Hatena::ブログ(Diary)

飄眇亭日乘 −ひょうびょうてい・にちじょう−

2018-04-21

秘密の花園

四月二十一日(土)晴

三菱一号館美術館にて「ルドン−秘密の花園」展を観る。黒の時代の木炭画やエッチング、それからドムシー家の装飾は2011年パリのグランパレでのルドン展で観ているので久しぶりの再会ということになる。初期の画集に収められたエッチングの展示はパリの方が圧倒的に豊富であったが、その時観ていない作品も今回いくつかあったのは幸いだった。前にこの美術館がルドンのグランブーケを購入した時に開いた展覧会はルドンの作品は少なく、同時代の他の画家の作品でごまかされたような印象があったが、今回はそれなりに展示品も多く、見ごたえがあった。特に岐阜県美が持っているいくつかの作品は初めて観たものもあり、なかなか良いものがあったように思う。パリの時の50ユーロもした立派な図録を買っていたので、今回のは買うまでもないと思っていたが、家に戻って図録を開いてみると載っていない作品も結構あったことに気づき、三菱の方の図録も買っておけば良かったと思った。2300円と手ごろな値段であったし。今自分も図録作りに携わっていることもあり、印刷会社やデザイン会社が気になりついつい奥付を見る。大日本であった。

2018-04-20

らいおんず

四月廿日(金)晴

西武が強いと野球は面白い。久しぶりにそのことを痛感させられるここ数日である。8-0からの大逆転劇も、今日の3-0或いは5-3からの逆点勝利も、わたしはしっかりとリアルタイムで観戦することができた。楽天tvに契約して、きちんと放映を見たのである。去年はパリーグtvだったが、今年はより安い楽天にした。i-Padで見られるだけでなく、テレビでも見られるので楽しい。セリーグよりパリーグの方が断然面白いので、これでいいのである。西武が強く、巨人が弱い(今日は勝ったが)のは全くもって痛快である。西武は好きな選手、わくわくさせてくれる選手が多い。それぞれ個性的だし、秋山や源田のような真面目組と、浅村や森のようなやんちゃ組のバランスが実にいい。中村の不調は気になるが、山川の台頭といぶし銀栗山、どっこい打ってる炭谷、成長著しい外崎、球界のエースに成長した菊地と、とにかく良い選手が揃っている。層の厚さではホークスが勝っているが、タレントの多彩さでは負けていない。とは言え、先日のファイターズ戦の東京ドームでの盛況にくらべ、メットライフドームのガラ空き感は悲しい。自分が西武線沿線に住んでいれば絶対駆けつけるのだが、横浜からでは如何せん遠すぎる。埼玉県人はもっと西武戦を見に行くべしである。昔は決して好きなチームではなく、強すぎて憎らしい感じしかなかったのだが、今は大好きである。大阪桐蔭から継続して選手を取っているのもいい。ぜひ今年は根尾君を引き当てて、さらに面白いチームになってくれればいいと思う。これでピッチャーがもう一枚、すごいのがいれば黄金時代もう一度も夢ではあるまい。ホークスの選手や投手は、すごい能力だとは思うが今ひとつ好きになりきれない。柳田や千賀は確かにいい選手だが、何というか、野性味に欠けるというか、体格に恵まれていることもあってそれほど応援したくなる選手ではない。それにくらべるとファイターズの近藤や楽天の則本のような選手の方が、日本人体型に近い分親しみが湧いて、しかもチームとして応援したくなるのである。それにくらべるとオリックスは好きな選手はいるがチームとしてはいまいちであり、ロッテに関してはチームも選手も終始一貫興味がない。交流戦で大暴れしてセリーグ、特に巨人をやっつけてくれればそれでいいのである。

2018-04-17

よく喋る男

四月十七日(火)陰

職場の居室は会議室の片隅を借りているような形なので昼には食事をしに来る人が多い。女性が多い中で、ひとりだけよく来る男がいる。入社四年目くらいで、同期の女性と食事をするのだが、この男、よく喋る。ほとんどひとりで喋っている感じで、しかも関西弁である。耳障りなことこの上ない。よく喋る男だなあとほとほと呆れている。

考えてみると、自分は歳とともに年々無口になっている気がする。話したいこともあまりない。口をひらけば愚痴や悔悟のことばというのも嫌であるし、迎合というか、その場に合わせた発言というのも苦手である。だから必然的に喋らなくなる。懇親会のような席でもあまり話すことがない。人の話を茶化すことはあっても、話題を提供することはない。気の利いたことは言えそうもないし、おべっかも言えないから自然と黙って人の話を聞くことが多くなるが、だからといってそうそう面白い話も聞かない。まあ、一応興味深いといった感じで聞いてはいるが。

自分のふだん考えていることは会社の歴史の細部や旗本の生活の一端という、あまりに細かく特殊なことがらなので、その前提としての知識を共有してもらうための説明は面倒だし、わかりやすくすればするほど自分にとって興味のうすい話題になってしまうので話す気が失せるのである。多くの人が興味を持つものには背を向け、自分が面白いと思うものはどうせ世の人の興味をひくことはないだろうと閉じこもる。こうして人は偏屈老人になっていくのであろう。

2018-04-13

驚いた事

四月十三日(金)晴

先日某大手電機メーカーのOBと話をしていて驚いた事がある。その人は海外駐在の経験もあるとのことで、その会社の駐在員は社長が出張で来る際には泊まるホテルのテレビから冷蔵庫から、とにかく電気製品をその会社製のものに取り換えるのだという。ホテル側も承知していて、事前に駐在員が電気製品を持ち込んで交換するのである。社長はそれと知らずやって来ては自社製の製品が使われていることに満足する…。こんな体質だから粉飾決算や隠蔽が起こるのだろう。呆れてものが言えない。これでは馬鹿殿珍道中ではないか。しかし、驚くべきは、この話をしてくれた方がきわめて知性の高い人であるにも拘わらず、そうした習慣に対して少しも批判的ではなく、むしろ面白いエピソードのように語っていたことである。ある組織の常識にどっぷり浸かってしまうとしまうと、その異常さに気づかなくなるのであろうか。失礼ながら技術史を研究するその人の論点や視点を少し疑わしく思えてくるような、私にとっては衝撃的な話であった。

2018-04-11

その間(続)

四月十一日(水)陰後晴、風強し

浅草伝法院の庭と大絵馬寺宝展を観た。柴田是眞もあり、大絵馬は迫力もあって中々面白く、庭園も思いのほか良かった。駿府城に行った。紅葉山庭園や巽櫓はじめみどころが多く、再建された櫓や門も立派で、コンクリート製の再現天守閣建設の愚を犯していないだけでも評価できる。南伊豆にある東大の樹芸研究所の演習林を見学した。樟の森は見事であった。牛込の宗参寺に行き、山鹿素行と山高信離の墓を掃苔。山高は幕臣から明治になって博物館行政に関わり、国立博物館長にもなった人。その山高が関わったウィーン万博に出展した国宝級の美術品を載せたフランス船ニール号の沈没した海域に近い、南伊豆の妻良村と入間村を訪ねた。入間の海蔵寺にある、ニール号遭難者十字架塔(慰霊塔)を訪ねた。西伊豆堂ヶ島の洞窟めぐりの船に乗った。家のダイニングテーブルと椅子を替えた。フランス映画『ハッピーエンド』を劇場で観た。表装と額装をひとつずつ依頼した。草履の踵を修理した。松崎に泊まり、友人と飲み、昭和レトロなスナックに行った。早稲田の演劇博物館に行った。京マチ子記念室では、この前フィルムセンターで観て来た小津の「浮草」を上映していて、結局観てしまった。若松町から南山伏町を経由して若宮町まで歩いてみた。仕事の方は、さすがに忙しくなって来た。

2018-04-07

その間

四月七日(土)晴後陰風強し

いろいろあった。桜は早々と満開となり、暖かい日が続いて思ったより長く持ったが、昨日からの風ですっかり何もなくなってしまった。葉桜となる前に花が吹き飛ばされてしまった木も多い。そして春の高校野球が終り、根尾君の大会になった。球春到来でメジャーでは大谷君が三試合連続ホームランを打った。日本では西武が強く、巨人は負けが続いているので気分がいい。阪神は監督が駄目だ。好きな選手は多いが応援する気にならない。あんな監督のもとでは藤浪が可哀そうだ。

上司が突然会社を辞めることになり、突如大株主の生保から出向で新しい上司が来ることになった。色々な意味で面倒くさいことである。そして、同期の友人がブラジルに転勤することになった。初めての海外ではなく駐在経験は長いので心配はないが、この歳での海外への異動はなかなか大変なものだろう。サラリーマン生活も最後に近づくと何かと不如意が続く。こんな老体が新入社員研修で会社の歴史について話した。ここ数年続けてやっているが、今年は一時間になった。自分が入社した時に定年間際だった人たちのことを覚えていないように、彼らにとって私は全く記憶に残らない存在なのだろう。寂しくもあり味気なくもある。

それから三月末にJRの運転時刻の改悪があって大迷惑である。とにかく京浜東北線はひどい。朝の大船始発の本数が減り、必然的に混み合うようになり、それを避けるためには今までより15分早く家を出なくてはならなくなった。帰りは尚悪くて蒲田止まりの本数が増え大船行の電車が少なくなったため、比較的空いている電車がなくなったのである。それまでは19時45分蒲田発大船行が、その3分前の大船行に続いて来るので空いていてそれに乗ることが多かったのだが、その組み合わせがなくなり、空いているのは磯子行なので、磯子でさらに待たなくてはならなくなったのである。試行錯誤で比較空いた電車を見つけることは出来たが、しばらく腹立たしくてならなかった。そして4月になって新入社員が入るせいか余計に混み始めたし、来週からは学生も増えるだろう。勤め人はつらいのである。

2018-03-22

憧れの欧州航路

三月二十二日(木)雨後陰

和田博文著『海の上の世界地図―欧州航路紀行史』(岩波書店、2015)読了。幕末以来、ヨーロッパに渡航した者たちの紀行文は多く、その足跡を追った研究や書物も少なくない。それでいて、実際に欧州に行くまでの航路や船舶の歴史を含めた「航路紀行史」は今までほとんどなかったように思う。各時代による船旅の内容や状況の変化や、船客の視線の変容を細かく追った本書は、その意味でも便利な一冊である。断片的に知っていたことは多いが、通史的にまとめられると総合的な視点というか、理解の尺度が与えられるからである。船上で演説会や句会、すきやきパーティなどが開かれていたことや、船内の設備のあらましなども良い情報であった。

2018-03-21

微妙な空気

三月二十一日(水)雨、寒し

対立するふたつのグループがあって、一方のコンサート会場に他方が殴り込みに来たものの多勢に無勢で引き下がろうとしたが、最後にコンサートの司会をしていた一方のリーダーの一言がカチンと来たのか再び場内に戻ってリーダー同士の決闘を申し込むと司会者も受けて決闘で決着をつけることになった。場所は43Eというからマンハッタンである。出ようとしたところ、家内が軽トラに轢かれそうになる。手にしていた紙がタイヤの下敷きになっている。家内はそれが一枚だと思っているようだが、かなりの枚数が轢かれているようで、私はひとりで先に行くことにした。久しぶりのマンハッタンなので多少不安である。43ストリートに着いて西に進む。徒歩である。やがて団地のような建物の中に入り、他人の家に入って窓から見下ろすと、すでに戦いは始まっていて、大きなホチキスが飛び出して突き刺さる銃をお互いに撃ち合って戦っている。ホチキスがボスッと服に突き刺さる音が不気味である。そのうち、別の競技に移って延々とゲームが続きそうなので、私は帰ることにして西に車を走らせた。とりあえず西に行けばハイウェイに突き当たってワシントンブリッジに戻れる筈である。

家に戻ると久しぶりに娘がいる。ずいぶん会っていないが、見違えるほど綺麗になっている。口紅の色も鮮やかである。私が「就職はもう決まったのか」と聞くと、就職しないことに決めたと言う。お母さんにちゃんと相談したのかと聞くと、母親も彼氏も納得済みだという。そして、もうこの家を出て行くのだという。私はとうとうこの家も自分ひとりになってしまうことに感慨を覚えるが、会社の若い女の子であるKを連れて帰ると、どうやら家には他にも家族がいるらしい。とにかく私はKを自分の部屋に入れる。Kは私の字がきれいなので習いたいという。そこでテーブルに対面して書き方など教えていたが、わかりにくいので横並びになって指導し始める。体の距離が近くなり、ときどき手が触れる。彼女が「ゐ」の字を見たことがないというので、基本はあいうえおの五十音図だといって、「安」から「あ」になる変化を説明し始めるのだが、彼女はつまらなそうな顔をしている。一瞬間があって、彼女が顔を近づけて来たので接吻をする。私は胸をまさぐるが家族が下にいるのですぐ止める。ただ黙って抱き合っているが、こんな若くてかわいい娘と抱き合う幸せを感じて不思議な思いでいる。

しばらくして、二人で散歩に出ることにした。彼女は最近引っ越したらしく新居の話をする。電気代が節約できたことを何か電気関係の専門用語を使って説明するので、彼女が理系出身であることを思い出す。再び家に戻ると玄関は子供の靴が散乱していて、おまけに廊下に洗濯物が干してあって私はみっともないと思うが、彼女は気にする様子もない。書斎に入るとKは書棚から興味を引く本など取り出して見ている。私は後ろから抱きしめる。すると暑いのか上着を脱いで背中が広く開いた服の姿となる。私がその背中の素肌を撫ではじめたところで下から食事の用意が出来たと呼ぶ声が聞こえたので、やむなく階下に降りて行く。ダイニングテーブルには、奥から最初の妻らしい女性、実の母らしいが見たこともない女性の順に座り、その並びの手前にKが座ることになった。反対側には幼稚園児くらいの息子二人が真ん中を開けて座っているので私は必然的に真ん中に座ることになった。妻は平静を装いながら明らかにKを意識している。微妙な空気が流れている。食卓には古伊万里のとっておきの立派な皿が並んでいるが中身は質素なもので、後からポテトの揚げ物が出るとKは歓声を上げた。私とKは外で飲んできた帰りなのでお腹はあまり空いていないのだが、Kは食べる気満々で、母がお若いからこういうのがお好きかと思って(作った)と言う。妻が突然香水を取り出し、最近はこれを気に入ってずっと使っているという。見ると意外なことに私もKも知らない新しい香水で、嗅いでみるとやわらかいフローラル・ムスクの確かに良い香りである。私は妻の意図も理解したものの、どうやったら早くKを抱くことが出来るかあれこれ考え始めていた。

2018-03-19

朝のルーティーン

三月十九日(月)

目覚ましが鳴るのは六時五分、二度目のアラームが鳴る五分後までに布団を出て眼鏡をかけ、ベッド脇の水筒と時計をベッド上の扉に近い位置に置き、反動をつけて足の方向に起き上がる。この時期だと寒いのでまず靴下を履き、フリースのジャケットを身に着ける。それから、ベッドのすぐ脇にある衣裳戸棚から下着を一揃え出してさっき時計を置いた辺りに置く。それから石油ストーブを点火して廊下に出てトイレに行く。用をたして寝室に戻って、時計と水筒と着替えの下着を手に階段を上がり、水筒をキッチンに置いてから洗面所に入る。下着と時計を洗濯機の上の籠に載せ、冷たい水で三回顔を洗いうがいをする。左目のコンタクトレンズを入れ、眼鏡を洗面台の鏡裏の収納スペースに収める。ときおりこの後に髭を剃るか場所の悪い髭を抜いて揃えることもある。それから居間に移動してテレビをつけ、頭皮マッサージの機械で二分ほど頭皮を柔らかくする。その後小上がりの畳の上で股関節と肩甲骨を中心としたストレッチを十五分ほど行う。その間テレビのニュースがカーリングやパラリンピックの話題になればチャンネルを替える。再び洗面所に戻り、朝はピュオーラの歯磨き粉で歯を磨きながらスクワットを六十回やる。その間テレビで天気予報をやる時は見に行く。水の節約を心掛けながら口をゆすぎ歯ブラシを洗ってからパジャマ代わりのスエットの上下を脱ぎ浴室に入る。体、顔、頭の順に洗い、温泉で貰う薄いタオルで何度も拭って体の水分を取り、洗面所の脱衣場に戻る。バスタオルでさっと拭いてから腰と肩にフェルナビクの消炎鎮痛剤を塗り、それから体の五か所くらいに香水を吹き付ける。下着をつけドライヤーで髪を生乾きにしてから、顔に美容液と保湿のジェルを塗る。少し前までは乾燥していたので脛や肘、肩などにローションを塗っていたが、湿度が上がった今はしていない。それからブラシとドライヤーで髪型を調える。下着のままスエットやフリースは手に持って寝室に戻る。まず靴下を履き、シャツを着てズボンを履き、日によってはネクタイをつける。上着までつけてから書斎に行き、会社の出入りに要るIDカードをベルトに着ける。それからさっとメールをチェックしてリュックサックに必要なものを詰めはじめる。電車の中で読む本と老眼鏡、ペン、アイパッドと手帳、財布、ノートや書類などである。今の時期は花粉対策のマスクとサングラスも忘れぬように玄関に出す。それから再び二階の洗面所に行き、美容院で買ったワックスを使って髪型の仕上げをする。その後キッチンで朝食のおにぎりと昼のお弁当箱の入った袋を受け取り書斎に戻りリュックサックとは別の帆布の鞄に弁当を入れてから、寝室のベッドメークをする。ストーブと空気清浄機を消し、コートを着て定期入れをそのコートのポケットに入れてから鞄二つを持って玄関に行き、マスクとサングラスをつけ、靴を履いて鍵を手にして出発である。この時七時二十分。目を覚ましてから一時間十五分掛かったことになる。一日の中で最も作業密度の高い時間帯である。

2018-03-12

もうひとつの近代

三月十二日(月)晴

鈴木博之『都市へ』読了。シリーズ日本の近代が中公文庫に入ったもので、もとは1999年の刊行だから20世紀後半の記述は今からすると多少ずれている感じはある。とは言え、先日読んだ山本の本が科学技術を軸にした日本近代概観であるとすれば、こちらは都市と建築を軸にした近代日本の振り返りといった趣で、土地所有者やその形態と都市開発の関連との考察などなかなか面白かった。特に自分の知りたかった幕末から明治初期の幕臣や大名屋敷の移り変わりに関しては得るところが大きかったように思う。シリーズの趣旨に基づくのか、この人特有のゲニウス・ロキを巡る論考が少なめであったのは残念。震災復興までの日本の都市計画はそれなりに評価できるが、戦時統制体制や戦後は「建築」はあってももはや「都市計画」はなく、あるのは土地の経済利用に過ぎなくなることがよく分かった。そして、文庫版あとがきに至って、山本の『近代日本一五〇年』と同じく、近代日本のあらゆる進歩や成長も、結局は福島の原発事故によってすべて帳消しどころかマイナスになる可能性の危惧を共有することとなり、このことの重要性を認識しようともしない国民と、それをいいことに勝手し放題の政府にあらためて失望と絶望を感じる。

話は変わるが、メジャー時代の上原はわりと好きで応援していたのだが、結局読売軍に戻ることになったのも失望を越えて怒り心頭である。青木やイチローの古巣復帰は諸手を挙げて歓迎だが、巨人に戻るとは見下げ果てた雑草派もあったものである。