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2010-03-22

なんとなく、バナナ

この世界で僕たちは何をしたいのか

という本を、ふらっと、読む機会があった。

自分はもちろん、受験生じゃないんだけど。

しかし、この本が奥深い。

論説文にでてくるキーワードをあつめただけあって、問題意識を触発するようなテーマには事欠かない。

そんななかで、見つけた、一文。

「疎外」というキーワードについて

現代の「経済社会」は我々人間が豊かに生活するために作り出したのもである。しかし、我々は、就職に苦労し、やっと入った会社では仕事に追われ、疲労をを押して働き、リストラにおびえ、給料や労働条件に不満を持つ。

このように、現在の経済システムにも、人間を疎外しているという一面があるといえる。

ぐっときた。

たしかにそうだ、苦労して、就職して、仕事を見つけても、リストラにおびえる。これはいったいなんだろう?

どんどんと守りにはいって、システムを維持しようとつとめだす。

雇われの身だろうと、フィリーランスだろうと、思い切って何かをできる機会がへってゆく。

「おい、これはいったいなんだ?」

そう、なんだろう、この世界で、僕らは何をしたかったのだと、問う声が聞こえた。

これじゃ、「死なないために生きている」とか、「失敗しないために生きている」なんてことになっているのではないか。もっと、なにかを作り出すためにこの世界があるのではないか。もっと生を感じるために、この世界にきたのではないか

もちろん、この守りの体験も必要な体験かもしれないし、この世界でないと味わえないものではある。

四苦八苦ともいうし、そんなものかもしれない。

しかし、守りに入ったら、四苦八苦すらできないのではないか?

経済社会が悪い訳ではない。

たぶん、わすれているんだ。そう、思いだすことから始めよう。

やりたいことをやればいい。

自分自身であればいい。

世界はとても、やさしい。

大丈夫だぜ。

そう、ただの独り言だし、下書きだ。なんどでも書き直そう。

そうそう、勉強面白いです。

もっともっと、勉強しよう、僕はそうやって、この世界を楽しく生きているのです。

つらいことも含めて、たのしめばいいのだと思う。

引きこもってもいい。それもあり。おびえるのもあり。それでもいい。

でも..いつでも思い切ってやってもいいということは、時々、いや、いつでも思い出していようと思う。

今日もたのしいぜ!