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無造作な雲 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2006-07-19

小僧の神様・城の崎にて/志賀直哉

読み始めたらついつい止められなくなって、読みとおしてしまいました。


やたらめったら評価の高い「城の崎にて」ですが、確かに城崎の街の様子や死にゆく動物たちを描く筆の冴え、濃厚に漂う死の観念、そこから逆説的に立ち上ってくる生、など、質の高い作品であることは間違いないのですが、あまりに世評が高すぎるゆえ、「そこまでの傑作かなぁ?」と思ってしまう。


「小僧の神様」にしても、志賀直哉を「小説の神様」と呼ばしめた傑作、なんて評を聞くと、なんとなくモノスゴイ作品を期待してしまうけれど、読んで見ればウェルメイドな小品で、これを読んで、いてもたってもいられなくて三日三晩まぐろ寿司のことを考えていました、とか、読み終えてしばらく動けないほどの感動が押し寄せました、なんてことは全くないので、気楽にひょいと読んで「ほう、ケッコウいい作品だね」と受け止めるくらいが正しいあり方なのでは。



むしろ、ほんわかとした淡く切ない恋愛模様を描いた時代小説「赤西蠣太」や、女中の妊娠を知って「オレじゃない、内心いいなと思ってたけど手は出してない、でもツマには疑われるよなぁ」と勝手に狼狽しておろおろするオトコの心理をユーモアたっぷりに描いた「好人物の夫婦」など、軽い味わいの作品のほうが、肩の力を抜いて楽しめる。


志賀直哉ってこういうウェルメイドな(言ってみれば和製オー・ヘンリー?)作品も書いているということは、声を大にして言っておきたい。



今回もっとも引っかかったのは、陸軍の演習に出くわした一日の顛末を自然主義私小説)風に記した「十一月三日の事」。

作品を読んだときは、イマイチ、ピンとこなかったのですが、「台湾生活」というブログhttp://blog.goo.ne.jp/kei_shin347/e/cc02f57b5678d0291aad19bf7d765cd1)を読んで、なるほど、と理解を深めることができました。


とりわけ、作中には出てこない「シベリア出兵」という補助線を引く事によって、この作品がグッと解りやすくなります。こういうまっとうな「解説」をこそ、文庫に載せるべきではないのか。


また、偶然、陸軍演習に出くわしたときに、雁を手に入れようとしていたというこの小説で描かれる「事実」は、果たしてそのまま事実と受け取って良いのか?

むしろ、死を前にもがく雁の姿と、演習中にばたばたと倒れる若い軍人たちの姿とが、明らかにアナロジカルにおかれている点、雁という鳥が北方とりわけロシアシベリア出兵の対象国)を想起させる鳥であることなどを考慮すると、入念に作り込まれたフィクションと受け取ってもかまわないのではないか?


「日常の様子」があまりに「自然」な語り口で綴られる作品であるゆえ、ついつい私小説と受け止めてしまうけれど、そこに小説家・志賀直哉の入念な作為を感じ取ることが不当でないとすれば、その延長に、上述したウェルメイドなフィクションを描いた志賀直哉という作家像を重ねることによって、「自然主義の大家」という志賀の理解も、ひとたびは疑われるべき先入見ではないだろうか?


と論を深めるほどには志賀作品を読み込んでいないので、あくまで思いつきのメモていどに記すに留めますが。


ニハトモアレ、志賀円熟期の作品群、今回久々に読み返して、やっぱり面白いなぁと再認識しました。