Hatena::ブログ(Diary)

市長のための市会ではなく、市民のための名古屋市会を! Ver.2.0 Twitter

  一人の名古屋市民が「地域委員会制度」「減税日本」に対する疑問をまとめるサイトです。


20141011164859
ubuntu Japanese Team 古いパソコン(XP 時代等)への Ubuntu 導入はご相談ください。

−「真・庶民革命」特設ページ−
   名古屋市会議員報酬半減化、その裏にはなにがあったのか。
   議員報酬が議論となっている今、ぜひご覧ください。

  →touch

2016-12-02 河村市長マニフェスト検証

河村市長マニフェスト検証


11月20日に名東区において開催された、第12回市民討論会に参加させていただいた。

中心テーマを「河村市長マニフェスト公約)等の検証」と据え、来年の春に迎える市長改選を見据え、3期8年の河村市政の検証を行った。

基調討論を仰せつかったので、その時の資料等も含めてここに公開したい。

更にその後、扱った事項について、興味深い動きがあったので合わせてご報告する。
この事項を見れば、河村たかしという政治家が「マニフェスト公約)」をどう考えているか、その一端が垣間見れる。さらに、その河村氏が代表を務める減税日本という政党の、マニフェスト公約)に対する態度も明確になる。


河村市長名古屋市長選挙に3回立候補している。
民主党衆議院議員から名古屋市長に転身した2009年。
リコール運動を受けた議会解散住民投票愛知県知事選挙と同時に行ったトリプル選挙の2011年。
そして、正常な任期で言えば2期目に当たる2013年の改選である。

その度に「マニフェスト」を公表している。

この内、2011年のトリプル選挙におけるマニフェストは、大村愛知県知事候補との共同マニフェストとなっているため、その実現責任(または、不作為責任)は河村市長一人には求められない。当時騒がれた中京都構想はまったく沙汰止みとなってしまっているが、その責任は大村知事にあるのか、河村市長にあるのかわからない。*1

故に評価は2009年と2013年のマニフェストに絞って考慮対象とする。

2009年マニフェスト
河村たかし名古屋政策」は河村たかしHP、および減税日本HPでは見つからなかった。

私がバックアップした電子化ファイルはこちらにある。
https://drive.google.com/file/d/0B2ymo7zTws_oMzBrR2xFeGpNTjQ/view?usp=sharing

2013年マニフェストについてはこちらにある。
河村たかし 名古屋市長選マニフェスト(解説付き) | 減税日本

両者とも読んでみていただくとお分かりいただけるが、非常に判りにくい。
具体的な項目がないものが散見される。
また、本来マニフェストに必須の実現時期の表明がない。
f:id:ichi-nagoyajin:20161202172905j:image:w360:left
f:id:ichi-nagoyajin:20161202172904j:image:w360:left

それでも内容を精査してみると
2009年のマニフェストからはおよそ78項目の具体的政策が汲み取れる。
また、2013年のマニフェストには約120項目の具体的政策がある。(約、と表記したのはその具体性が不明瞭なためだ)


河村市長は2013年マニフェストの表紙に「公約守る 庶民政治」と大書している。


また、その2ページには「マニフェストの9割以上を着手」と明言している。
2013年のマニフェストにおける表明であることから、2009年のマニフェストについて、その「9割以上を着手」したということなのだろう。


では、マニフェストの実現度合いはいかがなものなのだろうか?


プロの職業人は「着手」では代金を請求できない。結果が実現できて初めて責任を持った職業人と言える。*2



2009年のマニフェストについては名古屋市会平成24年9月定例会において取り上げられている。

f:id:ichi-nagoyajin:20161202172938j:image:w360
先に上げた具体的な78項目に関して名古屋市の当局に問い合わせ、その実現可否について回答を得ている。

それがこの表で、78項目に対して担当局が「実施」と回答した項目は59項目(75.6%)となる。

つまり、河村市長は2013年マニフェストに「9割以上を着手」と明言しているが、実施したと当局が回答できるものは8割弱に過ぎないということになる。

さらに、この当局の回答を精査した。

すべてについてはこちらに電子ファイルがある。
https://drive.google.com/file/d/0B2ymo7zTws_oSW1fRU9nMW1hQ00/view?usp=sharing

一例を上げると、
f:id:ichi-nagoyajin:20161202173118j:image:w600


東北震災を受けて、市の消防局に「防災監」を配置し、警察自衛隊との人事交流を積極的に行うとしている。

実際に、消防局には「消防監」という役職が設置された。しかし、それは単に名古屋市消防局の内部的なポストの改称に過ぎず、警察自衛隊との人事交流は実現していない。この政策の主眼は名古屋市の所管する消防局に、警察自衛隊の人員を受け入れて人事交流を図るというもののはずだ。つまり、このマニフェスト項目は「実施された」とは認めることはできない。*3

このように評価していくと、最終的な実施率は34%程度に留まる。

討論会の参加者からは「34%も実現されていたとは驚きだ」という声も上がったが、2009年の当時、名古屋市当局は、曲がりなりにも新市長となった河村氏を受け入れ、「中期戦略ビジョン」という中期目標を策定し、そこに2009年マニフェストを反映させようとしていた。


さて、2013年マニフェストについてはどうか。

約120項目はこちらにある。
https://drive.google.com/file/d/0B2ymo7zTws_oVGZmaE1VTndQY2c/view?usp=sharing

まだ政策事項を拾い出しただけで、部局分けも評価もしていない。
勿論、その説明責任は河村市長の側にあるのであって、また「9割以上に着手」などという言葉で誤魔化そうとするのだろうか。

一つ、具体的事例を挙げよう。

2013年マニフェストの内、「政策3 福祉教育に あったきゃあ市民」の中に
「(5)障害を持った方を大切に」「1)障害者差別禁止条例制定」という項目がある。

名古屋が率先して「障害者差別禁止条例」を制定していこうという市長マニフェストだ。

さて、どうなっているか。今(平成28年12月)に至るも、名古屋市には該当する条例は制定されていない。つまり「未達」ということになる。
参考:国内外の障害者差別禁止法・条例

それどころか、本年(平成28年)4月には国において「障害者差別解消法」が制定され、すでに各地方自治体へは国からの「技術的助言」が入っている。

都道府県政令指定都市におかれましては、法第17条第1項に規定される障害者差別解消支援地域協議会(以下「地域協議会」という。)の設置について積極的に御検討いただくとともに、都道府県におかれましては、貴管内市町村に対して地域協議会の設置に関する情報提供をお願いいたします。地域協議会の詳細については、別紙2「障害者差別解消支援地域協議会について」を御参照ください。

なお、本通知は、地方自治法昭和22年法律第67号)第245条の4第1項の規定に基づく技術的助言であることを申し添えます。

障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針の策定について(通知) - 内閣府


名古屋市は平成26年3月に「名古屋市障害者基本計画(第3次)(案)」を策定し、市民意見を募っている。
f:id:ichi-nagoyajin:20161202173727j:image:w360:left



呆れるのはその中の「条例制定の取組み」についてのやり取りだ。
名古屋市:名古屋市障害者基本計画(第3次)(案)について(市政情報)

f:id:ichi-nagoyajin:20161202173726j:image:w600



市民意見 「市長マニフェストにも掲げられた障害者差別禁止条例(仮称)の制定が必要。障害者差別解消法附帯決議に「上乗せ・横出し条例を含む(中略)条例制定等を妨げ、又は拘束するものではない」と明記されていることから、条例制定に向けた今後の取組みを明記いただきたい。 」


とある、これに対する当局の回答。

市の考え方 「条例の制定については、「障害者差別解消法」により国が定める基本方針や対応指針等を踏まえて検討していきます。また、検討にあたっては、障害当事者や関係団体の意見などをお聞きしながら進めます。 」


市民が市長マニフェストを掲げても、名古屋市はほぼゼロ回答。
国の方針や指針に準ずると回答している。

市長指導力などないという回答だ。


最近この事柄で一つ動きがあった。


減税日本ナゴヤの鈴木孝之市議が、11月25日の本会議で、この「障害者差別解消法」に対する名古屋市の取組について質す質問をしたのだ。
D

オリジナルはこちら
名古屋市会インターネット中継?録画中継


見ていただければ明白なように、市長マニフェストについては何も触れられていない、そして市長マニフェストで約束された独自条例の制定についても触れていない。

ひょっとすると、鈴木市議は、ご自分が所属する政党の代表が掲げられたマニフェストをご覧になっていないのではないのか。
「河村市長を守る男」のはずだが、「河村市長の約束を守る男」ではないようだ。

偽善者は素晴らしい約束をする、約束を守る気がないからである。
それには費用も掛からず、想像力以外の何の苦労も要らない。

エドマンド・バーク


11月20日の基調討論に当たって、こうした原稿を主催者にお見せしたところ「批判ばかりになってもいけないので、良いところも何かありませんか」とのお言葉をいただいた。

それに対して私は。

「河村市長政策など、どれも実現しないほうが良い政策ばかりです。
特に、減税政策議員報酬の半減、地域委員会など新自由主義的な弱者切り捨て、公共圏を弱体化させるような政策は実現させてはいけない。そういう意味では、そのような誤った政策を、実現できなかった河村市長無能と、その怠惰さは肯定的評価します。馬鹿なことをするぐらいなら市長室でおとなしく焼酎でも飲んで寝ていてくれたほうが良い(大意)」と答えた。


*1:もっとも、こんな話はそもそも馬鹿馬鹿しいものであって、それが実現化されない責任は、大村知事でも河村市長でもなく、そんな馬鹿な政策選択した名古屋市民や愛知県民が負うのが正当な結論なのかもしれない

*2:「着手」とはなんとも幼稚で無責任な、そして「幸せ」なセリフではないだろうか

*3:といって、こんな政策が軽々しく実現されたほうが良いとも思わないが

2016-11-14 市民討論会

名東区で開催されている
市民主催の議会報告会。

(そもそも議会報告会の開催義務は
名古屋市当局にあるはずですが、
ずっとサボタージュ(怠業)が続いています。

今回は12回目となります。

f:id:ichi-nagoyajin:20161114221911j:image:w640:right

いよいよ来年は市長改選、
河村市長は改選に立候補するのかどうか不明ですが。

この2期(または、3期)8年の
河村市長公約実現の検証をテーマと致します。

また、議会報告会と言うかたちではなく、
より市民主体な、市民討論会と言うかたちで開催いたします。

いつもご参加頂いている市議のみなさんも
ご参加いただけるようですが、
主体は主権者たる市民。

その市民による討論会に是非、皆様もご参加ください。




名東区における市民主催の市議報告会に必ずご参加いただいていた
民進党名東区選出の名古屋市議員
日比健太郎氏が去る11月3日 35歳という若さでご逝去されました。
生前のご活躍にお礼申し上げるとともに、ご冥福をお祈り申し上げます。


2016-09-19 豊洲の空洞とアジア大会の200億円

豊洲の空洞とアジア大会の200億円



 東京豊洲が大騒ぎになっている。

 小池知事の手柄という声もあるが、そもそも暴き出したのは都議会共産党だったのではないのだろうか?
 あの「空洞」が言われるほど問題があるのか、少々疑問に感じる。
 確かに、いまも舛添氏が知事で、共産党が空洞を暴いた場合、都の当局からマスコミにレクが入り、騒ぎは沈静化されていた可能性もある。紙面に書きもしない新聞社も有りそうだ。

 石原慎太郎都知事の関与も話題になっている。石原氏は<また>良く判らない事に鼻を突っ込んだのだろう。考えてみれば石原慎太郎という人物は、低い見識と半可通な知識をひけらかす事が多い。都立大学改革銀行に対する外形標準課税も、その後の新銀行東京の設置も。どれもこれも確たる哲学や信念もなく「改革」を行ってみて、莫大な損失を生み出している。

(私は、石原慎太郎という人物の作文能力も疑っているのですけどね
 http://web.archive.org/web/20060114070045/http://www.chiran1945.jp/ )

 
 それはともかく。

 あの「空洞」が言われるほど問題があるのか、少々疑問に感じている。
 ただ、あの「空洞」と同じようなものは、霞が関や各地方自治体にもありそうな気はしている。

 そもそも東京都が「盛り土」をせずに「空洞」を作ったことで、工費をケチったとして、そのお金が東京都役人様の懐に入ったわけではないだろう。都の役人やら、都議会のドンと呼ばれるような人たちが、一般に言われるような「公共事業による利益の配分」に預かれるのだとしたら(有ったとしたなら)工事費用は莫大に膨れ上がった方が良いだろう。「盛り土」を「空洞」にした経緯は不明だが、工費か工期を圧縮させるために、方針変更したのではないだろうか。問題は、その方針変更に担保をかけずにいたって事だろう。仄聞するに技術委員会とかいうところで方針変更をレクるなり、それが間に合わなかったのであれば、検討会議ぐらい再構成できなかったのだろうか?
 その辺りは、長い石原都政で都当局者もボケていた(横着になっていた?)ということなんだろうか。

 なんにせよ、首長が3期12年も居続けると、良い事は起きないという事か。


 豊洲移転問題は、土壌問題で、その土壌に関してはそんなヤバい物質を土にばらまいていた事業者がどこまでも責任を持つべきだろう。なぜ、そんな当たり前の話が出ずに、土壌改良の責任者が都であるということになっているのか、不思議でならない。

 土地取得の際、そのような責任を都が引き受けるということにしたのであれば、その事業者に対してはとんでもないほどの利益供与を行っているということだろうか。

 そして、その事業者マスコミの大スポンサーであれば、そこは誰も追求しないという事なのだろうか。

 また、豊洲移転というのは同時に築地の跡地利用という話題でもある。

 東京都の一等地、築地に巨大な穴が開くわけで、この開発が1月でも遅れれば、そこにかかる金利負担だけでも膨大なものになる。

 遅延に伴う損失を生み出した者は、荒川にでも浮かんで、APを1mm程度上げることになるのかもしれない。(ブラックだなぁ、久しぶりのわりに)

 なんにせよ、豊洲の地下の「空洞」を生み出し、それが生まれた経緯も今更説明しにくいような構図にしてしまったのは、工費か工期の圧縮圧力ではなかったのだろうか。

 日本の社会では、公共事業公的セクタの事業に対するこうした圧力は当たり前のようにあり、霞が関や各地方自治体においても人に言えない「空洞」を数々生み出しているのではと思えてならない。


 日本社会は2つの勘違いに束縛されている。

 一つは、「人口が減少すれば経済も縮小する」という思い込みだ。

 そして、実際に、日本の社会が人口減少に向かうにあたって、経済が縮小するという恐怖から、「公的セクタの債務国民負担しなければならない」という思い込み暴力的な結果を生み出している。


 以前ご紹介したMMT(モダン・マネタリー・セオリー)によれば、国や地方、公的セクタを賄っているのは「税金」ではない。公的セクタのオーナー納税者などではない。

(あえて言えば、すべての国民公的セクタのオーナーである。であるから、公務員は全体の奉仕者と言えるのだ。全体の内の誰が納税義務を負うかは、税制問題でしかない。また、国や地方という公的セクタは、納税者の「おかげ」で存続している訳ではない。逆に言えば、納税者の為に、公的セクタがその負担を軽減するというような考え方は誤っている。その酷薄な例は以前に掲げた、ナチスが行った障碍者に対する排除であり、先日起きた相模原の事件ではないか)

 国の通貨課税によって価値を生む。そして、国はその社会における富の偏在を課税によって調整すれば良いのだ。課税とはこの通貨の価値を生むためと、社会全体のバランスを整える為にあるのである。(こうした視点から見ると、河村流減税論がいかに幼稚でセコく。社会を歪めてしまうかが良く判る)


 国の財政家計に例えるのは誤りであり、財政均衡論も誤りだ。

 国家財政政策は、財政そのものを均衡させるためにあるのではない、国民生活を成立させるために先ず、あるべきである。

 昨日の中日新聞社説に「人口減にたじろぐ前に」との一文が載った。この社説吉川洋氏の「人口日本経済」という書籍が引用されている。残念ながら社説では論点地方分権にひん曲げて結論があらぬ方を向いているが、吉川氏の主張は至極単純で明快だ。

 人口が減ったからといって、経済も縮小することはない。こうした「人口減少ペシミズム(悲観論)」こそが思い込みでしかない。

f:id:ichi-nagoyajin:20160920004040j:image:w360:left ここに引用した表は同書の74ページに掲載されている表だが、1913年の人口と実質GDPを100として、1870年から1990年までの変動を比較したものだ。

 人口はあまり変わっていないのに、実質GDPが大きく伸びているのが判る。

 池田内閣所得倍増の頃から、GDPは急激な拡大を見せている。

 吉川氏は経済を拡大させるものは人口ではなく、イノベーションだと訴える。イノベーションが一人当たりのGDPを拡大させ、全体の経済を拡大させる。

 私は現代はイノベーションが停滞している時だと思っている。
 しかし、すぐ間近に巨大なイノベーションの波が来るのを感じる。

 一つはバイオテクノロジーの拡大による一次産業の変革だ。
 もう一つはティシューエンジニアリングなどによる医療や薬業の変革だ。

 この両者とも、高度に知識集約的で付加価値の高い産業となるだろう。
 そして何より、今まで人間には許されなかったような欲望を満足させ、有史以来存在しなかったような市場が発生するだろう。つまり、まったく新しいニーズウォンツを生み出すこともできるのだ。

 こうしたイノベーションがもたらされれば、どんなに人口が減ろうと気にすることは無い。また、こうしたイノベーション人口自体を増やしていくだろう。(人口は増やさなくても、労働人口/消費人口を圧倒的に増やすかもしれない。そうした産業でもある)

f:id:ichi-nagoyajin:20160920004041p:image:w360:left この図は同書の63ページに掲載されたものと同様の図表だ。
 ( 平成26年度予算案 ? ここ四半世紀では社会保障関係費と国債費の伸びが顕著 - 霞が関政策総研Blog by 石川和男(社会保障経済研究所代表) )

 昭和35年と、平成26年の国家予算の規模感の差が良く判る。

 国家財政と同規模の赤字を抱える、または借金をしようと言えば、大騒ぎになるだろう。しかし、昭和35年に、国家予算と同規模の借金を抱えたとしても、それは1.7兆円でしかない。平成26年になってみれば、1.7兆円など、1.8%のインパクトしか持たない。
 平成28年の今、100兆円程度の赤字を抱えようと、借金を生み出そうとも、健全な経済成長さえ実現できれば、50年後には、この100兆円など同様の芥子粒になる可能性もある。


 人口減少にたじろいで、行政に鬆を生じさせ、説明不能の「空洞」を生む必要はない。

 なんでもこの度、アジア大会に対して、名古屋市は200億円という予算上限を求めたそうだ。
 今度はこの200億円という数字、マジック・ナンバーに振り回されてしまう事になる。

 もしも、アジア大会の開催が名古屋に本当に必要であるのなら、このようなキャップは必要ないだろう。逆に、そのようなキャップが掛けられる根拠を立証できるのだろうか?

 この制限値にしても、論理哲学があって設けられたものでもないだろう。結局、市長知事のお互いの鞘当てにしか見えない。

 必要であるのなら、堂々とお金をかければよいのだろうし、必要が無いのであれば止めればいいのだ。中途半端な200億円という数字に捉われて、「空洞」を残してはならない。

 しかし気になることが一つ2つある。この決定のプロセスに、市民の民意は計られているのだろうか?

追記:気になることは1つではなく、2つだった。
もう一つ気になることはあるけれど、あえて今は書かない。