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百水日記

2012-01-16

トレヴァー『聖母の贈り物』のこと

レコードと同じ重さの小説

『聖母の贈り物』 ウィリアム・トレヴァー:著/栩木伸明:訳

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 こんにちアナログ盤を再生するためにはターンテーブルを買ってくる必要があるのと同じように、ウィリアム・トレヴァーの小説を読むためには特別な時間を作る必要がある。忙しかったり、疲れたりしていては読めない。何かの合間にこまぎれに読んでも味がわからない。誰とも会うつもりのない日に、すべての電子機器の電源を切った状態で読むのがいちばんいい。

 アイルランド市井の人々の内面を鮮やかに描いた物語、といってもそんなもの知ってどうするんだという意見があると思う。けれどトレヴァーの小説には、特定の土地に現れたひとつの建物や、特定の時代に規定されたひとりの人物の背後に、私たちがけして経験することのないどんな時空にも共通する何かが書かれている。そしてそれが、読む人をひどく安心させる。自分が生まれる前、死んだあとにも毎秒消えながら存在し永遠に移ろうもの、それこそが私たち人間の正体ではないか。トレヴァーの小説を読んでいるとそう思えてくる。哲学とはほんらい郷愁である、といったノヴァーリスに倣っていうなら、トレヴァーの小説くらい郷愁に応えるものはないと思う。

◆名エッセイストでもある栩木伸明氏が日本の読者のために選び訳したトレヴァーのベスト盤。レコード制作に倣い、12篇を収録。ウィリアム・トレヴァー1928年アイルランド生まれ。アリス・マンローと並んで当代最高の短編作家と評されている(ニューヨーク・タイムズ紙)。本書収録の「マティルダイングランド」はまぎれもない傑作。

「君の生活はふつうじゃない」ラルフィーは獣みたいに部屋の中をどしどし音をたてて歩きまわりながら、また大きな声で叫んだ。「君は来る日も来る日も一秒たりとも気を抜かないで、いい印象をあたえようとして必死になってる」

「なによ、ラルフィー、なんでわたしがいい印象をあたえなくちゃいけないの?」

「自分の冷酷さを隠すためだろ」

(「マティルダイングランド」)

聖母の贈り物 (短篇小説の快楽)

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