2008-10-12
学生無年金訴訟、元学生の敗訴確定…最高裁判決
2人が、20歳になる前に診察を受けなかったことを理由に障害基礎年金を受け取れないのは違法だとして、社会保険庁長官に年金の不支給処分の取り消しを求めた2件の訴訟の上告審判決が10日、最高裁第2小法廷であった。
古田佑紀裁判長は「支給の要件を満たしていない」として、原告の請求をいずれも棄却。元学生の敗訴が確定した。
国民年金法は、初診日が20歳未満の時点ならば、国民年金に未加入でも障害基礎年金を受け取れると規定している。2人は21〜20歳だった大学生時代に精神科を初めて受診し、統合失調症と診断されたが、受給できなかった。このため、「実際には20歳前に発病しており、初診日で画一的に受給資格を判断するのは不合理」と訴えていた。
この日の判決は、「国民年金法が初診日を基準としたのは、支給するかどうかの認定の客観性を確保し、判断を公平にするためで、原告の解釈は採用できない」と述べた。
裁判官3人の多数意見。今井功裁判官は「国民年金法の支給要件を拡張解釈し、支給するかどうかは発病時を基準にすべきだ」とする反対意見を述べた。
2件の訴訟は1、2審では別々に審理され、1審・東京地裁はいずれも請求を認めて不支給処分を取り消したが、2審・東京高裁では原告勝訴と敗訴に分かれていた。
「学生無年金訴訟」は2001年7月、身体・精神障害者計30人が9地裁に提訴。障害基礎年金の違憲性が争われた訴訟で最高裁が昨年9月、合憲判断を示し、既に元学生計10人の敗訴が確定している。
厚生労働省によると、障害基礎年金(月額約8万2000円〜約6万6000円)を受給できない元学生には05年以降、特別障害給付金(月額5万〜4万円)が支給されている。
「学生無年金訴訟」の最高裁判決です。11日土曜日に新聞各紙で報道されました。「支給要件満たさぬ」と原告の請求を棄却。本学生の敗訴が確定しました。
「1991年3月以前、当時学生は国民年金制度に任意加入とされていたため、実際に加入していた学生は1%強であった。しかし、その間に障害を負った者はその障害による障害年金を永久に受給できないことになったのである。そして、この制度的な不備を不服とした者たちが2001年7月より「学生無年金訴訟」として全国9カ所で裁判をおこし」た。(成清 加納 青木編著『新版 精神保健福祉』(学文社)110頁)
ちなみに学生無年金と同じ理由で障害がありながら障害年金が支給されていない者として1986年3月以前に国民年金任意加入対象であった被用者(厚生年金保険、各種共済年金加入者)の配偶者もいます。
私も大学生の頃は1991年以前で保険料を20歳になっても納めていなかったので、事故で障害を負っていたなら無年金者となっていたところですね。当時、年金保険料を納付していなかったら障害年金をもらえなくなることは私も両親も知りませんでした。そう考えれば他人事ではないなというのが正直な感想です。(社会福祉を大学で専攻していた者としては、勉強不足と言われるかもしれませんが・・・)
この裁判では障害の認定日が焦点になっているようですね。法規上では「初めて医師の診療を受けた日」となってますが、原告は初診日で画一的に受給資格を判断するのは不合理と訴えていました。「初診日」の解釈を発病日に拡大できるかどうかということで、判決でははじめて医師の診断を受けた日と明確に規定してあることを指摘した上で画一的で公平な判断のため診療日で区切ったとして原告の訴えを退けました。 私はこの判決の初診日の解釈に異議はありません。初診日は「初めて医師の診療を受けた日」とするのが適当でしょう。学生無年金の問題はこのような細かい法解釈で解決のつくものではないということです。
この学生無年金問題の本質は、国民に年金制度の情報提供並びに周知させることを国が行ってきたかということにあると考えています。「年金」という制度に対するイメージは「老後の生活保障」というもので、多くの国民は障害や死亡(遺族)という事故に支給されることを知っている人は1980年代ではほとんどいなかったと思います。現在は年金はマスコミなどで取り上げられていますので1980年代よりも認知度は高まっているかもしれませんが、焦点は老後の支給のことで障害や死亡(遺族)にも支給されていることはあまり知られていないかもしれません。1980年代当時、国は年金制度について積極的に学生に年金制度に加入することの意義や加入しなかった場合の不利益を十分に周知させてきたとは思えません。それを当時加入していた学生は1%強しかいなかったことが裏づけていると言ってもよいでしょう。
年金、医療、介護、労働、雇用、福祉といった暮らしの権利を守る制度については、小中学や高等学校の教育カリキュラムに位置付けるべきだと考えています。これをせずして、制度を勉強していなかったために加入の手続きをしなかったことが悪いといわれても納得はできません。国民の権利に関することをきちんと教えることは国の義務であるといえますし、それを怠ることは不作為というべきでしょう。このような下地づくりをしておけば、将来、市役所で年金のことを市役所の職員に質問ができ、また年金の説明を市役所の職員から受けたり、パンフレットを手にした時でも理解しやすくなるのではないでしょうか。
最近は「金融・経済教育」と称して株取引を小中学校で教えようという動きがあるようですが、そんな汗して働くこととは無縁のことを教えるよりも、社会保障の仕組みや権利を教えることを優先すべきだと思います。(ただ、株や投資に関しては詐欺にあわないようにきちんとした知識を教えておくことは必要でしょう。)学生無年金の問題を教訓にするなら学校教育で年金の学習カリキュラムを設けることだと思います。
今後、学生無年金の裁判は、恐らくすべて敗訴する可能性が高いと思われます。1991年以前に任意加入であったものに対して特別障害給付金制度(障害年金1級相当に5万円、2級相当には4万円)が2005年に新設されています。恐らく国のこの譲歩をもって裁判所は一定の救済が開かれたと判断して原告の訴えを退けているフシを何となく感じるからです。
このように一市民が権力を相手に戦うということは、それだけで国家権力の負けというか恥ですね。
裁判所の判断が揺れたり、特別給付金ができたりと、司法・行政・立法の間に非公式ちうかアウンの立ち回りがみられるようで面白い(失礼!)ですね。
子どものころからの教育について、スウェーデンの中学校の教科書が邦訳されています。(私のブログの2007年4月25日の記事を参照ください)
コメントありがとうございます。2007年4月25日の記事拝見しました。
国民の権利と義務、身近な行政サービスについては学校教育で基本的な仕組みは教えるべきという着想で、年金制度の基本的な仕組みと保険料を支払わなかった時の不利益も学校教育で・・・ということで書いてみました。
2007年4月25日の記事拝見しました。
「日本ではそれぞればらばらに学ぶので「権利」としての福祉ではなく「もらえるもの」といったことになる。」というご指摘、同感です。社会保障・社会福祉を学習する場合、「国民の権利と義務」についての教育が必要な気がします。