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横浜国大 松田裕之 公開書簡

2007-11-22

[]風評被害をかんがえるある論評への感想

Date: Thu, 22 Nov 2007 12:52:21 +0900

 さて、科学的に合理的なリスク市民にもわかってほしいと考える私から感想を。

  1. 原子力発電所を一つのプラントやユニットとして見れば、欠陥の多い施設と言えなくもない。・・・原子力発電所は一般のプラントやユニットに比べてはるかに厳しい安全、マニュアルの完全な履行が求められているはずなのに、やはり、他のプラントなどと同様、欠陥や杜撰な面がまったくない施設ではない。外に漏れると大ニュースになるが、それに対する説明責任も不十分で、むしろ真相を隠蔽しようとする体質が目立つ と言うことだと思います。他より欠陥が多いとはいえないと思うが。
  2. 最初に研究したのがアメリカ陸軍というのも象徴的だ。  ・・でも、やはり軍民転換技術であるインターネットを嫌がる人はほとんどいない。
  3. 涙をのんで、(風評被害を気にする市民リスク管理を解く)厳しい道を歩んでいくしかないのではないか。 ・・・・うーん。二項対立好きのマスコミをいつも批判しているが、やっぱりこれでは歯切れが悪い結論では?「科学者の言うことを信じずに風評被害を気にする市民が悪いと言うばかりではなく、科学者の側も(その項目だけでなく、日頃から)市民に信用される努力をすることがたいせつではないだろうか」 くらいなら、納得できる。さて、マスコミは(この場合)市民の側でなく、科学者に近いように思うが・・・それは問うまい。

2007-10-19

[]10.19里山マイスター養成講座

19日に能登空港階会議室で、金沢大学主催の里山マイスター養成講座を行った。私は3時過ぎ到着予定の羽田から能登空港直行便に乗ったのだが、悪天候と整備不良のため、空港上空で急遽羽田に引き返すことになった。講師不在では講座は開けない。羽田到着は16時、それまで主催者に連絡もできない。

 能登空港ができて、便利になったが、こういうときは代替交通機関がない。受講者ならともかく、講師としては、やはり朝の便で行くのが責務だろう。リスク管理の失敗と反省した。

 引き返すときに不思議だったのは、悪天候だけでなく、整備不良まで機長が乗客に説明したことだ(この説明は、能登空港内待合室にはなかったらしい)。乗客から不安と不満が噴出しないか心配したが、ほぼ満員の乗客は大変おとなしかった。能登の人々は立派である。

 その説明のわけは羽田到着して分かった。すぐに機体を交換して再出発するという。30分待機の予定が1時間待ちになったが、小松に行く可能性のある条件付き運航で再出発し、無事、18:40頃に能登空港に降り立った。到着前は本当に揺れがきつかった。到着ロビーからすぐに会議室に案内され、30分遅れで講義を始めることができた。

 能登空港は能登半島の4市町の中心にあるらしく、この講座には便利だという。大変思い出深い講義ができた。

 改めて、リスク管理の甘さを反省し、受講者にお詫びする。また、適切に運行していただいた全日空に敬意を表する。

2007-09-13

[]フィージビリティ

 安部首相の突然の辞任を見て、「Feasibility」という言葉が思い浮かんだ。「実現可能性」とか「事業採算性」などと訳される。要するに、できることかどうかということである。

 彼は「2050年までに温室効果ガス排出量を半減させる」ことを外交の場で主張し、インドを説得したことを「成果」としていた。どこから「半減」という言葉が出てきたのか私は首をかしげた。数値目標は数字の積み重ねによって成り立つ。根拠のない数字を掲げても、後で自分の後継者が困るだけである。半世紀後のことなど気にかけずに空文句を言ったなら、それはただの無責任である。京都議定書の数値目標を、日本はほとんど達成できるめどが立たない。その点で数年後に日本が窮地に立たされることは目に見えているのに、遠い先の目標を率先して掲げたことを自慢している。安部首相の思考回路がどうなっているのか、よくわからなかった。

 しかし、今回の突然の辞任、その前の「職を賭す」発言で、わかった気がする。今の政権は、首相はもちろん、それを支える参謀たちも含めて、まったく算盤をはじかずに政策をたてていたらしい。「背水の陣」が見当外れで、野党説得に逆効果だったことはすでに多くの評論家が指摘している。首相もその参謀も、誰も事前にそれを指摘しなかったのだろう。その点で、首相は「裸の王様」だった。それを指摘されて、あっけなく潰れてしまった。しかし童話でも、王様は裸と気づいても、最後まで行進し続けたのではないか。それが王様の務めではないか。

 フィージビリティにはいろいろな側面がある。技術的に可能かどうか、経済的採算性に耐えうるかどうか、法律的に可能かどうか、社会的に合意して実現できるかどうか。すべてが揃わなければ実現できない。

 誰もが当然のようにできると思うことだけをやったのでは、大したことはできない。難題を解決するには、一件不可能なことを、その困難を一つ一つ解決して、実現することが大切だ。一件不可能なことを可能にするのが指導力とも言える。しかし、そのためには、決意だけでなく、客観的根拠が必要だ。

 この機会に、ぜひ、フィージビリティという言葉を覚えてほしい。これは政策の善悪のことではない。できることかできないことかということである。 

2007-09-10

[]神奈川県遺伝子組換え農作物の専門部会での松田の発言(2)

第2回遺伝子組み換え農作物の交雑等の防止検討委員会専門部会(議事録)

日 時:平成19年8月24日(金)13:00〜15:00

場 所:かながわ県民センター特別会議室

松田委員 北海道も新潟県も、そういう意味で【安全基準を】2倍にしているわけではないのではないですかね。国の基準に比べて寒冷であるとか、生物学的な理由があって2倍にしているのに、ここで安心を理由に2倍にすると整合性が取れないのではないかと思います。逆に言えば、不安を与えるだけではないかと思います。

松田委員 そういう意味では全体的な議論になるのですが、このWTOパネルの報告を拝見して、ヨーロッパのやり方は、本来かなり参考にすべきところがあるのではないかと思います。

私の理解ですがここで議論されていることは、アメリカの方から自由貿易を大義名分にしてとにかくGM作物をどんどん導入しろというのに対し、ヨーロッパは最初モラトリアムとかをいろいろ行って先延ばしして、ある意味ではやりたくないような態度でした。けれども、今の国際社会ではやりたくないからやらないということは全然通用しないのだという話です。

ですから、(ヨーロッパは)共存の政策とかそういうロジックを作って、いかにしてGM作物一辺倒みたいなことから守るかというロジックを一生懸命作ってきたという背景があると思います。その努力をちゃんとやらないと、この中だけあるいは県の中だけで合意しても国際社会では全然通用しないのでいずれひっくり返されていくわけです。そうならないロジックを作っていく必要があり、そういう視点で見ないと先行きがないという気がします。

むしろ遺伝子組み換えに反対する人ほど、そういうロジックをちゃんと準備しておく必要があるのではないかと思います。

松田委員 現実的にドイツで言われていたような連帯補償みたいなものは難しいでしょうね。任意の保険みたいなものならできるかも知れませんが、補償というのは無理ですよね。そうすると、どんな場合が考えられるでしょうか。発生源とか、責任者が特定できる場合ですか。順番にいくと、ヨーロッパの例を見ても風評被害とか不安で補償をするというのはほとんど無理ですよね。日本の法律でもこれは無理だと思います。例えばこぼれ落ちただけで補償というのは無理だと思うので、実際に畑に混入するとかそういうことが起きた時に、責任者が分かった場合補償するかどうかということですか。それは逆に補償制度が必要なのですか。

松田委員 ちゃんと届け出て、どこがどんなことをやっているかがチェックできる体制をきちんと作っておくという風にしておけば、もし本当に何か問題が起こった場合には、民事で賠償請求するとか可能になるはずなので(届出とか我々の提案がもし生きるのならば)。それ以外に補償を条例で定めるというのはかなり難しい気がします。

松田委員 一般論としては、トレーサビリティーとかどんどん高めるべきだと思いますが。いきなりここでこういう形で補償というのは現実的ではないのではないでしょうか。むしろ、トレーサビリティーが分かる体制や届出制を作っていくこと自身が大事なことだと思います。

松田委員 犯人が分か【る体制が】ないのに罰しろという【規定を作る】ことが安心ではないような気がします。

2007-09-07

[]神奈川県の遺伝子組換え農作物の専門部会での松田の発言

第1回遺伝子組換え農作物の交雑等防止検討委員会専門部会(議事録)

日 時:平成19年7月6日(金)9:30〜12:00

場 所:かながわ県民センター 特別会議室

松田委員 先ほどのイネの不稔率の話がありましたけれど、北海道と神奈川とでは(不稔率が)全然違うのではないでしょうか。もしそうだとすれば、(GMの基準を)北海道に合わせる必要は何もないということですね。

松田委員 そもそも国の基準自身は安全率を考慮して決めてあるのではないのですか。

松田委員 そうすると科学的には国の基準にさらに安全率をかけるということにはならないと思うのですが、なにかその根拠があるかということですよね。

松田委員 (国の基準にさらに独自の安全率をかけなくても)基本的にはいいと思います。特に神奈川県に特殊な事情がない限りはそれでいいと思います。

松田委員 その意味では、国の指針はどちらかといえば、指針が守られているかどうかということであるのに対して、北海道や新潟は、実際に交雑の有無が起こっているかどうかを追跡して調べるというふうになっていますね。むしろ消費者に近いとか、そうした意識の高い方がいらっしゃるのであれば、可能ならば交雑の有無をその後も追跡調査をする姿勢は見せた方が、生産者と消費者の関係もうまくいくだろうし、いいのではないかと私は思います。

松田委員 資料3の新潟県が気になるのですが、イネについて100万分の1以下の確率というのは100万粒調べているのではないと思うんです。何らかの統計処理でその確率をだしている。たとえ1万粒のサンプルで0と出ても、距離と交雑率の関係を何か統計モデルをおけば、100万分の1という確率を出すことができると思います。そういう工夫をモニタリングをしながら進めるということなら、当然できると思います。

 先ほどから資料4などに交雑率何パーセント、又は0というのがありましたけれども、資料5あたりにありましたけれども、実際に交雑した粒が何粒出たかというものをあわせてありますと、統計学的にも分かり易くなりますので、そういう意味では確率も含めてモニタリングのデータも揃えて、それを集約して、消費者なり市民に対して説明していくという姿勢を見せていくというのはあり得ると思います。それは技術的なものというよりはむしろ消費者も参加した中でそういうことをきちんと説明するということです。