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女。MGの日記。

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2010-09-05 思考停止の就職活動はもうやめよう。 このエントリーを含むブックマーク

早ければ、大学3年生の春頃から始まり出す就職活動に関して、疑問に思う人々は思ったよりも多いのではないだろうか?


思うにリクナビに代表される、日本の新卒一斉就職活動とは何を目指しているのか?何が自分は好きで何がやりたいのか、自分の頭で考えたことがない人々が行う儀式と化しているのではないか。またこの儀式は大学受験という儀式とも類似した様相を呈している。大学受験の偏差値と同じように、就職活動においても、暗黙の就職偏差値みたいなものが存在しているのだ。


そこでは、自分の人生の中で仕事をどう位置づけ、何を仕事で実現したいのか、を真剣に考えることを、忘却の彼方に葬り去る、しゅーかつ偏差値ゲームが繰り広げられている。


もし、このしゅーかつゲームが馬鹿げていると思う人がいるならば、従来とは少し異なる就職活動をしてみてはどうか?


以前、私はこれからの社会は、露出社会になっていくだろう、そしてその社会でうまくやっていくには露出リテラシーが必要になるという主旨の文章を書いた。この露出社会に対応した就職活動というものもありえるのではないかと思う。この就職活動を私は創職活動と命名したい。


創職活動は、ソーシャルメディアを最大限利用し、自分の心が向くことを仕事にすることを目標にしている。企業に属すことが目標でないことがポイントだ。


そのための活動としては、就職活動のように大学3年生の時から怪しげな就活サークルに入ったり、企業が提供する一週間程度のインターンに参加することではない。



創職活動としては大きく2つある。


まず自分1人でできることとしてはソーシャルメディア活動である。

自分が日々考えていることや、大学で学んでいること、体験したこと、社会について考えてることなど、なんでもいいので、ひょっとしたら将来の自分の仕事と関連するかもしれない内容について、大学1年生の時から、ソーシャルメディアにアップしておくのだ。


次に、好きな人に会いに行く活動だ。

自分がなんだか、心が惹かれる人に直接連絡を取り、会いに行くのだ。今の時代、多くの人がツイッターをやっているので自分が興味のある仕事をやっていそうな人ならすぐに見つけることができる。企業の看板を背負っていない個人としての人に会いに行くのはすごく楽しい。ぶっちゃけトークも聞けたりするかもしれないし、それが縁で弟子入りすることになるかもしれない。



つまり、従来の就職活動と創職活動の圧倒的な差は、主体性があるか否かということなのだ。本来仕事なんてものは、人の人生が千差万別であるように、多様性に開かれたものであるはずだ。しかし今の新卒一括採用主義のへんてこ就職活動では、同じ型の誰かさんが作り出した競争ゲームに多くの人々が踊らされている状況にあるのだ。


自分は大学を卒業して本当に働く必要があるのだろうか?

自分は大学を卒業して組織に属す必要性があるのだろうか?

自分は、日本で職を求める必要性がるのだろうか?


このような問いを発すこと自体が、あの就職活動の波に飲み込まれると、忘却されてしまう。


私たちは今こそ、自分の頭で、自分の人生や仕事のことを考えた方がいいのではないか?そして自分の頭で考えようとする人のための、道具はすでにたくさんあるのだ。


露出社会の出現により、「企業名」をあてにしなくても「この人は面白い!」「この人と仕事したら勉強できそうだ!」そういうことが見えるようになった。だから漠然と「●○企業は有名だから優秀な人がいるかもだし〜」という選択以外の選択もできるようになっていくと思うのだ。「○○部署のAさんが僕はすごく尊敬できる。だからAさんと働かせて下さい。」「●○さん2年弟子入りさせてもらってもいいでしょうか?」そういうのだってぜんぜんありなんじゃないだろうか?

こんなことを私が強く思うようになったのも、友人の影響と露出社会の出現の二つがあるのだと思う。


私の友人には実に創職活動をする人々がたくさんいたのだ。

インドの小さな旅行代理店に就職したN、ベトナムで起業して今必死にがんばってるM、新卒ノマドとしていろんな組織に弟子入り修行していたG、そもそも就職せずに芸術活動をしているS。すべての友人に共通していたのは、自分の頭で考えて、自分で仕事を創る活動をしていたという一点である。


また、facebooktwitterが個人に力を与え、世界の人々を1つのプラットフォームに統合しようとしている。全世界規模の露出大陸の出現。今までは考えられないような働き方や生き方がありえるのだと思う。国や企業に人生を預けないことはもちろんだが、だからといって孤立するのではなく、ゆる〜いネットワークにより、創職活動ができる段階に来たのではないか?



大学生の貴重な1年間を就職活動ではなく、いろんな体験や勉強に当てる方がよっぽど有意義ではなかろうか。