未来のいつか/hyoshiokの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2011-02-17

なぜDEC市場から撤退しなければならなかったのか。  なぜDECは市場から撤退しなければならなかったのか。を含むブックマーク  なぜDECは市場から撤退しなければならなかったのか。のブックマークコメント

DEC企業文化について、先日記した。(昔DECという会社があった。エンジニアとして必要な事はDECで学んだ。) *1 そんなに優れた技術があり、優れた企業文化を持ち、優秀な技術者を多数抱えたエクセレントカンパニー21世紀を待たずしてなぜ市場から消えなければならなかったのだろうか。

経営者が愚かで放漫経営をしていたからとか、法律違反するような経営をしていたとか、そーゆー話であればわかりやすい。その経営者が愚かであったということで決着がつく。

DECの凋落の原因は、むしろ無能な経営者によって引き起こされたというよりも、むしろ、有能だったがゆえに、成功の呪縛から逃れられなかったという風に考えられる。既に起きてしまったことをあれやこれや言っても所詮結果論にしたすぎないが、あえてそれを考えてみたい。

イノベーションのジレンマ」では、利益を最大化させる資源配分メカニズムプロジェクト投資を決めたり、人員配置、研究開発の優先度の決定などなど)が特定の状況下では優良企業を滅ぼすことが説明されている。

破壊イノベーションの状況では、新規顧客や魅力のない顧客群に安く売れる、シンプルで便利な製品を商品化することが課題である状況では、新規参入者が既存企業を任す確立が高いことが示されている。

IBMにとっての破壊イノベーションDECが作っていたミニコンであった。DECIBMにとっては破壊的イノベーターとして、VAXを売りまくり、IBM市場侵食していた。

DECにとっての破壊イノベーションUnixワークステーションPCであるミニコンに比べればはるかに安いが、機能は劣る。80年代前半の時点では、UnixワークステーションPCはまだ海のもの山のものとも分からないもので、VAXが売りに売れていてキャッシュばんばん稼いでいる時点で、経営資源Unixワークステーションの開発やPCの開発に充てると言うことは、利益を最大化する責任のある経営者には到底できはしない。

UnixワークステーションがVAXの下位機種を置き換えつつあったときDEC経営者IBMを仮想的として、VAXの上位機種の開発に積極的に投資していった。それは、そちらの方が利益がでかいし、Unixワークステーションのような廉価モデルでは十分な収益をあげることが難しいと判断したからだ。SunワークステーションがVAXをどんどん置き換えている時に、破壊イノベーションによって破壊される企業は有効な打ち手を打てない。仮にSunワークステーションの対抗機種を同程度の価格で販売することができたとしても、それは、VAXの売上を減らすことで、どっちにしても利益を毀損するのである。いわゆる自分自分の足を食っているタコになっているのである。営業はわざわざ安い機種を売りはしない。できれば高い機種を販売しようとする。

結局、破壊的なイノベーションに対して有効な策を打てないのである

経営者が真面目に利益を追求しようとすればするほど、廉価版製品を開発することは難しいのである

DECはVAXの後継として世界最高速のマイクロプロセッサAlpha AXPを開発するが、80年代に歴史は動いていて、Alpha AXPを発売した92年には、雌雄は決していたのである

優秀なエンジニアはどこに行ったのだろうか?自由闊達エンジニアリング文化はなす術もなかったのだろうか。

もちろん、PCUnixワークステーションがVAXのマーケット侵食していることに警鐘を鳴らすものはいた。しかし、主流とはならなかった。それはVAXのプロダクトラインが多くの利益を稼ぎ出していたので、社内的にも影響力があったかである

わたしも一介のエンジニアとして、VAXのアーキテクチャーは、コスト性能比もいいし、スケーラビリティーもあるし、互換性も申し分ない、VMSは性能もいいし、使い安い。それに比べればUnixなんておもちゃだと本気で思っていた。Unixとの機能比較表を作れば、VMSには○がいっぱいついて圧勝という風に思っていた。実際そうなのであるが、顧客は安いSunワークステーションを買って行った。多くの顧客にとって、VAX ClusterとかSMPとかスケーラビリティよりも、Unixの方が安くて使いやすかったのである

PCおもちゃだと思っていた。それが、結果としてミニコンというマーケットセグメント市場から消し去るなんてことは露程思っていなかった。

自社のテクノロジーの優位性にエンジニアも泥濘していたのである

そして、1998年PCというおもちゃを売っていたCOMPAQDECは買収されるのである。わたしは、おもちゃと思っていたPCベンダーに買収されるということに強い衝撃を受けた。例えて言えばトヨタがインドの自動車会社に買収されるようなインパクトを感じた。

DEC経営陣が80年代ころどのような判断をすれば、90年代生き残れたかは分からない。少なくともIBMは生き残った。HPも生き残った。

自社のビジネスモデルにとって破壊イノベーションとはなんだろうか。それを考えることは恐ろしくもあるが、破壊イノベーションから生き残るためには必須のことである

破壊イノベーション既存顧客によりよい製品提供することではなく、機能は劣っている製品サービスを売り出すことである製品定義しなおすのであるシンプルで安いマーケットセグメントを新たに作り出すのである

*1:昔DECという会社があった。エンジニアとして必要な事はDECで学んだ。 http://d.hatena.ne.jp/hyoshiok/20110212#p1

stst 2011/02/17 23:45 そのPCの前に今スマートフォンという黒船が現れたわけですが、これは果たして破壊的イノベーションでしょうか。
それともさまざまあったPC代替端末のごとく、歴史の一エピソードに終わるのでしょうか。
経営者ならずとも、これは結構悩む話題だと思います。

ふくながまさみつふくながまさみつ 2011/02/20 16:39 「よ」さんの話のどこに接するからちょっとわかりませんが(接すると思うけど)、自分たちが作ったものよりよいものが外にあれば、自分の作ったものを捨てて、外にあるものを使うということが、あの時代はあんまりできなかったと思います。私が「日本支社」に入った時にはすでにUNIXが動いていたわけで(あたりまえだけど)、そっちに乗り換えるというのは意思決定の問題だけだったのですが、それはやらなかった。
でも、あの時点でそんな決断ができる経営者なんていなかっただろうと思います。それほど自前のOSはよかったということでもあるし、メインフレームの世界でも、機械は開発し続けてOSはUNIXにするというのはずっと後になって、会社が傾きそうになって、いったんサービスビジネスで立て直して、それでやっとできたんじゃないかと思います。
ちなみに、毎年ボストンで開かれていた社内のネットワーク関係者の会議の基調講演で、当時のネットワーク部門の大ボスが、「もうTCP/IPは終わりだ。これからは、XXXnet Phase Vだ。」とスピーチした時、私は、「おいおい、ウソだろ。何狂ったこと言ってんだ。」と思いましたが、行動は起こしませんでした。(今思えば、末席としゃいえ、その部門の一員だったわけで、クーデターぐらい起こせたと悔やみます。)
うまくいっている間に、次の手を仕込むこと。それが内製であれ、外であれ。それが大事だと、口で言うのは簡単ですが、実際には難しい。運命やタイミングに任せるのがいやなら、多様性を維持、発展させておくということを企業の意思として行っておく必要があるのだろうと思います。
昔からの多様性をあたりまえだと思っていては、時代は超えられず、壮年期を過ぎる頃には戦略的に多様性を維持していくということが企業にも必要なんでしょう(地球に必要なように)。
「TCP/IPは終わりだ。」といいつつ、部門予算の半分はコソッとTCP/IP関連に使っているというようなことが。

hyoshiokhyoshiok 2011/02/27 11:58 ふくながさん、コメントありがとうございます。
まじめな経営者であればあるほどVAX/VMS,DECnetなどを捨てることはできないでしょうね。それこそがイノベーションのジレンマですね。
そして、従業員もそのようなことが出来ない。