未来のいつか/hyoshiokの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-09-20

パラノイヤだけが生き残る、読了

パラノイアだけが生き残る 時代の転換点をきみはどう見極め、乗り切るのかを読んだ。

インテル80年代に急成長させた伝説経営者アンドリュー・グローブの名著の復刊だ。

AmazonFacebookGoogleもなかった頃に書かれた本書を20代、30代の皆さんが、読みこなすのにはちょっとした基礎知識必要だ。

世界最大の半導体メーカーインテル1980年代経営危機を迎える。若い人にとっては信じられないことかもしれないが、当時、日本製64K DRAMシェアは70%を超えていた。日本のメーカーは圧倒的な競争力を持っていた。インテルは「戦略転換点」を迎える。

半導体メモリの大手ユーザーは値段が安くて、不良率が低い、日本製半導体メモリーを大量に購入していた。

当時、インテルなどは、日本の競争力ダンピングなど不公正な方法によっていると考えていた。そのため、抜本的な対策を打てぬまま経営危機に陥る。大手半導体ユーザHPは日本製半導体メモリの不良率が米国製のそれよりもはるかに低いということを公表し、その論争に終止符を打った。

第5章にインテルの「戦略転換点」について生々しい記述がある。114ページに半導体の国際市場シェアの変遷がある。一夜にして日本製品凌駕されたのではなく、それは10年近くの年月がかかってシェアが逆転したにもかかわらず、インテルは抜本的な対策を打てぬままにいた。

そしてグローブら経営陣は決断をする。創業以来の基幹製品メモリから撤退である

戦略転換点を通過するということは、あなたの企業が過去から未来根本的な変貌を遂げることだ(181ページ)

そして、「5年後には重役の半分は、ソフトウェアがわかる人間になっていなければならない」ということだ。つまり、幹部たちが経験知識を積んできた専門分野を変えるか、彼ら自身が入れ替わる(取締役をクビになる)かということだ。

インテルはそれを行ったから生き残った。

本書(英語版)が出版されたのは1996年だ。インターネットがどのような影響を及ぼすかまだ十分明らかになっていなかった頃だ。グローブのレーダーにはAmazonは見えていなかったかもしれない。GoogleFacebookもない。スマホクラウドIoTビッグデータという概念も無かった時代だ。

第9章に「インターネットノイズか、シグナルか」と記している。我々はインターネットが10xの戦略転換点であることを今だからこそ知っている。犯人を知ってミステリーを読むようなものだ。96年当時のグローブの分析から我々は何を学べるのだろうか。

真摯に変化から何かを学ぼうとしている姿勢が見える。今となっては的外れ議論もなくはないだろう。しかし、大きな変化を感じ、そこから何がしかを学ぶ姿勢、それこそが彼の経営者としての真骨頂だと思う。

10章は、初版発行時にはなかった章だ。環境変化によるキャリア転換点についての章だ。「ライフシフト」でも議論されていたが、変化に適応する能力「変換資産」をどう保つか、その方法論がある。

生き残る戦略が第10章に記されている。

20年経っても価値は色褪せない名著だ。

2017-09-13

大人の休日倶楽部パスで4日間行き当たりばったりの旅をした

気がつくと59歳、おめでとう、自分。ということでおじさん一人旅を気ままにしてみた。

JR東日本の「大人の休日倶楽部パス」というのがめちゃくちゃお得だ。15000円で4日間、JR東日本管内乗り放題。まあ、それくらいだったら青春18きっぷもあるしそれほどお得感がないが、これは新幹線も乗れちゃう指定席も6回まで乗れちゃう青春18きっぷ新幹線どころか在来線特急も乗れないので行動範囲が限られていたが、大人のきっぷは新幹線という飛び道具を使えるので、1日でJR東日本全域をほぼカバーできる。超お得だ。

https://jre-ot9.jp/ticket/clubpass_e.html

いくつか制約がある。大人の休日倶楽部会員になるには満50歳以上でないといけない。大人のきっぷは満50歳以上の大人専用きっぷだ。(若者は50歳までお預けだ)年3回、利用できる。有効期間は連続する4日間だ。

初日9月9日)、伊豆方面日帰り

石廊崎までバスで行って、遊覧船に乗る。太平洋の波がザブンザブンと遊覧船にかかってきた。穏やかな海だったが、それでも黒潮のうねりは感じられた。バスが40分くらい、遊覧船が25分くらい。石廊崎港の食堂でいか焼き定食1200円を食った。ボリュームがあってうまかった。

この伊豆クレイルというのが無駄に贅沢というかオシャレというか。出発時には駅員さんがお見送り(手を振ってくれる)、車内では軽演奏があったり、4人席(コンパートメント)が付いていたりする。4人で列車飲み会とか楽しそうだ。

小田原からは湘南新宿ラインでちんたらと帰宅。1日目は近郊を楽しんだ。

http://www.jrizu.jp/izucraile/

2日目(9月10日)、秋田方面

はやぶさ1号は贅沢をしてグランクラスに乗った(別料金)。朝食が付いてくるのと、飲み物は飲み放題。シートはファーストクラス風(乗ったことないけど)。足元は広々していて前方の席に届かない。あっという間に盛岡に着いた。満員だった。

盛岡でこまちに乗り換える。こまちははやぶさの前方に連結されていた列車なので乗り換えは簡単だった。座席は窮屈であるグランクラスと比べれば、それはそうである

秋田から国際教養大学図書館に行く。まず、イオンモールまでバスで移動して、さらに乗り換えて大学に行く。

日曜、祝日などは秋田からシャトルバス無料)が運行されている。10:30のに乗った。高校生くらいの若者がいっぱい乗り込んでいた。モール高校生の社交場だ。

http://akita-aeonmall.com/news/information/13

http://web.aiu.ac.jp/wp/wp-content/themes/aiu/doc/access/AeonLine.pdf

世界の美しい図書館は、世界の様々な美しい図書館を紹介している。写真を見ているだけでため息が出る。

国際教養大学図書館がすごいというので見学に行った。24時間365日オープンしているそうだ。学外者も見学できる。知のコロシウム。リベラルアーツ大学だ。素晴らしい図書館だった。

http://web.aiu.ac.jp/library/outline/

  • 秋田 14:17 リゾートしらかみ5号、東能代 15:06
  • 東能代 16:25 奥羽本線(鈍行)、青森 19:01

五能線経由のリゾートしらかみで青森まで行ければ良かったのだけど、当日ではチケットが東能代までしか取れなくて、そこからは奥羽本線経由の鈍行となった。それでも五能線経由より青森到着は早い。1時間半近く待ち合わせが時間があったので駅前を探検したのだが、コンビニすらなかった。床屋が二軒あった。寂れた地方都市の駅前にはなぜか床屋があったりする。

青森のホテル楽天トラベルで当日予約した。

下記はグランクラスで読んだ社内誌で紹介されていた。どれも未読だったので読みたいと思い、駅ビルに入っている宮脇書店で探してみたらすぐ見つかった。特に大きめの書店というわけではないし、店内検索システムも見当たらず、アナログで探したのだけど、特に大きな困難もなく発見できた。すごい。

どのような文脈でこの三冊が紹介されていたかは、ちゃんと読んでいないのでよくわからない。

武士の娘」の著者、杉本鉞子は、1873年、越後長岡藩の家老の家に生れ、武士の娘として厳格に育てられ、結婚によりアメリカに住んだ。英語で書かれたエッセー翻訳ということらしい。イチオシされていた。


3日目(9月11日)、青森から東京

  • 青森 09:05 つがる2号、新青森 09:10
  • 新青森 09:52 はやぶさ14号、東京 13:04

当日夕方から勉強会があったので東京まで戻ってきた。青森から新青森は一駅を特急自由席で移動した。新青森から東京までは大人のきっぷで指定を取った。電源がすべての席についているので通路側でも電源の心配はなかった。

新青森から東京正規料金で17,150円なので片道だけでも大人のきっぷ(15,000円)の元は取れる。お得である

スゴ本のdainさんがオススメしていて、未読だった、論理トレーニング101題を丸の内の丸善で購入した。棚の整理中で店内検索システムではどこに本があるのかわからなかったので、棚を整理していたオネーさんに聞いたら、あっという間に教えてくれて人間すごいと思った。

スゴ本の中の人が選んだ、1万円で“一生モノの教養”を身につけるための5冊

https://hikakujoho.com/manekai/entry/20170907

統計はこうしてウソをつく―だまされないための統計学入門在庫切れだった。

4日目(9月12日)、盛岡日帰り

新花巻から釜石線に乗って遠野に行きたかったのであるが、昨日からの大雨で運休に成っていた。急遽、次の新幹線(立ち席特急)で盛岡に移動した。

駅でぶらぶらしたところ、さわや書店という素敵な本屋発見した。文庫本Xの企画をして文庫本を売りまくったという伝説書店だ。ポップが素晴らしいので思わず二冊買い込んだ。

から歩いて行ける範囲で、ジュンク堂とさわや書店本店に行ってみた。

ついでに岩手県立図書館にも足を運んだ。

遠野に行きたかったのは、先日の東京読書サミット佐々木さんが超オススメしていた遠野物語 (新潮文庫)を読んだからで、実際どんなところか見てみたかったからである。釜石線が動いていないのではしょうがない。残念だ。

はやぶさ60号の方が先に到着するのであるが、106号の方が空いていたのでこっちで帰ってきた。

4日間行き当たりばったりの旅であったが、本もちょろっと読めたし、満足度は高かった。

本当は悪霊 1 (光文社古典新訳文庫)を読みたかったのだけど、ほとんど進捗しなかった。今年中にはカラマーゾフの兄弟までたどり着きたい。ドストエフスキーを読むためにまた鉄道で旅をしたいと思った。

2017-08-26

東京読書サミットに参加した

池袋ジュンク堂で開催された第2回東京読書サミットに参加した。白石さん主宰する「読書するエンジニアの会」が主催者となって、「森の読書会」、「ええやん!朝活」と言う読書会が協賛という立て付けになっている。

読書会は色々な形式がありうるので、それぞれの人がイメージするそれはかなり異なっている気がする。ざっと思いつくものでも、大きく分けて1)課題となる本を参加者で読むもの、2)特にテーマを決めないで参加者が本を紹介するものがある。前者の形式のものは、大学ゼミのように課題図書を精読し、議論するものからカジュアルにある作家作品感想を述べ合うものまで幅広い。*1 後者の例としては最近では、ビブリオバトルのような本の紹介を競技形式にして、参加者から人気投票優勝者を決めるというものである

紹介系の読書会だと、自分普段手に取らない書籍を知る機会になって、自分読書の幅を広げてくれる可能性がある。

本を皆で読む形式読書会だと、同じ本を読んで、こうまで解釈が違うのかということを発見したり、共感するポイントを共有して、ああ、自分孤独ではなかったと思ったり、あるいは自分の読み方の弱点(?)を知ったりできる。ゼミの輪読だと、そもそも内容がよくわからなくて途方にくれるのをみんなで読み解くというような読み方もある。

知っていることを読むのと知らないことを読むのでは後者の方が知的な労力を使うので脳に対する負荷が高いような気がする(脳の負荷ってなんだかよくわからないけど)。読み方の訓練にもなる。

本を読むのは単なる楽しみで行っているので、別にどんな読み方だろうが構わないし、本を読まなくても生きていく上では困らない。困らないけど読む。本を読めと誰かに強制するつもりもないが、自分としては本を読む力(というものがあったとしたら)を少しでもつけて、本を読むのをもっと楽しみたい。

フィクションでもノンフィクションでも本を読むこと自体もっと楽しみたいというのが、その根底にある。(くどいな)

というわけで、読書会に参加するのは、1)本を読む力をもっとつけて、本を読むことをもっと楽しみたい、2)読む本の種類を広げたい、という動機がある。

本をどう読むか、何の本を読むか、ということである

本好きが紹介する本の話を聞いているのは楽しいし、その楽しさを共有したい。なので、本の紹介を聞くとその本を読みたくなるし、自分と違う楽しみ方をした人の読書体験をなぞりながら、自分の楽しみ方を広げていきたい。

読書というのは身体性を持っていると感じている。同じ本を部屋で読むのと、旅先で読むのは違う体験だ。10代で読むのと、30代、50代で読むのは違う体験だ。

本を読むことで自分の変化を知ることができる。

東京読書サミットで紹介された書籍を順不同で紹介する。どれもこれも興味深い。ネットじゃなくて本屋で手にとって購入してみたいと思った。

トップバッターはスマートニュース藤村さんのお勧めだ。村上龍TVのレポーターとして露出も多いので若い人たちは彼がすごい作家だということを知らない可能性がある。個人的にはコインロッカー・ベイビーズベストだと思っているが、読書家の藤村さんはあえて「テニスボーイの憂鬱」を紹介していた。自分は未読だ。内容はバブル期のどうでもいい長編恋愛小説らしい。その内容はどうでもいいのだけど(すごいdisりっすね)、食に対する村上龍描写力はスゴいとのことだった。ねっとりした質感とか突き抜けた何かとか。これは読んだ方がいいかもしれない。人間の食欲というのが、生存のために食うのではなく、快楽として、あるいは楽しみとしてあるとしたら、そこにエクストリーム表現があって、文学の到達点なのかもしれないと思った。

LINE佐々木さんのご紹介は遠野物語だ。ご自身が東北出身ということで紹介されていた。ライブドア時代書評ブログを書いていたら、社長の目に止まって、気がついたら執行役員になっていたというエピソードは、本を読んで偉くなるとして印象に残った(脳内変換です、すいません)。柳田邦男とか民俗学とか、自分が踏み込んだことのない領域なので、めちゃくちゃ興味を持った。昔話とか民話に出てくる妖怪というのも興味深い。知人に妖怪になりたい人がいるのだけど、彼を思い出しながら話を聞いていた。

自分は、「虚数情緒」を紹介した。本書は何度も取り上げているので、ここでは繰り返さないが、この本によって数学という表現形式に対する苦手意識が減った気がする。ちょっと数学と仲良くなれた。

今回、このイベントをきっかけに私の知る限り3人の方が購入していた。ウヒョー。嬉しい。虚数情緒について熱く語り合いたいと思った。


イベントの後半は各テーブル4人位づつで自分の大切な一冊を紹介していくというワークショップになった。それぞれのテーブルで一番支持を得た人がチームを代表してみんなの前で発表し、会場全体で最も票を集めた発表を優勝とするというビブリオバトル形式で行われた。

むくつけなおじさん(失礼)が紹介したのが、愛人(ラマン)だ。取次の仕事をしているという自己紹介をされているので、本職の本好きなのだと思う。よく読書会とか行くらしい。むくつけなおじさんという風体に似合わない(ますます失礼でごめんなさい)本を紹介するというギャップ萌えである読書会女性が多いので、愛人(ラマン)女性受けするという実用的なメリットがあるらしい。勉強になる。発表のインパクトで一位を取っていた。おめでとうございます

新卒若者が紹介したのが、カーネギーの「人を動かす」だ。誰かを支配してやろうと思って読むのではなくて、大切な人と仲良くなりたい時に読むと語っていたのが印象的だった。自己啓発書の棚に置いてある本という印象で、自分としては敬遠するタイプの本だが、食わず嫌いはよろしくないなあと思った次第である。読んでみたいと思った。

毛沢東の書籍は一冊も読んだことがない。どんな人物か実のところほとんど知らない。「革命は、暴動であり、一つの階級が他の階級を打倒する激烈な行動である」というのがどのような文脈で記されているか興味を持った。


さくらももこの自伝エッセイ「ひとりずもう」。本をあんまり読まないので難しい本は持ってこれないんですという自己紹介が良かった。

今回紹介された本で、唯一読んだことがあるのが、村上龍の「限りなく透明に近いブルー」だ。村上龍デビュー作で芥川賞受賞作だ。高校生大学1年生の時にリアルタイムで読んだ。ドラッグセックス暴力に満ちている村上龍の作風を強烈に印象付けた。当時読んだ時、全くもってピンとこなかった。40年経ってみて、自分感想がどう変わるか興味深い。再読してみようと思った。


読書会面白い。何を読むのか、どう読むのか。自分読書の幅を確実に広げてくれる。読書を楽しむための訓練の場として自分は利用している。

2017-08-13

数学する身体、森田真生著、読了

思考の道具として身体から生まれた数学身体を離れ、高度な抽象化の果てにある可能性とは?」

数学する身体

タイトルに惹かれて手に取った。何度か逡巡して購入し、しばらく積読だった。先日、数学の認知科学というスゴ本に出会い数学とその身体性に強い興味を持ったのだが、「数学する身体」のことをすっかり忘れていた。

積読の山を眺めながら、数学する身体を再発見しパラパラめくってみて一気に引き込まれた。

そして、本書がスマートニュース社の勉強会をきっかけに作られていることを読後に知った。

スマートニュース社の藤村さんから小冊子「みちくさ01」をいただいたことを思い出した。本棚から探し出してすっかり忘れていた、それを再読してみた。

その勉強会というのはアラン・チューリングにまつわるものを著者に解説してもらうというものだったらしい。スマートニュースCEO鈴木さんが「会社が大きくなるにつれ、中略、コンピュータアルゴリズム人工知能言語メディアジャーナリズム、公共性といった概念がどこから来たものなのか、その起源を全社員が知っておくことが必要だと考えるようになり、中略、そうだ。本棚を作ろう」と考え、「それだけでは身体化されない置物になってしまう。本は身体化されねばならぬ」(みちくさ01)ということで講演会をしたのが、本書のきっかけになった。

本書を読むことによって身体化された数学というものがどういうものか、そもそも身体化するということはどのような行為なのか、それをアランチューリング岡潔という二人の数学者を軸に知ることができる。

数学に関する認識を豊かにしてくれる一冊になっている。本書には数式は一切出てこないので、数式に苦手意識を持っている人でも読みこなせる。数学とは何かを学ぶ良書だ。

2017-07-30

伝説の灘校教師が教える一生役立つ学ぶ力、橋本武著、読了、濫読日記風、その14

上野桜木にある古書店あおば堂で開催された読書会発見した一冊である*1

今回の読書会は、あおば堂にある本(古書から、興味を持った本を選んで紹介するという形式で行った。通常の読書会は、自分が読んだ本を紹介するというものが多いが、この場合、その場で選ぶので、まだ未読の本になる。なぜ、その本を選んだか、どんな本だと思うのかなどを語り合うことになる。パラパラめくってみて興味を持ったとか、装丁が気に入った(ジャケ買い)、著者が好きだ(著者買い)、直感で選んだとか、様々な理由で選んで、紹介していく。

私は、読書法に興味があって、本を「しっかり」読みたいと思っている。本書はそんな観点から興味を持って選んだ一冊だ。

著者は元灘高の国語教師で、2013年101歳で亡くなった。*2

国語というのは、学ぶ力の基礎になるものである。学ぶ楽しさを知ることが生きる力になる。読むことも書くことも生きていく上には重要である

国語の授業で、小説銀の匙」を三年間かけて読む。そのユニーク教授法興味深いが、学ぶことと遊ぶことを同次元で語っていることが興味深い。また、すぐに役に立つことはすぐに役に立たなくなるとして、脇道に逸れて学ぶことの大切さを述べている。

本書では銀の匙 (新潮文庫)そのものについては触れていないが、どんな小説なのか、未読なので興味を持った。また、文学入門 (岩波新書 青版)も読んでみたいと思った。文学入門には五十冊の読書リストが付いているので、そのリストを元に読書の幅を広げてみたいと思った。



濫読日記

2017-07-20

断片的なものの社会学、岸政彦、読了

先日参加したイベント *1 で紹介されていた岸政彦著、断片的なものの社会学を読んだ。

社会学方法論として、質的調査というのがあって、その教科書質的社会調査の方法 -- 他者の合理性の理解社会学 (有斐閣ストゥディア)も同時に購入した。

社会学というものはなんだろうか。著者はその問いには直接答えないが、その研究方法として「ある歴史的出来事体験した当事者個人生活しの語りをひとりずつ聞き取るスタイル調査をしている」(3ページ)

これは、質的調査という方法だ。アンケートなどをとって対象を量的に把握する手法(量的手法)と対比して語られる場合がある。

フィールドワークをしていて目撃した様々な論文にはならないけどちょっとしたことなどを集めたものが「断片的なもの社会学」だ。

私はエスノグラフィー民族誌)の手法には予てから興味があるのだが、社会学者が、フィールドワークする現場というものがどのようなものかを垣間見れて、しかもそのエピソードがどれも興味ふかく大変楽しめた。

質的社会調査の方法 -- 他者の合理性の理解社会学 (有斐閣ストゥディア)を読んでその手法を学びたいと思った。

人の話を聞くのは好きだが、それを研究手法スキルとして身につけるには、それなりの訓練・経験必要だと思う。

「断片的なもの社会学」は物語としても面白いおすすめだ。

IT民族誌

私の日記も、民族誌みたいなものかもしれない。

2017-07-18

本を読め、恋をしろ

モノを書いて自由に生きる。―Writer Career Meeting―というイベントに参加した。

ローカルジャーナリスト田中輝美さんと作家編集者田村真菜さんのトークを中心にジャーナリスト法政大学社会学部准教授藤代裕之さんがモデレーターをするという構成だった。

田中さん田村さんの創作方法などを藤代さんが質問しながら引き出していく。

田中さん20代新聞記者の頃、ひたすら書くことによって、書く訓練・修行をした。書けることの面積を大きくして行って、書きたいこととの接点を大きくした。本を読むときは(使う前提で)いいフレーズメモる。人が書いていない穴を探す。人と同じ仕事は来ない。書いたものについてのフィードバック、例えば、どこがわかりにくかったかなどを聞く。

フリーランスになる時、周りの人は、食うためにやりたくないことをやることになるから、みんなやめておけと言う。やりたいことをやるために稼げばいいのだなと思った。講演はコスパがいいので受けるが、講演ばっかりになると書くのが雑になるので、バランスが重要ライティング講座などもやる。学ぶことにコストをかける人は多いので需要はある。固定費を下げるために飲み会にはいかない。飲み会に行くくらいなら仕事をしましょうと言う。

スキルの向上の仕方。図書館でその分野の本を十冊くらい読む。教育に投資する。新聞社を辞めた後、大学院に行った。読書記録をつける、インプットだけでは力にならない。人に本を贈る。年間100冊以上は読んでいる。

仕事の仕方。締め切りを守る。受け取りましたのメールを出す。60%の出来でも締め切りまでに出す。待っている人の不安を減らす。書き直しは後でもできる。

インタビューは知らないことはスルーしちゃうので、相手のことをいっぱい調べる。そうすると相手の扉が開くことがわかる。

記者時代、先輩に「本を読め、恋をしろ」と言われた。恋をするというのは対象に興味を持っていっぱい調べて好きになることだと理解した。

藤代さんが田中さんの興味深いエピソードをグイグイと引き出して行った。

感想企画力x取材力x文章力をどのように高めていくのか。職業としてのライターとはどのようなものかというヒントに満ちたイベントであった。

文章力フィードバックの質と量による。新聞記者場合は、先輩記者上司が徹底的にチェックしダメ出しをすることによって鍛えられる。フリーランス場合は、その密度が低いので成長のスピードは遅くなる。

田中さんの新著を売っていたので購入した。乗り鉄JR路線を乗った)。日経グローカルで連載を持ってそれを元に一冊の本にまとめた。

ローカル鉄道という希望:新しい地域再生、はじまる

よそ者と創る新しい農山村 (JC総研ブックレット)は、田中さん修士論文が元になっている。



2017-07-15

「定年後」と、「一〇〇歳時代の人生マネジメント」、読了、濫読日記風、その13

人生100年時代寿命が延びることによって、定年後(60歳前後)引退して年金で80歳前後まで生きるという人生モデル崩壊しつつある。

その文脈定年後 - 50歳からの生き方、終わり方 (中公新書)一〇〇歳時代の人生マネジメント 長生きのリスクに備える(祥伝社新書)を読んだ。

プロローグ 人生は後半戦が勝負

第1章 全員が合格

第2章 イキイキした人は2割未満?

第3章 亭主元気で留守がいい

第4章 「黄金の15年」を輝かせるために

第5章 社会とどうつながるか

第6章 居場所を探す

第7章 「死」から逆算してみる

「定年後」は様々な事例を調査している。参考文献のリストを眺めながらいくつか拾い読みをしてみるといいかもしれない。

一〇〇歳時代の人生マネジメント 長生きのリスクに備える(祥伝社新書)は長生きがリスクだという立場だ。金と健康に焦点を絞って対策を記している。

序章 100歳時代の「学び直し」

第1章 100歳までのお金の話

第2章 頭と体を健康に保つ

第3章 メンタルをどう支えるか

第4章 生きがいと人間関係

定年本はいっぱいあるが、玉石混合で、人生100年時代生き方についての指針を得ることは難しい。その意味LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略が出色と言える。

生きがいを持てと言われるわけであるが、会社に40年近く依存したおじさんにはそれは難しい。

ライフシフト議論されている変身資産キャリア生き方を変える能力)を人生の中でどのように積みかせねていくのか。それは定年になってから準備するのでは遅すぎる。金を持っていたところで親友を50歳になってから買えるか。経済的価値以外のものをためておく必要があるのである。




濫読日記

2017-07-02

ライフ・シフトをネタに大学3年生に話をした

先日読んだLIFE SHIFT(ライフ・シフト)をネタに学生お話する機会があった。

ライフシフト人生100年時代生き方や働き方について記した良書だ。

登場人物として、1945年生まれのジャック、1971年生まれのジミー、1998年生まれのジェーン(59ページ)、それぞれのライフステージが書かれている。本書を通じてこの三世代がどのような人生をおくっていくのかをシナリオライティング手法で明らかにしていく。

ジャックの世代は、教育就職引退の3ステージからなる。(高校ないし大学卒業し)20歳前後で就職して、60歳前後まで働いて、その後年金などを主な収入源にして人生を終える。この世代モデル戦後、極めてよく機能した。

一方、ジミーとジェーン世代はジャックの世代のほどうまくいかないことを理解している。

ジミーが教育から就職ステージに移行した頃はまだジャックの世代ロールモデル機能していたが、それが昨今うまく機能していないという状況が明らかになってきた。

ジェーンは100年以上生きる可能性がある世代だ。この世代は3ステージ生き方自分たち世代には通用しないことを知っている(60ページ)。

さてそのようなコンテクストを共有した上でまさにジェーン世代学生たちに私は何を語れるのか。

第4章、見えない「資産」ーお金に換算できないもの。ここで金銭的な資産ではない、お金に換算できないものを述べている。

私たちは、友人関係知識健康を「資産」と考えることはほとんどない。しかし、これらの要素を資産として位置付ける発想は、100年ライフを生きるうえで欠かせないものだ。(121ページ)

無形の資産お金で売買できるようなものではない。一生の友人を「購入」することはできない。

無形の資産には非常に多くのものが含まれるが本書では下記の3つのカテゴリーに分類している。(127ページ)

生産性資産や活力資産についてはわかりやすいが、変身資産というのは馴染みが薄い概念だ。

人生100年に成ると直線的な教育就職引退というモデル崩壊して、仕事の上でも生活の上でも何度となく大きな変化を経験する。その度に多くの変身を余儀なくされる。それが変身資産だ。このタイプの資産は旧来の3ステージ人生ではあまり必要とされなかったが、マルチステージ人生では非常に重要になる。

人生の途中で変化と新しいステージへの移行を成功させる意思能力のことである。(157ページ)

人生二毛作である。今までと違ったキャリアを歩もうという意思能力必要とされている。我々はその方法をよく知らない。ゆえに試行錯誤を繰り返すしかない。

自分最初転職したときのことを思い出す。外的要因によって否応なく変わらざるをえなかった(会社の希望退職制度に応募した)。準備は十分とは言えなかったが、会社の業績が良くないことは知っていたし、会社の同期で転職した友人たちとは時々飲み会などをして情報交換はしていた。それをきっかけに転職した。

日本オラクルで米国本社での開発の仕事を志願したのは、自分意思で選んだ。もちろん変化は大きな不安を伴うし、準備が十分できているとは限らないが、準備が整うまで待っていたら一生チャンスは訪れない。つべこべ言わずやってみる。それが「意思である

心理学社会学の分野では、移行に成功する条件を解明しようとする研究が精力的におこなれている。そのような研究を通じて、3つの要素が浮かび上がってきた。(160ページ)

変身資産について開かれた議論必要になる。今回の講演での自分自身の大きな気づきである

60歳前後で定年という制度は年齢による変身を強制的に余儀なくされる。自分の変身資産再確認棚卸)が必要だと強く感じた。

機会をいただいた琉球大学の名嘉村先生、國田先生ありがとうございました。また質問などで参加した学生の皆さんにも感謝致します。


2017-06-26

偽装死で別の人生を生きる読了、濫読日記風、その12

偽装死で別の人生を生きるを読んだ。

学資ローンでにっちもさっちも行かなくなった著者がある日思いつきで「死亡偽装」をネット検索した。そこから物語がはじまる。ノンフィクション

失踪請負人、偽装摘発請負人、実際に失踪した人、その家族などにインタビューをする。

失踪請負人は、顧客から料金を取って、顧客情報隠蔽撹乱し、そのアイデンティティ現実からデジタル世界から隠蔽する。必ずしも死亡偽装をするのではない。失踪支援する人が失踪請負人だ。

死亡偽装もっともありふれた動機保険金詐欺だ。偽装摘発請負人はそれを摘発する。うまくいくことはまずない。大災害に乗じて捜索願を出すというのはよくある手口だ。実際911では犠牲者数の倍以上の捜索願が出されたという。テロで死んだことにして義援金保険金をだまし取ろうとしたのだ。

偽装摘発請負人は偽装死はうまくいかないと主張する。(まあそうだ)。そのチェックリストがある。(100ページ)

  1. 家族友達に二度と会えなくなることに耐えられる
  2. 健康だ。特別な薬や治療必要としていない(健康保険を使えないから)
  3. 一年生活できるだけの十分な資金がある
  4. 信頼できる共謀者保険金請求をしてくれる
  5. 人名義の社会保障番号運転免許証パスポート、車、クレジットカード、銀行口座を用意してある
  6. 充分に時間をかけて見破られる心配のない別人名義の証明書類を用意した
  7. SNSは決して利用しない
  8. 問題解決のために他のあらゆる方法を試みた、殺人も考えたことがある
  9. 罪悪感がない
  10. ドラッグ依存アルコール依存問題を抱えていない
  11. 習慣と不名誉リスクを冒す覚悟ができている
  12. 高額の保険金契約正当化できる理由がある。つまり自分には高額の保険金に見合うだけの価値が有る
  13. 金を得る方法がほかにない
  14. 自殺を考えたことがある
  15. 2年以内に保険契約を結んでいない
  16. 自分契約している保険会社のコンサルタントがスティーブランバルインタビューした偽装摘発請負人)ではない

保険金詐欺は犯罪だ。犯罪を犯しても偽装死を試みる人がいる。失踪の方が偽装死よりも成功確率は高いと考えられている。借金夜逃げする人は昔からいる。

実際に失踪した人にもインタビューしている。インタビューをしているということは偽装死を試みて結局は失敗しているということだ。

保険金詐欺をしなければ、偽装死に被害者はいないのか。そんなことはない。家族被害者になる。死んだと教えられていた父親が後年まで生きていたと知った娘。詐欺罪で捕まり逃亡する父親から死亡偽装計画を聞かされた男子中学生。実の父親に脅され、保険金詐欺の共犯になった二十代の息子。

著者は最後自分自身の死亡証明書を手に入れる旅に出る。米国と犯人引き渡し協定を結んでいない国に行って、そこで自分の死亡証明書を手に入れる。そんなことは果たして可能なのか。

著者は「あとに残された家族人生がめちゃくちゃにされているのを目の当たりにして以来」本気で死亡偽装しようとは思わなくなっていた(225ページ)

その顛末は本書を読んでいただくとしてエピローグで著者は取材を通じて様々な学びがあったことを記している。

どんな事情があるにせよ、「その場しのぎの解決法を探すのではなく、自分を苦しめているものを受け入れる必要がある。中略。借金から目を背けたところで、それはさらに重大な結果を招くだけだ。一度安易方法を取ってしまうと次々にそれに頼ることになり、あっという間に絶望的な手段を思案するところまで追い詰められてしまう」(265ページ)

そして、著者は借金から目を背けるのではなく、借金を返すことに目を向ける。一生借金から逃れられない運命に落胆して死亡偽装ネット検索した日から、5年になる。そして、これは著者の少し遅めの成長の物語だ(267ページ)

濫読日記

2017-06-08

ゆるゆるゲーデル、エッシャー、バッハ(略してGEB)本、読書会中

ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環 20周年記念版(略してGEBげぶ)本読書会*1

一体何に関する本なのだという疑問を持ちつつゆるゆる読書会中だ。ゆるゆるゲーデル、エッシャー、バッハGEBげぶ本)読むので、「ゆるげぶ読書会」と呼ぶ。主催者白石さん命名。

第1章はMUパズルというのが紹介されている。それは形式システムである

Wikipedia解説が載っている。https://en.wikipedia.org/wiki/MU_puzzle

Nr. Formal rule Informal explanation Example
1. xI → xIU Add a U to the end of any string ending in I MI to MIU
2. Mx → Mxx Double the string after the M MIU to MIUIU
3. xIIIy → xUy Replace any III with a U MUIIIU to MUUU
4. xUUy → xy Remove any UU MUUU to MU
  1. 最後文字がIであるような文字列を持っているなら、そのあとにUを付け加えてよい。
  2. 文字列Mxを持っている時は、文字列Mxxを持ちものに加えてよい
  3. もし所有しているある文字列の中にIIIが現れるなら、そのIIIをUに置き換えてよい
  4. もし所有する文字列のあるものUUを含むなら、UUを省略してよい(51ページから52ページ)

上記のルールに従って、”MI”という文字列を”MU”にできるかというのが問いである

規則に従って作り出される文字列をここでは「定理」と呼ぶ。規則だけを利用して作られた文字列について、定理証明したという。最初の与えられた「定理」の事を「公理」とよぶ。上記の問題公理からMUという定理証明できるかという問題になる。

人間はあーだこーだと考えて、MIからMUを作ることはできないなあということを知る。IやUは2の倍数分増えるが、Iは3の倍数分しか減らないのでIをゼロにすることは決してできない。厳密な証明ということではないが、直感的に無理そうだということがわかる。

一方で、初期値MIを入れてMUになったら停止するようなプログラムを書くことは難しくない。このパズルが解ければそのプログラムは停止するが、そのプログラムが停止するかどうかをあらかじめ知ることはプログラムではできない。

形式システムの外側に人間がいるというのがポイントになる。

MIUシステムというのは、機械方式(Mechanical mode M方式)、知的方式(Intelligent mode I方式)、もうひとつ方式Un-mode U方式からなる。

定理性を検定する、いつでも有限時間で終わる方法があれば、その方法はその形式システムにおける「決定手続き」と呼ばれる。MIUシステムには残念ながら決定手続きはない。

第1章は叙述ミステリーを読んでいるような気分である。なんだかよく分からないトリックを弄された気分である簡単プログラムできるけど決して解けない(実行が終わることがない)プログラム。それが止まらないことをなぜ我々人間は知ることができるのだろうか。それこそが機械が到達しえない知性なのではないだろうか。そのような示唆を著者が与えているようなきがする。

まだ最初の章を読んだだけなので「げぶ本」のトリックにやられている可能性はあるが、このミステリーゆっくりと楽しんでみたい。読書会すごい。読書会面白いと思った。

2017-06-04

『学術書を書く』、『できる研究者の論文生産術 どうすれば「たくさん」書けるのか (KS科学一般書)』読了、濫読日記風、その11

東大駒場リサーチキャンパス公開2017に行った。東大生技術研究所など研究成果を一般公開するイベントだ。中高生なども見学に来ている。最先端技術が展示されていて面白かった。来年は丸一日遊びに行こうと思った。喜連川先生もお元気そうで何よりでした。*1

生協の売店で「学術書を書く」と「できる研究者の論文生産術 どうすれば「たくさん」書けるのか (KS科学一般書)」を見つけた。

先日、「理科系の作文技術(中公新書)」を紹介する機会があって、その話のネタに仕事のための作文技術などの書籍をあれやこれやサーベイした。その影響で、未だに作文方法などの書籍に目がいってしまう。

学術書を書く」は、京都大学学術出版会編集長らが、主に大学人(研究者)を対象に専門分野の学術書を記す意義、その具体的な方法などを紹介している。

研究者は成果の公開の手段として印刷物による専門雑誌学会誌)、学術書などを出版するが、そこには幾つかの問題があるという。

すなわち内容が著しく狭域化して、出版されるが誰も読まない状況が出てきた。詳しくは序章に譲るが、米国では学術書の出版研究者の終身在職権の道具として扱われている(3ページ)という状況がある。そのため、博士論文をそのまま出版するなど、読者を極めて限定して、専門家以外全く読まないような出版物が多いという。

また、電子化時代においては、印刷媒体としての学術雑誌学術書が相対化したという(11ページ)

それは、印刷媒体しかなかった時代には、何を書くかということに関して、それなりの敷居の高さがあり、学術ライティングノウハウも蓄積されていて、編集による価値担保もなされていた。しかし、電子化時代においては、そのような読者は誰なのか、「売り」をどう打ち出すかという企画の仕方、あるいはどうしたら可読性が高まるかという点について十分なレベルにない(12ページ)

学術書にまつわる出版事情から学術書の今日役割要件企画と編成、可読性を上げるための本文記述タイトル索引入稿校正作法などなど、内容は網羅的である。

オススメの一冊だ。

「できる研究者論文生産術 どうすれば「たくさん」書けるのか」は米国の心理学者いかに多量に論文を書くかというノウハウを記したものだ。

第2章がすごい。言い訳は禁物ー書かないことを正当化しないとして、「書く時間が取れない」「もう少し分析しないと」「文章をたくさん書くなら、新しいコンピュータ必要だ」「気分が乗ってくるのを待っている」などなどの書かない言い訳、書けない言い訳をあっさり粉砕している。

毎日執筆時間を決めて、その時間には執筆に専念しろという。毎日書く。それだけだという。

これは間違いなく正しい。正しいことだけど、作文技術教科書にはおそらく誰も記していなかったことなのではないだろうか。画期的だ。騙されたと思って読んでほしい。すごい本だ。

東大生はこんな本を読みながら研究して論文を多数発表して学術書を書いているのだろうか。それができれば苦労しないという声が聞こえてきそうだが、それができない人は研究者にはなれないのだろうなあとも思った。いやはや身も蓋もない。





濫読日記

2017-06-02

マッチ箱の脳(AI)―使える人工知能のお話と、なっとく! アルゴリズム、共に読了

マッチ箱の脳(AI)―使える人工知能のお話を読んだ

挿絵(イラスト)が可愛らしくて、専門書の敷居の高さが低いが、内容はしっかりしている。

人工知能の主要なアルゴリズム遺伝的アルゴリズムニューラルネットエキスパートシステムについて解説する。強化学習などもとりあげているが、2000年に発行されたのでディープラーニングという言葉は出てこない。

イラストがかわいい類書としてなっとく! アルゴリズムもあげておく。こちらも良書だ。

目次をコピペしておくと

第1章 あれもこれもアルゴリズム

第2章 並べたり差し込んだり選んだり:ソート

第3章 同じ手順で何度でも:再帰

第4章 ちっちゃくしてから考えよう:クイックソート

第5章 関連付ければ話も早い:ハッシュテーブル

第6章 グラフを作れば見えてくる:幅優先探索

第7章 本からピアノ物々交換作戦:ダイクストラ

第8章 問題は続くよどこまでも:貪欲

第9章 ドロボー計画的に:動的計画法

第10章 分類したら予測して:k近傍

第11章 この先にはなにがあるの?

12章 答え合わせ

2017-06-01

2017-05-28

ノイマン・ゲーデル・チューリング、読了

ノイマン・ゲーデル・チューリング (筑摩選書)を読んだ。

ノイマン(1903/12/28-1957/02/08)、ゲーデル(1906/04/28-1978/01/14)、チューリング(1912/06/23-1954/06/07)の一般向け講演・著作翻訳と解題・解説からなる。

ノイマン数学だけではなく様々な分野で業績を残した巨人であるが、現在の広く利用されているプログラム内蔵式コンピュータ方式(「ノイマンコンピュータ」と言われている)を考案したとされる。

ゲーデル20世紀数学基礎論にとって最も重要といわれている「不完全性定理」を1931年に発表した。

チューリング数学者として第二次世界大戦時にドイツの暗号解読に功績を残したとされる。チューリングマシンとして知られる万能計算機に関する研究コンピュータサイエンスの基礎を作った。

この20世紀代表する3人の天才たちの業績を一般向け講演および著作で紹介したのが本書だ。

20世紀初頭の数学界はクロネッカーブラウワーらの直観主義ラッセルホワイトヘッドらの論理主義ヒルベルトらによる形式主義というものがあったらしい。

ヒルベルト形式主義は、数学の無矛盾性を証明するために、公理と推論方法によって厳密に構成していく。これをヒルベルトプログラムというのだが、ゲーデルはその不完全性定理によって、ヒルベルトプログラムを作ることは不可能である証明してしまう。

チューリングものまねゲーム(チューリングテスト)という概念を平易に解説している。『計算機械と知性』(177ページ)

別室にいるAに質問を投げかけ、それが回答をしているもの機械であるか判定するというものであるチューリングは『もしデジタル計算機ものまねゲームにおいて満足な結果を生み出すことができないと判明したら(これは私の確信に反しているが)、機械は本論の「考える」という定義を満たすものではない』(182ページ)

チューリングは「思考アルゴリズム還元できる。人間は、チューリング・マシンである」(254ページ)という立場を取る。一方ゲーデルは「帰結3 人間精神は、いかなる有限機械をも上回る」(130ページ)、「帰結5 人間精神は、脳の機能還元できない。(反機械論)」(131ページ)ということで、機械人間精神は作れないとしている。

ノイマンゲーデルノイマンチューリングは直接的な交流はあったが、ゲーデルチューリングが会った形跡がない(14ページ)。

20世紀コンピュータ理論的基礎を作った巨人足跡を辿るのは面白い翻訳、解題・解説は読みやすく、おすすめである

2017-05-21

バッタ博士の新著、バッタを倒しにアフリカへ、読了

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)を読んだ。

バッタ研究家の前野ウルド浩太郎著の「孤独バッタが群れる時」は凄い本だ。日記にも書いたし、講演を聞きにも行った。 *1 *2

そして本書は、前著にも劣らぬ熱い本だ。バッタに全身全霊をかけている。著者はバッタと一体になっていると言っても過言ではない。

前著に比べて著者が撮影した(あるいは同僚に撮影してもらった)写真それもカラー写真が増えている。それだけフィールドワークに余裕が出てきたのか?研究力が増してきたのか?よりしたたかになったのか?研究者としての成長が垣間見られる(気がした)。

バッタとは何か、なぜ彼はバッタ研究するのか、その熱い思いを渾身の力を振り絞って記す。その熱量に圧倒される。この男、ただ者ではない。

彼は小学生の頃読んだ科学雑誌記事で、外国で大発生したバッタ見学していた女性観光客バッタの大群に巻き込まれ、緑色の服を喰われてしまったというエピソードを読んで、バッタに恐怖を覚えるとと同時に、その女性を羨ましく思ったと記している。(4ページ)

古くからバッタ大量発生すると農作物に甚大な被害を及ぼし、人々から恐れられていた。

彼はバッタ研究者として、その大量発生メカニズム解明を目標に日夜研究をしている。そしてその研究の場を実験室ではなくて、アフリカのモーリタニアとした。

人類バッタがなぜ大量発生するかをまだ解明できていない。そのため、有効な防除策を持っていない。農業被害を防ぐための唯一の方法農薬による駆除である。しかし農薬の散布は動植物に多大な環境的負荷を与えるので好ましくない。それ以外の方法の開発が望まれる。

現場を見ないことには有効方法は開発できない。バッタ博士がモーリタニアに行くことは必然であった。バッタに喰われることを夢見ていた若き研究者の奮闘記である

金はないが夢はある。

研究費を得てモーリタニアに渡ったバッタ博士を待っていたものは大干ばつであった。干ばつだとバッタが生育しないので大量発生しない。バッタがいないことにはバッタ博士は無力である。単なる蟲好きおにいちゃんである。そこから彼のサバイバルゲームが始まる。

ブログを書く、出版をする、研究費を得るために京都大学白眉プロジェクトに応募する。

第7章「彷徨える博士」に京大総長との面接の場面がある。この場面を読んでバッタ博士応援しないものがいるだろうか。京大総長もすごい。バッタ博士を選ぶ伯楽(審査委員)もすごい。



アフリカでしばしば大発生し、農作物に深刻な被害を及ぼすサバクトビバッタ。防除のために巨額の費用が投じられているが、未だに根本的な解決策は見出されていない。その謎に包まれた生態を調査するため、単身、西アフリカ・モーリタニアに渡った日本人がいる。「愛するものの暴走を止めたい」と語る、野生のサバクトビバッタ研究者、前野ウルド浩太郎、その人である

サバクトビバッタを追って | ドキュメンタリー | K.U.RESEARCH

ともかく熱い。一読をお勧めする。

読め。

第1回 バッタ博士とモーリタニアの砂漠でバッタにまみれる | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

2017-05-09

心・脳・科学、サール著、読了

心・脳・科学 (岩波人文書セレクション)を読んだ。

言っていることはシンプル単純なことなんだけど、理解全然追いついていない。ちんぷんかんぷんだ。

コンピュータと心に関する哲学書だ。

哲学者サールが1984年に行ったリース記念講演を元に記されている。*1

内容は平易でわかり易いはずなのだが、自分には読みこなすリテラシーが足りていないという感覚を味わった。

各章は次のように構成されている。心と脳との関係は何か(第1章)。ディジタルコンピュータは、適切なプログラム、適切な入力、適切な出力があるというだけで心を持つことができるか(第2章)。心のモデルとしてのコンピュータプログラムを考えることはどれほど適切であるのか(第3章)。人間行為構造本質は何か(第4章)。社会科学科学としてどのような地位を持つか(第5章)。そもそもわれわれには自由意志があるという確信は、宇宙物理システムないし相互作用する物理システムの集合であるという宇宙観とどのようにすれば調停できるか(第6章)。(はじめに ix

難しげな本(例えば、専門書)などを読んで理解が追いつかない時は、その用語や専門知識がなくてよく分からないというような感覚を味わうが、本書の解説は平易で何ら難しい言葉を使っていないのに、理解するのに困難を伴う。文としては読みやすい、だけどよく分からない。

十分理解できていないので、内容をざっくり要約することができない。

彼は「強い人工知能」「強いAI」というもの定義している。それは、「脳はディジタルコンピュータそのものであり、心とはすなわちコンピュータプログラムそのものである」という見解だ。それを「強い人工知能AI)」と呼んだ。(28ページ)

そして「このような考え方は、結局、人間の心には本質的生物的な契機は全くないということを意味している」(同ページ)

もちろん人工知能研究者の中には「強い人工知能」を志向するのではなく、人間にとって便利な道具を作るという立場の人も少なからずいて、むしろ昨今のAIブームは、そちらの方が多いような印象すら持つが(私の個人的偏見かもしれないが)、人工知能の究極の目的は「強いAI」だと思う。

その意味で、本書はそのような「強いAI」は原理的に不可能だという立場から議論している(ように読んだのだけど、誤読かもしれない)。というか、哲学書を読むリテラシーが不足しているために自分では簡単に読み解けない。

昨今AIブームなので、「強いAI」とか「弱いAI」とかの用語がよく出てくる。原典はこれだ。いちおう原典にあたってみるのがよろしいかと思ったのだけど、思いの外難物であった。

例えば、「自由意志があるという」こと。一見何の変哲も無い問いではあるが、コンピュータ自由意志を持つことができるのか?そもそも「自由意志」とはどのような概念なのか?そのようなことを論じている。

人間物質でできているので、その物理法則に従っている(決定論)。一方で自由意志というものを持つ。このような立場は両立論と呼ばれているが、それに対してサールは両立論は自由意志存在するというわれわれの日常的な理解整合的な回答を与えることができないという問題を指摘している(136ページ)

自分で言っていても何を言っているのかがよく分からない。

脳みそが汗をかいている感じである哲学書の読み方を誰かに指南して欲しいと思った。一人で読みこなすのはなかなかしんどい。間違いなく良書なのだが読みこなして理解している感じまでたどり着けていない。

*11984年リース記念講演、6回連続放送番組、それぞれがちょうど30分で終わり、かつ各回はそれだけで意味をなすと同時に一つのシリーズ全体に対しても寄与するものでなければならない

2017-05-08

濫読日記風、その10

ブルーバックス2000番記念冊子を本屋で見つけた。ブルーバックス2017年に、創刊から55年目を迎え、刊行点数2000点を達成した。科学技術ブルーバックス2000冊のあゆみという副題を持つ本書はブルーバックスの格好なガイドになっている。

中高生のころブルーバックス読んで物理数学化学生物などなどいわゆる理系科目に興味を持ったので理系に進んだという人もいると思う。

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ベストセラー進化しすぎた脳―中高生と語る「大脳生理学」の最前線 (ブルーバックス)を書いた、池谷裕二もそんな一人だ。

「この本(進化しすぎた脳)を高校生の頃に読んで、私の研究室に飛び込んできてくれた学生もいるほどです」

ブルーバックスは私の愛読シリーズ本だったのです。そもそも私が研究者の道を志したのは、中高時代図書館で多くのブルーバックスを読み漁ったことがきっかけです。(中略)あの頃の理系学生は、もれなくブルーバックス洗礼を受けていたはずです」

彼の記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方 (ブルーバックス)は、今世紀のブルーバックス発行部数第1位だそうだ。彼の本をきっかけに学生研究者を志すという、すごい連鎖がそこにある。

記憶力を強くする、池谷裕二著、読了 http://d.hatena.ne.jp/hyoshiok/20170208/p1


濫読日記

2017-05-05

濫読日記風、その9

数学と仲良くなりたい。数学和解したい。

中学校くらいまでは数学と仲良しだった。それがいつの間にかに苦手になった。それはいつのからなのか。

何度となく取り上げている、「虚数の情緒―中学生からの全方位独学法である中学生レベルの数学知識で、オイラーの公式理解までという名著である。(読むのに二ヶ月かかったけど)

e^{i¥theta} = cos¥theta + i sin¥theta

e^{i¥pi} = -1

これにたどり着くのに二ヶ月かかったわけであるが、楽しかった。思うに、数学が苦手になったのは、三角関数あたりあたりからで、数学を暗記科目にしてからのような気がする。

知人が、三角関数・複素数がわかる (ファーストブック)を息子さんと読んでいるという話を伺って、図書館から借りてきて読んだ。おいらはオイラーの公式知ってるもんね、余裕余裕怖くないもんね的な感覚で読み始めた。犯人がわかっている叙述ミステリーを読むようである

2章でいろいろな公式が出てくる。数式を追って行けば理解できなくはない。あー、確かにいろいろな公式があったなあ。この公式を暗記することが数学勉強になってしまった。三角関数の各種公式が、苦手意識元凶のような気がする。この公式群は、その後問題を解く以外に出てきたのだろうか?よく覚えていない。なんでこの公式を覚えないといけなかったのだろうか?うーん、よくわからない。3章でドップラー効果などが出てくる。ドップラー効果という現象は知っているが、本書の説明ではなんで周波数が変わるのかがよくわからなかった。

なんだか、自分数学遍歴の中で苦手のきっかけを発見したような気分になった。

本屋数学ガイダンス2017 (数学セミナー増刊)発見したので、早速購入した。

新入生のためのブックガイドがいい。大学教員が新入生向けに数学教科書お勧めしてくれる。ブックガイドを参考に幾つか教科書を独学してみたいと思った。何年かかるのか楽しみである。どんどん深みにはまっていくようで怖いようでもあり楽しみでもある。



おまけ:虚数情緒



濫読日記

2017-05-04

限界費用ゼロ社会 〈モノのインターネット〉と共有型経済の台頭、読了

限界費用ゼロ社会 〈モノのインターネット〉と共有型経済の台頭を読んだ。

備忘録として記しておく。

資本主義は今、後継を生み出してつつある。それは協同型(コラボレーティブ)コモンズで展開される、共有型経済(シェアリングエコノミー)だ。共有型経済は十九世紀初期に資本主義と社会主義が出現して以来、初めてこの世に登場する新しい経済体制であり、したがって、これは瞠目すべき歴史上の出来事と言える。協同コモンズは所得格差を大幅に縮める可能性を提供し、グローバル経済を民主化し、より生態系に優しい形で持続可能な社会を生み出し、すでに私たちの経済生活のあり方を変え始めている」(9ページ)

情報フリーになりたがっている。フリーソフトウェア運動フリー無償フリーではなく、自由フリーであるが、希少価値のある情報は高価になりたがるが、情報を引き出すコストが常に下がるので、両者の葛藤が起こる。(156ページ)

本書は資本主義時代から協同時代への移行に伴い様々な分野での変化について例示している。限界費用ゼロの社会での、3Dプリンティング、教育(MOOC)などなど。

共有型経済など分かりやすく解説している。

日本社会は、来るべき共有型社会に対応をしているのだろうか。そのようなことを考えるきっかけになる良書である

2017-05-02

濫読日記風、その8

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ソフトウェアエンジニアリング基礎知識体系 ―SWEBOK V3.0―読了

目次と項目にざっと目を通した。訳文が若干こなれていないような印象を持った。原文はIEEE著作権のもとで無償で公開されている。

https://www.computer.org/web/swebok/v3

伝統的なソフトウェアエンジニアリングについてのオーバービューを知るのであれば、本書は網羅的で参考文献も充実している。

アジャイル開発についてはほとんどカバーしていないので、アジャイル方面からのBOK (Book of Knowledge - 知識体系)があるといいと思った。誰か作っていないかな(他力本願

○○○○○○○○殺人事件 (講談社ノベルス)読了

叙述トリックというやつだ。168ページにネタバレがある。

葉桜の季節に君を想うということ 本格ミステリ・マスターズ感想読書メーターで書いたら本書を教えてもらった。

https://bookmeter.com/books/580339

コメントを書いた人は、「葉桜の季節に君を想うということ」を読んだ人のコメント欄にひたすら投稿して本書を勧めまくっているようだ。うむ、正直うざい。小説の読み方なんか人それぞれだ、ほっといてくれと思ったりしたが、まあ、それはそれである

池上彰、佐藤優僕らが毎日やっている最強の読み方;新聞・雑誌・ネット・書籍から「知識と教養」を身につける70の極意にいいことが書いてあった。読書する時間を見つける極意だ。ネット断ち、酒断ちだ。

ゴールデンウィーク読書三昧である

濫読日記

2017-05-01

モモ。読了

森の読書会で紹介されていたのをきっかけにモモ (岩波少年文庫(127))を読んだ。

児童書ということなのだが忙しい大人に読んでほしい一冊だ。というか自分が読んで感銘を受けた。

町はずれの円形劇場あとに住む不思議少女モモ。町の人たちはモモに話を聞いてもらうと、幸せ気持ちになる。町に灰色の男たちが来ることによって物語が動き始める。灰色の男たちは人々に「時間貯金」を勧める。無駄時間節約して「貯金」をしよう。彼らは「時間どろぼう」だった。時間どろぼうとモモ孤独な戦いが始まった。

時間節約することによって大切な何かを失っている。それって一体どういうことだろうか。いろいろな読み方ができる。灰色の男たちと取引することによって自分は何をなくしているのだろうか?そんなことを思う。

現代人は忙しい。忙しい忙しい。そんな忙しい自分にとっての貴重な一冊だった。時々読み返してみようと思った。

2017-04-30

濫読日記風、その7

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連休初日に読んだ。

生命、エネルギー、進化読了

生物学の中心には、ブラックホールがある。率直に言って、なぜ生命は今こうなっているのかがわかっていないのだ』本書は生物学のわかっていないことを丁寧に解説している。すごい本だ。

生物学知識を持たない自分が本書を読むのは難しい。例えば本書には「ミトコンドリア」の説明があるが、「すべての真核生物にはミトコンドリアがある」という文をスラスラと読みこなすことには困難を伴う。

自分理解不能な文に出会っても、とりあえずそれは置いておいて前に進むことような読み方をしている。そのような読み方が正しいのかはわからないが専門家ではないので気にしないことにしている。

それはともかく生物学最先端の問いにまつわる物語を知ることは実にエキサイティングだ。本書を理解したとは到底言えないが未解決問題を未解決だと言い切る著者の姿勢科学者の誠実な姿勢を感じた。

生物学に関する入門書を幾つか読んでまた再読したいと思った。

僕らが毎日やっている最強の読み方;新聞・雑誌・ネット・書籍から「知識と教養」を身につける70の極意読了

本の読み方に興味がある。読書法に関する書物古今東西さまざまなものがある。書籍から情報を得る、知識を得るというのは勉強の基本中の基本だ。自分は読解力というのが十分ではない気がして、どうにかそのリテラシーをつけたいと思って、あれやこれや読んでいる。ネット時代にはネット時代に適した読書法があるのではないかと思っていたところ本書を発見した。

新聞雑誌ネット書籍の読みこなす「技法」について書いてある。ジャーナリストの池上彰、作家佐藤優の共著だ。当代一流の知性が著した実用書なので読みやすい、重要ポイントマークしてある。それぞれの極意には番号が振ってある。大学受験学習参考書みたいだ。(よく知らないけどw

著者は職業としてのジャーナリスト作家なので新聞は6頭、電子版・駅売などを含めると10紙とか11紙購読している。いやいやいや、そんなに新聞読まないでしょう。新聞は二紙以上併読するって、フツーの会社員には参考にはならない。知のプロレスを見ているような感じである

雑誌もさまざまな週刊誌月刊誌を購読している。いやーすごいっすね。というわけで知のプロレス面白い

ネットの使い方も出ている。基本的にはネットは玉石混合で、ウィキペディア鵜呑みにしてはいけない。それはそうである特に新しい指摘ではない。

ネットでの情報収集、保存、確認編集、発信・共有などの手法については朝日新聞記者のネット情報活用術 (朝日新書)などが実践的なテクニックを扱っている。

池上彰や佐藤優立ち位置としてはネットはあくまでも補助的な存在ということだろう。おすすめサイトリスト公式サイとがずらり。情報の真偽については確認が取れたものだけを利用するという立場である

まあ、ここまでで本書の2/3である

面白かったのは後半の書籍の読み方、教科書学習参考書の読み方である

世の中を理解するには書籍が基本ツールであるとして、速読多読、精読方法指南している。

古典を読め。古典のいいところは、相手が内容を知らなかったら「読んでいないあなたが悪い」と言えることである(222ページ)。うむ。古典を読んでみたいと思った。実にミーハー的な動機ではあるが一理あると思った。妙に説得力があるのが怖い。別に古典を読んでいなくても人生で困ったことはほとんどないとしても豊かな人生を送るにはちょっとは読んだ方がいいかと思った。

知は「武器」であり、「楽しみ」でもある(5ページ)

後半の1/3くらいが本書のクライマックスでそれを読むだけでも価値がある。前半と後半では全く印象が異なっていたが読んで楽しいおすすめの一冊だ。


アメリカの大学生が学んでいる「伝え方」の教科書読了

会社の隣に蔦屋家電(二子玉川)がある。お洒落なカフェがついた日用雑貨家電製品もある書店だ。座りごごちの良さそうなソファや電源のついている机もある。マックを利用している人もいる。バギー子供を連れているママもいる。そんな空間だ。

本棚には「食」「美」「住」などのコンセプトでオシャレなレイアウトがされている。デザイン関係の大型本を眺めるにはいいが必要書籍を探すというのには向いていない。少なくとも自分の興味の範囲コンピュータ関係書籍を探すことは不可能に近い。ちょっと苦手なタイプだ。美人だけどとっつきにくい。お近づきになりたいようななりたくないような、本当は気さくでいい人なんだろうけどきっかけが必要だ。

休み図書館マッチ箱の脳(AI)―使える人工知能のお話を借りたので、どっかソファで読もうとぶらぶらしていた。

図書館で借りた本を本屋で読むというのもどうかと思うが、オシャレなカフェで本を読むと考えればあながち間違いでもないような気がする。そんなこんなでぶらぶらと「旅」、ハワイ・アメリカヨーロッパの棚を眺めていたところ、本書を発見した。

アメリカ大陸を車で横断するというのが自分の夢なのだが、オシャレな蔦屋家電アメリカの棚でアメリカの大学生が学んでいる「伝え方」の教科書というのを発見するのも何かの縁であるジャケ買いした。

The Art of Public Speaking、12版の翻訳である日本語版索引などが付いていないので若干の改変があるのではないかと推測する。

話し手責任」。自分話し手)が言ったことが伝わらないのは話し手責任があるという立場である聞き手に伝わらなければ意味がない。どのようにして相手に伝えるかその技術を本書は丁寧にわかりやすく説明している。

プレゼンをする目的が「情報を伝える」のか「相手を説得する」のか、その目的を踏まえた上でプレゼンを行う方法を丁寧に説明している。例が豊富でわかりやすい。チェックリストを参考にしながらプレゼンを構築したいと思った。


濫読日記

2017-04-28

習って覚えて真似して捨てる、真藤 恒、読了

かつて日本電信電話公社というのがあった。NTT前身である。その最後総裁新生NTT初代社長真藤恒の著である図書館で借りて読んだ。

1910年明治43年)生まれで、石川島播磨重工業(現IHI) では社長を務めた。当時としては画期的手法で数々の船舶を建造した。1981年電電公社総裁になった。

習って覚えて真似して捨てる」は、真藤を囲む「おしゃべり会」を持ち、そこでの内容がまとめられた。読みやすい構成になっている。*1

「脚下照顧」、自分欠点自分で見つける力をもてるように修行せよ、ということらしい。それは真藤の口癖「習って覚えて真似して捨てる」と相通じるらしい。

経営とは先輩から習ったものを、片っ端から捨てていくことの連続であり、現状をどう変えるかがポイントである」(44ページ)

1950年ごろから65年にかけて、船の建造期間が大幅に短縮され、それまでと比べ三分の一ないし四分の一になった。その成功をみて、真っ先にやってきたのが建築関係の人たちであった」(57ページ)

「私は今コンピュータソフトウェアについてやかましくいっているが、これと同じこと(標準化共通部品化)がいえる。このモジュール化、標準化ができて初めて、コンピュータの中で手作業なしでSEシステムエンジニアリング)に沿ったプログラムができるようになるはずである」(65ページ)

本書は日経BPウェブ記事『真藤恒の技術経営を学ぶ』をみて真藤恒に興味を持ったことをきっかけに読んだ。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20110524/220092/?rt=nocnt

真藤はソフト重要性を理解していて、電子交換機の制御ソフトの内製化を命じたそうである。当時のNTTでは電々ファミリーと呼ばれる協力会社に全て外注していた。

1985年NTTの初代社長に就任した真藤氏は、NTTソフト設計・開発力を強化するため、電子交換機用ソフトを内製する方針を打ち出した。電電公社時代ソフトの開発は交換機メーカーに丸投げであった。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20110330/219228/

―― 交換機ソフトを内製せよ、という真藤さんの意図は何だったのでしょう。

 石井 1981年電電公社総裁に着任された真藤さんは、電話だけの商売では電々の先行きは暗い、新たな飯の種を仕込んでおく必要があると直感したようです。間近に迫る21世紀には、社会生活の至るところにマイクロコンピューター(マイコン)が浸透し、これらがネットワークで結ばれ、世の中はソフトによって良くも悪くもコントロールされる。電話マイコンネットワークソフト世界に吸収されてしまう。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20110330/219228/?P=2&mds

世界ソフトでできている。

そのようなパラダイムに我々はいる。30年前に「プロセッサーソフト時代」を予見していたのが真藤である

本書を読んで明治の人がどのような職業観を持っていたか、もっと知りたいと思った。



*1:おしゃべり会のメンバーは川口順子(通産省)、北村節子(読売新聞社)、六角聡子(国連大学ファンド)、上之郷利昭(ノンフィクションライター)、佐藤亘(石川島播磨)、赤木邦夫

2017-04-20

濫読日記風、その6

勉強会には一時期ほどじゃないけど時々行く。セミナー形式の、エライ先生お話ししてそれをありがたがって聴くというのには、それほど魅力を感じない。やっぱり、ワークショップ形式というか、参加者が実際に手を動かす形式の方が楽しいし、印象に残る。実際に何かを作るというほど大げさじゃなくても、参加者同士で少人数のグループを作って、対話したり、アイデアを出し合ったりする、いわゆるアイデアソンみたいなもの面白い

アイデアソンに関する類書というのはほとんど見たことがない。ハッカソンアイデアソンというのは見よう見まねで色々な人が行っていると思うが、言語化すれば、それを元に様々な改良が加えられ、より良くなっていく。その意味で本書は貴重な一冊になっている。

第1部でアイデアソンとは何かを紹介し、第2部でアイデアソンの運営方法などのポイントを紹介している。第3部は様々なアイデアソンの実態運営者にインタビューしている。第4部は様々なアイデアの引き出し方メソッドを紹介したパターン集になっている。

参考文献とウェブサイトリンクがあるので、そこから孫引きするといいと思った。

読了せずに返却

昨今流行りのAI (Artificial Intelligence 人工知能)って一体なんなんだというのがずっと気になっている。第二次ブームと呼ばれている頃に就職したので、その頃と今のブームは何が違って何が違わないのか興味がある。

人工知能と直接的に結びつくかはわからないのだけど、遺伝とか意識とかに関する書籍をあれやこれやなど。

意識とか遺伝にまつわることとか色々知りたくて図書館面白そうな本を借りてきた。

意識はいつ生まれるのかは最新の脳科学の成果から説明している。

生物の社会進化社会生物学という学問分野の解説自然選択遺伝学、性選択などなど。

人間の本性については1979年ピュリッツァー賞受賞作。

野蛮な進化心理学は心の仕組み、記憶などなど解説する。

残念ながらどれも読了するには至らなかった。


濫読日記

2017-04-18

濫読日記風、その5

図書館で「読書」についての本を幾つか借りてきた。小学校などでの読書ワークショップを行うときの手引書などだ。読み方の参考になる。

楽しみで読む小説と何らかの知識を得るために読む実用書や技術書教科書などは読み方が異なる。だけど、正確に著者の意図を汲み取る技術はそれほど違わないと思う。

読書会と言っても、自分で読んできた本を紹介するタイプ、例えばスゴ本オフとかビブリオバトルみたいなものから対象となるテキストをみんなで少しずつ読む、ゼミ形式というか勉強会形式のものまで様々な形態がある。

小説なんかは楽しめばいいので、どのような形式でもいいっちゃいいのであるが、他の人の感想を聞くと、へーそういう読み方があるんだなあとか、自分と違った読み方を発見できて参考になる。自分が気がついていなかった自分の読み方の癖とか限界(?)など知ることができたりする。

数学と仲良くなりたいので、数学の本を読んでいて、よくわからないところに出会ったりすると、それほど悩まずにスルーして先にずんずん進むことが多い。技術書もとりあえず先に進んでみると後ろの方で詳しく説明してたりして、それはそれで書き方というか構成が読みにくいということでもあるのだけれど、疑問が解決することがなくはないので、そんな読み方をすることがある。

人によっては、疑問点でつまずいて、前に進まないという読み方をする人もいる。

読書会をすると、そのような読み方の癖というかパターンみたいなものが見えて面白い

リーディングワークショップ」は授業として読書ワークショップをするときの手引きだ。

「読む力」はこうしてつけるは、読むことを子供に教えるという立場で書かれている。

読書会運営している人などは「読書がさらに楽しくなるブッククラブ」が参考になると思う。実践的なガイドになっている。


読書会読書

170ページまで読んだ。この本はAI人工知能)に関する本なのではないかと思ったり思わなかったり。


2週間に一回のペースで精密に読み解いている。一回10ページ行くか行かないかくらいのペース。現在180ページのあたりを読んでいる。



濫読日記

2017-04-15

濫読日記風、その4

芥川賞作家村田沙耶香消滅世界を読んだ。

殺人出産 (講談社文庫)も怖い小説だったが、本書も同系列である

消滅世界は、子供セックスではなく人工授精で作る近未来を舞台にしている。交尾気持ちの悪いものとして考えられていて、家族の形も変わってくる。

パートナーを選ぶ基準って、収入家事の分担のバランス感覚の一致、信頼できそうな人か、雑談相手に向いているか……それくらいの直感でしょ。」

子供を持って育てるという価値観を揺すぶられる不気味さがある。村田沙耶香という作家は恐ろしい作家だと思った。

濫読日記

2017-04-11

右利きのヘビ仮説、読了

右利きのヘビ仮説―追うヘビ、逃げるカタツムリの右と左の共進化 (フィールドの生物学)を読んだ。

なにこれ面白い

右利き、左利きというのは小さい頃からの習慣でそうなるのか、遺伝的にそのような利き腕が決まっているのか、謎だ。よくわからない。人間だけではなく動物にも利き腕があるのかないのか。本書は生き物の「右と左」に関する進化物語だ。

著者はひょんなことからカタツムリを食べるヘビの話を聞いて、それに興味を持つ。カタツムリは右巻きと左巻きがあって、ニッポンマイマイ族は左巻きが何種類もいるらしい。そして左巻きのカタツムリ進化してきた理由はよくわかっていない。

ここで右向きのカタツムリを捕食する生き物がいれば左向きのカタツムリ進化しやすくなるはずだ。という発想から研究を始めたという物語である

著者はそのような捕食者を求めて西表島にフィールドワークに行く。

そしてイワセキセダカヘビというのがカタツムリを食べるらしい。そしてその頭部の図を見ると下顎の鱗が左右非対称ということがわかった。その情報をもとに歯の形状を調べてみると、予想通り非対称で右向きのカタツムリを捕食しやすい。

ヘビとカタツムリを用いて実験をしていくのだけど、フィールドワークで餌となるカタツムリを探したり捕食者であるヘビを探したり、そして捕まえたヘビに右巻き左巻きのカタツムリを餌として与えたり、言葉にすると簡単だけど、実際やるのは大変だ。読者は、単にすげー、面白いーとお気楽でいい。

適応進化は、変異選択遺伝の三つの条件が揃うと自動的に進行する現象である。(59ページ)

変異というのは、同種の個体間に見られる表現型の変異で、うわべの違い(例えば毛の色や走る速さなど)のこと。この違いが原因となって、生き残る確率や残せる子供の数に違いが生じることがしばしばある。これが選択である。そして、進化する形質は遺伝するものに限られている。例えば足の速さが遺伝して、それによって生き残る確率が高くなると、適応進化する。

セダカヘビの歯の本数が左右で異なる。これには機能的な意味があるはずだ。そして、それが右巻きのカタツムリを食べるための特殊化だと結論するには、行動実験を行って証拠を得る必要がある。

200ページに満たない本なので、すぐに読める。若手生物学者のフィールドワークの実際などもわかって面白い。夜中に亜熱帯の密林に入っていくなんていうのは自分には絶対できないと思った。おすすめである

2017-04-09

濫読日記風、その3

勉強会とか専門書の読書会に行って良いことの一つはその道のエキスパートお勧め書籍を教えてもらうことだ。

「この分野は門外漢なんですが、お勧め入門書はなんですか?」というのが私の定番質問だ。これはどこでも使えるので是非活用してほしい。

先日もenPiT WiTシンポジウム *1 というのに出かけて鳥井さんにお勧め参考書を聞いてみた。

を教えてもらった。図書館で前者2つを借りてパラパラと眺めてみた。

メタプログラミングRubyRubyによるメタプログラミングイロハを平易に解説している。後半はRailsに置いてメタプログラミングがどのように利用されているか解説している。Rails実装を深く理解するための入門書となる。

RubyのしくみはRuby実装について解説した。かつて「Rubyソースコード完全解説」という良書があったがRubyバージョンも古いのでYARVについては全く触れていない。本書は現行バージョン理解するために参考になる。言語処理系について理解したい人には良い入門書だ。

自分が利用している道具の仕組みのついて理解することは道具を上手に使うためには必須知識だ。

ソースコードを読みながら本書を読むと深い理解が得られるのではないかと思った。


濫読日記

2017-04-08

ゲーデル、エッシャー、バッハ始めました

ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環 20周年記念版読書中だ。

スゴ本オフを下北沢のB&Bでやった時に本棚の奥に鎮座している本書をゲットした。30年以上前に書かれた本の20周年記念版の翻訳である

20周年記念版には、著者による序文が付いている。本書は何について書かれた本なのか?

評判は昔から聞いていたいのでいつかは読んでみたいと思って今に至るわけであるが、何の本なのだろうか?数学の本かなと予想しつつも読み始めた。Facebookで知人たちは、デザイン、数学Art思考の本だとか何とか。

序文で、著者は1980年に本書(ゲーデル、エッシャー、バッハGEBと略す)がニューヨークタイムズベストセラーリストに載った時(それもすごい話であるが)、タイトルの下の『実在相互につながった組みひものシステムだとする科学者の論考』という要約がついたのだが、それについて全くもってたわごとなので講義したということを記している。

表題がすべてを語っていると多くの人が考えた。数学者と画家と音楽家についての本だと。著者はGEBはこの三人についての本などではまったくないという。ではGEBとは何なのか?何に関する本なのか?

序文の4ページ目(P-4)によると「GEBは、生命のない物質から生命のある存在がどのように生まれるかを述べようとするたいへん個人的な試みだ。自己とは何であり、石や水たまりのように自己をもたないものからいか自己が生まれるのか。(中略)。GEBは、ゆっくりアナロジーを組み立てることによってこうした問題に取り組む」

何に関する本なのか?読み解くことによって徐々に明らかになるのだろうか?自分は本書の謎を読み解けるのだろうか?興味は尽きない。

20周年記念版で追加された序文だけで40ページある。索引も含めると本文は763ページある。鈍器にもなる大著だ。

序論、第1章、第2章(79ページ)まで読んだ。時間はかかるが読み進めるのが楽しみだ。どんな世界が待っているのだろうか。

時々、感想をここで報告するつもりである。かつて「虚数の情緒―中学生からの全方位独学法」の感想を書いたのと同様に。

虚数情緒

2017-04-04

濫読日記風、その2

備忘録的に濫読日記風を続けてみる*1

積読解消に役に立っているのかいないのかがわからない感じがいいね

チェスや碁のような対戦型完全情報ゲームのプログラムについての解説書。人工知能そのものの入門書というよりも対戦型ゲームの発展の歴史を記したものだ。

途中、回帰分析、主成分分析など数式が出てくるが、本書を読むのにあたって、難しかったら読み飛ばしても構わない。

チェッカーの棋譜の読み方など知るわけはないのだけど(88ページ)、127ページに読み方が書いてあるので、頭からずんずん読むタイプだと戸惑ってしまう。

内容は平易に解説されているので、コンピュータによる対戦型完全情報ゲームの実装について知りたい向きにはおすすめである

碁のチャンピオンに勝ったAlphaGoアルゴリズムの概説を知りたい人にもおすすめである

ワーク・シフト ─孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>LIFE SHIFT(ライフ・シフト)代表される、人生が100歳時代生き方、働き方をどうするかというお話である

さすがに、いまどき、「いい大学を出て、大企業に就職し、結婚し、子供を持って、年功序列出世し、定年退職をして、老後は年金で過ごす」なんていう職業観を持っている人は少ないと思うが、私が大学卒業した1980年代は、そのような価値観マジョリティであった。自分大学時代同級生なども、工学部所属したこともあって、就職先のほとんどは大手メーカーでだった。私は多くの人にとっては馴染みの薄い米国のコンピュータメーカーDECという)の日本法人就職したのだけど、それは例外的就職先だった。

組織から個人とか、先進国から新興国とか、ストックからフローとかのメガトレンドなどは特に目新しい指摘ではないが、自分がその波の中でどのように職業選択し、人生を生きていくのかということを自分ごととして捉えるのは簡単ではない。

寿命が伸びれば、60歳定年というのも人生の通過点だし、一つの会社に定年までいるというのは考えにくくなる。職業についても人生二毛作になれば、常に学び続けることが必須だし、家庭の在り方も随分変わってくることになる。

ワークシフトライフシフト参考書にしつつ本書を読むと理解が深まると思う。問題は知っていることではなくて、行動なのだけど。自分ごととして、どのような人生を生きられるか。そのような問いに答えるのは自分だ。

この本面白い

統計を取っている人にとってはいたって真面目なデータでも、自分にとってはどーでもいいようなことの都道府県ランキングが載っている。

例えば、卵の消費量世帯当たり年間)なんてのを知っていたところで日々の生活には関わらないし、自分仕事にも関係ないし。日本で一番消費量が少ない都道府県はどこでしょうか?答えは下記参照*2

消費量相関関係があるのが、マヨネーズ・マヨネーズ風調味料消費量というのはわかりやすいが、その次に相関関係があるのが信仰祭祀費となっている。卵とどう関係するのか。反比例するのが茶類消費量、その次がセブンイレブン店舗数だ。

眺めるだけで楽しい一冊である

読書

鈍器を読書である。何についての本なのかは読む人によって見解が分かれる。一応数学の本かと思いつつ読み始めた。(よくわかっていない)

20周年記念版の序文を読んだ。結構ちんぷんかんぷんなことが書いてあるが、自分はよくわからないところはよくわからないままずんずん読んでいくので、わかってもわからなくても読むというスタイルは難読書には必要テクニックではないかと思った。そして理解できるところに来ると若干安心する。

そんなこんなで第一章(62ページ)まで到達した。


勢いで買った第5版(日本語訳)を頭から読んでいる。次回の読書会議論するあたりまでは読了したい。