未来のいつか/hyoshiokの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-08-13

数学する身体、森田真生著、読了

思考の道具として身体から生まれた数学身体を離れ、高度な抽象化の果てにある可能性とは?」

数学する身体

タイトルに惹かれて手に取った。何度か逡巡して購入し、しばらく積読だった。先日、数学の認知科学というスゴ本に出会い数学とその身体性に強い興味を持ったのだが、「数学する身体」のことをすっかり忘れていた。

積読の山を眺めながら、数学する身体を再発見しパラパラめくってみて一気に引き込まれた。

そして、本書がスマートニュース社の勉強会をきっかけに作られていることを読後に知った。

スマートニュース社の藤村さんから小冊子「みちくさ01」をいただいたことを思い出した。本棚から探し出してすっかり忘れていた、それを再読してみた。

その勉強会というのはアラン・チューリングにまつわるものを著者に解説してもらうというものだったらしい。スマートニュースCEO鈴木さんが「会社が大きくなるにつれ、中略、コンピュータアルゴリズム人工知能言語メディアジャーナリズム、公共性といった概念がどこから来たものなのか、その起源を全社員が知っておくことが必要だと考えるようになり、中略、そうだ。本棚を作ろう」と考え、「それだけでは身体化されない置物になってしまう。本は身体化されねばならぬ」(みちくさ01)ということで講演会をしたのが、本書のきっかけになった。

本書を読むことによって身体化された数学というものがどういうものか、そもそも身体化するということはどのような行為なのか、それをアランチューリング岡潔という二人の数学者を軸に知ることができる。

数学に関する認識を豊かにしてくれる一冊になっている。本書には数式は一切出てこないので、数式に苦手意識を持っている人でも読みこなせる。数学とは何かを学ぶ良書だ。

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