂気し、そしてまた記憶が飛んだ。
<ジヨンのささやきと擬似ポロリ>
今回は初めて、メンバーそれぞれのソロステージがあった。中でも特筆すべきはカントリー風の衣装を着たジヨンがアコースティックギターと一緒に歌う「アンブレラ」&「ウィスパー」のメドレー。原曲がデジタルアレンジされているだけに「ウィスパー」のサビ部分をジヨンの生声で聴けたのは本当に嬉しかった。
去年のファンミーティングでは長過ぎると評判の悪かった企画コーナーも今回はぐっと抑えて一曲だけ。「Honey」を流しながらファンのひとりをステージに上げて、メンバーそれぞれから色んなサービスをするという内容。ギュリにTシャツを着せてもらい、スンヨンの前でバットをおでこにつけてぐるぐる回ったファンの男性。それから次は…と少し視線をステージ右側にやるとジヨンが赤いバスタオルを衣装の上から胸にまきつけていて、目を奪われた。ちょうどお風呂上がりのような感じでタオルをまくと、いきなり擬似ポロリの振りをするジヨン。しかも一回またタオルをたくし上げたあとで、もう一回。そのあまりのニュータイプさが激しく膝に来た。けっきょくタオルを巻いたジヨンをファンがお姫様抱っこするという度しがたい企画だったのだが、そんなことはあの擬似ポロリの後ではどうでもよくなっていた。
<ウインターマジックへの感謝>
ギュリペンを自任する私は、ギュリの美が弱まる瞬間を肉食獣のような眼差しで待ちわびていた。ソロステージがはじまり、双眼鏡に目を密着させながら、背中の大きく開いた深紅のドレスを身にまとって社交ダンスを踊る彼女を見ていた。ダンスが終わると、大階段の最上段にある長椅子の肘掛けにもたれながらタンゴ調の曲を歌いはじめたギュリ。この間、全くもってスキなし。ちょっとギャグにしか思えない大仰な設定も真面目にこなす完璧な美の女神(ヨシン)がそこにはいた。
メンバー全員のソロが終わり、ステージも佳境にさしかかってきたところで、私の嫌いな曲「ウインターマジック」が始まった。全員ウエディングドレスのような純白の衣装。そしてサビでは上体を前に倒し手を後ろに組んで振るという例の「おねだりダンス」…テンションの下がりきった私がなにげなく双眼鏡から目を離すと、ギュリが目立って見えた。何だろうと思って2度見すると、明らかにギュリだけ背が低い。そしておねだりダンスが似合っていない。それまでセクシーなオトナの女性という記号に包まれて見えなくなっていたギュリのふつうの女子っぷりがそこには透けて見えていた。この瞬間、ギュリへの思いが最高潮に達した私は口を開けてペンライトをワイパーのように振り、ウインターマジックへ感謝のあいさつを送った。
(うちわエビのような形をした今回のペンライト。ボタンを押すと点滅速度を調節できる)
と、私の目に映ったハイライトはこんな感じ。メンバー2人の故障という問題を抱えていたので期待しづらかった今回の日本ツアー2日目でしたが、結論としては「KARAは今回も空前のかわいさだった」もうこれに尽きます。毎回毎年、いま自分は一番可愛いKARAを見ているのだ、これがピークなんだからね! と自分に言い聞かせているのですが、今回またその印象が更新されました。おそるべしKARA。歌もダンスもKARAより上手いグループはいますが、KARAよりかわいいグループはない! と断言したくなるかわいさでありました。
公演は2回のアンコールを含めて約2時間半というこれまでにない長時間のもので、ようやく本当のKARAのライブをちゃんと見た、という感動があり、いちカミリアとして、ここまで本当に長かった…と妙な感慨がありました。曲の流れとして面白かったのは、中盤の「Lupin」「STEP」「Let it go」の3連コンボ。日本語オリジナル曲が多かった今回のセットリストのなかで、3曲連続で韓国作曲家陣によるナンバーが続いてKARA本来の曲のよさが際立っていたと思います。
メンバー5人が元気な完全状態でのステージを見たいという願望はまだありますが、ひとまずは、本当にここまでの準備をしてきたメンバー、演出に携わった多くの人々に感謝します。ライブに行って、同じ公演をもう一度見たいという気持ちは、ほんと初めてでした。
2012-03-20
國分功一郎氏講演『欲望と快楽の倫理学 序章』のこと
- 作者: ミシェルオンフレ,マクシミリアンル・ロワ,Michel Onfray,Maximilien Le Roy,國分功一郎
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2012/02/08
- メディア: 文庫
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3月9日の夜、紀伊國屋サザンシアターで行われた國分功一郎さんの講演を聴きにいって、この本にサインをしてもらった。
サインをもらいながら『カントの批判哲学』を読んできたけど難しかったです、でも今日の講演を聴いてカントが少しわかりましたと話したら「あれ難しいですよね。僕もあの本よくわからないと思いながら訳したんですよねー」と答えてくださって、ちょっとほっとした。
* * *
この講演は、昨年9月に発売された『暇と退屈の倫理学』が、紀伊國屋じんぶん大賞2011を受賞したことにより開催されたもの。300人定員の会場は雨だというのに、ほぼ満員だった。
きょうは「ひまりん」の舞台裏、楽屋話みたいなものを喋れば楽なんですけど、と言いながら國分氏は次に予定している本『欲望と快楽の倫理学』をテーマに、講義形式でおよそ90分にわたって語った。講演を聴く人の手元には6ページのレジュメが配られ、会場は大学の教室のような雰囲気が漂う。
國分さんの話は、とにかくフレンドリーなところがよかった。哲学、人文ジャンルについて語るとき、何かとしかめっ面しがちな人が多いなかで、そういった上から目線というか、選民思想みたいなものと無縁の語り口だったのがとても印象的だった。なんとなく、博多大吉に声のトーンというか喋り方が似ている。
* * *
暇と退屈の倫理学では語れなかった「楽しいとは何か」という話をしたい。そういって國分氏は講義を始めた。
この日の結論は「快の極端と美の極端があって、その間に不純な連続体がある。楽しいとは、本質的にその不純なものなのではないか」というものだ。
フロイトによれば「生物にとって快とは興奮量の減少である」という。緊張を高めて、それを自分なりのやり方で緩和し、自分らしく死ぬこと。フロイトに従えば私たち人間も究極的には興奮量ゼロ、物質の状態、つまり死を望んでいるのだという。確かに一理ある考えなのだが、これはちょっと究極すぎると國分氏は語っていた。
カントはどういっているか。カントは快楽主義を否定していて、楽しいから何かをやるのは駄目だと書いている。楽しいことを目的にしてしまうと私たちは自由ではなくなるからそういう生き方は低級で駄目だと言っている。でも、自分で日々ルールを考えながら生きて、何かについて「これは美しい」という判断を下すとき、結果として楽しいことはあるという。つまり、カント哲学では楽しいというのは積極的に論じられることなく、美の問題に包摂される。
美とは何か。國分氏は村上靖彦が自閉症児の観察をもとに書いた著書から引用して説明する。
感性的印象が運動感覚や視線触発と結びつくことなく、そして言語とも結びつくことなく意味を生成するとき、それは美と名づけられるのであろう〔…〕カントが示したとおり、美とは(形を作り出す力である構想力において)感性の自己組織化が生み出す快である。つまり概念による規定なしに(そして同時に自我のかかわりなしにひとりでに)感性的な形が生成する。
- 作者: 村上靖彦
- 出版社/メーカー: 勁草書房
- 発売日: 2008/05/26
- メディア: 単行本
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美は、経験できても伝達不可能なのではないか。逆に語られた美はすでに不純なのではないか。純粋な美的判断を前提する点でカント哲学はちょっと無理があるんじゃないか。
不純さという観点から楽しさについて考えた人はいるのか。そういって國分氏はロラン・バルトを挙げる。バルトは『テクストの快楽』という本のなかで「とりさらわれないこと」について語っている。何か文章を読みながら、集中せずに他のことを考えること。その不純さが「楽しい」ということの本質なのではないか。そして、それはひとつの倫理となりうるのではないか、と國分氏は問うていた。
* * *
以上すべて、ような気がする、という曲解を含む私のメモです。快、快楽、楽しさの本質は不純さにある。そしてその不純さをこそ私たちは大事にすべきだ、という意見はとても新鮮で、面白いものだと感じた夜でした。
2012-02-25
ギュリ姐に捧ぐ
ギュリが手術することになって、
ファンクラブでお見舞いメッセージを送ろう! という企画をやっていた。
当然私も書いた。
みんなのメッセージを読んでいると、頭のなかで
「同じ気持ち」がずっとずっと流れる。
・俺の声帯でよければ今すぐにでも変わりたいです!!
・小学校6年生のKAMILIAです。私は家族問題で悩んでいました。でも、ギュリ姉さん、KARAのおかげでわたしはまたいつもの私にだんだん戻れつつあります。わたしは、나는 ..(ing)の曲のギュリ姉さんの声大好きです。他のメンバーには無い美しい声またきかせてください
・ギュリ姐ファイティ〜ン!!
・歌を歌っている時も、治療を受けている時も僕たちKAMILIAは応援してます。
・今はしっかりと治してまた自信満々な女神姿みせなさい(^-^)
・A Ray of hope for Gyuri
・こんなときは みんなに あまえましょう!!
・あの高い声は世界1です。
・この世界に生まれてくれてありがとう!
・we're with you!
・私も半年前手術しました。
まだ 体育が出来なかったりするけど、 いっしょにがんばろうね!!
・ツアー楽しみにしてますが、体を第一に考えて無理しないで下さいね。
元気になってもらう事が一番の願いですから。
・手術成功してマジ良かったです。
・のどきつくなったら、みんなでギュリのパート歌うから、安心してライブしてよね。
みんなもっと休日もらってね☆
・ファイティーン ギュリさん
・これからも ずっと応援しています
・ギュリさんファイ!!またあのきれいな歌声きかせてくれ!
・ことばでしか、はげますことが できないんですが
本当に早く元気になってほしいです><!!
2012-02-04
育成期間
新曲が出ていなくても、ファンの胸の内で好きな気持は育成していくわけで、KARAについていくつか最近気づいたことを書きとめておくことにする。
☆だんだん高なる
アルバム『スーパーガール』。音源として欲しかったので買ったものの、曲順に物語が全然感じられないのでいまだにアタマから最後まで聴けない。しかたがないのでシャッフル再生していると7曲目の「ウィスパー」が好きになった。ドキドキ、ズキズキ、ダンダン、カラカラなどの繰り返し音とタイトルが「ミスター」のパロディみたいに聴こえる。でもそれがちょっと面白い。
☆STEPの下がる音
ギュリが卒業してしまった深夜のラジオ「退屈打破」の過去動画をぼうっと見ていたら、「STEP」のサビ終わりの音が下がっていることに一瞬耳を疑った。
(深夜収録の様子を写した動画に、レモンイエローの靴を履いたジヨンと、ラグランスリーブ姿のスンヨンが映っていてかわいい。)
ミュージックビデオの映像に勢いがあるので、「Step it up step it up」と歌うところは、最後のupのところで音を上げて歌うと思い込んでいた。でもちゃんと聴いてみると、2回目の「step it up」はUKロックバンドみたいな音の下がり方をする。アゲアゲのようでいて最後にupと歌いながらちょっと憂いをみせるところを知って、またこの曲が好きになった。あの音の下がり方が、新生KARAの確かさの象徴なのだという気さえする。
☆失恋のクロスカウンター
K-POPの和訳サイトにはまっている。使い方は、好きな曲の和訳サイトを携帯電話の画面メモに保存し、電車に乗ってドア脇に立っているときとか、家の風呂の湯船の中などでそれを眺めながら曲を聴く。ひらがなルビがついているので、いままで何と歌っていたかわからなかった曲の歌詞がおぼろげながら頭に残るようになる。
この頃はKARAの「Love Is」とInfiniteソンギュのソロ「Because」を交互に眺めつつ聴くのが楽しい。
どちらも失恋後、相手のことを愛しく思う気持を歌っていて、自分のことを客観視しつつも相手が忘れられない女性の気持ちを歌う「Love Is」と、自分の感情と相手へのメッセージをストレートに歌いあげる「Because」を応酬させていると、だんだん対象なき失恋モードに入ってゆき、プラトンが言ってたイデアってこんな感じかと思ったりする。
ちなみに保存しているのはこのページ。
★Love Is
http://kozu127.blog99.fc2.com/blog-entry-1598.html
★Because
たくさん訳していらっしゃるkozueさんに感謝。





