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女。MGの日記。

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2011-10-07

[]【極論を考える】年収150万じゃホントに楽しく生きていけないのか? 【極論を考える】年収150万じゃホントに楽しく生きていけないのか?を含むブックマーク


● 大地震は格差を露呈した?〜年収150万じゃ楽しく生きていけない?!〜


Mr. Turban Noguchi


東さんが、ニコニコ生放送で「年収150万」じゃ楽しく生きていけない論を展開されてたのだけど、これについて、わたしは、半分賛成、半分反対だな。東さんが念頭においてないようなライフスタイルの可能性を今回は提案してみたい。あくまでも、極論だけれども。

東さんのおっしゃる通り、インターネットの戯れで、年収150万の人も年収1億の人も一緒にアニメなどのコンテンツをネタに楽しく生きてても、いざ、大地震のような物質界の現象が起きると、格差を露呈するよねってさ、話はマジそうだよねと思う。年収150万の人は、日本から逃げれない、ゆえに、定住難民化する。年収1億の人は日本から逃げたければすぐに逃げれる。厳密に言えば、年収1億の人も日本の土地に根ざすビジネスをしていたら逃げれない面もあるけど、少なからず貯金はあるだろうから逃げられる。インターネット上のアニメでつながる共同性ってそれは、なんちゃって共同で、ずっしりと重い公共ではないよねとわたしゃ思うわけだよ。人間、ご飯食べてうんこしてって、どうしようもなく、物質界を前提にした生が基本にあるわけだから、それを直視しないで、インターネットでウッキウッキーって、それで一生終えられるぜ、ワーイって、やっぱちゃうやろって思う。そういう点では同意!

でも、わたしが当ブログで目撃してきた、露出社会論は、アニメでつながる共同性とは性質を異にしている。それは、人間のうんこ的生を受け入れ、個人対個人で対話を行おうとする意志があり、それは限りなく公共に近づいてるかもしれないんだな。またこんなことを言うとMGマッチョガール説が浮上してきてウザイんだけどさ、まあ気にせず論を展開しようとしよう。


● ネットは現実の至る所に埋め込まれている〜露出社会の出現〜


iPhone


2010年に主語のある個人が情報発信をし、また同時に情報受信をし、インターネットだけに閉じずに実際に対面までし、いろんな活動を行いはじめた。つまり、2010年は、インターネットが「こちら側」「あちら側」を二分割する壁ではなく、こちら側に点在し始めた記念すべき年。それはiphoneとも言えるかもしれない。この2010年の申し子たちは、かなり狡猾だし、戦略的な人々もいる。インターネットを、現実的に利用している。


この2010年以降一部のコミュニティで顕著になった現象を私は「露出社会」として分析するわけだけども、露出社会では、人々は次々に繋がり合う。それは、コミュニケーションをしたいという人間の社会的動物としての本能をくすぐったもので、どんどんわたしたちはコミュニケーションを行った。その結果、わたしたちは、気がつけば、自分を人間関係という蜘蛛の巣に捉えさせてしまった。



● 露出社会における資本家の出現?!


蜘蛛 spider


この明暗は数々があるが、その顕著な例を挙げよう。

わたしたちは、広大なソーシャル村社会を築き上げてしまっている。今や、私たちは互いを監視し合っている。これはいい面も悪い面もある。いい面としては、ソーシャル村の監視システムによりこの中では比較的安全な取引が可能となったこと、一方で悪い面はいい面の裏返しであり、互いのつながりによる監視により、個人の信頼性、が可視化されはじめたことがあげられる。


ここで露出社会において、資本主義社会における資本家のような存在が誕生し始めている。それは、露出社会における人間関係の蜘蛛の巣(web)において、評価が高まり、信頼できると思われている個人=ソーシャルキャピタリストのような存在だ。


ソーシャルキャピタリストは、資本家がお金を集めるのと同じく、情報(人間も含む)を集めている。そしてその情報を武器に、いろんな財を手に入れ始めている。つまり、ソーシャルキャピタリストは、お金を使わずに、いろんな財を手に入れ始めている。


● 年収150万なのにサバイブするソーシャルキャピタリストは出現するか?!


Bali / Landscape / Nature


たとえば、ソーシャルキャピタリストは、ありとあらゆる人間も含む情報のハブになっているので、それに一種の「交換価値」をもたせ、家、食事、その他のサービスを手に入れる可能性がある。その際、貨幣を通さない直接交換を行う。また、ソーシャルキャピタリストは、自らがいいと思った田舎の活性化に自らの情報発信力などで貢献するかわりに、食料のある程度の自給自足ネットワークを構築することもできる。また、今回のように地震が発生し逃げる必要があるときも、普段から広げているネットワークを利用しありとあらゆる情報を集めて、逃亡先を調達する。ようするに、私が今観察している露出社会におけるソーシャルキャピタリストは、生命力というものに非常に敏感である。むしろ、生命力を高めるために情報エネルギーをヒルのように吸っている。利用しているのであり、情報テクノロジーの限界性も認知している。私たちは、何度もいうようにうんこ的な存在なわけだ。いくら情報テクノロジーで人と人が戯れるようになっても、情報だけで生活できない。食わないといけない、うんこもしないといけない。その現実にちゃんと直面している。もちろんこのようなソーシャルキャピタリスト的存在は今のところ局所的に観察されえる極めてマイナーな現象だとは思う。とはいえ、1つの可能性として捉えると非常に興味深いと思うのだ。



このような現象が今後も進行していくとすると、年収だけでは、個人の豊かさを測れなくなりつつある。ソーシャルキャピタリストは、たとえ、年収150万だとしても(まぁ極端な例だけどw)、人間関係の網をするする移動する蜘蛛のように、物質空間を移動し、獲物(財)を獲得していく。

もちろん、資本家が、チャリティーに熱心なように、ソーシャルキャピタリストは自分だけが美味しい目にあうことは、人々の嫉妬を買い自身の身を危なくすることを知っているから、同様にチャリティーに励むのだが。


いま、ソーシャルキャピタリストのような存在が可能になりえる環境が整い出した。もちろん、ソーシャルキャピタリストになることは普通に会社に勤務して給料をもらうよりも難しく、修行的な側面があるのは承知している。とはいえ、

この存在は1つの可能性としておもしろい。ソーシャルキャピタリストはぜひとも、常識に囚われず、未来の可能性に挑戦して欲しいものだ。


● ソーシャルキャピタリストの未来


ニートやマダオのような逃走段階から、創職に移行できるのは、ソーシャルキャピタリストのような存在だろう。


年収150万でも豊かに生きれる方法が露出社会では発明されてきた。しかしこれは今のところ特別な現象である。とはいえ、1つの可能性を示す例として非常におもしろいとは思いませんか?ソーシャルキャピタリストは時代のあだ花として終わるのではなく、子孫へのバトンをわたすような、活動を率先して行うボランタリー精神が必要とされるのかもしれない…………。


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