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女。MGの日記。

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2008-07-30

[]弾氏への応答 02:33 弾氏への応答を含むブックマーク

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前半「女。京大生の日記。」に関する説明

後半「弾氏への応答」From 「没落エリートの出現」ー女。京大生の日記。to 「学校ってバカを治療してくれんのか」ー404 Blog Not Foundー

好きな方からお読みくださいませ。


前半


先日の私のエントリーはそれなりにセンセーショナルだったようで、多くの人々からコメントを寄せていただいた。「就職先に不満でもおありなんですか?」というような私、個人の心配をしてくださった方もいたようですが、心配ご無用!

「女。京大生の日記。」のブログ主ペンネームMGは2007年11月11日にはてなデビューをしたのですが、デビュー作品は覚えていらっしゃる方はいらっしゃいますでしょうか?

そう!梅田氏の「ウェブ時代をゆく」の書評でありました!そこで私は、けものみち。なんて素敵な道なんでしょう!なんて書きながら「私もモッチーみたいに生きるぞー」と若さと情熱のあまり支離滅裂になりながらも心より思いを込めてはてな初エントリーを投稿したのでした!

ということで、当ブログの昔からの読者の方は、私がどんな性格を有しているかどんな思想を有しているかということは十分承知してくださっているでしょう。

このブログ初めてみるよー♪でMGてどんなやつやねんて思う人は他のエントリーも読んで見てください。

私は、まさに梅田望夫の言うけものみちを念頭に置きつつこれから仕事に挑んでいこうとしている、「終身雇用じゃなきゃいやー」「京大出たのに就職できなかった」というタイプではまったくないのです。就職活動なんてものはたかが手段であり、会社主義なんてものはポストフォーディズムの時代には時代遅れであり、私はそんな世界はまっぴら御免だと思って、いかに自らの専門性を高めるか、あるいは、会社に勤めながらもウェブ上で自らの見解を世の中に問い続け、開かれた社会に対峙していこうと意気込んでおる社会の恐ろしさを知らないからこそ、恐いもの知らず、の若人なのです。文句あっか、笑。


その私が、なぜあのようなエントリーを書いたのか、そのことを実は考慮に入れてほしいと思ったのだが、あのエントリーだけを見ると私の意図したこととはズレた意見が生じるのは致し方ない、というか、大歓迎だよー!そんなの当然だよな。

それに、今PCの前に座ってる私と、MGがあちらの世界に送りだした文章は、分けて考えられるべきものだ。

どんな批評も、反論も、熱烈なラブコールもすべて私は大歓迎だ。マジだよ、コレ。



後半


で、前置きが長くなったが、弾氏が、私の記事を基にして、弾氏ならではの理論を展開してくれた!

とうとう来ましたよ、ハレの時間が、お祭りの時間が。ワッショイ!ワッショイ!

夏休み、祇園祭もいいけれど、弾様とのお祭りもまたゆかしかな。


弾氏への応答


弾よ!君は強い。だからよろしい。あえて君はそうふるまってるのかもしれない。

しかし、弾の言葉に煽られ、そうだそうだ!弾は神だー!高学歴でコミュ能力なくて、いまだに就職できないって?バカっじゃねーの?って噴き上がっている者がいるとしたら、それは本当に悲しいかな、愚かだ。

なぜなら、おそらく高学歴、非コミュを叩く者は、弾のような、社会的な地位も名誉も金も手に入れ、悠々自適な生活をしているものではないからだ。

「私だって恵まれない。なのに高学歴の貴様らがなに甘えたこといってんだよーバカじゃねーの。」と言ってる人がもしいるとしたら、もっとかしこくならなければならない。世の中は本当にうまくまわっているのだ。そのような態度が多くの既得権益層に甘い汁を吸わせることになっていることを知らなければならない。

弾は、才能もある。そして個人としても成功した。私はそんな弾が大好きだ。マジかっこいい。

しかし、弾よ聞いてほしい。君はあえてブログで強者を演じているのか?君のことを神だと奉り、毎日弾の記事をブックマークしていく人々を知りながら・・・。

弾の成功は、たしかに弾自身の力による。彼は京大も東大もそんな学歴なんてまったく関係ない世界で生きてきて成功した。家も火事になった!これに嘘偽りはない。すばらしい。

しかし、個人から一歩引いて、社会や共同体について考えてみるブレイクタイムをここでしてみようじゃないか。


私は本当に個人としてこの世界に生れてくるのだろうか?

気がつけば、私だった。しかし、この世に生を受け言葉を一番身近にいる人々から与えられ、大切に育てられてきた、私は、本当に、私なのか?他者と切断されたまったき個人といっていいものなのか?

否。私は、共同体の中で私になったのだ。共同体なくして私はない、ましてや個人なんてものは存在できない。

弾が嫌う学校教育の話をしよう。

学校教育は、私が社会に出ていくための規範を身につめるための近代における権力装置だった。

権力装置なんて言葉は大袈裟かもしれない、社会でなんとか生きていくための術を学ぶためのフォーディズム資本主義時代の寺子屋だったのだ。

しかし、弾もいうように、この寺子屋は時代遅れなのだ。この寺子屋で教えてられていたことといったら、もっぱら官僚主義、会社主義的な人材を育てるに適合的なものだった。

しかし、見落としてはならないのは、日本における近代黎明期この制度はしごく全うに機能したし、そのために今の日本がある。しかし、制度は時代遅れになるのだ。

ポストフォーディズム資本主義の時代、雇用は流動化し、組織に依存しないけものみちを生きる人生が選択肢の一つとして十分に有効性を持ち、むしろかっこいいという生き方になった時代には、今の学校制度はダメなのだ。

したがって、私は、世界のNO1を目指せるような抜きん出た人々だけでなく、一般の普通の人々でも、主体的な生き方を選択できる、はたまた、この社会に居場所を感じられるような教育内容が用意された学校制度を新たに生み出す。

あるいは、学校なんて制度をいったん捨て去って代替となる制度を新たに作り出し、ポストフォーディズム資本主義社会に適合できる、人間を今後作っていくべきではないのか?と主張したかったのだ。


弾のいうようにバカに褒美を出すような社会は私も、もちろん賛成しない。

しかし、バカになった背景に、個人の問題だけでなく、社会構造が大きく変化したという要因もあったということを議論の俎上からまったく消し去ってしまうことは断固として私は許さない!

ロストジェネレーションは個人の問題だ!と言うのと同じ構造がここにはある!


ロスジェネも今回私が紹介した就職できない京大生も、ポストフォーディズム社会に適応し損なった人々であるという議論を消し去ってはならない!

弾は強い。だから、社会を変える前に自分を変えた方が早いよーと言うだろう。

私も、私の主張を変だと言ってきた先生がいる学校が「は?」て感じで、個人として主体的に生きていくためにいろんな行動をしてきた。

しかし、弾の言葉をマジに受ける愚昧を、たとえば政治家や社会の仕組みを創っていく側がするのはバカげている。

弾の言葉は、個人がある程度個人の努力で幸せにスグなるための 処方箋 にすぎない。強者の言葉は時に劇薬だ、それを心得てあえて弾に賛成するのならばよろしい、しかしあなたがもし弾のような人間ではないのだとしたら???


社会を大局的に捉え、弾もいうバカに優しい社会をマジで創るには、弾の処方箋は単なるなぐさめごと、気晴らしごとにしかならない。


私は、処方箋ではなく、大局的な視点にたった社会のトータルデザインを考えていく。

そのために、これから社会に出てたくさんのことを勉強したい。

本を読んで知識をためこむのはいいことだ、しかし、その知識を私は必ずや社会に還元するべく行動者になるつもりだ!



なんだか真夜中ということもあるが、熱くなりすぎたか?

しかし、思考する機会を与えて下さった弾氏にそしてブクマコメント、コメント、トラバをして下さった皆様方に心から感謝致します。すべて目を通させていただいております。

そして、ここまで読んで下さった読者の皆様に心から感謝の気持ちを表明致します。

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