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2011-12-12(Mon)

[]★鶴見和子南方熊楠』(講談社学術文庫)2011.12.08- 20:07

南方熊楠 地球志向の比較学 (講談社学術文庫)

南方熊楠 地球志向の比較学 (講談社学術文庫)

(鵝貿感櫃箸動物である。 

環境の変化に応じる変形の様子を、状態を図示。

原始植物ではない、原始動物である

アメーバ状の動くものが二つ以上寄り合い、融和する。


(堯法崘感檗廚論弧燭慮興薹疎である。 

()生物学民俗学を結ぶ。 

データの相互関連の説明仮説を真言密教の南方独自の解釈「南方曼荼羅」に求める鶴見和子


2.曼荼羅−比較学のモデル。 

(顱貌酳曼荼羅真言密教の読み替え。 

ネーゲル科学理論体系。

(1)整序された抽象的命題群。

(2)抽象的命題を具体的データ翻訳する手続きを示す一連の規則。

(3)基本的な抽象的命題を目で見てわかるようにする、わかるように示すモデル


(髻法峪蛙澄▲コゼを好むということ」−知的好奇心の原型。

1911.02、柳田国男は南方のこれを、論考を、「欣喜禁ずる能わず」と交友の発端となす。

三地方で同類の話。

この国の東西の海岸で、山に行くものがオコゼを呪(まじな)いに使う風習がある。


(鵝法惘軅亶諭戞殀見のみちすじ。 

(1)まぼろしの『燕石考』。 


第2章、南方熊楠の生涯。 

第一.独創性の根源。 

第二.南方の生涯を貫く倫理観。 

性について語ることを避けた柳田国男、かえって行いにおいてだらしなかった柳田国男

柳田国男に絶交状を送った南方熊楠


二.漂泊の季節。 

1.アメリカ行きの動機。 

「小生、19歳、柴四郎『佳人之奇遇』あり」影響を受けた。

しかし、アメリカの生活は好まなかった。

牛肉店、地衣類、江聖総。


2.曲馬団と共にキューバ行きを計画。 

びっことなる遠因。

脱疽、足に。

スペインに反抗、独立戦争

今夜合戦場へ赴つもり。

川村駒次郎との出会い、曲馬団。

動物の生態、観察。


3.大英博物館入り。 

1892.09.26、8/8父死亡をロンドンで知る。

1893.07、横浜正金銀行ロンドン支店長中井芳楠。

英皇孫結婚式を見物。

行列を見る。

芸人美津田滝次郎との出会い

片岡プリンス

この片岡、大英博物館とのつながりの人。

館長フランクス鵞鳥丸煮、自ら庖丁する。


4.孫文との出会いと別れ。 


三.紀州田辺の住民として世界へ。 

1.定住への引力。 

現在、岡本清造教授夫人、文枝さん。


3.柳田国男との出会いとわかれ。 

1911.02、「オコゼ」で始まる、

1911.08、『南方二書』印刷配布する柳田、

1913.12.31、柳田、田辺に南方を訪問する。

1回限りの奇妙な出会い

文通は1926.06まで、何故?広畠岩吉。

珍談奇話のエンサイクロペディア、広畠。

その娘、東京へ出たい、南方の世話で柳田の秘書に。

甚(はなは)だ面白からぬことで柳田家を去る。


4.実現しなかった南方植物研究所

空中から窒素を取る実験。


5.神島の進講。 

1926.06.01、南紀伊に天皇、御召艦長門。

一枝も、こころして吹け、沖つ風、わが天皇の、めてましし森で。


6.示寂。 

1941.12.29、死亡。

お盆迎え火を焚き、第一に書庫を開け、めがねをそえて「さあ、お入りなさいませ」母、S30.11.06、七十七歳死。


第3章、南方熊楠仕事−比較の四つの領域。 

(1)民俗における国際比較、

(2)民話の国際比較、

(3)宗教における比較、

(4)神社合祀反対意見書


一.比較民俗。 

1.『十二支考』について。 

1914.01〜10年間。

雑誌『太陽』

博引傍証について。

益田勝美。

十二支考は悲しみをも覚えさせる。


(顱妨廖 

狼に育てられた人間の子どもの話。

1872、インドの孤児院の報告、狼の洞穴から救いだされた子ども

孤児院長に手紙を出す南方。

四足にて走るその速さ。

においをかぎ、適さなければ棄てる。

人間の子どもでもそうすることがある。

一度眺めて呑込むその子。


(髻卜機 

田原藤太の話。 

はじめ太平記、俵藤太秀郷、むかで退治の話からはじめる南方、そのくだりを引用する南方。

竜がアジア人の一部に限られた想像上の動物とするのは誤りだとする説、展開。


二.比較民話。

『猫一匹の力に憑(よ)って大富となった人の話』


三.比較宗教科学論。 

土宜法竜宛書簡は出色。

土宜は1854、名古屋生まれ、13歳年上、高野山、京都、東京に学ぶ

1879、高野山林長となる。

1893、シカゴ万国宗教大会からの帰途ロンドンで南方と会う。


1.学問目標。 

「金栗如来

真言宗という宗教仏教特定宗派への固執ではなく、科学の根底にある世界観としての大乗仏教を再解釈しようとする南方の意図。

マリオン・リーヴィの宗教分類。

非寛容=キリスト教ユダヤ教回教

非排他(寛容)=ジャイナ教仏教儒教神道等。

キリスト教はもろもろの現象を神意により説明しようとするのに対し、仏教は、輪廻因果にとち解明する。

ジャイナ教はその点において、仏教キリスト教を上回る。


3.科学論。 

「やりあて」

「まわり合わせ」やりあて、のきっかけ、夢見。

「自心不覚識(アラヤ)」。


四.エコロジーの立場に立つ公害反対。

明治政府近代化遂行対策、戦略−能率化=中央集権化。

(1)市町村合併、行政。

(2)神社合祀−国民教化。

自然村に一産土神があった。

日本神社は常に森林に覆われている。

高い木の梢を伝ってカミが降りてくるという信仰

「菌根ラン」

生物生態学、草分け、ジョージ・パーキンズ・マーシェ。


五.終わりに−南方熊楠の現代性。

1.南方熊楠ヘンリー・ディヴィッド・ソローの親近性。 

理論」よりも「思想」を述べている南方。

理論と思想の区別。 

南方熊楠鴨長明を「十二世紀の日本ソロー」と呼ぶ。

米墨戦争に反対し、六年間、人頭税を支払わなかったソロー


2.思想家南方熊楠の現代性。 

(1)対話としての思想の展開−民際交流。

故郷喪失している柳田国男

(2)新しい普遍主義を目指す。

1961、ジョセフ・ニーダム『中国科学と文明』

(3)地球は一つ−わが住むところにおいてそれを提示せよ。

年来の友人、服部つたえさん

人力車熊野神社と金毘羅神社

「あれが南方先生や」

(4)自然の循環の法則を取り入れた新しい技術の開拓を目指す。

実らなかった南方植物研究所

栽培した藻から寒天をつくり、寒天によってバクテリアによって空中窒素を分離するというアイデア

読了、2011.12.12 1530)


[]★司馬遼太郎『最期の将軍』(文春文庫、1997.07)2011.11.29- 16:16

新装版 最後の将軍 徳川慶喜 (文春文庫)

新装版 最後の将軍 徳川慶喜 (文春文庫)

2011.12.12 (つづき)司馬遼太郎著。 

一. 

人の生涯は、ときに小説に似ている。

主題がある。

水戸

父は烈公斉昭、「水戸の御隠居」、水戸学の家元

女色に卑しすぎたが、好色にも功はある、子女多く21名、成人したのは男子12名、女子6名。

正室は京都、有栖川家から未婚のころは登美宮吉子といった。

仁孝(にんこう)天皇、大喜し、即勅許。

長男鶴千代のち水戸家十代慶篤。

性格弱く失望。

二郎麿〜六郎麿。

七郎麿が慶喜。

江戸小石川を出、常陸水戸城へ。

「よく躾けよ」

読書嫌い、寝るとき刃をよこに寝相矯正。

百草(もぐさ)、座敷牢

しかし、雄渾な書。

五郎磨は池田家へ。

11歳の夏、阿部正弘水戸家家老中山備後守、耳打ち。

七郎磨殿を一橋家へ、御養子にせよ。

台慮である、という。

十二代将軍家慶。子の家定、病弱。

養子は御三卿から。

清水、田安、一橋

尾張家には世嗣すらいない。

紀州家は生まれたばかり、菊千代。

御三家

となれば、水戸家から将軍がでるかも知れない。

勢州は味なことをやる。

智恵勢州、伊勢備後阿部正弘29歳。


二. 

が、数えて11歳、慶喜は当然無心である

急ぎ出府のこと。

傅人井上甚三郎ら13人。

御三卿は法制上将軍家の家族である

吉宗八代将軍が始めた。

将軍血筋のプール

生きて健康に暮らすだけが任務。

水戸の藩祖頼房は家康の第一一子。

紀州

尾張

水戸

将軍家慶は気に入っていた。

慶喜は妻の甥にあたる。




[]★鶴見和子南方熊楠』(講談社学術文庫)2011.12.08- 07:51

南方熊楠 地球志向の比較学 (講談社学術文庫)

南方熊楠 地球志向の比較学 (講談社学術文庫)

(まえがき) 

日本民俗文化体系、第4巻、として2年前に書いた。

死後40年

(1980.10)


(初版はしがき) 

課題は

?植物学、粘菌、

?未発表、

?仏教

?ロンドン生活。

柳田=内発的(土着型)、社会発展論、

南方=内発的(土着型)、比較学。

陶器商、アララギ歌人、野口利太郎(90)。

紀伊民報小山周次郎。

鶴見、1977、プリンストン大学1年間。


(付録)

神社合併反対意見』M45.04〜M45.06(雑誌日本及び日本人』) 

M39末、原内相「合祀会」

一町村に一社を標準とした。

特別の由緒。

延喜式

勅祭社、

その他。

白井光太郎博士

佐々木忠次郎博士

?合祀により敬神思想を高めたというのは地官公吏の報告に誑(たぶら)かされたもの。

?合祀は人民の融和を妨げ、自治機関の運用を害す。

?合祀は地方を衰微させる。

ドイツのエー・フォン・ヤンゾン、伊勢神宮を謁しての感想日本建築西洋建築と大いに違う、ギリシャの神殿、中世期の殿堂が常に独立しており周囲の天然と相関するところは全くない。

そこへ行くと、日本古代の神霊なる建築は、常に四囲の天然と密接的関係をもつ」

いろいろのものや、いろいろのことが西洋化していく日本神社までもが間(あい)の子建築、間の子設備になってしまっている。

困ったことだ

?合祀は庶民の慰安を奪い人情を薄くし、風俗を乱す。

欧米では巡査が棒をふりまわさなければ納まらない群衆も、日本では藁の注連縄、七五三縄(しめなわ)一条で制止する。

これを破り、これを犯すものはいない。

?合祀は愛郷心を損ず。

ここから下、先にあり








ここから上、先にあり

    

間宮林蔵『カラフト紀行』

洒落本、滑稽本文学から学んだに違いない。


2.身についた実証主義。 

(1)ヴィクトリア王朝最終期のイギリス学問

1892-1900、熊楠、イギリス滞在。

ダーウィン、ウォレス、進化論

論文に取り上げる人々。

生物学=ウォレス、ハックスレー、宗教学ミュラースミス民俗学社会学=ゴンム、コックスフレイザースペンサータイラー


2011.12.09 

劣等感の裏返しなどではない、熊楠の態度。 


鄱)自分の体験に基づく。 

その例。 

自分が、実験、体験、観察したことにより既存の説を吟味する態度。

蟹への扶助、実は共食い。

田辺町、今川林吉氏、おびただしい数の蟹類を集めおる。

千家蟹を水盆に飼う、石片を入れる、必ず小脚で石片を負う。

背中に憤怒の顔、実は腹にも。

近代生物学中興の祖先ゲスネルドイツプリニウスと呼ばれている大博学の人。

銭湯で長湯をし、人々から話を常に聞こうとする。

それが楽しみでもある。

これらの人々、集合名詞ではない、生身の一個の人間。

庄屋、肉屋、大工、左官、石工、農民、農婦、娼婦


3.問答形式の学問の展開。 

(1)「ノーツ・アンド・クィアリー323通」と「ネイチャー50通」を舞台にして。 

ネイチャー=T.H.ハックスレー。

ノート=発見したとき書き留めておけ。


鄱)ワイングラスと擂り鉢。 

卓抜した知識、特異な照合能力、独自の分析法。


三.地球志向の比較学の原点。 

(鄯)新種の発見。 

ルネッサンス期最高の動物学者動物図鑑』4巻、ゲスネル(ゲスナー)(1516-1565)の伝記を読み「日本のゲスネル」を目指す熊楠。

生物学者、平野威馬男。


(鄱)遊びとしての粘菌学。 

癇癪持ちで、人々は狂人となることを患(うれ)えた。 

標本集めで狂気をおさえている。



[]★小熊英二『<民主>と<愛国>』(新曜社・2002.10)2011.04.30-  07:51

〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性

〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性

2011.12.07 

庄民は外部から入ってくる武士団を恐れ、東大寺に支配強化を要請した、嘆願した。

石母田正「これは庄民の基本的弱点である。自らの力のみで、東大寺に代替しえないことを示す」

東大寺は力によってのみでなく、宗教によって心も支配した。

悪党も武力で鎮圧されれば、「忠実な庄民に早く還るんもろさをもっている」

石母田、1930年代、全協活動家として検挙される。

歴史研究にむかった。

石母田の回想「共産党人民から孤立していた。人民そのものが、天皇制にとらわれたままでいる状況を打破するためには、天皇制に呪縛された多数の日本人民との対決」がテーマであった。


2011.12.09 

降伏で、石母田「これで助かった反面、天皇の詔勅という形で終戦を迎えた腹立たしさ」を感じる。

民衆蜂起を期待していた日本人も少なくなかった。

第一次大戦後のドイツロシアのように・・・

戦時下、反戦意見を公表する勇気はなく、密室の中、歴史の中で、天皇制への抗議を書いたところでなんの政治的影響は、効果はなかった。

敗戦時の年齢、

(1)30歳前後(石母田正丸山眞男ら)=思春期マルクス主義に接し、戦争を相対的に眺めた、

(2)20歳前後=社会主義自由主義が完全に弾圧されており、皇国史観のみ。

(1)戦争鬱屈、屈折した思いを抱いていた、

(2)何の疑いもなく戦場へ行き、一番、最も多くの死者をだした。





2011.12.10 

戦争を決定した40-50代を憎む30代、

戦争を悪としながらも沈黙していた30代を憎む20代。

1951、石母田が語る魯迅の言葉「大胆に語り、勇敢に進行し、一切の利害を忘れて古人を押しのけて、自身の真の言葉を発表するがいい」

石母田の出発点「自分自身と日本人への絶望である


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