409 「牧師が弁護士から学んだノイズの必要性」  「信仰・希望・愛」(宮原守男著、教文館、2017年)

 弁護士にして、日本基督教団の教会の信徒、ロッキード事件の主任弁護人、教文館代表取締役会長である著者の、礼拝での話、中高生時代の話、若い弁護士へのレクチャーなどが載っています。

 弁護士としての以下のような見解は、牧師として、あるいは、ひとりの人間としてのぼくにも、とても意義深く感じられました。

1)「おまえはねずみ男のような奴だな」と言うよりは、その表現で伝えたいことを丁寧な言葉で言うほうがよく伝わる。弁護士として裁判長と争う場合でも、紳士的に喧嘩をすべきである。

2)「事件の急所を裁判官に説得的に伝えるためには、これ以外ないという的確な言葉や表現を用いる必要があります・・・急所を用いた的確な表現は、裁判官の心証形成に大きく作用することがあります」(p.63)。

 聖書の言葉を聴き手に伝える場合も同じでしょう。牧師は、まず、その聖書の箇所の急所をつかみ、それを表わす「これ以外ないという的確な言葉」を探して語ることで、聴き手の心に神が触れるためのほんの少しの手伝いができるのでしょう。自戒ですが、そういう「的確な言葉」を毎週時間をかけて必死に丁寧にさがさなければならないのです。ほんとうは。

3)「『聞き上手』であることが弁護士の第一の資格であると言っても過言ではありません。聴き上手とは、まず相手の話を全部聞くことです。何か変だなと思う個所があったとしても、途中で遮ったりせず、話を全部聞いた上で、一応、それを肯定してみるのです」(p.79)。

 まさにそのとおりですね。申し訳ありません。

4)「弁護士も二つの違った視点で事業を分析することが重要です。二つの視点とは、専門家の眼(挟角的眼)と素人の眼(広角的眼)です。

 牧師もそうですね。説教の準備として聖書を読むときも、専門家としての読み方だけでなく、はじめて聖書を読む人の読み方も必要だと思いました。

5)「弁護士は、裁判官の信用を得るための努力を怠ってはいけません。裁判官に信用されなければ、同じ証拠を提出したり、同じ証言が得られたとしても、やはり裁判官に与える刺激は異なってきます」(p.101)。

 なるほど。いくら相手の不正、こちらの正しさを訴えても、それだけではだめで、訴える相手の信用を得なければならないのですね。

6)「裁判官を説得できる文章を書くためには、無駄(ノイズ)を大事にすることが重要です」「ある程度の冗長度(伝達される情報に含まれる余分な部分の割合)、すなわち無駄(ノイズ)がないと相手に情報がうまく伝わりません」(p.103-104)。

 2)と矛盾するようですが、急所をつかみ、それを表わす的確な表現を得た上で、その周囲にノイズを置くことがポイントだと思います。ぼくもそうしない25分の説教を書くことはできません。

 この本は書店では扱っていません。教文館の総務部に電話をして頼んで、到着後、送金しました。