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横浜国大 松田裕之 公開書簡

2007-09-16

[]委員会の経費

Date: Thu, 6 Sep 2007 10:01:24 +0900

自然再生事業の】委員会の経費【がかかりすぎる場合がある問題について、】詳しい話は聞いていませんが、【】我々は謝金のために委員を務めているわけではありません。多くの場合、公式会議の前に事前打ち合わせがありますが、ほとんど無給です。一度は、ほかの用事で22時にホテルに行ったら、連行されて打ち合わせをしました。

 それくらいの熱意が両方にないと、自然再生はうまくいかないと思います。ひとつあるとすれば、大学教授NPOが混ざるような会議と、そうでないときで謝金に格差があるように感じることがあることです。気のせいだと思いますが、これは問題。

2007-08-05

[]ある地域の自然再生的事業について

Date: Sun, 15 Jul 2007 07:41:51 +0900

  1. 関与する専門家(生態学者)がほとんどいないのが気になります。【】専門家なら人脈でより専門的な人の知恵を借りるものです(公園事業コンサルに助言する学者も人の意見を聞いていないかもしれませんが)。素人ほど一人で判断したがると言っても過言ではありません。
  2. 水田と休耕地【】をローテーションで回すというのは、合意された方法と【いうことですが】やはり変だと思います。(教科書には、水田長所は畑と違って連作可能と書かれます)
  3. 事業への批判ばかり【強調されますが】、中身をよく聞くと、意見もすでに反映されており、よい方向に向かいつつあると思います。教育的に相手を褒めること、賛同できる部分は積極的に賛同するほうが、相手の妥協や協力を引き出すうえで有効だと思います。
  4. 1年間調査した結果が出る前に、評価方法(環境影響評価の方法書に相当するもの)を決めておくべきです。そうしないと、調査だけして、どんな結果でも予定通り事業再開となりかねません。
  5. 誰がどのように維持できるかを含めて、実現可能性を考慮した対案を考えるべきです。うかがった限り、事業者側も当初、水田を作ると言いながら担い手を議論していなかったとすれば、それを考慮しなかったのでしょう。事実とすれば、事業者としては合格点をあげられません。

 事業者を批判して向こうが修正案を考えてくれる場合はよいですが、自前で対案を示すのは大変です。それには土木農業関係の専門家の知恵が必要でしょう。愛知万博のときには万博協会で計画にかかわった建築などの専門家の不満勢力と保護団体との連携(First Step Meeting)が成立しましたが、それでも、我々の望む対案は実現しませんでした。この点を安易に考えていると、せっかくよい方向に進んでも、落とし所が見つかりません。

 通常の専門家会議(や協議会)では予算の話まで出ないかもしれませんが、対案を実現させるならば、予算も含めて議論しなければなりません。

 全体として、かなり良い方向に向かいつつあると思いました。【】しかし、一般論としては、壊すより、そのあと作るほうが難しいものです。残念ながら、放置すればよいという単純な解で行政と合意するまでには、事態は進んでいないように思います。となれば、生態学者だけでなく、信頼できる土木や造園の専門家の意見も必要でしょう。

2007-03-20

[]森田朗『会議の政治学』の意図を疑う

Date: Sun, 18 Mar 2007 08:25:01 +0900

森田朗東大教授が『会議の政治学』(慈学社)という本を書いている。

http://www.j.u-tokyo.ac.jp/~morita/kaiginoseijigaku01.html

 行政などが専門家に検討を依頼する委員会というのがある。私もいくつかの委員をかねているhttp://risk.kan.ynu.ac.jp/matsuda/iin.html。本書によれば、委員には以下のものがあるらしい。.丱薀鵐糠枸厳拭↓⊆己主張型、自己顕示型、だ賁臺弔犬海發蠏拭↓ネ念追求型、μ鬼愎慣拭↓У馮欷行使型。どれも褒めてはいない。しいて言えば,一番、行政側がくみしやすいと、著者は褒めている。ただし、このタイプだけでも都合が悪いという。Δ盥埓が扱いやすいサイレントマジョリティと述べている。

 私はどのタイプかと考えてみた。しいて言えばイ世隼廚Δ、 ↓◆↓ぁ↓Г眦てはまると自分では思う。理念追求型の欠点としては、その検討委員会の本題と関係ないところでも理念を述べるとある。私はそんな暇人ではない。理念を実現するためには、必要に応じて拒否権も行使するし、自己主張もするし、専門にこだわる。実現可能性を重視しなければ理念は実現できないから、当然バランスにも配慮しているつもりだ。不必要な自己顕示しているかどうかは、他者が評価することだ。ほかの用事があるときには欠席するし、関係ない議題の時まで議論に首を突っ込まないから、μ鬼愎慣燭箸發い┐襪もしれない。

 本書についてはこの部分を読んだだけだが、どうも著者は委員を見下しているのではないか。どのタイプだと呼ばれても嬉しくはない。多くの委員はもっとまじめに対応している。多くの学者は、忙しい中で委員を引き受けているのである。【】代わりの人に任せても物事がうまくいくならば、委員にこだわることはない。私も、愛知万博を含めて途中で辞任した委員が複数あるし、継続しなかったこともある。委員になることの名誉で満足するような委員は、それほど多くはないだろう。

 教育者には弟子の粗探しをするタイプと弟子の長所を伸ばそうとするタイプがいるが、この部分を読む限り、著者は前者のようである。委員長や検討会を組織する事務方にとっては、たしかに委員の御し方は重要だが、上策は互いに相手に自分を惚れさせ、理解させ、信用させることだ。このようなタイプ分けで事務方が委員を認識していると委員が知れば、相互信頼は生まれないだろう。

 私は、このように委員を見下す方が座長を務める委員会には出席したくない。あるいは、本書は、著者がもう面倒な委員長は受けたくないための高等戦術として出版されたものかもしれない。

Date: Tue, 20 Mar 2007 09:24:47 +0900

皆さん ご意見ありがとうございます。

 先生がご紹介された著者の意見も、多くの委員会の現実だと感じています。

 しかし、実際に行政の方々が「あの委員は○型だから」などと話しているのは、聞いたことがありません。

 それはその通りでしょう。問題は、何のためにこの本を書き、読者に何をどう認識させるために書いたのかということです。この本を読んだ事務方は、これからどう委員と接するのでしょうか?それが、委員会をよい方向に向かわせるかといえば、私は逆だと思います。

 学校の先生が、生徒とは云々と類型化することはありえるし、その対処法をマニュアル化することもありえます。しかし、そのマニュアルが生徒の目に触れたら、生徒は教師をますます信じなくなるでしょう。

 著者自身が言うとおり、真理ならTPOにかかわらず主張するというのは、自己顕示型または専門閉じこもり型など、批判の対象になります。会議の場で最も重要なことは互恵的信頼関係の醸成です。著者の類型分けとその説明は、それに貢献する表現ではないと思います。私は、そのような委員がいないというつもりはありません。どうすればよくなるかを考えた分析が必要だということです。

 例えば、ある委員が全く専門でない分野(別の専門の方がいらっしゃる)を思い込みで、いろいろと言われた場合。・・・その分野は別の○○委員にお聞きしているので、そこまで言われなくても という場合あったことがあるようです。例は少ないかもしれませんが。

この例はたしかにあります。これは注意すべきです。委員に求めているのは専門的知見であり、委員個人の価値観ではありません。もちろん、価値観が意見に反映されることは避けられませんが、価値判断は科学委員会でなく、利害関係者(の協議会など)が行うことです。

 専門外のことに口を出すこと、価値観にかかわる個人見解を述べることは、適切ではありません。また、科学委員会と利害関係者の合意形成の場を混同することも、適切ではありません。

2006-03-13 3.10の議論の続き

[][]生物学的許容漁獲量を巡る議論

Date: Mon, 13 Mar 2006 20:08:45 +0900

皆さん ○○さんのご意見にもありましたが、どのような合意を得るべきかについて、資源学者だけで議論するのでしたら、○○さんの言う産卵場が複数あるくらいの資源量、○○さんの言う蛋白質供給源の確保 ということに私は異論ありません。

 しかし、皆さんも賛成いただけると思いますが、このような合意を業界を含めて実行することが重要です。その中身よりも、合意の事実があれば、管理の設計はそれを踏まえて可能です。 理想を語っても、 彼らの合意なくしては管理は実行できません。

 【生物学的許容漁獲量を答申する前に資源管理目標を社会合意するよう、水産行政に】働きかけることが重要です。

 それまでは、「演習」として、理想を語ることは悪くありません。この演習には、「実弾」がこめられてはいませんが。

 【】せっかくの実弾演習【】の経験を自ら放棄している。10年後には環境省に吸収される可能性も視野に入れないといけないでしょう。【】

2006-01-14

[][]100平米運動

Date: Wed, 11 Jan 2006 19:29:29 +0900

○○様 関係各位

 ありがとうございました。今年すぐにとは行きませんが、合意に向けた具体的な条件と手続きが明らかにされていて,たいへん助かりました。

 シカWGと多くのメンバーが重複しているので,有機的な議論ができると思います。

 ついでに一つだけ。森林再生専門委員会 100m2運動自体の理念,目的などの簡単な紹介もお願いします。それに基づいた活動方針になっていると想像します。もしも密度操作実験に踏み切る場合,その理念に抵触するかどうかが問題です。

Date: 2006/01/12 19:10

○○様、皆様

ありがとうございました。100m2運動の理念自体は密度操作実験を含む今後の科学委員会の議論と十分整合性が取れるものと思いました。先日紹介頂いたコメントについて、瑣末ながら以下の点について私見を述べさせていただきます。

(3) 森林再生専門委員会での検討

直近に開催された平成17年11月の森林再生専門委員会では、「シカ密度の調整をしない、大規模な柵の設置は行わないという前提で柵による保護を進めてきた経緯がある。しかし、森林再生の最大の障害がエゾシカであることが明確となったこと、さらには世界遺産地域全体の管理計画が検討されていることから、それに応じて運動地でのシカ対策見直しも必要になってきている。一方、100岷親飴臆端圓旅佑┐眤砂鼎垢詆要があり、通信やホームページで情報を出しながらシカ対策の検討を進めることとする。」とした。

十分な対応をしていただいていると感じます。

ウトロ地域周辺及び国立公園内で「密度操作実験」を行う場合は、観光事業へのイメージダウンにならない手法と見通しが必要となる。

これは利用適正化委員会の議論を私が良く理解していないのですが、管理計画よりも「観光事業へのイメージ」を優先するというのは、いかがなものでしょうか?もちろん管理計画は観光事業関係者も含めた合意形成が必要だと思いますが、現時点ではむしろオーバーユースが問題になりかねない事態だと認識しています。 ありのままの自然を堪能していただくというのが観光事業の趣旨だとすれば、必要な管理を行うことを観光への妨げになることを理由に躊躇するということは、本来の世界遺産における観光事業のあり方としてそぐわないと思います。

銃による密度操作を行うことに対する社会的な影響(予測)についても科学委員会で専門家を含めて議論すべきである。

これを予測するには、社会科学者(マスコミ論)のような人材が必要ですが、現在の科学委員会にはそのような人材はいません。また、このようなときに頼りになるマスコミ論の専門家は、日本にはほとんどいないと思います。むしろ、ジャーナリスト自身の意見を聞くほうが実質的だと私は思います。それならば可能でしょう。

 以上、皆様のご意見をお聞かせください。